2007年05月31日

モンテネグロ戦前夜

 重厚かつ発展性のあるメンバ構成ではないか。
 昨秋のオシム氏就任以降レギュラとして起用され続けてきた選手に、海外クラブ所属選手+楢崎、さらに五輪代表の中心選手(当然ながらいずれも自クラブのエース格)が加わった編成となった。

 昨秋の札幌サウジ戦は、試合終盤いささかエネルギー切れで失速気味の内容となったが、後半序盤3点目を取るまでのサッカーは実に見事で美しいものだった(余談ながら、「オシム氏のサッカーは面白くない」と言う人がいるらしいが、そのような人は「私は試合をちゃんと見ていないけれど」と前触れをつけて欲しいものだ)。
 そのチームに3月のペルー戦では、中澤、中村、高原の3人が加わった。中澤の加入で、闘莉王がおとなしくプレイしたのは御愛嬌だったが、3人とも見事な存在感を見せてくれた。ただし、全体的にはサウジ戦の連動性が損なわれた感もあったが、これは試合と合同練習をいくばくか重ねる事で改善されていく事だろう。

 そして、今回のキリンカップでは、楢崎、中田、稲本が呼び戻された。
 これまで川口の控えとして選考されていた川島にせよ西川にせよ、いずれもJ屈指の有力GK。しかし、現状では川口と比較されれば「経験」と言う部分で見劣りしているため(若いのだから仕方がないのだが)、ここまで川口は主将を務めている事と合わせ、チーム内ではいささか別格の扱いだった。しかし、積年のライバル楢崎の復活により、ここでも激しい競争が始まる事になる。しかも、Jの前節、川口はアルビレックス戦で明らかなミスから失点を重ねたに対し、楢崎はFC東京戦で幾度か決定機を防ぐなど大活躍だった。さて、明日我がゴール前に立っているのはどちらなのだろうか(いや、川島も好きな選手ですが)。
 通年通して欧州で活躍していた中田と稲本のプレイも実に愉しみだ。TV中継の関係で、中村と高原(と松井)の映像は何回も愉しむ事ができるが、この2人の映像は中々見る事ができていない。稲本が完全に通年に渡り継続して活躍したのは、01年シーズンに欧州でプレイするようになって初めての事ではないか。また、中田はリーグタイトルこそのがしたもののカップを獲得しての凱旋となる。今回のメンバからは負傷で、闘莉王と加地が離脱しているが、それでも、後方の選手として中澤、中田、坪井、駒野、啓太、阿部、今野、稲本とメンバが揃っている。こう並ぶと、若手の成長株水本と青山は、相当な努力を積まないと継続して選考されない事もよくわかる。ともあれ、誰がどう並ぶのか、そしてどう機能するのか、これを想像するだけでも愉しい。

 後方の選手と言えば、ちょっと気になるのは橋本。元々、大変器用な選手ではあるが、今シーズンは本来のボランチからサイドバックから、複雑な戦術的ポジションを見事にこなし、ガンバの首位快走を支えている選手。オシム氏はアジアカップの苦しい連戦時に、その柔軟性を期待して今回の選考にも残したのだと思う。上記のメンバを見ると、出場機会があるかどうか非常に苦しいところだが、試してみたい選手だ。非常に楽観的だが、キリンカップの2試合日本はリードして終盤を迎えることになると予想している。最後の10分間あたりに、橋本起用が見られ、それはアジアカップのための重要な準備になるように思っているのだが。

 やはり最前線は高原が中心となるのだろう。02年にJで得点王になり、ドイツに渡った02−03シーズンこそ、猛威を振るった高原の不振も長かった。今シーズンの4年振りの安定した活躍、そしてペルー戦での得点と落ち着いた突破は貫禄を感じさせた。この選手のよさは、様々なタイプの選手と「合う」多様性にもある。ペルー戦では巻と息の合ったところを見せてくれた。00年ワールドユース以来と思える播戸との連携、高原が作ったスペースに疾風のように飛び込む寿人、敵を引きずりながら前進する矢野の後方から進出する高原など、様々な期待がかかる。

 中村の負傷の程度はどうなのだろうか。とにかく、以前より述べているが、中村と憲剛の連動を見たい。これは、もはや本能的欲求だ。ただし、憲剛のポジションには、これまた今シーズン充実している遠藤がいる。ただし、遠藤はオシム氏のチームにおいて常に中核的な期待を負いながら、何かこう今一歩のプレイが続いているように思える。この2人の質の高い定位置争いも愉しみ。ここも、この3人に比べると、本田、家長、水野の五輪組、あるいは藤本が割って入るのはキツイだろうなあ。右から、中村−憲剛−本田と言う配列を見てみたい気もするのだが、爺さんはそのような選択はしないのだろうし。

 「誰を使うのかなあ、皆使いたいなあ」と考えるのは、代表の親善試合前日の大きなタノシミなのだ。
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2007年05月29日

前田俊介は生き返るのか

 2005年ワールドユース1次リーグ最終戦、日本−豪州。引き分ければ、2次トーナメント進出が濃厚となる日本は、慎重に守備的な試合を展開。後半に入り、焦れて出てくる豪州の後方を、水野と梶山が巧みに突き始め、このまま試合が進めば勝利も十分に望めそうな展開。ところが、豪州の何でもないFKからのクロスボールを、ここまで抜群の安定感を見せていたGK西川がファンブルし、そのこぼれ球を決められて失点。
 日本の必死の猛攻が始まる。そして終盤、家長に代わって左ウィングに起用されていたため、なかなかゴール前に進出できないでいた前田がついに敵陣前に進出。梶山からの絶妙なパスを受け、オフサイドラインぎりぎりから抜け出し、利き足でない右でシュート、敵GKに当たりながらもボールは豪州ゴールに転がり込んでいった。
 この前田の一撃は、2次トーナメント進出を決めたと言う意味でも、西川と言う逸材のミスを「適切な失敗経験」に止める事ができたと言う意味でも(もしあのまま負けていたら、西川は相当期間あのミスを引きずってしまった事だろう)、そして何より技巧とシュート能力が共存している逸材ストライカの前田が大事な得点を決めてくれたと言う意味でも、非常に重要なものだった。
 シュートへのアプローチの巧さ、シュートそのものの強さと精度、自ら敵を抜きさる事が可能なドリブルの感覚、決して大柄ではないが存分に強い当たり、敵陣を後ろにしても振り向ける反転の巧さ、敵陣前でも落ち着いているふてぶてしい態度、日本には珍しい技巧と得点能力を共存したストライカ候補が登場し、最も苦しい場面で得点してくれた事に、喜びを禁じえなかった。

 あれから2年経った。
 同世代のFWを考えてみよう。カレン・ロバートは献身的で質量ともに抜群の運動量を武器にジュビロで明確な実績を挙げている。伸び悩んでいるとか考えが甘いとか散々叩かれているが、平山はオランダでそれなりの実績を挙げ、FC東京でもそこそこ登場し、とにかく五輪代表で点を取っているのだから、前田よりは格段にマシである。そして、遠くイタリアに飛んだ森本は、現在不運な負傷に泣かされているが、負傷前にはセリエAで美しい得点を決めている。
 FW以外の同世代の選手に目を向ければ、西川、水本、青山直、家長、本田、水野の6人は、Jリーグ屈指のプレイヤとして、A代表に入るのが当然と言うレベルまで成長した。その他にも青山敏(サンフレッチェの同輩ではないか)、谷口、枝村らのJでの活躍は見事なものだ。さらには、より若年の柏木(サンフレッチェユース出身ではないか)、内田、安田と言ったあたりのユース代表選手も着実に地歩を築いている。

 それなのに、前田俊介は何をしているのだ。

 05年シーズンは、控えからの出場が多かったのは確かだが、そこそこサンフレッチェでも活躍した。終盤の勝負どころで得点を期待されて起用され、セットプレイまで任され強引に得点を狙っていた。しかし、昨シーズンに入り出場機会は激減。確かに昨シーズンから、サンフレッチェの2トップは佐藤寿人、ウェズレイと、J最高の能力を持つコンビとなり定位置争いは厳しいものがある。しかし、短い時間の起用さえ激減しベンチ入りすらできない現状は何なのだ。
 これだけの素材が、ここまで出場機会を得られないと言うのだから、伸び悩みとか、監督との相性とか、定位置争いの質が高いとか、単一要因によって一時的な不振に陥っている段階ではなく、複合的な要因が重なり合って下手になったと考える段階なのかもしれない。そのくらい、前田の現状には危惧を抱いていた。

 その前田のトリニータへのレンタル移籍が決定したと言う。
 確かによい移籍だと思う。移籍先のトリニータでは、シャムスカ氏の好指導も期待できるし、高松のようにいかにも前田と「合いそうな」人材もいる。
 けれども、上記した通りこれだけの逸材がここまで低迷している現状を考えると、単に河岸を変える程度の刺激でかつての好プレイが蘇りはしないのではないかとの不安も大きい。それでも、かつての潜在力を思い出す度に、前田の成長には期待せざるにはいられなくなる。決して安穏な道が待っているとは思えないが、これをきっかけに復活して欲しいと切に願うばかりである。
posted by 武藤文雄 at 23:50| Comment(8) | TrackBack(0) | Jリーグ

2007年05月26日

終盤交代させられた水野

 TVでジェフ−ガンバ戦を堪能した。この試合は生観戦も計画していたのだが、諸事情で断念。しかし、競技場に行かなかった事を心底後悔させられるほど面白い試合だった。

 ただでさえ選手層の薄いジェフは、ストヤノフ、佐藤勇と言う後方の大黒柱を欠く苦しい布陣。それでも、チーム一丸となった組織守備は健在。前半からガンバにペースを握られながらも、鋭いカウンタから好機を掴む。
 そして20分過ぎ、水野が、鮮やかボレーキックでサイドチェンジを山岸に通した好機以降、チーム全体が集中して押し上げ猛攻。執拗に山岸が左サイドを狙い、ガンバ守備陣がしのいだ所を拾った羽生の正確なクロスを、巻が打点の高いヘッドで落とし、新居が正確な胸トラップからきれいに流し込んで先制する。
 期待通り水野は相変わらず好調、忠実に動いて巧く自身の前方にスペースを作る。その上で、いやらしいドリブルと強烈なカーブがかかったクロスと2種類の攻撃を常に持つだけに、ガンバ守備陣にとっては大変厄介な存在となった。その後も、相当深いところから水野が入れたクロスに巻と新居が飛び込んだ場面も惜しかった。
 また巻も豊富な運動量で暴れ回る。TV解説の三浦泰年氏が「ドロクバみたいだ」と言っていたが、さすがにそれは褒め過ぎに感じたが、あれだけ引き出して前線でつぶれれば後方の選手は相当楽になる。ちなみに巻は70分ごろ交代するのだが、ベンチに戻るのもつらそうなくらい息が上がっていた。にも関わらず直前まで走り回っていたのだ。この男の持久力と言うのは一体どうなっているのだろうか。

 攻勢を取りながら攻め切れない展開に西野氏は、後半アタマから家長を投入。二川を両翼に迂回させ、家長が強引なドリブルで中央突破を狙う、そして本来のボランチに下がった遠藤が自在に配球する事で、完全に中盤を制圧。家長と二川の即興性あふれる崩しに強力2トップが絡む攻撃は迫力十分、しかもやや攻め疲れてきたところでベンチで機を待っていた播戸を投入できるのだから。
 さらにガンバが巧かったのは、右DFにポジションを写した橋本が中央にやや絞込み、左DFの安田を徹底した上げてきた事。あれだけ中盤でキープされて全体が押し下がった状態で、左DFが上がってくれば、対面の右MFの水野はどうしても守備重視になる。これにより、最も怖ろしい水野の前進を押える事にも成功した。ここはジェフは後方に選手を増やし、水野を前に出すべきだと思ったのだが。
 しかしジェフの守備陣は粘る。斉藤のカバーリングが冴え、下村も押し込まれながらも守備ラインに吸収されずにボールを拾う。主将を任された水本も、1度安田に入れ替わられた場面を除いては、持ち味のしつこい守備力を存分に発揮する。池田がポジションを誤り、シジクレイのクロスからマグノ・アウベスにヘッドされた場面(ボールはバーに当たった)は唯一完全に守備が崩された場面。しかし、それ以外では守備網が振り切られてガンバにシュートを打たれても、ギリギリまで身体を寄せる事で防いでいた。
 押し込みながらも、すっかりジェフの守備ペースに巻き込まれかけていたガンバを救ったのは、明神だった。安田が見事なドリブルで水野を抜きセンタリング、ジェフ守備陣は1度ははね返し、そのボールを羽生が拾って下村に落として逆襲の起点にしようとした。そして、その落としを明神は狙っていた。見事なインタセプト後、そのままのスピードでジェフ守備陣を抜き去り、左足で低く抑えたシュートは逆サイドネットに。好守を続けていた立石は全くチャンスがなかった。「ああ、ガンバにはこの男もいるのか」と思わせる一撃。明神ももう29歳になった。こういうプレイを見ると、これだけのタレントを使おうとしない代表監督がいた4年間を改めて悲しく思えてきたりして。
 しかし、0−1から猛攻を仕掛け、ようやく同点に追いついたガンバにはやや攻め疲れも見え始める。そして、ジェフも再び速攻を仕掛けられるようになる。中でも惜しかったのは75分頃だったか、工藤が黒部を壁にしたワンツーから抜け出し冷静な左足シュートでガンバGK藤ヶ谷を破った場面、シュートはポストのほんの少し外側を抜けていった。2人が見せたアイデアと技巧も見事だったが、面白かったのは水野の位置取り。右サイドフリーでボールをもらえる位置に入った瞬間、スッと後方に下がって静止した。その結果、安田?と遠藤の2人が魅入られるように水野を警戒するため外に開いてしまい、結果として工藤がワンツーで抜け出すスペースを作る事になった。
 
 ホームのジェフも、常時攻撃を唱えるガンバも引き分けで終わらせる気持ちはなかったところが、この試合を一層面白いものにした。双方疲労した終盤、殴り合いの感を呈してきた頃、両軍ベンチが最後の交代カード。西野氏はここまで対水野に七転八倒していた安田に代えて入江。守備固めと言うよりは目先を変えて右DFに入った橋本を押し上げようとする策に思えた。ところが、アマル・オシム氏は水野に代えて青木。確かに水野は疲れてはいたが、他の選手にはできない事をできる唯一無二の存在だと思うのだが。
 その後もジェフは幾度かセットプレイを含む好機を掴むが、もう水野はいない。そして、運命の遠藤の直接FKを迎える事になる。遠藤のFKのコースも強さも完璧、GK立石の視野を防ぐガンバのチームメートも見事。けれども、立石が先に動いてしまったのはどうした事か。1年半前のナビスコ決勝でPKの名手遠藤に対し、「最後まで動かない」事で好捕した場面を思い出すと複雑な気持になる。

 ガンバは強い。負傷離脱の加地、後半登場した家長、播戸とまごう事なき代表選手3人を除いてスタメンを組む事ができる事だけでも凄いのに加え、後から後から選手を起用し次々と変化ある攻撃を行い、苦しくなると明神のような選手が活躍する。レッズがアジアチャンピオンズリーグも視野に入れながら戦う以上、やはりリーグ戦の本命はガンバだろう。西野氏恐るべしだな(うーむ...これについては別に書きたいと思っています)。
 ジェフも悪くはない。飛車角抜きの守備陣でこの日くらい忠実に守れる組織力。そして水野と巻を軸に多彩な攻撃(水野がいればJのいずれのチームからも得点は計算できよう)。この順位にいるのは、今シーズン目を覆うようなミスからの失点が再三あったからだが、この日に関して言えば90分集中が続き(あの明神にやられた場面は敵を褒めるべきだろう)よく戦っていた。このまま我慢を続ければ、必ずや順位は上がっていくだろう。
 だからこそ、終盤水野を交代した策はいかがなものかと思う。しかし、一方であの勝負どころで代えられてしまう事に水野自身の問題でもある。確かにこの日も、上記した他にも安田にやられた場面が複数回あったし、相変わらず正確につないでキープすべき場面で無理をしてボールを奪われた事もあった。まだまだ課題も多い事は確かだ。
 試合終了間際、NHKのカメラがジェフベンチを映し、敗れ行く自軍を呆然と見守る巻と水野が大映しになった。力を使い果たしピッチを去った巻はさておき、なすすべもなく自軍が敗れて行くのを見守るしかなかった水野はこの敗戦をどう捉えたのか。
posted by 武藤文雄 at 23:50| Comment(12) | TrackBack(0) | Jリーグ

2007年05月25日

理解しづらい五輪代表候補選考

 五輪1次予選の最終戦マレーシア戦に向けた候補選手が発表になった。

 1次予選開始後、頑なに固定メンバに拘泥していた反町氏。3連勝の後の敵地シリア戦では早々に選手を拘束し、中心選手を供出した各クラブがJリーグで勝ち点を失うと言う事態を巻き起こした(だから「反町ケシカラン」とは言わないけれど事実は事実として)。しかも、早期召集してしっかり調整したはずなのに、後半は多くの選手の動きが止まってしまったのは大変残念だった。さらに出場権を確保した後も「1位になるために」と称してベストメンバを召集し、香港まで連れて行った(もっとも、水本の負傷離脱があった事もあり、4DFを試すなどオプションを増やす事はできたのだが)。

 ところが、1位を確定して安心したのか、ホームマレーシア戦に向けてはこれまでのサブ組と新しい選手を24人も招集し選考合宿を行なうと言う。増嶋も河本も小椋も豊田も岡崎も、もちろん萬代も、当然ながら枝村も試すのは意味がある事だと思う。しかし、新しい選手だけを組み合わせても何も生み出さないと思うのだが。例えば、増嶋を伊野波に代えて起用し、水本や青山と連携させるのは非常に重要だろう。枝村を本田圭祐や水野や家長や梶山と共存させられるのか、それとも誰かを外すべきなのか検討するのも大切なテストだ。豊田と萬代に必要なのは、本田や水野にいかほど合わせられるか、梶山の縦パスをどのくらい納められるかの確認のはず、そうでなければ平山との比較のしようもないではないか。
 いずれにしても、そのようなオプションの増加には、中心選手の存在が不可欠なはずだ。だから、敵地シリア戦から少しずつメンバを代えておき、少しずつ色々な選手を試すべきだったのだ。
 さらに言えば、マレーシア戦前はJ1はA代表の強化期間に入るため、敵地シリア戦や香港戦の時ほどには中心選手を提供する痛みは少ない。一方、J2クラブは試合が継続するから、結構つらいものがある。したがって、J2の選手を呼ぶならば中心選手と一緒に呼んだ方が効率がよかっただろうし、J1クラブに気を使うならば前の2試合の時こそ気を使うべきだったのではないか。
 加えて、ユース代表の内田や柏木など、ワールドユース終了後は選考が確実ではないかと思わせる程のJ1での実績ある選手もいる現状で、わざわざ大量の選手に間口を広げる必要があるのか(もっとも反町氏はJ1での実績はあまり気にしないで選手選考しているが)。誤解されては困るが「選手招集の窓口を閉めろ」と言っているのではない。今回召集された選手、あるいはそれ以外の選手でも、明確な実績を揚げて来た時点で、少しずつトライしてみればよいと言っているのだ。

 もう1つ。谷口不在に関しては、ある意味反町氏に感心した。「自分の構想に合わない選手をを選ばない権利」を監督は持っているのだ。もっとも、氏は一時谷口を「控え選手」として再三召集しており、かつ試合ではほとんど試していない(さらに言えば、谷口は起用された試合でいずれも悪くない出来だったように思う)。反町氏は、「僅かな時間の試合」と「練習」で谷口を観察し、よほど拙い何かを発見したのだろう。そしてそれは、今回の24人に谷口が入らないほどの決定的なものなのだろう。ただし、そのあたりは、「説明責任」を果たした方が、反町氏にとってはプラスになると思うが。
 ちなみに、過去の五輪代表を思い起こすと、バルセロナ予選で横山総監督が「プレイが小さい」と断じて藤田俊哉を外したのは当時大変な驚きだった。また、アトランタ予選で西野監督が(明確な説明はなかったが)J1のトップクラブの中心選手である平野孝と三浦淳宏を全く選考しなかった。五輪代表で、Jのトップクラブの中心選手が選考されないのは、谷口が初めてではない。

 以上述べてきたように、反町氏の選考にはどうにも理解できない事が多い。これまでの勝ち点勘定を考えれば立派な成績だし、チームも次第に機能し始めているし、選手層も厚くなっているのだけれども。

 ところで、先日私の事を「反町氏が嫌いな武藤さん」とおっしゃった方がいる。それは誤解です。選手としても大好きだったし、監督として物凄く期待しているのだ。五輪代表監督としても、ほんの少しのボタンの掛け違いさえ直せばと心底思っているのだ。ただ、最近掛け違ったボタンが随分と増えてきたようにも思うのだが。
posted by 武藤文雄 at 23:50| Comment(4) | TrackBack(0) | 五輪

2007年05月24日

「オシムに問う」てはいない雑誌

 移動の最中、駅の売店でNUMBERが目に付いた。今号は679号。メインタイトル曰く「オシムに問う」。ページの半分を、爺さんが何がしかを訴えるような写真。
 副題がいい。「オシムは日本サッカーを再生できるか」、「巻誠一郎はなぜ必要とされるか」、「小野伸二はこのまま招集されないのか」、「松井大輔は試練を生かせるか」、「日本はアジアカップで勝てるのか」。

 思わず手に取り、530円の投資の是非を検討する。疑り深い性格なもので、念のため目次を開く。すると、特集として様々な記事があるが、トップにはあの木村元彦氏が「特別取材」した「オシム −日本サッカーを再生できるか−」と言うのが掲載されている。「これは買いだ!」と判断、新幹線の時間まであまりなかったので、さっさと530円の投資を行った。

 完全にだまされたよ。

 新幹線に乗り、パソコンを立上げメールを処理した後、おもむろにNUMBERを開いた。上記冒頭の木村氏のページを開くのももどかしい。読み始める。「あれ?!」全然オシム氏の「語り」は始まらない。始まったのは、グルノーブルのGMの祖母井氏のインタビュー。上記した木村氏の「オシム −日本サッカーを再生できるか−」と言う記事は、実は祖母井氏のインタビュー記事だったのだ。
 その他の記事は、巻、小野、松井へのインタビュー、その他オシム氏がらみの様々な記事、もちろんいずれもNUMBERらしいヒネリの利いたものものあるのだが。
 つまり、この雑誌は誰も「オシムに問う」ていないのだ。期待していた「オシム氏の小野へ論評」どころか、「オシム氏へのインタビュー」もかけらもない。確かに、「オシムに問う」ている記事はないが、それぞれの論評の主題は「オシムに問う」だけれどもね。
 しかも、疑り深い私のような人間が目次を確認する事まで、完全に読まれていた訳だ。目次には祖母井氏の「祖」の字も出てこない。

「文藝春秋よ、ここまでやるか?!」

 まあ、多くの場合、詐欺と言うものは「騙された方が悪い」と言うものなのだが。それにしても悔しい。

 しかも、この号は結構いい記事が多かったりして。猪狩真一氏がまとめたレイソル監督石崎氏の「オシム氏から学びたい」と言う思いを引き出した見事なインタビューは絶品(これは僅か1ページですが素晴らしい。皆さん是非呼んで下さいね)。また、「オシムに問う」特集に関係あるのかないのかはわからないが(もちろん私は関係あると思いたいが)佐藤岳氏の「久保竜彦インタビュー」も興味深いものだった。どこまで真実かどうかはさておき、現状で久保が悩んでいる負傷の詳細を掴む事ができる。
 上記の2つの記事が載っている雑誌を、530円で買う事に不満があるものではない。けれども、「完全に文藝春秋に騙された」と言う悔しさは消えないな。

 NUBMERと私の付き合いは古い。大学時代、「NUMBER1」と言う雑誌が発刊され、次号が「NUMBER2」だった時の「そうか雑誌名は『NUMBER1』ではなくて『NUMBER』だったのだ」と「やられた!」と言う思いは忘れ難い。当時はサッカーの記事は僅少だったが、野球やラグビーの記事は面白かったし勉強になった。
 初めてサッカーの特集が組まれたのが、84年の釜本引退時。「蹴る巨人」と言うタイトルだった。後日、その号がNUMBER始って以来の最小の売れ行きだったと聞いてショックを受けた。
 しかし、90年代に入り状況は変わった。NUMBERはサッカーが人気を得ると共に再三「サッカー特集」が組まれるようになった。最初は喜んでいたが、97年のフランス予選あたりから、あまりに「自虐的日本代表論」ばかりが目立つようになり、距離を置くようになった。その後は、たまに面白そうな企画を発見すると買うくらい。
 それでもオシム氏就任以降、幾度か興味深いインタビューが掲載されたこともあり、最近は購入機会が増えていた。で、今回騙されたわけ。騙されての530円への悔しさよりも、文藝春秋の低い志が悔しい。

 でも、悔しいけれど、54ページの石崎監督のインタビューは必見ですけれどもね。
posted by 武藤文雄 at 23:50| Comment(9) | TrackBack(0) | マスコミ

2007年05月23日

主審の評価基準

 本業都合で国内各地をウロウロし、疲れ果ててようやく新大阪のホテル着。いそいそとインタネットでJ2の速報を眺めて、またドッと疲れが出た。敵地でサガンに0−1の敗退そのものも痛いが、前節に続いて連敗かと思うとつらいな。ともあれ、中心選手2人が出場停止に加えて、守備の大黒柱木谷が負傷離脱と、縦のラインから3人が抜けて中2日の敵地遠征。悪い条件が重なったと考えて切替える事だな。

 実は昨晩ようやく問題となった前節のヴォルティス戦の映像を見る事ができた。負けたクラブのサポータが語ると説得力が薄いと思うが、確かに主審の判定は酷いものだったと思う。
 ポイントは序盤の萬代の退場劇。ペナルティエリアやや外でボールを巧く受けた萬代がドリブルで強引に突破を狙う。この受け方がよかったので、録画であり萬代が速い時間帯に退場になったのを知りながらも思わず「いいぞ萬代」と言う雰囲気のドリブルだった。ところが、そのドリブルを萬代がコントロールミス。ボールは応対したDFの足に収まってしまい、お互いバランスを崩したDFと萬代が転倒。そこでホイッスル。北村主審は高々とイエローカードを萬代に突きつけた。その直前にも不可解な判定で警告を食らっていた萬代は敢え無く退場となってしまった。これは典型的なミスジャッジ。おそらく、北村主審はたまたま見ている角度が悪かったのだろうか。交錯による転倒をダイビングと見たのか、バランスを崩した萬代の足の動きを危険なプレイと見たのか。非常に残念な判定だったが、この手のミスジャッジは頻度が多くては困るが、サッカーには付き物と諦めるべきだろう。
 一時騒然としたユアテックスタジアムだが、とにかく前半は無難な流れが続き、終了間際には10人のベガルタが中島の見事な得点でリードを奪って終了した。しかし後半、ヴォルティス丹羽のシュートが決まり追いつかれる。その後も1人少ないために押され気味のベガルタだが、このあたりから神経質な北村主審の笛に悩み始める。典型的なのが後半20分過ぎのベガルタの攻撃時、菅井が倒された場面や、中島のシュートがヴォルティスDFの手に阻止されたように見えた場面、笛は鳴らず。そして止めを刺すように、敵と交錯した千葉の不可解な退場劇。確かに反則を取られても仕方がない動きにも見えたが、だからと言って警告を食らう当たりには決して見えなかった。9対11となり終盤の失点で万事休した。

 どうしても私はベガルタ寄りの見方をしてしまうのかもしれないが、北村氏の主審振りはなるほど酷かったと思う。けれども、そのような事故や不運にあっても勝ち点を積み上げられるのが強いチームと言うもの。負けは負けであり、当方が弱かったから負けたと考えるべきだろう。そもそも、ベガルタは第1節のベルマーレ戦で北村主審の判定により勝ち点を得ている。ベルマーレ斉藤がベガルタ中島のドリブルを止めた場面、私が見るところ斉藤はボールに対して正当なタックルをしたにも関わらず、北村氏はPKと判定したものだ。このように審判の判定と言うのは一種の裏表、長いシーズンではプラスマイナスとなると考える方が健全だろう。

 それはそれとしてこの日の北村氏の心理を邪推してみた。
 まず、萬代退場劇の影響。おそらくハーフタイムで副審や4審から何がしかの指摘を受けたのだろう。ホームチームに不利な判定をしてしまっただけに、後半「その影響が出ないように」過度の意識を持ってしまったのではないか。結果的に微妙な部分の判定を、常に「ベガルタ不利」に判断してしまったのではないか。
 また(北村氏に限らないが)しばしば躊躇無く赤紙を切る主審たちを見ての偏見。審判委員会は、彼らの査定を「退場させるべき時に退場させなかった」と言う観点だけで行なっているのではないかと思えてならない。「退場させるべきでない時に退場にさせた」と言う観点での査定を加えれば、事態は改善するのではないか。
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2007年05月22日

鈴木武士氏逝去

 共同通信社の運動部記者として長年活躍されていた鈴木武士氏が5月13日に病気で逝去されたと言う。69歳だったそうだ。牛木素吉郎氏のBLOGで悲報を知ったのだが、まだ随分とお若かったのがちょっとショック。最近、氏の文書を見る機会が減っていたのだが、長い期間体調を崩されていたのだろうか。
 鈴木氏の文章は、賀川浩氏や牛木氏と比較すると、色がないと言うか非常に醒めた目でまとめられていたものが多かったように思える。それはそれで、若い頃にサッカーを勉強するために非常に役に立った記憶がある。

 とりあえず手元にある鈴木氏がまとめられた本を探してみた。

「サッカー世界のプレー −1970メキシコワールドカップー」
牛木氏が構成し自ら中心となる論点を著述しながら、、何と長沼健氏、さらには大谷四郎氏、谷口博志氏、そして鈴木氏も執筆している、70年大会のほぼ完全な記録。74年以降は牛木氏は単独でこのシリーズを書き続けるが、鈴木氏、牛木氏らが最初に本格取材したこの70年大会は分担執筆となっている。まともに映像を見る事ができていない70年大会を、「さも見たような」態度を取れるのもこの本のおかげか。

「私にライバルはいない −ベッケンバウアー自伝ー」
鈴木氏が翻訳し76年に出版されたもの。74年にワールドカップを獲得し、当時クライフと並び世界最高の選手と言われていた傲岸不遜なベッケンバウアの自伝(そもそもタイトルからして凄い表現だよね)。内容も中々愉しくて、嫌いなコーチの排斥、若い頃のだらしない女性関係なども、正直に語っている。これが出版された時は高校1年生だったのだが、非常に愉しく読んだ記憶が。

「世界サッカー史」
B5サイズで超450ページと言う大著。チェコスロバキア人(当時)が書いた本を、岡野俊一郎氏、牛木氏と共に鈴木氏が監修している。77年出版当時9500円もした。高校生サッカーオタク(当時はオタクなどと言う言葉はなかったか)のプライドを賭けて、小遣いを貯めて買った記憶がある。この本は穴が開くほど何回も読んだ本の1つだ。

 サッカーの魅力を我々に紹介してくださった大先輩が1人いなくなってしまった。ご冥福を祈りたい。
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2007年05月21日

若年層代表チーム選手招集問題

 いささか旧聞ではあるが、コンサドーレの三浦監督が、なかなか面白い発言をしたらしい。要点を抜粋してみた。
大事なことは所属チームで出ること。(抜ければ)もちろん痛いです。(招集は)ルールでそうなっているからしょうがないけれど、個人的にはサブなら連れていく必要はない。U−20の大会は世界的にはそれほどではないし、プレミアリーグの選手は(ほとんど)出ないし、スーパーの選手はいない。ルーニー(マンチェスターU)だって卒業していた。出ないなら、行かないほうがいい。
 快調にJ2首位を走る三浦氏としては、「とにかく藤田を取られるのは痛い」と言うのがホンネだろう。しかし、スポーツ新聞の報道ゆえ本当にこのような発言をしたかどうかは割り引いて考えなければならないだろうが、正直言って「知将三浦俊也」としては隙のあり過ぎる発言である。

 いくつか揚足を取る。
 「個人的にはサブならば連れていく必要はない」
 この言葉をそのまま真に受ければ「レギュラの11人ならばJリーグから選手を連れて行ってもよいが、サブならばJでプレイする選手を連れて行くべきではない」と言う事になってしまう。論理的に分析すると、あまりに説得力のない発言となってしまっている。三浦氏としてはマスコミを用いて、吉田氏にプレッシャをかけたつもりなのかもしれないが。
 「U−20の大会は世界的にはそれほどではないし...」
 アルゼンチンが、過去誰をこの大会に出場させていたか知らない訳ではなかろうに。
 「ルーニーだって卒業していた。」
 あんた、藤田は日本のルーニーかい。札幌のルーニーかもしれないけれど。もっとも、ペトロビッチ氏が柏木に関して同じ発言をしたならば、結構迫力はあったかもしれない。ちなみに、小野、高原、遠藤、小笠原らでワールドユース準優勝を果たした時の1次リーグイングランド戦、敵にクラウチがいたな。

 何より、この発言が公になった事で藤田本人が辛くなったな。コンサドーレユース出身ゆえコンサドーレへの愛着は人一倍だろうが、ようやく掴んだ日の丸のチャンス。ここで成果を発揮し、ワールドユースでも活躍すれば、一気に北京五輪代表、そして南アフリカへと野望が広がるはず。ところが、三浦氏の発言が藤田の耳に入れば、「もしかして代表に行ってしまったら、三浦さんには使ってもらえなくなるのだろうか」くらい思っても不思議ではなくなってしまう。

 三浦氏はこう言うべきだったのではなかろうか。
78年地元ワールドカップで初優勝したアルゼンチン代表チームは、75年のトゥーロン国際大会からスタートを切ったと言う。この由緒ある大会の代表に、我がコンサドーレの藤田征也が選出された事を誇りに思う。藤田が代表に取られるのは本当に痛いが、トゥーロン、そしてカナダで藤田が活躍する事は、コンサドーレの財産そのものになる。吉田監督にお願いしたいのは、とにかく藤田をたくさん使ってもらう事。J1クラブに所属している他の誰にも負けない実力を持っているのだから、1分でも多く使って欲しい。もし、藤田の実力を見誤って、出場時間が短いようだったら、それは日本サッカー界にとって大損失だ...
とか。
 あるいは、「(ワールドユースはさておき)準備のための合宿や遠征は止めるべきだ」と、本質的な事に絞って発言した方がよかったかもしれない。これはこれで1つの卓見である。私は日本代表サポータではあるが、一方で若年層代表チームの強化は、あまりに単独チームの犠牲の上に成り立ち過ぎているのではないかと危惧している。たとえば、ワールドユース前にトゥーロンに行くよりは、各選手がJで戦う方がより強化には適切かもしれない。集まって強化するばかりが能でないのだから。

 ともあれ、藤田はよい選手だ。トゥーロンでもカナダでも十分期待できる。毎週の厳しいJ2の試合と、今回の国際経験を巧く組み合わせ、この好機を活かして大いに成長して欲しいところだ。
 
 より上位を快走する目の上のタンコブ、三浦氏のこの不用意かつ軽率な発言は、コンサドーレにとってマイナスにしかならなかったではないかと思ったりする。シメシメ。と最後にホンネ。
posted by 武藤文雄 at 23:50| Comment(10) | TrackBack(1) | 若年層

2007年05月20日

フットサルアジア選手権決勝

 恥ずかしながらフットサルは自分でプレイした事はあるもののトップレベルの試合を観るのは、TV観戦含めて初めて同然。ともあれ、結果は大変残念だったイランに敗れた決勝戦の映像は、存分に堪能させていただいた。ともあれ、ピントのずれている視点があるかもしれないがご容赦を。

 言われ尽くされている議論かもしれないが、フットサルはサッカーとは全く異なるスポーツだ。決定的に異なるのは中盤がない事。速攻がかけられない時はサッカー同様ボールを回して敵の隙を伺うのは同じだが、この日の両国のように組織的に集中した守備振りだと、それだけでは崩せない(守備力が弱いチームが相手だと、ミドルシュートを打つスペースができるのかもしれないが)。結果、遅攻で直接崩すと言うよりは、むしろ後方でボールを回す目的は、全体で動いて敵守備網にズレを作り、速攻と同様に前線に速いボールを送り込む機会をうかがう事が狙いに思えた。このあたり、サッカーとは全く異なる概念だ。
 サッカーとは異なる競技な事は確かなのだが、では似た広さのバスケットボールやハンドボールに似ているかと言うと、「足と手」の決定的な違いがある。バスケットやハンドボールでは、「ボール保有時には得点をする」事が基盤となるが、上記したようにフットサルの場合はボールを回していても得点にはつながらないケースが格段に多い。すると、類似するスポーツとして当然考えられるのはアイスホッケーなのだが、オフサイドと壁の利用とゴール裏でのプレイの相違から、これまた全く異なるスポーツの様態を呈してしまう(ボールを運ぶスピードはアイスホッケーが一番近いかもしれない)。昔、合衆国で流行っていたと言うプロの室内サッカーは壁を使ってもよかったはずだけれども。そう考えると、フットサルは全く独自の競技なのだろうなと。
 もちろん、基本技術としての足技の重要性は言うまでも無くサッカーとの類似しているのだが。

 イランとの決勝は、見たところ完敗。エースストライカの9番をこちらは止められず、一方敵の主将のヒゲの10番の心憎いポジショニングに日本の攻撃はほとんど止められてしまった。正直なところ、こちらがホームだったにも関わらず、よほどの幸運に恵まれないと勝てないのではないかと印象を受けた。もちろん、1試合だけ見ての印象に過ぎないし、昨年は逆に準決勝でイランに快勝しているとの事。実際には両国の戦闘能力差はそれほど大きな差は無く駆け引きや作戦で、結果的に内容、得点とも差がついたのかもしれない。
 ただいずれにしても、この決勝戦を見る限りでは、このレベルまで来ていると、ボール扱いと判断力と言うサッカーと同様の「個の力」の向上が必要なのかと推察した。

 フットサルと言う競技は、普及については今後も問題ないように思える。少年にとってサッカーへの導入としても適しているだろうし(ロナウド、ロナウジーニョと言った名手達がフットサル出身と言うし)、成年が仕事帰りにやる競技としても相当定着しているし、年寄り同士ならば動かずに済むフットサルは悪くないし(ただし、サッカーと異なりサボるとすぐばれるのは問題だが)。問題は、その普及から強化にどう結びつけるかだろう。
 今秋より開催されるFリーグが、どれほどの集客が可能で、各クラブの損益計算がいかほどになるのか。Lリーグと同様Fリーグも、常にJリーグと言う強豪と戦いながらの集客が必要となる。また、サッカー女子代表のように、勝利が一層のサッカーの普及につながる(刺激された女性が1人でも多く球を蹴り始める)循環が働くかと言うと微妙な部分もある。フットサル代表の見事な勝利に刺激されて、サッカーあるいはフットサル人口が増えるかと言うと、その露出の少なさ、特にサッカー露出との相対差を考えると、そう単純には事が運ばないようにも思えるからだ。
 などと言うややこしい事は、Fリーグの各クラブ(既にプロのクラブもあると言う事だが)が経営破綻さえしないと言う前提を守りながら、走りながら考えればよいのかもしれない。とにかく、私の宿題は秋から始まるFリーグをまず生観戦する事だな。
posted by 武藤文雄 at 23:50| Comment(3) | TrackBack(0) | サッカー外

2007年05月18日

Jリーグ開幕15周年

 実は本業都合で異国に行っていた関係で、五輪予選敵地香港戦の映像も見ていない(もちろん、インタネットは時々覗いていたので、これは見ました、悔しいのはこれだけ見事な一撃だったのに香港の壁がいい加減だった事、ちゃんと本田対策で4人は壁に立ててくれよ、そうすれば本当の意味で歴史的一撃だったかもしれないのに)。

 ともあれ、過ぎてはしまったが去る5月15日は、Jリーグ開幕15周年だったのだなと。ちょっと驚くのは、Jリーグ開幕はほんの最近の印象が強いのだが、既に自分のサッカー狂歴の中ではもう半分近い年月になると言う事だ。
 この年齢になり、ほとんどマンガと言うものを読まなくなって久しいが、さすがにモーニングに連載しているGiant Killingだけは、毎週気にかけている。実は上記の驚きを明確に感じたのは先日このマンガを読んでいた時。マンガの中の話だが、ベテランのサポータが嬉しそうに、主人公である監督の現役時代の思い出を、若いサポータに語っていた。15年の月日はそれぞれのクラブにそのような歴史を刻むものだなと。

 正直な事を言うと、私はJSLを解散してJリーグを作る事に何がしかの精神的抵抗を感じていた。80年代半ばからJSLで見る事のできるサッカーは十分に面白いものだったからだ。清雲栄純氏が作り上げた岡田武史と宮内聡を軸にしたアジアチャンピオンの古河、カルロス・アルベルト・ダシルバ氏が率いたペリクレス−ラモスー戸塚哲也の読売。競技場で試合を観れば面白いのだし、選手はほとんどプロなのだし、このままのリーグ戦でよいではないかと思ったのだ。
 確かにチームが首都圏に偏在しているのは問題だったので、ホームタウン制度(もっともチーム決定時にはフランチャイズと言っていたな、この違いはすごく大きいが本題からそれるので別な機会に論じよう)を積極的に導入するのは賛同できた。しかし、フタを空けてみれば、首都圏に5クラブがやはり偏在。さらにその首都圏の割り振りもいい加減で、読売は川崎をホームにと言いつつ明らかに全国区、横浜に日産と全日空が配されしかも全日空は九州を「特別活動地域」としていた。あげく古河に至ってはホームタウンの候補地だった習志野から追い出され(本来はそれだけで除名処分?になってもおかしくなかったはずだが)ようやく市原に本拠を構えながら東日本全域を準活動領域にすると言う怪しげな態度。実際、読売ほど酷くはなかったが、これら3クラブも当初は必ずしも地域密着には熱心とは言い難かった。首都圏と言う難しい地域ではあったが「何が地域密着だ」と言う思いがあり、「これならJSLのままでよいではないか」とすら思ったものだった。
 また、それとは別にJSL屈指の強豪だったヤマハは政治的?に脱落(本件については昔このような文章にまとめた事がある)。本当に強いクラブが加入を認められなかった事が非常に不満だったのだ。
 まあ、そんな事を考えていたので、素直でない私は15年前に全てを飲み込んでJ開幕を迎えた訳ではなかった。熱心にサポートするクラブもなかったし。

 しかし、私は間違えていた。間違えていた事を10年前に反省したのがこの文章。そして、あれから10年、さらに状況は飛躍的によくなっている。10年前に書いたのは、単に代表強化にJリーグが寄与したと言う内容に過ぎないが、今はもっと凄い事が起こっている。それは多くのクラブが完全に地域に根付いた事だ。我が故郷で隔週ごとに愛するクラブが大観衆の前で戦っているのを初めとして、日本中にプロのクラブが展開し、強いクラブのサポータも弱いクラブのサポータも毎週毎週阿鼻叫喚を愉しんでいる。
 そう考えると、本当に自分は先見性のない男だと思う。10年前にその先見性を称えた御仁は、それだけで大きな存在なのだから、晩節を汚している現状を見るに忍びないのだが。このままの状態を継続すると、東京五輪での得点以外の美点は誰も語らなくなる事に気がつかないのだろうか。どうしてもこの話題になるな。

 ともあれ。
 Jリーグがこれからどのような発展をするのかはわからない。今後も経済的に苦しむクラブが出たり、再びフリューゲルス消滅のような人災も起こるかもしれない。けれども、我々はJリーグを知ってしまった。これほどの快楽を一度皆が味わった以上は、我が国には必ずJリーグがあり続けるはずだ。

GIANT KILLING 5
綱本 将也
4063726827
posted by 武藤文雄 at 00:00| Comment(8) | TrackBack(2) | Jリーグ