2011年04月30日

震災後初戦のユアテックスタジアム

 29日朝、東北新幹線は当たり前のように仙台に向けて出発する。「満席のはずなのに、妙に空席が多いな」と思っていたら、大宮駅でなるほど、赤い服を着込んだ方々が大量に乗り込んでくる。いつもは1時間40分ちょっとで仙台に着く「はやて」なのだが、2時間以上かかるのが、ほんのちょっとの違い。
 ついこの間までは、新幹線で仙台に帰る事は叶わなかったのだが。

 地下鉄に乗ると、いつもと同じように黄金色の服が多数いる。赤い方々もそれなりに見かける。八乙女駅を過ぎると、右手にユアテックが見えてくる。南側階段でのんびりしている赤い方々がまず目に入り、その後メイン側に多数の黄金色の服を着た僚友たち。そして、地下鉄は泉中央駅に。
 ついこの間までは、地下鉄は台原までしか行ってなかったと言うのだが。

 ユアテックで多くの友人たちと再会。いつものように酒盛りをして、キックオフに臨む。皆で歌って踊って試合が始まり、勝利に歓喜する。ただ、これだけ見事なベガルタのサッカーを観る機会はそうなかったかもしれないが。そして、試合後見事な勝利を肴に酔っぱらう。

 日常が帰ってきている。あの大震災からちょうど49日だったこの日。少なくとも、Jリーグを戦う事に関しては、私たちは完璧な日常の回復を享受できていた。この回復のために費やされた努力に感服し、その努力を積み重ねた多くの方々に最大限の感謝と敬意を表したい。

 けれども。現実の厳しさもまた間違いない。
 直接津波の被害を受けた方の話を聞く機会があった。津波は果て無く幾度も襲ってきたとの事だ。「この場所にいて無事なのか、でも動きようがない」と言う恐怖。
 その日の宮城県の多くでは、3月には珍しく激しく雪が降っていたと言う。地震そのものの衝撃、停電などの2次災害、ようやく自宅に歩いて帰るしかない人々に、雪は容赦なく襲いかかった。
 夜になり晴れたと言う。停電による、過去経験した事のない暗闇。仙台で見た事ない程、星が美しかったそうだ。
 津波被災地域のえも言えぬ匂い、水平線がいずこから見えてしまう何もなくなった光景、地盤沈下により満潮時にはかつての生活道路や人が住んでいた土地が海中に没する現況。復興の方策も手段も見えてこない。
 友人たちから聞く現実は、あまりに重い。

 生き死にの話に比べれば、格段に卑近と批判されるかもしれないが、若者たちのサッカー。
 インタハイに向けて準備していた高校生にも話を聞けた。本来であれば4月から各地でリーグ戦形式の予選ラウンドが始まるインタハイ予選。全てはキャンセルされ、おそらく全県一発勝負の勝ち抜き戦を行う事になるらしい(それすら、本当に実現できるのかと言う議論もあるらしい)。積み重ねてきた努力が、たった一発の試合で終わるかもしれない。
 いや、津波被災地の高校生は、学年ごとに内陸側の高校に分かれ授業を受けていると言う。部活動そのもの、サッカーそのものが成立しない生活を余儀なくされているという事だ。

 この日、あるいは前節の4月23日、私たちは日常のJリーグを取り戻す事はできた。
 より長く果てしなく、しかし絶対に最後は逆転勝利を収めなければならない戦い。一方で、この日はその長く果てしない戦いのキックオフなのだろう。
posted by 武藤文雄 at 23:30| Comment(4) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月29日

勝利がチームに自信を植え付けていく

 ベガルタは、今期ユアテックでのそして震災後の初戦となったレッズ戦に1−0で快勝。
 前節のフロンターレ戦は、粘り強く守備を固め、勝負どころをチーム一丸となって活かす事によって勝利を得る事ができた。ただし、終始フロンターレペースだったし、当方の決定機は非常に少なく、相当な幸運に恵まれた事も間違いなかった。しかし、このレッズ戦はホームだった事もあるが、完全にペースを掴み、決定機や好機の数でも圧倒した。間違いなく、チームは進歩している。

 序盤からベガルタペースで試合は進んだ。ベガルタは前節と全く同じメンバだったが、配置をすこし変えていて、太田を赤嶺周辺に遊弋させ、関口と梁を左右両翼に配置させた(以降の左右は全てベガルタから見て)。どうもレッズ守備陣は、それにうまく対応できなかったようだ。特に梁について宇賀神が前にフラフラと出てきて、位置取りを修正しないので、右オープンが空く。このスペースを永田がカバーするのだが、スピラノビッチはスライドの判断が悪く、結果的に右オープンなり中央に再三スペースが空く。そこに、ベガルタ選手が次々に進出し、好機を演出した。
 一方でレッズにボールを奪われると、ベガルタは素早く帰陣すると共に赤嶺と太田がレッズ守備陣を巧みにチェーシング。特にスピラノビッチはプレッシャを受けると極端にフィードの精度が落ち、高橋義希と角田がおもしろいようにボールを拾って速攻につないだ。
 前半の得点場面はその典型、梁が右サイドでの宇賀神との競り合いに勝ったのだが、それをカバーする永田も柏木も緩慢で、梁はFKのようにフリー、狙い澄ましたセンタリングをニアに飛び込んだ太田に合わせた。この場面以外にもベガルタは、梁(梁独特の左サイドから落ち着いて狙ったシュート)、関口(フリーのミドルシュート、山岸に好捕されたがGKのタイミングを外すなり、もう一工夫できないか)、義希(赤嶺が右サイドのセンタリングを振り向きざま狙った山岸正面)、太田2本(CK崩れの混戦から山岸に防がれる、林のロングボールをレッズCBの混乱に乗じてロブで狙うがポスト)と決定機を掴んでいた。内容はすばらしかったが、1点しか取れなかったのは残念という展開だった。
 ペトロビッチ氏が守備の修正指示をしなかった(ように見えた)のは不思議。宇賀神に梁を深追いするなと指示をするなり(原口に梁をウォッチさせるなり...ベガルタの右DF菅井はまずは守備を重視しているのだから)、宇賀神が上がった時に山田に最終ラインに入り、永田が左をはっきりカバーするなり、修正はいくらでもできたと思うのだが。また、スピラノビッチのフィードのまずさは明らかだったので、柏木がもっとはっきりと受ける動きをして、パスコースを増やす必要もあった。田中達也やマルシオ・リシャルデスが、再三業を煮やして後方に引いて受ける動きをしていたが、彼らの挙動開始点が後方になるのは、ベガルタの思うつぼである。

 後半に入り、ペトロビッチ氏は田中達也に代えて高崎を起用して2トップとして、右サイドにマルシオを回す。前線で高崎はがんばる選手だし、元々エジミウソンはワントップは得意としていないし、マルシオもサイドから挙動を開始するのも巧いから妥当な策に思えた。しかし、相変わらず柏木が機能しない。ベガルタが後方でゾーンによる守備網を固めているだけに、中盤で変化をつけるのは必須なのだが。この試合柏木は再三アウトサイドキックのパスを狙っていたが、これは意表を突く狙いと言うよりは、ベガルタのプレスに押されボールをもらう体勢が悪いから。結局柏木は義希、交代した富田に押しまくられ90分を終えた。この柏木の不出来は大きな失望だが、文句を言う筋合いではないな。しかし、遠藤や憲剛への道はあまりに遠い。
 攻め手が見出せないペトロビッチ氏は、マゾーラを山田に代えて起用、マルシオ・リシャルデスと柏木をボランチに下げる。山田は確かに疲労ぎみだったが、これで中盤の守備力が低下し、ベガルタは楽になった。鈴木啓太を使わないのは、これまた文句を言う筋合いではないが不思議だ。
 ベガルタは、太田に代えて、しっかりとボール保持できる松下を起用。松下はセットプレイでも好機を演出。終盤、見事な運動量を見せてくれた梁は息絶え絶え(それでもマゾーラへの守備は怠らず頑張っていた)、ロスタイム直前にマックスと交代したが、松下がいる事で梁(あるいは関口)も下げやすくなった。松下の補強は大成功だ。
 そして、終盤のスピラノビッチを上げてのパワープレイも、角田とマックスと曹が跳ね返し、鎌田が落ち着いてカバーして、無事にクローズ。

 後半、レッズの決定機はエジミウソン?のヘッドくらい(鎌田がかき出したが、枠に飛んでいたように見えた)。あと終盤のゴール前のマルシオ・リシャルデスのFKが怖かったな(これはスピラノビッチのヘッドで崩されたFK提供)。
 一方でベガルタの決定機は多数。義希(義希自信の左サイドへの好展開のこぼれをダイレクトのミドル、いい速攻だっただけに決めたかった)、関口(ベガルタ得意の湧き出る速攻で梁の好パスから完全に抜け出したが、山岸に防がれる)、赤嶺2本(交代した松下のCKをドンピシャのヘッド...これは決めなくては、ロスタイム敵陣コーナアークのボールキープから抜け出し角度のないところで全くフリーで力入り過ぎ)、菅井(ロスタイムの逆襲、高橋峻希?のスライディングで止められる、PK取ってもいいと思ったけど、ボールに行っていたのかなあ)。これらを皆外したは、やはり反省材料。
 
 元々、今期のベガルタは積極的補強で一段高い質のサッカーを目指していた。マルキーニョスは去り、柳沢は負傷離脱したものの、昨期よりも格段に戦闘能力が向上したのは間違いない。そして、早くも3試合目で連携も向上してきている。フロンターレ、レッズと言う強豪への勝利で選手たちも自信をつけているはずだ。だからこそここで、中盤からの守備の稠密性と、速攻の精度を、一層向上させたい。もっとレベルの高いサッカーを狙えるはずだ。
posted by 武藤文雄 at 23:30| Comment(1) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月28日

ユアテック再開戦前夜

 震災直後に複数の友人から、被害は相当大きかったと聞いていたので、ユアテックスタジアムを愉しむ事ができるのは相当先の事だと思っていた。こんなに早くユアテックで戦える事を素直に喜びたい。そして、ここに至るまでの多くの方々の努力に感謝したい。
 おそらく試合前は、多くの人々の色々な想いが交錯する事になり、特別な雰囲気になる事だろう。それはそれで、とても大切な時となる。

 ただ、本稿では、あくまでも試合にこだわる事とさせていただく。ユアテックで戦える喜びはとてもとても大きい。でも、戦える事だけに満足してはダメで、成果を上げる事を目指す必要があるからだ。
 ベガルタは敵地の2戦で1勝1分け勝ち点3、それもサンフレッチェ、フロンターレと言う強豪に対してだ、考え得る最高の成果と言えよう。そして3戦目で初めてのホームで迎えるのが、強豪レッズ。何とも形容し難いホーム再開戦、特別な雰囲気の中となる事だろう。その中でこの強豪に対して勝ち点3を目指すと言う難しい試合となる。
 前節レッズはグランパスに3−0の快勝。メンバを見ても、昨年の課題だったCBは永田とスピラノビッチのコンビでリーグ屈指の強さ、阿部や細貝が抜けたボランチだが経験豊富な山田や鈴木啓太が健在だし、宇賀神、平川、売り出し中の高橋峻希、岡本拓也らの優秀なサイドプレイヤ。坪井を控えに回せるほどの陣容だ。前線についても、田中達也が久々に非常に元気な模様で、J最高のブラジル人と言う評価も高いマルシオ・リシャルデスが加わった。前節見事に点を取った原口もいるし、もちろんエジミウソンも健在。他にもエスクデロや、非常に能力の高いと噂が高いマゾーラ、負傷がちだった梅崎や山田直輝など、有り余るスタア達。そして、彼らを束ねるのは、いよいよ本物になってきた風を感じさせる柏木。いや、こう言った選手がまとまると、すごいよね。
 それでも明日の試合は、この難しい相手に対し、是が非でも勝ち点3が欲しい。その渇望は理屈ではない。
 ではどう戦うべきか。
 前節を振り返る。フロンターレのストロングポイントを消すために、丁寧に守備を固める事には、前半から一定の成果があった。しかし、守備から攻撃に抜け出す時に、縦パスで逃げると継続した攻め込みを許し、それを避けるためにボランチの角田なり高橋義希のパスを引っ掛けられ逆にカウンタのピンチを招く事もあった(これは、どんなレベルのチームでも、当たり前と言えば当たり前なのだが)。実際前半の失点は、角田のつなぎを拾われたショートカウンタからだった。それでも後半、角田も義希も、交代で入った斉藤大介も富田も、難しい状況ながら、つなぐべき時につなぐ努力を怠らなかった。だから、ほんの僅かにベガルタの時間帯となった時に、有効な攻め込みができたのだ。
 レッズ戦では、そこのバランスが一層問題になるだろう。おそらく、中盤の守備はフロンターレの方がレッズよりは厳しいと見る。一方で中盤でヘマをした時のリスクは、達也の充実とマルシオ・リシャルデスの存在を考えると、フロンターレ以上だろう。もし、中盤でまずい形で奪われたら、かなり高い確率で失点を覚悟しなければならない。でも、縦パスに逃げれば、永田とスピラノビッチに全てはね返されるだろう、その強さはフロンターレのCBよりは相当に思う。要は、一層神経を使いながらの、中盤からのボール出しがポイントになるのだ。
 でも、これはベガルタがJ1の下位チームの立場から抜け出すためには、絶対くぐり抜けなければならない課題となる。角田も義希も大介も富田もマックスも、このようなタスクを完遂してくれなければ。そして、彼らがそれを成功させてくれれば、梁と関口は相当に永田とスピラノビッチに脅威を与える事ができるだろう。

 信じ難い紆余曲折の後に迎える、今期初のホームゲーム。私のクラブ史上最高のメンバ達は、わが故郷に存在していなかった高い質のサッカーをやろうとしている。試合終了後の歓喜を確信しつつ。

 もう1つ。武藤雄樹。ユアテックで応援したいな。
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2011年04月26日

天皇杯を中止するしかないのではないか

 諸事多忙なので手短かに暴論を。

 大昔から国内の代表戦に援助し続けて来てくれた酒精メーカ様も、これまた大昔から年末の公式世界戦を支えて来てくれた自動車メーカ様も、やはり以前よりもリーグ戦の充実に力を提供してきてくれた菓子メーカ様も、すべて尊重するのは、よく理解できる。いずれも、本当に重要で、感謝してもし切れない恩人達なのだから。そして、この災害下、その恩人達から提供いただけるキャッシュは、短期的にもとても重要なものになる。
 けれども、あの悲劇は我々からシーズン中の約40日の貴重な日々を奪ってしまったのだ。時間と言う資源は、ある意味最も高価なもので、買い戻す事は不可能なのだ。したがい、その貴重極まりない資源を失った以上は、何かを捨てる必要がでてくる。と、言って自分たちの本分である全国リーグが最優先である事は言うまでもなかろう。
 だから、今回だけは信頼できる遠方の友人に、未曾有の自然災害ゆえに不義理する事を容認してもらう必要あったのだ。たとえ、その友人が、日本の放送局からの多額の放映料金を期待していたとしても。しかし、その友人を説得できず、逆に説得されてしまい、その最も現実的な道も自ら閉ざしてしまった。

 残る道は非常に少なく、かつ一層険しいものとなる。いくつか具体的に挙げてみよう。以前から述べているように、本来代表チームの選手選択はザッケローニ氏が行う訳で、出場の方法論を先に考えるのは意味のない事だ。しかし、ここまで切れるカードがなくなっている以上は、数少ないカードを具体的に並べてみるしかないような気もする。
(1)国内のトップ選手及びクラブが容認した海外所属のトップ選手をアルゼンチンに連れて行く。その間のJリーグは彼ら抜きでそのまま当初のレギレーションで行う(J2落ちなども当初予定通りにそのまま)。
(2)国内のトップ選手及びクラブが容認した海外所属のトップ選手をアルゼンチンに連れて行く。その間のJリーグは彼ら抜きでそのまま行う。ただし、今年度に限り降格はないものとし、来期のJ2からの昇格もなきものとする。
(3)国内のトップ選手及びクラブが容認した海外所属のトップ選手をアルゼンチンに連れて行く。その間のJリーグは彼ら抜きでそのまま行う。ただし、今年度に限り降格はないものとし、来期のJ2からの昇格も認め、来期のJ1を20あるいは21クラブで実施する(来期の日程破綻は水曜日消化を増やし、一部のリーグ戦を代表選手不在で行い、大量の降格クラブを出す)。
(4)国内のトップ選手及びクラブが容認した海外所属のトップ選手をアルゼンチンに連れて行く。その間のJリーグは中断する。そして、今期の天皇杯は中止として、その分や平日開催でリーグ戦を消化する。
(5)コパアメリカには国内トップ選手は連れて行かず、クラブが容認した海外所属のトップ選手と、その他選手(たとえ日本代表とは呼びづらい選手でも)を連れて行く。
 これまた以前も述べたが、97年のようにリーグ戦の権威を損ねるのは私は賛成できない。と言って、およそ日本代表とは呼び難い選手を並べて、せっかくの南米の公式戦に出るのも反対だ。そして、これ以上日本のトップ選手を疲弊させるべきではない
 とすると、まだ(4)の策が最も現実的に思えるのだが。とても残念だが、他よりはこの案が一番被害が少ないように思える(もちろん、それでも日程は厳しく、平日開催が増える可能性があるので、リーグの収入が減る怖れもあるし、リーグの権威も少々損ねられてしまうのだが)。それにしても、コパアメリカの出場を辞退する方策の方(もちろん、コパアメリカを辞退したとしたら、これまたとても残念だったのは言うまでもないが)が、(4)よりはよかったと思う(もう言っても仕方がない事だが)。
 また、これまた以前より語っているが、この機会に天皇杯を2年越しの大会にしてしまう(とにかく今年、正確には来年の元日、には決勝はなし)と言う抜本策が方策(4)の延長線にはある。これは、かなり前向きな提案となる。

 何かを選ぶと言う事は、別な何かを捨てる事でもある。唯一我々が捨てられるのは、国内の伝統ある大会なのではないか。とても残念な事だけれども。
posted by 武藤文雄 at 23:30| Comment(16) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月24日

気持ちは勝因の1つだ、しかしそれだけが勝因ではない

 多くの論評が「でき過ぎた勝利」あるいは「ベガルタの気持ちが上回った」と語っている。
 試合の多くをフロンターレに支配されていた。守備的に戦ったにもかかわらず、山瀬の妙技で先制を許してしまった。稲本と柴崎の中盤を抜け出す事ができず好機すらほとんど作れなかった。結果、ベガルタの後半のシュートは僅かに2本。
 その僅か2本のいずれもがネットを揺らしたのだから、ベガルタに相当な幸運が舞い降りた事は確かだ。そして、ベガルタの選手達の戦う気持ちはすばらしいものがあった、罹災後再開最初の試合ゆえ、ベガルタ選手達の気持ちの入り方は格段だった。けれども、幸運を呼び勝利を呼び寄せた要因は、決して「戦う気持ち」だけではなかった。

 立ち上がり、ベガルタは後方からのフィードを受けた赤嶺や太田が、素早い動き出しから敵DFを振り切り好機を掴みかける。しかし、その時間帯を過ぎると、稲本、柴崎のボランチコンビを軸にしたフロンターレから容易にボールを奪えなくなる。ベガルタの守備ラインは右から(以下、左右はすべてベガルタから見て)菅井、曹秉局、鎌田、朴柱成、ボランチの角田、高橋義希の6人がブロックを作り、我慢を重ねる。
 守備面でポイントになったのは、主に右サイド(しつこいですが、ベガルタから見てです)から挙動を開始する中村憲剛の押さえ方。柴崎や稲本が前線への展開を狙うタイミングで、憲剛はタッチライン沿いからやや中央に位置取りを変える。その位置取りが絶妙で、菅井がついていくには中過ぎるし、角田が押さえに入ると守備ラインの前に穴が開くし、曹がつくと後方に隙ができる。それをベガルタは試合前から覚悟していたのだと思う。各DFは憲剛の恐怖に耐えながら、ゾーンの網を張り、憲剛には付いて行かなかった。結果たびたびベガルタ陣で前向きで憲剛がボールを受ける事があったが、曹と鎌田はとにかくシュートコースだけは消し、他の選手がまとわりつく事で最悪の事態だけは回避する事に成功した。
 けれども、そうやって憲剛に揺さぶられれば、ボール奪取はギリギリのものになる。結果的に、苦し紛れのクリアが増え、そのボールを稲本に拾われ...と苦しい時間帯が継続した。

 だから、クリアせずに、しっかりとボールをつなぎたい。角田と義希は、そういう意識をはっきり見せ、何とかボールを散らし、ベガルタの時間帯を増やそうと努力した。この2人(あるいは後半登場した斉藤大介)の努力により、押し込まれ続ける時間帯が多かったにもかかわらず、4DFが再度押し上げ位置取りを修正し、ある程度休む時間帯を確保する事ができた。もちろん、前線でフロンターレ守備陣を追い回した赤嶺、押し上げてくるサイドバックに長駆ついてきて再三ボールを奪取した関口と太田、常に柴崎、稲本に対し数的不利を余儀なくされた梁の献身も見事だったが。
 ただ、柴崎と言う僚友を得て、「守る」と言う事を意識した稲本の中盤でのボール奪取は圧倒的。ベガルタのボランチのつなぎのボールを再三奪取し、速攻につなげてくる。これは、最も避けたい形となる。失点場面も左サイドから局面を打開しようとした角田のボールを奪われて、いわゆるショートカウンタの形から。最後の局面での山瀬の突破と田中に合わせたプルバックのアイデアには、山瀬に土下座するしかない訳だが。
 結局、強豪と敵地で戦い守備的に戦う中で、押し込まれて逃げるか、勇気を持ってつなぐかのバランスを取り損ねて、前半でリードを許す事となった。

 角田はこの失点で明らかに神経質になっていた。警告を食らった場面、相当不満の意を唱えていたが、けっこうきついファウルを続けていただけに、柏原丈二氏の判定は妥当に見えたの。そして、角田からの展開がさらに単調になり、稲本に狙われる展開が継続した。ただ、この角田がおかしくなった前半残りの時間帯を、義希、梁が粘り強くカバーしたのが、大きな分岐点となった。
 後半に入り、角田は完全に立ち直る。ハーフタイムで手倉森氏が、うまく指示をしたのかもしれない。再び落ち着いて、しっかりとキープしボールを散らす努力を再開したのだ。もちろん、後半序盤もフロンターレに押し込まれる時間帯が続くが、ベガルタの選手達は粘り強く我慢する。
 後半半ば、手倉森氏は攻め返す時間帯を増やす狙いだったのだろう、中島を義希に代えて起用し局面の打開を図る。一方その直後、相馬氏は山瀬に代えて田坂を起用。失点場面を含め、最前線で巧みな進出と技巧でベガルタ守備を悩ませていた山瀬がいなくなって、ベガルタ守備陣は精神的に楽になったかもしれない。フロンターレの攻め疲れもあったのだろうが、山瀬がいなくなってしばらくの時間帯だけは、ベガルタがある程度ボールキープができるようになったのだ。そして、双方のプレスが強い故に、蹴り合いが続いた時間帯、こぼれ球に飛び込んで突破を狙った梁にフロンターレ守備陣の集中が集まってしまい、右後方から走り込み赤嶺からのパスを受けた太田はフリー、斜めに走っていた太田は湿った芝生に滑ってしまいシュートはジャストミートできなかったが、敵DFに当たったボールはGK杉山の上を越えてゴールイン。幸運と言えばそれまでだが、ほんの僅かだった自分たちの時間帯に勇気を持って梁も太田も前進したから生まれた得点だった。
 同点直後、曹が負傷したのか、斉藤と交代。さらに得点を決めた太田も足をつって動けなくなり、そのまま退場して富田が入った。以降の約15分はまたもベガルタは我慢の時間帯となる。フロンターレはジュニーニョを起用し圧力を高めるが、ベガルタはしのぐ。そうこうして40分過ぎ、ボールを奪ったベガルタは梁と富田(それぞれそう思ったのだが、反対サイドなのでようわからんかった)が丁寧なつなぎから右オープンの中島を走らせる。中島は1度はフロンターレの横山に止められるが、そのクリアをしつこく競り合い、ファウルを奪取。そして、そのFK、梁のボールがピタリと鎌田に合った。
 3分のロスタイムを含め、関口の技巧の粋を尽くした右サイドでボールキープを堪能し、試合終了に。

 ベガルタが幸運だったのは間違いない。選手の精神的な粘りも確かだった。
 けれども勝因はそれだけではなかった。意図的にゾーンの網を張り、憲剛や山瀬にその網を乱されても、ベガルタ守備陣は我慢し続けた。手倉森氏が試合前から企図した守備策を選手全員が継続し切ったのだ。そして、苦しみながらも機を見て、しっかりとつなぐ意識を持ち続け、ここぞと言う場面で意思統一した攻撃をやり切ったのだ。
 周到な準備を行い、それを具現化できたから勝てたのだ。
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2011年04月22日

憎まれるような戦いを望む

 Jリーグが帰ってくる。
 早いもので、あの震災から1ヶ月半もの時間が経過した。紆余曲折の末、とうとう明日、我々はJリーグを取り戻す事ができる。思えば、あの金曜日。翌日我々は昨期のチャンピオンのグランパスを迎える「はず」だった。私は生観戦は叶わないもの、過去最も充実した私のクラブが、いかにピクシーに一泡吹かせるのか、大いに愉しみにしていたものだった。あの瞬間まで。

 この1月半は、あっと言う間に経過した。実は今週は月曜から、本業で異国に出張していたのだが、元々この出張は3月後半に計画していたもの。震災の余波で延期を余儀なくされ、ようやく実現できた。以降、来月も再来月もあちらこちらに行かなければならない。
 まだまだ諸問異国の人々の反応にも考えさせられた。もちろん、直接日本企業と取引をしている人々、日本企業を親会社とする人々との会話だ。直接的には日本を悪し様には語らない。でも、原子力発電所問題を含めて、皆が懐疑的に日本の行く末を聞きたがっている。私は日本人だから、精一杯現状を説明する。原子力発電所の見通しと、放射線の話。インサイダ情報を含めた、国内の2次産業の見通し。今だからこそ語れる、サプライチェーン改善、あるいは改革のための提案。我々と取引する事が、最大利益となる論理的根拠。
 そして、私の出身地と、私の故郷の知人友人達の前向きな努力を聞いた時の彼らの驚き。
 直接的な被害を受けた多くの方々が正常な生活を取り戻すまでには、まだまだ大変な時間と労苦が必要だろう。この戦いは大変な長期戦になる。しかし、その長期戦を戦い抜くためにも、正常に戻れる我々は正常に戻らなければならない事を、異国の仲間達との交渉で、再確認する事ができた。

 そして、とうとう明日から、我々にJリーグが帰ってくる。だからこそ、我々はJだけは完全な正常化をしなければならない。
 今日までは日本中の皆さんが「震災被害を受けたベガルタ」と語って来てくれた。直接的に、多くのJリーグクラブ、サポータの方々が、被災地に対して直接的支援をして下さった事に感謝の言葉もない。また、状況によっては、今後も何がしかの支援をお願いする機会もあるだろう。
 けれども、それはそれだ。少なくとも、Jリーグでの直接的な戦いに関しては全てお終い。私が明日以降ベガルタに望む事は、「何があっても少しでも多くの勝ち点を確保するために最大限の努力をする事」以外にはない。 
 徹底したリアリズム。
 敵がどう思おうが、ベガルタはシーズン終了時に考え得る最高の順位を目指し戦わなければならない。我慢する時は我慢し、仕掛けられると判断した時は全員が意思統一された攻撃を狙い、敵に隙があればその瞬間に敵の喉笛に噛み付き、何があっても勝ち点を積み上げる。所詮我々は昨期も、最終節にギリギリに残留を決めたクラブ。せっかく補強したマルキーニョスは去り、柳沢は長期離脱中。FWの他には、適切な補強で昨期を凌駕する優秀なタレントを確保できているが、決して楽観できる状況ではない。おそらく、毎週末には常に悩み続ける事になるのだろう。
 明日からは、そのような何とも言えない幸せな陰々滅々が帰ってくる。「ああ、あそこでこうすればよかったのではないか」と嘆き続き愉しい日々がだ。
 直接的な被災を受けたベガルタ仙台だからこそ、そこに過去以上の、あるいは他クラブ以上の、リアリズムを持ち込み戦って欲しい。そして、他の誰よりも冷徹に戦い、執拗に勝ち点を積み上げるのを繰り返す事を期待したい。
 とりあえず、明日は。多くのフロンターレサポータが「ああ、いくら前代未聞の災害とは言え、仙台に同情したのは大間違いだった」と、悔いるような、あるいは我々を憎みたくなるような。そのような戦いを期待したい。
 そして、毎週毎週そのように冷徹に戦い、他のJサポータから憎まれるような戦いを。
 それが手倉森氏と梁勇基達への期待だ。
posted by 武藤文雄 at 23:30| Comment(4) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月20日

シンガポールにて

 現地社員の車に乗ると、リバプールのマフラーとクッションが置いてある。
私「リバプールを応援しているのですか?」
彼「そうです。私のクラブはリバプールなんです。」
私「リバプールはワールドクラブカップで日本に何回か来た事があるから生で見た事があります。」
彼「でも一度も世界チャンピオンにはなってないんですよ。」
私「でも何回も欧州を制覇しているのだから、やはりすごいですよね。数年前にも来日した時はジェラードの全盛期だっけど、やはりすばらしい選手でした。」
彼「今でもすばらしい選手です。」
私「おっしゃる通り(笑)。」
彼「武藤さんはプレミアではどこが好きですか?」
私「欧州のクラブは特にどこが好きと言うのはありません。」
彼「そうか。Jリーグですね。Jではどこを応援しているのですか。」
私「私のクラブはベガルタ仙台。さっき、故郷が地震で被害を受けた話をしたでしょう。その仙台のクラブですよ。ランクは低いけれどJ1にいるんですよ。」
彼「そうか、仙台にもJ1のクラブがあるのですね。ごめんなさい。初めて知りました。大阪、浦和、川崎、名古屋、鹿島あたりは知っていたのですが。」
私「仙台は経営規模もまだ小さく、上位進出は簡単ではありません。でも、それは欧州や南米のクラブも同じはず。うまく強化をすれば、いつか強力なスポンサがついてくれて、上位を目指せると思っています。」
彼「日本のサポータがうらやましいですね。正直シンガポールのサッカーは駄目です。東南アジアでも思うように勝てないですから。」
私「そうでしょうか。Sリーグはアジアの中でも充実したリーグの1つだし、人口から考えたら、最近のシンガポール代表は、本当によくやっていると思いますよ。」
彼「でも、東南アジアでも中々勝てないし。」
私「それでも南アフリカ予選でも、悪くなかったですよね。3次予選にはキッチリ出ていたはずだし。」
彼「ええ、レバノンには2勝したのですが、サウジとウズベキスタンにはホームでも完敗でした。」
私「レバノンに敵地で勝ったのは評価されると思います。西アジアのチームに敵地で勝つのは簡単ではないし。」
彼「よくやったとは思うのですが。ドイツワールドカップ予選では、日本ともホームであと一歩まで追い込んだ試合をやれたのですが、最近の日本を見ると、とても歯が立たないように思います。」
私「いや、日本としても負ける訳にはいかないので(笑)。ただ正直なところ、最近の日本代表は、やや力の劣る相手に対して慎重に戦い、確実に勝つやり方については、かなりレベルが高いと自負しています。」
彼「確かにそう思いますね。先日のアジアカップやワールドカップ予選見ていてもそう思いました。あの日本の中盤の選手、何て言いましたっけ?落ち着いてゆっくりとボールを回す選手。」
私「遠藤ですか?」
彼「そうそう遠藤。あれはいい。あんな選手がアジアから出てくるなんてビックリですよ。遠藤はどこでプレイしているのですか。最近日本の選手はドイツでプレイする例が多いようですが。」
私「遠藤はJリーグにいます。ガンバ大阪でプレイしているから、ACLでも見られます。日本代表の中心選手の多くは欧州でプレイしていますが、遠藤は年齢も30を越えているし、欧州には行かないようです。」
彼「もっと若い頃に欧州に行かなかったのですか。」
私「遠藤は欧州のクラブには言っていないのです。ドイツワールドカップのメンバだったですが、当時は代表でも完全なレギュラではなかったのです。ここ最近、2007、8年くらい、30歳近くなってから、格段に向上したのです。Jリーグとアジアの国際試合で最高のレベルに到達できるよい例だと思っています。」
彼「うらやましいなあ。遠藤もすごいし、他の選手も。たしか欧州チャンピオンズリーグにも複数の選手が出てましたよね。」
私「代表の左サイドの長友がインテル、右サイドの内田がシャルケ、同じサイドで直接対決がありました。シャルケが勝って準決勝でユナイテッドと戦います。」
彼「すごいなあ。1980年代には、シンガポールのエースが欧州で活躍した事があったのですが。」
私「ファンメド・アーマドですね。よいFWでしたね。日本に来た時生で見た事があります。」

 異国への出張は疲れる事も多いが愉しい事もあると言う実例まで。
posted by 武藤文雄 at 23:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月14日

ここまで代表選手に甘えてよいのか?

 二転三転、紆余曲折が続き、コパアメリカには出場する方針が決定したと言う。日本協会のWEBサイトに載ったリリースの一部を抜粋する。
JFAは、日本代表チームの強化や国際社会への復興メッセージの発信といった見地で同大会への参加を検討することとし、J1ならびにJ2の実行委員会を経て、本日(4月14日)JFA理事会で審議しました。

JFAとしては権威あるコパ・アメリカで戦えるような強い日本代表チームを編成することを基本に、Jリーグ所属選手はJクラブの理解と協力を得て、また、海外のリーグで活動する日本人選手の招集については、CONMEBOLの協力を得て進めていきます。
 何か、決定的におかしい。以前も述べたが選手を決めるのはザッケローニ氏なのだ。氏が選考希望するメンバをリスト化して、欧州クラブ所属選手はCONMEBOLが各クラブと交渉し、日本のクラブの場合は日本協会が交渉し、ザッケローニ氏が納得できる23人(ですよね)が揃うまで、交渉をそれぞれ続けるとでも言うのだろうか。では、ザッケローニ氏が納得できる選手が揃わなければどうするのか。小倉会長なり、原博実氏なりが、「頼むからこのメンバで戦ってくれ」とザッケローニ氏を説得するのか?!

 色々な方々が書いた「とにかく出場を」と言う趣旨の文章を読んだ。何か違う。コパアメリカだよ。ブラジル、アルゼンチンを含めた南米の列強が待ち構えている公式大会なのだ。中途半端な姿勢で臨める大会ではない。
 南アフリカでも、ドーハでも、私達の代表チームは、最高レベルの集中力で、自らの戦闘能力を絞り出すような試合をしてくれた。岡田氏の言うところの「1+1=3」状態である。そして、そのような戦いをする事で、選手達も究極の経験を積み、その能力を高める事ができる。しかし、今回のような選考方針で、選手達にそこまでの集中を期待してよいものなのだろうか。
 皆、勘違いしていないか。長谷部とその仲間達を集めて、強豪と試合をすれば、自動的に、あのようなすばらしい戦いをしてくれるものと。彼らはロボットではない、人間なのだ。究極に戦ってもらうためには、相応の環境と準備が必要なのだ。もちろん、出場する事になった経験豊富な選手達は、プロフェッショナル中のプロフェッショナル。己の限界を極めようとしてくれるだろう。けれども、そこに「本当の意味で代表とは言えない」選手が加わっていたとしても、彼らに究極の努力を要求すると言うのか。それも「国際社会への復興メッセージ」と言うプレッシャを加えて。
 しかも、秋口からはワールドカップ予選も始まるのだよ。

 もう、いいかげん、長谷部達に甘えるのはやめようではないか。
 彼らにコパアメリカでも、最高レベルで戦ってもらおうと言うならば、全てを投げ打ち、南米を制覇するくらいの気持ちで戦う必要があるし、そのような準備をすべきだろう。それならば、長谷部達に「最高レベルで戦ってくれ」と頼むのも筋が通る。その場合、今期のJは陥落なしにするとか、超大胆な施策が必要になる(そうすると来期の日程は絶望的なものになるだろうが)。けれども、それはそれで、問題の先送り感もあるが、1つの見識だ。
 それができないならば、潔く撤退すればよいではないか。そして、丹念にJリーグを続け、欧州の精鋭達には休んでもらう。そして、ザッケローニ氏に適切な強化期間を提供し、ブラジルワールドカップに向けて淡々と強化を継続する。
 そりゃ、私だって遠藤を含めた「最強日本代表」をコパアメリカで見たいよ。でも、それは叶わない夢なのだ。そして、3月11日で我々の世界は一変してしまったのだ。それなのに、どうして、皆が叶わない贅沢を語るのだろう。日々のJリーグを堪能し、欧州で活躍する精鋭を見守り、そして秋口以降の史上最強の代表を愉しむ。これで十分じゃないか。
posted by 武藤文雄 at 23:50| Comment(16) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月09日

ありがとうルーカス

 昨日は、いささか(いやかなり)すべったエントリを勢いで書いてしまった。お騒がせしてすみません。どういう結果(ここでの結果が大会出場した場合の試合結果ではなくて、「大会に臨むか、臨むならどのように」と言う大会前の話なのが残念なのだけれど)になろうが、日本中のサッカー人が「胸を張れる」ものであるものを期待したいと思っている。嫌らしい言い方になるけれど、ある種の撤退する勇気も必要かなと思う。それは決して恥ずかしいものではないのだから。

 地震があって、サッカーにからんで書きたかった事も随分と溜まってしまった。少しずつ、地震と関係ないお題に取り組んで行きたい。

 で、今日のお題はルーカス。ルーカスはつごう7期に渡り、FC東京とガンバで大活躍し、昨期を最後にブラジルに帰国した。そして、先日の地震について、心温まるメッセージ寄せてくれている。よほど、日本は居心地がよく、日本でのプレイを気に入っていたのだろう。

 で。ご記憶の方も多いだろうが、私はルーカスの来日が決まった時に、心底怒りを覚えた。シドニー五輪で、中田浩二に対して、許し難いファウルをした選手だったからだ。何年経っても、あの場面を思い起こすと、腹が立って仕方がなかった。
 ともあれ、そのルーカス。来日後に幾多の好プレイを見せてくれた。かつて、上記の怒りをFC東京サポータの友人にからかわれ、こんな事を書いた事もあった。また、ビッグゲームで、何とも形容し難い恐怖の快感を味わう事ができたのも、忘れ難い思い出だ。ガンバ時代には、アジアチャンピオンにも輝き、拡大トヨタカップでも活躍。すばらしい選手で、日本サッカー史でも分厚く語られるべきブラジル人選手の1人である事は間違いない。

 過日のエルゴラッソ。Jリーグに在籍経験のある外国籍選手にインタビューし、日本サッカーのレベルアップの方法論を探ろうとする企画「祖国から愛を込めて」の第2回に、ルーカスを採り上げている。そしてインタビューアの沢田啓明氏はそのインタビューの序盤、キックオフ後1分でいきなり問いかける。
ーこの試合で、あなたは後半途中から出場し、その直後、中田浩二選手(鹿島)と接触して彼を「壊して」しまいました。
「嫌な事をよく覚えているな(笑)。あれはアクシデント。けがをさせるつもりはまったくなかった。その後、日本で彼に会ったときに謝ったよ。怒っていなかったので安心した(笑)」
 安堵した。ルーカスが中田浩二に対して、本件に関して仁義を切ったのだと知って。この沢田氏の適切な問いかけと、ルーカスの回答を読み、7年以上私が抱えていたもやもやがとれたように思う。しつこいと言われようが、正直、あの反則はひどいものだった。けれども、ルーカスと中田浩二の間で、それがしっかりと話し合われたならば、これ以上は問うまい。
 7年間の長きに渡り、ルーカスが見せてくれた見事なプレイの記憶をよい思い出としていきたい。

 朝の通勤電車でこの記事を読んだ時、すぐにブログに書こうと思った。しかし、この号は3月11日発売号だったので。
posted by 武藤文雄 at 23:16| Comment(2) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月08日

続コパアメリカをどうするか -拝啓 原博実様-

 昨晩23時30分過ぎか。「また余震か」と思ったら、異様な揺れの長さ。坊主と立ちすくんで相撲の立ち会いのように睨み合う。これは、どこか遠方で大きな地震だと、あわててテレビをつけると、宮城県で震度6強との報道。溜息をつきながら、実家に電話しようとすると、逆に電話が鳴った。母からだった。「いや、今回はさすがに揺れたわ。もう、いい加減にして欲しいのだがね。電気が消えてないのが救いだね」と、戦中派は、悠然と溜息を突きながら話す。
 正直、この余震には落ち込んだ。あれから、もう1ヶ月近く経つのに、まだ現地は苦しまなければならないのか。阪神淡路大震災よりも大きなマグニチュード、33年前の宮城県沖よりも大きな震度。笑われるかもしれないが、今日は一日体調が優れなかった。

 けれども、遠く関東にいる人間が、嘆いても仕方がないのだ。被災地支援は被災地支援だ。それはそれで、やれる事をやる。でも、極端に揺れていない俺がどうこう嘆いても何も生み出さない。
 と言う事で、前に進みます。

 コパアメリカ出場問題が混迷しているようだ。協会の発表によると、先方より「いいから、お出でよ。」と、誘われ、日本協会も対応を検討している状況らしい。
 以前も述べたが、「コパアメリカには出たい。遠藤を軸とするチームでとにかく出たい。でも、それは叶わない。」と言うのが、私のスタンスだ。
 否。私のスタンスだった。

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拝啓、原博実様

 アルゼンチンが「来い」と言っているのだ。「行こうぜ」...その代わり。

 行くならば、最高最強のメンバで、南米を制覇しようじゃないか。Jリーグを休むとか、大会中もやるとか、来冬までやるとか、とてもとても大事な事だけれども、とりあえず先送りしよう。中途半端は一切なし。
 最高最強のメンバで、ブラジル、アルゼンチンに勝とうじゃないか。
 我々はアジア史上前代未聞、史上最強のチャンピオンなのだ。もし、南米選手権に出る事ができるのならば、狙うのは優勝の他はあり得ない。
 ザッケローニに言ってくれ。「勝とうぜ!」と。遠藤は当然、中澤も闘莉王も憲剛も、ザッケローニが「最高」と思う選手を連れて行ってくれ。もちろん、欧州勢も無条件招集。準備合宿も、ザックの納得の行く時間を提供しよう。
 コーチングスタッフに(邪魔じゃなければだけれど)カズを加えてくれてもいい(選手として選んでくれてもいいけれど)。スカウティングに岡田武史をつかってもいい。いや、ドゥンガとビラルドをスパイに使ってもいい。もちろん、広報担当に松木安太郎を...
 若返りなんか、考えなくてもいい。とにかく、日本サッカーの全てをかけて、コパアメリカに賭けようじゃないか。

敬具

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 ここまで書いて、考えは完全にまとまった。

 私はコパアメリカは辞退すべきと思う。将来いつか日本がワールドカップで優勝するためには、コパアメリカに出るよりも、淡々とJを充実させるべきだと思うから。

 でも、もし「コパアメリカに出る」と言うならば...一切中途半端はやめるべき。全知全霊、創意工夫、全てを賭けて、南米制覇を狙うべき。俺たちはアジアにおける最高最強のチャンピオンなのだから。どんな国に対しても、負ける事は許されない。
 「やると決めたら、やろうじゃないか。」
posted by 武藤文雄 at 23:30| Comment(9) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする