2016年08月19日

ベガルタ史に残る試合

 8月13日ユアテックスタジアム。ベガルタはレイソルに4対2で快勝。勝ったことも何よりだったが、若手の活躍と言う意味で、ベガルタの歴史に残るような一戦となった。
 実は、自分自身、久々のユアテック詣で。本当に嬉しい夜だった。

 前節に、平岡、石川、梁が負傷。元々、金園、野沢、金久保、蜂須賀も負傷離脱。その結果、ユース出身1年目の小島雅也が左サイドバックで初スタメンとなるなど、相当厳しいメンバ編成となった。もっとも、小島はユース代表の常連、五輪代表のスパーリングパートナとしてリオに帯同したタレント。試合に出るのが当たり前になってくれなければ困るのだが。
 ともあれ、小島の抜擢はチームのバランスを崩していた。(梁の代わりで起用された)左サイドハーフの藤村が、後方の小島を気にし過ぎた感もあり、仕掛けようとせず、球離れを早くするばかりで、攻撃が右サイドに偏る。
 「いかんな」と思っていたら、どうしてどうして。藤村のCKを、ハモン・ロペスが高い打点のヘッドを決めて先制。さらに敵DFのミスパスを藤村が拾い、ウイルソンにラストパス。ウイルソンが、いかにも彼らしい両足使いの特長を存分に発揮する技巧から決め追加点。いきなり藤村の2アシストで、2点差としてしまった。藤村は盛岡商時代から、正確な技術と落ち着いた展開力が評価され、リオ五輪候補にも選ばれたことのある5年目のタレント。昨シーズンから、少しずつ試合出場機会を増やし、今シーズンのベガルタには、不可欠の選手となっている。本来のポジションはボランチだが、FWもサイドバックも攻撃的MFもこなす。その藤村の大活躍でいきなりの2対0。これはこれで、ベガサポとしては涙が出そうな展開である。
 ところが、ベガルタのバランスの悪さはそのまま。2点差になって、引き気味になったところで、藤村と小島の連係ミスを突かれ、PKをとられて2対1とされる。さらに後半。レイソルは、この連係の悪い左サイドを執拗に突いてくる。そして、レイソルの俊足右ウィングの伊東に、小島が突破を許し、同点とされる。
 ここで、ベガルタ渡邉監督は決断する。小島に代えて茂木を起用したのだ。茂木はベガルタユース出身の2年目。ふてぶてしいほどの、ボールキープから色々な仕事ができるタレントで、昨シーズンは新人ながら開幕からスタメンに抜擢された。しかし、敵のマークが厳しくなるにつれ、起用の機会が減り、シーズン途中から、J2のツェーゲンにレンタルされた。ツェーゲンでも、ボールの引き出しに課題があり、中々起用されなかったと聞く。今シーズンオフ、突然アイスランドリーグに挑戦するとの報道があった。欧州とは言え、必ずしもレベルが高いとは思えない欧州極北国のチームに厳寒期にjトライアルと聞き、茂木本人なのか代理人なのかはさておき、相当アレな活動と心配したものだった。そんなこんながあり、今シーズンは序盤からベンチ入りするも少なく心配していた。ただ、前節のアントラーズ戦の終盤に、負傷した梁に代わって起用され、よいプレイを見せてくれていた。
 この交代により、茂木は右サイドMFに。奥埜が左サイドMFに回り、藤村が左サイドバックに。これがうまくいった。茂木は、昨シーズンでは見られなかった質の高い動き出しを再三見せ、ボールをよく引き出し、右からの崩しを演出する。一方、狙われていた左サイドは、奥埜の豊富な運動量と、藤村の落ち着いた位置取りで、攻守ともに大幅に改善された。結果として、ウイルソン、ハモンの2トップを、両翼から奥埜と茂木がサポートする形となり、試合は一気にベガルタペースになった。 
 そして、圧倒的に攻勢をとり、CK崩れからPKを奪い、勝ち越し。反転して攻め込んでくるレイソルの攻撃に耐えながら、速攻から自殺点を誘発し、2点差に、そのまま押し切っての快勝となった

 小島にとっては、ほろ苦い一夜となった。いきなり2失点に絡んでしまったのだ。でも、これも経験だ。とにかく、勝ったのだ。
 もっとも小島自身は、切り替えや押し上げも的確だし、視野も広く絞り開きの位置取りの修正も上々、攻め上がって思い切りよくシュートを放ったし、一度左サイド奥深くに進出し上々の低いクロスも上げた。ただ、DFとして一番肝心な守備で、対面の伊東を止め切れなかったのだ。確かに不合格だった。
 まず目先で改善すべきは、仕掛けてくる相手に対し、もっと勇気を持ち厳しく当たることだろうか。いや違う。そんなこと以上に重要なのは、チームメートからの信頼獲得だ。少なくとも、この日は、藤村、三田、富田、渡部、大岩と周囲を固める選手が、みな小島をカバーしようとしていた。いや、選手達だけではない、サポータも小島が何でもないクリアをする度に「マサヤ!マサヤ!」コールで称える。リーグ戦に起用され、当たり前のプレイをしているだけで、周囲に評価されているうちは、まだまだだ。小島よ、内田篤人はアントラーズ加入直後からスタメンを務めたのだよ。

 ともあれ。この試合はベガルタの歴史に残る試合となった。
 ベガルタは2010年にJ1に復帰したが、それ以降、ほとんど生え抜き(新卒)の選手の育成に成功していなかった。梁、菅井、富田ら生え抜きの選手はみな00年代半ばに加入した選手。そのほかは、上手に獲得した移籍選手をステップアップさせてチーム強化を行ってきた。加入した移籍選手の多くが、ベガルタ加入以降、前所属クラブよりも格段な活躍を見せてくれたことは、サポータとして誇り高いのだが。
 ようやく昨シーズン、ベガルタユース出身の奥埜が、仙台大を経て12年に加入し、Vファーレンへのレンタル経験を加え、中心選手に成長してくれたのが、久々の成功例だった。そのように生え抜きのタレントの育成に苦労してきたベガルタなのだが、このレイソル戦は藤村、茂木、小島が、それぞれ活躍したのだ。
 今シーズン、ベガルタは苦労しながらも、攻撃的なサッカーを指向し、何とか中位から上位をうかがう位置につけている。そこに次々と、前途有為な野心的な若者が多数登場し、結果を出す試合を見せてくれた。しかも、私自身がその試合に参戦できた。忘れ難い一夜だった。
posted by 武藤文雄 at 00:06| Comment(1) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月24日

FC東京は何のために城福氏を起用したのか

 J2ジェフ対エスパルスをノンビリ映像観戦する日曜の夕刻。ふと、気が付いた。両軍の監督は、関塚隆と小林伸二、何と2人とも私の同級生ではないか。考えてみれば、歴史、予算規模、ホームタウン、スタジアム、いずれも相当なレベルにあるが、過去のほんのちょっとした不運から、J2での戦いを余儀なくされている両クラブ。早期のでのJ1復帰を目指し、国内で実績屈指の名監督を招聘しているわけだ。
 試合そのものも、スリリングな点の取り合いでおもしろかった。両軍関係者の悲喜こもごもを想像すると、何とも言えないが。

 さて、その試合中に飛び込んできた情報。FC東京が、城福監督を解任したと言う。おお、この人も、同級生ではないか。いや、同級生かどうかは、何ら本質的な問題ではないのですが。

 FC東京は現在勝ち点26の13位、確かに代表選手やそれに準ずるスタアを多く抱え、昨シーズンは4位に食い込んだクラブとしては、非常に不満がある成績だろう。特にACLの影響がなくなりリーグ戦に専念できるようになった6月以降に、中々勝ち点が上がらないのも印象が悪かった。
 もっとも、ACLでは1次ラウンドを突破、1/16ファイナルで敗退したわけだが、「最後のアディショナルタイムを守り切れなかった」のは、采配云々よりは不運と語られる語られるべきだろう。現実的に、ガンバとサンフレッチェが1次ラウンドで敗退したことを考えると、そう悪い成績ではなかった。

 しかしながら、今回の解任劇については、ここ最近のFC東京の不振だけで議論できないのは言うまでもない。城福氏がFC東京から解任されるのは、2回目なのだから。しかも、前回の解任劇では城福氏の采配の下、FC東京は低迷し、氏を解任した後も成績は上がらずJ2陥落してしまっていた。
 さらにFC東京は昨シーズン上々の成績を収めたフィッカデンティ氏を解任し、敢えて過去J2ア降格を誘引した城福氏を呼び戻している。フィッカデンティ氏を解任した背景は、野次馬にはわかりづあらいが、どうもFC東京のフロントはフィッカデンティ氏の守備的なサッカーがお気に召さなかったらしい。
 ところが、城福氏が以前FC東京の監督を務めていた折は、守備的なやり方をしてナビスコカップを制するなど上々の成績を収めたが、「ムービングフットボール」と言うモットーで志した攻撃的サッカーを、あまり見せることはできなかった。また、FC東京解任後に務めたヴァンフォーレでは、必ずしも恵まれない戦闘能力ながら、リアリズムに富んだ采配でJ1昇格、残留を演じている。つまり、城福氏は、必ずしも攻撃的なサッカーで成果をあげた監督ではないのだ。
 そうこう考えると、野次馬にとって、FC東京のフロントが、何を考え、何を目指し、何を期待して、城福氏を再招聘したのかが、さっぱりわからなかった。それでも、我々が知り得ない何かを望み、氏を呼んだのだろうかと推測していたのだが、シーズン半ばでのこの解任。いよいよ、理解できない。ここでクビにするならば、最初から呼ばなければいいんじゃないの?
 繰り返そう。いったい、FC東京のフロントは、何を求めて、城福氏を再度呼んだのだろうか。

 帝都東京をホームタウンにし、多くのスタアを抱え、カップ戦を複数回制覇し、幾度かACLにも参戦したFC東京。このクラブが、真の強豪を目指し、もがいている。そして、このもがきものが、Jリーグの、あるいは日本サッカーの歴史なのだろう。
 ついでに言うと、城福氏をすぐ招聘しそうなクラブが、中部地方に(以下自粛)。
posted by 武藤文雄 at 23:56| Comment(1) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月18日

扇原貴宏と山村和也

 セレッソの扇原貴宏が、グランパスに移籍したと言う。色々なことを考えさせてくれる移籍劇だ。

 扇原は、ロンドン五輪代表選手。正確なパスを武器にチームの中核として活躍した。しかも、184cmの大柄な体躯、左利きと言う特長も備えている。ロンドン大会準決勝のメキシコ戦で決定的な失点につながるミスをしたものの、そのような失敗経験をプラスに活かし、大成するのではないかとの期待も大きい選手だった。
 その後、2013年の東アジア選手権ではA代表にも選考されたこともあったが(海外クラブ所属選手不在のタイミングだったが)、自クラブのJ2陥落を止めることはできず、もう一つ明確な活躍が見受けられずに、今日に至っている。上記のメキシコ戦のように、時々いわゆる「抜けた」プレイをする悪癖が、なかなか改善されないのが課題に思える。たとえば、昨シーズン肝心かなめのJ1昇格決定戦のアビスパ戦では、ベテランの橋本にスタメンを譲ったのも残念だった。さらには、この大一番の終盤、セレッソがリードした時間帯に、扇原は橋本と交替して起用された。ところが、セレッソはその時間帯にアビスパに同点とされ、J1昇格を逸することになる。その失点の要因の1つが、中盤を老獪に引き締めていた橋本の不在だった印象もあり、いっそう扇原の伸び悩みを印象づけるものとなった。
 今シーズンは、セレッソでもロンドン五輪代表でも、ボランチでコンビを組んでいた山口蛍が、欧州に移籍。扇原にとっても、チームの中核としての自立が期待されたシーズンにもかかわらず、定位置を失ってしまった。
 扇原にとって、新たな場を求めて移籍は、有効な選択と言えよう。グランパスは勝ち点勘定、チーム作りいずれの面でも、苦しい状況にあるようだ。不運にも、加入早々に負傷離脱となってしまったようだが、新加入の扇原にかかる期待は大きいはず。ここで活躍することで、まだ24歳のこのタレントが、再度A代表を目指す道が開かれるかもしれない。活躍を期待したい。

 その扇原がポジションを奪ったのが、山村和也。これまた186pと言う身長に加え、技巧も運動量も優れたタレント。しかも、扇原と同じロンドン五輪代表選手だ。その山村は、前所属のアントラーズでは定位置を獲得できず、セレッソに移籍してきた。
 山村は、ロンドン五輪代表チームがスタートした際は、主将を務め、中核として期待されていた。けれども、傍から見ていて、「気持ちが前面に出てこない」 タイプと言うこともあり、活躍の印象は薄い。結果的に、予選半ばから、扇原に定位置を奪われた形となった。ロンドン本大会でもメンバには入ったものの、中盤の控え選手として、やはり「気持ちが出てこない」プレイに終始。結果的に、同じポジションの山口蛍と扇原を休ませづらい状況となり、大会終盤に勝ち切れなかった要因の1つとなった。正直なところ、「ほかの選手を連れていくべきだったのではないか」と言う印象だった。
 その後、アントラーズでも、思うような活躍ができずにいた山村。昨シーズンオフにセレッソに移籍、シーズン序盤から、扇原からポジションを奪い、そこそこの活躍をしていた。「この好素材が、ようやく本物になってきたか」と雰囲気が出てきている。もっとも、山村は山村で、山口蛍がセレッソに復帰するや否や、 定位置を奪われてしまったのだが。

 選手の成長と言うのは難しいものだと思う。
 そもそも五輪代表の最終メンバに入ることのできる選手は、正にエリート中のエリート。しかも、五輪本大会と言う修羅場を経験することで、一層の成長(すなわちA代表)が期待される存在だ。
 けれども、そのように順調に成長する選手もいるが、伸び悩む選手も少なくない。アトランタ五輪後の前園真聖と中田英寿の明暗がその典型。そこまで極端ではないが、ロンドン五倫のボランチも、山口蛍は代表に定着し(ここに来て、やや壁に当たった感もあるが)、一方で扇原と山村はもがいている。
 選手の成長は、その環境(所属チーム)に左右されるとよく言われる。出場機会がどの くらい得られるか、戦術的にその選手の特長が活かせるか、などが重要だからだ。けれども、扇原と山村については、従来の所属チームが、その成長に不適切な環境だったとは考えづらい。扇原はセレッソユース育ちでそのままセレッソでプレイしていた、チームとの相性が悪いなどの、外部環境問題は少なかったはずだ(もちろん、フォルラン騒動など、チームそのものの不安定感はあったのは確かだが)。山村は、新人選手や移籍選手のスカウト、その後の成長に定評があるアントラーズに所属していた。これまたチームコンセプトと、山村のプレイが合わなかったとは思えない(もちろん、アントラーズにはチーム内の激烈な競争はあるのだが)。

 そもそも、我が国は、180cmを超える中盤でプレイする代表選手を、ほとんど輩出していない。メキシコ五輪の英雄、小城得達は、大柄で技巧に優れていたが178cm(釜本と同じサイズ、180cm未満ではあったが、当時は超大型選手と言う印象はあった)。70年代後半に大器として期待された西野朗は、とうとう代表には定着できなかった。そして、日本サッカーの質が格段に上がった90年代以降も、180cmを超える代表に定着した中盤選手は数えるほどしかいない。90年代前半の浅野哲也、2000年代の福西崇史と稲本潤一、そして本田圭佑くらいだろう。
 世界的に見ても、GK、CB、ストライカ以外でも、185cmを超えるタレントが当たり前になってきている。これは、アフリカ系の選手が各国の代表に増えていること、トレーニング技術が発達し体格のよい少年への技術指導が定着したことなどが要因に思える。中盤の選手に高さがあるのは、セットプレイや敵の放り込みへの対処に有効なだけではない。偶然巻き起こる中盤でのちょっとした空中戦を制することで、思わぬ好機が演出されることもあるのだ。日本協会にしてもJの各クラブにしても、積極的に大柄な少年選手の育成に力を入れているようだが、中々結果に結びついていないのが現実だ。リオ五輪世代を考えてみても、遠藤航でさえ178cm。180cmを超えるタレントはGK、CB、最前線に留まっている。そう考えると、扇原と山村の「タッパ」は、それだけで魅力なのだ。
 扇原も山村も20代半ばとなった、けれども選手の成長曲線はまちまちだ。特に大柄な選手は、20歳を超えたあたりで、身体が大人になったところで、少年時代にできていた動きができなくなるケースが、よくあると言う。2人がそれにあたるかどうかは別な議論となるが、いずれにしても、丹念にコンディショニングを高め、経験を活かして判断力を磨けば、まだまだ「化けられる」可能性はあるはず。粛々と努力を積み、成長を期待したいところだ。
posted by 武藤文雄 at 14:20| Comment(0) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

続関憲太郎の矜持

 65分のことだった。左サイドに流れてきたアルビレックスのエース山崎に裏をとられ、石川の対応が遅れる。慌てた石川は明らかなプッシング。主審がPKスポットを指差す。
 直前にセットプレイから1対1に追いつかれていたベガルタ。ここでPKを決められると相当苦しくなる。5連敗が頭にちらつく。

 しかし、我々には関憲太郎がいた。
 
 前半立ち上がりに、守備ラインの左から右へのスライドが遅れたところを、レオ・シルバに狙われ、中央を崩され、ラファエル・シルバが抜け出す。しかし、関が鮮やかな飛び出しで、シュートブロックで防いでくれた。この場面の関が素晴らしかったのは、その位置取り。ラファエルの前進を的確に把握し、反応可能な距離を置きつつ前進していたことにあった。六反から定位置を取り返した関、その充実振りを如実に示すビッグセーブだった。
 そして、冒頭の場面のPKストップ。
 ここまで4連敗と苦しんできたベガルタを救う、いや生き返らせる、2つのビッグセーブだった。関と六反の、非常にレベルの高い戦い。ありがたいことだ。

 上記した開始早々のアルビレックスの決定機を関が防いだ以降は、重苦しい展開となる。ベガルタ、アルビレックス共に、相手の組織的な中盤守備を抜け出すことができなかったからだ。共に連敗しているだけに、「何としても負けたくない」 意識も高かったからだろう。

 後半、ベガルタは、チーム全体を引き気味に修正し、アルビレックスを引き出しておいて、逆襲をねらうやり方に修正。これが当たった。奪った2得点とも、ようやく体調が整ったウイルソンが、長駆を繰り返せるようにになったことがカギとなった。
 先制点は、ベガルタ陣から左サイドに持ち出したウイルソンが、ハモンの左への流れも利用したカットインで敵DFを抜き去って、振りの非常に速いグラウンダのミドルシュートをニアに決めたもの。何とも鮮やかな一撃だった。持ち出しと言い、振りの速いシュートといい、ウイルソンに往時の切れが戻ってきたのが、何ともうれしい。
 上記関のPKストップ直後の奥埜の決勝点は、ウイルソンがまた異なる魅力を発揮してくれたもの。前の場面と同じように左から持ち出したウイルソンは、ハーフウェイラインを越えたあたりから、逆の右サイドに前進している奥埜にピタリとロングパスを通した。完全に敵DFの裏をとった奥埜は、正確なトラップから落ち着いて中央に切り返し、左足で正確なシュートをファーサイドに叩き込んだ。
 2点とも、美しい逆襲からの、見事な得点だった。

 2対1になった後は、アルビレックスが手替え品替え攻め込んで来るが、渡邉監督もいつになく、早め早めに選手交代。菅井、藤村、二見を起用、終了間際は両サイドにサイドバックを2枚ずつ並べる分厚い守備布陣で、何とか逃げ切りに成功。貴重な勝ち点3獲得に成功した。
 もともと、運動量を基盤に戦うベガルタは、夏場は中々勝ち点を伸ばせない傾向があった。しかし、この日は水曜日に試合をしながら、最後まで戦い続けるタフファイトを継続し、勝ち切ったことは、とても重要だ。

 もちろん、まだまだ課題は大きい。
 短期的に気になるのは、石川の調子が落ちていること。同点弾も、マークしていた舞行龍に、石川が完全に振り切られたものだった(ちなみに、前々節のガンバ戦の先制点も、石川がマークしていた米倉に振り切られたものだった)。さらに冒頭のPKも、山崎に裏を取られた反応の悪さも問題だったが、慌てて不用意なプッシングをしたのも感心しなかった。まずは体調を整えて欲しい。
 また、これからさらに気温が上がる盛夏となる。富田、梁、ウイルソンと言ったベテラン達がいかに、体調を整え継続的に活躍してくれるか。これも、渡邉氏以下のコーチングスタッフの課題となる。

 しかし、連敗中もブレずに積み重ねてきたサッカーは、いずれのチームにも通用する組織力を持つ。そして、敵に最も脅威を与えられるウイルソンが帰ってきた。
 丁寧に、丁寧に、勝ち点を積み上げていきたい。
posted by 武藤文雄 at 00:51| Comment(0) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月09日

ベガルタは完敗だったけれど

 2016年7月9日、敵地ガンバ戦、84分。1対2で負けていたベガルタは、佐々木匠を起用した。
 ベガルタユース時代から、若年層代表で、常時定位置に近いところにいた技巧派、いわゆるスタア候補。正直言って、ベガルタサポータとしては、もっと早くからの登場を期待していた若者である。
 アディショナルタイムを含めて、約10分のプレイ。匠は、軽妙なボール扱いで、ベガルタの攻撃に変化をつけるのには貢献したが、はっきりとガンバ守備陣に脅威を与えることはできなかった。
 匠には、はっきり伝えておきたい。「中村俊輔や小野伸二は、デビュー戦でもっと格段にインパクトのあるプレイを見せてくれたよ」と。このままではダメだ。頑張れ。

 ベガルタは、その後パトリックに追加点を奪われ、1対3で完敗。4連勝のあと、3連敗。しかも、3試合連続で、3失点。何とも、味わい深い難しい状況の落ち込んでしまっている。

 けれども、今日のガンバ戦、内容はよかった。

 序盤から、ハードワークでガンバを押し込む。押し込めば、速攻のスペースを与えるため、一度藤春の突破から好機を許すが、これは仕方がない。ところが、遠藤のFKから、米倉のヘディングシュートを決められ、敢え無く先制を許してしまった。遠藤の精度、米倉の飛び出し、一方当方の石川の対応遅れ。このような詳細を丁寧に詰めなければやられてしまうのだ。
 しかし、このFKの判定には、大きな不満を感じた。ガンバの中盤がボールを回した場面、ガンバのトップのアデミウソンが、ボールよりはるかにベガルタゴール寄りで、マークしていたベガルタDF渡部をスクリーンした。渡部は、ボールに向かい、途中で妨害するアデミウソンに接触しながら前進し、ボールにアプローチ。そのアデミウソンへの接触をファウルにとられのだ。
 これは、アデミウソンの、オブストラクションではないのか。アデミウソンはまったくボールに関係ない地点で、渡部のプレイを妨害していたのだ。

 先制を許した以降しばらく、ガンバに押し込まれる。あのような不可思議なフリーキックをとられたため、腰が引けてしまったためだった。
 それでも、少しずつ冷静さを取り戻し、前半終盤には激しい当たりを思い出し、ペースを再びつかみ直す。
 後半に入っても、ベガルタの良さは継続する。全員が厳しい圧力を継続。幾度も好機をつかむ。そして、55分、CKからハモンがフリーでたたきつけるヘッド。コースは今一歩で、GK正面だったが、これを名手東口がファンブル。幸運にも恵まれ、同点に追いつく事に成功した。

 当然ながら、ガンバは圧力をかけ直してくる。渡部を中心に厳しく守り、この日久々に起用されたGK関の落ち着いたプレイもあって、よく防いでいたのだが。
 結果的に、アデミウソンと交代したパトリックにやられてしまった。強敵に追いついた後、いかにしのぐかは1つの課題。交代の使い方を含め、もっとやりようがあるのではないか。負傷者が多いとは言え、それがサイドバックの交代(今日は大岩から菅井)だけでは、ないように思うのだが。まあ、それはそれとして。
 突き放されたベガルタは、再度攻め直す。菅井でけではない、ウイルソンと匠を起用。圧力をかけ直し、幾度も好機をつかみかける。梁のシュートが、東口に好捕された場面は惜しかった。
 そして、無理攻めを仕掛けたアディショナルタイム、パトリックに決められ、2点差とされ、勝負は決まった。

 悔しい。
 でも、内容は悪くなかった。それなりに攻め込みながら、攻撃に変化が乏しいうちに、速攻から大量点を奪われた、ジュビロ戦、フロンターレ戦と比較すると、格段によかった。守備も安易に逆襲を許さなかった。攻撃も変化をつけることができた。
 たとえ、負けが込んでも、今のよさを伸ばすことを考えるべきだろう。

 匠がようやくピッチに立った。西村もいる。藤村も長時間機能した。ウイルソンも菅井も復帰した。パブロ・ジオゴと言う新ブラジル人も加入した。個人的にずっと期待している、高卒2年目の茂木もいる。
 選手層は格段に厚くなったのだ。渡邉氏の手腕に期待したい。
posted by 武藤文雄 at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月03日

世界最高峰の戦い

 ドイツ対イタリア。すごい試合だった。
 そして、両国の「サッカー力」のものすごさを存分に堪能することができた。すごかった。

 ここまでの欧州選手権の試合を観ていると、前線からの激しいプレスと、最終ラインの強さに、改めて感心してきた。もちろん、欧州チャンピオンズリーグでも、各国のトップリーグでも、そう言ったことは愉しむことができるし、日本代表やJリーグとの比較を検討できる。
 しかし、今回の欧州選手権は、本大会出場国が24と拡大されたこともあり、ウェールズ、アイスランドなど、必ずしも戦闘能力が揃わない国がいくつも登場している。それらの国が、持ち味の強さに組織を加えて強国に抵抗するのが、今大会の特徴。そのような展開では、いわゆる強国が激しいプレッシャのために、蹴り合いに巻き込まれせわしない試合を余儀なくされていた。ベルギーがウェールズに蹴散らかされたのがその典型。フランスがエールに先制されたときも、焦りもあったのだろうが、完全な蹴り合いに巻き込まれていた。
 考えてみると、先日我が日本代表が、ボスニアヘルツェゴビナにやられた試合もそうだった。ボスニアの忠実で激しい当たりに、我を忘れ蹴り合いに巻き込まれて、苦杯を喫したのは記憶に新しい。

 ところが、さすがドイツでした。
 イタリアの、ピッチ上全域の壮絶なプレスを、ドイツはかわすのだ。いや、かわすだけでない。最後尾のノイアーとボアティンクを起点に、組み立てるのだ。また、絶対に慌てて無駄な縦パスに逃げない。丁寧に回しながら(イタリアの猛プレスをかわしながら)、クロースは必死にエジルがフリーとなるのを探す。70年代、「西ドイツだけは技巧は南米勢に対抗できる」と言われた時代(つまりベッケンバウアーの時代)から40年。ドイツは改めて世界最高峰の技巧(と判断力を誇る強国となったのだ。いや、その途中でも世界屈指の強国だったし、世界一や欧州一を、複数回獲得していたけれども。

 イタリアもイタリアだった。
 ドイツに対し、知的でよく訓練されて厳しいプレスをかける。それでもドイツはかわして組立てくる。イタリアは、そこをまた粘り強く几帳面につぶし直す。そして、ボールを奪うや、毅然として速攻をしかける。速攻できないならば、落ち着いてつないでいく。無謀な攻撃を仕掛けて、ドイツにボールを渡すような愚行はおかさない。
 今回のイタリアはリーバやロッシやバッジョのような、単身で逆襲速攻を担えるタレントはいなかった。そのために、中々攻めの形は作れなかったが、それでも攻めるときの「行ききる姿勢」は格段で、ドイツも再三肝を冷やす。せめて、デルピエロやトッティ程度のタレントがいれば、状況は随分と好転したのだろうが。

 両軍とも、厳しいプレスで、敵ゴールに近いところでの刈り取りを行い、いわゆるショートカウンタを狙うのは当然のこと。そして、お互い再三その狙いどおりにボールを奪うことには成功した。しかし、そのように「悪い場所」で奪われても、両軍の切り替えがまた早い。崩される前に、奪った選手を囲み、危機を作らない。

 的確に強化され、組織化された両国は、やはり他国とは異なる格段の「何か」を持っていると言うことなのだろう。
 考えてみると、過去40年を振り返ってみると、両国がここまで充実した戦闘能力を具備して、トップレベルの戦いを演じた試合は記憶がない。どちらかがよいときは、どちらかが冴えない歴史が続いていたように思える。すみません、あの1970年の延長4対3の折は、私はまだ小学生。明確な記憶がないのですが。
 もっとも、今回のイタリアは戦闘能力が揃わず、大会前の評価は低かった。評価が低いときのイタリアは強いという伝統はあるな。

 いずれにしても。
 過去約20年で、我々は世界のトップに近づいた。過去考えられないほど、近づいた。しかし、近づけば近づくほど、差が具体的に見えてきて、悩みも深くなってきている。
 我々が考えるべきは、「ドイツやイタリアが、どのようにしてこのようなプレイができるのか。他の欧州列強との差は何なのか。」と言うことのように思える。ここで「ドイツとイタリア」を「ブラジルとアルゼンチン」に置き換えてもよいとは思うけれど。
 彼らに追いつく事は容易ではない。いや、叶わないかもしれない。けれども、それを目指そうと考え、努力を重ねることほど、愉しいことはないではないか。
posted by 武藤文雄 at 23:43| Comment(1) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月30日

シャキリとモドリッチはどうすればよかったのか

 欧州選手権の2次ラウンド初日は、ちょうど土日だった事もあり、情報遮断にも成功し、全3試合を堪能できた。これが3試合とも、何とも重苦しい私好みの試合で、すっかり満足。
 今となっては、鮮やかなイタリア料理と、アイスランド全国民の歓喜に、やや薄まった感はあるが、改めて重く苦しい3試合を振り返りたい。

 唯一、90分で決着がついたのが、ウェールズ対北アイルランドの英国対決。
 試合展開は、北アイルランドがやや攻勢をとったが、ベイルの舞いでウェールズの勝利。ラムジーの巧みな組み立てで、ベイルが左サイドでフリーになることに成功。ここで勝負ありだった。GKとCBの間に狙い済ましたクロスを通し、自殺点誘因に成功。ベイルと言うスーパースタアを活かした鮮やかな攻撃。イアン・ラッシュ、マーク・ヒューズ、ライアン・ギグス、彼らが叶えられなかった夢を、今ベイルは着々と実現している。
 一方の北アイルランド。パット・ジェニングスとあのジョージ・ベストの時代以降、そこまでのスーパースタアが出来しなかった歴史の分、ウェールズに対し劣勢だったか。

 スイス対ポーランドはPK戦でポーランド。
 ポーランドはドイツを無得点に押さえた守備が格段。そして伝統の少人数逆襲速攻の最前線に、レバンドフスキの存在。スイスは執拗にレバンドフスキに複数の選手がからみ、自由を奪う。しかし、その結果、守備ラインのバランスが微妙に崩れ、少人数速攻に崩されかける。前半の失点は、その典型だった。
 後半に入り、次第にポーランドが長駆できなくなると、スイスの技巧が有効になっていく。交代を有効に使い、後半半ばからは、完全にスイスペースに。そして、シャキリの美しいバイセクル気味のジャンプボレーで同点に。この得点は、86年メキシコW杯のネグレテのボレーシュートのように、長らく語り続けられることだろう。
 延長に入ってからも、シャキリの技巧は冴え、次々に好機を演出する。ポーランドの最終ラインと中盤ラインの中間で、巧みにボールを受け、前向きにターン。自らペナルティエリアに進出しようとするドリブル前進を仕掛け、敵DFを牽制した後、前後左右あちらこちらに展開。時に精度高いラストパスを狙い、自らもシュートチャンスをうかがう。そして、幾度も決定機を演出したものの、とうとう崩し切れずPK戦で苦杯。

 クロアチア対ポルトガルは、冗談のような逆襲速攻からポルトガルが延長戦を制した。
 試合間隔が長く、しかも1次ラウンド最終戦で多くの中心選手を休ませたクロアチアは、中2日のポルトガルに対し、丁寧に攻め込む。一方で、クリスティアン・ロナウドには常に目を光らせ隙を作らない。
 その中でモドリッチは正に中盤の大将軍。中盤後方から、丹念に組み立てて、ポルトガルをジワジワと消耗させ続ける。そして、延長も後半となり、次々とクロアチアが決定機をつかむ。あと一歩、あと一歩でポルトガルを叩き潰せるはずだった。
 そして、115分過ぎ、複数回の決定機をつかんだ場面。「ここは勝負どころ」と全選手が残り少ない体力を振り絞って前進し猛攻。左サイドに流れたボールを、ストリニッチが拾い、さらに攻めを仕掛けようとした瞬間、何と長駆したクリスティアン・ロナウドがよく戻り、ボールを奪う。そして、逆襲速攻。2時間近い死闘、丁寧に守ってきたクロアチア守備陣が、この逆襲対応で、初めてクリスティアン・ロナウドがフリーにしてしまった。それにしても、クアレスマもよく詰めたな。合掌。

 こう考えると、「シャキリとモドリッチはどうすればよかったのか」を考えたくなる。
 ラムジーは幸せだった。左サイドでベイルをフリーにすれば、シゴトは終わりだったのだ。対して、シャキリとモドリッチは、良好なチームメートを仕切り、120分を戦い続けたが、敵にとどめを刺せなかった。
 シャキリ。最後の10分、味方に点をとらせることよりも、自ら得点を狙うべきだったように思った。しかし、シャキリはまだ若い。良好な選手をズラリと並べ、常に安定した実力を発揮するスイス代表に、史上初めて登場したスーパースタア候補登場との感もある。この敗戦も、そのための貴重な宝となるのかもしれない。PK戦敗北の後、胸を張り自国サポータの歓声に答えた姿も美しかった。
 一方のモドリッチ。クラブレベルでは栄華を極め、中盤構成者としては、既に自他ともに認める世界最高峰のスーパースタアだ。そのモドリッチが、丁寧に丁寧に組み立てた試合だったにもかかわらず、勝ち切れなかった。こちらは、監督の度胸だったのではないか。とにかく稠密さが必要な現代サッカー。中盤の比較的後方のタレントは、どんな凄い選手でも、相当な守備のハードワークとポジショニングが必要。だからこそ、本当の最後の最後、モドリッチに「自由」を提供すべきだったのではないか。

 シャキリとモドリッチ。この2人の美しく知的なプレイと、結果的な悲劇を堪能した。そして、「サッカーは難しいものだ」と、改めて思った。
posted by 武藤文雄 at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

五輪代表順調な強化

 五輪代表は、国内最後の強化試合、南アフリカ戦に4対1と快勝。
 このチームは、直近3階の五輪代表(アテネ、北京、ロンドン)と異なり、予選段階でしっかりとチーム作りが行われたと言う意味では、シドニー以来。したがって、いわゆるキリンチャレンジで、遠征で体調がよくないチームと戦えば、よい成績を収められるのは自明な事、快勝そのものは驚きではなかった。
 それにしても、1点目、2点目の得点はきれいだった。このチームのよさは、後方の選手が常に敵DFの裏を狙う姿勢を保ち、敵DFラインが揃わなくなったときに、この1、2点目のように、両翼をうまく使った崩しができることにある。
 守備については、植田を軸にした中央の強さは間違いないが、時に中盤守備で几帳面さが失われることが課題か。まあ、このあたりは、若さもあるし、しかたがないところもあるのだが。

 ともあれ、室屋、中島と言った、予選後に負傷した選手がよいプレイを見せたのは嬉しかった。もちろん、たった1試合よいプレイを見せたからと言って、短期決戦を戦い抜ける体調まで戻っているかは別問題だが、2人ともメンバ入りする可能性は高いのではないか。それにしても、今回のチームは負傷者の多さが、大きな悩みとなっている。1月に予選が行われたため、各選手がオフをしっかりとれなかったためだろうか。
 余談ながら、中島と言う選手は、どうしてFC東京で出場機会をほとんど得られないのだろうか。この選手は、いわゆる華があるタイプ。守備をサボるわけでもないし(もちろん、課題はあるが)、よくわからない。確かにFC東京の攻撃ラインは、優秀な選手が多数いるのは確かなのだが。

 予選で中核として機能していた植田、矢島が、この数ヶ月で一回り成長していたのも、頼もしかった。そして、この2人と、この日負傷で欠場した遠藤の3人が安定していること、CBの岩波、奈良の負傷が長引いていること、この2点を考えると、オーバエージで選考したのが、塩谷、藤春、興梠と言うのも、よく理解できる。そして、上記した室屋と中島の復活により、かなりバランスがよいチームとなりそうだ。
 あとは、いかに各選手の体調を揃えられるかだろう。特に、負傷上がりの選手や、欧州でプレイする久保と南野の状態が気になるところだ。


 一昨年のワールドカップ、昨年のアジアカップと、代表チームの苦杯が続いたこともあり、日本サッカー界全体が、「異様な自信喪失」となっている。40年以上、日本サッカーに浸り切って今なお不思議なのだが、ちょっと勝つと「ワールドカップ優勝も夢ではない」となり、ちょっと負けると「この世の終わり」となるのが、この国のサッカーマスコミの特徴なのだ。
 だからこそ、このチームには、自信回復のきっかけとなる、リオでの鮮やかな戦いを期待したいのだ。まあ、手倉森のオッサンの手腕は確かなのはわかっている。わかってはいるが、(過去から再三語っているように)凝り過ぎて失敗するのではないかとの不安が、また愉しい。
posted by 武藤文雄 at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 五輪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月27日

欧州選手権への羨望

 「欧州サッカーと南米サッカーのどちらが好みか?」と問われれば「南米」と即答する私だ。しかし、午前中リアルタイムの放送を愉しむのは困難ゆえ、コパアメリカの映像堪能は断念。と言うことで、欧州選手権の映像を少しずつ愉しんでいる。ともあれ、平日は本業(おかげさまで、結構忙しいのです。だから、すっかりブログをさぼっているのですが)、週末は少年団指導とベガルタ。もうよい年齢で、深夜早朝映像観戦は厳しい。時間に限りはあるのだが。

 代表チームの他地域選手権を愉しむとなると、どうしても「ここに日本代表がいたらどうなるか」と言う視点になる。これも考えてみると、ここ15年くらいでようやく味わえるようになった、比較的最近からの愉しみだ。一方で、そのような愉しみが15年ほどの長きに渡ったと考えると、「随分の長さになったものだ」と感慨深い。
 思い起こしてみると、この大会を生中継で堪能したのは、88年の決勝が最初だった。例のファン・バステンのズドーン(今大会のテレビ中継のタイトルにも登場しているやつ)。深夜あの一撃を目撃したときは、さすがに興奮したな。その前のネッツァ、オンドルシュ、シュスター、そしてプラティニ、これらは皆結果を知った後、数ヶ月後のダイヤモンドサッカーでしか、映像を見ることすら叶わなかった。そして、あの頃は、「ここに日本代表がいたらどうなるか」など、考えもしなかった。

 さて、「ここに日本代表がいたらどうなるか」について。

 今大会の映像を観ていて、何よりうらやましく思うのは、スタンドの雰囲気だ。ほとんどの試合で、両国のサポータが万単位で入り、熱狂的な応援を繰り広げている。しかも、チケット販売方式が進歩してきているのだろうか、それぞれの国のサポータが固って応援している。結果的に、双方の応援も盛り上がり、とてもよい雰囲気だ。ワールドカップでは多くの場合、チケットは国別には販売されておらず、両国のサポータが入り混じっての応援となる。まあ、敵国のサポータと呉越同舟で声を張り上げるのは、それはそれで愉しいのだけれども(一昨年のコロンビア戦の前半終了間際の岡崎の同点弾で、己1人の絶叫で周囲のコロンビアサポータすべてを制圧したのではないかとの錯覚には、堪えられないものがあった)。
 残念ながら、アジアカップであのような雰囲気を体験するのは、現状では非常に難しい。

 そもそも、アジア諸国で、敵地まで多くのサポータが出向く国が、我々のほかは、韓国、豪州、(たぶん)中国など限られる。最近、タイなど東南アジアのサポータも少しずつ、あちたこちらで見かけるようになってきたけれど。このあたりは、文化的な要素と経済的な要素があるように思える。
 文化的な要素については、少しずつ我々の愚行をアジア諸国に展開し、「サッカーで遊ぶとこんなにおもしろい」と、多くの人に理解してもらえばよいのだろう。
 経済的な要素については、今後上下動はあろうが、各アジア諸国は経済的発展はしていく傾向は間違いないから、海外旅行を愉しむ人々は増えていくことだろう。そうなれば、様々な国の人々が、今以上に海外でのサッカー試合を愉しむようになっていくかもしれない。日本が経済的に停滞し、残念なことになるかもしれないが。
 しかし、そう言った問題以上にスタジアムが盛り上がらないのは、AFCの無思想性があるように思う。そもそも、ワールドカップの半年後に、アジアカップを行うところから、「負けが決まっている」のだ。ワールドカップ後、じっくり2年間予選を戦って、勝ち残ったチームが揃う欧州選手権との違いは大きい。
 元々、アジアカップは、2004年中国大会までは、ワールドカップの隔年に行われてきた。しかし、長期にわたるワールドカップ予選と、五輪とのバッティングを考慮し、1年前倒しにされた。これはこれで、1つの考えだ。しかし、そうならば、アジアカップ予選とワールドカップ予選をうまく計画し、様々な興味を呼ぶように工夫する必要がある。
 ところが、前倒しになった以降、杓子定規に4年おきを守ろうとするから、おかしくなってしまった。2007年は、東南アジア4か国の共同開催だったから夏季に行われたので、ワールドカップの1年後となりまだ尋常だった。ところが、その後はカタール、豪州が、杓子定規にワールドカップの翌年の冬季に行ったため、もうどうしようもなくなってしまった。カタールでも豪州でも、ワールドカップの1年半後に行っていれば、随分とよかったと思うのだが。
 次のアジアカップは、2019年UAE開催。ロシアワールドカップの半年後に、従来大会より8チーム増やした24チームで行われる。元々、16チームでも盛り上がらない現状。あまり、愉しい大会になるようには思えない。私の予感が外れれば嬉しいのだが。
 でも、この欧州選手権のような、アジアカップ。愉しみたいよね。
 
 とは言え。欧州選手権だ。
 「ここに日本代表がいたらどうなるか」について、本質も少しは語りたい。
 頑健な欧州諸国のCBやゴールキーパが固める守備をいかに崩すかとか、レバンドフスキやベイルやクリスティアン・ロナウドにいかにボールを出させないかとか、シャキリやモドリッチの展開をいかに止めるかとか、高邁な話題について。これを語ることこそ、最高の知的遊戯のはず。
 これは、シリア戦、ブルガリア戦、ボスニアヘルツェゴビナ戦のような、冗談のような守備面のミスが、改善されるが前提となる。頼むよ、ハリルホジッチさん。
 もっとも。ザッケローニ氏末期以降、アギーレ氏時代も、ハリルホジッチ氏時代も、再三再四あのような惨状を見ているので、シリア戦以降の一連の守備崩壊を、冗談と言ってはいけないのかもしれない。冗談ではなく、新常態なのではないかとの不安もある。
 まあ、それはそれで別途。
posted by 武藤文雄 at 00:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月01日

ユアテック、最低の試合を満喫

 今日は今シーズン初めてのユアテック詣で。いつものことだが、地下鉄が泉中央に近づくにつれ高まるワクワク感は堪えられない。そして、梁勇基の復活。最高の雰囲気で試合は始まった。

 ひどい試合だった。

 まず、石川が退場になった豊田のPKについて。
 右サイド(ベガルタから見て)のクロスに対し、石川と豊田が交錯。豊田が転倒した瞬間、主審の池内氏が元気よく笛を吹く。「おお、豊田のシミュレーションか」と思ったら、池内氏の手はペナルティスポットを指差していた。
 考えてみれば。この日の、主審の池内氏の判定基準は、序盤から明確で、かつブレがなかった。両軍の手を使ったファウルにはかなり寛容。ただし、豊田が転倒すると、すべてベガルタのファウル。この判定基準で40分以上試合が行われていたのだから、理に適っている。実際、このブレのない基準は90分間継続。後半、攻め上がった大岩が敵DFに押されて転倒した場面も、心の弱い主審ならば当然PKだろうが、しっかりと流していた。
 感心しなかったのは、カードの出し方。黄と赤のカードを、連続して素早く嬉しそうに高々と差し出した。あれを残念そうに出しさえすれば、随分と印象が違ったものになった。中々の自己顕示欲、サッカー向きの性格だ。もっとも、主審向きではなく、ストライカ向きではあるが。
 誤解しないで欲しいが、私は「この場面がPKでない」とは断定しない。少なくとも、私が見ていた場所からはPKには見えなかった。また、実家に帰宅後見たスポーツニュースの映像でも、PKには見えなかった。そして、上記したように、池内氏の判定基準はブレていなかった。それだけだ。
 私は、豊田と言う選手は結構好きなのです。モンテディオ時代から。そして、今シーズン、あまり調子が上がってきてないのを密かに心配していた。ちょっとだけ不安なのは、今日の池内氏の判定基準により、かえって調子を崩すのではないかと言うことだ。敵DFが厳しい対応をしてきても倒れないのが魅力の選手なのだから。

 しかし、それにしてもベガルタの試合内容、特に前半の試合内容は悲惨だった。
 ベガルタのCBの渡部、平岡は、ロングフィードの精度は、あまりよろしくない(一方、強さ、高さ、粘り強さ、カバーリングなどはレベルが高いが)。当然のように、敵FWはこの2人にプレスをかけてくる。特に前半、敵FWの体力が十分な時間帯は、それだけでベガルタは前線に有効なボールが入らず、攻めあぐむ。これは、ここ最近の試合で再三見受けられた展開だ。
 そのような展開では、よい体勢でボールを受けて能力を発揮する野沢や金久保は、あまり活きない。ボランチから高精度のボールを出せる三田も、積極的なフリーランをするのが奥埜だけでは、出しどころが見つけられない。
 結果として、精度の低いロングボールがウイルソンに出るだけの展開となった。サガンのCB谷口は素晴らしい出足でそれをはね返す。ベガルタサポータとしては、「豊田が倒れたら必ずファウルをとるのだから、ウイルソンが倒れてもファウルをとってくれよ」と言いたくはなったが。
 渡邉氏の意地っ張りも相当なものだが、前線やサイドMFにもっと活動量を期待できる選手を使うのも一手段ではないか。西村とか茂木とか差波とか。もちろん、究極のおっちょこちょいの金眠泰も。彼らは、今のレギュラよりも下手かもしれないし、軽率なプレイもするだろう。でも、意欲をもってボールを引き出す動きはできるはずだ。彼らを行けるところまで引っ張って、終盤に老獪な野沢を起用するのは一手段だと思うのだが。あ、もちろん、匠でもよいです、ちょっとスタイルは違うけれど。
 な〜んてことは、渡邉監督だってわかっているはずだ。頼むよ。

 審判団へも不満はあるし、メンバ選考を含めた試合内容にも疑問はある。
 けれども、それがサッカーだ。40年余、サッカーを堪能し続けてきたが、今日くらいフラストレーションのたまる試合は、そうは経験できない。ありがたいことだ。55歳にして、また新しい経験を積むことができたのだから。
 いつもいつも語っているけれど、このようなひどい試合こそ、サポータ冥利につきるものなのだ。
 この無様な試合内容、積み上がらない勝ち点。ベガルタサポータ界隈には、降格のリスクを真剣に語り始める向きも多いようだ。気持ちはわかるが、まだまだシーズンは序盤。良好な若手も多数いるのだし、悲観論を騒ぐのは早すぎる。厳しく、温かく、サポートしていこうではないか。

 しかしだ。
 黄金週間に入って2日目。おだかやかなよい気候。
 それにもかかわらず、この日ユアテックに来戦したサポータは15,000人に満たなかった。これはまずいよ。雨や槍が降った訳でもない。それなのに、この観客動員はどうしたことだろうか。
 ベガルタの営業部隊の努力は聞いている。しかし、これはビジネスなのだ。結果がすべての世界なのだ。
 審判がどうだとか、選手のプレイ振りがどうだとかは関係ない。サッカーと言う究極の玩具を、いかに観客動員に結びつけるか。改めて、ベガルタの営業部隊の努力に苦言を呈しつつ、成果の発揮に期待したい。

 とは言え。
 やはり、生観戦は堪えられない。踊らぬ踊り子へのフラストレーション。目立ちたがりの黒子への怒り。こんな理不尽な状況への絶叫。
 「ああ、俺は幸せなのだ」と改めて認識し、Jリーグの素晴らしさを堪能した2時間であった。
posted by 武藤文雄 at 00:37| Comment(1) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする