2025年02月28日

敵地徳島戦、工藤蒼生の痛恨

 徳島ヴォルティス1-0ベガルタ仙台
 52分に逆襲速攻から失点、その後猛攻をしかけたが取り返せず悔しい敗戦。敵地とは言え勝ち点ゼロは痛く、課題も多い試合ではあった。一方で、リードを奪われた後の攻撃は中々見事、新戦力の台頭もあり今後に期待を抱くこともできた。
 失点は完全に工藤蒼生の判断ミスからだった。前半、圧倒的に劣勢だったのを何とか0-0でしのいだハーフタイム。森山監督は有田恵人に代えて荒木駿太を起用。荒木が前後左右によく動き、後方からの縦パスを受けるようになり事態は改善された。ところが、52分工藤が敵陣で中途半端な持ち出しから簡単にボールを奪われ速攻を許す、素早く戻った蒼生だが引いてきた徳島の渡大生に巧みにスクリーンされポストプレイを許す、そのボールを受けたジョアン・ヴィクトルと渡に見事な連係から崩され失点。渡の妙技には「恐れ入りました」と言うしかないのだが、失点の主因は不用意な持ち出しを奪われた蒼生にあった。
 
 前半開始早々、ベガルタは最前線のフォアチェックを外され、速攻を許す。右サイドを徳島のベテラン杉本太郎に突破され、逆サイドに振られた後決定機を許すも、林が好捕でかろうじてしのぐ。敵地戦の開始早々まだ様子を見るべき時間帯に、あそこまで見事に注文にはまり崩されてはいけない。この場面で、前線で止め切れなかったことで、以降フォアチェックに行き切れないことが増え、徳島に圧倒的にボール保持されることとなった。それでも、組織守備で我慢を継続、好機はほとんど許さず何とか0-0で前半終了。
 徳島のフォアチェックはよくベガルタの特徴を研究していた。真瀬拓海を押し込み、裏狙いで前に行こうとする有田恵人との間を分断する。逆サイドでは、右利きの左DF奥山政幸の縦を押さえて中に追い込む。森山氏の目論見は、俊足の有田へロングボールを入れて走らせ、徳島の3CBを押し下げることで、押し込まれの連続を防ぐことだったのだろう。しかし、強風下ロングボールは風で押し戻されてしまい、敵のラインは下がらない。さらに鎌田大夢も前への持ち出しに拘泥して、ハーフウェイライン近傍で複数の徳島MFにはさまれてボールを奪われることが再三。この鎌田の無理し過ぎは前節の鳥栖戦でも見受けられた傾向、押し込まれた場面で守備陣の押し上げが遅れている時には前進ではなくボール保持を狙うべきなのだが。あそこまで押し込まれてしまっては相応に失点のリスクは高まってしまう。
 一方で、これだけ圧倒された前半を無失点で終えることができたのは大したものだ。悪い展開なりに4-4-2のブロックを丹念に維持し好機をほとんど許さなかったことは長いシーズンが始まるにあたり結構なことだと思う。ただ、状況が改善された後半序盤に速攻を許し失点するのだから、サッカーは難しい。
 失点はしたが、荒木の投入で流れがよくなったこと、先制した徳島が後方を固めるやり方に切替えたこともあり、ベガルタは押し込むことができるようになる。さらに、中盤に武田英寿を起用、武田はよくボールに触り中盤を構成、鎌田と武田とタイプの異なるパサーを起点に複数回の好機を掴んだが、相良、郷家、鬼木らのシュートがどうにも決まらず、悔しい敗戦となった。
 
 悔しいが、極端に悲観する内容ではなかった。前半圧倒的攻勢を許したことは課題ではあるが、強風という誤算が痛かった。どうしても勝たなければならない試合だったならば、守山氏は前半で有田に代えて荒木なりエロンを起用したのではないか。しかし、長いシーズンを考えれば、信頼して起用したスタメンを維持したのは決して間違っていたとは思えない。そして押し込まれたなりに守備の充実も見られたのは確かだし。また上記の通り、武田が機能したことはこの試合の大きな収穫となった(デュエル負けでボールを奪われるところは改善の余地ありだが)。攻撃ラインも宮崎鴻、荒木、武田と言った新加入選手が多いだけに、連携の妙には至っていないのはしかたがない。焦らずにチームの熟成を待ちたいものだ。
 
 さて、いよいよホーム開幕となる大分戦。大分は開幕戦でいきなりJ1から降格してきた札幌に快勝、順調な出足を切っている。芝の張り替えもありユアテックが使えないため、キューアンドエースタジアムでの地元開催戦。遠いとか、不便とか、行くだけでカネがかかるとか、トラックが邪魔で見づらいとか、屋根が機能的でなく濡れやすいとか、23年前にトルコにやられたとか、文句を言うとキリがない。しかし、前回J1昇格を決めた2009年シーズンとの類似性も感じるではないか。前シーズンのあと一歩での昇格失敗、リーグ序盤のキューアンドエースタジアム利用。
 そのような雑事よりも何より、工藤蒼生は並々ならぬ気迫でこの試合に臨んでくれることだろう。痛恨のボール喪失、さらに渡に出し抜かれたこと。中盤後方のタレントとしては絶対に犯してはならないプレイを連発してしまった。だからこそ、あの悔しい失敗経験を活かし、蒼生がこのホーム開幕で見事なリベンジ劇を見せてくれることと期待していても構わないだろう。
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2025年02月22日

2025年開幕、郷家友太の一撃

 サガン鳥栖0-1ベガルタ仙台
 敵地での開幕戦で、強豪から勝点3を奪ったのだから、最高のリーグ開幕と言っても過言ではなかろう。しかも、その決勝点がすばらしかった。
 71分、守備ラインでボールを回し、CB菅田がフリーとなって前線のエロンを狙う性格なロングパス、エロンが敵DF2人とつぶれながらボール保持し、郷家がすばやく宮崎につなぐ。真瀬は格段の動きだしの早さを見せ(相対する相手を完全に置き去り)、右オープンに飛び出し、宮崎の展開を受ける、既にその時点でエロン、郷家、相良の3人がペナルティエリアに進出済み。真瀬がよく腰をいれて蹴ったクロスは、落ち着いた位置取りで敵DFから離れていた郷家にピタリ。郷家は柔らかなヘディングをサイドネットに向けて合わせるだけだった。
 腕章を巻いたチームリーダが崩し始めに絡み、献身的なチームメートが特長を出しながら作り上げた好機を、見事な位置取りと正確な技術で決めた得点だった。

  後半開始早々から、試合はすっかり鳥栖ペースで展開していた。鳥栖FW陣の前線からの厳しいチェックに追い込まれ、仙台各選手は落ち着かない状態で無理な縦パスにこだわる。また前線の選手も強引に縦抜けをねらう。しかし、DFの押し上げがまだなのに縦を急いでしまうものだから、すぐにボールを奪われ連続攻撃を許す悪循環。それでも、最終ラインの粘り強い守備でなんとかしのぎ続ける。森山氏としてはメンバ各位の個人判断で、この苦境を抜け出して欲しいと考えたのだろう、しばらく我慢する。しかし、劣勢の継続を見て、63分荒木に代えてエロンを投入。エロンは期待に応え身体を張ってまずボール保持をねらう。その結果、チーム全体も落ち着き始め、サガンの猛攻を食い止めることに成功した。そして、冒頭の先制点へと試合は流れていった。
 先制点後、サガンは猛攻の疲労が出たのか、後半序盤の猛攻を支えた前線守備が失われ、パワープレイに転じる。1度だけスリヴカに前を向かれポストを掠めるシュートを打たれたが、その直後、守山氏が割り切ってモラエスと石尾を投入。最終ラインを増強し跳ね返す体制をとってからはピンチとはならず、しっかりと守り切った。

 サガンは、セレッソで見事な采配を見せていた小菊氏を監督に招聘。かなり選手の出入りはあったものの、各選手の個人能力は高く、小菊氏が仕込んだフォアチェックの組織力も強度もなかなかだった。スリヴカと山田の2トップや西澤と新井の両翼など、各選手の個人能力も高く相当厄介な存在となりそう。まずは、その難敵に勝てたのだからめでたい話だ。
 先般も述べた通り、攻撃はおおむね期待通りと言ってよい内容だった。得点こそ1点に終わったが、前半狙い通りボール保持できた時間帯に遅攻から決定機を複数回作り、上記の通り後半の決勝点は見事なものだった。最前線に起用された宮崎は期待通りに機能し、荒木も前半よく好機にからみ、エロンは相変わらず献身的だった。
 しかし、守備はまだまだ。上記の通り、後半序盤の内容はとてもではないが褒められたものではなかった。期待のCB井上は押し込まれた後半序盤に身体を張った好守備を見せてくれたが、前半開始早々敵の縦パスを無理にカットしようとして触ることができず危ない場面を作られたのは反省材料。菅田がサガン山田に出し抜かれスリヴカに許した超決定機(林のファインセーブでかろうじて防ぐ)だが、鎌田がスリヴカの動き出しに対応できなかったのがは残念だった(気が抜けたプレイに見えたのは私だけか)。アウェイで迎える大事な開幕戦だったのだ、もう少し慎重さが欲しかった。今後の改善に期待したい。

 次節は徳島との敵地戦。
 昨シーズンは、柿本、エウシーニョ、岩尾、永木と言ったベテランの知的なボールさばきに苦戦させられた悪い印象が強い。さらに徳島は開幕戦で、敵地で藤枝に完勝している。難しい試合になることだろう。
 改めて守備を整備し、落ち着いた試合運びを期待したい。目標は2位に入りJ1復帰を実現すること。その目標に向けて逆算された試合を見せてくれること、それだけを期待したい。
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2025年02月14日

2025年シーズンが始まる

 新シーズンが近づいてきた。毎年のことだが、 それだけで気持ちが高揚してくる。「いよいよ開幕を迎えられる」と言う何とも言えないワクワク感を押さえることができない。そして、明日以降、週末ごとに試合がやってきて七転八倒、阿鼻叫喚の日々を送ることができるのだ。


 このシーズンオフ、ベガルタ仙台は順調な補強を行うことができた。昨シーズン活躍した中心選手のほとんどと再契約に成功。さらにレンタル所有していた松井蓮之、奥山政幸の所有権を獲得したのも地味ながら見事な補強と言える。


 一部に、攻撃の中核だった中島元彦のレンタル元への復帰を心配する向きがあるようだが、私はそれほど心配してはいない。

 前線でのボール保持力と言うでは、昨シーズン終盤に最前線で献身的な動きを見せたエロンが健在。さらに、栃木SCから獲得した宮崎鴻、昨シーズン中途から加入しながら能力を発揮しきれなかったが、潜在力は格段なのことを誰もが認める梅木翼らがいる。彼らが最前線で献身性を発揮すればボール保持力は相当なレベルが期待できるはずだ。

 また得点力については、我々は郷家友太と相良竜之介を所有している。この2人がいるのだ、不安を感じることそのものが、この2人に失礼と言うものだろう(笑)。

 そして、セットプレイの精度については、武田英寿の獲得が解決策になってくれることだろう。


 むしろ、開幕後の試合を見てみないとわからないのは、最終ラインの整備だと考えている。昨シーズン、ほぼ定位置を確保していたベテランのCBの小出悠太が、古巣のヴァンフォーレ甲府に移籍してしまった。

 もちろん、このポジションには副主将に就任した菅田真啓がいて、守備の中核を担ってくれるのは間違いないことだ。ただし、菅田のパートナが誰になるのか。井上詩音とマテウス・モラエスの潜在能力に疑いはないが、2人とも2024年シーズンは諸事情で出場機会が少なかったことが気にかかる。

 ここ最近獲得した新卒選手は、攻撃ポジションのタレントが多く、最後尾はやや不足感がある。このオフの補強は上々だったとは思うが、CBの層の薄さは少々心配なのだ。

 もっとも、1年前も似たような不安を抱いていたな。しかし森山氏は、左DFに新人の石尾陸登を、守備的MFに2年目の工藤蒼生を、それぞれ抜擢し、すべての不安を払拭してくれた。

 きっと、今シーズンも大丈夫なことだろう。


 さあ、J1復帰するシーズンが始まろうとしている。まずは明日。私も駅前不動産スタジアムに向かいます。まずは明日の歓喜から。

posted by 武藤文雄 at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年02月09日

高校選手権決勝2025

 前橋育英 1(9 PK戦 8)1 流通経済代柏
 どなたも賛同してくれるだろうが、今年の高校選手権決勝はおもしろかった。110分間、両軍の若者が死力を尽くして戦い、さらにPK戦でも登場したすべての選手が知性と技術の粋を尽くしていた。
 まずはすばらしい試合を見せてくれた両軍の関係者すべてに、感謝の言葉を捧げたい。ありがとうございました。

 高校選手権を日本テレビがショーアップを始めてから、半世紀が継続した。初期にそのショーアップの一環として行われた首都圏移転。移転前、最後の関西開催の1975-76年決勝は、前JFA会長の田島幸三の見事な2得点で浦和南が静岡工業を下して優勝。この試合は、後に日本代表になる選手が多数プレイしていた。浦和南には田島(一応後に古河)の他に菅又哲男(後に日立)、静岡工業には吉田弘(後に古河)、石神良訓(後にヤマハ)がいた。その翌年首都圏移転後、準決勝以降を国立で行うレギュレーションになった初年度1976-77年の決勝は、今でも語り草となっている浦和南対静岡学園の死闘、5対4で浦和南が連覇に成功した。この試合は、後に日本代表となる浦和南の水沼貴史(後に日産、マリノスでもプレイしたな、水沼宏太の親父殿ですね)や静岡学園森下申一(後にヤマハ、ジュビロ時代もプレイ)が、高校1年生で登場している。さらには、この大会に前橋育英の山田耕介監督が2年生で島原商業高の中心選手として活躍していた云々…と語り始めるとキリがないなw。
 ともあれ、半世紀に渡り、日本テレビはこの年明けの若年層サッカー大会を盛り上げるべく尽力してきてくれた。このお祭り騒ぎが、日本サッカーにどのような貢献をしてきたのかの歴史を振り返るのも中々楽しいことだが、それは別な機会に譲ろう。本稿では、私自身がテレビ桟敷で楽しんだ決勝戦について講釈を垂れて行きたい。

 繰り返しとなるが、野次馬にとっては手に汗握るすごい決勝戦だった。ただし、サッカーの質と言う視点からすると、不満はあった。さすがに70分を過ぎたあたりから、両軍ともにガス欠状態。守備ラインの押し上げが効かなくなり、前線の選手が強引に突破をねらう単調なサッカーになってしまったからだ。もう少しやりようがあったのではないかと思うが、それについては後述する。
 しかし、単調になろうが、質が低かろうが、敵のゴールネットを揺らすことを狙い、若者たちが強引に前進する姿は美しいものだ。そして、それを阻止すべく献身的に身体を張り、我慢を重ねて縦突破を許さない守備陣の若者たちの献身も、また尊いものだった。そして、その尊さは観る者の心を打つ。

 「サッカーの質に不満」とイヤミを述べたが、それは延長戦を含めた後半半ば以降のこと。前半はサッカーの質と言う視点からも、すばらしい試合だった。双方の組織的なフォアチェック、それを丁寧にかわすボール回しの妙。一度ボールを奪うや、素早く切り替え全選手が敵陣を目指す。奪われたチームは、同じく素早く切り替え守備体型を整え直す。
 流経の先制点の「早さ」の鮮やかだったこと。中盤で、飯浜空風が鮮やかなインタセプト、そのまま前橋陣に向けて持ち上がり、走り込む亀田歩夢が受けやすいポイントに正確なパス。亀田もトップスピードでそのパスを受け、正確なボール扱いで横に流れながら落ち着いてDFをかわし、落ち着いて狙い済ましたシュートを決めた。亀田はフットサル出身とのことだが、高速で敵陣に向いての技術精度の高さが見事だった。カターレ富山内定とのこと、J2での活躍を期待したい。もちろん、飯浜の知性の冴えは言うまでもない。
 しかし、前半のうちに前橋が追いつく。この同点劇の前橋の「個人能力」にも感嘆。左サイドに開いたオノノジュ慶吏がいかにも彼らしいデュエルの強さを活かし、しっかりとボール保持。そこから適切に視野を確保し、逆サイドのオープンに進出した黒沢佑晟へ高精度パスを通す。黒沢は右サイドで鋭い切り返しでDFを抜き去り、後方から進出していたフリーの柴野快仁に正確なクロスを入れ、前橋は同点に追いついた。柴野は失点時に飯浜にボールを奪われる致命的なミスを冒していただけに、見事な挽回とも言えた。そして、オノノジュのボール保持力と黒沢の切れ味の見事なこと。
 その後も全選手の忠実な守備、ボール奪取後の一気に敵陣に迫る攻撃、奪われた直後の忠実な戻りなど、サッカーの質視点でもレベルの高い試合が継続する。すばらしい前半だった。

 後半に入り、両軍とも想定外のトラブルに見舞われる。
 まず流経。63分に3人の選手の同時交代で勝負を賭ける、驚いたのは中盤の柚木創の交代。柚木は切り返しの巧さで敵DFに囲まれてもしっかりボール保持できる能力を基盤に、敵DFのタイミングを外すパスも出せる。20年前ならば「ファンタジスタ」と絶賛されていたタレントだ。もちろん、今の選手だ。献身性は言うまでもないし、自己満足のために位置取りを勝手に変えて守備に破綻をきたすこともない。流経榎本雅大監督は、その柚木を外すと言う勝負に出たわけだ。ところが、不運にも交代出場した和田哲平が直後に負傷、早々に安藤晃希との交代を余儀なくされる。安藤はスピードのある選手で再三左サイドの縦突破を狙っていたが、柚木も和田も不在の流経は、どうしても単調な攻撃に終始することになってしまった。
 そして、交代カードを1枚しか切らず流経の交代による攻勢を我慢を重ね凌ぎ切った前橋。84分に勝負に出る。上記した同点弾を演出したオノノジュと黒沢を交代、2人に代えて脚力のある選手を起用、ピッチに残した佐藤耕太のシュートの巧さを活かそうとしたのだろう。ところが、よりによって交代直後にその佐藤が負傷退場。前橋も当初狙った交代の意図が発揮できない状況に陥った。それでも牧野奨や大岡航未が、執拗に強引な裏狙い突破を試みたが、こちらも変化が不足し流経の守備陣を破ることができなかった。
 和田と佐藤が負傷せずにピッチに残っていたら、試合はどうなっていただろうか。榎本、山田両監督の意図は実現せぬまま試合は進行することになった。
 個人的には両監督の采配に疑問も残った。延長に入り両軍選手の疲弊が明らかだったのだから、お互い確保していた残り1枠の交代を使うべきではなかったのか。例えば、後方のタレントを投入し、中盤でボールを落ち着けることができて展開力に優れる石井陽(前橋)なり飯浜空風(流経)を1列前に上げるだけで、両軍とも攻撃に変化が生まれたと思うのだが。まあ、野次馬の戯言として。
 そんなこんなで偶然と必然が交錯、後半半ば以降は前述したように、両軍ともに押上げもないまま前線の選手が強引に縦をねらう攻撃に終始。それをまた両軍の守備陣がファウルをしないように身体を巧みにいれる守備で対抗。延長含めて、文字通り死闘が継続したが両軍ともにゴールネットを揺らすことはなかった。繰り返すがサッカー的な質はさておき、見ていて興奮させられる見事な戦いだった。
 
 かくして突入したPK戦がまた壮絶だった。
 全選手が低い弾道をサイドネットに決めるか、やや浮かしてゴール端に決めるか、GKを動かしてから逆側なり中央に決める。要は皆がしっかりとPKも練習し、自分のスタイルを持ち、自信満々蹴っているだ。それが、5人ずつ全員が決めてサドンデスになった以降も継続するのだから恐れ入る。最後勝負を決めた前橋の10人目柴野もフェイントでGKを動かしてから冷静に蹴り込んだ。フィールドプレイヤの最後のキッカーまで自分のスタイルのPKを準備しているのだから、感心させられた。すごいPK戦だった。
 前橋育英山田耕介先生は、故小嶺忠敏先生の最高の弟子と語っても、過言ではないだろう。
 半世紀前に選手としてインタハイを制し高校選手権でも活躍、山口素弘・故松田直樹・細貝萌ら幾多の名手を育て、監督として全国制覇も経験、ザスパの経営にも関わる。文字通り日本サッカー界の大巨人。その大巨人が、教え子達のPK戦を正視できない表情が美しかった。ちょっと故イビチャ・オシム氏を思い出したりして。おめでとうございます。

 世界最強国を目指すに至った我々。必ずや、この凄絶な決勝戦も、世界最強に向けての一助となることだろう。改めて、両軍関係者に乾杯。
posted by 武藤文雄 at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 若年層 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年01月11日

静岡学園対東福岡を楽しむ

 高校選手権準々決勝、静岡学園対東福岡を、TV桟敷(正確にはTVer桟敷と言うべきか)で堪能した。
 1976-77年首都圏最初の大会決勝の静学対浦和南との死闘から、早いもので半世紀近くが経った。当時いずれかの組の若頭かと思わせる風貌で、徹底した技巧を軸に旋風を巻き起こした名将井田勝通氏。既に後継者として確固たる指導実績を誇る川口修氏が指揮をとっているわけだが、井田氏があいかわらず元気そうな姿でベンチに鎮座しているのをTV桟敷で見ることができたのも嬉しかった。あたかも、引退した先代大親分風の雰囲気をたたえながらw。
 一方で、この試合を記者席でじっと見ていた東福岡の名将志波芳則総監督も、既に70代とのこと。この方も井田氏同様幾多の名手を育て上げてきた。少々脇の甘さがあったことは確かだけれども…志波氏の後任として、見事な采配を見せてくれた森重潤也氏(80年代から90年代にかけて、全日空(後のフリューゲルス)や中央防犯(後のアビスパ)で活躍した名選手)。今シーズン、その森重氏からバトンを受けた平岡道浩氏(東福岡時代は、山下芳輝や小島宏美のチームメートだったとのこと)が、後述するような見事な采配を見せてくれた。このような歴史の積み重ねは、我々野次馬にとっては堪えられない楽しみだ。

 試合前から、静学が攻勢をとり、東福岡が守備を固め速攻を狙うのは予想できていた。
 しかし、東福岡の守備戦法は、そう言った予想を遥かに超えて徹底したものだった。頻度は少ないが静学陣内でプレスをかけボールを奪う場面は幾度かあった。当然前線の 選手はそこから手数をかけずに静学ゴールを目指す。そして後方の選手はコンパクトを維持するために押し上げる。しかし、押し上げるだけで守備ラインの選手はハーフウェイライン近傍より前には前進しようとしないし、中盤の選手も前線への飛び出しを行わない。そのため、東福岡の攻撃は単発で終わる。
 結果、静学が圧倒的にボール保持することになり、伝統の(?!)技巧的なボール扱いから次々と東福岡ゴールを襲うことになる。しかし、東福岡DFは、献身的なカバーやゴールライン直前でのクリアなどで、静学の変幻自在の攻撃を何とかしのぎ前半終了。
 後半に入り、東福岡の守備作戦はさらに徹底された。静学陣でのチェックをほとんど行わなくなり、FW含めてハーフウェイラインをほとんど越えようとしない。しっかりと守備ブロックを固め、静学の前線の人数に合わせ守備選手の位置取りを丁寧に微修正しながら、守備を徹底する。前半、僅かな回数ではあったがフォアチェックを外され(対静学の場合「外され」と言うよりは「抜き去られ」が適切な日本語のような気もするが)、静学の速攻に肝を冷やす場面があったことを反省しての修正かもしれない。
 静学もさすがで、ハーフウェイライン近傍でDF陣が左右に揺さぶっておいて、サイドにすばやく展開。そこで数的優位を作り、トリッキーな崩しを狙う。結果、サイドに両軍が3人あるいは4人を配する形となり、双方の鋭い個人能力での崩し合いとなる。もちろん静学各選手のボール扱いや身体の使い方は格段なのだが、一方で東福岡各選手の技巧やスクリーンのレベルも相当なもの。サイドの局地戦の攻防を見ているだけでおもしろかった。ここで静学にとって重要だったのは不用意な攻め急ぎを行わないこと。ブロックを固め待ち構えている東福岡守備陣に雑な縦パスを入れて奪われれば、逆襲速攻されるリスクがあるが、そのような軽率な場面は一切なかった。静学各選手の知性の高さがよく理解できた。
 もちろん東福岡の前線の選手は、フィジカルが相当強い。すると、上記サイドの局地戦攻防で僅かでも東福岡が優位に立ち、いずれかの選手が前向きにプレイできれば、そこから少人数速攻が可能になる。幾度か1人から3人程度の少人数速攻で、守備人数が少ない静学陣を襲う。しかし、静学の守備選手の攻撃から守備への切替の早さもさすがで、ギリギリでシュートまでは持ち込ませない。それでも、東福岡はCK崩れから、たった1度だが決定機を掴んだのだから大したものだった。各選手の意思統一と集中力の賜物だろう。
 後半30分以降。静学は猛攻をかける。これまで、徹底してサイドを突いていたのは一種の撒き餌だった。最後の勝負どころで、DFやMFが次々と中央突破の鋭い縦パスを入れる。疲労しきった東福岡DF陣は修正や反応が遅れ、静学は再三決定機を掴む。が、シュートがどうしても枠に飛ばなかった。もちろん、東福岡各選手の修正能力のすばらしかった。川口氏からすれば「試合が80分でなく90分だったら」と思ったことだろうし、平岡氏は「80分なのだから」と割り切ったのだろう。
 ただ、ここで私は「割り切った」と簡単に書いたが、その決断は相当重いものだったと思う。上記したサイドの攻防を見ても、東福岡の各選手の個人能力は相当なもの。静学各選手の技巧に何ら負けるものではなかった。それでも、これだけ能力高い各選手に守備作戦を徹底させた平岡氏の指導力は相当なものだ。
 その徹底した守備作戦を把握し、80分間逆襲速攻をされるような奪われ方を許さず、執拗に攻撃サッカーを継続。幾度も決定機を作る静学を指導した川口氏の手腕も言うまでもないが。

 さらにPK戦もおもしろかった。両軍各選手が、PK戦を想定し相当鍛錬してきたことがよく理解できた。ほとんどの選手が、サイドネット寄りの上方を狙いすまして蹴るのだから恐れ入る。しかし、あまりの過緊張状況。静学は2回、東福岡は1回、キッカーの軸足が甘くボールはバーを超えてしまった。
 もはや、ただの「運」としか言いようがない。
 
 この両軍の攻防を堪能し、日本サッカー界のここまでの充実と、将来の発展像も色々考えたのだが、それはまた別な機会に書きたい。
 まずは、ここまですばらしい試合を堪能できたこと、すべての両軍関係者に感謝したい。
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2024年12月31日

2024年10大ニュース



1. アジアカップと史上最高の日本代表
 米加墨W杯予選開始後の日本代表の強さは際立っている。考えてみれば、当たり前の話のように思えてくる。
 全ポジションに欧州の高いレベルのクラブで常時出場している選手が揃う。そして、カタールW杯後、森保氏がしつこく選手たちに要求しているボールを奪われてからの守備。交通事故を許さない板倉滉や町田浩樹の守備個人能力の高さと谷口彰悟の経験(しかも、日本サッカー史上最高の守備者の冨安健洋が負傷離脱中!)。世界のどこに出しても自慢できる遠藤航の中盤守備と守田英正の運動量と手数の多さ。これまた世界最高の両翼と言いたくなる伊東純也と三笘薫の両翼。しっかりと守備をしながら、好機を量産する鎌田大地、久保建英、南野拓実、中村敬斗そして堂安律の妙技の数々。さらにトップに上田綺世と小川航基の成長。アジアカップ時は少々不安定だった鈴木彩艶の成長。欧州で地位を確立ている旗手怜央、古橋亨梧、菅原由勢、橋岡大樹、瀬古樹らに、ほとんど出場機会がないのだから恐れ入る。
 森保氏は、多くの選手を試し、分厚い選手層を誇るチームを作ってきた。上記の通り、いずれの選手にもボールを奪われてからの守備を徹底し、ラージグループを見事に作り上げてきた。その結果、上記した技巧と判断に優れた攻撃的タレントも、常に献身的努力で守備を行うのだからすばらしい。
 それでも、アジアカップでは苦杯を喫した。タイトルマッチの勝負は、様々な運不運によるものがある。しかし、イラン戦の敗戦は、単に体調不良の板倉を引っ張り交代しなかったことにあった。もちろんイランは強いチームだったが、当方が最前を尽くし損ね苦杯を喫したのだから、間抜け極まりない敗戦だった。全責任は森保氏にあった。悔しいな、今思い出しても。
 また、氏の采配を見ていると、チームとして機能するメンバが一度固まると、采配が硬直化する悪癖がある。カタール予選での柴崎、カタール本大会での浅野、そして同じくカタールで行われたアジアカップでの板倉。10月埼玉の豪州戦で直前の敵地サウジ戦で疲弊した選手を引っ張り勝ち切れなかったのも類似の悪癖が要因と見るべきだろう。
 加えて、2026年に年齢的にどのようにピークを迎えるバランスが取れた選手層に持ち込むのかも難しいところ。高井幸大、藤田譲瑠チマ、細谷真大らパリ五輪世代の選手を加えたいところだが、20代半ば以降の選手層が厚過ぎて、中々試す機会が作れないと言う贅沢な悩みも厄介だ。
 いずれにしても、2024年のアジアカップを制覇できなかったことは、長い日本サッカー史においての痛恨事として記録されるべき残念な事件と明言しておきたい。

2.改めて最強国であることを示した女子代表
 パリ五輪。女子代表はすばらしいサッカーを見せ、USA戦でもほぼ完璧な守備と変化あふれる攻撃で、あと一歩まで追い込みながら、何とも言えない不運で敗退した。2023年の豪州NZW杯に続く、痛恨の敗戦だった。
 大会を通じて不運だったのは負傷者の連続。大会前に左サイドDFの遠藤純が重傷で選考外、初戦で右サイドDF清水梨沙が負傷で離脱。同ポジションの北川ひかると守屋都弥が負傷で中々体調が整わず、CBの古賀塔子やFWの宮澤ひなたや清家貴子を起用する苦しい布陣が続いた。北川と守屋が両翼を支えたナイジェリア戦とUSA戦は、すばらしいサッカーを見せてくれた。ただ2人のバックアップ不在ゆえ、USAとの延長で疲労困憊した北川が、オフサイドラインギリギリから抜け出されたロッドマンご息女に一撃を決められてしまったのだから、もうどうしようもなかった。加えて、林穂之香も大会序盤には間に合わず将軍長谷川唯を常時中盤後方で使わざる得なくなったこと。そして、澤穂希感を漂わせている藤野あおばも体調不良でフル出場できなかったのみならず、あのブラジル戦の終盤、PK奪取と鮮やかなダイレクトミドルシュートを決めた谷川萌々子もその後使えなかった。
 これらのコンディショニングを含めての勝負ゆえ、敗戦は受け入れなければならないが、ベストメンバが組めれば十分世界一を再現できそうなチームだっただけに残念。それがサッカーなのかもしれないが。13年前に世界一となった以降、欧州各国の強化が進んだこともあり、世界一の奪還は容易なことではない。しかし、これだけのタレントが揃っているだけに、近い将来への期待は大きい。初めての外国人監督の下、短期的成果を期待したい。
 もっとも、観客動員が思うように進まないWEリーグや、中学高校の受皿不足などの、女子サッカーの本質強化については、少しずつの改善は見られるが、決定的な解決策が見出せない悩みも大きいのだが。

3.ヴィッセル神戸の2冠と2連覇
 J1は終盤、ヴィッセル神戸、サンフレッチェ広島、町田ゼルビアの3強が覇を競ったが、終盤戦での安定感でヴィッセルが逃げ切った。前川薫也、マテウス・トゥーレル、山川哲史、酒井高徳、扇原貴宏、井手口陽介による安定した守備(山口蛍や齋藤未月の負傷離脱がダメージとならなかった選手層の厚さとも言い換えられる)、大迫勇也、武藤嘉紀、宮代大聖、佐々木大樹らが並ぶ強力攻撃陣。潤沢な資金で集めた元日本代表選手や比較的無名だったタレントを厳しく鍛え抜いた吉田孝行監督の手腕もすばらしい。
 天皇杯でも、丹念に勝ち抜いた神戸が、決勝でガンバ大阪を下し2冠を達成。決勝は重苦しいタイトルマッチ決勝らしい試合となったが、すばらしい守備を見せていたガンバの大黒柱中谷進之介が、90分間でたったの1回神戸佐々木に出し抜かれた場面で、大迫が美しいターンからのラストパスを通して勝負を決めた。今シーズン鮮やかなプレイを見せていた宇佐美貴史が負傷で決勝に出場できなかったガンバは非常に不運ではあったけれど。
 2004年に神戸出身の三木谷浩史氏が個人オーナとしてチームを支え、2014年から楽天の子会社となったヴィッセル。まあ、過去は色々野次馬にとっては楽しいチーム作りが行われたこともあったが、ここに来て安定した資金力と適切な強化が両立した見事なチーム作りを見せてくれるようになったと言うことか。
 元々、神戸は歴史的なサッカーどころ。潤沢な資金力と併せ、日本いやアジアのサッカー界を牽引する期待は大きい。

4.スペインと互角に中盤戦を演じた五輪
 パリ五輪の男子の敗戦も、また悔しいものだった。そして、ものすごく悔しい中でほんの少し嬉しかったのは、0-3での苦杯ではあったが、スペインとほぼ同等のボール保持戦を演じ、決定機数もほぼ同じ。西欧の強豪国と世界大会で互角の試合内容だったと言う意味では、歴史的な試合だったとも言える。カタールW杯や東京五輪では、ボール保持に拘泥せず最終ライン勝負に持ち込んで勝ち切ったのだから。
 この五輪チームは、アジア予選で幾多の危機をしのぎ(1次ラウンドの中国戦はDF西尾の軽率な退場、早期韓国戦でセットプレイ対応ミスで敗戦など)、粘り強く予選を勝ち抜いた。さらに本大会1次ラウンドでも、失点リスクを少なくしながら慎重に戦う、いわゆる「タイトルマッチ向き」の戦いを実演。堅実に勝ち進んでくれたのだが。すばらしいチームだったことを忘れないようにしたい。
 また、この五輪は予選を含めて印象的な事案が多かった。
 まず韓国の本大会出場失敗。この隣国は、1986年メキシコW杯予選で我々を破った以降、W杯は10回、五輪は9回、それぞれ連続出場していたのが途切れたけだ。しかも、連続出場を阻止したのは、韓国人監督申台龍が率いた進境著しい東南アジアの雄インドネシア。一つの事件だった。
 1次ラウンド最終戦でイスラエルに完勝したのも、我々年寄りには感慨深かった。1970年代イスラエルはアジア連盟に加盟しており、世界大会予選で幾度も完敗を喫していた。当時、イスラエルは韓国よりも高い壁だったのだ。そのイスラエルに対し、既に2連勝で準々決勝進出を決めていた日本は、勝たなければならないイスラエルを冷静にいなし、終盤決勝点を奪う完勝。正に半世紀における日本サッカー界の向上を示す試合となった。
 スペイン戦での細谷の幻の同点弾も忘れ難い。画像処理技術によるオフサイド判定は、最新技術適用の一つの成果だが、あの場面は「オフサイドの趣旨:敵陣での待ち伏せ攻撃」でも何でもないものだっただけに、理不尽さは格段だった。現状のルール下では、オフサイドとなったのはしかたがないこと。しかし、あの細谷のオフサイドは、今後のサッカールールの変更のきっかけとなるのではないか。

5.広島と長崎の新スタジアム
 広島、長崎に、新しい発想の球技専用スタジアムが作られた。トラックがなく屋根も備えられているので、サッカーを見やすいのは当然のこと、さらにいずれも市の中心部に位置し交通の利便性も格段。しかし、この両競技場の特質はそれだけではない。
 広島は自治体が、長崎は民間企業が、それぞれ設立主体だが、両競技場とも試合のない日も様々な娯楽が楽しめる施設を具備している。そのため、観客動員増はもちろん、サッカー以外でも多くの人々が楽しむ場となっていると言う。私も先日のJ1昇格プレイオフで長崎スタジアムシティを訪ねたが、試合観戦とは別に買物や宿泊を楽しむ人々も受け入れ可能な環境に感心した。さらに、試合がない日はスタンドが開放され、競技場そのものが遊戯場となる発想も見事なものだ。
 まだ、一部のJクラブの本拠地は、市の中心街から遠く、駐車場からの脱出に時間がかかり、屋根がなく、陸上トラックの湾曲部の外側では真っ当に試合展開が見えない。そう言った悲しいスタジアムからの脱却を改めて考える必要があるだろう。この2都市の成功事例を、多くのJクラブも学びたいものだ。
 また、競技場とスポーツの連携というと、やはりプロ野球のファイターズやイーグルスが参考となる。両チームとも地域自治体に相当な負担をしてもらいながら、野球という娯楽と関連の集客で地域に大きな還元を行っている成功例だ。もっともファイターズについては、その前に使っていた競技場との関係が微妙で、それはJリーグにも絡む話なのだが。我々サッカー界も、この野球の両球団のように、少々図々しく(笑)地域の税金を活用させていただく発想も学ぶ必要があるかもしれない。このあたりは、地域に根ざすスポーツクラブが集まって欧州や南米で自然発生的に育ってきたサッカーの世界と、独占ビジネス権を各都市に販売することで発達してきた野球に代表される北米のスポーツの考え方の違いもあるのだが、まあそれはそれ。
 残念ながら2024年は世界平和と言う視点では芳しい年ではなかった。しかし、奇しくも80年前に第二次世界大戦で極端な被害に遭った両都市が、平和の象徴とも言うべきスポーツの世界で、新しい成功事例を積み上げたことを記憶しておきたい。

6.町田ゼルビア黒田監督の舌禍
 観戦しやすく便利な競技場の話題となったところで、残念ながらそれとは対照的な競技場に悩む町田ゼルビア。J1へ初昇格し、潤沢な資金力を活かし、堂々と優勝争いにからみ、見事な成績を収めた。改めて拍手を送りたい。
 ところが、このクラブについては、他クラブ関係者から色々非難される事態となってしまった。曰く、ロングスローがけしからん、時間稼ぎが目に余る、どうしたこうした…まず、ロングスローも時間稼ぎもルール上認められていることで、それで非難されるのはおかしなことだ。また、話題になった敵にPK時にボールに水をかける行為だが、これもルール上は問題ないこと。ただ、PKはサッカーの中でも非常に特殊な状況ゆえ、キッカーとGK双方がプレイしやすい環境準備は、広義の主審の仕事の一つなので、状況によっては主審の何がしかの干渉はあってもよいだろう。これら一連の活動はそれだけのことだと思っている。
 しかし、事態を混乱させたのは、やはり黒田監督の舌禍だろう。これは黒田氏の経歴、高校サッカーの名将だったことの影響だったと思う。高校サッカーと言うのは少々特殊な社会でプロサッカーチームとは異なる環境におかれている。取材者も相手を慮り、監督の発言にも適切なフィルタリングを行う伝統がある。黒田氏は、そこを勘違いし言葉の選択や発言趣旨が不適切となり、プロサッカーの取材者におもしろおかしく切り取られてしまったと言うことに尽きるのではないか。
 ともあれ、町田の戦績、黒田氏の手腕がすばらしかったことは間違いない。ただし、あの競技場の不便さと見づらさはどうしようないけれど。

7.J3からの降格
 2014年にJ3が結成され、全校リーグがJFLと合わせて4部制になって初めて、J3からJFLに降格するクラブが登場することになった。従来は、スタジアムなどの昇格要件を満たしJFLで好成績を残したクラブがJ3に昇格できるレギュレーションだったが、とうとうJ3のクラブ数が増え、降格クラブが登場することとなった。プロフェッショナルを志向するサッカークラブが順調に増えていると、素直に喜びたい(降格の当事者の方々は大変だろうけれど)。日本中津々浦々にプロフェッショナリズムを導入したクラブがあり、各地域のサッカーをリードしていくことが、W杯制覇のためには必須事項だと思うからだ。
 一方で、前々項でも述べたが、もう少し競技場への要件は厳しくしてもよいような気もしてくる。ただそれを厳しくすることは普及の妨げになりかねない。難しいものだ。

8.首都圏クラブの充実とファジアーノ岡山のJ1初昇格
 上記した町田ゼルビアのみならず、12年ぶりにJ1に復帰した東京ヴェルディもJ1で6位と上々の成績を収めた。来シーズンのJ1陣容は、首都圏9、関西圏4、名古屋圏1、その他6と言う配分となった。即断は禁物だが、ここ数シーズンの傾向として首都圏のクラブ数が少しずつ増えている。これは当該クラブの努力が最大要因だが、首都圏(言い換えると大東京圏)と言うベネフィットを活かし、大規模なスポンサー獲得が容易と言う外的要因もある。ゼルビアの大躍進は、その顕れと言っても過言ではかなろう。
特に24年シーズンは、Jリーグ当局が首都圏クラブを中心に、国立競技場開催などのキャンペーンを行ったのも影響したかもしれない。
 一方で首都圏クラブは、地方都市クラブと比較して、地方TV局や地域新聞などの露出が少ないと言うハンディキャップも抱える。また、2025年にはファジアーノ岡山が20余年の歴史でとうとうJ1昇格にこぎつけた。これは、地方のクラブでも健全な経営を行い、適切な強化を継続すれば成功すると言う格好の事例だろう。前項のJ3からの降格と合わせ、日本サッカー界の充実は着実に進んでいる。

9.中東サッカー界とのかかわり
 過去5回のアジアカップ開催地は、東南アジア4国:1、豪州:1、UAE:1、カタール:2。そして次回はサウジアラビア。W杯も2022年カタールに続き、2034年のサウジアラビア開催が決定した。ほとんどのタイトルマッチが、いわゆるアラビア半島の産油国で行われている。これだけ広いアジアなのだ。もっとバランスよく各国で行われることが健全と考えるのは私だけではないだろう。
 加えて、サウジアラビアはオイルマネーを駆使した公的基金で世界中のトッププレイヤを同国リーグにかき集めている。結果的にサウジアラビア代表の弱体化が言われているが、元々大して強い国ではないので(笑)それは問題ないが、残念ながら観客動員も知れたものとのことだ。世界中のトッププレイヤが盛り上がらない競技場で戦うことが、果たしてよいことなのだろうか。
 またカタールが帰化選手や、少数選手を今風の指導で鍛えて、W杯で惨敗したのも記憶に新しい。このカタール惨敗は、我々日本代表がアジアカップでちゃんとカタールを叩きのめして、「サッカーとはこう言うものだ」としっかり指導すべきだったのだから、当方の責任なのかもしれないが。
 何を言いたいかと言うと、これらの中東オイルマネーが世界のサッカー界の生態系を崩していることが健全とは思えないと言うことだ。アジアのサッカー界のバランスは完全に崩れてしまっている。別に彼らと対立する必要はないが、このままでよいのかは考え続ける必要があるのではないか。「いやあ、あの強烈なキャッシュ攻勢ですからね、どうしようもありません」と、言ってしまえばそれまでなのですが。

10.賀川浩氏逝去
 尊敬してやまない恩師が亡くなりました。齢99歳。ご冥福を祈ります。
 若い頃、暗記するまで読み込んだサッカーマガジンのコラム。ボール扱いとそれをどのように使うべきかと言う判断。W杯本大会のクライフやベッケンバウアの妙技や、日本リーグでの釜本邦茂や彼を止めようとする守備者との駆け引き、それらを中学生、高校生だった私たちにわかりやすく解説し、明日の練習への目標を提示してくださいました。
 自分のプレイ、子供への指導、そしてサッカー観戦すべてに参考となる言葉の一つ一つが、どれほど自分の血となり肉となったことでしょうか。
 長じてから直接お会いした折の薫陶の数々。釜本のボール扱いやキックにインパクトを例にとり、今の選手たちの長所短所を、澱みなく語っていただきました。森島寛晃のゴール前への飛び込みについて「トップスピードでゴール前に入り、一泊置いて、さらに再加速するじゃないですか」と私が語った際に、「そりゃ、いいところに目を付けはったな」と褒められたのは一生の宝物です。「なぜカズの前だけにボールがこぼれるのか」を語り合ったのも最高でした。最後は「まあ、運やな」ともおっしゃっていましたが。
 人類が産んだ最高の玩具であるサッカーの楽しみ方と文章化を具体的に教授下さった大先輩でした。
 恩返しのために、もっともっと一生を費やしてサッカーを楽んでいきます。ありがとうございました。
posted by 武藤文雄 at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年ベストイレブン

 恒例のベストイレブンです。アジアカップ制覇できなかったことの不快感を表したつもりです(笑)。だから、彩艶、板倉、三笘、久保、堂安、南野は選んでません。冨安も負傷でW杯予選出ていないから不合格(笑)。結果的に国内でプレイするベテランが目立つな。

GK 小久保ブライアン
 あの五輪予選決勝のウズベキスタン戦のPKストップに。

DF 酒井高徳
 ヴィッセルの試合を見ていると、右DFの酒井は敵左サイドの選手に幾度か突破されかけピンチを招く。しかし失点しない。90分過ぎると、結局右サイドは崩されていない。若い頃は、能力は高いが肝心のところで今一歩感があったのだが。ヴィッセルの2連覇、2冠を文字通り支えたのは酒井だった。

DF 中谷進之介
 Jリーグ日本人最高のDFだと思っている。天皇杯決勝でもすばらしい守備を見せていたが、たった1回だけヴィッセル佐々木の巧みなスクリーンを止められなかった場面で、大迫にしてやられたのは、悔しかったろうな。代表でもプレイしてもらいたいと思うのは私だけだろうか。

DF町田浩樹
 この1年間の成長を讃えたい。W杯予選での1対1対応の強さには恐れ入った。加えて、左足の精度と不器用そうな持ち上がりもすばらしい。アジアカップ時には上記プレイそれぞれが結構怪しかったのだが、格段に成長してくれた。

DF 佐々木翔
プレイを見ていると、本当に35歳なのか不思議になる。落ち着いた守備対応(これは年齢相応か)、丁寧なフィード(これも経験のなせる技か)、走るべき時に走り切れる脚力(これが驚異なのだ)。少なくとも今シーズンのJリーグを見ていた限りでは、この人を選ばないわけにはいかない。

DF大畑歩夢
 ある意味で予選を含めたパリ五輪で最も輝いたタレント。持ち上がった時の攻撃の有効性は言うまでもないが、特筆したいのは守備の安定感。同サイドからの敵突破を粘り強く止めるのも見事だが、170cmに満たない小柄にもかかわらず逆サイドからのクロスへの対応がすばらしい。

MF 扇原貴宏
 ロンドン五輪世代で、最も才能あふれるタレントとも期待されたMFが、多くのクラブで経験を積み何とも有効な選手となった。若い頃から期待されていたパスの精度とタイミングに加え、敵速攻を読み切る位置取りの巧みさからのボール奪取がすばらしい。

MF 守田英正
 日本代表の大黒柱。

MF 鎌田大地
 三笘も久保も堂安も南野も、皆自分のペースでプレイしている(それはそれで否定しないけれど)。鎌田だけが他の選手を活かそうとしている。

FW 伊東純也
 日本サッカー史上最高のFW。3DFのウィングバックではなく、4DFの純粋なウィングとして使って欲しい。

FW 上田綺世
 トップに位置しての動き直しの頻度。敵DFの隙を突いてのターン。前を向いた瞬間の低い弾道のシュート。もっともっと独善的プレイをしてください。
posted by 武藤文雄 at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年04月14日

ベガルタ仙台30年の軌跡、執筆顛末

設立30周年を迎えた我がベガルタ仙台。特設サイトが作られ、「30年間の戦いとその舞台裏をみてきた関係者がそれぞれの視点で綴る『ベガルタ仙台 30年の軌跡』」と言う企画の第一弾を、不肖講釈師が担当。怪しげな雑文を書かせていただいた。

本件依頼を受けた時は本当に嬉しかった。愛するクラブの公式WEBサイトで、歴史を語らせていただけるのだから。
とは言え。
30年の歴史を短い文章、約5,000字でどうまとめたらよいのだろうか。

まず、編年体風にクラブの歴史を描写することを考えた。
「1980年代後半、ベガルタ仙台の前身の東北電力は…本格強化を始め…宮城県出身の大学生を中心に…」
「1993年にJリーグが開幕し、仙台にもプロサッカーチームをとの機運が高まり…ブランメル仙台と…」
「1994年の全国地域リーグ決勝大会で優勝し、JFL昇格を決め…」

上記のようなクラブ史の節目に、下記のような講釈を加えていけばよいか
「短期的なJリーグ昇格を目指したこともあり、Jリーグクラブから多くの優秀な選手を獲得し…」
「地下鉄終点駅近傍に球技用競技場を建築することも…」
「鈴木淳、リトバルスキ、オルデネビッツ、越後和男、ドゥバイッチ…」
「経営不振を考慮し、地元出身の高卒の優秀な選手を…千葉直樹や中島浩司がその典型…」

などと構成を考え始めた。しかし、私の文章の常だが、議論は必ず脱線方向に進む。
「当時のブランメルに限ったことではないが…即効的に強化を図ったクラブは、強引な選手加入で、チームそのものが混乱するのみならず…巨額の負債を抱えてしまい…」
「一方で東北新幹線開通に伴い、中央資本が大量に仙台界隈に流れてきた経緯から…知事と市長が逮捕されると言う前代未聞の…」
「考えてみれば、リトバルスキは1FCケルンで、オルデネビッツはブレーメンで、越後和男は古河電工で、日本人欧州プロ第1号の奥寺康彦とチームメートであり…」

そうなってしまうと、
「清水秀彦氏のチーム改革…マルコスの大奮闘もあり…感動のJ1昇格を決め…」
と書くあたりで、既定文字数を遥かに超えてしまいそうなことに気がついた。いや、脱線せずに重要なエピソードに触れていくだけでも、文字数越えが起こりそうだ。これでは30年史ではなく、10年史になってしまう(笑)。

と言ってですよ。
では文章を圧縮し、ただただ歴史的な流れを追えばよいのか。いや、私の責務は違うな(笑)。やはり、どうでもよいことを、ネチネチ・クドクドを語りながら、愛するクラブの歴史を語る必要がある。何がしかの講釈は必要だろう、脱線は身を律して防ぐようにする必要はあろうけれど。
そうなると、重要なことはクラブ史の節目を厳選し適切することだ。ところが、これは意外に難しい。例えば
「前の監督に1億円の違約金を払っても、呼びたかった元日本代表監督が、算数ができなくて入替戦出場を逃した」
と言うエピソードは、クラブ史に残る事件だとは思うが、講釈を垂れ始めると相当な情報量となる
「その元日本代表氏は若くして代表のレギュラーだったが、一時は自クラブでも定位置を失い、30過ぎてから代表の定位置を奪い返した、そして…」
と言った美しい褒め言葉はよいのだろうが、
「しかしその元日本代表氏が就任時に連れてきた新卒選手が…リーグ終盤に抜擢した20歳の若手選手が…そう考えると元日本代表氏には『感謝の言葉を…』、いや冗談じゃねえよ…」
と言った講釈を垂れないと文章としては完結しない(笑)。そうなると止まらないですよね。
「違約金監督氏は、日本でも相当な実績を持つ学究肌だったが…後年別クラブで相当な実績を挙げながら更迭されると言う不思議な…」
「後日、元日本代表氏は本事案についてのインタビューで、自分が算数ができないが故の失敗を理解できていないことが判明…」

と言った本格的脱線も起こしそうになってしまうし(笑)。

そう考えると、監督について言及して歴史を編むのも一案かと考えた。
「初代監督の鈴木武一氏は、塩竈一中、仙台二高を経て読売クラブで活躍した名手で…」
「チーム成績はもちろんクラブの経営が低調なタイミングで就任した清水秀彦氏は…各選手にプロとしての厳しさを叩き込むと共に…」
「あと一歩で入替戦出場に迫った前監督望月達也氏の下、コーチを務めていた手倉森誠氏は…取材陣に明るく東北弁で語りかけることで…遂には梁勇基を軸としたチームでACL出場を果たしてくれた…中でもユアテックでFCソウルに完勝した試合は…」
「2014年シーズン序盤前任の豪州人監督を引き継いだ渡邉晋氏は、まずは伝統の堅守を復活させた上…次第にチームのレベルアップを行い…チーム全体でボール保持を行う攻撃的サッカーを完成…2018年シーズンには天皇杯決勝まで…」

と言う基軸でまとめればよいかと考えたのだが。ここで、ついつい脱線したがる自分がいる(笑)。
「鈴木武一氏と中学、高校、読売クラブとチームメートだった加藤久氏は、1980年代半ば日本代表の主将を務めた、日本サッカー界のレジェンドオブレジェンド…加藤氏は日本協会協会委員長としても辣腕を振るったが代表監督選考問題で日本協会を追われ…」
「清水秀彦氏はまだ関西で行われていた1972-73年シーズンの高校選手権決勝、浦和市立高校のCFとして…法政大で活躍した後、新興チームの日産(現横浜マリノス)に加入後は…冷静な守備的MFとしてこの強豪を…」
「手倉森誠氏は双子の兄弟浩氏と共に…1985-86年シーズンの高校選手権の清水商業戦…故真田雅則氏、江尻篤彦氏らがいた…鮮やかな直接FKを決め、直後のアジアユース大会では井原正巳や中山雅史と共に…住友金属(現鹿島アントラーズ)では…」
「渡邉晋氏は、桐蔭学園出身。当時の桐蔭学園は李国秀氏の指導の下、知性を発揮する選手が多く…渡邉晋氏の他にも…例えば長谷部茂利氏は…」
「ベガルタでは何の実績も残せなかったアーノルド氏だが…プレイヤとしてサンフレッチェでは…日本サッカー史上最高の『ジョホールバルの歓喜』直後のイラン対豪州戦では…2022年W杯で豪州を率い、実に粘り強い戦いで2次ラウンド進出を…」

などと考えると、どうにもまとまらないのだよね(笑)。
清水氏にも、手倉森氏にも、渡邉晋氏にも、ただただ感謝の言葉を捧げたいのだが…

そうなると、やはり選手を讃えることが最適と思い立った。私たちに彼らが見せてくれたバトルこそ、私たちの30年の歴史なのだから。そのような迷走を経て決断しました。決断することは捨てること。自分の中で迷走を重ねて作り上げた結論が以下となった次第。そのような思いで文章をまとめたものです。
(1) 千葉直樹、菅井直樹、富田晋伍、そして梁勇基を讃える。
(2) 一方で「忘れられない場面」を語る(例えば、ウイルソンとイルマトフ氏の出会いの悲劇)
(3) 目立たないが、感謝の言葉を捧げたい選手を讃える(典型例は木谷とフォギーニョ)
(4) 黎明期に貢献してくれた大スター(鈴木淳と越後和男)には言及する


しかしながら、後悔の思いは多い。言及できなかったスターたちについて、もっともっと語りたかった。ドゥバイッチ、シルビーニョ、岩本テル、佐藤寿人、磯崎敬太、萬代宏樹、林卓人、鎌田次郎、角田誠、赤嶺慎吾、石川直樹、ハモンロペス、三田啓貴、渡部博文、島尾摩天、奥埜博亮、西村拓真、永戸勝也、椎橋慧也、石原直樹、そして何より平岡康裕。いや、もっと感謝の言葉を捧げるべきスターはいくらでも。このようなスター選手たちに、幾度感謝の言葉を捧げたことか。でも、彼らは職業人として自らの市場価値を最大限にするために、ベガルタに貢献し、そして去っていった。そう言うことなのだ。

今回、ベガルタ30周年と言うお祭りに参加させていただき、相応の文章は書きました。でも、もっともっと書くべきことは残っている、いやこれからも増えていく、改めて、そのような思いを強く感じた次第です。
昨日の山形戦の完勝についても、いくらでも語るべきことはあるのだしね。
これからも、愛する故郷のクラブについて、皆さんと語り合えること、それが最高なのですよ。

ベガルタ仙台。
ありがとうございます。
posted by 武藤文雄 at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年02月14日

アジアカップ2024、ただの愚痴です

 ドーハの屈辱。
 しかし、「屈辱」って、考えてみれば、随分な態度だと思う。だってイランですよ、イラン。32年前の超苦戦とカズの「魂込めた」一撃。31年前のドーハの痛恨。もちろん、人生最高の歓喜を味わったあのジョホールバル。アリ・ダエイやアジジやマハダビキアを筆頭とする尊敬すべき忌々しい名手たち。そして、今回のアズムンやジャハンバクシュらも彼らの系譜を継いでいた。
 2005年のドイツ大会予選で苦杯を喫した、あのアザディスタジアムの大熱狂、ペルセポリスや多くの博物館で楽しんだペルシャ帝国時代からの歴史の重み。そのイランにアディショナルタイムにやられて「屈辱」と語る姿勢、そのものが不遜に思えてくる。たとえ、私たちの目標がワールドカップ制覇だとしても。
 個人的にもすごく反省のある大会。アジア制覇は当然と考え、決勝あるいは準決勝以降は現地に行く計画だった。早々にアポイントを入れ、万が一早期敗退したらキャンセル料払うつもりで。ところが、情けないことに諸事情からその休暇調整がうまく行かなかった。もう、人生の目的と手段を誤り続けた情けなさの集大成感(笑)。このような情けなさが、今回の主要敗因ではないかと自惚れるサポータ心理と合わせて。

 伊東純也の離脱については論評のしようがない。ただ、戦闘能力が大きく下がったのみならず、現場の森保氏以下が精神的にダメージを受けたのは間違いなかろう。ここ最近の伊東は日本代表史上最高のFWと言っても過言ではない存在感だったのだから。加えて、離脱するしないと状況が二転三転したとの報道があったが、もしその報道が正しいのだとしたら、日本協会首脳の情けなさには失望しかない。
 特に田嶋幸三会長、この方はサッカーの意思決定が下手くそなことは皆が知るところだった。しかし、今回の事案で組織のトップとしても無能なことが判明した。本人の能力もそうだが、周囲に適切な助言をできる人も不在と言うことだな。もっとも、人材派遣会社の総務部門で活躍し、この手のことにかけてプロ中のプロの人が、比較的最近までは日本協会首脳にいたはずなのだが。

 まず強調したいのは、イラン線の前半は、日本にとっては笑いがとまらない結果だったことだ。
 イランは前半から強引に攻めかけきたが、冨安健洋を軸に危ない場面はほとんど作らせない。先方が前に前に出てくれば久保建英へのマークが曖昧になり、当方の速攻が機能する。もちろん、イランの最終ラインも強いから、そう簡単には得点は奪えないけれども。
 しかし、そうこうしているうちに守田英正が鮮やかに先制点を決めてくれた。左サイドに遊弋した守田が中央の綺世に正確なボールを入れ、上田綺世が敵DFの厳しいプレッシャに負けず正確なリターンを守田に返す。守田は見事な出足で敵DF2人をぶち破り、見事なシュートを決めた。イランからすれば、久保や堂安律の個人技、毎熊晟矢の押上げ、前田大然の無茶走り、そして綺世の裏抜け、このあたりまでは相当警戒していたのだろうが、よい体制でボールを受けた守田への対応までは準備対象外だったのだろう。日本は、選手の個人能力の質の高さで先制に成功したわけだ。
 こうなると、後半は相当楽観視できる。イランを引き出しておいて、逆種速攻から好機を多数作れることが期待できるからだ。事実、後半序盤に日本はイランの守備人数が不足しているところを突き、久保と綺世が好機をつかんでいる。日本の各選手の状態が正常ならば、普通に日本が追加点を上げて押し切る試合だったのだ。各選手の状態が正常ならば。

 板倉滉のプレイに「あれっ」と言う印象を持ったのは、先制前の20分過ぎに警告を喰らった時だった。イランが前線からの日本のプレスを好技で外し、モハマド・モヘビが毎熊晟矢の裏を突く。それに対応した板倉がかなり強引な当たりで倒した場面だ。モヘビはシャープなドリブルが武器の選手だが、ここ最近の板倉はこの手の場面の対応が非常に巧みになっており、「何もいきなりファウルで倒さなかくてもよいのではないか」と不思議に思ったのだ。その後も板倉のプレイはおかしい、簡単に裏を取られたり、出足で敵DFを封印できない場面が散見される。プレイが止まった時、板倉が足を気にしていているのが大映しになった。1/16ファイナルのバーレーン戦の終了間際に足を痛めていたのだが、その影響だろうか。
 私はハーフタイムで、板倉は交代すべきと考えた。明らかに本調子でなく、それが負傷要因の可能性が高いとしたら、必要なのは休養。そして、まだ準決勝も決勝も残っているのだし。しかし、森保氏は板倉をそのままプレイさせることを選択した。そして、55分に奪われた同点弾時の板倉のプレイには目を覆った。日本の自陣でのつなぎミスを拾われ、サルダル・アズムンが冨安を引きつけてスルーパス、カバーするべき板倉がなすすべなくモヘビに突破を許したのだから。センタバックが敵FWにあんなに簡単に突破を許しては、どうしようもない。失点は取り返せないが、板倉が本調子ではないのは、いよいよ明らかになった。
 さらに事態を悪化させたのは、オフサイドディレイの適用が不適切な副審の存在。明らかなオフサイドでも放置するため、的確にラインを上げていてもプレイが完結するまで、日本守備陣は安堵できない状況となる。あのような副審が介在すると、浅い守備ラインを築きづらくなる。質の高いサッカーを楽しむためにも、このような無能な副審の選抜は勘弁してほしいものだ。いや、少々怪しい副審でも真っ当に試合を楽しめるように、妙なルールの導入を避けるべきと言うのが、本質かな。
 ともあれ、どんなに副審がおかしくとも、私たちは勝たなければならない。そのための柔軟な対応こそ、監督に要求されるタスクだ。せめて、板倉に代えて、谷口彰悟を起用すれば冨安が敵FWをつぶすのに専念できただろう。あるいは高さがあり前に強い町田浩樹を起用すれば冨安がカバーリングに専念できただろう。しかし、森保氏は大然に代えて三笘薫を。久保に代えて南野拓実を起用するが、最終ラインはいじらない。何のために、これまで多くの選手を起用し、分厚い選手層を準備してきたのだろうか。敗戦後、「ロングボールに弱い日本」との報道を目にするが、調子が万全のCBを配していれば、ここ最近の日本がそのようなやり方を苦にしていなかったのは自明なこと。調子のよい選手を使っていればよかっただけなのだ。
 20分過ぎから、冨安は開き直った。ラインを上げるを諦め、ペナルティエリア内でイランの攻撃を受け止めることに方針転換。これで裏を突かれることはなくなり、最終ラインで冨安が圧倒的存在感でイランの攻撃を押さえる展開となる。冨安がここにいることで、イランは一見攻め込んでいるように見えるが、好機はつかめなくなった。
 けれども、このやり方には背反がある。結果として、日本は攻撃に厚みを欠くことになり、好機を掴みづらくなってしまった。さらに悪いことに、遠藤航の運動量が落ちるとともにデュエル負けも目立ち始め、イランのプレスを外せなくなり、前線によいボールを供給できない。75分過ぎから、守田が位置取りを後方に下げ、3DF気味の体制をとるが、毎熊と伊藤洋輝の両サイドバックが積極性を出せず前進できない。ベンチには菅原由勢も中山雄太も佐野海舟もいた。後方の守備を修正し、押上げの形さえ作り直せれば、前線には堂安、南野、三苫、綺世とタレントは揃っていたのだ。状況は改善できたはずだ。2010年代までは公式戦の交代選手上限は3人だったが、COVID-19以降、交代5人制が定着。チームのリズムが悪い時は、後方にフレッシュな選手を起用するのは定石になっているのだが。 

 一方で、森保氏が動かなかった理由を推測する。
 これまでの準備試合でも、バーレーン戦までの4試合でも、やはり冨安と板倉のコンビは、他のCBよりは圧倒的な能力を見せていた。アズムンやモヘビのような強力FWを抱える相手に対し、最強の2人に頼りたかったのではないか。
 しかし、過去の実績や好調時のプレイを期待して眼前の不調選手を放置するのは、いかがなものか。カタールW杯予選の敵地サウジ戦で、明らかな疲労からミスを繰り返していた柴崎岳を交代させずに引っ張り、柴崎の考えられないミスパスから失点した場面を思い出したのは、私だけだろうか。もっとも、板倉はあれだけ調子がおかしかったけれど、何とか試合終了直前まで凌いでいたのだから、大したものだとは思う。調子が悪いなりに、最後の最後まで戦い抜いた板倉のプロフェッショナリズムには感謝の言葉を捧げたい。そして、今大会早期敗退の責任の痛恨を忘れずに、2年後のW杯本大会で私たちに最高級の歓喜を提供してくれることを期待したい。
 また、後方の選手交代に消極的だったのは、延長戦を見据えていたのかもしれない。イランと日本は同じ中2日とは言え、イランはシリアとPK戦に持ち込まれ120分戦っていたし、平均年齢も高い。冨安が深く守るようになった以降、押し込まれてはいたが好機は許していない。このまま延長になれば、イランの運動量は落ちるはず。イランがどのような選手交代をしてくるのを見据えて、カードを切ればよいと考えたのではないか。
 しかし、あれだけ幾度もペナルティエリアに進出を許せば、偶然や不運で崩れることもある。そして、アディショナルタイムに、板倉が連続でやらかしてしまった。よりによって、挽回猛攻を行う時間すら残っていないタイミングで…「やらかすならば、もっと時間が残っている時に」と言いたくなったのだけれども。

 しょせんサッカーと言う競技は理不尽なもの、いくら努力や工夫を重ねたとしても、悔しい結果に終わることはある。増して、上記した通りイランは強いチームだった。けれども、今の日本代表の戦闘能力が史上最強であり、世界のどの国と戦っても、互角の攻防を演じるタレントが揃っているのは間違いなかったのだ。例えば、1/16ファイナルでイラン相手にPK戦まで粘ったシリアを、我々は先日のW杯予選で敵地で5-0で破っている。非公開の練習試合ではあるが、大会直前に決勝進出したヨルダンを6-1で破っている。
 やはり、采配負けだったのだ。当方が格段に高い戦闘能力を保持し、ベンチにはいくらでもすばらしいタレントがいたにもかかわらず、中心選手の不調を放置し、攻勢をとることも叶わなかったのだから。言い換えよう、史上最強のチームは、森保氏の采配ミスでアジア再戴冠に失敗したのだ。
 イラクやイランが日本に勝利し選手たちが感涙していた点を採り上げ、「熱量の差」と言う指摘もどうかと思う。日本の目標は優勝以外なく、ローテーション的な戦いをしながら、2次ラウンドに進出し4連勝することの確率を丹念に上げる必要があった。毎試合ベストを尽くすのは当然だが、選手たちが決勝での勝利を踏まえてプレイしたことを、否定するわけにはいかない。
 これはアジアの壁でも何でもない。単にサッカーの難しさなのだ。伊東純也の突然の離脱が不運だったことを割り引いても、森保氏は最強軍団を率いリアリズムを考慮しながら丁寧に戦おうとした。けれども、森保氏は試合途中で誰の目にも明らかになった改善点を放置すると言う致命的なミスを犯した。

 私たちは大魚を逸した。それでもアディショナルタイムまで帳尻を合わせかけた選手たちがすごかったと言うのかしれないけれど。
 森保氏の進退云々については、この稿で語るつもりはない。
 とは言え、森保氏は「冨安を抱えながら、2回もアジア制覇に失敗した監督」であることだけは、間違いない。
posted by 武藤文雄 at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年01月16日

フィリップ、やはり22年前あなたは間違えた

 私たちが、W杯ベスト4に最も近づいた瞬間はいつか。
 2022年カタールでのクロアチア戦?、2018年ロシアでのベルギー戦?、でも準々決勝ではセレソンが待ち構えていた。2010年南アフリカでのパラグアイ戦?、でも準々決勝ではスペインが待ち構えていた。そう、一番ベスト4に近づいたのは2002年我が故郷宮城県でトルコに敗れた時だった。もし、トルコに勝っていれば、準々決勝はセネガル。当時私たちが、トルコ、セネガルに連勝するのは、簡単ではないが相応の確率で実現可能だったのではないか。フィリップが妙な策に走り、アレックスや西澤を起用しなければ。と、22年間に渡り思い続けてきた。このような、実現不可能な「if」に愚痴を語るのは、サッカーの至高の楽しみの一つであるのは、言うまでもない。
 そして、昨日のベトナム戦、22年ぶりの再会を果たしたフィリップが作り上げたベトナムの鮮やかな抵抗を、圧倒的戦闘力で粉砕した喜びとともに、22年前に思いを馳せることができた。そう、「フィリップ、やはり、あなたは間違えていた」と。

 開始早々、ベトナムが難しい相手であることはすぐに理解できた。
 日本陣にボールが入ると、5DFが整然とラインを上げる。いわゆる5-4-1の陣形だが、5DFの押上げがすばやいので、4人のMFは左右のバランスをとりながら、全線までプレスをかけることができる。そのため、谷口彰悟と板倉滉の両CBは自由に縦パスができない。ベトナムDFを押し下げるべく、前線の選手が裏をとりスペースを空けようとすると、こまめにラインを修正するので容易ではない。
 それでも、谷口が敵プレスが甘くなったところで前進してベトナムの陣形を崩し、フィードを受けた中村敬斗が中央に引きつけたところで、左オープンに上がった伊藤洋輝がフリーとなり、CKを獲得。ベトナムGKがそのCK処理を誤り、こぼれを菅原由勢が強シュート、こぼれを南野拓実が冷静に詰めて先制に成功。
 これで楽になると思ったが、そこからセットプレイで2失点してしまった。
 同点弾を生んだCKの提供経緯、谷口がウェイティングしたところを後方から菅原がはさんだが、ちょっとした連係不備から許したもの。そのCKから、ニアで方向を変えた一撃が、かなり偶然にネットを揺らした。もっとも、ニアサイドの日本の守備を空けるベトナムの工夫は鮮やかなものであり、正に「やられた」と言う一撃だった。
 逆転されたFKを奪われた場面、日本の浅いラインをベトナムが突こうとしたところで、やや偶然にこぼれ球が裏に流れ、慌てた菅原のスライディングがファウルになったもの(私はこの場面、赤がでなくて安堵した、見方によってはDOGSOと言われてもしかたがなかったから)。そのFKをゾーンDFの外側から入り込むファーサイドの長身DFにピタリ合わせれ折り返され、GK鈴木彩艶のファンブルを詰められた。ゾーン守備の大外から折り返されたところで勝負アリだった。
 2失点とも、ゾーンで守る日本のセットプレイの弱点を鮮やかに突かれたもの。最初のキックに対する彩艶の判断の拙さや、各選手の瞬間的な判断の緩慢さには不満はあるが、いずれも先方のキック精度と、全軍の意思統一は見事だった。
 いや、セットプレイだけではない。元々、ベトナムやタイやマレーシア、東南アジア諸国の選手のボール扱いはすばらしい。ところが、往々にして各選手のその精妙なボール扱いは、局地戦でのボール扱いの優位にしか使われないことが多かった。しかし、今回のベトナム選手たちはいずれも、日本の厳しいプレスに対し、第1波を技巧で外した後、しっかりとスクリーンして身体を入れ、日本の第2波を許さない。さらに、同サイドでのボール保持ではなく、常に反対サイドへの展開を意識するから、局地戦ではなく、チーム全体での前進なりボール保持につなげることができる。フィリップは、伝統的なベトナム各選手のボール保持能力を、局地戦ではなくチーム全体での前進につなげるところまで指導の落とし込みに成功したのだ。

 ものの見事に逆転されてしまったわけで「これは困った」と思ったのだが、それは杞憂だった。
 日本は慌てずボールを回し、まずはペースを取り戻す。そして前半40分以降、ベトナムのコンパクトなDFとMFの間に、狡猾に伊東純也と南野が入り込み、後方からの正確なフィードを格段のボール扱いで受け、猛攻をしかける。ベトナムDF陣は、ゾーンをよく絞り中央圧縮でしのぐが、そのクリアを情け容赦なく遠藤航と守田英正が拾い連続攻撃。
 加えて日本のシュートがものすごかった。
 南野の同点弾は、再三揺さぶった後、遠藤航のパスを受け完璧なボールコントロールから、狙い澄ましたインサイドキック。トップスピードで走り込んでの実に美しいトラップ、香川真司の全盛期、いやちょっとベベットを思い出したりして。
 中村敬斗の逆転弾。日本が同点に追いついたのが、45分だったのが、アディショナルタイムは6分。これはベトナムにとっては厳しい。日本が勢いに乗り猛攻を継続できたからだ。そして、南野の展開を受けて敵DFを外した超弩級弾。サイドを崩して自分のシュート力が一番発揮される場所に持ち出す感覚は、リバウドかデルピエロか。
 加えて重要なことは、南野にしても、中村敬斗にしても、このチームではレギュラ、第1選択肢ではないと言うことだ。三笘や久保建英や堂安律の方が、このチームでは、南野と中村敬斗よりも格段の実績を誇っている。もちろん、私たちの最大のエース伊東純也は圧倒的に輝いているのだし。
 後半、落ち着いた日本は丁寧にボールをつなぎ、前半のような危ない場面を作らせない。後半から起用された上田綺世、終盤から登場した堂安、久保が少しずつ機能し、堂安→久保→上田綺世でとどめの一撃。堂安と久保の個人技の精度はもちろんだが、上田綺世の右インステップの低く鋭い弾道は、釜本邦茂御大を思い出しますね。

 でね。
 フィリップ。あなたが、今回作ってきたチームはすばらしいものがあった。組織守備、セットプレイ、中盤からの前進。22年前、約四半世紀前、あなたが私たちに教授してくれて歓喜を味合わせてくれたチーム戦術の妙。
 でもね。
 私たちは、その見事なチーム戦術を粉々に打ち砕くことができた。全選手の戦術眼、精度の高い技術。あなたが築いた組織力を完全に凌駕する戦闘能力。
 で22年前ね。
 あなたは、なぜトルコ戦で、あんな妙な作戦を行ったのか。22年前の私たちにとってのトルコは、昨日のあなたにとっての私たちほど、どうしようもない差はなかった。昨日の前半40分以降の猛攻と、後半のボールキープを見て、私は改めて22年前のトルコと私たちの差を確信できた。22年前、あなたは間違ったのだ。策を弄さずに、普段のメンバでトルコと戦うべきだったのだ。繰り返します。22年前のトルコは、今の私たちのように強くなかったじゃないですか。

 と、言いながらも、あなたとの4年間は本当に楽しかった。
 そして、あなたのおかげもあり、私たちはたったの22年間でここまで到達することができた。世界中、どんな相手が出てきても怖くはない。繰り返すが、たったの22年間で
 フィリップ。改めて、四半世紀前の楽しかった日々に感謝したい。そして、あなたとの楽しかった日々が、私たちにとって進歩の礎となったのは間違いない。あなたのおかげもあり、私たちはここまで来ることができた。
 本当にありがとうございました。

 次はW杯本大会で戦いましょう。
 米加墨大会。2次ラウンド、また戦えることを楽しみにしています。今回以上にボコボコに粉砕してやるけれども。
posted by 武藤文雄 at 00:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする