2021年03月30日

東京五輪代表チーム、めでたくアルゼンチンに快勝

 アルゼンチンを迎えての東京五輪強化試合。味の素での初戦の0-1の敗戦後、今日は3-0での快勝。
 何より、この難しい疫病禍下に、よい準備試合を企画した関係者に敬意を表したい。いわゆるインタナショナルマッチデイをうまく使って、本腰で金メダルをねらっている世界最強国を招聘。双方とも強化が難しい中、欧州と自国の選手を集め、2試合180分間強化試合を行えた。そして、我々サポータも、Jやアルゼンチンや欧州で世界最高峰をめざす野心的な若者たちの奮闘を楽しめた。
 初戦はアルゼンチン各選手は長旅の影響をあまり感じさせず、球際の強さを発揮。日本はアルゼンチンにかまえられると、単調なロングパスや強引なドリブルを目指すことが多く、攻めあぐんだ。加えて、アルゼンチンの4DFの粘り強さは相当なもの、スコアこそ0-1だったが完敗だった。

 ところが今日の第2戦は状況が一変。立ち上がりから、日本はハイプレスでアルゼンチンに自由を与えない。アルゼンチンもさすがで、激しいチェックを受けて立ち、球際の強さと各自の前進力で対応、見応えのある試合が展開される。
 そう言ったせわしないくらいの試合で、圧巻だったのは田中碧。22人の若者の中で、ただ一人圧倒的な存在感を見せた。アルゼンチンの寄せが厳しいと、ペアを組んだ板倉なり、両サイドDFの古賀、原に早々にはたき、巧みにリターンを受ける。フリーで前にスペースがあればスッとドリブルで前進し、追いすがるアルゼンチン選手を押さえるコースを取り、ファウルを誘う。林や久保や相馬がよい位置取りに立つと素早く正確なパスを通す。
 前半終盤の先制点。CBの瀬古がまったくのフリーで狙いすましたロングフィードから、売り出し中の林が見事な動き出しで抜け出しGKと1対1、ワンフェイントいれて見事なグラウンダの一撃。アルゼンチンは瀬古にプレッシャをかけられないだけでなく、最終ラインも中途半端に上げるでもなく、2CBのカバーリングもおかしかった。これは、その直前の田中碧がしかけた崩しがポイントだった。冴えわたる碧は、中盤で4人に囲まれながら、巧みな抜け出しから、バイタルの食野(だと思った)にいやらしい縦パスを通した。アルゼンチンDFは、この日本の攻撃をかろうじてかき出したが、それを2CBの町田と瀬古が拾ったわけだ。これだけ、中盤でバランスが崩れれば、前線のプレスも、最終ラインのラインも、そりゃうまくいかんわな。
 今日の碧のプレイで唯一不満を感じたのは、後半アルゼンチンのストライカのガイチにミドルシュートを許した場面。自陣バイタル近くで、バルガスとガイチとのからみを止め切れなかった。あそこはキッチリと守って欲しかった。かつて、ベッケンバウアーやファルカンやレドンドやピルロは、あのような局面で、絶対にやられなかったよ。
 来年のワールドカップ本大会、遠藤航、守田、田中碧のトレスボランチは確定なのではないかと思わせるプレイ振りだった。遠藤爺の再来と言うのは簡単だが、遠藤爺が日本の中盤に君臨したのは20代後半だった。碧はまだ22歳。まこと、めでたいことである。
 まあ、Jリーグでの活躍を思い起こせば、この程度のプレイは当然なのかもしれないけれど。

 碧の存在だけで、初戦とはまったく異なる展開となった。そのため、五輪に向けてのメンバ選定と言う視点では、この2試合目に起用された選手が、圧倒的に有利なことになってしまった。先制点を決めた林、原、瀬古、町田、古賀の4DFのタフな戦い、食野と相馬の献身。

 ここで注目すべきは、2試合連続スタメン起用された久保と板倉である。
 久保はプレイが雑なことが気になった。試合が終始日本ペースで進んだこともあり、アルゼンチンの守備がかなりラフ。さらにこの日お主審が手を使うプレイに甘いことはあって難しい状況だったことは理解できる。しかし、プレイを常にトップスピードで行おうとし過ぎるのだ。例えば、前線に残っていて後方からフィードを受ける場面で、敵DFのプレッシャからのがれようとして斜め後方に急いでダッシュし過ぎて、結果ボールがうまく収まらない。持ち前の変化あふれるドリブルやフェイント直後に、急ぎ過ぎるのか、パスが非常に雑になる。後半序盤、久保が見事に右サイドを崩し、相馬に出したラストパスの場面(直後相馬がシュートをポストに当てた)。ラストパスのボールは、相馬がトラップしやすいやや前方ではなく、僅かに後方に流れ、相馬は加速をシュートに乗せられなかった。とにかく、もっと丁寧にプレイしてほしいのだが。
 考えてみれば、スペインリーグでも同様な印象がある。右サイドで相手を見事に出し抜いた直後に、味方へのパスが決まらない場面が多い。まあ、スピードと丁寧さのバランスは、どのような選手でも永遠の課題。まして、久保はまだ19歳で、このチームの中でも若いのだからしかたないのかもしれない。
 ただし、この五輪代表でFWと攻撃的MFの議席は6枚程度だろう。そのうち1枚はオーバエージに使われる可能性がある。そして、FWは先制点を決めた林、今回もハードワークでがんばった田川。そして、負傷で選考外になったがJで実績を残している上田と前田がいる。さらに攻撃的MFは、(このチームは田中碧のチームなので、同じクラブの)三笘の選考は有力。そうなると、久保は堂安、食野、三好、相馬らと僅かな残り議席を争うことになる。
 などと文句を言っていたら、CKから板倉に見事な2アシスト。マスコミがキャーキャー騒ぐのはさておき、やはりこの男は何か持っているのだろうな。
 一方今日腕章を巻いた板倉。オランダでかなりの実績を残したとのことで相当期待していた。しかし…
 初戦は失点時に、バルガスに簡単に抜かれた淡泊な対応に失望した。さらに、時折やらかすミスパスも相変わらず。これでは、ベガルタ時代に再三見せてくれた「俺たちの板倉」と変わりないではないかと、何とも嬉しいような悲しいような何とも微妙な気持ちを抱いたものだった。
 2戦目は、すべてがうまく行った。田中碧と組んだボランチでは、碧に自由にプレイさせるように、位置取りを修正しながら、目の前の敵を刈り取ればよい。板倉はその献身を90分継続し、東京五輪本大会で田中碧と中盤を組む第一候補になってしまった。しかも、CKから2得点。セットプレイからよく点をとるのはベガルタ時代もそうだったから、やはり「俺たちの板倉」には変わりないのですけれど。

 と、まことめでたくアルゼンチンとの協会試合を終えたわけだが。では東京五輪(開催されるとしたらですが)への準備は順調と言えるかと言うと結構微妙に思う。
 元々、今回の五輪代表チームは予選がなく、さらにA代表との中途半端な混合強化を行なった事もあり、ベストメンバすら曖昧だった。そして、せっかく今回アルゼンチンを呼んだ強化試合を組んだが冨安、堂安、前田、上田らが不在。田中碧も1試合しかプレイできず、さらに今回選考外にもJで相当の活躍をしている選手がいる。このように厚過ぎる選手層から、どのように選手を取捨選択するのか。
 贅沢な愉しみだと、ここは素直に喜んでおくか。
posted by 武藤文雄 at 01:11| Comment(0) | 五輪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月26日

痛恨のあと1点

 1974年、西ドイツワールドカップの年だから、もう47年前になるのか。今60歳の私は、当時中学2年だった。日韓定期戦、日本は釜本邦茂の2得点などで、4-1の完勝。テレビ桟敷で完勝を堪能した私は、「韓国に勝つこともあるんだ、それも3点差だ」と、子供心にも素直に感動していた。
 しかし、その後もほとんど韓国に勝つことのできない日々が続く。あの赤いユニフォームを見る度の忌々しさ。その思いが経ち切られたのは、オフト氏が監督就任した92年。ダイナスティカップ(日本、韓国、中国、北朝鮮の4か国の大会)。日本(これまでこの大会で、万年最下位だった)は3チーム総当たりの上位2チームでの決勝の日韓戦、延長戦の2-2の死闘からPK戦でこの厄介な難敵を倒し、初優勝したのだ。以降、我々はアジア最強国の一角となり、この厄介な隣国とは互角の足の引っ張り合いを演じてきたのは、皆さんご存知の通り。

 今日の日韓戦、キックオフ直後から両国の戦闘能力差が明らかなのは、誰の目にも明らかとなった。韓国の中盤選手は、日本の前線からの組織守備を、まったく抜け出せないのだ。考えてみたら、孫興民が負傷で不在、聞いたことのない若い選手も多い。「神童だ」、「MVPだ」と、ワーワーうるさい日本テレビのアナウンサによると、かなりの選手が五輪代表世代とのこと、そうか一軍半なのか。一方、昨日も述べたように、日本はほぼベストメンバ。勝って当然の試合だったのだ。
 かくして日本の猛攻は続く。そして16分、日本の右サイドからの崩しを、韓国がしのいだところで日本が前線で集中守備、大迫の優美なヒールパスから、攻撃参加後居残りの形になっていた山根がフリーで抜け出し強烈に決め先制した。
 ここで韓国は理解に苦しむ策をとる。先制し、いったん落ち着いて引いてかまえる日本に対して、ボールを回し前に出てきたのだ。中盤の遠藤航と守田の体調は十分、さらに後方は冨安と麻也。韓国の一軍半が、前半体力が残っていて後方に引いた日本をそう簡単に崩せるわけがないではないか。おかげさまで、日本は逆襲速攻を楽しめた。うまく刈り取った速攻から、大迫が知的にキープし、右サイドから鎌田が抜け出す。2点差、よしよし。
 攻勢をとる時間帯に、しっかり点をとれるかどうかが勝負を左右するのがサッカーと言うものだが、猛攻の時間帯の先制、敵を引き寄せての追加点。理想の展開だ。ハーフタイムの時点で、この試合の興味は、日韓戦史上初めての4点差にできるかどうかに絞られた。47年前を思い起こしながら。

 後半も日本ペース。これだけ戦闘能力差があると、韓国がとれる手段は唯一。後方を固め、無理に攻めず、マイボールになったら丁寧にボールキープ。そうすれば、2点差の日本は無理にはボール奪取には行かない。そうやって時計を進めれば、交通事故を含めた好機も生まれる。しかし、韓国代表監督ベント氏は、この親善試合にそこまでリアリズムを持ち込まなかった。
 結果、日本はおもしろいように好機をつかみ続ける。南野、江坂、浅野らが決定機をつかむが、後半から起用された金承奎がすばらしいセーブを見せ、中々3点目が入らない。南野はペナルティエリア内で、実に冷静なプレイを見せて(魅せて)くれたのだが、2度の決定機をつかんだが、シュートは枠にいかなかった。江坂の連続シュートを金が防いだ場面の評価はレイソルサポータの方々にお任せしよう。そして、リードした試合終盤に、大迫に代えて高速浅野を起用するのは有効なことが示されたけれど、決めろよ!
 日本のピンチは2回あったが、すべてミスから。後方で韓国のプレスを外し、前線に出ようとする際に、左DFの佐々木、交代出場した小川が、中央に不用意なパスをしてしまったところから。もっとも、先発の佐々木は終始安定した守備を見せたし、佐々木に代わって起用された小川は幾度もよいクロスを上げた。長友がよい年齢になってきているだけに、このポジションは重要。小さなミスを丁寧に反省して欲しい。
 日本の3点目はようやく83分。江坂のCKから遠藤航がヘディングで決めたもの。麻也が敵DFを引き付け、その裏にフリーで入った遠藤が見事なヘディングを見せてくれた。江坂の正確なキックは言うまでもなし。
 その後も日本は落ち着いて韓国を揺さぶる。古橋が2回決定機を得たが決め切れず。特に古橋は、シュートのうまさに定評がある選手だけに決めてほしかったな。2022年日本がベスト8以上に行くためには多産系の点取り屋が欲しい。それに一番近いのが古橋だと期待しているのです。

 かくして、4点差にはならず試合終了。47年間抱き続けた夢はまた叶えられなかった。まあ、いいや。夢は叶わないから楽しいのだしw。
 もっとも、今日は相手が弱かったことwと、山根と鎌田がキッチリ点をとってくれたことで楽勝となった。しかし、先日のメキシコ戦のように、序盤攻勢をとっても決め切れず、かつ相手が強いと、事態は混迷化する。今はそう言った難度の高い問題を気にしてもしかたがないかもいれないな。まずは弱い相手を軽くひねり、4点差にできなかった悔しさを肴に飲むのが楽しいな。グワッハッハッハッハ!

 でも、4点差にしたかったな。浅野も古橋も励め!
posted by 武藤文雄 at 00:33| Comment(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月25日

日韓戦前夜2021

 明日は日韓戦。チケットを取り損ねTV桟敷での観戦となるが、この疫病禍下、しかたあるまい。日本協会サッカー後援会から「今回は後援会特典はなし」との連絡がなかったのは相当不満だが、これは別途。
 今回のA代表戦は、何があっても勝たねばならない日韓戦(これは親善試合)、普通に戦えばまず勝ち点3確保は間違いないW杯予選モンゴル戦(これは公式戦、もっとも無観客試合だが)となる。どちらの試合を優先するのかと言う野暮な議論を含めて。

 これまで散々森保氏をからかってきた私だが、今回のメンバ選考は納得している。麻也、冨安、遠藤航、伊東、南野、鎌田、大迫、この7人は、これまでの森保ジャパンで確固とした活躍を見せてきたいわゆる中軸選手たちを欧州から選考。現実的に今回の選考外でA代表中核的存在なのは、酒井宏樹、堂安くらいではないか(柴崎と久保の評価は難しいが)。そこに、Jで活躍している名手たちを加わる。さらに、ここ最近セルビアでボコボコ点をとっている浅野と、昨シーズンJを席巻した守田。

 疫病禍前だが、森保監督が五輪代表を兼任しているため、A代表と五輪代表に選考される選手が混合し、代表チームそのものが何が何だかわからなくなっていた。若く未経験な選手が、森保氏の兼任都合でA代表に選考されるのは健全ではない。そのような選手が登場すると、TV局は大喜びするが、A代表の権威は下がってしまう。
 加えて、森保氏は準備試合で、複数の選手を総とっかえする傾向があり、健全なバックアップ育成がうまくいっていなかった。特に圧倒的な存在感があるCFの大迫のバックアップは、いまだ確立していない。たとえば、19年アジアカップ、北川や武藤をバックアップと考えるならば、いかに南野と組み合わせるかを考えるべきなのだが、そのような準備はほとんど行われなかった。アジアカップ後も同様。南野と鎌田が欧州で充実したプレイを見せているが、大迫不在時に彼らを活性化する工夫は見せてもらえなかった。たとえば鈴木武蔵を起用しても、大迫と全く異なるスタイルの武蔵を活かそうとするやり方をねらっているようにはとても思えなかったのだ。

 また今回も上記のフラストレーションを繰り返されるのかもしれない。采配に切歯扼腕しながら、TV映像には淡々とメモをとる森保氏w、とか。それはそれで、この監督の楽しみ方なのだろう。代表監督が、思うような選手を起用しないストレスも、サッカーの重要な愉しみなのだし。
 一方で、上記した通り今回欧州からはせ参じてくれた7人は、森保氏に選考されれば、常に相応のレベルのプレイを見せてくれていた。彼らを軸に、中谷、山根、川辺、江坂、古橋と言ったタレントが組み合わされての活性化は本当に楽しみ(個人的には坂元の離脱が残念なのだが)。もちろん、浅野も守田も。しかも、こう言ったメンバで戦う相方が韓国なのだから、堪えられない。
 もちろん、不安もある。6日間でA代表と五輪代表は4試合をこなさなければならない。過去も森保氏は、このようなA代表と五輪代表の試合が錯綜する日程下では、ひどい戦績を残していることだ。まあ、いいや、よくないけれどw。

 毎週毎週底辺でもがくJも楽しいけれど、やはり代表戦もいいな。
posted by 武藤文雄 at 00:47| Comment(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月28日

心揺さぶられる同点劇

 サンフレッチェ広島1-1ベガルタ仙台。
 2021年シーズン開幕戦、ベガルタは島尾摩天を退場で失い、直後に先制を許し、60分以上を10人で戦う苦しい試合展開。スゥオビィクの再三の神守備を含め丹念に守り、終了間際に血だらけで奮戦した大老関口訓充の抑揚がよく利いたドリブルシュートのこぼれを、直前に起用された赤崎秀平が決め、敵地で貴重な勝ち点1獲得に成功した。
 幸運に恵まれたのは間違いない、また各選手の気迫もすばらしかった。しかし、この苦しい展開の中、同点に追いつけたのは、人数が少ない展開で合理的な作戦を選択し、各選手が工夫と知性の限りを尽くして戦ったからだ。運や精神力でこの試合を語るべきではない。

 序盤、敵地での試合ゆえ、後方に重心を置いて試合に入る。サンフレッチェは相変わらずボールを奪われてからの切り替えが早く、中々抜け出せない。それでも、上原力也と関口訓充の上下関係から次第に両翼から攻め込みの時間帯も増えていく。特に左サイドに起用された秋山陽介と氣田亮平が意欲的で、幾度かおもしろい場面を作りかける。ただ、トップの皆川佑介が広島CBの荒木隼人と佐々木翔の厳しいマークに沈黙。前線で起点を作れないことあり、川辺駿の落ち着いた読みと持ち出しから速攻を幾度か許すイヤな展開。28分の島尾の退場時も類似の流れからだった。ジュニオール・サントスの鋭い技巧からアピアタウィア久が抜かれ、完全に裏を突かれかけたところで、島尾らしい決断力あふれるスライディングを試みたがボールに触り切れず、一発退場となってしまった。
 手倉森監督は、中盤の吉野恭平を最終ラインに下げ、トップ下の関口をボランチに下げる修正で前半を乗り切ろうとした。しかし、33分青山敏弘の好技から、J・サントスが見事なターン、上原が振り切られ、カバーしていた吉野が詰めを躊躇した瞬間、思い切りのよいシュートを打たれ、吉野に当たったボールは、スゥオビィク懸命のセーブも届かないところに飛んでしまった。少しでも長い時間0-0で試合を進めたいベガルタにとっては痛い失点となった。

 後半頭から、松下佳貴を氣田に代えて投入。関口を左サイドに回す。1人足りない状況でリードされている以上は、まずこれ以上点差を広げられないことが重要。突破力ある選手に代えて展開力あるタレント入れる手倉森氏の意図は、よく理解できた。
 1人少ないためブロックを固めれば、それなりに守れる。しかし、ボールキープして敵陣に持ち出すと、前半同様最前線の皆川が持ちこたえることができず、逆に青山と川辺の展開から速攻を許し幾度も危ない場面を作られた。それでもベガルタ各選手は素早い戻りで対抗、ジュニオール・サントスに突破を許しても、スウオビィクが神がかりのセーブを見せる。関口が出血し治療していた時間帯は9対11となり、さすがに危なかったが何とかしのぐ。
 62分、とうとう手倉森氏は皆川をあきらめ石原崇兆を起用し、マルティノスをトップに。この変更はうまくいった。両サイドの石原と関口は巧みにポジションを絞り中盤のボールキープをサポート。マルティノスは前後左右に動きながらとりあえず時間を作ることには成功した。その後も、手倉森氏は79分に秋山→真瀬拓海、87分に吉野→平岡康裕、マルティノス→赤崎とフレッシュな選手を次々に起用する。
 一方で、サンフレッチェ城福監督は選手交替は2枚のみ。これは、幾度も好機をつかみ、佐々木と荒木の2CBの激しい守備で決定機をほとんど許していなかったこともあったのだろうか。さらにサンフレッチェが終盤リードを守ろうとしたのか、重心を後方に置いたこともあり、終盤ベガルタのパス回しが機能する。
 同点劇直前は、平岡→石原→松下と鋭いパスがつながり、左タッチ沿いから中央を向き加速した関口に、松下らしい強さと方向が絶妙なパスが通る。トップの赤崎、右MFの真瀬の2人が右から左に流れ、関口のシュートスペースが空く。こぼれを赤崎が冷静に蹴り込んだ。
 苦しい状態が続く中、全選手が創意工夫と我慢を重ね、とうとう勝ち点1を確保したわけだ。誠にめでたい。

 もちろん、課題も多数見られた。

 皆川がサンフレッチェCBに完封され、ほとんどキープができなかったのは痛かった。このポジションには、同点弾を決めた赤崎と昨年のレンタルから保有権所有となった西村拓真がいるが、皆川が機能するかどうかで、攻撃の選択肢が大きく左右する。もちろん、1試合のプレイの出来で判断すべきではないし、50分過ぎに蜂須賀のクロスからの皆川のジャンプボレーにはワクワクしたのも確かだ。奮闘を期待したい。

 守備面では小さなミスが気になった。
 島尾の退場となった後方からのタックルは、いかにもこの選手らしい素早い決断によるものだったし、本人はボールに行ける自信があったのだろう。まあ、しかたないなと思う。むしろ問題は、その直前にアピアタウィアが、J・サントスのスピードの変化に出し抜かれたこと。ここは猛省してほしい。
 失点時の吉野にも不満。J・サントスが見事なターンでマークしていた上原を振り切った瞬間、もう一歩でも二歩でも寄せられなかったものか。
 86分のスゥオビィクの超美技。ベガルタ左サイドが崩され、柏が冷静にファーサイドに走り込んだ東にピタリとクロスを合わせた場面。左サイドでサンフレッチェが巧みなパス回しを見せたところで、右MFの真瀬は完全にボールウォッチャになってしまい、後方から進出する東に気がつかなかった。ここは一度でよいから首を振り、東の進出に気がついてほしかったのだが。
 もちろん、アピアタウィアも吉野も真瀬もすばらしいプレイを見せてくれたからの同点劇ではあった。ただ、上位進出を目指そうと言うからには、このような小さな判断ミスを極力最小にできるかどうかが重要なのだ。

 次節はホームにチャンピオンのフロンターレを迎える。相当難しい試合にはなるだろう。
 前半半ばの退場劇もあり、チームとしての完成度の評価が難しい。しかし、新加入の選手の多くが機能し、既存の選手たちも特長をよく発揮しての勝ち点1獲得は非常に大きい。
 次節もよい結果を期待したい。
posted by 武藤文雄 at 23:54| Comment(1) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月27日

Jリーグが開幕する、2021年

 Jリーグが開幕する。

 極めて難しいシーズンが始まる。
 J1は、20チーム総当たり、4チームの自動降格と言うレギュレーション、J2は22チーム、2チーム自動昇格、4チーム自動降格。
 昨シーズン開幕早々に疫病禍に襲われたJリーグ、降格なしと言うレギュレーションで何とかシーズンを終えることができた。その結果、今シーズンは格段に過酷なものとなってしまった。チーム数が多いのみならず、開催されるのかされないのか未だ不明な東京五倫、相当の変則日程で集中開催となるであろうACL、さらにはカタールワールドカップ予選が乱入してくる。加えて、各クラブは昨シーズン同様にきめ細かな疫病対策を余儀なくされる。
 過密日程を含め、過去にないスリルを含んだ楽しいリーグ戦になるのかもしれない。戦闘能力の争いに加え、過密日程と疫病対応と言った運不運と言うスパイス。

 さて、私のベガルタ。
 昨シーズン下位に低迷したこともあり、前評判は高いものではない。多くの評論家が顧客候補の一角とみなしているようだ。しかし、私はそれなりに楽観的だ。
 過去3シーズンをちょっと振り返ってみる。
 18年シーズンは、渡邉前監督がじっくりと作り込んだシステマチックなパス回しが奏功、上位進出が期待されたが終盤失速。それでも、天皇杯決勝進出、魅力的なサッカーを楽しむことができた。
 しかし19年シーズン序盤、中心選手の離脱もありチームは低迷。シーズン途中に守備的なシフトに切り替え残留を果たした。シーズン終了時に渡邉氏が「時計を後に戻してしまった」とコメントを残し退任。ただし私の印象は少々異なる。島尾摩天と言う強力な守備者を軸に、理詰めの長駆型逆襲を成功させられるようなチームになっていたからだ。
 J2で格段の実績を誇る木山氏を新監督に迎えた昨シーズン。シーズンを通してあれだけ負傷者が続出してしまってはどうしようもなかった。もちろん、負傷者続出そのものがクラブとしての実力なのだが。それでも、終盤中心選手が復調するや、それなりの戦いができるようになった。木山氏の丹念なチーム作りと、選手達の精神力の強さに感謝するものである。結果はつらいものだったけれど。

 そして、今シーズン前のオフ。疫病禍の影響もあり経営危機が伝えられ、多くの選手の放出を余儀なくされるのではないかと危惧された。実際、オフに入って早々、中核の長沢駿、椎橋慧也の離脱が報道された。しかし結果を見ればヤクブ・スゥオビイク、島尾、松下佳貴、蜂須賀孝治、イザック・クエンカと言った中心選手は残留。CKSAモスクワに所有権があった西村拓真の保有権再確保。さらにクエンテン・マルティノス、上原力也、秋山陽介、氣田亮真と言った相応の実績を積み上げたタレント補強に加え、アピアタウィア久、真瀬拓海、加藤千尋の大卒選手の獲得。
 さらに名将手倉森誠氏の監督復帰。氏の采配により、ベガルタがACL出場できたこと、リオ五輪予選を鮮やかに勝ち抜いたことは、記憶に新しい(もっともリオ五輪本大会では采配に凝り過ぎて墓穴を掘ったが、それはそれで手倉森氏らしいなと)。
 気がついてみれば、ここ数シーズンでは最強ではないかと思える体制が揃っているではないか。最前線やサイドバックの選手層に少々不安はあるが、そんな贅沢を言える立場でないのは皆がわかっている。佐々木新社長を軸とするフロントが、ここまで健闘してくれたことに敬意を表するものである。

 Jリーグが開幕する。

 ただ、世紀近くサッカーを堪能してきた老サポータにとって、疫病禍の影響と昨今の変化は少々飲み込みがたいものあるのは事実だ。
 疫病禍により、現地参戦しても声を出せないつらさを我慢する必要がある。水際ったプレイをした選手を絶叫で声援できないことが、かくもつらいものだとは思いもしなかった。この半世紀、私にとってサッカー参戦は絶叫とともにあったのだ。
 昨シーズンからの疫病禍対応もあり、過密日程のせめてもの緩和に交代可能人数が大幅に増えている。これはこれでなじみがたい。どんな鍛え抜かれた選手でも、90分と言う時間は大変な長丁場。そこに少数のフレッシュな選手が起用されることによる変化がサッカーの妙味だった。終盤、フィールドプレイヤの半分の顔ぶれが変わることが許されるレギュレーションは大きな違和感となっている。
 そしてVAR。FIFAが導入した愚策は枚挙に暇ないが、VARはその中でも最低のものだと思っている。映像を主審が見直すことで公平性が保てるわけがない。そんなに正確な判定をしたいならば、各選手に多数のセンサでもつけて、AIを駆使して、人為的な判定ミスを排除でもしてくれ。
 そうは言っても。サッカーはサッカーなのだ。サッカーがサッカーである以上、これほど楽しい娯楽はない。

 Jリーグが開幕する。

 繰り返すが、半世紀にわたりたっぷりとサッカーを楽しんできた。いつもいつも語っているが、こんなステキなリーグ戦を所有できるなんて、若い頃は夢にも思わなかった。故郷のクラブの七転八倒を毎週堪能できるなんて、若い頃は夢にも思わなかった。
 そして、今シーズン、冒頭で述べた通り、戦闘能力の争いに加え、過密日程と疫病対応と言った運不運と言うスパイス。今シーズンほど、サッカーをサッカーとして楽しめるシーズンは初めてかもしれない。

 とにかく。
 無事にリーグ戦が完了できますように…
posted by 武藤文雄 at 01:12| Comment(1) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月24日

名手たちとの別れ2021

 毎シーズンの常とは言え、愛するクラブを去る選手たちが何人もいる。新たなシーズンを迎える高揚感と共に、去った名手たちを思い起こすのも、シーズンオフの楽しみだ。

 関憲太郎は、ベガルタの歴史上忘れることのできないゴールキーパーだ。
 落ち着いたボールさばきと、距離は出ないが正確なフィード、見ていて安心できるゴールキーパーだった。たしかにキーパとしては小柄で、跳躍力に限界があったためかミドルシュートの処理には不満があった。けれども、よほど鍛錬を重ねたのだろう、高いボールへの判断は絶品で、敵の中途半端なクロスへの対応は実にしっかりしていた。
 明治大からベガルタに加入したのが2008年シーズン、あの磐田の夕暮れのシーズンだ。当時ベガルタには林卓人がいたこともあり、定位置奪取は難しく横浜FCにレンタルとなる。13年にベガルタに復帰、翌14年シーズンに林が移籍したこともあり定位置を獲得。以降、六反勇治、シュミット・ダニエルと言った新加入の選手と、激しく定位置争いを演じた。その激しい定位置争いの中、六反やシュミットは能力を向上させ日本代表候補に選出される。18年にはシュミットはとうとう代表に定着、アジアカップで公式戦にも出場、19年には欧州に旅立つこととなった。昨シーズンは、シュミットと入れ替わるように加入したヤクブ・スウォビイク、さらにユースから昇格した小畑裕馬と、さらに強力なライバルの登場で控えにはいることも少なくなり、ついにベガルタを去ることとなった。
 新たなクラブはレノファ山口、関が激しい定位置争いを演じた際のベガルタ監督渡邉氏が采配を振るクラブだ。関のさらなる活躍を期待したい。
 改めて、関の経歴を振り返り、林、六反、シュミット、スウォビイク、小畑と言った好ゴールキーパを所有できたのは、関がいたからではないかと思う。関がいたからこそ、こう言ったライバル達はその潜在能力を十分に伸ばすことができたのだ。ゴールを守ると言う直接的な貢献と合わせ、チームを支えたという意味では、ブランメル時代を含めたベガルタ仙台の歴史上最高のゴールキーパは関だったと思っている。
 ベガルタは、昨シーズン終了前に関とは再契約しない旨を発表した。ユアテックでの最終節、我々の前で挨拶してくれた関に対し、疫病禍下の我々は感謝の絶叫をすることができなかった。これは大きな悔いとなっている。

 サッカーどころ清水で生まれ育った192cmの大型ストライカ長沢駿は、エスパルスを皮切りに多くのクラブに所属し、30歳でベガルタにたどりついた。独特のボール扱いと、純粋な高さを活かしたこのストライカは、ガンバで点取り屋として確立した感があった。しかし、ベガルタで長沢はさらに成長してくれた。豊富な運動量での忠実な守備を行いながら、しっかりと点をとるスタイルが確立したのだ。
 最近のサッカーでは、最前線の選手を起点とした組織的守備がチームの命運を左右する。戦闘能力が低く、相手チームに主導権を奪われるチームにおいては、最前線の選手の負担は非常に大きなものとなる。
 特に昨シーズンのベガルタは負傷者が続出し、その傾向は強かった。そのような環境下で、長沢はリーグ終盤次々と点を決めてくれた。
 敵陣での献身的な守備と得点。前者に体力を費やしてしまうと、後者で力を発揮できない。前者をサボると、反対側のゴールネットを揺らされてしまい、後者で何をがんばってもむなしい結果しか残らない。昨シーズン終盤、長沢はそのバランスを完璧に演じてくれた。執拗な守備を行いながら、しっかりと得点を決めてくれたのだ。その絶妙なバランス。
 このまま、長沢はベガルタで献身と得点のバランスを極めてくれると期待していた。
 トリニータへの移籍と聞いて「やられた」と思った。ベガルタと同程度の経済規模のクラブならば、長沢は大エースだ。ベガルタよりも良好な経済的条件を提示されれば、そちらを選択するのは当然だろう。
 一方で、トリニータやベガルタよりも経済規模が大きなクラブからのオファーならば、長沢も迷ったと思う。32歳の長沢にとって、バックアッパーとしてのオファーは魅力的ではない。
 ではベガルタの長沢へのオファーが不適切だったのか。これは何とも言えない。スウォビイクと島尾摩天と松下佳貴とクエンカと蜂須賀孝治らへのサラリーとのバランスとなる。
 この2シーズンの長沢のすばらしいプレイに感謝したい。

 ベガルタの中盤を支えてきた椎橋慧也はレイソルに移籍する。
 他のクラブのサポーターからは笑われるかもしれないが、ベガルタと言うクラブは高卒で加入した選手が定位置を確保した事例は少ない。過去10年を振り返っても、椎橋と先般CKSAモスクワから復帰した西村拓真くらい。私たちにとって椎橋は、本当に貴重なタレントだったのだ。
 ただし、椎橋はここまで順調に成長したわけでもない。2018年シーズン、椎橋はアンカーとして3DFを基調にしていたチームの中心選手として、天皇杯決勝進出などに貢献した。ところが2019年シーズンは開幕直前に負傷したこともあり、定位置を失いシーズンを通し控えにとどまった。2020年シーズンは、負傷者が相次ぎ猫の目のように出場選手が入れ替わる展開の中、ほぼシーズンを通して中心選手として活躍してくれた。
 元々、運動量とボール奪取力には定評があったが、ボールの散らしや縦への展開も着実に成長している。もちろん、まだまだ課題もあり、特に相手チームのペースになりチーム全体が落ち着きを失った状況で立て直せるほどの存在感は示せていない。
 常識的に考えれば、それなりの移籍金を残してくれたことだろう。そして、レイソルからは大谷秀和の後継者との期待も感じられる。大成を期待したい。

 その他にも、このシーズンオフ、ベガルタを去る選手は多い。
 キムジョンヤと兵藤慎剛の両ベテランがチームを去るのは、チーム編成上の問題だろうか。この2人は存在感は格段で、起用されれば格段のプレイを見せてくれていた。キムジョンヤの落ち着いた守備と正確なフィード、兵藤の精力的な運動量と展開、いずれもとても魅力的だった。ありがとうございました。
 ジャーメイン良は、縦に出る速さと左利きが魅力のFWだが、3シーズンのベガルタ生活で大成はできなかった。そろそろ河岸を変える選択は妥当かもしれない。

 このオフには、他にも多くの選手がベガルタを去った。多くの選手が新たにやってきた。
 別れと時代を繰返し、時代はめぐるのだ。
 そして新たなシーズンが始まろうとしている。
posted by 武藤文雄 at 23:26| Comment(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月11日

川淵さん、この仕事はあなたには向いていません

 川淵三郎氏が、東京五輪の組織委員会会長に就任するらしい。私は憂いている、過去多くのことをなしとげてきたこの元日本サッカー協会会長だが、この仕事は向いていない。下手をすると、氏の晩節を汚すものにもなりかねないと。
 私の心配の理由は明白だ。川淵氏は「こちらに進むことが正しい」と明確な状況で、格段の推進能力を発揮し、成果を挙げてきた人だ。しかし、「どちらが正しいか不明確」な事態を軟着陸させることは不得手なのだ。そしてそう言った不明確な事案に不適切な判断をしてしまったこともまた多い。さらにその不適切な判断が明白になった後の態度は、とてもではないが褒められたものではなかった。
 疫病禍の世界の中、「やるのかやらないのか」意見が二分している東京五輪。その責任者は、典型的な「どちらが正しいか不明確」と言う仕事なのだ。繰返そう、川淵氏はこう言った「どちらが正しいか不明確」な仕事には向いていない。

 改めて、氏の業績を振り返ってみよう。
 まず言うまでもなく、Jリーグの設立である。これは、単にサッカーのプロフェッショナル化に成功しただけではない。地域密着を重視し、日本には従来定着していなかったクラブを軸にした、プロフェッショナルスポーツの確立に成功したことが重要だ。
 ただし、川淵氏の功績はJリーグの制度設計をしたことではない。制度設計をしたのは、森健兒氏や木之元興三氏だったことは、よく知られた話だ。けれども、川淵氏がいなければJリーグ設立がおぼつかなかったことは言うまでもない。既得権など多くの障害を、時には強引な手腕で取り除いていったのは川淵氏の功績だろう。
 中でも、各クラブ名から企業名を外し、地域密着を明確化することを定着させたことは、大きな功績だ。たとえば、ガンバ大阪は当初新クラブ名を「パナソニックガンバ大阪」にすると発表していた。そう言った参加クラブと所在地自治体を丁寧に説得した主役は川淵氏だった。さらにその施策に納得しなかった読売クラブの出資団体のトップと丁々発止を繰り広げたのも懐かしい。
 また、Jリーグ最初の10クラブの選択においても、氏は剛腕を発揮する。当時JSLの2部所属だった鹿島アントラーズ(当時住金)や、トップリーグでの実績がまったくない清水エスパルスを選考した政治的判断を行ったのだ。鹿島は選手ジーコを加入させ専用競技場を作りホームタウンとしての充実を訴求した。清水は、80年代以前から少年の育成プログラムを確立し優秀な選手を多数輩出しており、大人のトップチームの登場が期待されていた。これらの特殊事情を加味し、川淵氏は両クラブを選考したのだ。一方で、同様にプロ志向を持っていて両クラブより過去の実績が高かったヤマハ(現ジュビロ磐田)、フジタ(現湘南ベルマーレ)、日立(現柏レイソル)と言ったクラブが選考されなかった。しかし、結果論だが当時の政治的判断を評価すべきだろう。結果的に、鹿島、清水、磐田、湘南は後年アジアのタイトルを獲得したし、柏にしても複数回国内タイトル獲得したのみならずクラブワールドカップでも活躍、いずれも30年にわたり国内のトップクラブとしての活躍を継続しているのだから。
 チーム名と10クラブ選定は、「とにかく地域密着したプロフェッショナルリーグを成功させるべし」と、(サッカーのことを理解している人ならば)誰でも賛同する目標に向かった、川淵氏の精力的な活動の賜物だ。そして、このような強引にでもゴールを目指して突破し、ゴールネットを揺らす。これが川淵氏の最大の特長なのだ(残念ながら私は川淵氏の現役時代のプレイは知らないのだが、どうもそのような選手だったらしいが)。
 加えて、Jリーグ黎明期の成功の伏線として、技術委員長としての日本代表チームでの成功も挙げられよう。川淵技術委員長は、日本代表の初めての外国人監督としてハンス・オフト氏を招聘した。オフト氏はヤマハやマツダ(現サンフレッチェ)で見事なチーム作りを見せていた。オフト氏や、読売クラブを率いたカルロス・アルベルト・ダシルバ氏と言った外国人監督の卓越した指導実績を見れば、心あるサッカー人は皆「日本代表に優秀な外国人監督を」と願っていた。しかし、当時日本協会内には外国人に代表指揮を委ねることに反発する向きも多かったと言う。川淵氏は、そういった外野をねじ伏せ、オフト氏を招聘。直後、日本代表はダイナスティカップ(東アジア選手権の前身)、アジアカップを連続制覇。川淵氏とオフト氏は、誰も見たことのなかったアジア最強の日本代表チームを私たちに提供してくれたのだ。

 言うまでもなく、Bリーグを誕生させたのも川淵氏の功績だ。
 本件の詳細は、私の友人でもある大島和人氏の著書「B.LEAGUE誕生」を読んでいただきたい。20年にわたり混迷を継続していた日本バスケット界。川淵氏は、タスクフォースのトップ、さらには日本バスケット協会理事長として、圧倒的な行動力で問題を解決し、統合したBリーグを設立に成功した。
 この頃、日本バスケット界は完全に追い込まれていた。トップリーグが統合されていない(当時のNBLとbjリーグに分裂)ことなどを理由に、2014年11月に国際バスケットボール連盟(FIBA)より国際試合の資格停止を宣言されていた。そして、2015年8月までにその資格停止を解除できなければ、国際試合で好成績を収めている女子代表が、リオデジャネイロ五輪予選に出場できない危機を迎えていた。
 2015年1月にタスクフォースのトップに就任された川淵氏は、強引ながら見事な手腕を発揮。NBLでもbjでもない新たな第3のリーグを設立する方向で話をまとめ、8月には資格停止解除に成功した。
 女子代表はアジア予選を勝ち抜き、リオデジャネイロ五輪本戦でもベスト8進出に成功。2016年9月に開幕したBリーグは、NPB、Jリーグに次ぐ第3のプロスポーツとして成長を遂げている。
 「トップリーグ統一を具体化しなければならない(さもなければ強力な女子代表が五輪への夢を絶たれてしまう)」と言う、誰もが(バスケット好きでなくとも)解決しなければならないと思うゴールに向かい強引に突破を行い、ここでもゴールネットを揺らすことに成功した。正に川淵氏の真骨頂とも言うべき活躍だった。

 ここまで、川淵氏は「こちらに進むことが正しい」と明確な状況で、格段の推進能力を発揮した事例を述べてきた。改めて振り返ってもすばらしい実績ではないか。

 けれども、そうでない場合、「どちらが正しいか不明確」な事態への氏の対応は、必ずしも芳しいものではなかった。
 例えば、フリューゲルス消滅事件。経営危機から、当時の横浜フリューゲルスと横浜マリノスが変則合併を申請してきたことを、当時Jリーグチェアマンの川淵氏が認めてしまった事件だ。難しい判断が必要だったとは思う。しかし、当時も語ったが、「川淵氏(および氏の周辺)がサッカー的見地からしっかりした姿勢を保っていればこの事件は防ぐことはできたのではないか」との思いはぬぐえない。このような錯綜した事案については、思い切った判断より軟着陸が重要なのだ。結果、横浜フリューゲルスと言うすばらしいクラブが消滅、中途半端な合併により後継クラブも立ち上げられなくなってしまった。関係者の尽力もあり、横浜FCが立ち上がったが、以前も書いたがこのクラブは「ある意味において明確にフリューゲルスと言うクラブの後継クラブ」である。横浜FCはフリューゲルスとは別なクラブなのだ。そして、多くの人に引き裂かれそうな悲しい思いを残し、微妙な歴史を作った責任は川淵氏にある。

 日本サッカー協会会長時の業績も少々怪しい。何より、2002年ワールドカップ終了後のジーコ監督招聘周辺。川淵氏が、オフト氏招聘を行った1992年は「優秀な外国人監督を招聘すればよい」と言う時代であり、JSLで格段に実績あったオフト氏招聘は成功を遂げた。しかし、2002年ワールドカップ終了時は違っていた。「2回連続でワールドカップ出場し、地元大会で優秀な若手選手を軸に2次ラウンドまで進出した日本代表、誰を監督とするのが最適か」と言う非常に複雑な問題に最適解を求める必要があった。そして、氏はジーコ氏を選択した。
 結果的にはこの判断は失敗だった。2006年のワールドカップで日本は1次ラウンドで敗退してしまったのだから。私自身ジーコ氏招聘は失敗だったと思うが、ジーコ氏率いる日本代表は苦戦を重ねながらアジアカップを制覇したステキな思い出もあることも否定しない。まあ、代表監督選考に正解はないのだ。
 問題は2006年大会敗退後の川淵氏の振る舞いだ。氏は、ワールドカップ終了後、唐突に当時Jリーグのジェフですばらしい采配振りを見せていたイビチャ・オシム氏を強奪したのだ。川淵氏はジェフの前身古河の出身だが、このような発言をされている。
「今日、イビチャ・オシム監督と日本代表の監督としての契約をできることを非常に嬉しく思っています。その反面、千葉のチーム関係者やサポーターの皆さんには色々なご心配や、納得の行かないこともあると思いますが、オシム監督を日本代表チームに送り出してよかったと思える日が早くくることは間違いないと思っています。」

  悲しかったのはジーコ氏招聘の失敗ではない、自分の責任を取り繕うようにオシム氏の強奪に走ったことだった。

 ドーピング冤罪事件。詳細は木村元彦氏の「争うのは本意ならねど」を読んでいただくのが一番。一言で言えば、誤った報道からはじまり、関連した医師のミスから発生した事件。川淵氏は本件について不適切な収拾を行った。結果、1人のアスリートに極めて理不尽な対応をしたのみならず、日本のスポーツ医療界に不適切な事例を残しかねないまで事態を悪化させた。これは論外の失態と言えよう。川淵氏の本件に関する一連の態度は許すことのできないものだ。

 以上述べてきた通り、川淵氏は「どちらが正しいか不明確」な事態を的確に判断できる人ではない。もっとも、どんな人間だって不適切な判断をしてしまうことはある。しかし、川淵氏は、自身の不適切な判断が明白になった後の態度(あるいはその収拾策)が、自分の権力保持を目指しているとしか思えない非常に残念なものだったのだ。
 おそらくだが、この人はスポーツを愛し過ぎているのではないか。
 川淵氏は、サッカーにせよバスケットにせよ、よい意味でも悪い意味でも、スポーツがからむと格段の使命感を発揮する。まあ、目立ちたがり屋とも言うのかもしれないがw。そして、上記した論外とも言える権力獲得後の自己保身も、スポーツを愛するが故に己の権力を否定されることを恐れてのものだと思えてならない。
 そして、おそらくだが、己の過去の成功がどこにあったかは気がつかず、自分が「万能の神」と誤解しているのではないか。

 かくして私は憂慮している。「やることが正しいのか、やらないことが正しいのか、それとも延期なり異なるやり方を模索すべきなのか」どうするのが最適解なのか、誰もが判断に迷うこの疫病禍の中での東京五輪。84歳の川淵三郎氏は、およそ彼には向いていない仕事に取り組もうとしている。
 もちろん、IOC、JOC、日本政府、東京都、そういったステークホルダ間で、今夏の東京五輪は中止なり延期が合意に至っているならば、話は別だ。そこの収拾、特にアスリートへの説得や説明に、川淵氏が走り回るならば、川淵氏の一番得意な仕事となる。しかし、各種報道を読んだ限り、とてもそうとは思えない。「やるのか、やらないのか」最も厄介な意思決定はこれからなのだ。そして、幾度も繰返すが、そのような厄介な意思決定は川淵氏が最も不得手とするものだ。

 ここまで、辛辣な批判を含め、川淵氏への思いを語ってきた。
 最後にホンネを少し。私は何のかの言って、川淵氏が好きなのだ。80年代後半だったろうか、JSLの古河の試合、大雨で閑散とした競技場、偶然隣同士になって2人で傘をさして試合観ながら語り合ったのが忘れられない。「日本のサッカー、こんなにレベル上がったのに、どうしたら客が増えるだろうか」って私は尋ねた。「難しいですねえ、でも何とかしなければ」と答えてくれた川淵氏。
 川淵氏の大変な尽力で、我々はJリーグも強力な日本代表チームを入手した。ドーピング事件は許せないが、氏の過去の栄光には感謝の気持ちが大きいのだ。
 だからこそ、川淵氏に言いたい。この仕事は引き受けるべきはないと。
posted by 武藤文雄 at 23:30| Comment(6) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月27日

高校選手権決勝2020-21

 決勝戦が点の取り合いからPK戦にもつれ込む激闘になった高校選手権。まずはこの疫病禍の下、無事大会を終えられたことに、関係者すべてに敬意を表したい。

 決勝戦。前半、戦闘能力的に優位を伝えられた青森山田に対し、山梨学院はみごとな対応を見せた。テレビ桟敷で見ていた限りでは、最前線でのフォアチェックと後方の分厚さと、両サイドの裏を突く速攻が両立。右サイドの裏を突き、逆サイドに振った展開から、広澤が絶妙なトラップから決め先制。余談ながら、山梨の先制点を決めた広澤は、我が少年団の教え子の中学時代のチームメートなのじゃw。そういう意味でこの一撃は嬉しいものだった。試合終了後に山梨長谷川監督が自慢していたが、センターバックの藤原をマンマークをする策だったのか。山田は急ぎ過ぎで単調な攻撃が目立ち、1-0のまま前半終了。
 しかし、ハーフタイムを経て青森は落ち着きを少し取り戻す。急ぎすぎた攻撃を改善し、アンカーの宇野がよくボールを触るようになる。当たり前の話だがセンターバックの球出しをフォワードが押さえに行けば、アンカーへのケアはおろそかになる。宇野は仕事が途切れない選手で、DFラインに入ってボールを受け、他のMFにさっさとボールを散らし、スルスルと後方に動きフォローする。その位置取りが絶妙で、山梨の激しいプレスがズレ始める。そして、ロングスロー崩れから57分に山田が同点に追いつく。
 さらに山田はしたたかさを見せる。山梨の先制点を決めた広澤がスパイクの交換のためピッチを去り1人少なくなった山梨の守備の薄さを突き、右サイドを崩し逆転したのだ。山梨にとっては痛恨のミス。
 勢いに乗って攻めかける山田の猛攻にさらされるも、山梨は丹念に守る。山梨で感心したのは、どんなに山田のプレッシャーがきつくても、ボールを奪って逆襲するのに無謀な縦パスを使わないこと。藤原を軸にした山田の中央守備は非常に強いので、安易な縦パスは山田にボールを再提供し連続攻撃にされ一層つらくなることを、山梨各選手が的確に理解していたわけだ。余談ながら、山梨は前々日の準決勝帝京長岡戦では、押し込まれた場面で大胆な縦パスをねらっていた。相手によって戦い方を変えられるのだから大したものだ。
 山梨の同点弾、素早くセットプレーをつなぎ、笹沼がいやらしいスルーパスで好機を演出、ゴールキーパーとセンターバックがそれぞれ必死に跳ね返そうとしてこぼれたボールを、冷静に野田が決め同点に追いついた。どんな厳しいプレッシャにさらされても、丁寧なパスをねらった山梨の面目躍如たるものがあった。
 追いつかれた山田は猛攻をしかける。セットプレーから藤原のシュートがポストを叩き、終了間際には仙石がグラウンダのクラスを全くフリーで外すと言う場面もあった。このあたりは、まあ運と言うものだろう。
 2-2のまま、試合は延長に入る。山田の選手達は、延長に入り最後の力を振り絞り、「前に前に」と進んだ。この山田のあくなき前進意欲は、山梨にとっては幸運だったと見る。結果的に山田の攻撃は単調なものとなり、この日大当たりだったGK熊倉と、集中を切らさない山梨の守備陣に読みやすいものになったのだ。この延長の20分間、山田の前線の各選手がもう少し冷静だったら、あそこまで「前に前に」ではなく、もっとゆっくり攻めることができたと思う。何より、山田にはボールを散らし、変化をつけることができる、宇野がいた。「前に前に」急ぐ選手の1人でも「このまま勢いで前進するより、宇野で一拍おいて変化を付けた方がよい」と気がつけば、延長の20分間に山田が得点するのはそれほど難しいことではなかったと思う。黒田監督もそのようなことは百も承知だったろう。けれども、どんな優秀な演出家がいても、踊りを踊るのは踊り子なのだ。PK戦時、大映しになる黒田監督の悔しそうな表情に、監督業の難しさを改めて感じた。
 PK合戦。おそらく両チームは、それぞれのキッカーの癖やGKの特徴など、綿密なスカウティングを行っていたはずだ。山梨がこの大会3回目のPK戦、私は山田優位かと思っていた。しかし、山田には「PKに持ち込まれてしまった」と言う思いがあり、山梨はよい意味で自己顕示力の強いGK熊倉がいた。

 戦闘能力と言う視点からすれば、山田はJユースを含めたこの年代では最強のチームの1つ、毎シーズンJリーグユースと伍してプレミアリーグでも上位を占めているのが、その証左。各選手のテクニック、局面の判断力、鍛えられたフィジカル、もともと素質に恵まれ、向上意欲も強い選手たちが、黒田監督の下よく鍛えられている。
 この強豪にいかに対するかが、この高校選手権の各チームの課題だったともいえる。山梨が見せてくれた答は簡単なもの、局面の技巧で対抗すると言うものだった(実施するのはとても簡単ではないのですが)。山梨は後方を固め、CBに厳しいプレスをかけて山田の展開を狭くした。その上で両サイドバックの裏を突いて速攻をかけ、敵陣に持ち出しても急がずに丁寧に崩しをねらった。先制点、逆サイドからのグラウンダのセンタリングを受けたときの広澤の正確無比なトラップ。2点目、バックラインとゴールキーパーの中間に通した笹沼のなんともいやらしいスルーパス、ボールがこぼれてきてフリーだったとは言え、ゴールカバーに入った藤原が処理しずらい頭の横をねらった野田の正確なシュート。もちろん、このやり方はリスクがあり、前線に人数をかけて崩しを狙えば、ミスが起こると逆襲速攻を食らう。それでも山梨は、このやり方を110分間やり切った。山田はそれでも、相当数回の決定機をつかんだがネットを揺らしたのは山梨と同じ2回にとどまった。もはや、そこはサッカーの神様の思し召しなのだろう。
 昨年決勝、セットプレーから0ー2とリードされた静岡学園は、伝統とも言うべき各選手の個人技で、山田のプレッシャーを外し終盤逆転に成功した。同じく昨年の準決勝、帝京長岡は各選手の技術であと1歩まで山田を追い詰めた。
 日本代表がブラジルやスペインに勝とうとするときの手段を示唆しているものだと思う。

 今大会もベスト4に進出した矢板中央のベンチには、あの帝京高校の名将古沼先生がいらした。一方山梨学院のベンチには、ミスター山梨サッカーとも言うべき横森先生がいらした。お二人が、70年代以降の日本サッカーを礎を築いてくださったことを言うまでもあるまい
 一方で青森山田の黒田監督が、着々と見事なチームと人材を輩出しているのは言うまでもない。さらには、長谷川監督のように教員の資格を持ちながら、色々なチームを適切に強化ししているプロの指導者もすばらしい。
 各チームが見せてくれた鮮やかな攻防に、改めて日本サッカー界の厚みを感じた高校選手権だった。
posted by 武藤文雄 at 00:09| Comment(0) | 若年層 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月15日

佐藤寿人の引退

 佐藤寿人が引退する。
 知的な位置取りと、守備ラインの裏に飛び出す瞬間のボール扱いの正確さと、一瞬のスピードの速さですり抜ける。これらの一連の動作で得点を重ねてきた多産系のストライカ。さすがに30代後半となり、一瞬のスピードが衰えてきたことで、思うように点が取れなくなったと言うことだろうか。引退はしかたがないことなのかもしれない。
 私はこの小柄なストライカが大好きだった。何よりも、いかにも知的な得点の奪い方が好きだったのだ。もちろん、若く伸び盛りの時期にベガルタに在籍、毎週のように成長を重ねてくれたこともあるけれど。
 一方で、敵として迎えるにこれほど恐ろしいストライカもいなかった。守備ラインがきっちり揃っていたとしても、ほんのわずかの隙を見つけて、ささっと点をとってしまうのだから。
 寿人にとっても、サンフレッチェと言うクラブにとっても、そして我々寿人びいきのサッカー狂にとっても、寿人が全盛期にサンフレッチェと言うクラブに在籍できたことは幸せなことだった。東洋工業時代からの伝統を持ち、若年層選手育成の独自方式を立ち上げ、必ずしも潤沢な経済状況でないにもかかわらず常に強いチームを作るサンフレッチェ。このクラブだからこそ、このストライカを軸にチームは作り込まれた。もし寿人が、もっと潤沢な資金を持つクラブに所属していたらどうなっていたことだろうか。おそらく同じポジションにレベルの近いストライカーが補強され、寿人を中心としたチームが作られなかった可能性がある。
 このストライカーが点をとるためには、チーム全体がこのストライカに点を取らせると言う意識を持つことが重要なのだ。

 もちろん。
 ベガルタサポータサポーターとしては今でも思う。サンフレッチェと優勝を争った2012年シーズン、佐藤寿人がいなければ、いや佐藤寿人がもう少し凡庸なストライカーであれば、私たちは夢のタイトルを獲得できたのではないかと。
 思うに任せないから人生もサッカーも楽しいのだけれども。

 寿人の映像を初めて見たのは、ユース代表の頃だった。瞬間的なスピードで一瞬のうちに守備ライン後方に抜け出し、ピタリとボールが止まる。パオロ・ロッシとか、ロマーリオとか。一瞬のうちに抜け出すことができても、とうとうボールが止まらなかった武田修宏を思い出しながら、期待は高まった。過去日本サッカー界で、そのスピードと技術を同時に実現したのは寿人を除けば、70年代に活躍した日立の松永章くらいではなかろうか。もちろん小柄でも、寿人と同年代の田中達也とか大久保嘉人とか、格段の個人技があればまた違うストライカ像が実現できようが。
 ベガルタとともにJ2に落ちた2004年シーズン、寿人を見るのは楽しかった。すり抜けとともに瞬間的なボール扱いがどんどん向上するのを楽しめたからだ。そして、サンフレッチェに移籍し、J1の厳しいプレッシャーの中で鍛えられる中で、敵の複数のディフェンダーの間や裏をうまく突く位置取りもどんどんうまくなっていった。

 当然、私は寿人が代表で活躍するのを夢見ていた。けれども寿人はあまり日本代表では活躍できなかった。要因は2つあると見ている。
 日本代表には、寿人とタイプは異なるが、より若く同じように動き回る岡崎慎司と言う得点力に秀でたストライカがいたこと。正直言って、寿人と岡崎を同じチームにおいても機能するとは思えない。寿人と同年代のFW前田遼一ならば、岡崎にスペースを与えることができたのだが。
 そして、寿人と言う、この異能の点取り屋の特性そのもの。このストライカは、チーム全体が己に得点をとらせるべく機能することで、その才覚を発揮できる選手だったのだ。言い換えると、寿人はスタメンで起用され、他の10人が寿人に点をとるよう尽力することが必要だったのだ。寿人の全盛期の代表監督の岡田氏もザッケローニ氏も、そのようなチーム作りを行わなかった。たまに起用されるとしても、スーパーサブとして試合の終盤に点を取るような仕事を要求した。
 ちょっとほろ苦い思い出もある。南アフリカ大会予選、敵地バーレーン戦。大差でリードしているにもかかわらず、終盤起用された寿人の軽率なプレイ(点をとりに行ってしまった)で、日本代表は苦戦を強いられたこともあった。寿人としては、代表の短い出場時間で結果(つまり自らの得点)を出したかったのだろうが。だからこそ、岡崎が不在の試合で寿人を使ってほしかったこともあった。
 贅沢は言うまい。若い頃大成を期待した素質豊かなFWが、愛するクラブで経験を積み成長の礎をつかみ、トップレベルのストライカとなり多くの美しい得点を見せてくれた。さらに言えば、私たちがたった1回つかみかけたリーグ制覇の夢まで刈り取ってくれた。これほどの愛憎を味合わせてくれた男に、これ以上何を望むと言うのか。
 寿人の得点の一つ一つの得点を思い出し、寿人が積み上げた努力を推測し、反芻する。これからの人生の大いなる楽しみでもある。

 あのトップスピードでの正確なボール扱いを、別な若者でまた見たいと思うのは、年寄りの欲目なのだろうか。
 佐藤寿人氏が、素晴らしい指導者になってくれることを期待するものである。
 ありがとうございました
posted by 武藤文雄 at 00:22| Comment(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月05日

‪ルヴァンカップ決勝2020-2021年

 ルヴァンカップ決勝、FC東京2-1柏レイソル。
 多くの関係者が苦労に苦労を重ね、この決勝戦が成立した。
 延期となったこのルヴァン杯決勝だけではない、Jリーグ、天皇杯、そしてACL。この疫病禍の下、よくもまあ、シーズンすべてを無事終えられたものだと思う。すべての関係者の皆さんに感謝したい。
 サポータを含む両軍の関係者、Jリーグ当局、それぞれの方々にとっては、COVID19で延期し苦労を重ねた決勝戦と記憶される試合となるのかもしれない。それはそれで貴重で大切な記憶となるだろう。
 一方で私はこの試合を「レアンドロと森重の決勝戦」と長く記憶することとしたい。
 
 レアンドロの先制点。
 まず左オープンに飛び出すすばらしいオープンへの走り込みから始まった。自軍左サイドに飛んだロビング、左サイドバック小川が競り勝つと信じ、左サイドに開いて、見事に受ける。この受けが格段で、利き足の右でキープに成功、右インサイドでグッと縦に出し、マークしているヒジャルジソン〈だったと思う)を振り切り、ペナルティエリアに進出。応対したCB大南と山下には直前の縦突破の残影があったのだろう。大南は明らかに縦を警戒し、山下も縦をカバーに入る。ところがレアンドロは、今度は右アウトサイドで中に切り返す。この切り返しが絶妙、大南をカバーした山下も一気にはずし、右足で振りが速いグラウンダのシュート。必ずしも強いシュートではなかったが、振りの速さとコースが絶妙、ボールはネットを揺らした。「レアンドロの個人技」と言うのは簡単だが、受けのうまさ、縦突破の精妙なボールタッチ、横突破で2人を外す、正確なグラウンダのシュート、4つ見事なプレイを連続したのだから恐れ入る。
 テレビ桟敷で愉しんでいた立場としては、解説していた内田篤人氏が、「レアンドロは乗ると本当にすばらしい、ただ性格が…」と語ったのが、この美しい得点への一層の彩りとなったわけだが(でも、この内田氏の蘊蓄を聞くことができたことよりも、このレアンドロのシュートを現地で見られて方々への羨望の方が強いな)。

 前半早々にリードした東京は、4-5-1でブロックを組み丁寧に守備を固める。リードした東京は、1トップの永井の高速かつ広範なフォアチェック、アンカーの森重を軸にインサイドハーフの東と安部が何とも気の利いたプレイで、柏のエース江坂への有効ボール提供をさえぎる(長駆の後、しっかり仕事ができる安部は、今シーズンJリーグ最大の発見の1人と言ってもよいかもしれない)。江坂にボールが入った瞬間の森重がまた絶妙、江坂にシュートや突破を許さず、オルンガやクリスティアーノへのパス供給もさえぎる。
 加えて、右ウィングの原大智が機能した。いわゆる4-5-1あるいは今風の4-3-3の右ウィング、守備に回っては数十メートルの疾走を繰り返し、攻撃に入った時はスペースを巧みに活かし、いやらしいところに飛び込みシュートを狙う。大柄で強さのあるフォワードが、献身的に攻守に貢献する。そう言われてみると、30数年前に同じ名字の献身的で得点力あふれるストライカがいたのと言うことを思い出した。ただ、30数年前の原は、今の原ほどボール扱いはうまくなかったし、身長も10cmくらい低かったけれどヘディングはずっと強かった。今の原は、もっとヘディングの鍛錬は必要だな。
 かくして、柏はほとんど好機をつかむことができず前半を終える…はずだったが、試合は予想外の展開となる。

 柏の同点ゴール。
 CK崩れのこぼれ球が浮き球になったところで東京GK波多野に対して、柏主将の大谷が体を寄せる。波多野はこの大谷の狡猾なプレイに惑わされたのだろう。難しいフィスティングではなかったはずだが、目測をあやまったか、ボールに的確に触れず。バーに当たったボールを、瀬川が落ち着いて決めて同点となった。この手のビッグゲームでは、滅多に見られないミス、若いゴールキーパーの経験不足と言うにはあまりにも軽率だった。ベテランGK林の負傷離脱がこういうところに聞いてくるとは。
 もっとも、FC東京が優勝した今となっては、このミスは波多野にとっては最高の失敗経験となったかもしれない。波多野の大成を期待したい。

 同点に追いついた後半、柏は有効な攻撃が増える。
 オルンガが左右に動いて、東京の4DFを揺さぶり、江坂もよく動きボールを引き出す。セットプレイから決定機をつかむなど、攻撃の質は格段に上がった。
 一方で、森重がすばらしかった。特に江坂が巧みにサイドに開いてボールを受けても、無理な追い込みはせずに、丁寧にディレイ。江坂は工夫を重ねるが、オルンガに有効なパスは出せない。
 長谷川監督は65分過ぎに東→三田、原→アダイウトンと交替。これだけの大駒をベンチに残しておけるのは、選手層の暑さの賜物か。
 アダイウトンの決勝点。偶然に上がったロビングが微妙に守備ラインの裏へ飛ぶ。狙いすましたラストパスではなかったことが、東京に幸いした。柏の左サイドバック古賀は的確に対応していたのだが、偶然のボールゆえボールへのアプローチが一瞬遅れた。アダイウトンのすばやいトーキックを褒めるしかあるまい。

 考えてみれば、この日の3得点は、いずれも微妙なDFの対応不首尾によるものだった。J終了後の2週間と言う微妙な間隔が、選手の守備感覚に影響したのかもしれない。

 東京にリードされたところで、ネルシーニョ氏が3枚替え。大谷から三原、瀬川から神谷、この2つは、元気な選手の投入と言う意味で理解できるが、エースの江坂に変えてストライカ呉屋の起用は驚いた。たしかに、森重を軸にした見事な守備に、江坂はここまで沈黙していた。老獪なネルシーニョ氏は「今日は江坂ではない」と考えたのだろうか。このあたりの、果断な決断はいかにもこの老監督らしいなと思った。しかし、あくまでも結果論に過ぎないが、この江坂の交替は失敗だった。結局、柏はオルンガに高いボールを入れるしかなくなり、森重が固める守備を崩すことはできなかった。

 レアンドロの鮮やかな得点と、森重の知的守備を愉しめた決勝戦だった。
 改めて、この決勝戦を実現し、今シーズンの全日程を終えることができたことに感謝したい。そして、来シーズンは、降格もW杯予選も(やれるのかわからんが五輪も)こなさなければならず、もっと厳しくなる。
 などと、今から悩んでもしかたがないな。まずは、皆で休みましょう。
posted by 武藤文雄 at 23:46| Comment(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする