前後するが、00年シーズン最中、清水商業の1年先輩の大岩、1年後輩の平野と共に、チームから「不振の要因」と名指しされ、唐突に解雇されると言う「事件」を起こす。本件の要因については諸説あり、我々野次馬からは理解不能な事態があるのだが。とにかく望月は、グランパスを去り、その後サンガ、ヴィッセル、ジェフとチームを転々とする。言うまでも無く、私個人としては、03年シーズン後半に、当時J1残留を目指して、もがきにもがいていたベガルタに加入した際の思い出が一番深い。特に印象的なのは、残留争いの直接対決となったサンガ戦での、寿人の2得点の後のとどめとなる3点目を決めてくれた事、意図的なのか偶然なのかよくわからないループシュートだった。望月の技巧ならば意図的なのかと思っているのだけれども(もっとも、それでもJ1に残る事はできなかったのだけれども)。その後、ジェフに復帰を経て、04年シーズンで解雇される。05年シーズン半ばに横浜FCに加入したもののあまり出場機会に恵まれず、06年シーズン半ばに再度解雇された。その後、新たなクラブを探していたようだが、引退を決意した模様だ。
上記した通り、望月はトルシェ氏率いる日本代表で、伊東とポジションを争っていた事がある。望月は73年生まれの清商出身、伊東は74年生まれの東海大一高出身。同世代の清水のサッカーエリート同士である。伊東は14年戦い続けたエスパルスにおいて、今なお老獪なプレイをプレイを見せ、完全に中心選手として君臨している。一方の望月は上記した「事件」以降、様々なチームを転々として、思うように定着できなかった。このあたりは、結構微妙な運不運の錯綜のようにも思える。
望月のような技巧派肌のベテランは、チームにはまれば貴重な存在になる。しかし、いずれのクラブも30代半ばになろうかと言うベテランはそうたくさんは必要ないし、給料の高さも問題になる。ベテランがチームに、巧くはまるかどうかは、ちょっとしたきっかけなのだろうが、望月の高校の先輩にあたる名波でさえも市場で流動する現状は、望月に厳しかったと言う事か。
望月のような選手は、JFLや地域リーグでJを目指すようなクラブに加入すれば、非常に貴重な存在になるのだと思う。冷静な技巧と老獪な経験と。しかし、下位のクラブになればなるほど、上記した給料の問題が出てくると言う事か。
半分冗談、半分本気だが、いっそ、タレントを多数抱えている大学チームに、このようなベテランが加入できれば、メリットは非常に大きいように思うのだが、そのためには大学に再入学しなければならないか。いや、大学側は強化、人材育成両面でメリットがあるし、入学するベテランもコーチ学などを体系的に大学で学べればそれはそれで嬉しいのではないか。あ、話題がそれてきた。
ともあれ、望月は日本代表史において、忘れ難い記録を残した選手だ。A代表試合で1得点を決めているが、よりによってその得点が00年アジアカップ決勝の決勝点だからだ。1次リーグ初戦でチンチンにサウジを下すところから始まった快進撃、準決勝まで圧倒的な強さで勝ち残った日本。決勝は再びサウジと戦う事になった。ところが、日本は様々な要因から、散々苦戦する事になる。それでも、前半半ばに中村のFKに飛び込んだ望月が見事に先制点を決め、そのまま逃げ切る事に成功した。これだけのビッグゲームで、代表生活唯一の得点を決めたのだから、この選手も大したものだ。試合終了後のインタビューで、「見事な先制点でした」と問われて、本当に嬉しそうな表情をしたのが忘れられない。
望月は、貴重極まりない得点を決めたと言う記録面のみならず、あの最高の笑顔で記憶面にも残る代表選手となった。








