2008年05月07日

43年目の危機

 ジェフがクゼ監督を解任した。ここまで11試合では2分9敗、内容も芳しくなかったが、何より全く結果が出なかった。通期の約1/3を終え、降格脱出権の15位のとは勝ち点10差。フロントとしても看過できないと判断したのだろう。

 以前も述べたがが、監督交代時に一番難しいのは、その後任の監督が前任者より優秀である必要がある事。そうでない場合(そしてそうでない事が世の中結構多い、世界にそうたくさんのシャムスカはいない)、そのチームはさらに階段を転げ落ちるように苦戦するケースもままあるのだ。そう考えると、クゼ氏の実績を考慮し、もう少し我慢をする選択肢もあったようには思う。
 特に現状のジェフの場合、昨シーズンの中軸が大量に抜けただけに、それなりの選手を集め直し、基盤からチーム作りをする必要があった。クゼ氏の招聘はその狙いがあったはず。事実、クゼ氏はクロアチアでの評価も悪くないし、ガンバでのそれなりの実績もあった監督だったのだ。そう考えると、クゼ氏の能力をもってしてもJ1で存分に戦えないほど基盤の選手の能力が足りなかったと考えるべきだろう。
 とすれば、今後のジェフは、基盤強化のための選手補強と、より能力の高い監督獲得と言う、2面から対応を考える必要がある。ある程度の基盤があったチームならば、やり方の異なる監督を就任させればよいだろうが、現状のジェフは全く違う。監督交代と言う大ナタのみで現状の問題を解決できるとは思えない。

 そうは言っても、クゼ氏最後の采配となったレッズ戦、失点場面の映像を見ただけだが、ジェフフロントが「何か手を打たなければ」と考えたのも無理ないようにも思えた。1点目は闘莉王の個人能力にやられた感があり、単に戦闘能力差と捉えればよい失点だった。しかし、2点目、3点目はDFが精神的に萎えてしまっていたのか(肉体的な疲労と言うよりは精神的に疲労して身体が動かないように見えたのだが)、揺さぶりについていけず、非常に無様な失点だった。クゼ氏の采配や選手選考がどうのと言うより、選手達が戦えなくなっている現状で、一種のショック療法として監督を交代する発想はあるのかもしれない。
 現状後任が発表されていないが、契約面を含めまだ目処が立っていないのだろうか。あと2試合リーグ戦をこなせば、リーグ戦が長期中断するので、それまでは暫定政権でつなぎ、本格政権として大物監督を招聘しようと言う狙いか。上記したように、選手達に精神的疲労感が目立つために、とにかく流れを変えようと言う事なのだろう。
 また補強面だが、報道によるとサンフレッチェの戸田、ガンバの寺田など、それなりの実績があるが出場機会の少ない選手を狙っている模様。狙いは悪くないと思うが、守備ラインには相当スーパーなタレントの獲得が必要ではないか。格段の実績を持ち、将来性もあり、シーズン序盤の不振で出場機会に恵まれていないCBがいるのだが、彼をレンタルで獲得すると言うウルトラCがあるように思うが、相互の感情面を考えると難しいのだろうな。そうすると、新しい外国人DFの模索となるのだろうか。

 以前から幾度となく述べてきたように、古河−ジェフは、JSL開幕以来43シーズンに渡り、1部リーグの座が確保し続けてきた唯一のクラブ。昨期も危なかったが、今期はいよいよ危ない。
 暫定政権を支えるのは、越後和男コーチ(ベガルタサポータとしても何とも思いで深い男だが)の模様。おお、古河がアジアチャンピオンを獲得した当時の若き指揮官ではないか。越後氏が、この名門の苦境をいかに支えるか、まずは注目したい。
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2008年05月06日

冷静に現状を喜ぼう

 ベガルタはロスタイムに決勝点を奪い、敵地でサンフレッチェに勝利との事。強敵ゆえ攻勢を取られ、敵シュートが2本ポストに当たったりした模様。一方、当方のシュートがかき出されたのが非常に微妙だったり、攻められっ放しでもなかったようだが。ここは素直に難敵に対する敵地での勝ち点3を喜ぼう。
 さらに嬉しいのは、得点を決めたのが中原で、アシストが由紀彦と、ある意味シーズン当初から最も「狙える」雰囲気の2人で奪った得点だと言う事。滞空時間の長さを誇るFWと、サイドからの高速クロスを得意とする選手がいるのだから、何とか巧く噛みあって欲しいと言う願いがようやく叶ったか。
 また、8期目でリーグ戦に初出場を果たした萩原がよいプレイを見せたのも、何とも嬉しい。それにしても、萩原が感じたプレッシャは相当なものがあったと思うが、大したものだ。そして、苦労した選手の成功は、そのままチームの厚みにつながる。

 とは言え、リーグ戦をおよそ1/4終えたところでの成績としては、可もなし不可もなしと言ったところだろう。贅沢を言えば、ホームのヴォルティス戦とホーリーホック戦は勝ち点3を取りたかったし、敵地のベルマーレ戦とセレッソ戦は引き分けに持ち込みたかった。しかし、この日のサンフレッチェ戦みたいに敵地で「巧く行った」と言う試合もあるのだし。現実的にサンフレッチェが大崩れするとは考えづらいので、1強の混戦リーグがしばらく続くのだろう。そう考えると、4節のセレッソ戦で2敗目を喫した後は、状態が悪くとも必ず引き分けには持ち込んでいるのは評価してよいと思う。FWの誰かが大化けしない限りは、そのように丹念に勝ち点を積み上げていく試合を続けるしかないだろうから。
 1つ気になる点は、後方中央が結局木谷、岡山、直樹、永井とベテランに頼る構造になっている事。ホーリーホック戦の前半、不出来だったために交代させられた広大は、ここ2試合ベンチから外されている。また、ようやくベンチ入りしている富田だが、直樹や永井に疲労が顕著になった終盤でも起用される事が少ない事から、まだ手倉森氏の信頼を存部に確保できていない模様だ。磯崎の復活も重要だが、後方の若手選手の奮起を待ちたい。同様に平瀬、由紀彦が結果を出している状況だが、西山、飛弾らにも、もっと割り込んで来て欲しいものなのだが。

 J2は当面混戦が続く。新加入の岐阜とロアッソを含め、ここ数年で予算が足りないなりにJ2で戦い抜くノーハウが全チームに普及しつつある。最終的には、戦闘能力の高い低いでジワジワと差が開いていくだろうが、いずれのクラブとの試合でも「確実な勝ち点確保」は難しいと思われる。
 そう考えると、ここ最近のベガルタのように、失点してもせいぜい1点、いずれの試合でも1点は取る、と言う試合を継続して、大事に戦い続ける事が夏場までは重要なはずだ。夏場に入れば、過密日程の中、選手層の差、負傷者を巧く回復させる対応、引き分けや小差の負けを割り切る姿勢、など別な駆け引きが出てくるだろう。しかし、今はまだそのような段階ではない。彼我の戦闘能力差を考慮しつつ、ホームでは勝ち点3、敵地では勝ち点1、それぞれを大事に獲得する事を目指す試合が継続する。
 できれば、サンフレッチェもその混戦から抜け出せないでくれれば、ありがたいのだが、そう贅沢は言ってられないだろう。
 毎年の事とは言え、このような陰々滅々としたリーグ戦に1年付き合えるのだから愉しい。もっとも、先日述べたように、近い将来この愉しいリーグ戦に「陥落」と言う、より愉しい変化が生まれるだろう。これは盛り上がるよ(その前にJ1に上がれれば嬉しいけれど、上がったら上がったで今シーズンのコンサドーレ的な苦闘を愉しむ事になるのだな)。
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2008年05月05日

(書評)戦後欧米見聞録(近衛文麿著、中公文庫版)

 文庫本で約150ページの小著、今回の連休でじっくりと再読し、昨今の世界情勢にも、日本サッカー界の今後にも、非常に参考になる本なので採り上げたもの。

 近衛文麿と言えば、1次内閣時には盧溝橋事件に始まる日中戦争の泥沼に日本を引き入れ、さらに2次内閣時には仏印進駐、日独伊三国軍事同盟、日ソ中立条約を締結などにより、日米関係を決定的に悪化させ太平洋戦争を導いた首相である。本書はその近衛が20代の折に、第一次大戦後のパリ講和会議に西園寺公望全権特使の秘書として帯同、その後ライン占領地域、英国、米国と外遊を重ねた際の記録である。
 後年の我々から見れば、近衛は首相として考え得る最悪手を次々に行った男である。私自身、本書を読む前は、軍部に引きずられた世界観のない貴族出身の政治家と思っていた。ところが本書において、当時20代半ばの近衛は、第一次大戦終結時の世界観、英仏米3大国の現状と今後、労働運動と社会主義の蔓延と資本家との関係などについて、実に怜悧で的確な分析を行っている。
 中でも、因習にとらわれず発展をしようとしている米国が今後世界最強国になろう事、さらに日米関係を阻害するものとして(当時日本にとって様々な面で対立的関係にあった)支那の的確なプロパガンダ工作(様々な手法による情報公開によるアピール)の指摘など、1920年以降の世界の展開予測を実に正確に行っている(中国の広報戦略に苦しむには、今日の日本も変わりないのだが)。
 そして、そのような的確な分析を若年時に行った政治家が、首相となってその分析と正反対の施策を次々に実施して、日本を破滅に導いていく(その責を1人に押し付ける気はないが、近衛に相当な責があった事を否定する人は少なかろう)。物事を適切に実行していくためには、的確な現状把握は必要条件だが、十分条件ではない事を、如実に示す実例となっている。

 北京五輪を前に、中国と他国の関係はどうしようもない状態に落ち込んでいる。一方でインタネットを軸に世界の平滑化は進み、日本にしても中国にしても、お互いに相手との連携なしでは国民の豊かな生活は望めない状況になっている。日本と中国は、いやいずれの国も、理想と現実の折り合いをつけながら、相互の関係を構築していかなければならない現状において、約90年前に正確に世界情勢を把握し、その後全く正反対の道を歩んでしまった政治家の記録を学ぶ事は多いに意味のある事ではなかろうか。

 サッカー界に限定しても、若き近衛が指摘したように、情報公開を進め、権謀術数に捉われるべきではない、と言う考えは非常に参考になると思う。審判が出来の悪かった時にはそう発表すればよいし、いずれかのクラブのサポータが不適切な行為を行った場合はオープンに処罰を検討すればよい。隣国が国際試合で反則や狼藉の限りを尽くしてきたら、その旨を英語のWEBサイトで公開し問題視するくらい行ったらよいのではないか。情報を公開し発言をオープンにする事こそ、メディアが発達した今日重要ではないかと思うのだが。

 アマゾンによると在庫はない模様だが、2006年に文庫本として再刊されたので入手性は悪くないと思うのだが。興味のある方は是非。

余談
 本書には解説が2本載っている。1つは近衛の秘書官を務めたこともある細川護貞氏(夫人は近衛の娘、2人の間の子が細川護熙元総理大臣)、もう1つは仏文学者の碩学鹿島茂氏。
 近衛が本書の末尾近くで強く主張した今後の日米関係構築への提言
要するに米国及び米国人に対する要訣は、包みかくさず何事もよく語るにあり。希望もこれを語り、不平もまたこれを語る。さすれば排日の妖雲も遂に一掃せらるるの時あるべきこと余の信じて疑はざるところなり
に関して、首相時代の近衛の活動に対する、この2人の評価が対照的なのが興味深い。細川氏が岳父の事を悪くは言いたくない気持ちはわからないでもないのだが。
 まず細川氏
彼が太平洋開戦前自ら米大統領と会見して実情を訴えんとした心境は、正にここに淵源がある。しかも、この事は尚今日的課題であるであろう。
 続いて鹿島氏
 近衛はまさに正論を述べている。
 だが、近衛内閣が、日中戦争の泥沼から抜け出るために実際にやったことは、ここに書かれているのとは正反対の権謀術数だった。すなわち、援蒋ルートの遮断という名目で仏印進駐を行ったが、それが日米関係を決定的に悪化させてしまったのである。
 たしかに、近衛は、開戦直前にルーズベルトとの直接会談を希望したが、「包みかくさず何事もよく語る」と言う態度は、やはり、仏印進駐の前に示すべきではなかったか。ハルノートが出されてしまってからでは遅かったのである。


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2008年05月04日

日本のクラシコ(下)

 西野氏の続きに行かなくてごめんなさい。ご要望にお答えして連勝したあたりで書きますね(それにしても、何と言う過酷な日程なのだろうか、そして来期の「改革ACL」ではさらに試合数が増えると言う情報も...)。

 読売対日産を「クラシコ」(繰り返すが「伝統の一戦」の方が適切に思うけれど)と呼ぶ事に否定はしないが、私のような年齢の人間には、いずれのクラブも70年代後半以降に強くなってきた新興チームと言う印象がどうしてもある。
 ちょうど私が熱心にサッカーを追いかけ始めた頃のJSLは、ヤンマー(現セレッソ)、三菱(現レッズ)、日立(現レイソル)の3強時代と言われていた。中でも、ヤンマー−三菱戦は、非常に注目を集めた対決だった。そう言う意味では、セレッソがJ1に復帰すれば、将来そのような販売促進に挑戦するのは、結構面白いのではないか。釜本のように華のあるオジサンもいるし(一方のレッズはそのような販促をする必要もないんだな)。
 などと年長の友人に話していたら、「ヤンマーだってしょせん60年代後半に釜本を獲得して強くなった新興チームではないか、やはり東洋工業(現サンフレッチェ)と八幡製鉄が...」と語りだした。八幡製鉄は後の新日鉄だが、残念ながら継続しているクラブはない。しかし、考えてみるとJFLにニューウェーブ北九州があるから、両クラブが同じリーグでプレイすれば、「超クラシコ」と強引に呼んでみるのも面白いかもしれない。と言う事で、サンフレッチェの皆さん、「無理に急いでJ1に戻らずとも...」と、6日の試合に思いをはせたりして。
 いや、さらに遡ると、田辺製薬だとか、結局早慶戦だとか、東京帝大(東大)と東京高等師範学校(筑波大)ではないとダメだとか、色々出てくるだろうが、キリがないですね。

 ここまで名前が挙がっていない伝統のチームと言うと、やはり古河(現ジェフ)と言う事になる。なにせ、このクラブは、昨シーズンも述べたように、1965年JSL結成以来過去ただの1度も2部に落ちた事がないのだ。昨シーズン「いよいよ危ない」と思われたが、終盤の盛り返しで無事残留。
 ところが、今シーズンも、ここまでの成績は芳しいものではない。あれだけ中心選手が抜ければ仕方がないとも言えるし(一方で、あれだけ中心選手が抜けたのだから、短期的に物凄い量の現金がはいったはずだから、相当な補強ができたはずだと思うのだが...)、シーズンはまだまだ長いから、妙に慌てるタイミングではないはず。今重要な事は、適切な補強構想、一層の組織化など、先を見た施策だろう。負傷がちの巻に今の時点で無理をさせるなどは、最大の愚策だと思うのだが。
 さて、ジェフは次節レッズと敵地で対戦する。不調のクラブには、あまりに厳しい難敵となる。で、ハッと大昔30年前を思い出したのだ。こちらの97ページをご覧いただきたい(会員登録が必要ですが無料なので是非)。古河が三菱を破った試合なのだが。
 この78年シーズン、ヤンマー、フジタ(現ベルマーレ、このクラブの伝統もすばらしいな)と優勝を争っていた三菱は、後期の連勝で一気に独走体制に入った。日本サッカー史に残る巨人落合弘(偶然ながら、先週発売のサッカーマガジンの54ページに取材記事が掲載されている)が守備を固め、現レッズ社長の藤口光紀が中盤を仕切るバランスの取れた好チームだった。
 一方の古河、前々シーズンにJSLを初制覇し、そのまま強豪としてJSLに君臨するのではないか、とも予想されたのだが、奥寺の欧州移籍などもあり、すっかり停滞。このシーズンはリーグ序盤から連敗を重ね、最下位独走状態だった。大永井、前田秀樹など、代表の完全なレギュラ選手を抱えていたにも関わらずにだ(ちなみにマリノス監督の桑原氏も当時の古河の中心選手)。
 そして、この78年10月6日の試合、苦闘していた古河が意地を見せて、優勝に向かう三菱を止めた。この試合はリーグ終盤であり、その後三菱は堂々の優勝。古河はそのまま最下位、入替戦で新進気鋭の本田に大苦戦しながら、前田秀樹の大活躍で乗り切りJSL残留をする事になるのだが。状況も環境も大きく異なるが、30年ぶりの因縁を愉しんでいただければ。

余談 
 引用したサッカーマガジンのバックナンバだが、冒頭のユース代表のメンバの方が、もっと受けるかもしれないな。4ページの集合写真など、お愉しみ下さい。ちなみに、同郷のスーパースターの鈴木淳はこの大会で、初めて日の丸をつけたのだが。
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2008年05月03日

日本のクラシコ(上)

 先日言及したが、ヴェルディが、マリノスとのホームゲームを「クラシコ」として販売促進を行った。日本テレビも珍しく地上波で生放送。夜のテレビニュースでも再三採り上げられたので、「クラシコ」との情宣は成功だったのだろうか。ただし、NHKのJリーグダイジェストで、木村和司氏が寂しいと語っていた21798人と言う観客数は今一歩だったが。もっとも和司の全盛期の日産対読売の観客数など、1万人行けば超大入りだった訳だけどね。
 個人的には、「クラシコ」のような外来語を使うとどうにも印象が軽くなるので、「伝統の一戦」の方が販促上はよいように思うのだが。「多摩川クラシコ」と言う「軽さ抜群のグッドアイデア」が既に先行して一定の成果を挙げているのだし。
 もう1つ、テレビのアナウンサが提供する情報が混乱していた。どうやら、クラシコの開幕をJ開幕戦(あの、ほんの僅かな期間でいなくなってしまったオランダ人のマイヤーの先制点の試合)に設定しているのだが、J開幕戦がスタートでは「クラシコ」もへったくれもない。あくまでも80年代、プロ化を指向して日本サッカー界をリードした時代があっての「クラシコ」だろう。せっかく、83年読売がJSL初制覇した以降、読売と日産が相当期間タイトルを独占した事は映像で紹介していたし、正確には聞き取れなかったが「最初の対戦は7○年」とアナウンサが語ったり、とJリーグより前の情報も提示していたのだから、もう少しやりようはあったのではないか。
 私の認識ではこの両クラブの初対決は77年8月28日、JSL2部、三ツ沢にて日産が1−0で勝った試合。この試合に坂木嘉和、清水秀彦、ジョージ与那城、小見幸隆、松木安太郎、鈴木武一らが出場していた。もちろん、日産の監督は加茂周氏。こう言った面々に取材をすれば、非常に分厚い放送となったと思うのだが。そうすれば、ラモスや木村和司氏のような「若手」に頼る必要もなかったのではないか(もっとも、ラモスは松木よりも数ヶ月年上か)。

 まあいいや、試合に行こう。
 ヴェルディが先制するまでは、完全にマリノスペース。ディエゴに対して厳しいチェックをかけ、フッキにまともなボールを入れさせない。一方で、この圧倒的なマリノスペースの時間帯を無失点でしのいたのが、勝敗を分ける事になった。ヴェルディの最終ラインは土屋、那須、服部、富澤(富澤はサイドバックの負傷で急遽本来とは異なるポジションでの起用となった模様だが)、さらに中盤も菅原、福西、大野と経験豊富で手練手管に長けた選手が多く、バランスがとれている。中でも、先日から中盤底に起用されるようになった菅原の知的な位置取りと服部の巧妙な上下動は非常に有効。我慢をしているうちに、ディエゴがよい体勢でボールを受けられるようになってくる。フッキが出場停止になっているうちに、菅原の起用を軸に守備組織を立て直しフッキの復活に備えた柱谷氏の成功とも言えよう。
 そして迎えた39分、ディエゴが左(以降も左右は全てヴェルディサイドから見て)に巧く進出、中澤を引き出して低いセンタリングをフッキに。ここで、フッキには田中裕がしっかりと付いており、さらに逆サイドには小宮山が戻ってカバーに入っていた。つまりマリノス守備ラインは全体が右にスライドして、組織的には崩れていなかった。ところが、あろう事か田中裕がセンタリングをインタセプトしようとして空振り、全くフリーでボールを受ける事に成功したフッキが冷静に決める。さすがの中澤も部下の不首尾がこのように出てはカバーのしようがない。80年代後半、強い時代の読売は、悪い時間帯は加藤久、トレド、松木、エジソンらで粘り強く守り、隙を突いてラモス、湯田、戸塚、上島、ガウショあたりで点を取るのがやたら巧かったな。
 後半開始早々、ロニーの外に向かうドリブルから強く踏み込みGKの二アサイドを抜くシュートで、マリノスが追いつく。木村和司、金田、マリーニョ、水沼、レナトなど、組織攻撃が巧く行かない時には「圧倒的な個」で得点を決めるのも、日産以来の伝統か。
 ところがヴェルディはディエゴ、フッキのコンビで突き放す。この場面の中澤の守備策は議論が分かれよう。ほぼゴール正面からディエゴがドリブルで前進、斜め前方左に開いたフッキに速いパス、ここで中澤はパスの方向(つまり自分から見て右側)にターンした。セオリーからすれば、ワンツーを警戒してパスの後走り込むディエゴの方向(自分から見て左側)にターンすべきなのだが、フッキの事だから強引にシュートに持ち込む(あるいは、1点目でフッキのマークをし損ねた田中裕のカバーを考えたのか)と読んだのだろうか。結果的にフッキは、ディエゴにリターン、抜け出したディエゴが冷静に決めた。中澤の読み違え負け。
 さらにヴェルディはGK榎本のミスから拾ったボールを丁寧に回し、最後は左サイドで服部が全くのフリーになって、狙い済ましたセンタリングを逆サイドの福西に正確に合わせ10年来のコンビネーションを見せてくれた。以前より不思議なのだが、マリノスはGKの補強を考えないのだろうか。榎本と言うGKは乗っている時の能力は素晴らしいが、大ポカが多過ぎると思うのだが。と、マリノスベンチのGKコーチを見て、そう言えばこの人の80年代の不安定さも酷かったと思い出したりして。

 マリノスは、上記したGKへの疑問、隼磨の調子がもう1つな事、ロペスの使い方(と言うか、いい選手だと思うし、大好きな選手なのだけれども、J1のトップを目指そうと言うチームの「将軍」ではないと思うのだが)など疑問が多いのだが、戦闘能力は抜群だし、桑原氏の手腕も疑いない。これらの問題が修正され、それなりの所まで行くだろう。山瀬が完全に確立すれば「久々」もあると思う。
 ヴェルディは、ようやく体制が整備された。フッキと言う爆弾は存分に機能するのはもうわかっている事、最大の問題は後方のベテラン達が夏場にどこまで戦えるかだろうか。
 何にしてもはっきり言える事は、この両チームが強い方がリーグ戦が面白いと言う事だな。 
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2008年05月02日

西村主審暴言問題

(一部わかりづらい部分を修正しました 2008年5月3日)

 最初から最後まで、何ともがっかりする話だ。「死ね」発言があったと言う話にも、日本協会の収拾策にも。

 「犬が人を噛んでもニュースにはならないが、人が犬を噛むとニュースになる」と言うけれど、そのような類の話と言えるのだろうか。選手が審判に暴言を吐いて「ハイ、サヨナラ」は、それはそれで残念だが、しばしば見受けられる場面である。しかし、審判が選手に暴言と言うのは...
 学生時代の事だから25年くらい前になるだろうか、社会人の相当レベルの高いチームに練習試合をしてもらった事があり、先方のチームから主審が出た。チームメートがハンドと判定されPKを取られたので、主審にしつこく文句を言った。すると、その主審は「うるせえ、ガキは黙ってろ!」とフィールド中に響き渡る大声で恫喝?してきた。若い学生に色々言われたので、単に腹が立ったのだろうが。横から見ている限りでは、直後のチームメートの腰の引け方が面白くて笑いをこらえるのに苦労したのだが。まあ、しょせん田舎の練習試合ならば、このように愉しい思い出になるのだが、今回はJリーグの主審だからねえ...
 しかし、本当に「死ね」と言ったのだろうか。私の感覚からすれば、「死ね」と言う表現は、1対1で口論になり相手を罵る場合にはあまり使わない気がする。この表現が取られるのは、殺し屋が人を殺そうとする瞬間が典型に思えるのだが(つまり発言者が殺人行為をする場合)。自分が直接手を下さずに相手の死を望む場合は、普通「死んでしまえ」と言うように思う。もっとも、この表現はインタネットが普及して、ポピュラに使われるようになったのかもしれないから、私が古いのだろうか。それとも西村氏は、インタネットの巨大掲示板を愛好しているのだろうか。
 大体、「死ね」と言われた選手は主審の指示にしたがわなかったのだが、それはそれで警告されないのかと心配したりして。

 と、バカを言っている場合ではないな。

 本件については、日本協会もすぐに動き、正式なリリースを発表した。田嶋氏によると
「西村主審は、抗議した選手に対して『うるさい。黙ってプレーして』と注意を促したが、『死ね』とは言っていないと否定している。映像や調査からも、主審がそう発言するほどの状況だったとは思えない。
との事である。
 日本協会としては、(性善説から評して)証拠不十分な告発は無罪としか判断しようがないだろうし、(性悪説から評して)証拠不十分な告発なので臭いものには蓋をしたいのだろうし、ある意味で予想された処理である。実際に確かめようもない事だし、上記に述べた小理屈で「死ね」と言う発言には不自然なものを感じる事も否定はしない。ただし、是非、田嶋氏にはテレビの前で「うるさい。黙ってプレーして」を代演いただき、「死ね」と視聴者が聞き違えるかどうか実験する事を期待したい。

 しかし、状況把握が決定的にずれている。

 問題は「死ね」と言ったか、言わなかったかではないだろう。
 主審が「死ね」と言うのは論外だ。しかし、「うるさい」と言うのだって十分問題ではないか。「うるさい」と言う日本語は親しい者同士に使われる分にはそれほど失礼な表現ではないし、冷静な会話内でも使われる。しかし、それほど親しい間柄ではない者同士に使われる場合は、主に恫喝的に使われるのが普通だ。西村主審と当該選手がある程度以上に親しいならば、元々今回のようなトラブルにはなっていないだろう。そう考えれば「うるさい」と恫喝したとしか思えず、西村主審はその時点で相当興奮していたとしか推定できないではないか。
 本質的な問題は、西村主審が試合中に相当興奮していた事にあるのだ。

 サッカーの試合中に、選手が興奮し冷静さを欠く状況になるのは、誉められた事ではないが、仕方がない事だ。サッカーとはそのような競技なのだ。その興奮した選手を諌めるのは、チームメートであり、ベンチであり、審判であるはずだ。そして、サッカーと言う競技は、どのような混乱があっても、その最終決定は「審判、それも主審が行う」と言う約束で行われているのだ。だからこそ、審判は冷静である必要がある。
 それでも審判だって人間である。何かしら不運があって、ついつい感情的になってしまう事あるかもしれない。それは褒められた事ではないが、人間である以上はそのようなミスが起こる可能性は常にある。だからこそ、そのような感情的な状態になってしまったら、審判として「不出来であった」と猛省してもらわなければ困る。そのために、日本協会は「不出来の審判」に対して、厳しい態度で臨む必要があるのだ。そして、「うるさい。黙ってプレーして」と言った主審は極端に不出来だったのだ。不出来だった以上は何がしかの叱責が必要になるのではないか。
 ただし繰り返すが、人間なのだから完璧は望めないと言う事。1試合出来が悪かったと言って、審判に致命的な厳罰を処するのは違う。スター選手だって不出来の試合があるのと同じだ。不出来な試合があったから、「スペシャルレフェリーをクビにしろ」とか「J1の笛を金輪際吹かすな」は飛躍に過ぎる。もちろん、あまりに1人の審判が、そのような大トラブルを重ねたるならば、その審判の素材的な能力を問われる事になるけれど(そして、そう指摘したくなる主審がいる事が悩ましいのだが、それはそれとして)。
 だからこそ、日本協会は「審判の不出来」を議論するのを避けるべきではない。そしてこれだけ、メディアが発達しているのだから、それは内部の議論に留めるのではなく、オープンな議論をすべきである。「審判はミスをしない」とか「何があっても審判が正しい」と後知恵で語れる時代ではない事を理解していないのではないか。
 簡単な話だ。「西村主審は『死ね』と発言ていない模様」で留めてはいけないのだ。「ただし、西村氏はいささか神経質だった。改善を期待したい。」と添えて反省を促した事を公開すればよい。同様に相当の問題があった時や、問題を起こす頻度が高い審判に対して、審判する事を休ませる措置をを公開するのも躊躇すべきではなかろう。

 先日私はアルビレックス−サンガ戦の佐藤隆治主審の不出来を酷評した。当該エントリでUZ氏が「佐藤氏がよい笛を吹いた試合もある」と指摘してくれた(このようなコメントは本当にありがたい)。また、佐藤氏の前節のマリノスージェフ戦での笛がよかったと複数の友人から聞いている。
 西村氏だって、この時のように「これ以上難しい試合はない」程の試合を巧く吹いた実績もある。

 日本協会は「臭いものに蓋をする」措置を継続する事で、日々努力している審判諸兄への不信感を自ら高めている事に気がついて欲しい。
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2008年04月30日

西野監督について(上)

 ガンバとアントラーズが思うように勝ち点を伸ばせないでいる。いずれのチームも、先週のACLの疲労が抜けていないのだろう。黄金週間ゆえ継続する過酷なスケジュールを西野氏とオリベイラ氏はどうさばくのか。

 と言う事で、今日は(自分で宿題としていた)西野氏について語りたい。

 西野氏の事を私は嫌いだ。理由は単純な話だ。過去何回も書いた事がある。さらに興味のある方は、左側の検索窓に「西野」と入力し、記事のボタンを押して検索すれば、偏見と屈折に満ち溢れた西野氏評を愉しんでいただけるであろう。「嫌い」と書くものだから、過去も再三コメント欄でお叱りをいただいた事がある。しかし、嫌いなものはどうしようもないし、「嫌い」と書いておけばお読みになる方も、「ああバイアスがかかっているな」と読んでいただけると思うのだが。
 ともあれ、このような偏見に満ちた私ではあるが、西野氏が紛れもなくここ最近日本で最も実績を挙げてきた監督である事は否定できない。そして、氏自身2度目のアジアチャンピオンズリーグへの挑戦となる今シーズンは、ガンバフロントの努力で揃った質量ともに強力な陣容で、氏がどのような戦いを見せてくれるか、多いに愉しみである(私にとっては屈折した愉しみだが)。

 西野氏はガンバ監督に就任前にも存分な実績を残しているのは言うまでもない話。まず、アトランタ五輪出場、今でこそ日本は95年以降、ワールドカップ、五輪、ワールドユース、いわゆるプロが出る世界大会は毎回皆勤している(実際、のワールドユース以降これら3大会に日本が出場しなかった事はない、ブラジル、アルゼンチン、韓国!でさえワールドユース予選ではドジを踏むのだ。13年間予選突破率10割なんて、世界中で日本くらいなのではないか...と、少し統計を調べてみたのだが、完全には調べ切れていません、誰か調べてください)。しかし、当時は「日本が予選を突破する」と言う概念そのものが薄かった。実際日本がアジアの予選を突破できたのは、直前のワールドユース(その主力だった田中誠、松田、中田らがそのままアトランタのこのチームにも参画していた)を除けば、あのメキシコ五輪まで遡らなければならなかったのだ。そのアトランタ予選を突破した事は高く評価されよう。
 アトランタ本大会でもブラジルに見事な勝利を収めている(あの勝利について、「守備的で情けない戦い方」と言う評価はあり得ない)。準々決勝進出には失敗したが、あれはナイジェリア戦の「鈴木秀人の歴史的珍プレイ」によるもの。監督は結果責任を負うのは仕方がないが、どう考えても鈴木秀人の責任は重い。
 ただし、当時私は2つの点で西野氏に不満だった。
 1つはオーバエージを使わなかった事。当時は井原とカズの全盛期この2人に加え、代表で地位を獲得しつつあった名波か森島あるいは手薄な右DFの名良端、柳本、ミニラ中村あたりを、アトランタに連れて行けば格段に強力なチームになっていただろうし、翌年のフランス予選にもよい準備となった。そもそも、当時のA代表加茂監督は、攻撃の切り札である前園を「五輪優先」で自由に使えなかったのだから、ひどい話だ(このあたりはこちらを参照ください)。
 もう1つは、三浦淳、平野と言ったJで格段に実績を残した選手を起用しなかった事。三浦淳は当時フリューゲルスで完全な中心選手、同じチームの前園との連携も期待できた。平野もグランパスでの評価は小倉よりも高いくらい、95−96シーズン天皇杯決勝はピクシーの指揮の下、平野はA代表でもレギュラを獲得するのではないかと思わせる質の高いプレイを見せていたのだが。

 西野氏はアトランタ後、レイソルの監督に就任。これはかつての中心選手がそのチームの監督を務めると言う、当時としては珍しくない人事だった。
 そこでも、西野氏は見事な実績を挙げる。生え抜きの渡辺毅、加藤望、即戦力として獲得した洪明甫、薩川、期待の若手の明神、北島、南、大野、酒井(負傷による早過ぎる引退が本当に残念な選手だった)と言った選手をまとめ、99年にはナビスコ優勝。さらに00年シーズンには黄善洪が加入し一層チームは強力に、通期での勝ち点はトップながら、前後期共に制せずリーグ制覇を逸した(後期優勝を争うアントラーズとの最終戦での直接対決はJリーグ史に残る名勝負だったが、勝ちが必要なレイソルは攻め切れず涙を飲んだ)。
 翌シーズン、充実したメンバにさらに柳想鉄が加わり、磐石のチーム力と思われたが、開幕からチームは不振。前期を中位に終えたところで、解任されてしまった。

 アトランタ五輪にしても、レイソルにしても、相応の結果を出していた西野氏。選手に恵まれた部分もあったが、よい選手を並べれば勝てると言う訳ではない事は言うまでもない。ただその割に、もう1つ高い評価を得られなかった。
 1つは、常に硬直した采配を批判された。フォーメーションは3−5−2に常に固定。それも、2ストッパにスイーパの3DF、ボランチ2枚にトップ下、2トップの1枚はポストプレイヤが要求される、と固定したやり方に選手を当てはめる事に拘泥し続けたからだ。アトランタで平野や三浦淳を選考しなかったのもそのためだと思われた(もっとも、三浦淳は3−5−2のサイドMFが本職なので、なぜ西野氏に嫌われたのかは不明)。
 選手がしばしば造反するのも目立った。アトランタでの前園、中田らが離反した事(短期的なタイトルマッチで、そのような態度を取る選手も、それを抑えられない監督も、それぞれ情けないと思うが)は有名だが、レイソルでもA代表に選ばれるようになった北嶋が出場機会について不満を顕わにした。

 そして、西野氏はガンバの監督に就任する。

(以下続く)
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2008年04月29日

続々中学生の成長を愉しむ

 さて中学校の大会。今日は準決勝と決勝を1日で行うレギュレーション。とは言え、決勝に残れば県大会進出なので、とにかく準決勝に勝つ事が何よりも重要。

 準決勝の相手は地域最強との噂がもっぱらのチーム。主将のトップ下の10番が抜群の能力を持ち、センタバック2枚が強力。チーム全体のレベルも高く、速くて丁寧なボール回しは鋭い。
 我がチームの監督は、敵主将に当方の大黒柱をマンマークでつけた。大黒柱は本当によくやった。敵主将はドリブルも巧いし、パスも正確。この1年年上の難敵に対し、丹念にしつこくアプローチする事で、自陣から遠い場所でプレイさせる事に成功した。あの幼少時のハナ垂れ小僧が、ここまでサッカー選手として成長してくれた事が素直に嬉しい(ほかの選手もそうだけど...逆に今少年団のハナ垂れ小僧達と毎週遊んでいると、こいつらが将来あんなに立派になっていくのかと、これまた一層感慨深い)。
 相変わらずバック4は、安定して機能。大黒柱が敵主将を押し出す事で、敵がロングボールを蹴ってくると、おちついて第1波をはね返す。大エース、俊足、将軍の3人はこのはね返したボールに執拗に絡み、第2波を許さない。この攻撃ならば防げる。
 一方、(それほどの頻度ではないが)大黒柱が敵主将を止め切れず、前向きにボールを持たれて仕掛けてくると、サイドを崩され、ゴール前での勝負に持ち込まれてしまう。もう1つ怖いのはセットプレイ。セットプレイだけは敵エースは、大黒柱の妨害なしで精度の高いボールを入れてくる。この日はフィジカルCBが抜群の安定感を見せ、主将GKの果敢な飛び出しと合わせ、何とか押えきる。とにかくこのような攻撃の回数をできるだけ少なくできれば。
 では、どうやって点を取るか。突破力抜群とストライカの2トップがよい体勢でボールを渡せるように、大エースをどのくらいの頻度前を向かせられるかと言う事になってくる。しかし、敵もそのあたりはよくわかっていて、大エースへのマークは執拗を極める。それでも、前半終了間際にこの3人で攻撃を仕掛け、最後は突破力からストライカに強いパス、ストライカは敵ストッパを背にしながら見事なターン、振り向きざまにファーサイドに強く低いシュートを放ちGKを破った。「釜本か!」と言いたくなるほどの見事なストライカの個人技で先制してしまったのだ。
 3月に卒業した連中が多数応援に来ていたのだが、あまりの妙技に皆「うわ〜〜〜!すげ〜〜〜!」と大騒ぎだ。中でもストライカの兄貴は「おかしい、これは何かの間違いだ、あいつがこんなに巧い訳はない」と語り、友人達に「弟の方がもう巧い事を素直に認めろ」とやり込められていた(兄貴の名誉のために言っておくが、あくまでもこれは言葉の綾、彼は昨年の中盤のエースで、近くの強力高校に加入しがんばっている)。

 後半、敵の圧力が高まる。GKが大当たりと言う事もあり、1−0のまま時計が進むが、次第に危ない場面が増えてくる。我がチームは、俊足、将軍に代えて、大柄脚力とスーパーサブを起用し、中盤の運動量を確保する。あと10分になって、いよいよ敵は後方の選手が前掛りで猛攻を仕掛ける。結果的に当方の大エースへのマークが甘くなる、たちまち大エースは見事な展開から絶好機を作り、スーパーサブが絡んで最後は大柄脚力が狙い済ましてシュートを放つが、敵GKに超美技で防がれた。惜しい。
 好事魔多し。直後のCK、敵はフィールドプレイヤ1人を残して全員が前線に進出、混戦から押し込まれ、とうとう同点に追いつかれてしまった。
 感心したのは、それ以降。「あと僅かを守り切れなかった」とのショックを引きずらず、全員が集中したプレイを継続。5分ハーフの延長も、ひるむ事なく戦い続け、危ない場面もあったが、当方もチャンスをそれなりに作るなど、ほぼ互角の攻防。勝負はPK戦に。
 PK戦では先蹴の当方の4人目までは全員が成功する息詰まる展開。そして敵の4人目、主将GKが見事な反応、こぼれたボールはバーに当たり、外へ転がった。歓喜に飛び跳ねる主将。踊り続ける彼に、センタサークルからチームメートが「次はお前だ!」と声がかかる。どうやら5人目に蹴る事を忘れていたらしい。思い出した彼は「おお、任せろ!」と胸を張ってペナルティスポットに。ところが、人工芝に滑ったのか、転倒しながらのキックとなり「うわあ」と一瞬思ったが、敵GKは逆を取られボールはネットに突き刺さった。
 見事に県大会出場を決めてくれた。すごい。

 決勝戦は、準決勝終了後のインタバルが長かった当方が、体力的に圧倒的に有利となった。大エースへのマークが甘く、序盤から再三決定機を掴む。そして前半半ば過ぎ、右サイドを大エースが突破し低いセンタリング、ニアで突破力抜群がつぶれ、ファーに走りこんだストライカが先制弾。これでストライカは、2年生ながら5試合で6得点、堂々の得点王だ(と思うのだが)。以降も押し気味に試合を進め、終了間際に逆襲から突破力抜群が決め、突き放し優勝。

 「伸び盛りのチームが試合ごとに力をつけて行く」そのものの快進撃だった。長い事サッカーを見ているが、ここまで短期間に成長する事例は記憶にないくらい。こんないい経験をさせてくれた選手たちに多謝。
 今までも君達には、幾度も喜びを提供してもらったが、まただね。本当にありがとう。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(4) | TrackBack(0) | 底辺

2008年04月27日

負けて感じたグランパスの強さ

 あるグランパスサポータの友人が、ヴェルディへの敗戦後に「グランパスの今までの相手が強かっただけ。弱いチームとやれば当然負けるってことよ。」と悔しがっていたが、負ける時って言うのはこういうものなのだろう。

 とは言え、グランパスがヴェルディの注文相撲にはまってしまった一戦だった。前半からヴェルディの出足のよさに苦戦気味のグランパス。特に中村、小川の中盤の新2枚看板(「新」と言うには、中村はもうよい年齢だが)が、ヴェルディの厳しいプレスを抜け出すのに大変苦労していた。このあたり、福西、菅原と経験豊富なボランチが利いていた。
 もっとも、シーズン序盤よりヴェルディのチームのバランスは決して悪くなかった。ただフッキの加入でバランスが崩れたところで(フッキが入れば点は入るようになるが、その独善性からバランスが崩れる)、フッキが出場停止になり、バランスが崩れて点も入らない状況に陥っていた(前節のレイソル戦は酷かった)。しかし、柱谷哲二氏もさすがに修正を加えてきて、バランスを取り戻してグランパス戦に臨んだと言う事だろう(そう言う意味では、02年でコンサドーレの監督を務めた時よりは、格段に監督としての能力は高まったと言えるのではないか)。
 ただし、これもでも悪いなりに勝っていたところもあり、0−0のまま後半にもつれた所で、何となくグランパスが勝つのかなと雰囲気も漂っていた。その雰囲気を断ったのが、老獪な服部のセンタリングだった。巧い仕掛けでフリーになった所で、浅めの角度から、ディエゴの反転力を信頼し、戻し気味の絶妙なコースに蹴り入れたもの。一般にセンタリングはFWがゴールに向かう向きで受ける事ができるボールの方が得点につながる確率が高いもの。ところが、このボールは全く逆を狙った。ちょうど湿ってすべりやすい芝と言う事もあり、グランパスの若いDF達はしゃにむに自陣に向かって戻る事になったため、ディエゴが後方に向いて細工する動きと逆になり対応ができなかった。ここの所急成長を見せている吉田も、全く読みきれないコースに対応が遅れた(この若者には最高クラスの失敗経験と言えるのではないか)。
 さて、先制されたグランパスは早々に杉本を投入し仕掛ける。が、小川と中村が分断されている事もあり、どうにもバランスが悪い。そうこうモタモタしているうちに、ヴェルディの河野がFKに合わせ、はるか後方から挙動を開始し、マーカの竹内を完全に出し抜いてヘッドを決め突き放してしまった。竹内には非常に厳しい言い方になるが、「持って生まれたもの」の差を感じる場面と思えた。竹内が謝罪の機会を提供してくれる事を強く期待したい。

 ただ、展開が悪かったが故に、逆にグランパスの「個」の凄みを感じ、ここまでの好成績に納得させられる試合だった。このあたりの「個」を巧く発揮させているのが、ピクシーの強みなのだろうか。
 ヨンセンがバックパスをするフリからターンして放ったシュートは、なるほどこの晩熟のストライカが欧州の代表チームのエースとして活躍するはずだと思わせるプレイ。阿部と(さきほど酷評した)竹内は、攻め上がり敵に巧く守られても、諦めず僅かな隙を見つけて見事なクロスを上げる。杉本の再三の前進には相変わらず興奮させられる(もっとも、すっかりスピードのなくなった服部が最初のワンタッチに勝負を賭けて杉本を止めに行くのは面白かった)。
 そして玉田。今シーズンは往時の切れが戻り、代表にも復帰した。そしてこの日のように、チームのリズムが悪くなると、とたんにこの男は後方に下がり多数の選手を強引に抜こうとしてはつぶされる。瞬発力やその後のシュートの素晴らしさ、最初のボールタッチが雑で抜け切れない事は、以前も指摘した事。その長所、短所については、相変わらず変わりないようだ。しかし、瞬間の魅力は、他の日本人ストライカにはないものがあるこのタレント。極論すれば、最前線で得点を狙えば有用で、ボールが来なくて後方に引いて無理をすると何の役にも立たないタレント振りは、ロナウドと類似性がある。
 ピクシーと岡田氏は、この難しいタレントをどう使いこなしていくのか、今シーズンの玉田の活躍を期待して待ちたい。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(1) | TrackBack(0) | Jリーグ

2008年04月26日

続中学生の成長を愉しむ

 と言う事で、中学校は準々決勝。これが素晴らしい試合を演じてくれたのです(以下、各人の特長についてはこちらを参照)。

 敵は技巧に優れたチームとの情報どおり。しかし、開始早々から我がチームは運動量で押し込みペースを掴む。4人のバックラインは出足が素晴らしく敵FWより早くボールに触り(特に勇気あるCBと判断力の右バックの2人の前に出る動きは絶好調、おかげでフィジカルのCBは余裕も持ってカバーリングに回れた)、大黒柱と将軍がよくボールを散らし、大エースと俊足を走らせる。突破力抜群とストライカは息の合った動きで再三敵陣に迫る。CKを何度も掴み、幾度か決定機を掴むもどうしても決めきれない。
 敵もこの地域では屈指の強さを誇る少年団出身の選手が多く、CB(高さと速さを兼備)、サイドバック(主将で10番ながらSB、足も速く対応も柔らかい)ボランチ(技巧も正確、身体も頑健)、トップ(裏に出る速さが抜群)と能力の高い選手を並べているだけに、最後のところがどうしても破れず0−0で前半終了。
 当方が相当数の好機を掴んだのに対し、敵の好機は1回だけ。これは、当方のDFがインタセプト狙いが球足が予想より速く(普段土のグラウンドでしかやっていないのだが、準々決勝以降は人工芝のグラウンドでやれるのだ)敵FWと入れ替わってしまい、そこから崩されてGKと1対1とされてしまった場面(主将GKが見事な飛び出しではじき出して事なきを得た)だった。
 当方の運動量に敵が圧倒された感のある前半だったが、後半には落ち着いてつないで来る事が予想され、決して予断を許さないハーフタイムだった。

 後半、予想通り敵はボランチを軸に丁寧につないで来る。当方のフォアチェックがかわされ、中盤で回せされるとつらい。敵ボランチに当たるのは当方の将軍なのだが、体重差は歴然としており、よほど巧く身体を入れないと飛ばされてしまう。この苦しい時間帯を4DFはよくしのいだ。特に敵の裏に出るのが速いトップを、当方の左DFが押えたのが大きかった。
 苦しい局面を打開するためにベンチは俊足に代えてスーパーサブを送り出す。これが成功した。スーパーサブの強引な前進により、また押し込む事に成功したのだ。
 そして、迎えた後半10分、大黒柱が見事に敵ボールを奪取し、低く正確なフィードを将軍に。将軍は左サイドの大エースにつなぐ。大エースは1度縦に出るそぶりから、右サイドのスーパーサブにサイドチェンジ。フリーのスーパーサブは、ニアにアーリークロスを上げると、突破力抜群(跳躍力も凄い)が見事に飛び込んでよくひねったヘディング、しかし惜しくもバー。ところが、ふわりと浮いたボールをよく見ていたストライカが落ち着いたヘッドでネットに突き刺した。1−0。このストライカ君は、大柄だが空中戦には課題があったのだが、この場面は見事だった(本人曰く「生涯初めてのヘディングによる得点」らしい)。
 以降、敵は前掛かりに来るが、無理攻めはまだ仕掛けてこない。例の10番の主将がSBからトップにポジションを変えてくるが、先方の監督はバランスを崩すのは嫌うタイプらしく、FWを1枚後方に下げたので、FWの人数は変わらないので、当方は同じ守備体系で対応。また敵のボランチが前に出てくると怖いなと思っていたのだが、相変わらず後方でボールをさばいてくる。それでも2度ほど好機を掴まれたが、主将が思い切りのよい飛び出しと好反応で防ぐ。そうこうしている間に、残り10分。
 中盤に2年生が多い我がチームにとって終盤の守備は厳しいものになると思われた。ところが、敵が無理に攻めてこない。例のボランチもCBも後方に留まっている。よく見てみると、2人とも疲労が顕著になっていた。一方、当方の将軍は2年生ながら(ガキの頃から持久力が大したものだったのだが)足が止まらない。いや、彼だけではない、当方は皆がまだよく走っている。冬場の走り込みの差が出たのだ。最後の10分、当方は2トップが居残り速攻を仕掛け、決定機を2度掴む。ストライカのシュートを敵GKが伸び切りのセービングで防ぎ、大エースの強シュートがバーを叩く。
 最後の5分はさすがに敵が前に選手を残す。大黒柱もバックラインに下がり、敵の攻撃をはね返す。バック4は3年生で、スタミナは皆残っていたが、この日大活躍だった大黒柱はやはり2年生、最後に来て足が半分つっているようで、クリアの後ラインを上げるのもつらそう。しかし、全員でこの苦しい時間帯も出足で負けず、敵に好機すら作らせず、逃げ切った。

 とにかくベスト4。あと1つで県大会。準決勝の相手は、もっと強いと評判のチームだが、がんばれ。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 底辺