思い出したくない事だが、昨年の豪州戦を思い起こしてみよう。あの試合、確かに前半の得点は幸運だった。また、前半ビドゥカのポストプレイに手を焼いたが、宮本を軸に組織的に何とか守りきる。そして、後半はすっかり日本ペースになった。高原と柳沢がシュートを打ちさえすればよかったのだが(泣)。さらに消耗した前線の選手をちゃんと交代すればよかったのに、「引き分けの時は動かないジーコ」はその状態を放置。さらには、完全に消耗していた高原、中村ではなく、まだ少しは動けていた柳沢に代えて小野を投入。もっとも、同点直後に小野のパスから福西が決定機を掴んでいたのだが。以降、中盤のバランスが崩れてしまいガタガタになってしまった。
後半20分過ぎに、高原に代えて巻か大黒、中村に代えて小野か中田浩二か稲本か小笠原、を投入していれば、2−0で勝ちきれる内容だった。豪州はよいチームだし、よい選手がたくさんいる。しかし、中盤でプレスがかかった状態でそこを抜け出す技術や発想を持った選手はいいないのだ。まあ、1年経った今さら何を言っても意味がないけれどね。
豪州は以降ブラジル、クロアチアとも健全に戦い、1次リーグを勝ち抜く。そして1/16ファイナルでもイタリアと堂々と渡り合った。その高さと強さは脅威だし、欧州の列強にも勝るとも劣らない。いずれの選手の技巧も安定しているのも確かだ。豪州は欧州のクラブでレギュラを張れる労働者を多数抱えている。これは尊敬すべき事だ。しかし、我々と異なり、サッカーに変化をつけれらる程の技巧や判断力を持つ選手はほとんどいない。最後の最後は「力任せ」に頼るしかないのだ。サッカーと言う競技において、高さと強さは重要ではあるが、判断力と技巧よりは優先度は低いのだ。
豪州は体調を大会後半に合わせてきている可能性があるので、オマーン戦の不出来についてはは割り引いて考える必要があろう。今大会、豪州と直接戦う機会が来るかどうかはわからない。その機会が訪れたとしても、そんなに怖れる必要があるのだろうか。私は、常に粘り強いプレイをしてくる韓国や、選手個々の技巧と判断力が優れているイランの方が怖いと思う。ただし、韓国は朴智星などの主力が不在。イランは東南アジアの高湿な気候を苦手にしているのは自明な事。それぞれ問題を抱えている。
油断は禁物だが、臆する必要もないのだ。
そして日本。
準備期間の短さは情けない限りだ。また過密日程が、闘莉王と言う中心選手の離脱を招いた。しかし、今回の代表チームには過去にない強烈な潜在力を感じる。
今シーズンの中村憲剛の展開力は00年アジアカップの名波を髣髴させる。当時の名波と比較して憲剛に欠けるものは、国際経験だろう。しかし、少なくとも憲剛はアジアチャンピオンズリーグの1次ラウンド、フロンターレを率いて見事に準々決勝進出を果たしている。むしろ、このアジアカップで憲剛が経験を積み、いよいよ冴えたプレイを見せてくれるのではないかとの期待は大きい。
そして中村俊輔。昨年失意のワールドカップを送ったこのタレントは、スコットランドで大量の勲章を受領して帰国し、アジアカップに臨む。前々回の優勝では名波の家来として前線で幾多の変化をつけた。前回の優勝では、開幕のオマーン戦の技巧的得点を筆頭に「ここぞと言う場面」で鮮やかな技巧を見せてくれた。そして今回、世界屈指の名手として東南アジアに降り立つ。厳しいタイトルマッチになればなるほど、「個」の力で局面を打開できる彼の能力は貴重なものになるはずだ。
中盤にこの2人が並ぶ事だけで、期待は高まる。と言うか、この大会は、これだけの中盤選手2名が「キャリアの中で最高」とも思えるタイミングで迎えるアジアカップなのだ。
さらに最終ラインには、経験と強さを具備する中澤と、後方の仕事ならば全てを処理できる阿部が並立している。また加地と駒野と言うサイドアタッカ、啓太、今野の知的労働は、それぞれアジアで屈指のレベルにある。
そして、最前線の高原がアジア最高峰の核弾頭である事は言うまでもあるまい。
楽な戦いではないだろう。けれども、今回の日本代表が「歴史的強チーム」になる可能性も存分にある。世界屈指の名将に導かれる我が代表に期待してもバチは当たるまい。








