2021年11月21日

私はベガルタ仙台の将来を楽観視している

 J2降格が決定した。
 今の感情を日本語化すると、どうなんだろう。空虚感と言うのだろうか。
 類似の感情は幾度か経験ある。2009年シーズンの入替戦の磐田、2003年シーズンの降格決定、1993年のドーハのアルアリスタジアム。もちろん悔しいし悲しい、胸が張り裂けそうだ。でも、胸は張り裂けそうだが、物理的に何かを失ったわけではない。誰かが肉体的に傷ついたり、もちろん命を落としたりもしていない。多額の資産を失ったわけではない。
 改めて思う。それでもここまで感情が揺さぶられるのだ。改めてサッカーのすばらしさを感じている。 

 今シーズン、ベガルタ仙台にとって最も重要な活動は、将来に渡りクラブとして存続できる体制再構築だった。そして、クラブは昨シーズンの債務超過問題を1年前倒しで来年度までに解決する目鼻を立てた。佐々木社長以下、ベガルタ仙台はその最大目標はしっかりこなしてくれた。また地味ながら、スポンサの増加や、広報活動の充実など、過去思うように進められなかった活動も、一定以上の成果を出している。
 そして今シーズン、2番目の目標はJ1残留だった。残念ながらそれに失敗したわけだ。
 J2降格は、クラブとしては衝撃的な出来事だが、クラブを未来永劫存続させるための、最優先とされる活動は成功しつつあることは忘れてはいけない。もちろん、この降格に伴い、直接ベガルタに関与している方々の収入などに残念な影響がある恐れはある。そのような方々に一介のサポータが無責任なことは語れないが、もっとも重要なのはクラブの永続的存続なのだ。

 元々、J1クラブの中では経営基盤の小さいクラブ。戦闘能力が優れた選手を集められているわけではない。また、上記した債務超過問題もあり、前向きな投資(特に補強面)が行いづらい状況もあった。数年前より改善されているとは言え若年層チームからの選手補強も、まだまだ不十分だ。
 その中で、約10年前に我がクラブで格段の成果を残し、五輪代表監督としても成果を見せた手倉森氏に託した今シーズン。結果は出なかった。
 J1残留に失敗したチーム戦略での失敗要素は、いくつも挙げられる。
 4-2-2-2を基本布陣としたが、いわゆる攻撃的サイドMFは、関口大老と新人の加藤以外のタレントは機能しなかった。移籍加入した氣田と秋山、シーズン中チームを去ったクエンカとマルチノス、潜在力は高そうだが負傷ばかりのオッティ。今シーズンも目立った活躍できなかったユース出身の至宝佐々木匠。シーズン前期待したタレントの多くが機能しなかった。終盤、中原や西村をこの位置に起用し機能させるに成功したのは確かだが、あまりに泥縄だった。湘南に先制点を許した場面、敵主将の右MF岡本がまったくフリーで前線進出しているのに、左サイドMFの西村は遥か彼方に位置取りしていたのが典型だった。
 中盤戦で、引き分けられる試合にもかかわらず、試合終盤に無理に勝ちを狙いに行き勝ち点を失ったのも痛かった。敵地札幌戦や、ユアテック福岡戦、清水戦がその典型。開幕直後は、様々な要因でチーム力が上がらず惨敗を繰り返す時期があったが、4月以降はいずれのチームと相応の戦いができるようになっていた。この3試合の終盤を丁寧に戦い、1試合でも勝ち点1を拾うことができていれば終盤戦の様相は随分と変わっていたはずだ。
 終盤、残留争いチームとの直接対決にことごとく敗れたわけだが、一方で神戸や名古屋など上位を争うチームとは相応の戦いができていた。これは最近の潮流となっているスカウティングによる各試合の対策が不十分だったとしか言いようがない。
 しかし、上記のような戦略不備は、一方で将来を見据えた各選手の成長・チームとしての基盤戦闘能力向上に寄与した可能性もある。来シーズンはJ2での戦いを余儀なくされるし、今シーズン経験を積んだ中心選手をどこまで保持できるかの問題もあるのだが。

 J2の戦いは非常に厳しいものがあるだろう。J1経験あるクラブがJ3に降格する事例もあるし、短期のJ1復帰が容易ではないことは自明のことだ。またCOVID-19影響で、基盤観客動員数が大幅に減ってしまった回復からの再スタートとなる。クラブ経営、若年層育成、補強、やらなければならないことは無数にあるだろう。、多くの企業の合同経営体制、曖昧な責任体制など、経営の根底にかかわる問題も山積している。多くのサポータが、悲観的な発言をしているのは理解できなくもない。
 けれども、私は楽観的だ。何故ならば、上記した通りベガルタ仙台の経営層は、今シーズン最大の難題を解決しつつあるからだ。直近の問題に対し、優先度をつけた実績を挙げている経営陣は信頼できる。
 ともあれ、サッカーなのだ。目先の試合に勝つことが重要なのは言うまでもない。まず今シーズンのまずは残り2試合、どのような戦いを行い、結果を出せるか。まずはそこに注目したい。この2試合をしっかり戦うことができるかどうかは、来シーズン、いや将来のベガルタにとって重要なはずだ。

 改めて、12年に渡りJ1を維持し、ACLも経験させてくれたすべてのベガルタ関係者に感謝したい。
 今シーズンも、ここまで結果も内容も思わしくない試合が多かったが、私としてはサポータ冥利に尽きる経験を積むことができた。残り2試合を丹念に戦うベガルタを楽しみにしている。そして来期は来期で、じっくりとベガルタを楽しめる。
 故郷にプロサッカークラブがあり、毎週末その奮闘を楽しむことができる。どんなに空虚感に襲われても、私は幸せだ。
posted by 武藤文雄 at 23:54| Comment(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月15日

スリルあふれる優雅な娯楽が継続(敵地オマーン戦前夜2021)

 ワールドカップ最終予選。敵地ベトナム戦に1-0で渋く勝ち切り、明日は最終予選の折り返し点を迎え、明日は初戦で苦杯を喫したオマーンとのアウェイゲーム。豪州、ベトナムに2連勝して勝ち点勘定は回復してきたわけだが、厄介な中東の敵地戦とは言え、2位以内を目指すためには勝ち点3が欲しいところ。不運な航空機トラブルなどに襲われたベトナム戦だが、そこからオマーンに移動し、選手達の体調をどのくらい整えられるのか。オマーンは、前節中国のホーム戦を疫病禍対応のため比較的近隣のUAEで行えたこともあり、体調管理は当方より有利だろうが、前回の吹田の失態を取り返せるか。

 以前述べたように、私は森保氏は日本代表監督に不適任だと確信している。
 東京五輪でいたずらに遠藤航と田中碧を消耗させ、Jリーグで猛威を奮っていた三笘や上田や前田を有効に機能させられなかった。加えて、リードしている試合での試合終盤の采配は稚拙そのものだった。
 改めて、W杯最終予選の序盤3試合を振り返っても、森保氏の不首尾が目立った。
 ホームオマーン戦、CBと守備的MFにバックアップ不在の状況を放置して試合に臨むと言う、いい加減な準備でホームで惨敗。疲弊したベテランサイドバックを交代させない消極的采配は論外だった。
 中立地中国戦、相手が弱かったこともあり内容は圧倒したが、試合終盤のクローズが適当でのかろうじての勝利。負傷者が出たところで、場当たり的な交代策を行い、フレッシュな選手を並べる努力を怠った。
 敵地サウジ戦、丁寧に守備的に戦ったことは悪くなかったが、体調が整わずミスを連発した柴崎を放置し、その柴崎の致命的なミスであり得ない失点を食らう。さらにその失点後の采配もおよそ非合理的だった。
 何度か嫌味を語ったが、森保氏は、1試合、1試合を勝ち切るために丹念に几帳面に工夫することができないのだ。選手の調子を見極めたり、試合の流れを読み選手交代を行うなど、柔軟な采配ができないのだ。サンフレッチェでの成果を含め、よい選手を呼び取捨選択を継続しチームを積み上げていくことについては、中々の手腕を見せているのだが。

 そして追い込まれた状態下、迎えた埼玉豪州戦。
 スタメンに驚いた。遠藤航、守田、田中碧の3人の守備的MFを並べてきたからだ。これまで、東京五輪でもW杯予選でも準備試合でも、執拗に4-2-3-1にこだわってきた森保氏に何が起こったのかと思った。ツッコミどころ満載のキックオフ前、「そういう事やれるならもっと早くやれよ」とか「中盤後方の控えがいないじゃないか」とか「結局田中碧をトップ下に使う4-2-3-1だったりして」とかw。
 キックオフ。どうやら、航がアンカーで碧と守田がインサイドMFの模様。ただし、碧は航と並んで後方に引くことが多く、守田が右サイドに張り出し気味。と思ったら、守田が左に回る時もある。前線も伊東純也は右前方に張り出すことが多いが、左の南野は中に絞り気味。トップの大迫が引き気味に位置取ることも多い。左右非対称でかなり流動的なやり方だった。
 序盤から幾度も好機をつかむ。これは布陣変更が奏功したと言うよりは、中盤にボールを刈り取れる選手、パスを出せる選手を3人並べたことで、前線によいパスが供給できるようになったことが大きかったように思える。そして、左サイドのうまい崩しから、田中碧が先制弾を決める。そもそも、Jで圧倒的な存在感を見せ、五輪代表でも格段のプレイを見せていた田中碧。最終予選4試合目にして、初めて起用されたところそのものが、森保氏の代表監督不適任を示す証左だろう。
 その後いくつも決定機を得ながら決めきれずにいたところで、後半速攻から左サイドを簡単に崩され直接FKから同点にされる。これは前線からの組織守備をかわされ、(日本から見て)左サイドに拠点を作られかけたところで、長友が意味不明の深追いを行うというミスからだった。長友は前半にも、麻也からのロングボールに安易に攻めかけ、同様に裏を突かれて豪州にポスト弾を許している。守田があちらこちらに出す変則守備網が災いしたこともあろうが、いずれもリードしている状況だっただけに、このベテランDFのミスは残念だった。
 最悪の事態も予想される中、麻也のロングボールを受けたジャガー浅野が強引なドリブルで崩し、自殺点を誘引。ヤレヤレ感満載の歓喜とあいなった。中々2点目をとれない攻撃組織の不備、長友の決定的ミスに代表される守備組織の曖昧さ。それでも、終盤までの戦いで豪州の守備陣は相当疲弊していたのだろう、麻也の性格だが常識的なロングボールを、浅野が正確な個人技で受けてターン、独特の加速ドリブルで振り切ると言う単純な攻撃で崩すことができた。各選手の圧倒的個人能力で、豪州に勝ち切ることができる時代が来たと言う意味でも感慨深い勝利だった。
 もっとも、これだけ個人能力の高い選手を揃えながら、勝ち点を揃えられないのだから、森保氏の監督継続は残念なのだが。

 そして一息ついたところで迎えたベトナム戦。
 引き続き採用した守田が左サイドに張り出す4-3-3。序盤に南野の個人技から伊東が決めて先制に成功。前半終了間際に、伊東がスーペルゴラッソとしか言いようがない一撃があったが、謎のVAR介入でノーゴール。後半も手変え品変え攻め込むが、どうしても2点目が奪えない。共通理解による攻撃の連動性が少ないこと、前線の選手が失点を怖がり強引な突破を自粛したこと、ベトナムの中盤選手が日本の起点となる田中碧や冨安からの展開を必死に押さえたことなど、要因は複数に渡るのだが。
 ただ、麻也と冨安が中央を固め、遠藤航がその前を見張り、前線の選手も攻撃から守備への切り替えが非常に早いので、危ない場面は皆無。終盤には、無理に2点をとりに行かず、田中碧→柴崎(短い時間ならば柴崎も守備で破綻はきたさない)、守田→原口と、経験豊富なベテランで守りを固め、堅実なクローズが行われた。東京五輪や最終予選序盤に、およそ非合理的な試合終盤の采配を連発した森保氏とは思えない丁寧な采配だった。
 もちろん、体調がよいとはとても思えない大迫や長友の拘泥など、いかにも森保氏らしい硬直采配も見受けられた。それでも、まったくベトナムに好機をつかませることなく重苦しい1-0での勝ち切り。疫病禍により満員とは言えなかったが、ベトナムのホームらしい熱狂下で、まったく危ない場面を作らせないのだから大したものだ。

 オマーン戦は守田が出場停止。最終予選序盤までの森保氏ならば、4-2-2-2に戻したり、守田の代わりに柴崎を起用したり、硬直した采配を見せていたことだろう。しかし、豪州戦の守備的MF3人起用や、ベトナム戦の終盤の堅実なクローズを見ていると、かたくなに学習を拒絶していた森保氏にも少し変化が見受けられる。野心あふれる若い前線の選手を多く選考した今回の遠征だが、森保氏がどこまで柔軟な采配を振るってくれるか。
 田嶋幸三会長が、日本代表の確実なワールドカップ出場、上位進出よりも、森保氏の代表監督留任に拘泥する理由はよくわからない。ともあれ、しばらく森保氏が代表監督を継続するのだろう。おかげでスリルあふれる優雅な娯楽が継続する。
posted by 武藤文雄 at 23:55| Comment(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月09日

四半世紀振りのヒリヒリ感

 正直言います。腹が立ってしかたがないが、久々に心底興奮しています。

 埼玉スタジアム豪州戦。24年ぶりに我々に帰ってきたこのヒリヒリ感。何があっても、同格の相手から勝ち点3獲得が必須のワールドカップ予選。
 1993年10月25日カタールドーハはカリファスタジアムでの韓国戦(1-0で快勝しUSAへのチケットを確保したように思えたのだが…)、あるいは1997年10月26日国立競技場でのUAE戦(1-1で引き分け、自力でのフランス大会出場権は消えてしまったが、当のUAEがその後ウズベキスタンと引き分け、日本は生き返りジョホールバルへと…)。ここまで追い込まれ、ヒリヒリする予選は四半世紀振りではないか。
 私は試合直後に、当然田嶋会長は森保氏を更迭すると思っていた。あるいは森保氏が自ら辞任すると思っていた。けれども、今のところ、そのような動きはないようだ。
 おかげさまで、我々は豪州戦で最高のエンタテインメントを楽しむことができる。すべては、森保氏と、森保氏をクビにしない田嶋幸三氏のおかげである。

 それにしても、森保氏の学習しない能力には感心する。
 このサウジ戦、高温多湿の敵地戦ゆえ難しい試合となることは自明だった。守備重視の試合をしたのは正しい選択だったと思う。長友も酒井も無理に前に上がらず、落ち着いて試合を進めた。序盤のセットプレイで許したピンチを除けば、ほとんどサウジに好機を与えない。前半半ばで主審の癖をつかみ、自陣近い場所でのファウルもあまり取られなかった。各選手の知性の顕われと言えるだろう。
 しかし、後半序盤から柴崎の不振は明らかだった。幾度もボールを奪われ、サウジに好機を提供し続ける。体調の問題もあるだろうし、年齢的な問題もあるだろうし、最近のプレイ環境から強度が落ちている可能性もある。何より、ロシアで見せてくれた世界屈指の射程の長いパスは、もうほとんど見せてくれなくなっている。ともあれ、守備的に戦う試合で、柴崎に拘泥する理由がわからなかった。ボール奪取力と言う意味では守田が、飛ばすパスでの展開では田中碧が(いや田中碧の方がプレイ強度も柴崎より高いな)、明らかに柴崎を上回る。もちろん、柴崎の豊富な経験は守田や田中碧を凌駕するところはあるのだが。
 そして…

 驚いたのは失点直後の交代劇だ。すぐに柴崎に代えて守田の投入。失点直前に守備能力に長けた守田の交代を準備していたのだろう。これは引き分けでも構わない展開だったのでおかしくはない。しかし、リードされてしまったのだ。状況は変わったのだ。点を取りにいかなければならないのだ。ここは田中碧だろう。
 森保氏は、局面の修正能力が低いだけではない。一度決めた交代が、状況が変わったのにかかわらず修正できないのだ。五輪でも類似の下手くそな采配を見たのを思い出した。
 完勝した中国戦に指摘した通りのことが再現されただけだ。執拗だが繰り返す。
選手の体調を見極められないこと、選手交代について計画性がないこと、勝っている試合のクローズが稚拙なこと。そして、五輪での最大の失敗である選手の消耗対応を反省していないこと。要は森保氏は、1試合ずつ丁寧に勝ち切る用兵が決定的にお粗末なのだ。
 
 失点以降も各選手は知恵の限りを尽くして崩しを狙った。しかし、守田、遠藤航、原口、古橋、阿道、大迫では崩すパスや変化をつけるタレントに欠けた。落ち着いたキープも叶わなかった。試合終了直後、DAZNが田中碧を映していたのは、高額の放映権料を支払ったこの企業からの、せめてもの森保氏に対するイヤミだろう。

 森保氏は監督として全面的に無能なわけではない。
 選手を見る目はあり、丹念に準備してチームの選手層を厚くしてきた。また、このサウジ戦各選手にリスクを避けた試合を指示する判断力は持っている。
 けれども、選手の個性の組み合わせ、選手の体調の見極め、試合の機微を見た判断、そう言った能力が格段に低いのだ。これは今更、私が指摘するまでもなく、五輪からこのワールドカップ予選までのこの3ヶ月の真剣勝負で、田嶋氏を除くすべての人々に明らかになっている。ここまで明確になると、選手達にも森保氏の欠陥が明確に伝わってしまっていることだろう。

 10月12日、埼玉スタジアム2002、19時10分キックオフ、日本対豪州。
 日本サッカー史上最高級の選手達。
 そして彼らはまったく信頼できない監督と共に勝ち点3を獲得しなければならない。もちろん、我々サポータは全力を尽くし、選手達を支えなければならない。この疫病禍下、声は出せなくても、選手達を支えなければならない。繰り返すが、何があっても、選手達を支えなければならない。

 もう2度とこんなヒリヒリ感を味わう機会はないと思っていた。
 サッカーを愛していてよかった。
posted by 武藤文雄 at 00:40| Comment(2) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月02日

ベガルタまだまだ大丈夫だ

 ベガルタはこの文章を書いた直後にガンバに3-2で勝利。「シメシメ、俺様の言った通り」と思っていたら、エスパルスに1-2、ヴォルティスに0-1で苦杯。いよいよ尻に火がついた状態になってしまった。
 この連敗は、順位が近く僅かに当方より上位にいるクラブとの直接対決での敗戦。どんどん残留争いが苦しくなってくるわけで、勝ち点勘定的には本当に痛い。特にヴォルティス戦については、ホームで慎重に戦い、先方にほとんど好機を提供せずに戦い続け、何とか得点奪取を目指しもがき続けたところで、アディショナルタイムにCKから失点し苦杯。何とも味わい深い敗戦を味わうことができてしまった。

 いや、サポータ冥利に尽きるのですがね。

 このヴォルティス戦の失点は、先方に加入したばかりと言うノルウェー人ストライカのムシャガ・バケンガを福森がマークしきれずフリーでヘディングを許し、こぼれを第ベテランの石井秀典に決められたもの。先方はさぞや盛り上がるだろうなと思いに加え、さすがに「ここまでキッチリとバケンガは押さえてきたではないか」と愚痴を言いたくなるような失点だった。
 いやエスパルス戦の失点も中々だった。前半、エスパルスは鋭いフォアチェックが鋭く、サイドバックが押し下げられ、思うようにボールをキープできない。こうなると我慢するしかないのだが、焦りからかサイド攻撃の起点の蜂須賀が無理に持ち出そうとしては裏を突かれ、結果的にCKを与えての失点。「大事な試合で、どうして前半から無理をするのだ!」と言いたくなるものだった。
 さらに後半序盤に、守護神スウオビィクが無理なボールキープをひっかけられ追加点を許してしまった。我らが名手は、少々足下が怪しいところはあるが、ここまで明らかなミスは珍しい。ここまで幾多のピンチを救ってきてくれたクバに不満を唱えるつもりは一切ない。しかし、どうしてこの名手がこんなミスをしてしまったのか。
 結局のところ「勝ちたい、絶対に勝ち点3を獲得したい」と言う焦りが、守りを固めるべき時間帯に、攻めることまで考慮してしまい、空回りしてしまったと言うことだろう。
 もう済んだことだ。しかたがない。改善すればよいのだ。組織守備は十分に機能している。守らなければならない時は、そこに専念すれば大丈夫だ。

 もちろん攻撃には改善の余地がある。思うように好機を作れない、点が取れない、そのような焦りが上記の守備での不備を産んでいるのだし。
 苦しいのは攻撃的MF(言い換えればサイドMF)の層が薄いことだ。大ベテランの関口老と新人の加藤以外決定的なタレントがいない。残念ながら今年切り札として補強した秋山と氣田、ユース出身の佐々木、いずれも思ったように機能しないようだ。けれども、視野を広げれば、状況は改善する。例えばサイドバックでずっと起用されている真瀬や石原を1列前に使う手段もある。幾度か成功しているが中原をサイドMFで使う手もある。フォギーニョを起用し上原、松下をいわゆるインサイドMFに起用する4-3-3も有力な選択肢になるだろう
 幸い前線のタレントは揃っている。F・カルドーソはエスパルス戦でようやく点をとってくれたが、後方からの低いボールの受けは格段にうまい。今夏に補強した富樫はシューターとしての魅力は十分。赤崎は体質的に仕事の連続性に課題はあるが、最前線のどこにおいても知的なプレイを見せてくれる(西村をトップ下に下げ、赤崎にひたすらゴールを狙わせるのも有力なやり方もあると思うのだが)。
 そして、西村が豊富な運動量、長駆後にも仕事ができるフィジカル、他の選手へのスペース作りなど、J屈指のFWであることも間違いない。後はこの苦しい状況の中、屈指のFWから、屈指のストライカに化けてくれるだけでよいのだ。

 以上、ここ2試合連敗したベガルタを分析した。大丈夫だ。手倉森氏が前線の交通競位を適切に行い、後方の選手がいたずらに焦りをなくせば。

 無意味に楽観論を語るつもりはない。
 けれども、チームとしての練度は十分に整理されてきた。後は結果を出すだけなのだ。我々サポータは、それを信じて応援すればよいのだ。
posted by 武藤文雄 at 01:23| Comment(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月12日

ベガルタ残留プラン

 ベガルタ8月の再開後2分4敗と思うように勝ち点を積み上げられず、現状残り11試合、勝ち点19、得失点差マイナス25の18位。17位までが降格の厳しいレギュレーションで、15、16位クラブの勝ち点は26、13、14位の勝ち点は30。J1残留には相当厳しい状況となっている(これらの数字は前節完了時点)。残留ラインをどう予測するかだが、40と見ると5勝6分0敗の勝ち点21、35と見ても4勝4分3敗ペースの勝ち点16の獲得が必要。不可能な数字ではないが、これまでベガルタは3勝しかしていないのだし、簡単に実現できると言ったら嘘になる。

 上記再開後の試合を振り返ってみると、何かしら運もない。大差をつけられ完敗したのはマリノス戦のみ。このマリノス戦は後半立ち上がりまで粘り強く守っていたが、水沼とレオ・セアラの妙技に2点目を許し、前に出たところで大量失点を食らったもの。
 それ以外の負け試合はなんとも言えない微妙な負け方ばかり。8月再開初戦のガンバ戦とこの代表ウィーク中断直前のサガン戦は、セットプレイによる失点をどうしても返せず0-1の敗戦。FC東京戦はアディショナルタイム、敵の明らかなダイビングをPKとされると言う主審の個性的な判定での敗戦(そうは言っても試合は審判に任せなければ成立しないからしかたない)。引き分けたセレッソ戦と横浜FC戦は、相応に好機をつかんだがポストに嫌われた。まあ、長いシーズンだ。ツキがない時とはそう言うもの。ここは割り切って粘り強く戦うしかない。
 幸い上記した通り、守備網はかなりのレベルで整備されている。そして後述するが、手倉森氏が守備の再構築を主眼にチームを整備している構想は正しいと思っている。

 けれども、どうにも点が入らないのは頭が痛い。何せ上記8月以降の6試合、奪えた得点は僅かに1点なのだから。
 多産系の点取屋がいないから得点力不足に苦しんでいるわけで、まずは月並みだが好機を増やすべく努力するしかない(「いや攻撃力が貧困だから大量に点を稼ぐストライカがいない」との禅問答の講釈を垂れるのもおもしろいが、今は置いておく)。
 そのためには、勝負どころで人数をかけた攻撃を行うことに尽きる。
 どうしても守備的に戦うやり方をしている以上、攻撃の頻度は少ない。しかし、よい形でボールを奪った時に人数をかけて攻められるかどうか、これは選手個々の守備から攻撃への切替の判断(チームとしての意思統一)にかかっている。逆説めくが、有効な多人数速攻がしかけられない状況ならば、無理に前に行かずボールを保持した遅攻に切り替える判断も重要だ。相手が守備ブロックを固めても、松下佳貴や上原力也ならばそのブロックを崩すパスを出すことができるから、人数をかけた攻め直しもしかけられる。この意思統一が8月シーズンはまだまだ成熟していなかった。この代表ウィークでどこまで改善できたか期待したい。
 人数をかけた攻撃をしかける以上、ボールを奪われた後の敵の速攻にどう備えるかも重要だ。幸い、ベガルタの組織守備は整備されており、8月シーズンを見てもそのリスクはかなり小さかった、このあたりの整備は手倉森氏はさすがと言えるだろう。点がとれないからこそ守備を強化した手倉森氏のやり方は正しかったのだ。地味ながら夏のオフの補強の大ヒットと言える福森直也と周囲の連係も次第に成熟していくだろうから、逆襲の備えはますます充実するだろう。
 もちろん、失敗はあった。マリノス戦は敵の強力なプレスに耐えているうちに2点差とされてしまった。FC東京戦は、永井謙祐と高萩洋次郎の老獪な2トップの受けと位置取り、試合終盤にMFに起用された森重真人の格段の守備力で、速攻後の連続攻撃を許しピンチの連続だった。とは言え、マリノスのような強力な前線守備や、FC東京のような高度な判断力を備えたベテランを並べられるようなチームは、そう多くはない。また上記した守備組織の一層の成熟があれば、速攻をしのいだ後のつなぎで敵プレスをもっと上手に外せるようになるはず。だから、大胆に人数をかけた攻撃を整備するのは十二分に可能なはずだ。

 もう一つ改善を期待したいのは、もっと個々の選手の特長を活かすことだ。
 例えばフェリペ・カルドーゾ。後方からの高いボールについては収めることはもちろん、ヘディングの競り合いに勝つことも滅多にない。したがって、後方からのロビングを前線にいれてもほとんど意味はない。しかし、足元に入ったボールターンは格段にうまい。五輪オフの直前の札幌戦、押し込まれた前半たった1回よいグラウンダのパスを受け見事なターンから、真瀬の得点につなげた場面は忘れ難い。押し込まれる時間帯にDFがロングボールで逃げる局面はさておき、ボールを回して敵プレスをかいくぐった時に縦パスを入れる後方の選手達には工夫が欲しい。
 例えば氣田亮真。前を向いた状態でボールを受ければ、鋭いドリブル突破を見せてくれる。しかし、敵の組織守備下で後ろを向いた状態でボールを受けてもほとんど機能しない。そのため消えてしまうことが多い。氣田自身の位置取りの向上も必要だが(もうシーズンも2/3過ぎたのだから、そろそろ自ら解決して欲しいのだが)、手倉森氏ももう少し采配に工夫できないか。例えば左右対称ではないフォーメーションをとり、大胆に氣田のベースポジションを大外にして、福森や蜂須賀にサイドチェンジを狙わせるとか。
 余談ながら、サイドMFには(もう若手とは言えなくなってしまったのが寂しいが)ユース育ちの佐々木匠、今シーズンの補強の切り札と期待された秋山陽介らがいるのだが、ベンチ入りの機会もほとんどない。手倉森氏の彼らへの評価が、現状の氣田未満なのは残念なことだ。
 このあたりはネガティブに考えるとキリがない。一方で百点満点ではないかもしれないが、個別に武器を持ったタレントは揃っているのだ。色々文句を言ったが、F・カルドーゾのターン、自分の間合いでの氣田の突破、佐々木の中盤からの抜け出すドリブル、秋山の左クロスなどレベルの高い攻撃兵器は揃っている。後は手倉森氏が、それらの特長をいかに組み合わせるかなのだ。
 
 約10年前にACLに出場した時の手倉森サッカーの魅力は、後方から一気に(一揆に?)多くの選手が攻撃にからむ速攻、湧き出る速攻だったのだ。各選手の意思統一、特長が異なる選手の組み合わせの妙。
 2021年の手倉森氏の課題は、いかにそれを再現するかにある。基盤は完成しているのだ、絶対にやれるはずだ。

 確かに状況は苦しい。
 正にサポータ冥利に尽きるシーズンではないか。積み上がらない勝ち点、しかも参戦しても声を出すことができない疫病禍。(自粛とは言え)移動にも制限がかかり、思うように競技場にも行かれない。
 切歯扼腕が継続し稀に歓喜雀躍が訪れるのが、サッカーの最大の魔力。半世紀近くサッカーに浸り切ってきたが、ここまでその魔力そのものを体験できるシーズンも珍しい。最終節終了時には(遠隔なのか、アクリル板ごしなのか、ワクチン完了してのオープン居酒屋方式なのかはさておき)「いんや苦しいシーズンだったっちゃね」と、サポータ仲間と共に祝杯を上げられることを確信している。
posted by 武藤文雄 at 10:33| Comment(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月10日

快勝だったが学ばない森保氏、やはり更迭が妥当

 森保氏は早々に更迭すべきと確信を持った中国戦の快勝劇だった。

 理由は明白、短期決戦の試合を勝ち抜くための采配が稚拙のみならず、直前の失敗の反省を織り込むことができないからだ。今のまま森保氏に代表を託したとしても、ワールドカップ出場権を獲得する可能性はそれなりに高いと思う。しかし、本大会で1次ラウンドを突破し1/16ファイナルを勝ちベスト8に進むことは、森保氏では極めて難しい。
 アジアカップの決勝進出、五輪のベスト4、森保氏の戦績は決して悪くない。内容面でも、五輪で見せてくれた守備網の堅牢さは中々のものだった。また能力の高い若い選手、Jリーグで台頭してきた選手を丹念に試し、おそらく史上最高レベルの選手層の厚いチームを作ったのも森保氏の功績だ。
 けれども、選手の体調を見極められないこと、選手交代について計画性がないこと、勝っている試合のクローズが稚拙なこと。要は1試合ずつ丁寧に勝ち切る用兵が決定的にお粗末なのだ。
 さらに悪いことに、失敗したことの反省が反映されていない。五輪での敗因は、選手選考段階のミスを含め、中心選手の消耗を放置したことにあった。オマーン戦は、選手の合流不可や負傷があったにもかかわらず試合前に対応せず、さらに雨中の試合で消耗した選手を交代させず終了間際の失態を招いた。中国戦は、敵の作戦ミスもあり前半先制に成功、後半攻めに切り替えてきた相手を冷静にいなしての完勝。けれども、交代策があまりに拙かった。危ない場面がなかったのは単に相手が弱かったからだ。
 五輪の失敗の反省が、最終予選の2試合で何も活かされなかったのだ。

 これまでも森保氏の采配に疑問は多かった。けれども、長期的に「何か」を考えているがための不可解さだと思っていた。たとえば、アジア選手権で韓国になすすべなく敗れたり、アジアU23選手権で無策のまま完敗を繰返したときは、腹がかなり立ったけれども、その「何か」を見極めたいと思っていた。
 しかし、五輪からこの最終予選の2連戦、長期的見解がどうあろうが、本腰を入れて勝負する試合でも、采配の稚拙さ、反省のなさが明らかになった。「何か」は幻だった。「何か」はないのだ。采配が稚拙で反省がないだけのことだったのだ。ワールドカップ本大会の采配を森保氏に託すのは、あり得ないことだ。

 中国戦については、詳細を論じる必要もない試合だった。単に中国が弱かったのだ。
 前半は、明らかな先方の自滅。5-4-1で守備を固める事自体は否定しないが、前線でのプレスもなく、両サイドの守備もいい加減。後方に引いて一切プレスをかけない1970年代風のサッカー。解説の岡田氏が外に開いた室屋や長友に対し、中盤の選手が当たりに行かずサイドバックが対応しているのを見て、激怒していたのには笑った。中国協会は今からでもよいので、岡田氏を監督にしたらよいのではないかw。
 それでも、日本はオマーン戦の衝撃が抜け切っていないのか、中々ギアが入らなかったが、あそこまで非組織的守備網ならばいつか崩れる。大迫がまったくのフリーでポストに当てた時はイヤな予感がしたが、伊東が持ち味の縦突破を見せ大迫が難しいシュートをキッチリ決めてくれた。
 これで本来のプレイを取り戻した日本。後半から帰化選手を大量に投入し前に出てきたところで、一切好機を作らせなかった落ち着いた試合運びは見事だった。

 ただし、追加点をとれなかったのは残念だった。
 要因の1つには、76分に起用された鎌田の調子が極端に悪かったことが挙げられる。落ち着いて中国をいなして好機すら許していない終盤、焦る相手を引き出して速攻をしかけてトドメを刺したい時間帯だったのだが。鎌田は、引き出しの動きが少ないのみならず、中途半端なドリブルで再三ボールを奪われてしまった。オマーン戦も残念なプレイ振りだったが、まだシーズン開幕直後で疲労がたまる時期でもないが、どうしたのだろうか。こののオフの移籍問題が尾を引いてでもいるのだろうか。もちろん、それを見極められず起用した森保氏の責任なのだが。
 さらにそのほかの交代策がひどかった。後半序盤に古橋が負傷し、交代の1枠を使っていたから後半の交代機会は残り2回。常識的には鎌田投入と同時に、もう1人(2人でも3人でもよいが)フレッシュな選手を入れるべきだろう。大迫に代えてオナイウ、久保に代えて堂安、柴崎に代えて守田などいくつも選択肢があったのだが。そして終盤長友の負傷時に佐々木を入れる時にも他の選手を代えることができたはずだ。
 現実的に後半の展開を見る限り、失点のリスクは非常に小さいものだった。しかし、その小さいリスクを几帳面に消すことが短期決戦での勝利の要諦なのだ。そして、森保氏は五輪と言う勝負どころで失敗した。さらに、その直後のワールドカップ最終予選の最初の2試合でその失敗の反省を活かせなかった。
 更迭が適切と言うものだろう。

 もちろん森保氏への不満はこれだけではない。
 特に攻撃面において、選手の特長を組み合わせた連係を作ろうとしないこと。森保氏のチームを見ていると、南野や久保のシュート能力を活かす、伊東の縦突破を活かす、古橋の裏抜けを活かす、オナイウのゴールエリアでの強さを活かす、このような各選手の特長を組み合わせる連係は、ほとんど見られない。両サイドにしても、サイドバックとサイドMFを有機的に組み合わせたインナーラップやダブルオーバラップなどの細工は見られない。ただ、4-2-3-1に選手をはめこんでいるだけだ。
 4-2-3-1と言う選手配置にこだわり、そこに選手を当てはめることしかしないのも不満だ。Jで猛威をふるっている三笘や前田大然を、五輪では4-2-3-1に無理矢理押し込みほとんど機能させられなかったことは記憶に新しい。
 けれども、こう言った不満は、ある意味で監督のスタイルと言えるかもしれないし、ワールドカップ本大会の重要な試合までカードを隠している可能性がある。もしかしたら、森保氏は本大会の1/16ファイナルや準々決勝で、南野と久保と堂安と鎌田を田中碧が鮮やかに操る、今まで見たことがない鮮やかな連係を見せてくれるのかもしれない。あるいは、突然に選手配置を4-3-3に切り替え三笘と伊東の両翼が強豪国の守備網を切り裂くのかもしれない。だから、文句は言い続けるだろうが、このような不満は勝負どころまで結論は断定できない。
 これらについては、まだわからない。

 けれども。
 1試合、1試合を勝ち切るために、丹念に几帳面に工夫することができないのは論外だ。
 序盤に述べたことを繰り返す。選手の体調を見極められないこと、選手交代について計画性がないこと、勝っている試合のクローズが稚拙なこと。そして、五輪での最大の失敗である選手の消耗対応を反省していないこと。要は森保氏は、1試合ずつ丁寧に勝ち切る用兵が決定的にお粗末なのだ。これは将来の改善は期待できない。
 これだけの選手を準備できたのだ。
 来年のカタールワールドカップ、私は森保氏に采配を委ねるべきではないと思う。ベスト8以上の成果を挙げる確率を少しでも上げるために。
 森保氏の更迭を望むものである。
posted by 武藤文雄 at 23:57| Comment(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月02日

森保さんさようなら

 昨晩、最終予選前夜だし、作文しようかなと思い立った。それで、あれこれ調べたらビックリ。昨日も散々愚痴を述べたが、守田と冨安が不在、板倉が負傷離脱とのこと。元々守備的MFを多数呼んでいなかったのだし、さっさと新しい選手を召集すればよいのに事態悪化を放置。昨日になって、ルヴァンカップにフル出場していた昌子を急遽招集。結果的に、後方中央は麻也、植田、航、柴崎の4人しかおらず、控えが実質不在。危機的状況である。
 しかし、今日の昼休みにもっとビックリした。昼食をとりながら、スマフォをいじったのだが、これだけの緊急事態なのに、それを騒いでいるマスコミやサッカーライターが見受けられないのだ。
 様々な媒体で、日本代表人気の落ち込みが報道されている。しかし、この緊急事態についての報道がほとんど見つからないのは、量の問題ではないだろう。単純に質の問題に尽きる。試合前に何が起こっているのか、練習を見たり、選手や監督を取材せずともわかるこの状況が報道されていない。しかも、森保監督は直前の五輪で中盤後方の選手の消耗を放置したことで敗退しているのだ。五輪での反省欠如どころか、不測の事態の放置。いかにも森保氏らしいと、おもしろがるか悲観するかはさておき、この試合の最大の注目点をほとんどのマスコミが気にしていない。Jリーグが開幕して約30年、7ワールドカップの年月が経った。多様なサッカー記事を楽しむことができている。しかし、今回は衝撃だった。当たり前のことを、当たり前に書く書き手が日本にほとんどいないことに。
 ピッチ上には無数に優秀な選手がいて、多くの個性的な指導者がいて、毎週楽しいトップリーグを楽しむことができる。我々のサッカー界は世界的にもトップに近い環境を獲得できたと思っていたのだが。もちろん、優秀なライターがJリーグの定期取材に回ってしまい、代表取材に回っていないなどの付帯状況には注意が必要だとは思うけれども。

 そして、この後方選手の層の薄さが直接的敗因となった。

 0-1で負けたことはしかたがない。しかし、あまりに負け方が不甲斐なかった。

 オマーンは1ヶ月合宿で調整していたと言うが各選手の体調はかなりよさそうだった。かつてイランを指導していたイヴァンコビッチ氏は、よく組織的なサッカーを叩き込んでおり、単純に選手の個人能力では突破できそうもなかった。また雨でかなり重馬場になったため、速いパスを回して敵を振り回して疲労を誘うのも簡単ではなかった。その結果、遠藤航も柴崎も後方に位置取り、まず守備の安定を図らざるを得なくなった。
 さらに悪いことに、つまらないミスが多い。オマーンは稠密な守備網を敷いている。そのため、軽いパスでは引っかけられてしまう、しかもオマーン各選手の意思統一は中々で、ボールを奪われた直後の動きが素早く、速攻に結びつけられるケースが多い。だから、各選手ともゆっくりでよいから丁寧にプレイをして、いつも慌てた速攻を狙うべきではなかった。むしろ、このようなチームはしっかりとキープすれば、食いついてくるので裏をねらえる機会も増えてくる。
 しかし、何か各選手にフワフワ感があり、ミスパスも減らず、決定機を演出する頻度もほとんどなく時計は進む。考えてみれば当たり前だ、次々と離脱する選手が出ているのに、監督は選手を補充しようとしない。監督のいい加減な試合に臨む姿勢が選手に伝播したのだ。

 そうこうして苦戦しているうちに、柴崎、酒井、長友の消耗が明らかになってきた。両サイドバックは大ベテランだし、柴崎は守備に相当振り回されていた。しかも上述のように柴崎の交代要員は不在。しかし、酒井と長友には山根、室屋、中山ら強力な交代選手がいたのだが、森保氏は動かない。
 前線の交代選手も機能しない。スコットランドで猛威をふるう古橋は前線でなく左サイドで孤立、堂安と久保は運動量が少なく、オマーンの集中守備を破れない。そして、彼らに有効なパスを出せる選手は、皆消耗している。
 失点時の左サイドの守備も残念だったが、クロスが上げられた瞬間に植田が出し抜かれてしまった。植田を攻めるのは酷と言うものだろう。元々空中戦の強さから、終盤の守備固めや、ここぞと言う時のセットプレイの強さを期待して選抜されている選手。離脱者が相次ぎ急遽先発起用されて、疲労した終盤のできごとだった。

 森保氏のこれまでの貢献に感謝したい。
 用兵面では多々不満の残る監督だったが、粘り強く選手を試し、史上最強感が漂う選手層のチームを作ってくれたのだから。
 けれども、選手が思うように集められないのに、何も手を打たなかったのはあり得ない。今日の重要な試合への真剣さが欠けていたのだ。結果として、そのいい加減な態度は、選手達にも伝播してしまった。

 とりあえず、ドーハでの中国戦は、反町技術委員長が務めればよいだろう。選手の能力は疑いないのだから、立て直しは容易だ。
 疫病禍のためとは言え、森保一氏最後の代表監督試合を生観戦できなかったことを、悔いるものである。
posted by 武藤文雄 at 23:51| Comment(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ワールドカップ予選ホームオマーン戦前夜2021

 いよいよワールドカップ3次予選(事実上の最終予選)が始まる。五輪代表の苦闘、再開後のJリーグ、さらにはブラインドサッカーの惜敗など、ただでさえお腹いっぱい状態のところ。そこに長期戦のホーム&アウェイの予選が絡んでくるのだから、贅沢なものだ。
 明日のオマーン戦はパナソニックスタジアム吹田、疫病禍下の折、さすがに参戦は断念した。このような折々に、世の中の正常化を願わずにはいられない。

 最終予選初戦と言うのは、色々思い出深いものがある。あのフランス予選、ウズベキスタン戦のカズの大爆発(今思えばこの稀代のストライカが日の丸をつけて光り輝くのは、この試合が最後となるのだが…もっともあれから24年経ってまだ現役って何なのだろうか)、ドイツ予選は北朝鮮相手に小笠原の先制と大黒のアディショナルタイム(終盤の中村俊輔を軸にした猛攻はいかにもジーコ氏のチームらしかった)、南アフリカ予選は敵地でバーレーンに3-2の勝利(3-0から闘莉王のミスなどで1点差にされたのはご愛嬌だった)、ブラジル予選は(明日と同じ)オマーンに3-0で快勝(この勝ちっぷりは日本サッカー史に残る完勝、前田遼一の完成がすばらしかった)、そして前回のUAE戦は酒井宏樹と長谷部のミスから1-2の逆転負け(ハリルホジッチ氏の岡崎→浅野、清武→宇佐美、大島→原口の交代はそれぞれ合理的だったが、ことごとく裏目に出たのが味わい深かった)。
 さて明日はどのような試合を見ることができるだろうか。

 過去色々森保氏には文句を言ってきた。しかし、何のかの言っても、今我々が所有しているチームは、各ポジション穴がほとんどなく、史上最強感も漂っている。ややゴールキーパと左バックの層が薄い感もあったが、先日の五輪での谷晃生と中山雄太の活躍で埋まりつつある。
 などと思っていたら、相変わらずおもしろい人選を行うのが森保氏だ。まず両サイドバックを酒井宏樹、山根視来、室屋成、長友佑都、佐々木翔、中山雄太とそれぞれ3人選抜。3DFを試したいのではないかとの報道もあったが、その場合原口元気と伊東純也もサイドMF候補となるから、サイドプレイヤは余剰気味。 
 一方で中盤後方のタレントは遠藤航、守田英正、柴崎岳の3人だけ。森保氏はこのポジションの人数が足りなかったことによる失敗を、つい最近の五輪で犯しているのだが。例えばここには川辺駿、橋本拳人、稲垣洋などを最近選考しているし、谷口彰悟をこのポジションで試している。そして何より田中碧もいる。消耗の激しいポジションなのだから、厚めに選んでおいて損はないと思うのだが。まあ、森保氏としては、五輪同様板倉滉を中盤要員と考えているのかもしれないが。
 などとと思っていたら、冨安健洋と守田が来日できず、板倉が負傷離脱とのこと。守備的MFどころかCBまで足りなくなってしまった。3DFのトライどころではなく、CBは吉田麻也と植田直通、守備的MFは遠藤航と柴崎のみ、控えすらいない。急遽昌子源を呼び戻したとのことだが、昌子は今日のルヴァンカップをフル出場している。何とまあ段取りの悪いことだ。せめて1日前に決断していれば状況はましだったのだろうが。少なくともこのオマーン戦については、比較的近隣で今日ルヴァンがなかった神戸から、ベテランの山口蛍や売り出し中の菊池流帆を呼ぶような方策もあったのではないか。
 それにしても、森保氏は、よほど現役時代の自分と同じポジションの遠藤航を消耗させるのが、お好きなようだ。 

 勝ち点勘定からすれば、開幕のホーム戦だからキッチリと勝ち点3を確保したいところ。いや次節の中立地中国戦と合わせて勝ち点6をとっておきたい(3節は灼熱のサウジでのアウェイゲーム、4節は地元とは言え難敵豪州だから)。
 そこに対する最大の不安は、上記散々嫌味を言ったように、CBと守備的MFに控えすらいない惨状が挙げられる。麻也、植田、遠藤航、柴崎の誰かが負傷したり消耗した場合、中山や佐々木が使われる可能性が高いが(今日試合をしている昌子よりは体調がよいだろうから)、ぶっつけ感が満載だなこれは。
 また、豊富な攻撃ラインのタレントを、森保氏が使いこなせるのかも不安。五輪でも特定の選手に拘泥して選手の消耗を招いたことは記憶に新しい。しかも得点について、最も期待できる南野拓実が本調子でないと言う情報もある。
 立ち上がりにうまくチームがはまり、早々に点がとれれば、オマーンを前に引き出すことができるだろう。そうなれば、鎌田大地と大迫勇也を軸にした速攻から好機を大量に作れる流れを作ることもできそうだ。しかし、常識的にはオマーンは後方を固めてくるだろうから、前半は相手を疲れさせるべくボールを回し、後半勝負となる可能性もある。その際に、先日の五輪ニュージーランド戦のように、森保氏が采配機能不全を起こさないでくれればよいのだが。

 などと不安を語るのも、代表戦の楽しみだ。選手の個人能力では圧倒しているのだし、前線の選手の知性や技巧でオマーン守備網を再三切り裂くのを楽しみにキックオフを待つのが、正しい楽しみ方と言うものか。
posted by 武藤文雄 at 01:29| Comment(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月20日

ありがとう島尾摩天

 ベガルタの島尾摩天(シマオ・マテ)の退団が発表された。2019年シーズンに加入したモザンビーク代表の屈強のセンタバック。主将も務めるなどリーダシップやサポータへの発信力も格段だった。まずはエウゼビオを産んだ国から来てくれたこのすばらしい守備者に大いなる感謝の言葉を捧げたい。ありがとうございました。
 ただ、今シーズンは、体調が上がらず出場機会を失っており、復調が待たれるところでの退団発表。帰国の検討、他のJクラブへの移籍希望など報報が錯綜しているが、定位置を失った現状を鑑み、新たな道を求めたと言うことだろう。
 もちろん、私たちベガルタサポータにとって格段の思い出を残してくれた選手だった。特に絶頂だった19年シーズンは、他クラブのサポータにも相当な印象を残したのではないか。そのくらい格段の守備能力を見せてくれたから。

 そう絶頂時の島尾は最高の守備者だった。
 敵フォワードに対し、自分の間合いに入るや否や、体重が乗った激しいスタンディングタックルでボールを奪う(もちろん、ボールにのみ当たるフェアなタックル)。あるいは、フォワードとボールの間に強引に身体を入れボールキープしてしまう。
 鍛え抜かれたフィジカルが島尾の武器だったのは、皆さんご存知の通り。しかし、肉体的に強いセンタバックの多くとは一線を画した強みを誇っていた。普通の強靭なセンタバックは前線に差し込まれたボールのはね返しや敵フォワードを振り向かさないプレイを得意とする。絶頂時の島尾は、もちろんはね返し力も、振り向かさない守備も見事だった。しかし、島尾の武器は、そこにとどまるものではなく、自ゴールに向かってくるフォワードからのボール奪取が格段にうまかった。足がそれほど速いとは言えないだけに、その奪取力の鮮やかさは光った。そして、島尾のその長所は「よし取れる、よしマイボールにできる」との判断、選択、決心の適切さにあった。決断力に富む守備能力とでも言おうか。言い換えると、速くはないが早い守備者だったとでも言おうか。

 日本サッカー界にとっても、島尾のプレイは示唆に富むものだった。島尾のようなボールを奪取し自分のものにする能力に特化したセンタバックは、最近中々出てこないように思うのは私だけか。Jリーグ黎明期には薩川了洋、大森征之のように敵FWを止めるのが滅法うまいセンタバックが結構いたのだが。ただでさえ、最近のサッカー界はセンタバックに期待される能力は複雑化、多岐化しているので、対人守備能力に特化した選手は出てきづらいのかもしれない。
 いずれにせよ、島尾は古典的な対人守備能力に特化したセンタバックだった。もっとも、ベガルタ加入直後は少々怪しかったラインコントロールも最終ラインからのつなぎも、着実に上達してくれたけど。

 今シーズン、島尾の体調は中々上がらなかった。そうなると、格段の決断力も裏目となり、簡単に逆をとられたり、ファウルから決定的な失点にからむことも増えてくる。
 その典型が4月のヴィッセル神戸戦だった。ベガルタが中盤でボールを失うや否や、守備ラインの裏に飛び出す古橋亨梧。島尾は気鋭のこのストライカへ後手を踏み。敢えなく裏をとられ開始早々に失点してしまう。さらにコーナキックから売り出し中の神戸センタバック菊池流帆に完全に振り切られ追加点を許した。島尾本人にとっても屈辱的な失点だったと思う。このあたりから、島尾はスタメン落ち、ベンチに入ることも少なくなっていた。冒頭に述べたように、島尾本人が異なる道を考えることにしたのだろう。

 改めて、ベガルタへの貢献に感謝。ありがとうございました。カニマンボ。
 次の活躍の場所と機会が早々に見つかることを期待したい。そして、あの鮮やかなボール奪取を、私は絶対に忘れない。
posted by 武藤文雄 at 00:35| Comment(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月18日

爆撃機は永遠に ーゲルト・ミュラー逝去ー

 西ドイツの名ストライカ、ゲルト・ミュラーが亡くなったとのこと。享年75歳だったとのこと。ご冥福をお祈りします。

 私がサッカーを楽しみ始めたのは1970年代初頭、映像すら満足に入手できない当時、中学生のバカガキにとって、ミュラーは正にあこがれの存在だった。70年ワールドカップメキシコ大会で得点王となり、74年地元大会で決勝戦の決勝点を含め、とにかく点をとる選手。ペレやクライフやベッケンバウアは、何があっても目指すことができない。でも、ゲルト・ミュラーとベルディ・フォクツは目指せるような気がした。そんな錯覚を抱かせてくれたスーパースターだったのだ。
 あれから半世紀が経った。ミュラーよりサッカーがうまい選手、攻撃を創造するのが巧みな選手はいくらでも見てきた。しかし、ミュラーより得点を決めるのが上手な選手は見たことがない。
 もちろん、センタフォワードと言う特殊なポジションには幾多の名手がいた。釜本邦茂、ルーケ、ロッシ、原博実、ファン・バステン、ロマーリオ、バティステュータ、マルコス、ロナウド、久保竜彦、フォルラン、佐藤寿人、レバンドフスキ、幾多のストライカを楽しんできたが、やはり一番好きなセンタフォワードはミュラーだ。

 ミュラーの点の取り方は、とてもわかりやすい。サイドからのクロスをペナルティエリア内で頭でも足でも最適の方法で合わせる。後方から足元に入るパスをターンして突っつきネットを揺らす、ゴール前にこぼれたボールを身体のどこかに当ててゴールラインを越させる。自らドリブルで持ち込むとか、ロングシュートをねらうとか、スルーパスから抜け出すとか、そのような得点はほとんどない。 
 中でも究極は1974年大会の決勝、オランダ戦の決勝点だろう。右ウィングのグラボウスキーが中盤に下がり、右オープンにスペースを作る。そこに中盤後方からボンホフが入り込み、グラボウスキーからのパスを受け右サイドをえぐる。ミュラーをマークしていたオランダのCBレイスベルゲンがカバーに入るが、サイドバックのクロルがしっかりミュラーをマークしている。ボンホフはミュラーをねらったプルバック。ただし、クロルのマークは厳しい。
 そこでミュラーは自分の後方に向けてトラップ。1mほど後方に流れたボールに対し、ミュラーは一歩下がりながら、信じられない反転力でインステップでミート。クロルはまったくのノーチャンスだった。コロコロとボールはサイドネットに向かうが、オランダGKヨングブルッドはタイミングを外されまったくセービングに入れず、呆然とネットを揺らすボールを見送るばかりだった。
 どんなレベルでも、得点を決めるコツは、シュートの打ち手がボールを強く蹴ることできるポイントに正確にボールを置き、狙い澄ましたシュートを打つこと。自分が一番蹴りやすいポイントにボールを置けるかどうか、マークするDFとの駆け引きを含め、勝負の妙味である。
 しかし、ミュラーの得点は異なる。ボールを正確にサイドネットに向かわせることは強く意識しているが、強く蹴る意識はない。ただただ、ゴールキーパに自分が蹴るタイミングを読ませないことを意識している。
 繰り返そう。ゴールキーパのタイミングを外し、正確にボールを突っつくこと。ミュラーはそれだけを考え、ベッケンバウアーの、オヴェラートの、ネッツアの、ボンホフの、ウリ・へーネスの、グラボウスキーの、ヘルツェンバインの、パスを待っていたのだ。

 久保建英に格好の教材を提供したい。強引に行くばかりではなく、どうやったら点が取れるかが、ここにある。
 正に爆撃機、幾多のコロコロシュートを思い起こしながら、ご冥福をお祈りします。
 そして、サッカーと言う汲めども尽きぬ麻薬に私をいざなってくれてありがとうございました。あなたの幾多の得点、忘れません。
posted by 武藤文雄 at 00:58| Comment(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする