2012年01月27日

そんなに8人制を導入したかったら、審判を増やす努力しろ!

 日本協会が、小学生世代に8人制サッカーの導入を推進している。以前より、私は総論賛成、各論反対と述べて来た。要は「一応賛成している」と言う玉虫色的態度なのですがね。

 賛成、反対いくつも詳細論はあるのだが、究極的には、賛成、反対それぞれの理由はシンプルだ。

 賛成については、正に日本協会の情宣ビラの7ページから9ページに書かれている事が理由となる。実際、うちの子供達が、8人制でガップリ四つの試合をしてくれているのを見た時は、嬉しかった。ゴールキーパを含んだ全員が、ボールに呼応して常に動き、一生懸命ボールにアプローチし、技巧の粋を尽くして敵陣に迫る。人数が少ない分、ボールへの関与、プレイへの関与が一人一人多い。これはよいですよ。

 余談ながら、上記情宣ビラの「グリーンカード」、「リスペクト」、「フェアプレイ」と言うキーワードには、物悲しさを覚える。「グリーンカード」は論外だが、「リスペクト」、「フェアプレイ」は大事な概念だ。それらの大事な概念を、空虚な(現場を何も知らない人の指示で広告代理店が作った)言葉で語られても...そこまでして、皆で出し合ったキャッシュを、誰かさんの勲章獲得に費やさねばならないのだろうか。まあ、いいや。いや、よくないな。

 一方、反対について。とにかく、試合に出られる人数が少ないのは困るのですよ。11人制で何がいいかと言うと、「現状で下手な子供を出しやすい」事。11人制ならば、1人や2人、足を引っ張る子供がいても、時間帯を工夫して起用すれば、極端な破綻は少なかった。しかし、8人制ではそうは行かない。人数が少ない分ごまかしが利かないのだ。
 もちろん、逆に言えば「ごまかしが利かない分」だけ、「現状で下手な子」のプレイ機会が多いのだから、それはそれでよい事と言う解釈も成立する。しかし、事はそう単純ではない。ここで「現状で下手な子」って簡単に言ってしまったけれども、色々なタイプがいるのだ。
 身体を動かす事が大好きで、ちゃんと練習に休まず来て、一生懸命練習に取り組むけれど、足が遅いとか、反応が鈍い子もいる。運動能力は高いが、いわゆる「闘争心」が少ないと言うか、接触プレイが苦手な子もいる。やはり運動能力は悪くないが、人の話を集中して聞き続ける事ができず、さらにプレイそのものにも集中できないので、技術が向上しない子もいる。そして、全然練習には来ないが、試合の日だけは来る子もいる。
 チームメートは正直なのだ。1番目、2番目のタイプの子を起用しても不満は言わない、でも3番目、4番目のタイプの子を起用すると、露骨に嫌な顔をする。11人制では、まだまだ十分にごまかせていたのだが。8人制となると厳しいのだよ(もちろん、それならばそれで、相応に対処して何とかしているけどさ)。
 小学生年代で試合結果がどのようになろうが、つまり勝とうが負けようが、ある意味ではどうでもよい事だ。でも、「勝とうとする事」、「何とか負けないようにする事」、「勝ったら本当に嬉しい事」、「負けたら本当に悔しい事」は、とてもとても大事な事だ。しかし、その「大事な事」に対して、上記3番目、4番目の子供を、しかも8人制大会で起用するのは、真剣に戦っている子供達に、「相矛盾する事を指導者がしているのを見せる」と言う意味で、結構苦しいのだよね(もちろん、それならばそれで、相応に対処して何とかしているけどさ)。
 はっきり言おう。8人制になると、現場は「全員プレイさせるのが難しくなる」のだよ。

 まあ、そう言った反論に対しての日本協会のカウンタアタックが上記情宣ビラの9ページ(ハーフピッチで同時にたくさん試合できる)と、19ページ(1人審判制で、審判確保に苦労いらない)なのだろう。
 前者は、「安全のために『固定ゴール』としている小学校で、公式戦が不可能になった」と言う笑えない笑い話が問題となっている。まあ、よいさ。そのうち、どこかの業者が、安価で安全な簡易ゴールを提案してくれるだろうから。日本協会は、これ以上余計な事をしない方がよい(でも、しそうな気がする、「協会公認簡易型ゴールのご紹介」なんて郵便物が...)。

 問題は審判だよ。上記の19ページ、あるいはこちらを,見て欲しい。どんなに、広告代理店に書かせた空虚な言葉を並べてもダメなのだ。「セルフジャッジ」と言う言葉は、「判断力ある子供の育成」、「フェアプレイの精神」とは全く相容れない言葉なのだから。
 サッカーにおける反則は、意図せずとも起こってしまう。ボールを狙ってタックルしても敵の足を蹴ってしまう事がある。身体を入れてうまくボールを奪ったつもりでも、中途で敵を押してしまいファウルになる事もある。自分としてはうまく敵DFの裏を突いたつもりでも、動き出しが早過ぎてオフサイドにかかってしまう事もある。これらの「反則」は、何があっても自分では判断できない。審判と言う第三者の助言を繰り返し聞きながら、身体で覚えて行かなければいけない事なのだ。
 もちろん、練習試合や紅白戦で、少ない審判の下でプレイするのは、それはそれでアリだろう。しかし、「公式戦」と言う、「勝つ必要はないが、勝ちを目指す事が絶対に必要な試合」では、しっかりと副審を揃えて試合をすべきだろう。いや、実際8人制の1人審判は、本当にきついのですよ。体力もそうだが、視野を相当広くとる必要があり、サッカー経験ないお父さんにお願いするのは相当厳しいと言う現実もある。
 上記した通り、会場やゴールの問題があり、8人制にしても、公式戦数が極端に増える事は、現状ないかもしれない(それはそれで、選手のプレイ機会が減っているわけで残念な事だ)。しかし、それが定着すれば、1クラブから複数チーム出場は増えて行くだろう。その場合、審判の数だけは揃えるべきだと思うのだ。だからこそ、日本協会は、小学生世代の副審をできる人を大量に作る工夫をすべきだと思う。1つの回答は約6年前に書いたこれあたりだと真剣に思っているのだが。
posted by 武藤文雄 at 01:30| Comment(3) | TrackBack(0) | 底辺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月24日

松田直樹さん追悼試合

 少年団の練習もあり、ちょっと疲労気味だったので、生観戦はやめておく事にした。テレビから流れてくる映像を見て、「行けばよかった」いや「行くべきだった」と後悔した。井原正巳が元気なプレイ姿を見せていたからだ。しかも、そこに攻め込んでくるのはカズ。
 フィリップの反対側のベンチに水沼貴史が座っていたが、ちょっと違うよね。ここは、岡田武史か木村和司のいずれかでなければダメだったのだが、それぞれお2人に別々の事情があって...松田とは、ほとんど縁がなかったはずのカズが全軍を仕切るのは、スタアの所以だろうが。
 
 試合に戻ろう。
 中田英寿を起点に、カズが前線でがんばり、藤田俊哉が後方から進出する攻撃。中澤佑二が前に出て押さえて、井原が微妙にラインを上下する。この微妙な上下動、動き出しのタイミングも、修正の細やかさも、往時の井原ではなかった。でも、中澤を動かしてから、自らがそのカバーに入る動きそのものは、80年代後半から2000年代前半まで20年近くに渡って堪能させてもらった動きと、何ら違っていなかった。行くべきだった。
 こうやって40歳を越えた井原のプレイを愉しむ事ができた要因を思い起こすと、やはり胸が痛むのだが。

 そして、テレビ映像を見ているうちに、異なる意味で、むしょうに悔しさを感じて来た。井原と中澤の、センタバックを見ているうちに。
 この2人は、一緒にプレイをした事はないはずだ。そして、この2人をつなぐ存在として、松田直樹がいた事は言うまでもない。いや、それはよい。井原と松田が、松田と中澤が、それぞれ見せてくれた連携を思い起こせばよい事だ。いずれも美しい思い出だ。

 でも悔しかったのだ。

 井原も中澤も、松田と共にワールドカップを戦う事が叶わなかった事に。
 98年、井原と組むべきは、松田だったのだ。2006年、中澤と組むべきは、松田だったのだ。いや、2010年だって、松田と闘莉王の定位置争いを見たかったではないか。あるいはベンチで待機する松田を、延長終盤前線の選手に代えて起用して、長友を前進させるとか(結局、松田と闘莉王が上がって行き、長友が後方待機になりそうだが)。
 ああ、どうして、君はたった1回しかワールドカップに出てくれなかったのか。
posted by 武藤文雄 at 00:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月23日

4級審判員更新周辺2012

 例年の事だが、この季節は審判員資格更新の季節。毎週末、子供達と遊んでもらうために、4級審判の更新は、言わばノルマなので、サボる訳にはいかない。更新のためには、昔は講習会(いわゆる集合教育)受講が義務だったが、最近はe-learningになって、随分と簡単になった。もっとも、面倒ではあったが講習会を受けるのは、それなりに愉しかったのも確か。毎年、オフサイドなどの判定基準の微妙な変更について、「その考え方はサッカー的におかしくありませんか?」などと質問して、講師の真面目そうな1級審判員の方を困らせたっけな。

 ところで、2011/12年より、競技規則第5条に興味深い条文が加わった。曰く
試合中、試合球以外のボール、その他の物、または動物がフィールドに入り、プレーの邪魔になった場合に限り、主審は試合を停止しなければならない。プレーは、試合が停止されたとき、試合球があった位置からドロップボールにより再開されなければならない。ただし、ゴールエリア内でプレーが停止された場合は、主審はプレーを停止したときにボールがあった地点に最も近いゴールラインに平行なゴールエリアのライン上でボールをドロップする。
試合中、試合球以外のボール、その他の物、または動物がフィールドに入ったがプレーの邪魔にならなかった場合、主審はできるだけ早い機会にそれを排除させなければならない。
 この条文の日本協会の解説も引用しておく。
 これまでは、試合球以外のボールがフィールドに入った場合の対応についてのみ第2条(ボール)に規定されていた。また、競技規則の解釈と審判員のためのガイドラインに、外的要因としての部外者がフィールドに入った場合の対応について、説明している。
ボールや人以外の物や動物等の外的要因が入った場合については、実際、試合球以外のボールが入った場合と同じように対応していたが、それについて、主審の任務として第 5 条に規定することとなった。また、第 5 条に規定することで、第2条の当該規定を削除することになった。
 去年の事だったろうか、リバプールだったと記憶しているが、フィールド内に紛れ込んだ風船に当たって方向が変わったシュートがネットを揺らし、その判定をどうすべきかが話題になった。個人的には、「フィールドにある異物はすべて『石』として扱うしかないから、あの得点は認めるしかない」と思っていたのだが、この条文が競技規則に加われば、あのようなケースに対する対応は、非常にはっきりする。もっとも、主審は「その異物は『外部から入ったものか否か』を判定する」と言うややこしい行為をしなければならなくなったのだが。
 今を去る事30数年前の高校時代。何とも牧歌的な時代からかもしれないが、ベンチに入れない選手が球拾い兼GKの応援で、自陣ゴールの後ろに座って試合を観る習慣があった(いや、宮城県ではそうだっただけで、他県では禁じられていたのかもしれませんが)。ある重要な試合で、味方GKがつり出され、無人のゴールにシュートを決められた事があった。試合後、その後ろに座っていた友人が、真剣な顔で「フィールドに入ってあのボールを蹴り出そうと思ったんだ」と語っていた。確かに、この条文がなければ、そのようなケース、乱入した男は「石」に過ぎなかったから...

 もう1つ、このe-learningなのだが、なかなかよい。毎年、内容が改善されて、理解しやすくなっているのにも感心する。
 たとえば、オフサイドなのだが、「プレイへの干渉」だけでなく、「相手競技者への干渉」と、「その位置にいる事で利益を得る」事も、ビデオで説明している事。この事がわかってない人が結構多いんだ。数年前の事だが、四十雀の試合で「明らかにCBに干渉していた敵FW」を「プレイに干渉していない」と称して、「オフサイドではない」と言う主審に遭遇して困惑した事があった。くそ真面目で、ルールブックの表層は読むが、「競技規則の背景と審判のガイドライン」、「日本協会の通達」は読まず、かつルール改定の背景を理解できない困った審判が多いのも、また確か。今回の映像は、そのあたりをうまく補足している。贅沢を言うと、GKが飛び出した後の事例(最終のフィールドプレイヤでなく、2人目のフィールドプレイヤを見る必要がある)や、小学生の下手サッカーで「思わぬ事態」も実例にいれれば、もっと有効とは思ったが。
 以前も述べたが、このe-learning、Jのサポータ向けに公開するとよいと思う。たとえば、副審が旗を上げるのは、上記の「プレイへの干渉」、「相手競技者への干渉」、「その位置にいる事で利益を得る」のいずれかが成立した以降になる。ところが、それを知らないサポータは、オフサイドポジションに敵がいるのに旗を上げない副審にブーイングをする事になる訳だ。わざわざ、お金をかけて作っている審判用のコンテンツを、他に利用すればよいではないか。考えてみれば、サポータだけではないな、一般の選手にも、サッカーライターにも...
posted by 武藤文雄 at 00:35| Comment(1) | TrackBack(0) | 自己啓発 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月22日

エルゴラッソ 四日市中央工業高校 樋口士郎監督インタビュー

 毎年この季節になると、日本テレビの派手な演出に触発される事もあり、いわゆる「U18、高校生年代の強化がどうあるべきか」についての議論が盛り上がる。

 1月20日(つまり、昨日の金曜日)発売のエルゴラッソに掲載されている、(この世代を精力的に取材している事で定評のある)安藤隆人氏による四日市中央工業高の樋口士郎監督のインタビュー。これは、上記の議論への、非常に有効な材料となるものだ。U18強化に興味ある人は一読の価値がある。明日の日曜日までは、コンビニやキオスクでも販売されているだろうから、是非。
 見開き2ページに渡るこのインタビュー。最初1/6で今回の高校選手権を振り返り、真ん中の1/2で樋口氏の四日市中央工業高での監督振りを反芻、最後の1/3で氏の高校選手権への想いをまとめている。高校選手権に半生を賭けてきたこの男の発言は、深くて重い(「狭い」と言うツッコミは禁止します)。

 若い方々には、樋口氏の経歴はなじみが薄いものだろう。樋口氏が高校生だった時分の、高校選手権を振り返りながら、その経歴を紹介してみる。
 ずっと関西で開催されていた高校選手権を、日本テレビ系列が中継にするようになったのが70年代初頭の事。大会を盛り上げたい同局が「政治的手腕」でこの大会を首都圏に移動したのが、76ー77年大会だった。
 最後の関西大会を優勝したのは浦和南高。決勝では、エースの田嶋幸三の見事な2得点で、吉田弘、石神良訓がいた静岡工を下した。
 そして、翌年の最初の首都圏大会。浦和南が連覇。決勝で5対4で、井田勝通氏が率いた静岡学園を破った激闘が行われたのは、若い方々でもご存知かもしれない。1年生の、浦和南の水沼貴史、田中真二、静岡学園の森下申一らの活躍が話題となった。ちなみに、準決勝で浦和南にPK戦で敗れた帝京の主将は、佐々木則夫と言う男だった。
 そして翌年、浦和南の3連覇を阻止したのが、主将の樋口士郎率いる「彗星のように飛び出した」四日市中央工業高だったのだ。国立競技場で行われた準決勝、序盤で1対1となった試合、水沼を軸とした浦和南の猛攻を、長年日立の中核選手として大活躍する吉川亨(この選手は、四日市中央工業高が生んだ史上最高の選手ではなかろうか)、フジタで活躍するGK浜口らが丹念に守る(士郎の2年下の弟、靖洋も相応には活躍していた)。そして、我慢を重ねた四日市は終了間際、大エースの樋口が実に見事なドリブル突破から決勝点を決め、浦和南を突き放したのだ。翌日の決勝戦、準決勝に全てを注ぎ込んだ四日市は、宮内聡、金子久、早稲田一男らが3年生となっていた帝京に0−5で完敗した。しかし、この大会最も鮮烈な印象を残したのが、樋口士郎だったのは間違いない。大会後、あの辛口で定評のある岡野俊一郎氏をして、樋口を「久々に登場した大柄で技巧に富んだストライカ」と,高く評価させたのだから。
 当時、多くの高校の優秀選手が大学に進学する中(そして、多くの逸材が大学でその素質を無駄に費やしていた)、樋口は当時JSL2部の本田技研に加入。以降本田でも順調に活躍し、1部昇格にも貢献し、JSLでも好プレイを見せたが、日本代表にまでは至らなかった。選手生活の晩年、プロフェッショナリズムを指向する、浜松をホームタウンとするPJMフューチャーズ(つまり、ある意味でサガン鳥栖の前身とも言えるクラブだ、もちろん、「ある意味では」だけれども)に移籍するなどした以降、母校四日市中央工業高のコーチングスタッフに加わる。

 中西永輔、小倉隆史、中田一三を擁して全国制覇した3年後、樋口氏は城先生(今年の決勝戦、にこやかに応援している、元気な城先生の姿を見て、嬉しくなったのは私だけではないと思うのだが)から、指揮権を禅譲されたと言う。そのあたりのいきさつが、上記したこのインタビューの真ん中の1/2の導入部分となる。
 そして、何と言っても、その最大の読みどころは、この最後の1/3部分なのだ。一部を抜粋しよう。
ーやはり選手権は特別ですか。
「それはそうです。高円宮杯プレミアリーグにも、プリンスリーグにも、あの雰囲気はないですからね。(後略)」
(中略)
ー選手権自体はもっと大切にしていかなければいけない。
「もちろんです。選手権というものがあるからこそ、選手のメンタルが育つんです。『選手権はW杯と同じだ』と選手には常に言っています。郷土を背負って戦う、試合に出られなかったチームメートの想いを背負って戦う。(中略)日本代表が日の丸を背負って、サポーター、ファン、選ばれなかった選手の想いを背負って、感謝の気持ちを持ってピッチで君が代を聞くのと、国立で校歌を聞くのとは、まったく一緒なんです。選手権というのは、そういうものを教えてくれる場所なんだと思っています。」
ーそれは、ほかのすべての大会にないものですよね。
「絶対にないです。(後略)」

 樋口氏の見解を、必ずしも肯定しない。ただ、たとえば南アフリカの代表チームに、川口、遠藤、松井、大久保、俊輔、本田と、22人中6人、高校選手権準決勝以上進出者(国立出場者、高校時代に全国ネットのテレビにでた男)がいた事も確かだとは思う。

 だからこそ、繰り返すが、若年層強化に興味がある方々には、このインタビューを読んで欲しいと思う。
 また、いずれかの出版社が、樋口氏と比較的近い世代のサッカー人との対談を組んでくれないものかとも思う。たとえば、岡田武史氏、原博実氏、小林伸二氏、戸塚哲也氏、上野山信行氏、山田耕介氏、布啓一郎氏あたり。
 錯綜する課題の結論を、単純に述べる事は難しいのだ。
posted by 武藤文雄 at 00:11| Comment(6) | TrackBack(0) | 若年層 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月20日

君の完全復帰を待つ

 天皇杯決勝、前半終了間際。FC東京の逆襲、左サイドでボールを受けたルーカスが、逆サイドに開いた石川直宏に正確なサイドチェンジを通す。見事にボールを止めた石川は、この選手独特の間合いを取った上で、縦に行くと見せて鋭く中に切り返し、強烈なシュート。しかし、ボールはバーをたたいた。
 いずれのサポータでもない私は、このシュートが外れ、3−1のまま前半が終了したのに安堵した。これが入っていれば、前半終了時点で4−1になってしまう。いくら何でも、そうなったら勝負は決まりだ。それでは、「あまりにつまらない」ではないか。
 でも一方で、石川の鮮やかな突破にも快哉を上げた。さらに「ああ、2年半前だったならば、絶対入っていたのに」と。でも...

 2年半前。石川は冴えわたっていた。
 元々、瞬間的な加速で敵を置き去りにするドリブル、ちょっと一泊おいてから出す出すスルーパスの精度とタイミングは格段のこの選手。ただ、負傷が多い事もあって、なかなかその活躍が安定しないまま20代後半を迎えていた。
 ところが、あの2009年シーズン、石川は化けた。もちろん、ドリブルもパスも見事だったが、色々な形からゴール前に進出してからの、シュートの精度が格段に上がったのだ。そして、石川はおもしろいように、美しい得点を重ねてくれた。今なお、目を閉じるだけで、思い起こされる得点1つ1つの美しかった事!
 石川は、当然のように代表にも再召集され、順調に活躍。南アフリカでの攻撃の中核を担うのではないかとの雰囲気もかもし出していた。
 元々、その瞬間的な加速力から、サイドプレイヤとして評価されていたこのタレント。しかし、一方での持ち味は、その正確なボール扱いにあった。だから、独特のタイミングと精度のスルーパスも冴えていたのだ。そして、この頃の石川は、シュート前のアプローチからシュートそのものにかけて、身体の力をうまく抜くコツをつかんだのだろう。その加速力から来る敵DFの追随を許さないボールへの接近と、正確なボール扱いから来るシュート力が、いかんなく発揮されるようになっていた。

 しかし...
 同年10月17日レイソル戦、見事なすり抜けから鮮やかなシュートを決めた直後の事だった。石川は敵と交錯してしまった。重傷だった。
 それでも、石川はワールドカップ前に帰ってきた。私自身としては、その潜在力を考えると、23人枠に入る事を期待していた。しかし、岡田氏の考えは違っていた。
 あの、パラグアイ戦、最後のカードが石川だったら...延長後半終盤、憲剛のパスから抜け出したのが石川だったら...と、言う全く無意味な「if」を愉しんだのは、私だけではあるまい。

 天皇杯決勝に戻ろう。「ああ、2年半前だったならば...」の後に思ったのだ。「でも、ここまで戻ってきてくれたのだから、トレーニングを積めば、あの2年半に戻ってくれるのではないか」と。
 生石川を堪能したのは、この決勝戦からさかのぼる事、約2ヶ月、ベルマーレ戦だった。この日腕章を巻いてプレした。相変わらず負傷に悩まされ続けていた石川は、この試合で久々にスタメンに復帰したと言う。このベルマーレ戦でも、石川は上々のプレイを見せてくれていたが、いわゆる「切れ」はまだまだだった。しかし、シーズンが深まると共に調子は上がり、テレビ桟敷で愉しんだ準決勝のセレッソ戦の迫力は、なかなかのものがあった。そして、この決勝戦での動きは、あの2年半前に近づきつつあるものだった。
 石川の瞬発力はピークを過ぎたかもしれない。けれども、その技巧と間合いの巧さは衰えるものではない。そして、石川は若い頃から、単純なスピードではなく、加速のタイミングで相手を突破してきた(だから、あの俊足にもかかわらず、長駆してサイドをぶち破るような突破は見せられなかったのだが)。だから、瞬発力が衰えても、タイミングをよりきめ細かに制御できれば、十分に突破力を維持できるはずだ。そして、パスのタイミングと精度は益々研ぎ澄まされて行くはず。だから、あのシュート能力さえ戻ってく来てくれれば。そう、あのバーに当たった一撃を、もう少し修正できれば。

 我々は、世界のどこに出しても誇りに思える最高級のドイスボランチを所有している。そして、その前に幾多のカードを持っている。ペナルティエリア内の僅かなスペースから挙動を開始して、高精度のシュートを決められる男。フィールドの全域を見回して、長短の正確なパスを操れる男。世界のどんな守備者にもフィジカルで負けず、強さと芸術を具備した左足を持つ男。フィールド全域で攻守に献身し、最後の最後に敵ゴールエリアに進出しボールを敵陣にねじ込める男。
 ザッケローニ氏にしても、それらの豊富なカードに、独特の間合いから突破とパスが選択できて、シュートが格段にうまい男、が加わる事を拒絶する事はあるまい。
 2014年、石川はまだ33歳なのだから。
posted by 武藤文雄 at 23:44| Comment(7) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月19日

今野泰幸の移籍

 今野泰幸が、ガンバへ移籍した。現在のJリーグでは最高レベルの守備者の移籍である。トップ選手の海外流出あるいは微妙な帰国などを含め、例年になく激しいトレードが行われている今シーズンオフだが、やはり最大の衝撃的な移籍と言ってもよいだろう。ここ最近の国内の大物移籍としては、闘莉王なり、阿部勇樹なりに匹敵する大型移籍と言ってもよいだろう(この2人を受領したクラブの、直後の好成績は言うまでもない)。
 ガンバと言うチームは、西野氏の長期政権が終わりを告げた訳だが、長年の功労者橋本、山口がチームを去るなど、大きな変革の最中。日本最高の守備者の獲得は、それはそれで利に叶っている。
 年明けに、一部マスコミが本件を報道した以降、正式発表まで随分と時間がかかったが、FC東京も必死に慰留したのだろう。実際、天皇杯に優勝した事で、移籍せずともACL出場が叶う訳で、「移籍を見合わせるのではないか」との噂もあった。おそらく、今野自身は天皇杯優勝前に決断していたのだろうが。
 国内のトップ選手を買い集めるのが上手なガンバが今野を買う、FC東京が今野を慰留する。ある意味では当たり前の事が行われた訳だが、今野自身にとってこの移籍はどのような意味を持つのか。

 現状、今野は日本最高の守備者である。
 もちろん、中澤は相変わらず美しいし、闘莉王も相変わらずおもしろい。しかし、今野は身体の切れでは中澤を凌駕し、安定感については闘莉王と比較する必要すらない(もっとも、闘莉王は少々不安定だろうが、冴えた時の凄みは格段なのだが)。
 だから、FC東京に残ろうが、ガンバに移ろうが、今野が最高のプレイを見せる事は間違いない。

 けれども、「ここでの移籍が適切だったのか」を考える事は、実に愉しい思考実験だと思う。

 FC東京の充実はすばらしい。これまで、多数のトップスタアを抱えながら、力を発揮し切れなかったクラブ。その強豪クラブが、戦闘能力的にはあり得ない2部落ちを経験し、それへの反省を活かしたのか、かつてないすぱらしいサッカーで天皇杯を制覇した。そして、言うまでもなく今野はその中核だった。
 そして、今期FC東京は監督にポポビッチ氏を招聘。比較的短い時間で、美しい攻撃サッカーを作り込んだ実績のある名将が、今野を軸にしたFC東京を率いれば、すばらしい事になったのではないかと思ったりもする(もちろん、それがそう簡単でない事はわかっている。特に天皇杯で素晴らしいプレイを見せてしまった事そのものは、ポポビッチ氏の初期活動を阻害する怖れもある。また、FC東京はこのシーズンオフに、恐るべき貪欲さで選手を獲得しているが、ある程度うまく言っているチームでそれが奏功するかの疑問も多かろう)。
 でもとにかく、「ポポビッチ氏と今野が率いるFC東京が、一気にアジアを制するのではないか」と言う思いは、いつまでもつきまとう。

 一方のガンバ。もちろん、遠藤も明神もいる。その他にも無数のスタアがいる。
 ただ、山口と橋本がチームを去った事が象徴的だが、1つの時代が終わった印象も強い。どうせ今野が移籍するならば(非常に無意味な仮定なのは承知の上ですが)、2、3年前だったのではないかと(笑)。遠藤、明神、二川、橋本、加地、そしてルーカス(あれ?)らが、皆20代後半くらいで充実し切っている時に、最終ラインに今野が加入していれば、これはこれでスゴい事になったのではないかと思うのだ。西野氏の指揮の下で(そして、西野氏嫌いの私は、愉しく憎まれ口をはたく)。

 いや、言いたい事はそんなこんな、つまらん事なのだが。
 ただ、それはそれとして、「日本サッカー史上最高の老獪さ」を持つであろう、遠藤と明神の後方に今野が控えるのを見るのは、最高の娯楽のような気もする。今期のガンバの試合、「この3人の連動を見るだけで、十分幸せになれるのではないか」と期待しているんだ。
posted by 武藤文雄 at 01:39| Comment(2) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月18日

澤穂希世界一

 少々旧聞なるが、澤穂希がFIFAの年間最優秀女子選手に選考された。
 あのワールドカップの活躍を考えれば当然と言えば当然なのだが、とても印象的な表彰式だった。緊張しながらも堂々とした挙措、振り袖を着こなした美しい姿勢、含羞の色を浮かべながらも多くの恩人に感謝の念をまじえたスピーチ。いずれも実に見事、正にスーパースタアの振る舞いだった。

 澤と言う選手は、日頃の発言もプレイも知的そのものだ。
 世界一になる前から、彼女の発言は責任感にあふれると共に、多くの仲間を元気づけるものだった。「苦しい時は私の背中を...」のような発言は、凡人ならば気恥ずかしくて口にできないものだが、彼女の口から出れば、説得性がある。この人は、本当に頭がよいのだ。
 一方でその鮮やかなプレイ。最近でも、元日の日本選手権決勝の前半終盤の先制弾の場面など最高だった。ずっと後方でボールをさばき、中盤を引き締めていた澤が、あの時間帯、ここしかない場面で、時間も空間も完璧な前進で先制点を演出した。何と言う判断力の冴えだろうか。

 ただ、以前から述べているように、日本も澤も世界一にはなったものの、女子サッカーの本質的な課題はまだまだ何も解決していない。なでしこリーグの選手達の収入はよいとはとても言えないし、特に中学生世代の選手達のプレイ環境は非常に貧しいものがある。
 澤をはじめとする現在の女子代表選手に、注目が集まり、彼女達が経済的な恩恵を受ける事は誠に結構な事だ。彼女達は、是非稼げるだけ稼いで欲しい。しかし、せっかくならば、これだけ世間の注目が集まっている事をうまく利用して、少しでも女子サッカーの環境を改善、いや改革していきたいところだ。
 そのために、大変だろうが、やはり澤にはもう一肌、二肌脱いでもらう必要があると思う。これだけのスーパースタアなのだから、サッカー界の外からも、その一挙手一投足に注目が集まる。その澤が、直接的にも間接的にも、環境の改善を進めるべく発言するのは、とても重要だろう。いや、女子サッカーのみならず、サッカー全体、いやスポーツ界全体にとっても、今後の澤はとても大切な存在になるのではないか。

 だからこそ、やはり紅白歌合戦の件は飲み込めずにいる。
 実際問題として、翌日朝10時半キックオフのタイトルマッチを控えた選手たちが、前日19時台の生中継のテレビ番組に出ると言う事そのものが受け入れ難い。
 また、その登場の仕方もあまりに残念だった。自チームのユニフォームを着て登場した澤達を、アナウンサが「なでしこジャパン」と紹介。それら一連が、舞台裏の安っぽさそのものを見せてしまっていた。女子サッカーに多大な投資をしてくれている、レオネッサの親会社さんをあまり悪くは言いたくないのだが。
 
 ただ、このあたりのさじ加減は、実に難しいものなのだ。

 そこでカズ。

 先日の日曜日の夜のスポーツニュースは、カズのFリーグでの活躍?が、あちら、こちらで採り上げられていた。
 私は不勉強だったもので、昼間のBSの生中継を見ながらも、この試合は有料の練習試合だと思い込んでいた。試合途中のアナウンサらの説明で公式戦だと知って呆れた次第。さらには、エスポラーダと横浜FCの経営問題などを勉強するにつけ...いくら何でも、トッププロが競う公式戦に、(類似しているとは言え)異なる競技の選手が登場するのは、いかがなものなのだろうか。
 でも、このような「隙」がカズの魅力にも思える。実際、過去の話だが、拡大トヨタカップのオセアニア代表のゲストプレイヤと言うだけで、十二分に怪しいしな。いやいや、ヴェルディ時代のお父上の...
 実際、カズ格好いいんだよな。試合後にエスポラーダのサポータの方々との握手の映像が流れたけれど、本当に格好いい。幾度もスポーツニュースで流れた、またぎの連続など、それだけ見ていても興奮するし。

 澤穂希が、カズ同様、いつまでもスーパースタアである事を期待するものである。
posted by 武藤文雄 at 02:11| Comment(4) | TrackBack(0) | 女子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月08日

松平康隆氏逝去

 バレーボール界、いや日本スポーツ界の大巨人、松平康隆氏が亡くなったと言う。日本のスポーツ史に残る大巨人だった。

 サッカー界でたとえてみれば、佐々木則夫氏(世界一を獲得したと言う実績と組織作り)と、岡田武史氏(優秀な素材を徹底して鍛え、超一流に育てる)と、カズ(サッカーそのものをマスコミに露出させ、多くの人々の注目を集める、カズの場合は自らが輝き、松平氏は選手達を売り込んだのだが)と、木之本興三氏(サッカーをより多くの人に広げるために、トップリーグをオーガナイズ)と、松木安太郎氏(あの愉しいテレビ解説)を合わせたような実績を挙げた人だ。
 スゴいよね。

 いや違う、松平氏は1人時間差とか移動攻撃のような、独創的、根源的な戦法を編み出している。ここで重要なのは、これら松平氏が編み出した戦法は、他の世界の国に次々に導入され、当たり前の戦法になっている事だ。よく「originality」と言う英語を、我々は「独創的」と訳す。しかし、この英語には、「これをきっかけに色々と広がりを生む」と言う、言わば「根源的」と言う意味がある。言ってみれば、松平氏はまさに「originality」ある戦法を生み出したのだ。
 日本サッカー界にこんな人はいない。悔しいけれど、日本サッカーは、4−2−4も、スイーパシステムも、トータルサッカーも、ゾーンプレスも、あるいはディディのフェイントも、ラボーナも、エラシコも、発明していない。もちろん、サッカー狂からすれば、「サッカーとバレーボールの世界普及の差」と言いたくはなる。しかし、実績は実績。悔しいけれど、歴然とした差があるのだ。もちろん、我々は釜本邦茂や澤穂希を生んでいる。でも、それを言うと、バレー界も大古誠司や田中幹保や白井貴子を生んでいるので...

 ただ、松平氏の責任かどうかは断言できないが、どうにも今日のバレーボール界にはなじめないものがある。テレビにおもねり過ぎているようにしか思えないのだ。
 ジャニーズやEXILEもどうかと思うが、まあしょせん応援団だ。重要な国際大会を常に日本でやり、日本有利な日程でやるのも、まあいいだろう。カネは重要なのだから。
 でも、飲み込めないのは、公式戦のラリーポイント制の導入だ。あれは、バレーボールを決定的につまらないものにした。サッカーはGKへのバックパスを禁止した、柔道は柔道着を青と白にした、ラグビーはトライを4点から5点にした。いずれも、相当な冒険だったが、競技の本質を損ねてはいない。でも、ラリーポイント制はいけない、あれでバレーボールは決定的につまらないものになった。そして、そのルール変更は、テレビ局の都合(放映時間内に中継を終える、CMを挟みやすくする)そのものとしか言い様がない。
 サッカーは決して25分クゥオータ制にはしないだろう、ラグビーはグラウンディングなしでトライとはしないだろう。それが矜持と言うものだ。
 このバレーボールにとっての致命傷に、松平氏がどの程度関与したかは知らない。しかし、氏が推進したテレビ局との融合活動が悪影響を与えたのは間違いないと見ているのだが。
 
 一方で、我々には故長沼健氏と岡野俊一郎氏がいる。
 特に、岡野氏はよく松平氏と比較されて論じられてきた。以前、こんな文章を書いた事がある。いずれも、日本のスポーツ界には珍しい、ほんとうの意味で世界に通用するスポーツ人である。松平氏と、我々の岡野氏の実績比較は、後年の評価を待つしかなかろう。

 おそらくだ。松平氏は、あまりに偉大過ぎたのだ。
 我々が、岡野氏のような理論的巨頭を軸に、集団戦を挑んだ。いや、ひたすら、我々は集団戦を戦っている。この雑文を読んでいるあなたも、もちろん私も、「サッカーの世界一、いつかブラジルやアルゼンチンに追いつく」と言う命題の下、淡々と戦っている。全員が戦力なのだ、そして全員が、現状は、遠藤保仁と長谷部誠を支えている。
 しかし、松平氏は、あまりに偉大過ぎたのだ。すべてを自分でやってしまい、すべてをやれてしまった。我々が、佐々木則夫、岡田武史、カズ、木之本興三、松木安太郎と、歴史に残る巨人を束になってやっている事を、軽々と越えてしまったのだから。

 でも、あのミュンヘン五輪の男子バレーの金メダル。当時、私は小学校6年生だった。あれに、どんなに興奮した事か。世界最強と言う言葉に、いかに甘美感を味わった事か。
 ご冥福をお祈りします。ありがとうございました。
posted by 武藤文雄 at 00:58| Comment(23) | TrackBack(1) | サッカー外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月03日

FC東京の「格」

(TwitterでFC東京2点目時の間違いを指摘されたので、若干修正しました。2012年1月3日)

 2011-12年シーズン、天皇杯決勝。4-2でFC東京が京都サンガに快勝した。

 試合はおよそ決勝戦らしからぬ落ち着かぬ展開となった。東京が立ち上がりに、ルーカス、石川直宏の突破から好機を掴んだのに乗じ、一気に攻勢に出る。それに対して、サンガも攻め合いを受ける形となった。そして、いきなりサンガが先制。落ち着かぬ東京の隙を突いたサンガのショートカウンタ、今野が鋭い寄せを見せたが、不運にも今野に当たったボールがフリーの中山の前にこぼれたところで勝負ありだった。この失点直後も、東京は何を焦った無理攻めを継続、サンガの逆襲を食らうなど、非常に不安定だった。
 その不安定の危機を救ったのは、石川直宏と今野だった。強引な攻め込みからつかんだCK、石川がショートコーナからファーサイドにゴールに向かって巻くボールを上げると、今野がやや後方に下がりながら見事に叩き込んだ。

 同点になっても、試合は落ち着かぬ雰囲気が続く。そして、サンガペナルティエリア外で東京が獲得したFK。石川がボールが僅かにボールを流し、森重は逆サイドにクロスを上げる体勢から(しっかりと腰が入っていた)アウトフロント(インステップの外側と言うべきか)で強いボールでシュートを狙う。森重の体勢からクロスと読んだGK水谷は逆モーションとなり、反応が遅れ、ボールは見事にネットを揺らした。水谷の強気の性格が災いした場面、森重の判断力の勝利とも言えるだろう。
 この逆転弾の少し前の時間帯から、サンガは独特の短いパスでペースを掴みつつあった。一方の東京は相変わらずバタバタした試合を続けていたので、サンガの選手たちは「行けるぞ」的な感覚を持ち始めていたのではなかろうか。そういう意味では、この森重の才気による得点は、サンガの選手たちに相当ショックを与えたのかもしれない。すぐに入った東京の3点目は、信じられない程無様なものだった。サンガのゴールキックを、東京の高橋がヘディングではね返すと、そのままルーカスがGKと1対1となり決めてしまったのだ。この試合はとてもよい試合だったのだが、この失点だけは残念だった。東京の勢いは続き、悄然としながら短いパスをつなぐサンガのボールを拾い、左サイドでボールを受けたルーカスが、右サイドフリーの石川に展開、切り込んだ石川のシュートがバーを叩く逸機があり前半終了。
 
 後半、2点差にした東京はすっかり落ち着いた試合展開に転じる。ルーカスをトップに残し、逆襲を狙う布陣とする。一方のサンガも落ち着きを取り戻し、短いパスで丹念な攻撃を狙う。この状況下で、東京はサンガに圧倒的な「格」の差を見せる事になる。
 まずサンガのCBがルーカスを全く止められないのだ。後方からのフィードを受けるルーカスに対し、簡単にキープを許すのみならず、タイミングによっては裏もとられてしまう。基本的には安藤がマークしていたのだが、まともに止める事ができた場面は記憶にないくらいだ。このクラスの試合で、ここまでストッパがストライカを止められないのは珍しい。サンガとしては出場停止の秋本不在が非常に痛かった事になる。ルーカスが自在に前線でキープなり、突破できるから、後方から飛び出してくる石川、羽生らが変化を付ける事で、東京は再三逆襲速攻から決定機を掴める。
 サンガは、丁寧な攻め込みを続ける。東京が引いているだけに、遅攻に活路を見出すしかないが、そうなると攻撃の最後で、誰かが無理をする必要が出てくる。そして、サンガは突破が最も期待できる宮吉に、前に向いた状態でボールを持たせるところまでは成功した。しかし、この若く意欲的なストライカだが、今野を全く突破できなかった。子供扱い、手玉にとる、と言った表現をとりたくなるくらい、今野は宮吉を圧倒した。

 結果的には、後半1点ずつを取り合い、試合は4-2で終了。
 せわしない攻め合いが続いた前半半ばまでは、十二分にサンガにも勝機はあった。しかし、森重の一撃以降は、今野、ルーカス、石川と言ったFC東京の経験豊富な選手が、サンガに対し「格」の違いを見せつける試合となった。
 FC東京と言うクラブは、今野を筆頭に多数のスタア選手を抱えながら、何かしらそれらのスタア選手が力を発揮しきれない傾向(と言うか伝統と言うか)があった。そもそも、この戦闘能力で2部落ちした事そのものが異常事態だったのだ。けれども、このような「格」を見せてタイトルを獲得した「クラブとしての経験」は、このクラブにとってもとても重要な事に思える。あるいは、この試合(もっと言うと、森重が才気を見せた瞬間)は将来FC東京が「化けた」試合(瞬間)として記憶される事になるのではないか。
posted by 武藤文雄 at 12:30| Comment(3) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月01日

元日に澤と大野を堪能する

 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。本年の講釈は、全日本女子選手権決勝からスタートします。

 レオネッサは4DFの前に澤がアンカー。その前に池笑然と南山が位置取り、最前線は川澄と高瀬が左右に開き、引き気味のCFに大野。ただし、大野は中盤深く引く時もあり、その時は池笑然が前線に上がってくる。
 アルビレックスは、フラットな4DFと4MFでゾーンの網を張り、上尾野辺と大柄な菅澤の2トップ。しかし、上尾野辺は守備に回ると中盤に引いて他のMFと共に敵を挟み込む役割なので、4−4−1−1と言える並びだ。

 開始早々に、自ペナルティエリア直前に澤がプレゼントパスをするもアルビレックスのシュートが弱く海堀の正面を突くと言うハプニングがあった。けれども、それ以降は予想通り、レオネッサが攻勢をとる。しかし、アルビレックスの8人に上尾野辺が絡む守備網が機能し、川澄や大野が前向きで受けられるようなよいボールが入らない。それでも、レオネッサは、この2人や池笑然の個人技、あるいは攻撃第一波をはね返した直後のアルビレックスの修正遅れから、幾度か好機を掴むが、GK大友のよい判断もあり崩しきれなかった。
 アルビレックスは、主将の左サイドバック山本の前進に、阪口が長いボールを合わせる攻撃を再三見せるが、サイドまでは行けても、ゴールまでの距離は遠く、好機は作れない。日本の女子サッカーでは、タッチ沿いからクロスを入れるのでは、ボールのスピードが十分ではなく好機になりづらい。ペナルティエリア幅くらいまで、中をえぐらなければならないのだが、そのためには大野や川澄クラスの技巧の冴えが必要になるのだ。
 また、アルビレックスが最前線の菅澤に縦パスを入れても、田中明日菜の厳しいマークにボールがキープできず形にならない。この試合に関しては、MVPは田中だろう。菅澤を完封し、アルビレックスの逆襲をつぶし、3点目も決めた。この堅実な守備振りを伸ばし、代表の定位置争いに割って入って欲しいところだ。

 そして0−0で前半終了と思われた44分、レオネッサのハーフウェイラインやや越えたあたりからのFK、池が蹴ったボールに対し、左サイド深くに向かい澤が見事な動き出しの早さで裏を突く事に成功、GK大友はかろうじてしのぐが、こぼれたところを南山が詰めて先制した。数分前に田中と上尾野辺が交錯し、2人とも頭にバンデージを巻く負傷。田中はすぐにピッチに戻ったが、上尾野辺は担架で運び出される状態で回復が遅れ、このFKの時にピッチに戻ろうとした。ところが、主審と4審の連携が悪く、上尾野辺がピッチ入りするのに時間がかかり、アルビレックス選手たちがやや集中を欠く状態になってしまった。その一瞬の隙を見逃さず、勝負どころを見極めた澤の判断力を褒めたたえるしかあるまい。しかも、この試合澤が最前線に進出したのは、この場面が初めての事だったのだ。

 後半立ち上がり、レオネッサは攻撃を修正する。高瀬のポジションをやや内側に修正して近賀を上がりやすくする。南山を前に押し出し、池を(あるいは大野を)後方に下げる。これにより、攻撃に変化が生まれた。そして、左右への揺さぶりから、高瀬が決めて勝負あり。とてもではないがアルビレックスが2点差をはね返せる雰囲気はなかった。
 アルビレックスは周到な作戦で、よく守っていたのだが、前半終了間際の澤の才気と、後半立ち上がりのレオネッサの変化にまでは対抗できなかった。戦闘能力差と言うものだろう。

 現実的に、重要な試合でレオネッサに他のチームが勝つのは、相当難しいように思う。澤と大野の存在が大きすぎるのだ。
 先制点時の澤のしたたかさは既に述べた。それとは別に、大野の的確な動きはすばらしかった。大野は、両軍の攻守両面をよく見張り、隙があるとそこを埋めに行く。アルビレックスに隙があれば、その隙を突いて点を取りに行くのは当然だが、自軍に隙があると丹念に几帳面にそこを埋めに行く。やや両軍にダレが見られた試合終盤、甘くなったレオネッサのプレスをかいくぐり、再三アルビレックスが逆襲を狙った。その際に忠実に追いかけたのは大野、レオネッサ守備陣が逆襲の第一波をはね返したボールをしっかり拾ったのは大野だったのだ。
 これだけ、敵のほんのちょっとした隙を突く狡猾さと、味方の小さなミスをしっかり埋める知性と献身を持つ選手が複数いると、ただでさえ大きな戦闘能力差が決定的なものになってしまう。
 
 まあ、文句を言う筋合いではないな。新年早々、大野忍の献身を堪能できたのだから。
posted by 武藤文雄 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 女子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする