「あれ25日の連載はなくなったはずだが。」
と思いつつ電話に出ると、何とも愉しい依頼が。
「明後日は『みちのくダービー』で、そのプレビューをやるんですけれど、板垣さんが仙台好調の要因の1つである手倉森コーチ(双子の兄弟)のお2人について取材してくれたんです。ただ、手倉森さんと言っても、若い読者はほとんど知らないので、150字くらいの短い文章でよいのでちょっと書いてもらえませんか?」
で、私が
「手倉森兄弟と言ったら江尻でしょう。」
と、80年代サッカーファンの常識を言ったら、担当氏がすっかり面白がってくれて、結局400字の大作を書かせていただく事になった次第。と言う事で25日発売号の4面に記名記事で、若かりし頃の手倉森兄弟の思い出が出ています。ミニサッカー講釈今昔版だな。ただ、何となく板垣さんの本編を押している感じになってしまっているな。ごめんなさい、板垣さん、いつも出しゃばりで。
もっとも、そのプレビューが仙台の読者の手に届くのは、試合終了後明けて26日との事。実はこの物流問題については、解決が非常に困難な事は、詳しい話を聞いた事があるのでよくわかっている。けれども、敢えて言わせていただこう。頑張れエルゴラッソ営業部!素人の戯言だが、宅配読者にはインタネットを併用した速報を併用するなど、何とかするのがプロでしょう。
この記事で書かせていただいた85−86年シーズンの高校選手権。手倉森兄弟率いる五戸高校は、準々決勝で江尻、真田を軸とした清水商業の試合運びの巧さに敗れた。とは言え、三ツ沢で見たこの試合はとても内容のある見事な試合だった。両軍の個人技、戦術眼、鍛えられた肉体、面白かった。五戸のリーゼントの応援団長が試合開始前に清商にエールを送り、当然返礼のエールが帰ってくると思って清商の方に向かって応援団全員が頭を下げていたのにも関わらず、清商応援団は全くその事に気がつかずチャカチャカ自軍の応援に専念していたのも忘れ難いが。
同じ会場でもう1つの準々決勝は、鹿児島実業−四日市中央工業。四中工の阪倉が攻撃的MF!で大活躍し完勝。こう考えると、1986年1月6日は、手倉森兄弟、真田、江尻、阪倉と好タレントを堪能できたよい思い出の日だったな。ちなみに、鹿実には前田浩二がいたらしいが、何も記憶がない。
この日は偶然、スタンドで数ヶ月前にワールドカップ予選神戸香港戦日本サッカー狂会応援ツアーバスで隣同士になった大学生と再会したのも忘れ難い。中田徹と言う男だった。








