2009年11月17日

敵地香港戦前夜2009

 明日はアジアカップ予選、敵地香港戦。公式戦としてここで香港とのアウェイゲームを戦う事は決まっていた訳で、いわゆる「南回りルート」の延長線上で、「南アフリカ体験」に成功するマッチメークは中々見事なものだ。10月の国内シリーズについては、日本協会のマッチメークは(スコットランド、トーゴの事前予選敗退と言う不運はあったものの)無様としか言いようのないものだった。けれども、今回のマッチメークは中々見事なものだと言えるだろう。

 もちろん贅沢を言えばキリがない。今回香港と試合をしなくて済んでいたとすれば、南アフリカから北上して、欧州やアフリカの強豪と手合わせできた可能性もある。このタイミングで、香港と戦わなければならない事そのものが不運とも言える。
 そう言うとすぐに「オシム爺さんがアジアのベスト3に入れなかったからだ」と言う人がいるが、本件は3重の意味で「そう簡単ではない議論」だと思う。
 まず、「ベスト3予選免除」そのものが、07年アジアカップ直前の決定事項だった。そのような重要事項は、ずっと前から決めておくべき事だろう。直前の決定事項を、「現場の責任」と落とすのは無責任極まりない。
 第2に「ベスト3予選免除」そのものが何かおかしい。アジアカップと言うタイトルマッチは、予選、本戦とも多岐にわたるアジアの仲間達と覇を競うのが本質。そう言う意味で、優勝国シードでさえ疑問なのに、「ベスト3予選免除」は規定としても納得し難い。
 第3として、滅茶苦茶な本大会日程。元々、ワールドカップと2年ずらしに行うからこその、大陸大会だった(もちろん、南米のように2年おきに削り合いを愉しんでいる地域もありますが)。ただ、五輪なりワールドカップ予選との調整で、1年前倒しにするのは、アジアカップの存在意義を高める1つの策だったとは思う。ところが、それはワールドカップの翌年の夏(以降)開催であっての事。それなのにカタールと言う灼熱の地だから冬開催はいいけれど、2011年の1月にやるのでは話にならない。どうしても1月にやりたいならば、2012年の1月にやればよいのだ。ワールドカップの半年後に、ビッグタイトルもへったくれもないだろうが。これでは、年寄り歯抜けで経験を積むためだけの大会に成り下がりかねないではないか(日本、韓国、豪州それぞれがワールドカップを節目に代表引退するベテラン抜きのチーム、さらに1月ゆえ欧州でプレイするスタアが不在、と言う事で「そうまでして、勝ちたいのか、ビン・ハマン!」と言いたくなるのだが)。

 と、愚痴を言っても始まらない。粛々と日程を受け入れて、積み上げを図って行くべきであろう。
 個人的に期待したいのは、大久保、松井、興梠の3人だ。(香港には少々失礼だが)日本のサッカーがある程度以上機能する事はもうわかっている。(たとえば、相手が強くなったり、厳しい守備をしてくると、とたん今一歩のプレイ振りとなる)本田にしても、相当機能してくれるだろう。ただし、大久保、松井、興梠の3人は、ここのところ代表ではあまり機能していないのだ(興梠はまだ選ばれて日が浅いが)。それぞれが、抜群の潜在能力を持っている事は間違いないこの3人だけに、やや力が落ちる香港相手によいプレイを見せ、代表での地位獲得を改めて目指して欲しいところなのだが。
 あとは内田か。ここのところ、守備力の不備を指摘され、一時の勢いがなくなっている。まあ、中央への絞りの甘さとか、時折下がる動きを明らかにサボるなど、課題も多い事は確かだ。もっとも、過去の代表のサイドバックを思い起こすと、もっと酷い守備振りながら、引退した今日は「稀代の名サイドバック」と言われている人もいるから、内田の守備がどうしてあそこまでバッシングされるかわからいのだが、まあそれはそれとして。で、内田に期待したいのは「圧倒的な攻撃力」。「欠点がどうした、課題がああした」以前に代表選手なのだから、圧倒的な得意プレイを見せてほしいのだ。抜群の判断力と技巧で、香港をチンチンにしてしまうプレイを見せる事が、代表での地位復活に直結する事は間違いないのだ。

 ちょっと残念に思うのは、香港のサポータがそれほど来場しないのではないかと言う報道。善し悪しは別として、敵地でこのような熱く厳しい環境での試合を見たいものなのだが。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(14) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月15日

まずは守備の充実を喜ぶ

 ベスト4でも1次リーグ突破でも何でもよいが、南アフリカでよい成績を収める事、いや「日本サッカーの全てを出し尽くした」と言うサッカーをしてもらうために、まず何より固めるべきは守備の充実。したがって、この南アフリカ戦で何より確認すべきは、オランダ戦、ガーナ戦で顕在化した守備の課題が解決だった。
そしてこの南アフリカ戦、その課題が複数の面で解決されたのが大きな収穫だった。

 1つ目。まず前半、敵にペースを掴まれても危ない場面を作られなかった事。
 スタメンに稲本、遠藤、長谷部の3枚ボランチ。一層の守備強化へのトライは納得できる。試合後に岡田氏も発言していたようだが、俊輔の体調が今ひとつだった事も、このトライの要因になったようだ。前半序盤こそ長谷部の前進と岡崎の受けの巧さでペースを掴んだ、しかし、30分くらいに本田の前線でのプレスと後方のリズムが合わず、南アフリカDFに好フィードを出されて8番のツァバララにミドルシュートを食らった場面(川島が好セーブでCKに逃げる)以降、南アフリカのプレスを全く突破できなくなった。本田と大久保が巧く引き出せないために、この2人と長谷部、遠藤の間が間延びしてしまったためだ。
 アジア予選までの日本の場合、このようにリズムが悪くなるとどうしても最終ラインまで持ち込まれ、中澤なり楢崎に活躍いただく場面が多かった。(少々失礼な言い方だが)この問題は、完全に格下のカタール、バーレーンなどとの対戦でも顕在化していた。しかし、前半の日本は中盤の劣勢にもかかわらず、上記のツァバララのシュートを除くと危ない場面をほとんど作らせなかった。岡崎と大久保の広範な動き、遠藤と稲本の冷静さ、本田も粘り強く守備をしていたし、もちろん長谷部もしつこく守っていた。さすがに最後の5分は、最終ラインで中澤と闘莉王が奮闘していたが、崩されたのを身体を張って防ぐまでには至らなかった。
 前半終盤の約15分間、悪いリズムの試合でここまで組織守備を機能させられたのは大きい。

 2つ目。後半の修正後、一切南アフリカペースの時間を作らなかった事。
 もちろん、前半リズムが悪かったのだから、修正は当然。私は後半立ち上がりから長谷部を後方に下げたように見えたが、報道によると前半終盤からだったようだ。後半俊輔起用後は、遠藤をボランチに下げる本来の布陣に戻す事で、一層リズムはよくなった。
 そして、その修正後は終始日本ペースで試合を進める事ができた。このクラスの相手に、しかも敵地で、45分間一切危ない場面を作らせなかったのはすばらしい。もちろん、パレイラ氏就任直後と言う事だろうか、南アフリカは、徹底して日本のサイド攻撃をつぶす守備を狙う守備を重視した試合を狙っており、攻撃まで手が回らなかったようにも思えた。けれども、だからと言って、あそこまで危ない場面がなかったのだから、素直に喜びたいと思う。

 この2種類、異なった守備が機能した事が、この試合の最大の成果だろう。とにかく「世界を驚かす」ためには、まず守備を固める事なのだ。
 以降、気がついた事を雑記風に。

 いわゆるトレスボランチについて。
 どうせ試すならば、個人的には、遠藤を守備ラインの前に置き、稲本ではなく今野を起用する布陣を期待していた。しかし、欧州でプレイする選手を試しやすい試合だっただけに、稲本のテストも重要だったと言う事だろうか。今回のテストについては色々な見方があるだろうが、私は遠藤を4DFの前に置く布陣が適切だと確認されたと言う事だと思う。遠藤は敵の強力なトップ下の選手を厳しくマークするタイプでは決してないが、何よりも読みがよくチームを落ち着ける事ができる。中盤守備を厳しくするならば、遠藤の前のタレントを工夫する事が、(遠藤の能力をフルに活かすと言う意味では)今の日本には最適なのではないか。

 俊輔について。
 エスパニョールで中々起用されない難しい状態が続いている。けれども、この日は後半起用されるや否や、長いパスで中盤を作り存在感を見せつけた。さらに、サイドで俊輔が敵を引きつける事で、長谷部が前進するスペースもできた。この日はスペインでの試合との間隔が短かったためのベンチスタートだったのだろうが、前半はチームとして守備的に戦い、後半の勝負どころに起用すると言う選択肢もあるかもしれない。

 本田について。
 相変わらず、引き出しの工夫のなさと、身体の向きが悪い。だから最初のタッチが雑になり、思うようにキープができない。ただし、そこからフィジカルの強さで強引に持ち出そうとするのは、それはそれで魅力的。前半15分過ぎか、右から強引に切れ込み倒され「PKか!」と言う場面があったが、最初のボールコントロールをミスしたものの、強引に身体で持ち出してペナルティエリアに切れ込んだもの。以前も述べたが「本田が全て解決してくれる」的な一部世論はこの選手を逆に苦しめかねない。他の選手にない単純な強さとシュート力を持つだけに、来年6月まで我慢して使い続ければよい。

 大久保、松井、興梠について。
 大久保は前半から、よく動いて守備もしていたし、精力的にボールを持ち出そうともしていた。しかし、長谷部や遠藤とリズムが合っていなかった。中でも前半30分過ぎか、長谷部が巧みに持ち出したパスを受け、ペナルティエリア内でスピードに乗った突破を狙うも、ドリブルが大きくなり過ぎた場面は痛かった。動き出しが決まらないと言うか、何かしら体調が悪いようにも見えた。普段のヴィッセルでのシゴトよりもややこしい事が要求されているのはわかるのだが。
 松井は起用されるや、意欲的に前進。この選手しては珍しく(?)強引な前進を狙ったり、敵陣前に再三飛び出したのだが。ただし、持ち味が少々スローテンポなドリブルな事もあり、中盤で高速パスを回そうとすると、どうしてもリズムを崩してしまう。自チームでの持ち味は長いドリブルなのはわかるが、代表では最後の突破にその能力を活かして欲しいところなのだが。
 興梠は独特の持ち出しで、いわゆるショートカウンタを狙っていたのはよかった。ただ、アフリカ選手に対する経験不足か、Jで見せる強引さが見受けられなかった。持ち出して精度の高いシュートを狙える特長をもっと前面に押し出して欲しいのだが。
 このポジション(中盤の一番前で、最前線でプレスをかけながら、岡崎の後方から組み立てと突破が要求される)は憲剛がいる。さらにポジションが異なるが、トップでボールを収める能力の高い前田がいるし、負傷からの回復次第だが、ドリブルで突破し、さらにその後のシュートがある石川直宏と田中達也も控える。この3人はよほど長所を押し出さないと、23人に残れるかどうかも微妙な状態になっているのだが。

 そして岡崎。
 いよいよ能力を発揮し出したのが嬉しい。前半序盤の左サイド突破からのシュート(僅かにポスト外)、後半徳永のアーリークロスからの振り向きざまの一撃(GKがフィスティングでCKに逃げる)は、どちらも上々。また後方からの高いボールに対しても、動き出しと位置取りのよさで、落下地点に入り込む事で、勝てないまでも敵ボールにもしなかったのも大きかった。完全に攻撃の中心、エースとしての立場を確保しつつある。

 攻撃全体としては、サイドバックが敵ゴールラインの進出に消極的だったのが不満。確かに南アフリカの守備陣は、日本のサイドアタックを相当警戒して、ドイスボランチのサイドのカバーは厳重だった。しかし、内田にしても駒野にしても、加速してあと20mくらいのところに走り込む場面は幾度かあったのだから、ゴールラインぎりぎりまで前進しラストパスを狙って欲しかったのだが。特に内田は再三守備の課題が取沙汰されるが、どんどん右サイドを崩しての内田だともっと自覚して欲しいところだ。(相手が弱かったとは言え)10月シリーズで、あれだけ見せてくれたサイドアタックの頻度と思い切りが少なかったのには、やはり不満が残った。
 もっとも、憲剛、長友、森本、前田が不在だったのだ(前田だけは岡田氏が能動的に選考しなかったのだが)。彼らが入れば攻撃の間口は一層広がる。上記した通り、達也と石川の復調も待ち遠しい。こう言ったタレントが入れば、逆にサイドバックへのケアがゆるくなるので、もっとサイドアタックが機能する可能性も高い。

 ともあれ、この本大会地元国との試合をたっぷり堪能する事ができた。繰り返すが、守備が機能した事はとても嬉しい。
 引き続きテレビ桟敷では、ブラジルーイングランド、アルゼンチンースペインを愉しむ事ができた。当たり前と言えば当たり前だが、上を見るとキリがない。来年6月まで、(ここまでの強豪中の強豪とまでは言わないが)難しい相手との強化試合の機会を少しでも増やし、持てる能力を精一杯引き出したチームで本大会に臨みたいものだ。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(10) | TrackBack(1) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月14日

ああミラン・マチャラ

 ワールドカップ予選プレイオフ、アジアオセアニアブロック、第2戦、ニュージーランド1−0バーレーン。第1戦の0−0の引き分けと合わせ、ニュージーランドが本大会出場権獲得。

 戦闘能力比較をすれば、バーレーンが明らかに優勢。第1戦でも幾度も決定機を作りながら決め切れず。この日も前半慎重に戦い過ぎているうちに、終了間際にCKから失点。後半立ち上がりから仕掛けてPKを獲得するも失敗、以降は自信を失ってしまったのか、無謀な縦攻撃に執着し、そのまま押し切られてしまった。バーレーン国民とミラン・マチャラの野望は水泡に帰したのだ。
 それにしても詰めの甘いオッサンだ。日本戦でバーレーンは常に集中した守備を見せ、俊輔や遠藤の悪魔のようなCKに中澤や闘莉王が飛び込んでも、我慢に我慢を重ねて来たではないか。それなのに、どうして前半終了間際の大事なCKでああも簡単に敵をフリーにしてしまったのか。豪州戦でバーレーンは再三見事な技巧と連携で、中盤の厳しいプレスを抜け出し好機を作って来たではないか。それなのに、どうしてああも単調な攻撃に終始したのか。サウジ戦でバーレーンは敵得意のカウンタを許さない丁寧なビルドアップを見せていたのではないか。それなのに、どうして縦ばかり急いでしまったのか。この一番肝心な試合で、今日の敵よりも格段に戦闘能力の高い相手に今まで存分に対抗してきた能力をほとんど発揮せずに敗れてしまった訳だ。まあ、このオッサンらしいと言えばらしいのだが。

 ニュージーランドは82年以来28年振りの出場となる。28年前は、最終予選はクウェート、中国、サウジの4国でのH&A総当たり(1次ラウンドで韓国はクウェートに、日本は中国に、豪州はニュージーランドに、それぞれ敗れた。また、イランはイランイラク戦争で辞退、イラクは戦争しながらも出場しサウジに敗れていた)。クウェートが早々に抜け出し、中国が2位に滑り込むと思われたが、ニュージーランドが最終戦敵地サウジ戦を5−0で完勝し、同勝ち点、同得失点差に追いつき、プレイオフに。プレイオフで中国を振り切り、初出場を決めたもの。後年、スイス、ドイツ、そして来日しジェフでも活躍した当時まだ10代だったストライカのウィントン・ルーファーの活躍が目立った。
 本大会では、ブラジル、ソ連、スコットランドに3連敗。けれども、あの黄金の4人のブラジルに「4点しか取られなかった」(0−4の敗戦)、スーネス、ダルグリッシュなどのイングランドのトップ選手が並ぶスコットランドから「2点取った」(2−5の敗戦)などは、健闘ではないかとの評価もあった。
 しかし、この大会以降はほとんどの大会で豪州の壁を破れず、目立った活躍はできなかった。前回のドイツ大会予選に至っては、ソロモン諸島の後塵を拝し、豪州とのオセアニア最終予選にすら進めなかった。
 久々の出場に祝意と敬意を表するものだが、果たして本大会でどこまでできるか。地元南アフリカと同グループに配されるのは確実だろうが、前回同様の存在と予想されたトリニダードトバゴ(こちらもプレイオフでバーレーンを下して出場だったのだが)は、大ベテランのヨークを軸に鮮やかなサッカーで大健闘を見せたが、ニュージーランドはどうなるだろうか。

 78年大会にイランが出場して以降のワールドカップに、いわゆる西アジアの国は最低1国は必ず出場していた。今回のバーレーンの敗退で、実に36年振りの西アジア国不出場のワールドカップとなる。これはこれでちょっと感慨深い。
 80年代半ば、アジアにおける戦闘能力バランスは西アジアが圧倒的で、東アジア側は唯一韓国が対抗できていたくらいだった。90年代前半、日本がアジアのトップに登場し、ここ約15年間は「西アジア(主にサウジ、イラン、イラク)対日本、韓国」が、アジアサッカーの基本構図だった。豪州のアジア参画でそのバランスが微妙に崩れて来た訳だが、北朝鮮の大健闘、サウジ、イランの失態、ミラン・マチャラ氏の詰めの甘さなどが錯綜し、とうとう西アジア国不在のワールドカップとなった訳だ。
 この結果がアジアサッカー界の潮流だとは言う気はない。この手の結果は運不運が左右するものだからだ。現に2年前のアジアカップでは、言わば中立地と言える東南アジアの大会で、イラクとサウジが準決勝で、それぞれ韓国、日本を下して決勝で覇を競っている。ただ、そうは言っても、オセアニアと合わせ合計5カ国の出場権があるワールドカップに、西アジア国が不在になる事態は、ほんの数年前、いや本予選さなかですら、ほとんど予想できなかった。やはり1つの事件と言えるだろう。
 確かにアジアの予選は、他地域と比較したゆるいとは思う。今日の試合を見ても、この2国いずれかが本大会でどこまでやれるのかは、かなり疑問に思った。けれども、そのゆるい予選を、サウジもイランもイラクも、そしてバーレーンも突破できなかったのだ。予選とはそういうものだ。そのような予選をしっかりと勝ち抜いた事そのものは、やはり素晴らしい事だと改めて思った次第。
posted by 武藤文雄 at 22:38| Comment(4) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月13日

南アフリカ戦前夜

 明日は南アフリカ代表戦。
 来年本番での経験と言う意味でも、難敵との対戦と言う意味でも、重要な試合となる。

 南アフリカ戦と言えば、シドニー五輪を思い出す。あれから9年経ったが、当時の選手としては中澤、稲本、俊輔の3人がメンバ入りしている。そして、敵方には当時からのエースのマッカーシーが代表復帰したらしい。
 あの試合は、もちろん高原の鮮やかな2得点(それぞれ俊輔と中田英寿のアシストが見事だったが)がすばらしかった。ただ初戦の鮮やかな逆転勝ちの歓喜の印象はかなり強いのだが、結構妙な記憶も残っている。特に前半の事だが、マッカーシーの個人能力に中田浩二が大苦戦するのを俊輔が再三再四カバーして破綻を防いだ場面(うん、あの試合の俊輔の守備はすごかったな)。どこまで本当かどうかはわからないが(直前のフランスワールドカップで采配を振るった)フィリップに対して南アフリカの関係者がほとんど近付こうとしなかったと言う報道(もし日本のチームが、かつて自国の代表チームを指揮した監督と、国際試合で対戦する事になったら、さぞ盛り上がる事だろう。フィリップのような成功例、ジーコのような大失敗例いずれのケースでも)。
 ともあれ、かつてベガルタを率いていたジョエル・サンタナ氏が直前に更迭されたのは残念だが、サンタナ氏と折り合いが悪かったと言うマッカーシーが復帰したと言うのは嬉しい。マッカーシーがあの試合以降の順調に成長し欧州各地で活躍している報道を読むのは愉しかったし。

 今回の代表メンバ選考で少々意外だったのは、前田が不選考だった事くらいか。憲剛の離脱に対する補充も前田でなくて興梠だった。年明け序盤の国内国際試合では欧州勢は呼ぶのが難しいだろうから、松井の選考は当然だろうが、今の大久保よりは前田ではないかと思ったのだが。岡田氏は前田はある程度の計算ができるから、大久保の復調と興梠への再チャンスを重視したのだろうか。
 また吉田麻也か槙野を選んでくるのではないかと思ったが今回も不選考。吉田はACLで相応に戦い、一皮むけたのではないかと思ったのだが。また槙野ならば試合は出ないにしても色々使い道はありそうだし。岡田氏はどうやら若いCBなしで本大会に臨もうとしているのだろうか。CBが本職の岩政の他に、今野、阿部、徳永といざとなったら真ん中ができそうな守備者が結構いるから、それでよしとしているのかもしれない。それはそれで理解できるが、南アフリカ後の事を考えて、伸びているタレントをそれなりに使う、使わずとも帯同させる事を考えてもいいよういも思うが、贅沢なのかな。

 期待感を含めて、個人的な注目点を3点。

 今野の使い方。あのナビスコ決勝のプレイなど見ると、スタメンで使わない事そのものがもったいない気がしてくる。もちろん、今野がベンチにいるだけで、采配の間口が広がるのだが。
 遠藤をディフェンススクリーンに置いて、右に長谷部、左に今野を置くトレスボランチなどいかがだろうか。ボランチと言う意識ではなく、従来大久保や松井が務めていた左MFの意識でおよいと思う。粉骨砕身の上下動と、フォアチェックによるボール奪取は一つのオプション足り得ると思うのだが。
 あるいは、闘莉王に代えてCBに起用すれば、中澤の横に俊敏なタレントを起用するカバーと言う面でも面白いように思う、特にブラックアフリカの選手の個人的な脚力を活かした突破への対応と言う意味では1つの手段だと思うのだが。もちろん、闘莉王の目の色が変わると言う効果も期待できる。

 本田圭佑の使い方。何この選手については、何か妙に過大評価と過小評価が錯綜し、的確な評価がなされていないように思う。
 以前から指摘している通り、ボールを受ける際の身体の方向修正が悪いから、高速でパスを回すのが持ち味の代表チームに中々なじめないでいる。また、パスの精度やタイミングはまだまだで、激しいプレスを抜け出してラストパスを通せるかとなるとまだ疑問。さらに、代表ではプレッシャがない試合での活躍は中々だが、タフな試合での活躍は未だ見受けられない。
 一方で、あれだけのフィジカル(それも柔軟性をしっかり残している)を作り上げる自己研磨はすばらしい。また、オランダでの実績も言うまでもない。ボールを受ける動きは問題だが、守備なりプレスはあまりサボらない。左足の一撃の魅力は言うまでもない。
 魅力的な長所は多数あるが、改善すべき短所も多数ある、前途有為な若手選手なのだ。オランダリーグで成長により、日々成長していく期待も大きい。ツボにはまれば抜群の切れ味を持つ左足で、どのような列強からも得点を奪い得る人材。この愉しみなタレントを、いかにチームになじませていくか、岡田氏の采配に期待したい。

 組織的な機能向上がどれだけ見られるか。これは攻守両面にわたっての議論となる。
 まず守備面。オランダ戦にしてもガーナ戦にしても、中盤のプレスがぶれて来た際の守備には課題が大きかった。テンポの上げ下げ、プレスの高さ、運動量の維持、これらをチーム全体としてコントロールする事で、90分間組織守備が機能させられるかどうか。本大会での成功に、堅牢な守備は不可欠。組織守備の完成は来年の6月でよいが、半年前のこのあたりでこの同格の相手との敵地戦で相応の中間報告を見せて欲しいところだ。
 一方の攻撃面では、やはりサイドアタックの精度だろう。先日の国内シリーズで再三成功した低いセンタリング。これらを交えて、どのくらい変化あるサイドアタックができるか。低いクロスを主体にしておいて、切れ込んでからのプルバック、(トーゴ戦終盤に俊輔が本田に通したような)ファーへの狙い済ましたセンタリングなどを、どのくらい組み合わす事ができるか。

 明日の放送は、何と生中継ではなく時差中継との事だが、情報を遮断さえすれば何も問題はないだろう。組織的なよい試合を堪能したいものだ。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月11日

44年目の陥落

 JSL開幕時から常に国内のトップリーグに所属し、1度たりとも下位リーグに陥落した事がなかった名門中の名門、古河−ジェフの2部リーグ陥落が決定した。
 「44年の長き」と言う事ももちろんだが、これで日本国内には「下位リーグ所属経験のないクラブ」がなくなる事になる。他国の事例は知らないが(詳しい人がいたら教えて下さい)、正に歴史的な事態と言えよう。
 ちなみにジェフの次に長期間トップリーグ在籍を継続しているのは、日産−マリノス。日産は82年にJSL1部に昇格して以降の27年間の継続となるから、古河ージェフの記録に追いつくには後17シーズントップリーグの座を守る必要がある。残り17シーズンと言うと、偶然だがJリーグが開幕してから今シーズンまでとなる。これを長いと見るか、短いと見るかは人それぞれだろうが。ちなみに、Jリーグスタート時に加盟が認められたは10クラブ、今回のジェフの陥落でその10クラブで過去17シーズンを通して1部の座を守っているのは半分の5クラブとなった。
 過去も幾度か述べて来たが、私は80年代半ば、結構真剣に古河をサポートしていた時期があった。したがって、ジェフの2部陥落には複雑な想いがある。複雑な想いはあるのだが、寂しさも悲しさもあまり感じていないのも正直なところだ。もちろん、よりによって同じ日に味わう事ができた歓喜があまりに大きいためもあるだろう。ただし、感情と言うものは、足し算引き算で整理できるものでもない。そのあたりの感情にいたる理屈を、自分なりに整理してみた。

 JSLがJリーグに発展的解消した際、27シーズンの間1部リーグを維持する事ができていたのは、その時点で古河ージェフだけだった。では古河がJSLを代表するクラブだったかと言うと、多くの人が首をかしげるのではないか。古河はJSLを2回制覇、アジアチャンピオンズカップも1度制している。しかし、東洋(マツダ)、三菱(レッズ)、ヤンマー(セレッソ)、フジタ(ベルマーレ)、読売(ヴェルディ)、日産(マリノス)のように、ある程度の期間「強豪」として継続する事はなかったのだ。
 むしろ「名門」と言われる所以の1つは、長沼健氏、平木隆三氏、川淵三郎氏ら、選手引退後に日本協会中枢の役職に就く人が多かった事がある。彼らの生計は古河が支払う給料で成立していたのだから、古河の好意により日本協会はその活動を機能させる人材を確保していたとも言えるし、協会の活動がそう言った企業の意向で動きがちだったとも言える。
 ちなみにJリーグ加盟が承認された当初は習志野市をホームタウンにする予定だったが、加盟発表後本拠地を予定していた秋津サッカー場近隣住民の反対で、一時期ホームタウン候補地がなくなってしまった。本来はこの時点でJリーグから追い出されてもおかしくなかった訳だが、そうならなかった理由は言うまでもないだろう(実はこの瞬間が、このクラブの「連続記録」の最大の危機だったのだ)。むろん、この時のホームタウン決定の混乱が、他クラブと比較して地域密着を遅らせ、中々安定した観客獲得に至らなかった要因となった。
 
 人材的に古河は、70年代までは奥寺康彦、永井良和、前田秀樹などの正にその世代のトップ素材を獲得できていた。しかし、80年代に入るとそう言った好素材は読売、日産などのプロ志向のクラブに流れ始める。それでも、1度も2部に落ちなかったのは幸運に助けられた事もあったが、岡田武史、吉田弘、宮内聡らのように、古河加入以降に大きく成長した選手が結構登場した事が大きかった。これら、能力を天分ギリギリまで向上させたタレントの存在が、80年代に2部落ちを味わう三菱、日立(80年代のサッカー界では、この3社を合わせて丸の内御三家と揶揄する表現が多かったのは、ご存知の方も多かろう)との違いとなったように思う。結果的に27年に渡り、圧倒的な強さを示した期間こそ長くないが、常時安定して中位から上位にいるクラブだった。
 しかし、補強がうまく進まない状態は継続。(チーム名がジェフとなった)Jリーグ開幕以降は中下位が定位置になっていた。代表の中核も担える素材と期待された越後和男と阪倉裕二が伸び悩む一方で、江尻篤彦、中西永輔、城彰二らの活躍、自前ユースから山口智、酒井友之、阿部勇樹、佐藤寿人、勇人など人材発掘もあった。しかし、育成した好素材を再三他クラブに奪われる事も多く、Jのトップクラブと比較すると優秀な選手は質量とも十分に揃わない感が強かった。結局、J2ができた以降は毎年のように残留争いに巻き込まれる事になってしまった。
 そのジェフがリーグでも連続して上位に進出するのは、祖母井氏がGMとして手腕を発揮し、ベルデニック氏、ベングロッシュ氏、そしてオシム爺さんが監督をした時。リーグ戦でも終盤まで優勝を争い、05年にはオシム爺さんの指揮の下、ナビスコカップを制覇した。この優勝は上記アジアチャンピオンズカップ以降19年振りの事だったのだ。
 その栄光が、当時日本協会の会長を務めていたOBの川淵氏の「言っちゃった」発言で途切れたのは今さら言うまでもない事だろう。そして、元々若い好タレントが流出する傾向が強かったところに、07年オフには同時に水本裕貴、水野晃樹ら中心選手5名が流出、以降の補強の失敗などもあり、チームは停滞期に舞い戻る。そして、昨年は最終節の大逆転で奇跡的な残留を決めたものの、今期はその座を確保できなかった。

 こうやって古河ージェフの過去を振り返ってみると、降格そのものは仕方がないのかとも思えてくる。元々、親会社から潤沢な資金が供給される訳でもなく、地域密着の遅れから観客動員が大きい訳でもない。さらに自前ユースから好素材を育成しても、比較的簡単に他の金満クラブに移籍されてしまう。祖母井氏が優秀な監督を次々に連れてきた時を除くと、Jリーグ開幕以降は常時下位を争っていたクラブとなっていた。そう言う意味では、JSL時代とは異なりいつかは粘り切れず2部落ちしても仕方がない状態だったのだ。
 ただし、私はジェフの将来に悲観は不要だと思っている。2つの出資企業が安定している事(しかも、2社がほとんど関連のない業種の企業なので、不況時のリスク分散にもなっている)。フクダ電子アリーナと言う評価の高い専用競技場と併せ、千葉市と言う大都市がホームタウンとなった事(市原市との関係はさておき)。元々、若年層を含め育成は相応の結果を残してきたし、最近ではジェフリザーブズのような実績を持っている事(もしかしたら、これこそ古河時代からの伝統なのかもしれない)。オシム爺さん時代の遺産で、サポータが増えた事。言い換えれば、あまり有効な手が打てなかった90年代の失敗、順位低迷に対し、00年代に入っての反転策が定着し始めているのである。これらの条件を鑑みると、的確な監督選考と選手補強があれば、早々のJ1復帰、さらには近い将来のJ1上位を目指すチームへの発展も十分に可能だと思うのだが。

(余談)
 あまり触れたくないが、川淵氏について。
 氏は例の「言っちゃった」発言により、自らを育て社業をせずとも給料を払ってくれた会社が母体のサッカークラブを滅茶苦茶にしてしまった訳だ。ちなみに氏が当時
千葉のチーム関係者やサポーターの皆さんには色々なご心配や、納得の行かないこともあると思いますが、オシム監督を日本代表チームに送り出してよかったと思える日が早くくることは間違いないと思っています。
と語った事を皆で忘れないようにしよう。やはり、このくらい厚顔無恥でなければ勲章をもらえないと言う事なのか。
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2009年11月08日

J1昇格を決めて

 ここ2ヶ月くらい、昇格したその日に書く事をずっと考えてきた(数週間ではなくて6年間だったような気もするが)。もちろん、昇格するには様々なパタンが考えられるから、そのパタンに応じて、勝ち点勘定が苦しくなってからの逆転時の感動版、完全に楽勝で昇格した場合のオチャラケ版、当方が敗れたがライバルも勝ち点を落としての昇格の場合のイヤミ版、読者の意表を突いた完全冷静版など。昇格の瞬間に立ち会い損ねた場合の間抜け反省版ももちろん考えていた。しかし、ここ3週間で「歓喜当日」何を書くかだけは完全に固まっていた。今日はそれについて、淡々と講釈を述べるのみである。

 ただ、願望が実現した今、何とも言えぬ様々な感情が訪れている。
 もちろん嬉しくて嬉しく仕方がないのも確かだ。あっけなく決まってしまって少々気が抜けているのも確かだ。現地に行きそびれた間抜けさを呪っているのも確かだ。現地で戦った友人達に羨望しているのも確かだ。セレッソより3時間早く一番乗りできた事にシメシメと思っているのも確かだ。来週末の少年団の練習でベルマーレサポータの友人達と顔を合わせ、「いやあロスタイムに追いついてよかったねえ」と語るのが愉しみで仕方のないのも確かだ。各方面から寄せていただいている祝辞に感謝の言葉もないのも確かだ。来期J1の列強達がユアテックに来襲するのを想像するだけで嬉しくなってしまうのも確かだ。東北のクラブ同士が国内のトップリーグでダービーマッチを行える事(たぶん、大丈夫だよな、待っててくれよ!)の感動が言葉にならないのも確かだ(私の青春の全ては宮城県のいや東北地方のサッカー界にあったのだ)。実は私が確保している情報は全て夢の中の話で、目が覚めたらまだまだリーグ半ばでライバル達とたごまっているのではないかと幾度も思い返したのも確かだ。試合終了直後、現地にいる友人に電話し、現地の「べがるた!せんだい!」コールを電話から耳にして50前後の大人同士絶句してしまったのは秘密だ。この写真を見る度に目頭が熱くなるのももっと秘密だ。もちろん、私の戦士達のコメントを読むと、もう涙が止まらなくなるのは何があっても秘密だ。
 千葉のコメントを抜粋しよう。
前回の昇格に比べ、今の方がしっかりと気持ちを持っていますね。あの時には一緒になって喜んでいた自分の姿を思い出します。今は、やっとスタートラインにたてるという思いが強いです。本当に皆さんに感謝してします。梁をはじめ、今年の当初には(仙台でサッカーを続けるか)まよっていた選手たちが一緒に残ってくれて、もう一度上を目指してくれたことは、すごく心強かったですし、そこで何か達成できなければ意味がなかったので。形として出るまではしっかりと前を向いて戦っていこうと話はしていましたが、今回こういう形で決まったことは、選手たちにも非常に自信になったと思います。
 そう、以前もしつこく述べたが、この歓喜の分岐点となったのは、千葉直樹のあの鮮やかな得点だった。私はチームがどん底だった時期のあの苦しい試合を、このベガルタのシンボルと言うべきベテランの献身で勝利した時、シーズン末での歓喜を確信した。

 そして、もう1つ語りたい事。
 勝ち点勘定的にベガルタがほぼ抜け出しを確定したのは45節のサガン戦だった。このサガン戦、前節までフル出場していた渡辺広大が警告累積で出場停止(44試合フル出場して4枚の警告、これは十分に合格点だ)、そこで広大の代わりにピッチに立ったのは木谷公亮だった。木谷がベガルタに移籍して来たのは05年シーズン、J2に陥落して2期目の事だった。以降、木谷はベガルタの守備陣の中核として常に君臨してきた。同シーズンに名門市立船橋の主将として、多くの期待を受けて加入した新人渡辺広大は、常に木谷の大きな壁にはね返され中々出場機会を得る事ができなかった。
 広大が完全にポジションを確保できたのは、5期目にあたる今期が初めてだったのだ。ただし、この木谷の分厚い壁を打ち破ったからこそ、広大はベガルタのレギュラを確保すると同時に、J2最高のCBとなる事もできた。木谷の壁はそれだけ厚かったのだ。そして、定位置を確保した広大は、今期ただの1試合もその座を譲る事がなかった、このサガン戦まで。
 その広大に代って登場したのは木谷だった。今期のリーグは初出場。しかし、木谷はまるで昨期と同じように知的に激しくプレイ。今期たった1試合のプレイなのに、堂々たるプレイでチームを引き締め、サガンを振り落とす引き分け獲得に貢献した。広大に定位置を奪われながらも、木谷はしっかりと体調を整え、最も難しい試合に準備していたのだ。広大欠場は、木谷の存在でベガルタにとっては苦境にはならなかった。この木谷のプレイこそ、今期のベガルタの強さの証だったのだ。

 来シーズン、ユアテックには、中澤佑二が、田中マルクス闘莉王が、長友佑都が、遠藤保仁が、中村憲剛が、岡崎慎司が、そして佐藤寿人が来襲する。私は千葉直樹と木谷公亮と共に、彼らを迎え撃ち、打ち破りたい。
posted by 武藤文雄 at 22:28| Comment(20) | TrackBack(1) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

浦項のアジア制覇

 ACL決勝。浦項2ー1アル・イテハド。
 世界で最も嫌いなサッカーの代表チームはどこかと問われると「韓国とサウジ」と答える自分がいる(もちろん中国は論外)。しかし、このアジアのライバルと言える2国だが、「嫌い」の次元が正反対に異なる。
 韓国は02年の狼藉に目をつむれば、それ以外の「嫌い」には尊敬が入っている。実際この隣国の過去の名手達は、皆忌々しい連中だったが、後年管理職になって再会すると何かしらのうれしさを感じるし(だからこそ、02年の狼藉はこの国のサッカー界にとっては、大暗黒と語るべき汚点であろう)。でも嫌いだ。
 一方でサウジに常に感じるのは志の低さ。技術的にも肉体能力的にも優れたタレントを揃えながら、駆け引きばかり考えるスタイル。戦闘能力的に明らかに劣る他国に対しても、守備的に戦うのはイタリアだってウルグアイだって変わりない。けれども、彼らは能動的に敵を引き寄せて逆襲を狙う。その鮮やかさは実に愉しい。対してサウジの逆襲は常に受動的で、爽快感を感じない。アジアのタイトルマッチでも、常にそのような戦い振りで勝ち上がってくる。だから世界大会に進んでもインパクトある戦いができない。

 で、両国トップクラブがよりによって国立で決勝を戦うのだから不愉快な決勝戦だった。そして、上記の偏見通りの試合を味わう事となった。悔しいがおもしろい試合だったしな。

 戦闘能力では明らかにアル・イテハドが優位だった。しかし、先制点を取り切れずにいるうちに、交通事故のようなセットプレイから先に2失点。そのままズルズルと時間を費やし、アブシェルアヌやムールの煌めくような個人技をほとんど見せる事なく、一敗地に伏す事となった。
 1点差とする得点など実に見事だったではないか。短いパスの連続で、アブシェルアヌを左サイドでフリーにする。アブシェルアヌは、逆サイド一番遠いところにいるチェルミティに正にピタリと合わせるピンポイントのクロス。チェルミティのヘディングはGK申和容に見事に防がれたが、こぼれたところをムールが鮮やかに決める。あのような攻撃の頻度を増やす努力をすればよかったのだが。
 しかし、1点差として残り15分以上あるにもかかわらず、またも浦項に合わせてしまったかのようなプレイを継続してしまった。ロスタイムに入っての攻め込みにしても、我々野次馬に訴えてくる必死さが感じられなかった。

 一方で浦項は、序盤無謀とも思える攻撃的姿勢で攻勢を取る。4ー1ー2ー3的なフォーメーションで、ワンボランチの辛炯[王民]が引き気味のトップに位置するムールに着くので、5ー2ー3的な形になり、いわゆるバイタルエリアを空けてしまい再三カウンタから危ない場面を作られる。
 しかし、最終ラインの奮闘でしのいでいるうちに(退場になってもおかしくないプロフェショナルファウルや、PKではないかと言う微妙な交錯を交えながら)、2点を奪ってしまった。その2得点にしても、1点目の盧炳俊の直接FKは壁がよけたかのような間隙を通ったもの、2点目のヘディングはCB金亨鎰が競り勝ったのは確かだが側頭部に当たったボールがGKのタイミングを全く外してネットを揺らしたものだった。
 そして、リードした以降もアラブのトップスター達の個人能力にひるむ事なく戦い続け、とうとう押し切ってしまった。特にすばらしかったのは、右サイドバックの崔孝鎭。アル・イテハド選手に近いところにこぼればルーズボールも、動き出しの早さと判断のよさで再三再四確保に成功。さらにボール獲得後も、時に突破し、時に好クロスを入れ、時にキープし、時に好展開。正にこの日のMVPと言う活躍振りだった。
 「勝つ」と言う目的のために、リスクも冒し、ぎりぎりの反則も見せ、最終ラインで粘り、幸運も引き寄せ、粘り強く勝ってしまう。何とも腹の立つ勝ち方を眼前で見せられたものだ。

 現時的には、増川がインフルエンザで倒れた時に、アル・イテハドはUAE行きのチケットを確保したも同然だったのだ。しかし、この試合は「アル・イテハドがこの国の欠点をさらけ出し、入手同然だったチケットをみすみす失った試合」と言えるのではないか。
 浦項は1次ラウンドでフロンターレが苦戦した相手、今期の韓国のクラブでは最強と言える戦闘能力は持っていたかもしれない。しかし、この決勝戦の試合内容にしても、個々の選手の個人能力にしても、Jのトップレベルのチームなら互角以上に戦える戦闘能力のチームだ。その浦項が、我々の眼前でアジア王者となった事を存分に悔しがるとしようか。

 ともあれ。
 岡山、おめでとう。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(1) | TrackBack(1) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月06日

ベガルタ終盤戦近付く、支離滅裂な私

 ベガルタは8日ホーリーホックと敵地で対戦。
 4試合残して、4位との勝ち点差は6の2位。しかも、3位のヴァンフォーレとベルマーレは直接対決を残していているだけに、慎重この上ない発言を繰り返す私ではあるが(笑)、J1昇格に関しては相当有利になった事は認めざるを得ない。また、セレッソとの直接対決を制すれば、自力優勝の可能性も十分に確保しているのもまた結構な事だ。

 さて、先週はJはお休みで天皇杯。中1週間なのでカップ戦にも全力を注げる事もあり、J1のアルディージャを延長で振り切る事ができた。試合内容も上々だったとの事で、よい状態でホーリーホック戦に臨む事ができそうだ。
 一方のホーリーホック。この試合が新競技場のお披露目と言う事で、この試合に向けてしっかりと調整してきているだろう。さらにホーリーホックは、天皇杯は 初戦で苦杯を喫したために、このベガルタ戦が2週間空いた試合。正にこの試合に合わせやすい日程となっていた。そもそもJ2屈指の2トップ荒田と吉原を前線に置く(これに絡む高崎は負傷で離脱らしいとか、中盤の中軸選手が欠けるのではないかとか、ベガルタにとってはありがたい情報もあるが)このクラブとの敵地戦が、楽なものになる訳がないのも言うまでもない。
 もっとも天皇杯日程との絡みに関しては、逆の見方もできる。過密日程ならば、試合間隔は空いた方が有利だが、2週空きと1週空きならば、むしろ試合勘を考慮すれば当方が有利と考えられなくもないか。

 いや悪く考えれば、いくらでも悪く考えられるな。
 ザスパ戦での平瀬に加え、コンサドーレ戦では朴が負傷退場。終盤苦しい時期に負傷者が続いている。また、ここまで警告、退場が非常に少なく出場停止選手が少なかった訳だが、警告3枚でリーチがかかった選手も多く、これから本当のプレッシャがかかる終盤戦で、警告を食らう選手が続出しベストメンバを組めないリスクも低くない。
 また、昇格が上位4クラブに絞られた以上、ライバルの3クラブは直接対決を除いては全勝すると考えるべき。もしホーリーホックに敗れると、次節はホームとは言えセレッソとの直接対決。精神的には相当苦しくなる怖れもある。
 だいたい、前回の昇格時など3節残して「あとほんの少し」と迫りながら、ヴァンフォーレとサガンに2連敗を喫し、最終節に自力昇格権を無くしながら、奇跡的なロスタイムの昇格劇だった。最後の最後で歯車が狂うと立て直すには本当に苦労するのだ。
 悪く考えれば、いくらでも悪く考えられるものだ。

 ここは冷静にリアリズムを重視すべきだろう。勝ち点勘定からは、今96のベガルタは101取れば確定、100でも得失点差からはほぼ決定となる。
 それを前提に、ホーリーホック戦に臨めばよい。しっかりと後方を固め、堅実に戦う。悪い取られ方からのカウンタをさせず、敵ペースの時は我慢する。このような当たり前の試合を残り4試合演じれば、勝ち点はついてくるはずなのだから。「早く決めたい」と言う気持ちはあるが、それ以上に丁寧に戦い続けると言う姿勢を重視すべきだろう。

 悔しい事に、ホーリーホック戦はよんどころない事情で関東の試合だと言うのに観戦不能。複数の友人達から「一緒に行こう!」と誘ってもらったのだけれども。次々節のセレッソ戦は帰省して観戦する計画なのだが。
 うん、歓喜の瞬間など生観戦できなくても全然構いません。明日決めてくださいよ。ヴァンフォーレさんもベルマーレさんも勝ち点落としてよ。早く楽になりたいからさ。
 と、ホンネをゲロして支離滅裂な講釈を終えたいと思います。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(2) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月05日

スーパースタアの名前に

 「木村和司氏がマリノス監督就任?」との報道が飛び交っている模様だ。今のところ、スポーツ新聞などが報道しているだけなので、あくまでも噂の範疇なのかもしれない。そうなのかもしれないが、何とも気になる報道だ。

 若い方々も、この現在は偏屈で感性を重んじる解説者が、「メキシコの青い空」でも有名なあの「ボールが曲がる、ボールが落ちる」の直接FKに代表される80年代のスーパースタアである事はご存知だと思う。
 もう少し補足させていただくと、木村は釜本邦茂以降久々に登場した正真正銘アジアのトッププレイヤと言って過言ではないスタア選手だったのだ。しかも、その武器がスキルフルな変化あるドリブル、判断よく精度の高いパス、そしてシュートの巧さ、と言うわかりやすいスタアだった。もちろん直接FKもすばらしかったし、代表チームで逆サイドから走り込む原博実の最高打点にピタリと合わせるクロスも完璧だった。しかし私にとって一番印象的なのはスルーパスの美しさだった。1歳年上の高校時代からの僚友金田喜稔、2歳年下の天才肌の水沼貴史らに再三通した完璧なラストパスの見事だった事。
 80年代に入り、日本からもそれなりに優秀な選手が出始めてはいた。しかし、決定的なスタア選手は中々登場しなかった。好技の右ウィングだった木村は得点能力も高く、正確なクロスも中々で、明治大学在学時代から代表のレギュラ選手だった。そして日産に加入して3期目の83年シーズン、当時の加茂監督がMFにコンバートする事で、一気にその才能が開花。木村和司の確立により、我々は「アジアで勝つ」と言う目標を現実的なものとする事ができたのだ(もっとも「安定して勝てる」ようになるまでには、まだまだ長い時間がかかったのだが)。
 だからこそ、日本サッカー史においても、とてもとても重要な選手なのだ。

 残念ながらJリーグ開幕時には少々お年を召していたので、派手な活躍はできなかった。それでも初年度に、木村がラモン・ディアスと共に見せてくれたあの美しいパス交換は、今なお忘れる事ができない名場面だ。

 本当に監督に就任するのかどうかはさておき、あるいは就任したらどうなるとかの野暮もさておき、この人の名前を聞くだけで、私などはワクワクしてくる。スタアと言う存在は、その存在だけで人をときめかせてくれるものなのだ。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(8) | TrackBack(1) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月04日

播戸がガンバを去る

 播戸竜二が、自らのブログでガンバを去る決断を明らかにした。   
 まぎれもない国内最高クラスの実績を持つストライカが、強豪クラブに所属するがゆえに、ほとんど出場機会がないのだから、この決断は当然の事だろう。しかもチーム事情もあったのだろうが、レアンドロがチームを去るや否や、ペドロ・ジュニオールを獲得する事そのものも、この異能の点取り屋のプライドを相当傷付けた事もあったのかもしれない。西野氏に「お前よりはあいつが上だ」と判断される事は耐えられようが、このフロントの判断はベテランストライカには酷なものだったろう。
 
 リーグ優勝を争い、天皇杯もこれから佳境になる中での発表。けれども、播戸にとっては「これ以上発表を遅くできない」事情があった。各クラブの編成が基本的に完了してしまう前に「俺はフリーだ」と宣言をする必要があるからだ。
 これだけ実績があり、得点と言う最も厄介な仕事を相応にこなす事ができて、しかもチームのリーダシップを取れる人材。引く手あまたに思える。唐突な例えだが、昨日国立ですばらしい戦いを演じた両軍いずれかのベンチに、もしもこの男がいたならばと想像してみればよい。播戸を所有する監督が取り得るオプションと、所有しない監督が考慮しなければならない想定は、それぞれ飛躍的に多かったはずだ。この選手の才能と積み上げて来た努力は、まだまだ日本サッカー界にとっては大切なものだ。
 しかし、「俺はフリーだ」が広がらなければ、各クラブは編成構想に播戸を入れる事はできない。昨年、この選手の時にも講釈を垂れたが、クラブと選手の出会いは、ほんの僅かなタイミングで決まってくるもの。この発表により、多くのクラブが「播戸はいくらだ、複数年契約は必要か」と動き始める事だろう(現実的には水面下で、既に様々な動きはあったはず、うがった見方をすれば播戸が「自らのつり上げ」を狙ったのかもしれないが)。ついでに言うと、それによって、編成構想からはずれる選手が出るのだが、まあそれはそれとして。

 元々今期オフから、移籍ルールが変わる事もあり、今回の播戸のような「俺はフリーだ」宣言は、公になるもの、水面下のもの、含めこれから錯綜するのかもしれない。よい選手が、よい職場を見つけ、よいプレイを見せ続けてくれる事は、我々にとっとも非常に重要な事だ。
 播戸が的確な新しい職場を見つけ、来期以降我々を愉しませてくれる事を期待してやまない。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする