2008年01月13日

サンフレッチェの選手達

 J1でも上位に食い込めるのではないかと思われる戦闘能力を具備しながら、入替戦初戦まで奇策を継続した事が最大要因となってJ2に陥落したサンフレッチェ。大量に選手が流出するのではないかと言う話もあったが、どうやら大物でチームを去るのは、年齢的にいっぱいになってきている感のあるウェズレイの他は、代表のレギュラでもある駒野、若手の吉弘くらいの模様だ。代表クラスでは、寿人が早々に残留が確定、若手のエース格柏木も随分と迷ったようだが結局残留を選択したらしい。
 下位リーグに転落したクラブの選手が、活躍の場を上位クラブに求めるのか、(陥落の責任を負う事を含めて)クラブに残留し上位リーグ復帰を目指すのか、と言う議論がよく行われる。選手の立場からすれば、短い選手生命の中でできるだけ高いレベルのサッカーをプレイし、少しでも多くのカネを稼ぎべしと言う理屈の上では、どう考えても前者のはずだ。しかし、世の中理屈通りに動くのがいつも正しいかどうかは別な話、各選手の人生観に選択がゆだねられるべきであろう(もちろん、そのような選択肢を持つのは、下位リーグ転落決定時に上位リーグからオファーが来るような優秀な選手に限られるのだが)。
 
 報道によると、駒野のジュビロへの移籍が確定的との事。現在の駒野の充実を考えると、国内クラブ間と言う意味では、昨期の阿部の移籍にも匹敵する大型移籍と言っても過言ではないだろう(「その駒野を抱えていながら、なぜ2部落ちするのだ」と言う議論が必ずつきまとうのだが)。今期のオフは、各クラブとも移籍による積極的補強が目立つが、国内選手補強による戦闘能力向上と言う意味では、最もインパクトの大きな移籍だと思う(もっとも、若手の超大物水本の去就も同様に注目されるのだが)。駒野加入により、今期のジュビロは相当面白い存在になると見る。
 若手スターの柏木は、陥落決定直後に自らの去就を濁らす発言があり、移籍するのかと思われたが残留を選択した。この若者に関しては、陥落決定後の天皇杯でも大活躍、その存在感をさらに高めた。累積警告で決勝戦が出場停止になり、その決勝でサンフレッチェが柏木不在により攻め手を全く見い出せずに完敗した事も、逆の面でこの選手の評価を上げる事になった。また、準々決勝のFC東京戦で五輪代表でポジションを争うライバルの梶山を圧倒したのも一層の好印象を与えた。伸び盛りのこの逸材がJ2でのプレイを選択した本意はよくわからない。五輪で活躍をするために、環境変化を最小限にする事を考えたのだろうか。また、サンフレッチェに対しては多くのJ2のチームは守備を固めてくる事になろうから、それを毎週(週2日の事も多いが)技巧と発想で突破する工夫をする事は、柏木にとってよい経験になると考えたのかもしれない。もっとも、何かしら近い将来の海外進出を含めた代理人の微妙な作為を感じるのだが、それはそれとして。もう1つ、五輪前の強化はJ2日程とは全く同期せずに行われるだろうから、夏までサンフレッチェは「柏木不在で戦う日程をどうするか」と言う問題に悩まされる事になる(もっとも、他にもよい選手は無数にいるのだから、J2他チームとの戦闘能力相対比較においては大した問題にはならないかもしれないが)。
 そして寿人。彼の残留選択は大きな驚きだ。この選択により、今後の寿人のA代表での活躍は相当難しい事になると思われるからだ。06年初頭にジーコ氏に代表に呼ばれた以降、オシム爺さんも再三寿人を代表に呼んできた。代表でもそこそこの活躍をしてきた寿人だが、完全に地位を確保している訳ではない。実際、先日の岡田氏就任直後の合宿には招集されていない。寿人のライバルを考えてみても、現状高原を別格としても、巻、矢野、前田、大久保、達也、幡戸、そして田代など、様々なタイプのFWがズラリと揃っている。この2月からワールドカップ予選が始まる日程を考えると、これらのライバル達が揃って負傷、不調に悩まされない限り、J2所属と言う事だけで寿人が代表に呼ばれるのは相当難しくなった。寿人が陥落決定直後サポータに「必ず1年でJ1に戻ろう!」と絶叫していた場面が再三再四テレビでも放映されたが、「あのような異常な場での発言に過ぎないのではないか」と思っていたのだが、そうではなかった訳だ。まあ、そのあたりがこの選手の何とも言えない魅力でもあるのだが。かつて、ベガルタに所属した事もあり、代表選手としての完成を相当期待していたこの異能ストライカだけに、複雑な気持ちもあるが、この意思決定については尊重して見守るしかないわな。それにしても、ユアテックスタジアムでこのような形で寿人をまた迎えるとはねえ。

 で、サンフレッチェは、駒野や吉弘が抜けただけでJ2に戦闘能力をほとんど落とさずに登場する事になった。迷惑な話ではあるが仕方がない。期待はペトロビッチ氏が昨年同様間抜けた采配を継続してくれる事なのだが。
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2008年01月12日

強豪クラブの補強

 レッズが精力的な補強を行っている。
 高原、アレックスと欧州でプレイしていた日本人選手を獲得(アレックスはレンタルからの復帰だが)、国内のブラジル人FWとして最高レベルの実績を挙げているエジミウソン、さらに若手選手としては国内最高の素材の1人梅崎の加入も決定済み。離脱する中心選手は今のところワシントンが確定、長谷部が微妙くらいの模様。ネネもチームをさる模様だがこの選手は「貴重な控え選手」と言う位置づけだったし、細貝の成長でここは十分カバーできそう。小野は負傷で移籍し損ねたがゆえの残留が有力なようだが、諸問題を抱える小野だっていないよりはいた方が格段にチームのためになる。しいてマイナス要因を挙げるとしたら、「突出した個性を持った控え選手」である内舘と岡野が年齢的に厳しくなってくるくらいか。いずれにせよ、ただでさえ国内屈指の戦闘能力が一層高まったように見える。

 しかし、そう事は単純ではないように思うのだ。

 間違いなく選手層は厚くなった。負傷や出場停止などで、中心選手が離脱した場合のやり繰りは間違いなく楽になるだろう。また、優秀なタレントが増えた事で戦術的な多様性も増える事も確かだろう。これらのプラスは否定しない(「それをオジェク氏は使いこなせないのではないか」と言うイヤミは置いておく)。
 しかし、単純にスタメンを考えてみた場合どうだろう。たとえば、昨期のレッズのFWは、ワシントン、ポンテ、達也、永井の4人にいずれかがスタメンを張る事が多かった。今シーズンは、高原、エジミウソン、達也、永井のうち2人がスタメンとなるのだろうが、どの組み合わせにしても必ずしも昨期より上回るとは言えないではないか(もちろん、高原が毎試合2点くらい取るとか、まだ若い達也が格段に飛躍をするとか、いやエスクデロが突然大化けをするとかで、昨期よりも格段に強力な2トップになる可能性もあるかもしれないが)。また、トップ下の大黒柱ポンテが負傷で長期離脱中、このポジションには梅崎か小野か山田が入るか、あるいは3トップを組むなどの選択肢があるが、これまた必ずしも昨期を上回るとは言えない(アレックスの復帰は山田を多様に使えるメリットになるのは間違いない、ただ山田もそろそろ年齢的な問題が出始めるのだが)。長谷部の離脱は阿部が中盤に上がってカバーするのだろうが、ここだけは戦力アップと言う気もするが、その分最終ラインがやや弱くなるようにも思える。
 つまり、レッズのように既に各ポジションにアジアトップレベルの選手がズラリと揃っているチームは、よほど凄い選手を連れてこないと、単純には戦力アップはできないのだ。
 以前、岡田氏がマリノスを2連覇させた直後に、「これ以上レベルを上げるためには『本当にスーパーな選手』を連れてこなければ」と語っていた事があった(実際、当時のマリノスはカフー獲得を真剣に狙っていた)が、レッズも同様な状況に陥っている。レッズが明らかに戦闘能力を向上させるためには、欧州のトップクラブのレギュラを張れる人材を獲得しなければならないのだ。

 レッズのライバルであるガンバが、水本を獲得しようとしていると言う報道が出ているが、これは間違いなく単純に戦闘能力がプラスになる補強だ。放出が決まっているシジクレイに代わる事になろうが、経験豊富で高さが魅力のシジクレイだったが、ここ1、2年めっきりスピードが衰え、中盤で巧く攻撃が止められなかった状況では、ガンバの数少ない弱点になっていた。ここに既にCBとしては中澤、闘莉王に次ぐ存在で伸び盛りの水本が入れば、ガンバの戦闘能力は格段に向上するはずだ。弱いところがあるチームは、そこに伸びる余地があるのだ。

 上記したように、選手層が厚くなった事、戦術的多様性が増えた事を含め、今期のJリーグもアジアチャンピオンズリーグも、レッズを中心に展開される事は間違いないだろう。そして、レッズがアジアで2連覇する可能性は、決して低くはないだろう。しかし、強くなったチームと言うのは、それはそれで難しい問題が出てくるのだなと思っている次第。

 
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2008年01月09日

萬代の移籍

 いささか旧聞になるが、萬代のジュビロへの移籍が正式に決定した。

 大変残念だ。

 ベガルタに残留すれば、萬代の特長をよく理解した梁、中島、関口と言ったチームメートと共にプレイできる。巷に噂されている通り、外国人選手を雇用しないとすれば、08年シーズンは完全に萬代を中心としたチームとなる。また、練習環境にせよ、スタジアムにせよ、慣れた環境でプレイを継続するのは、選手が本領を発揮するのに非常に重要だ。熱狂的なサポータも萬代を後押しし続けるのは言うまでもない。
 一方、ジュビロに移籍すれば、萬代の特長を知るチームメートはいないし、全くの新人同然でゼロからのスタートになる。前田遼一と言う絶対的なエースもいるし、同年齢で生え抜きのカレン・ロバートが萬代より重要視されるのは当然だろう。純粋なFWではないが太田や西と言った代表経験ある攻撃タレントもライバルになるし、優秀な外国人FWが雇用される可能性もある。つまり、萬代は起用される機会さえ与えられないかもしれないのだ。そして、もし出場機会が与えられたとしても、きわめて短い時間で結果、つまり得点を上げなければならない。ベガルタ時代のように、「我慢して使い続ける」待遇などとてもではないが、期待はできない。田中誠ら後方の選手たちにしても、J2でそこそこの活躍をした程度のFWには大した期待を持たないだろう。チームメートの信頼を勝ち取るためにも、出場機会を獲得し実績を挙げなければならない。サポータにしても、ベガルタ時代のように敵DFのプレッシャに転倒しても「レッツゴー萬代」コールをしてくれる程、やさしくはなく、厳しい叱咤が連発されるだろう。大体、福島出身で仙台でプレイしていた萬代の第一言語は東北弁だろうから、遠江弁への順応も苦労するはずだ。

 と、考えてみれば、萬代がこの移籍を選択した事は、極めて正しい選択だと理解できる。

 萬代はストライカなのだ。
 ストライカである以上、上記のような艱難辛苦を乗り越えて得点を取る事を目指さなければ大成は望めない。上記したジュビロ移籍に関する問題点は、全て裏返せば、萬代が国内トップクラスのストライカになるために乗り越えなければならない障害に過ぎない。そして、かつてアジアチャンピオンになった事もあるこの名門クラブで、これらの壁を切り崩す事を目指すのは、男として当然だろう。
 しかも、ジュビロには今なお中山雅史がいる。中山は萬代にとってライバルとなるのだが、この偉大な選手の一挙手一投足を間近で見るだけで、萬代にとっては最高の経験となる事だろう。加えて、現在国内最高のストライカの1人である前田遼一は萬代にとって最高の教材になるのは言うまでもない。

 繰り返そう。これは行くしかないオファーだったのだ。

 萬代が加入して4シーズン、別にベガルタだってこの前途有為な若者に絶えず適切な環境を与え続けた訳ではない。過去のシーズンを振り返っても、起用されればしっかりとしたプレイを見せていた萬代よりも、体調が整っているとは言えないバロンやシュエンクを、全く周りが見えず独善的なプレイばかりするチアゴ・ネーヴィスを、日本の審判の判定基準を飲み込まず無理な突破を狙い続けたボルジェスを、それぞれ優先していた事もあったのだ。ベガルタはクラブとして、この有為な人材を丹念に育てようとしていたとは言えないのだ。萬代は過去を振り返らず、ひたすら前のみを向いて戦い続けるべきだろう。

 先般、仙台に帰省中にたまたま聞いていたラジオのローカル放送で千葉直樹のインタビューをやっていた。萬代の移籍について問われた直樹は絞り出すような声で
「チームにとってこれほど痛い事はない。しかし、萬代の将来を考えれば...萬代からも相談された。そして萬代の事を考えれば、本心とは異なる助言をした。」
と語っていた。
 直樹よ、そうだよなあ。

(余談)
 私の大学のサッカー部は伝統的に静岡出身者が多かった。静岡の技巧と東北の労働が組み合わされたサッカーをしていた訳だ。で、暇があれば、語尾が「だっちゃ」の人間と「だっき」の人間で、お互い方言を罵り合っていた訳。それを東京出身の友人が生暖かく見守ってくれていた。
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2008年01月07日

女子代表監督佐々木氏について

 高校選手権の1回戦、日章学園ー水戸短大附属高戦。日章学園の早稲田監督のそっくりのご子息がプレイしていた。試合はPK戦になったが、31年前の準決勝の帝京高ー浦和南高戦で、選手早稲田(もちろん父親の方、大柄ではなかったが技巧に優れたCFだった、帝京高卒業後古河に進み、A代表入りも取沙汰された事もあったが、若くしてトッププレイヤを断念し、故郷宮崎に戻り指導者の道を歩み、今日に至っている)がPKをポストに当てて失敗したのを思い出した。もっとも、ご子息はしっかりとPKを決め、次ラウンド出場に貢献したのだが。ちなみに水戸短大附属高の巻田監督もずっと若い(あの本田泰人、森山泰行、礒貝洋光らの1年先輩のはず)が帝京高出身だな。などと早稲田監督の思い出に浸っていて思い出した事がある。先日女子代表の新監督に就任した佐々木氏についてだ。佐々木氏はあまり知られていないが、帝京高で早稲田らの1年先輩で主将を務めていたのだ。
 高校選手権が首都圏に移転した最初の76−77年大会の決勝戦が、浦和南と静岡学園の5対4の試合であり、水沼貴史や田中真二や森下申一が1年生ながら活躍していたのは、多くの方がご存知だと思う。そして、上記のように準決勝で帝京高は浦和南にPK戦で敗れた。しかし、むしろ大会前に優勝候補と評価されていたのは帝京高の方だった。この年のインタハイ、帝京は圧倒的な強さで優勝していたからだ。そして、その帝京の主将を務めていたのが、佐々木則夫だった訳だ。
 帝京の高校選手権初制覇は、それから2年遡る74−75年シーズンだった。主将の広瀬龍(元フジタ、現帝京高監督)をCFにした帝京は、決勝で長澤和明(元ヤマハ、現常葉学園橘高監督、お嬢さんの方が有名)、内山勝(元ヤマハ、現ジュビロ監督内山篤の実兄)率いる清水東高を3−1で破り、念願の全国制覇を上げる。後年、勝利しても悠然とベンチで試合を見守る事が多かった古沼先生だが、この頃はまだ若く、帝京が1点取るたびにジーコばりに飛び上がって喜んでいたのが懐かしい。そして後知恵だが、80年代のユース世代の名勝負と言われる古沼対勝沢の先駆けとなる対決でもあった。
 この全国優勝で飛躍的に知名度が上がった帝京は、以降全国から選手を集めるようになる。そして、75年の4月に全国から若き逸材を大量に入学する。具体的には、早稲田の他には、宮内聡(元古河、女子代表監督、現成立学園総監督、日本サッカー史に残る名ボランチ)、金子久(元古河、巨漢で空中戦も足技も巧みだったCB)、高橋貞洋(元フジタ、高校時代にA代表に選考された俊足ウィング)らがいた。そして、上記したように翌年の76年インタハイを、当時2年生だった彼らを中軸に帝京高は圧倒的な強さで制覇していたのだ。
 そう言ったスター選手ぞろいの下級生をリードする立場だった佐々木は非常に落ち着いた球さばきを見せるMFだった。帝京高卒業後は明治大でプレイ、その後電電関東(NTT関東)でプレイを続けた。選手引退後はNTT関東を基盤にしたアルディージャの監督を務めるなどして、指導者の経歴を積み、今回の女子代表監督就任に至った訳だ。改めて帝京高が輩出している人材の豊富さに関心する。
 そして、佐々木氏がその豊富な経歴を活かし、北京で見事な采配を振るう事を期待したい。
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2008年01月06日

高校選手権準決勝

 ベスト4は流通経大柏、津工業、高川学園、藤枝東。中々バランスの取れた4強と言えるだろう。高円宮杯を制覇した流通経大柏は、タレント豊富なJクラブユースと互角以上の戦闘能力を持つ首都圏の強豪。津工業は古くからのサッカーどころ三重県の代表、名門四日市中央工を下しての出場だが基本的な戦闘能力が高いのだろう。高川学園は、学校の経営問題から名前が変わったが、高松大樹、中山元気、中原貴之らの大型ストライカを輩出し続け、安定した強さを持つ地方の私立高校。そして、松永行、菊川凱夫、山口芳忠、桑原隆、松永章、碓井博行、中村一義最近では中山隊長、山田暢久、長谷部誠らを育んだ名門中の名門の藤枝東。全国にサッカーが普及し、Jクラブに高素材が流出しているため、上位進出チームが予想しづらい高校選手権だが、何となくもっともらしいベスト4が並ぶのが面白い。

 流通経大柏対津工業。流通経大柏は今大会の映像は初見だが、さすがに優勝候補らしく、ここに来て調子を上げてきたのか。エースの大前が爆発すると共に、見事な守備の固さを見せた。敵のクロスに対するDFの堅実な対応、球際に対する強さが素晴らしい。津工業はスキルフルな選手を抱えているが、ここまでの連勝で精神的にも肉体的にも一杯だった感じもあり、単発な攻撃に終始、終盤大差がついてからは守備の粘りもなくなってしまった。
 高円宮杯の時も思ったが、大前のような瞬間的に高速になれて、かつ技巧に優れたストライカは将来が多いに愉しみ。個人的に気に入ったのは4点目(大前自身としては3点目)、ペナルティエリアに敵GKが飛び出した所のこぼれ球を拾って無人の敵陣に蹴り込んだ一発。無人のゴールを狙うと判断した瞬間のトラップが正に完璧だった。このトラップが正確だったからこそ、落ち着いて敵DFをかわす事が可能になり、そのままボールを蹴りこむ事ができた。
 
 一方の高川学園対藤枝東。これは熱戦となった。
 開始早々の藤枝東のビューティフルゴールには恐れ入った。サイドからグラウンダの低い横パスと軽妙なボールタッチの組み合わせで、高川守備陣に僅かなギャップを作り、エースの河井がそのギャップから強烈に決めた。これは凄い得点だ。最後に河井がシュートを狙うまでは、各選手が瞬間瞬間で敵の逆を付く事を狙って高川守備陣を揺さぶる事を狙っていた。逆に言えば、最終的にどのような崩しをするかは最後に河井がヒラめく時点で初めて明らかになった訳だ。これは防げない。絶好調のアルゼンチン代表チームのような得点だった。そう言えば、準々決勝の三鷹戦の先制点も、浮き球をつないでズドンと言うアルゼンチンばりの得点だったな。このような技巧と発想の得点は、私のような年代の人間にとっては正に70年代に憧れた「藤枝東のサッカー」。美しい。
 高川学園も精力的に両翼から攻め込む。しかし、藤枝東の守備ラインが実に粘り強い。最終ラインの個々の強さと、中盤選手の知的な位置取り。これは80年代から90年代に精強を誇った堀池、服部、田中誠に代表される静岡らしい知的な守備を思い出した。高川はスピードのある技巧派を多数抱えていたが、上記したようなかつての大型ストライカがおらず、どうしても崩しきれなかった。むしろ、両翼に拘らず片方のサイドに選手を集めて拠点を作るような「奇策」を弄してもよかったのではなかろうか。
 それにしても藤枝東の決勝進出は、73−74年シーズン(高校選手権がまだ大阪で行なわれていた)、あの中村一義が、山野兄弟(山野孝義氏は現NHK解説者)の北陽高に敗れた時以来だな。

 かくして興味深い決勝戦となった。
 Jクラブユースを連覇して高円宮杯を獲得した流通経大柏。高速ストライカの大前を軸にした速い攻撃と、強い守備。一方の古典的名門の藤枝東は、河井を中心に技巧的で発想に優れた攻撃と、知的な守備。いかにも、関東の洗練されたサッカーと、静岡の技巧を活かすサッカーの対決となった。両軍のベテラン監督は1週間の準備期間をどう活かそうとするか。大前と河井と言う小柄ながら、抜群の素質を持つタレントは、どのようなヒラメキを見せてくれるか。
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2008年01月03日

宮城県工高の奮闘

 仙台に帰省中。

 高校サッカー選手権のテレビ中継は地元チームの中継。今年の宮城県代表は宮城県立工業高校。地元では県工と言われている。赤と白の横縞のストッキングが、30年前の私の高校時代から変わっていなかったのが嬉しい。テレビ桟敷で大騒ぎしていたら、娘が「お父さん、この高校と試合した事はあるの?」と聞いてきた。「もちろんある。負けたり、引き分けたり、負けたり、勝ったりしていた。」と答えた。大体こんな星勘定だったな。県工の私の1年下には、後に住友金属(アントラーズの前身)で高速ウィンガとして長く活躍する茂木一浩がいて、随分痛い目に会わされたものだった。ちなみに茂木は、80年代半ばJSL1部と2部を上下する住金のエースとして素晴らしい活躍をしてくれた。同年齢の鈴木淳(当時仙台向山高校、現アルビレックス監督)とは高校時代からライバルとしてそれなりに話題になっていたな。

 で、県工の初戦の相手は鹿児島実業。何が腹が立ったと言えば、アナウンサが最初から「鹿実が勝つ」と言う前提で放送をしている事だった。しかも解説者は鹿実OBの前園真聖氏。上位進出する鹿実の初戦突破を観察すると言う番組編成が自明ではないか。
 しかし、流れてくるテレビ映像は、テレビ局の思惑とは全く異なるものだった。立ち上がり、様子見で試合に入った鹿実に対し、県工は最前線からプレスをかけ攻撃を仕掛ける。このプレスが相当厳しいのだが、主審の判定基準が激しいチャージを許容するものだったため、ほとんど反則が取られないのが県工に幸いした。そして、前の方の各選手が自らフィニッシュを決めようとする意欲にあふれていた。昨日の天皇杯決勝にたとえて言えば、皆が内田的な意欲を見せていたのだ。それでも鹿実は押されているとなると、7,8人で守備ブロックを固め、しっかりと守ってくる。このあたりは、豊富な試合経験の賜物だろう。「よくない時間帯は耐えるべし」と言う教えがしっかりと、各選手に身についているのだ。それでも、前進意欲がとぎれない県工は、前半半ばにCKから見事に先制点を決める。
 この時点では解説の前園氏も冷静だった。「いやあ、宮城工業高のプレスは素晴らしいですね。鹿実は受身に回ってはいけません。」と余裕の目線を継続。しかし、アナウンサの「なんと、なんと、宮城県工業が先制しました!」はいくら何でも失礼だろうが。
 後半の立上りこそ押し込まれたが、粘り強い守備で対応。この時間帯は危なかったが、鹿実が県工の逆襲を警戒したのか、比較的深めに守備ラインを築いていたため、第2波、3波の攻撃がやや薄かったのも幸いした。後半半ばに逆襲から見事な個人技で2−0に突き放すロビングシュート。上記したように鹿実の守備は人数が揃っていたのだが、技巧あふれるドリブルと前半から見せてくれたフィニッシュへの意欲が奏効した。この時点で前園氏もさすが絶句。こうなると鹿実の攻撃は焦り気味になり、県工は分厚いカバーリングで冷静にいなす。さらにロスタイムには自陣FKから、時間稼ぎの交代で起用した選手がファーストタッチで得点を決め3−0としてしまった。何とも見事な勝利だった。
 県工が鹿実をよく研究し激しいプレスと前線の個人能力で対抗した事、鹿実が「確実に初戦突破」を考えやや守備的に戦い過ぎたのが裏目に出た事の2点が勝敗を分けたのだと見た。

 これは上位進出か、と盛り上がったのだが、次の試合の都立三鷹戦で敢え無く敗退。鹿実戦と異なり、前半何か集中を欠いた入りをしてしまい、いきなり2失点。そのままズルズルと押し切れず敗れてしまった。この試合の解説も前園氏だったのが、「昨日の良さが出ていない」と不満そうだった。確かに鹿実戦に焦点を合わせ過ぎ、目標を達成してしまって、集中を欠いたのかもしれない。また、2点差と言う事を考え過ぎて攻め急いだのも敗因に思えた。
 このあたりが、高校選手権の面白さでもあり、難しさでもあるのだろう。
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2008年01月01日

謹賀新年&天皇杯決勝2008

 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

 天皇杯決勝は、10分にアントラーズが先制したところで勝敗の趨勢が決まってしまった感があった。
 1−0になった直後、駒野が2度ほど右サイドを突破した場面を除いては、サンフレッチェは好機すら掴む事ができなかった。予想通り、柏木不在のサンフレッチェ攻撃ラインは、小笠原が指揮するサンフレッチェの分厚い中盤を抜け出せなかったのだ。駒野にしても、新井場と本山が厳重にカバー体制を築いてからは、どうにも突破できなくなった。寿人は動き出しの速さから低いボールに対し、巧みなポストプレイを見せるが、拾った平繁と高萩では、技巧も経験も足りなかった。

 と言う事で1点目。
 新井場?が左サイドから右サイドに大きく展開。右サイド大外に小笠原が開いて、内側の内田に正確に落とす。内田はマルキーニョス?を使って、ワンツーで突破。直前の大きな揺さぶりで、サンフレッチェの守備者2人が寄ってしまい(服部と盛田?)、このワンツーで2人まとめて置いていかれる。抜け出した内田は角度のない所から強烈に決めた。
 攻撃参加が得意なサイドバックが、外に開いたMFを使い(あるいは使われ)、内側を突破するのは、1つのはやり方。まあ小笠原がさすがと言う事か。
 何より嬉しかったのは、新進気鋭のサイドバックが、抜け出したところで角度のない所から強烈にシュートを決めた事。とかくシュートに対し消極的と言われる日本サッカー界、新年早々のこの一撃が大きな変化につながるのではないかと期待したくなるではないか。

 と、考えながら試合は終盤を迎えた。
 必死に攻撃を仕掛けるサンフレッチェ。ロスタイムもほとんどなくなったところで、森崎浩(の方だと思ったのだが)がキープしようとした所を、(時間稼ぎのために)直前に起用された柳沢が巣晴らしいチェイシング。本山がいかにも彼らしいドリブルから、再び柳沢に。柳沢は中央に向かい、シュート!と思わせておいて、逆サイドに。ダニーロがズド〜〜〜ン。
 内田の積極的なシュートで始まったこの試合は、柳沢のいかにも彼らしいシュート拒絶アシストで終わった。
 
 2008年が内田の積極性に代表される年になる事を祈念してやまない。 
posted by 武藤文雄 at 23:50| Comment(5) | TrackBack(1) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする