2007年04月30日

若者達の成長

 坊主が中学校のサッカー部に入り、父親は晴れてコーチ業を卒業しサポータへ昇格?できた。

 で、春の地域大会の応援を堪能させていただいた。もちろん、坊主はまだ1年生だから1軍の公式戦には出る事ができずベンチの後ろでお茶出しなどして観戦しているだけ。当然ながら、主役は中学3年、2年の「かつての教え子達」である。大会は完全なトーナメント方式。決勝に進出できた2チームが県大会に出場できると言うレギュレーション。今年の我が中学は例年になく強力な陣容が揃い、初めての県大会出場の可能性も高いと言う事で、選手達も(父兄達も?)燃えていた。彼らは時々少年団の練習に顔を出してくれていたので、個々の連中の技巧と戦術眼がよく進歩しているのは知っていたが、チームをじっくりと観るのは久し振りだった。
 これが、見事なチーム力なのだ。若くて精力的な顧問の先生を中心に、ここまでよほどの努力を積んできたのだろう。前線に俊足で頑健な2トップを配し長いボールで突破を狙うやり方なのだが、パスの出し手と前線の動き出しがよく同期しており、チームとしてよく反復練習を積んでいる事がよくわかる。また、選手達の攻守の切替の早さがすばらしい。特に「攻から守」の早さは絶品で、ボールを奪われてすぐにプレスをかけ分厚く守る。これも、相当厳しいトレーニングと意識付けの賜物。そして、最後まで足が止まらない。よく走り込んでいる。

 そして、それらの鍛錬の成果を活かして、苦戦を重ねながらも準決勝進出を決めて今日の準決勝と相成った訳。勝てば県大会出場、負ければ何もなし。この厳しい難関に「かつての教え子達」が挑戦するのだ。これは観ない訳にはいかない。と言う事で、日本代表やベガルタの試合同様の緊張感で試合に臨む事になった。
 試合は開始早々にCKから攻め上がっていたストッパが難しいボレーシュートを決めて先制に成功。小学校の時は本能的なストライカだった男が、その得点感覚を大事なところで発揮してくれた。私の前で観戦していた、ストッパと同じ顔をしている小学5年の弟(現在の少年団の教え子)は大騒ぎだ。ちなみにこのストッパ君、人工芝のグラウンドは不慣れなためか、この得点後自陣前で複数回空振りをしてピンチを招いていた。試合後「ミスばっかりでやばかったすよ」と言っていたが、いいじゃないか一番肝心なところで難しいボレーキックを決めたのだから。その後は両軍の選手の「何としても勝つんだ」と言う気迫が前面に出た肉体戦が継続し前半終了。
 後半早々から、敵は気力を振り絞って前掛りに来る。ガップリそれを受け止める我が選手達。そして、逆襲からエースストライカが強引に敵DF2人を振りちぎり、ペナルティエリアに入ったところで強烈なインステップでのシュートを二アサイドに叩き込んだ。小学生の時から大柄で頑健だったが、順調にエースに成長してくれたもの。それにしても、あの体勢からニアにインステップで決められる下半身の柔らかさと強さには驚かされた。横で応援していたお母上の嬉しそうな事。
 どのチームにも言えることだが、2点差になると負けている方は精神的にガクッと来る傾向があるようだ。30分ハーフの短い時間では、確かに後半の2点差を引っくり返すのは少々辛いのは確かなのだが。そこを見逃さなかった我がチーム、中盤の技巧派が巧いボールキープから敵守備ライン後方へ完璧なスルーパス。先ほどのエース君が今度は落ち着いてGKを破った。3−0。勝負は決した。見事な試合振りで、県大会初出場。

 午後に行なわれた決勝戦は、前半にCK崩れから先制される。後半、前掛りで攻め込もうとしたところ、守備の連携ミスから2点差となり、力尽きてしまった。2点を追加され0−4で完敗(この試合では「2点差」が我が軍に重くのしかかった訳だ)。試合後はさすがに皆落ち込んでいた。
 しかし、それでも県大会出場権を獲得したのだ。むしろ、決勝で完敗した事も彼らの糧となるはずだ。本当によくやってくれたと思う。

 私が出会った時、彼らは小学校の2、3年生。まともに日本語も喋れない(笑)鼻たれ小僧達だった。それが6年も経つと、ここまで成長するのだ。
 彼らがピッチ上で見事なプレイを見せてくれる事は嬉しい。でも、もっと嬉しいのは彼らと「サッカーの話」ができるようになっている事だ。私の顔を見るとGKは「位置取りの修正」について尋ねてきてくれた。ボランチとは、味方のセンタリングの場面で攻め上がるべきだったか否かを議論できた。センタバックとは、3DFの時と4DFの時の敵をマークする際の身体の向きについて語り合った。何と前向きな連中なのだ。
 彼らならば決勝の1点目の失点を繰り返さないだろう。あの場面、自陣左サイドからのCKを1度GKがパンチで左サイドにはじき出したが、拾われてファーサイドにセンタリングを上げられ、フリーにしてしまった敵にヘディングを決められてしまった。「センタリングをしのいだ後は首を振る事」、この失敗経験を通じて彼らはそれを体得してくれる事だろう。

 坊主もよいクラブに加入できたものだ。
posted by 武藤文雄 at 23:50| Comment(1) | TrackBack(0) | 底辺

2007年04月29日

不在の憲剛と消えていた水野と

 フロンターレ−ジェフを観に等々力まで足を伸ばした。絶好調のフロンターレと言うか憲剛、そして風格が感じられるようになってきた水野を、それぞれ愉しむつもりだったのだが。

 フロンターレのスタメン発表、MFとして河村が発表される。「あれ、今日は谷口がスタメンではないのかな?」と怪訝に思うと次に谷口の名前が。「え?!」と思っているうちに、マギヌンも登場。そして、憲剛を含まない11人の発表が終わってしまう。「疲労対策のために控えなのか?]と思ったが、控えにも入っていない。そして、私が気がついた限りでは場内のアナウンスでは、憲剛不在の情報は何も流れなかった。
 後述するように、中々愉しい試合だった。私はチケット代2500円+交通費+移動を含めた己の時間を、憲剛不在の試合に投資した事に不満はない。けれども、「Jリーグ最高の名手」と呼んでも過言ではない選手が、突然に何からの理由で有料試合に欠場する事になった事に関して、何かアナウンスくらいは欲しかった。
 と、書きつつも非常に難しい問題なのは理解している。と言うか、突然の負傷で離脱した選手がいる場合の適切なアナウンスは、Jリーグに限らず全てのプロフェッショナルなサッカーでの難しい問題なのだ。少なくとも、チームの現場としてはメンバ公表までは隠したいのは当然だし。また、憲剛不在を事前にリリースする事は、営業的にもうまくない(ただしこれは非常に微妙な問題な事は言うまでもない)。また、選手の突然の欠場は日常茶飯事なのだし、試合前にそれをアナウンスする習慣もほとんどないのは確かだし。
 しかし、繰り返すが憲剛の存在感はフロンターレと言うよりは日本サッカー界において、突出した存在になりつつあるのだ。フロンターレの営業、広報サイドには何か考えて欲しかったと思う。でも、難しいな。

 ともあれ、試合に移ろう。
 前半立ち上がりこそ、ジュニーニョとマギヌンの個人技でフロンターレが攻勢に立つ時間帯があった。しかし半ば過ぎからは、羽生と工藤のいやらしい動きからフロンターレ守備陣がラインを巧く作れない状況が再三起こり、再三ジェフのロングボールがフロンターレ守備陣の背後を襲う。しかし、微妙なところでそのロングボールの精度が悪く、ジェフは攻め切れない。フロンターレの球際の強さとプレスの厳しさが、起点となるパスの出し手にプレッシャをかけるのに成功したとも言えるかもしれない。ホームのフロンターレだが、突然?の憲剛の離脱を何とかしのいだと言う印象の前半だった。
 後半に入り、フロンターレは巻と羽生を3DFが受け渡しで見て、工藤は河村が担当すると役割を明確にしたように見えた。これが奏効したのか、谷口の押し上げが円滑になり前半よりは攻勢を取れるようになる。ここで不思議だったのはジェフの攻撃。巻と羽生が2人で右サイドに斜行して水野の前進に蓋をしてしまう。そして、左サイドを空けておいて山岸を前進させる攻撃を狙っていた。山岸の上下動そのものはもちろん魅力的だが、フロンターレが一番怖れていたのは水野の右サイドのえぐりだと思うのだが。
 そうこうしているうちにフロンターレが先制点を奪う。何がしかのクロスプレイのためだろう、水本が顔?を押えてピッチ中央で悶絶していた。その場面直後、ジェフはよい体勢でボールを奪い、左サイドを山岸が快走。対面の森を突破すれば決定機と言う場面となった。ここで森が素晴らしいプレイ、鮮やかなスタンディングタックルでボールを奪うや、逆にドリブルから攻め込む。ジェフの一部の選手は「プレイを止めてくれ」とアピールしていたが、これは無理と言うものだ。その森を起点にした攻撃を、ジェフはかろうじて自陣ゴールライン近くのスローインに切った。水本が立ち上がるまでプレイが止まった後のスローイン、いかにも集中が切れそうな場面で、森が見事な縦突破で下村を振り切りセンタリング、一番遠くにいた鄭大世が見事なヘディングで決めた。にんにく注射事件で得たチャンスを、この若者は見事に活かしつつある。
 点を取らなければならなくなったジェフは、疲労が見えてきた下村に代えて中島を投入。さらに、 朴宗真を右サイドに投入し、水野をトップ下に。加えて、巻に代えて(水野と相性がよいと判断されているのか)若手の技巧派青木も同時投入。さっそく水野の柔らかいパスを受けた中島が作った好機を山岸が惜しくも外す。続いてストヤノフの攻撃参加をマギヌンが荒っぽいファウルで止めた。この角度のない場所からのフリーキックを水野が直接ねじ込んだ。シュートが決まった瞬間の水野のガッツポーズには期待通り風格を感じる事ができた。やはり、もっと前で使って使うべきではないかと思うのだが。
 このプレイで負傷したストヤノフは足を引きずりながらしばらくプレイを続けたが、結局退場。最後10人となったジェフは、水野がボランチに下がり試合を1−1のままクローズ。

 こうなると欲が出る。是非次の千葉でのフロンターレ戦は水野をトップ下に起用してもらい、憲剛とのマッチアップを見たい。
posted by 武藤文雄 at 23:50| Comment(4) | TrackBack(0) | Jリーグ

2007年04月28日

「組織」のジュビロ、「個」のサンフレッチェ

 サンフレッチェの勝ち点が伸びない。J屈指の強力な2トップと両サイド、青山敏、柏木の正に伸び盛りの中盤。もう少し上位をうかがう位置につけてもよいのではないかと思うが。と考えながら、テレビでジュビロ−サンフレッチェを観ていた。考えてみれば、テレビとは言えじっくりとサンフレッチェの試合を観るのは久しぶりだ。
 一方のジュビロ。すっかりと若返りに成功した感のあるこのクラブは、完全なエースに成長した前田が長期離脱と言う難しい状況。加えて数少ないベテランの生き残り組の田中誠、鈴木秀人も負傷中。しかし、ファブリシオに加えてマルキーニョス・パラナと言う実用的なブラジル人、ようやく?A代表候補に選考された充実している太田、一本立ちした感のある成岡、菊地、カレンと言ったユース代表上がりのエリート選手達、犬塚、上田、大井らの若手と、多士済々の面々。そして黄金時代からの唯一?の生き残りが中山隊長で、かろうじて世代をつなぐのが川口なのだから、何とも愉しいメンバ構成だ。全くの余談だが、カズはすっかり銀髪になってきたものの表情は若々しいままだが、隊長はすっかりと中年顔になってきたのが、いかにもこの2人らしい気がしたりして。

 いきなりジュビロが先制。上田?が左サイドをえぐりファーサイドに好クロス、中山隊長がお約束の飛び込みでつぶれ、裏に抜けたところでカレンが落ち着いて正確なミートで叩き込んだ。クロスも隊長の飛び込みもよかったが、カレンの位置取りが絶妙だった。ダバツの後方に入り込み完全に1度「消える」事に成功。その外側から絞る服部はふくらむカレンを捕まえられなかった。これはよい2トップだ。
 青山敏が出場停止のサンフレッチェは森崎浩を下げてボールを拾わせ、柏木が中盤を仕切る。この前途有為な若者には、適度な試練と言うところか。寿人の献身的な引き出しとウェズレイの老獪な技巧を組み合わせ、サンフレッチェは工夫をこらして攻撃を仕掛ける。しかし、ジュビロの1点目のようにサイドをえぐりきれず、どうしても崩せない。
 そうこうしているうちに、ジュビロはCKからダバツを振り切った大井が強烈なヘッドで2点差とする。得点力欠乏に悩んでいると言うジュビロとは思えない冴えた展開となる。

 後半に入り、「えぐれないならば」と考えたのか、駒野がピンポイントのアーリークロスをトップスピードで走りこむ寿人にピタリ、正にピタリと合わせ1点差に。この場面は、さすがに2人共A代表選手としか言いようのないものだった。そして、サンフレッチェはさらに攻め込みの頻度を増やす。
 しかし、逆襲にソツがないジュビロは、隊長交代直後、犬塚?のセンタリングをカレンが叩き込んで再び2点差に。この場面でも1点目同様、カレンは巧妙な動き、サンフレッチェのセンタバック森崎和と右MFの駒野の中間に入り込んでいた。
 その後、寿人が倒されたPKでウェズレイが1点差とするものの、無理攻めにサンフレッチェが出たところでジュビロが止めの4点目で勝負あり。

 両軍豊富な運動量で戦った好試合。サンフレッチェの「個の力」をジュビロの「組織力」が上回ると言う、かつての両軍からは考えられない展開となった。
 ジュビロは前田が復帰すれば、かなりよい所まで行けるのではなかろうか。前田とカレンの2トップで仕掛けておいて、終盤に隊長を起用する事ができれば。また村井が復調すれば、太田との両サイドと言う強力な武器になるし。
 対するサンフレッチェだが、やはり最終ラインを何とかしなければならないのではないか。名将の誉れ高いペトロビッチ氏は、森崎和−戸田−ダバツと、前線への展開力を意識した守備ラインを構成、さらに駒野、服部の両サイドを前に押し出した攻撃的サッカーを狙っている。しかし、この日のジュビロのように執拗にサイドを狙われると、この守備陣では厳しい。と言って、ここに槙野のような純然たる守備選手を起用したり、両サイドを後方に位置取りさせてしまうとチームコンセプトが崩れる(槙野が強さを残したまま展開力を身につけてくれるのは、北京いや南アフリカに向けて嬉しい期待だが)。これが代表チームならば、阿部や今野のような展開力を持ちながら守備能力まで具備した選手を探せるのだが、単独チームでの理想と現実の差と言うものなのか。
 ここは森崎和に期待したい。オシム氏の代表の中核を担っているのは、かつてアテネ五輪代表でボランチのポジションを争った阿部、啓太、今野らなのだ。彼らにはない独特のリズムのロングパスと言う武器を持つ森崎和、難しいポジションを要求されているが、A代表を狙う志を持って戦って欲しい。
posted by 武藤文雄 at 23:50| Comment(3) | TrackBack(1) | Jリーグ

2007年04月26日

相対比較の難しさ

 友人に敵地であのを堪能してきた熱狂的フロンターレサポータがいる。まあ、一言で語れば「羨ましい限り」と言ったところ。正にこの世の春を謳歌している風情である。
 昨日の川崎全南戦よりも前に、私が「何と無く敵地でスコア上は完勝してしまうと、続くホームゲームって結構危ないんだよね。」とやっかみ半分でからかうと「そうなんですよね。リーグでレッズにも勝っちゃいましたし、何かゆるむもが怖いんですよ。」と余裕の態度で受け流されてしまった。
 で、受け流されたとおりに、またホームで完勝するのだから、恐れ入る。後から知ったが「にんにく注射我那覇出場自粛事件」のようなトラブル(本件に関しては、J当局の裁定が出た後に、フロンターレは明確な説明責任を果たす事が必要になろう)があって、代わりに起用された鄭大世が2点取るのだから、関塚氏も笑いが止まらないと言う事ところか。
 現実的にはフロンターレの2次トーナメント出場は、事実上決定したと言っても過言ではあるまい。大したものである。

 さて一方のレッズ。こちらも順調に勝ち点を伸ばしている。厄介なシドニー、上海の敵地で引き分け、埼玉スタジアムでは2連勝。教科書通りのホーム&アウェイでの戦果と言えよう。
 面白いのはこのグループのアウトサイダと予想され、初戦でレッズに完敗したインドネシアのペルシク・ケディリの大健闘。ホームで北京、シドニーに2連勝し、3位につけている。結果的に上海は、このホームでのレッズとの引き分けが初勝ち点と言う惨状振りだ。
 残り2試合を1勝1分けで乗り切れば、楽々2次トーナメント進出。毎期の事だが日程問題がネックになりそうだが、レッズにとって残り2試合での勝ち点4はほとんど問題にはなるまい。
 ところが、あるレッズサポータの友人が、この勝ち点勘定が不安で仕方がないと言っていた。

 確かに敵地でペルクシ・ケディリに負ける事があったら、自力進出がなくなってしまう。しかし、いくらホーム2連勝中のペルクシ・ケディリだとしても、レッズが負ける確率が相当低いことはどなたもご賛同いただけると思う。いや、勝つ確率が相当高い事も間違いないのだ。もちろん、日程問題や悪天候などマイナスの要素もあるだろうが、ホームとは言え、初戦3点差しかつけられなかった事で非難された事自体が記憶に新しいではないか。
 確かにペルクシ・ケディリと引き分け以下でシドニー戦を迎えた場合、シドニーに引き分けでダメになる可能性も低くない。けれども、元々この大会が始まる時点では、ホームの3連勝は必達と考えられていた事ではないか。また敵地で手合わせした印象からも、序盤こそレッズ守備陣がやや固くて連続2失点してしまったが、格段に強いチームと言う印象もなかったではないか。むしろ、現状は当初のリーグ戦への計画通りに話が進んでいると考えるべきだろう。
 もちろん、サッカーは何が起こるかわからない。再三繰り返すが、日程問題が足を引っ張る可能性も低くない。けれども、現実的に考えれば、レッズはここまで極めて順調に来ているのだ。何も慌てる必要も心配する必要もないと思う。
 ただ、くだんの友人は、たまたまフロンターレの勝ち点積み上げがよすぎて、相対的に不安を感じる事になってしまっていると言う事だろう。このあたりの「隣の芝」問題は、色々な面でサッカー観戦をより面白くするものだと思った次第。
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2007年04月25日

1986年1月6日の思い出

 23日の深夜、携帯が鳴った。エルゴラッソ編集部からではないか。
「あれ25日の連載はなくなったはずだが。」
と思いつつ電話に出ると、何とも愉しい依頼が。
「明後日は『みちのくダービー』で、そのプレビューをやるんですけれど、板垣さんが仙台好調の要因の1つである手倉森コーチ(双子の兄弟)のお2人について取材してくれたんです。ただ、手倉森さんと言っても、若い読者はほとんど知らないので、150字くらいの短い文章でよいのでちょっと書いてもらえませんか?」
で、私が
「手倉森兄弟と言ったら江尻でしょう。」
と、80年代サッカーファンの常識を言ったら、担当氏がすっかり面白がってくれて、結局400字の大作を書かせていただく事になった次第。と言う事で25日発売号の4面に記名記事で、若かりし頃の手倉森兄弟の思い出が出ています。ミニサッカー講釈今昔版だな。ただ、何となく板垣さんの本編を押している感じになってしまっているな。ごめんなさい、板垣さん、いつも出しゃばりで。

 もっとも、そのプレビューが仙台の読者の手に届くのは、試合終了後明けて26日との事。実はこの物流問題については、解決が非常に困難な事は、詳しい話を聞いた事があるのでよくわかっている。けれども、敢えて言わせていただこう。頑張れエルゴラッソ営業部!素人の戯言だが、宅配読者にはインタネットを併用した速報を併用するなど、何とかするのがプロでしょう。

 この記事で書かせていただいた85−86年シーズンの高校選手権。手倉森兄弟率いる五戸高校は、準々決勝で江尻、真田を軸とした清水商業の試合運びの巧さに敗れた。とは言え、三ツ沢で見たこの試合はとても内容のある見事な試合だった。両軍の個人技、戦術眼、鍛えられた肉体、面白かった。五戸のリーゼントの応援団長が試合開始前に清商にエールを送り、当然返礼のエールが帰ってくると思って清商の方に向かって応援団全員が頭を下げていたのにも関わらず、清商応援団は全くその事に気がつかずチャカチャカ自軍の応援に専念していたのも忘れ難いが。
 同じ会場でもう1つの準々決勝は、鹿児島実業−四日市中央工業。四中工の阪倉が攻撃的MF!で大活躍し完勝。こう考えると、1986年1月6日は、手倉森兄弟、真田、江尻、阪倉と好タレントを堪能できたよい思い出の日だったな。ちなみに、鹿実には前田浩二がいたらしいが、何も記憶がない。
 この日は偶然、スタンドで数ヶ月前にワールドカップ予選神戸香港戦日本サッカー狂会応援ツアーバスで隣同士になった大学生と再会したのも忘れ難い。中田徹と言う男だった。
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2007年04月24日

都並監督とセレッソ大阪

 前節コンサドーレがヴェルディとの乱戦を制しJ2のトップに躍り出た。ベガルタサポータとしては悔しい思いもあるけれど、大事な事は第52節終了時点での勝ち点。
 順位表を見ると、「いかにもなるほど」と言う雰囲気になっているのがリーグ戦の面白いところだ。アビスパ、サンガ、コンサドーレにベガルタまでの4クラブが上位に入るのは全くの予想の範囲内。序盤苦戦していたモンテディオとベルマーレが立て直ししてきたのは流石と言うところか。特に開幕戦でベガルタ相手に「大丈夫か」と言いたくなるような試合をしたベルマーレの復調は歓迎したい。そして、明日はみちのくダービー。せっかくの貴重な集客可能な試合を平日に行なわなければならないのは、いかがなものとは思うが、好調同士で戦うのは悪くない。ただいま異国におり、リアルタイムの観戦など夢の夢だが、敵地とは言え爆発するのだ萬代。
 余談ながら、ヴェルディについては、まあ予想の範囲内。もう少し上位に粘ってくるかもしれないが、このままならば大丈夫だろう。ただし、このクラブは「ある手段」を採った瞬間に大反転攻勢を取る事ができるのが強みなのだが、どうぞご自由にと言うところか。

 さて今日の本題は、一昨期にJ1優勝を僅かな差で逸し、昨期急転直下でJ2落ちしたセレッソ大阪。順位はヴェルディより下の8位、勝ち点10はトップのコンサドーレとは11差。セレッソ関係者としては多いに不満が残る状態だろう。ここで興味深いのは、セレッソの監督が都並氏と言う、我々ベガルタサポータにとって何とも微妙な男を監督に抱いている事なのだが。
 2部落ち決定以降、名波、西澤、ブルーノ・クアドロス、大久保、黒部、下村、河村、柿本、柳本、山田卓と、ほぼ1チーム分の優秀な選手が、セレッソサイドの意図の有無はさておきクラブを去った。それでも、森島と古橋は保持した上に、後方に藤本(この選手が本調子でなく五輪代表に入ってこないのは残念)、前田、江添、そして吉田ら実績ある優秀なタレントをズラリと揃え、さらに前線には苔口、若森島、そして柿谷と「天性の素質」については疑いない逸材を保有するこのクラブ。「これだけの人材がいたのに何故2部落ちなのか」と言う突っ込みはさておき。
 とは言え、このクラブの今シーズンの狙いは当然1部復帰。これはサポータを含む全てのチーム関係者が皆思っている事だろう。しかし、サッカーのリーグ戦と言うものは常に競争相手がいるだけに、決して容易ではない目標だ。
 しかもこのクラブの狙いはそれだけではない。森島が率先してプレイできるうちに、優秀な素材である柿谷、若森島、苔口、藤本らを1人前にしながらと言う難しい条件付である。そして、そのためにシーズンオフに、上記した中心選手の大量放出に踏み切ったのだろう。しかし、短期的な勝利と大幅な若返りの両立は非常に困難な目標なのだ。そしてその実現のためには最終的な結果はさておき、相当に粘り強い対応が必要になってくる。
 
 そう考えてくると、都並氏を監督に招聘したのは1つの選択だとは思う。
 ベガルタ時代の都並氏を振り返ってみる(ベガルタ監督時代の都並氏については幾度も書いたので興味がある方は左に検索窓に「都並」と入力ください)。第1クールのチームの入りは中心選手に負傷者が続出した事もあって実に酷かった。またかろうじて第2クールで持ち直したが、対戦が二巡し相互に相手の特徴を理解するようになった第3クールはボロボロ。それでも第4クールに恐るべき粘り強さで勝ち残り、あの運命の最終節を迎えるに至った訳だ。
 シーズン半ばまでの、ベガルタサポータからの都並氏への評価は最低最悪。幾度もバスを囲まれ、よせばいいのに一人でサポータ達の前に出て行き、売り言葉に買い言葉とは言え、「お前ら素人にサッカーの事がわかるか」との暴言まで吐いた。(サポータサイドにも問題はなかったとは言えないが)結果的に自業自得とは言え、仙台スタジアム内では四面楚歌状態。しかも、笛吹けど選手達は踊らず成果は上がらない(その責任が誰にあるのかは別にして)。
 あの苦しい状況。都並氏はご存知のように弁が立つ人材。無理に苦労多い監督など務めずにも、食っていく手段はいくらでもあったはず。いつ監督を辞任しても不思議ではない状況が1シーズン続いたのだ。

 しかし、それでも都並氏は投げ出さなかった。

 選手都並敏史は超一流の選手だった。そして、あれだけの実績を残すためには、天分の他に鋼のような精神力が必要だったはずだ。その鋼のような精神力は、引退後10年近い日々が経っても健在だったのだ。
 そして、最終節に世界サッカー史上にも稀な采配は見せたものの、後一歩で入替戦出場までチームを導いた。何と言う粘り強さだろうか。そして、その恐るべき粘り強さは、現在のセレッソに最も必要な要素ではないかと思ったりするのだ。

 もっとも、上記は必要条件に関する論説に過ぎないのだが。 
posted by 武藤文雄 at 23:56| Comment(3) | TrackBack(0) | Jリーグ

2007年04月23日

事務連絡070423

 そう言えば、エルゴラッソの連載が掲載された際の告知について最近サボっていたなと。ほぼ隔週水曜日掲載ではあるのですが、金曜日号に載った時くらいは告知するようにすべきだったと少々反省しています。また、諸事情で4月25日発売号には連載が掲載されません。ただ、連載の決定版となる意欲作を執筆中ですので、しばらくお待ちください。

 で、今日は違う媒体のお話を。
 サッカーJ+でおなじみの(いや坊主に言わせると、各種のゲーム雑誌で有名らしいのですが)エンタブレーン社が、黄金連休前に満を持して発行した新雑誌TOKYO SOCCERに、まとまった原稿を書かせていただきました。このURLを見ていただくと表紙や概要が出ていますが、いささか武藤の路線?!とは異なる雑誌に思えるかもしれません。けれども、本BLOGそのままの独自論がタップリ出てくる文章が掲載されています。このURLには当該作品は出てきませんが、結構な分量の記名原稿です。
 この雑誌そのものは、首都圏で生のサッカーを愉しみたい方々に格好のガイドとなる雑誌だと思います。サッカー雑誌にも、このような多様性が出てきたのだな、と感慨深いものがあり、それに記名原稿を書かせていただいた事に喜びを感じてもいます(うっかりして雑誌の発売範囲を聞いてません、首都圏限定なのかな?)。

 本屋でお手に取っていただいても、目次には私の名前が出てきません。したがって、ご購入いただいてじっくりと私の名前を探していただくのが一番よいのですが(笑)。
 もっとも、拙BLOGを読みなれた方には、このような回りくどい前振りをせずとも、名前を見つけられずとも文章を読んだ瞬間に「こんな文章を書くのは武藤くらいだろう」と理解いただけるような作品です。よろしくお願いいたします。
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2007年04月22日

スコットランドチャンピオン決定

 ノンビリやべっちを見ていたら...
 
 何だよ、あのフリーキックは。あそこであの時間帯で決めるかよ。

 私が貴兄の名前を聞いたのは96年かな。南、宮本、古賀、戸田、城定、広山、山口、明神、柳沢、山下、福田と言った優秀なタレントが揃ったユース代表。「中盤でパスを出せるタレントがいれば...」と言う話があり、大野なり長田あたりに期待が集まっていた。そんな時に友人が言っていた。
「何て言ったかなあ、神奈川の桐蔭学園みたいな名前の高校に、細身だけど凄い巧い左利きがいるんだよ。桐蔭じゃあないのだけど、似た名前の高校だったなあ。本人の名前も、田中じゃあないし、高橋じゃあないし、普通の名前なんだよ。何て言ったかなあ、でも本当に巧いんだよ。名波とも前園とも違うんだ。」

 その若者は本当に凄かった。
 97年ワールドユースで決めた信じ難いフリーキック。98年トルシェ氏就任直後のアルゼンチン戦のループ。99年シドニー予選で平瀬に通した40mのアウトサイドでスライスを切ったパス。00年シドニー、幾多も通した完璧なラストパス(再三日本の危機を救う左サイドでの守備を含め)。その後のアジアカップで名波の副官としての幾多の妙技。01年サンドゥニでカンデラに踏み潰された失態。以降のトルシェ氏との微妙な関係。そして02年のメンバ発表。03年のコンフェデでの妙技。04年オマーン戦でのPK失敗と不調。そしてアジア再制覇時の芸術の数々。マスカットオマーン戦で、ミラン・マチャラに「我々には中村がいなかった」と嘆かせたあの鈴木に合わせるセンタリング。05年埼玉北朝鮮戦での交代出場後の鬼気迫るリーダシップ。コンフェデで幾多も見せてくれた芸術。セルティック移籍後の数々の妙技。

 どうして貴兄はあの1年前のドイツでだけ...
 まあいいよ。頼むぞ、南アフリカ。おお、その前にアジアカップか。3連覇だな。
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2007年04月21日

レッズ敗れる

 すっかり「負けない」事が定着していたレッズが、ホームの埼玉スタジアムで敗れた。さすが昨シーズン2位で、共にアジアチャンピオンを争うフロンターレと言うところか。

 前半はレッズの猛攻。左サイドの小野、阿部のコンビ、右サイドの山田の前に長躯する長谷部。両翼に拠点を作り仕掛ける。長谷部が右サイドをえぐり、後方から進出するポンテにグラウンダのセンタリングを合わせた攻撃など、実に美しかった。フロンターレは、とにかく前半を川島を軸に防ぎきった。このGK補強は大正解(一方で、これだけのGKが何故わざわざ楢崎がいるチームに移籍して控えの座に甘んじる事を選択していたのかと言う疑問にもなるのだが)。

 そして後半。森が不在の関塚氏は、前半から本来左サイドの村上を右に回し、左サイドに黒津を起用していた。前半はフロンターレはすっかり押し込まれており、この起用を云々と言える状態ではなかった。ところが、いきなり後半序盤の1点目で黒津の起用が大当たりとなる。憲剛を軸にした巧いパス交換でレッズを押し込んだ時間帯、黒津は見事な技巧で、山田と長谷部を破り(長谷部を抜き去った際の肩の使い方の見事な事)グラウンダのセンタリング。それでもレッズの守備組織はさすがで阿部が一番危ないところに戻っていたのだが、クリアしようとした瞬間に我那覇がかっさらうように後ろから飛び出しシュートを決めた。我那覇がシュートを決めた時、ボールとほぼ同時に阿部の足を払った形になった。阿部は「後方からファウルされた」とアピールしたいかの表情。確かに微妙だったが、我那覇の動作は明らかにボールに触るためのもの、文句のない得点と言ってよいだろう。
 さらにその直後、フロンターレは全く異なる方法で左サイドを破るのに成功する。左サイドでジュニーニョがキープ。ジュニーニョの瞬間突破力を怖れ、対応した山田?がウェイティングした瞬間に、ジュニーニョは一度ストップしてタメを作る。前後して黒津が左サイドを駆け抜けてレッズ守備陣の注意を引いた瞬間、ジュニーニョは素早く左足でカーブのセンタリング。ボールは完璧なコースで都築と阿部と堀之内の中間点に飛び、そこにマギヌンが走り込んでいた。ここでの堀之内と阿部の位置取りには問題はなかったのだが、ジュニーニョのセンタリングが凄過ぎた。ジュニーニョはマギヌンが飛び込む事を信じて、あそこを狙ったのだろうか。
 いずれの得点も、よいサイド突破に対すると守備陣は自陣に向かっているだけに守るのは難しいと言う当たり前の事実を再確認させられるもの。阿部は位置取りは完璧だったのだけに悔しかろうな。いずれも闘莉王がいても防げなかったように思う。

 ここからは再びレッズ猛攻。
 CKの処理をあろう事か憲剛がミスし、永井がボールを奪い落ち浮いてセンタリング。ワシントンが合わせるもファーにこぼれ、堀之内が川島と交錯しながら(と言うか蹴られながらも)押し込む。堀之内の勇気には感嘆。
 以降もレッズが攻め込むが、フロンターレ守備陣が巧かったのはラインを浅めに人数を揃えた事。ここのところ充実している永井だが、敵との駆け引きでラインの裏を取るのはあまり巧くない。レッズがワシントンに何とかボールを収めても、そこから裏を突く事ができなかった。小野に代えて平川を入れて両翼から裏を狙ったのはよいやり方だったがやや芸が足りず。大変贅沢な話だが、田中達也と相馬が控えにいれば状況は違ったかもしれないが。

 まあ負ける時と言うのはこのようなものだろう。面白い試合だった。両軍はいかに切替えて翌水曜のアジアチャンピオンズリーグに臨むのだろうか。
posted by 武藤文雄 at 23:50| Comment(2) | TrackBack(0) | Jリーグ

2007年04月19日

メッシ

 まあ、何と言ったらいいのか。

http://www.youtube.com/watch?v=YDoHBK2NFsA

 講釈のしようがないと言うか。

 ただ、あきれるのは、最後GKを抜いて身体が外に向いた状態で、敵DFのスライディングを読んで(あるいは見て?)利き足でない右でシュートを浮かす事ができると言う事。

 ディエゴと比較すると
(1)ワールドカップの準々決勝と言う場の重さ
   加えて66年以降因縁があったイングランド戦
   と言う事、さらにその直前の1点目の「神の手」
   対して、こちらは一介のリーグ戦の1試合
(2)ディエゴのドリブルがワンタッチずつ加減速が
   入るようなステップに対し、敵がいない時の
   メッシのドリブルはひたすら速い。
   が、一本調子になったと思わせて、敵が立ち塞がった
   瞬間に変化が生まれる。
   ディエゴにやられた守備者は「何が起こったかわからない」
   だったろうが、メッシにやられた守備者は
   「わかっていてもやられる」と言う印象か。

 まあ、それにしても恐れいりました。
posted by 武藤文雄 at 23:50| Comment(3) | TrackBack(0) | 海外