2016年01月22日

ベガルタサポータのみが味わえる快感

 結果も内容も上々に1次ラウンドを突破した五輪代表。勝負はこれからだが、手倉森のオッサンのドヤ顔を見るだけで、嬉しくなってくるのは、ベガルタサポータ特権だな。

 もちろん、贅沢を言えばキリがない。例えば、手倉森のオッサンが自慢する守備だが、結構、粗も多い。
 まず、つまらない反則や、軽率なミスパスなど、各選手が唐突にビックリするようなミスをすること。たとえば、サウジ戦後半、植田が敵FWと競ってヘッドしようとした際に手が前に出てファウルをとられた。同じく、山中がペナルティエリア内でミスパスでボールを奪われた。この他にも、この3試合、多くの選手が、自陣ゴール近くで「おいおい」と言うミスをしている。各選手が、まだまだ若いと言うことだろうか(「若さ」が故のミスについては、講釈を垂れ始めるとキリがないので、別な機会に)。
 また初戦北朝鮮戦で幾度も危ない場面を作られた。バックラインが下がってしまったのがまずかったのは確かだ。しかし、岩波と植田は、北朝鮮のロングボールはしっかりとはね返していた。問題は、引き過ぎたこともあり、両翼に数的優位を作られ、ダイレクトパスやサイドチェンジを許し、精度の高いボールを入れられたことだ。
 このオッサンがベガルタを率いていた際にも、しばしばこのような場面が見られたな。うん、懐かしい。ところが、状況が悪くなりバックラインが下がったときはサイドMFが献身的に上下動をして、対処していたのだ。まあ、梁勇基と比較すれば、南野はまだまだ未熟と言うことか。
 ともあれ。上記のような失態があっても、失点はあの愉しいPKからの1点のみ。これは、各選手の切り替えの早さが格段な事による。チームメートがミスしたら、すぐに切り替えが利くのは大したものだ。国内の各若年層育成組織が育て上げたエリート達に、この意識をたたき込んだは、このオッサンの功績だな。
 緊張感あふれる1次ラウンドの3試合の経験で、各選手は成長し「おいおい」ミスは減っていくことだろう。南野はサウジ戦の終盤は的確な守備も見せ、北朝鮮戦のダメダメから脱却した。そうこう考えると、あの切り替えの早さがあれば、守備は相当計算できそうだ。

 では攻撃。
 このチームの前線の個人能力は相当高い。久保は常に敵ゴールを狙い、狡猾な位置取りと、ふてぶてしいシュートが格段。浅野の加速からのシュートの鋭さは、毎週Jリーグで感心させられている。南野のペナルティエリア内の技巧とシュートへの持ち込みは言うまでもない。気がついてみると、攻撃は相当強力ではないか。かつての五輪のFWを思い起こす。アトランタは小倉と城、シドニーは柳沢と高原、アテネは達也と大久保、北京は豊田と岡崎、ロンドンは大津と永井。そうこう考えると、久保、浅野、南野の組み合わせは、従来と何ら遜色ない、いやこの時点での迫力は優れているように思えてくる。
 問題は彼らに前を向かせ、己のイニシアチブでプレイさせるスペースを作れるか。
 そして、これが作れるのだ。大島の視野の広さ。遠藤の責任感あふれるボール奪取とパス出し。原川の丁寧な展開と持ち出し。矢島の引き出しと狙い済ましたラストパス。井手口の格段のボール奪取と正確なつなぎ。三竿の強さと高さ。そう、当たり前に当たり前の選手選考を行えば、何も問題ないのだ。

 大会前に様々な不安が語られた。けれども、結局のところ、よいチーム、よい選手を所有できている。イランも、イラク(UAEかもしれない)も、厄介だろう。しかし、これらの難敵とに対し、従来以上に戦えるチームができあがってきた。よい素材を育成する、日本中のサッカーおじさん、おばさんの貢献も何よりだ。そして、手倉森のオッサンもさすがなのだろう。
 丹念に、丁寧に、執拗に戦えば、リオ出場権獲得の確率は相当高いはずだ。

 ただし、不安もある。手倉森のオッサンが「凝り過ぎて、策に溺れるのではないか」との不安だ。
 ベガルタ時代、おのオッサンは、少ない戦闘資源を丹念に鍛え、格段の成績を挙げてくれた。この俺たちがACLまで行けたのだよ。このオッサンには感謝の言葉もない。そして、少ない戦闘能力を存分に発揮するためには、様々な駆け引きが必要だった。
 この五輪代表チーム、このオッサンは、ベガルタ時代には夢にも思えなかった、豊富な資源からの選択の自由を堪能している。そして、この3試合、その成果を存分に見せてくれた。期待通りの手腕である。3試合で、ほとんど全選手を起用し、極端に消耗した選手もいないはずだ。よい体調で、2次ラウンドを迎える。よほどの不運がなければ、イランとイラク(UAE)を破ってくれることことだろう。
 けれども、思い起こせば、このオッサンの駆け引き倒れを、幾度経験したことだろう。スタメンで使うべき選手を控えに置き、負傷者などの思わぬ展開で、よい選手を使い切れなかったこと。「展開は悪くない」などと語りながら、豊富な交代選手を起用せぬまま、消耗した選手のミスで失点すること。
 そう、不安なのだよ。このオッサンの「すべて計算通り」と語るドヤ顔が。例えば、ローテーション起用に拘泥するあまり、今大会、浅野も南野も、まだ得点がないと言う事実。この2人が、今後つまならいプレッシャにつぶれなければよいのだが。ついつい、このような余計なお世話を語りたくなることこそ、このオッサンの愉しさなのだが。

 うん。この不安感。ベガルタサポータのみが味わえる異様な感情。どうだ、うらやましいだろう。
posted by 武藤文雄 at 01:14| Comment(1) | TrackBack(0) | 五輪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月06日

守備が強いバルセロナ

 いささか古新聞ながら、昨年末のクラブワールドカップを見ての思いを語りたい。

 メッシとネイマールを擁し神仏に喩えられて久しいバルサ、16,000サポータ共々質実剛健そのものだったリーベル、ここ数年財力の差により我々にACLで不快な思いを提供し続けている広州恒大。そして、ここ数シーズン、日本で最も安定した成績を収めているサンフレッチェ。これらの4クラブを丁寧に比較できて、とても愉しい大会だった。
 今日のところは、まずはバルセロナを論じたい。

 今回のバルセロナは、従来のシャビとイニエスタを軸に中盤で精緻なパス回しをするチームとは、随分趣を異にしていた。ずばり、マスケラーノ、ピケ、ブスケツの守備中央3人の強さが格段のチームだったのだ。

 ゴールキックの際に、CBのマスケラーノとピケが、ペナルティエリア両横に開いて、そこから展開するのをスタートとする。サイドバックのダニエウ・アルベスとジョルディ・アルバは前方に進出。言ってみれば、後方から2-3-2-3と言う配置になっている。これは1925年にオフサイドルールが変更になる以前のフォーメーションに先祖返りしたのではないかと。
 冗談はさておき、これは世界最強チームの展開地域が、より後方になって行いくことを示唆しているのではないか。やたら中盤のプレスが厳しくなって、ピルロが中盤後方から展開するようになった2000年代。そして、2010年代半ばになり、とうとうマスケラーノは、最終ラインからの展開を始めたと言うことだろうか。1970年代のベッケンバウアに戻ったと言う話もあるか。あ、また話がずれました、すみません。

 決勝戦、リーベルの速攻は鋭くいやらしかった。しかし、マスケラーノの読みの鋭さは格段。リーベルのシュートポイントに何の躊躇もなく飛び込み、押さえ込んでしまう。マスケラーノの守備振りは、全軍を指揮して敵の攻撃を弱めておいて自分が一番危ないところで待ち構えるフランコ・バレーシとも、チームメートの挙動を見ながら自分の個人的守備能力で一番危ないところを止め切るカンナバーロとも違う。マスケラーノは、チームメートを一切頼らず、己の判断のみを頼りに、一番危ないところを押さえ切ることのみを考えているように見えた。
 一方でピケ。リーベルの後方の選手が、バルサのプレスが甘くなった隙を逃さず、ぎりぎりのロングボールを入れてくる。しかし、ピケは丁寧にそれをはね返す。ピケもよい年齢になってきたのか、強引な攻め上がりがなくなり、ストッパとしてしつこく守り、格段の個人技で正確にはね返す能力は格段。
 そして、マスケラーノとピケが防いだボールを、ブスケツは丁寧にさばき展開する。この世界最高峰CBコンビでも、さすがに敵の攻撃を防いたボールゆえ、タイミングやコースはブスケツの処理しやすいところへ来ない。けれども、ブスケツは何の雑作もなく、的確にボールコントロールしてしまう。しかも、南アフリカワールドカップ制覇時に見せた、中盤での守備範囲は、さらに広さを増していたし。

 もちろん、メッシとネイマール。リーベル戦の1点目のネイマールの折り返しとメッシのトラップからのシュート。3点目のネイマールの芸術的アシスト。
 この2人以外のバルセロナの名手たちの個人能力が超越しているのは間違いないが、マスケラーノもピケもブスケツもイニエスタもスアレスも、素質に恵まれた人間が、環境に恵まれ、適正な指導を受け、凡人には耐え難い努力を積めば、もしかしたら到達できるかもしれないとは思う。しかし、メッシとネイマールの能力には、そう言った常識を超越した何かを感じる。ホモサピエンスを調達した何かを。ペレ、クライフ、ディエゴに感じ、ロナウジーニョに期待し外れた、何かを。

 それでも。
 しつこいが、今のバルセロナの強みは、最終ラインの3人にあった。シャビを失ったバルセロナは、たとえ、メッシでも、ネイマールでも、イニエスタでも、もちろんスアレスでも。分厚く人数をかけた守備をする敵に、ぎりぎりのパスを引っ掛けられ、逆襲速攻に襲われることもある。
 もちろん、リーベルもそれを狙っていた。
 そのリーベルの狙いのすべてを、マスケラーノとピケとブスケツは、未然に防いでしまったのだ。

 16,000人のサポータが支えるリーベルの質実剛健な逆襲速攻。それを、この3人が、90分間戦い続け、押さえ切った。すばらしいエンタテインメントだった。
posted by 武藤文雄 at 00:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月02日

ペトロビッチ氏の自滅

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。今年は、何とか更新頻度を上げていきたいと思っているのですが。
 さて、今年の初講釈は、2015-16年天皇杯決勝戦。レッズ対ガンバ、国内屈指の強豪対決を、実家のテレビ桟敷で堪能させていただきました。

 ガンバは準決勝で負傷した柏木を使えない。柏木の代わりには青木を起用、阿部を一枚前に使う。そして、準決勝で劇的な決勝点を決めた李忠成が先発、2シャドーに興梠と武藤を並べ、右アウトサイドには関根ではなく梅埼を起用した。この布陣変更が、前半の綾となる。
 立ち上がり、ガンバがつかんだ2回の決定機は宇佐美が起点となった。これは、宇佐美を止めるのが、森脇なのか梅崎なのかがはっきりしなかったため。さらに、ガンバの先制点は、レッズの攻撃が、柏木不在により単調になり、前掛かりとなったところで、中盤でボールを奪われた直後の速攻からだった。まあ、これは、ボールを奪った直後に躊躇せずに縦パスを通したのは倉田と、格段の脚力で突破したパトリックを褒めるべきにも思う。レッズのような攻撃的サッカーを志向するチームは、常にこのような失点のリスクを負わなければならないものだ。
 一方で、レッズの布陣が奏功したことも多かった。まず阿部を一枚上げたことにより、直接遠藤との対峙が可能になり、自在な展開を許さなかったこと。加えて、森脇と梅崎の分業が確立した後は、梅崎の前進により、宇佐美を後方に押し下げることにも成功。レッズの同点弾は、梅崎の狡猾な突破に対して宇佐美の対応が軽かったことが起点となった。直後の梅崎の絶妙なクロスに李が飛び込み、ポストに当たったこぼれを興梠が鮮やかに詰めた。ペトロビッチ氏苦心の布陣が、見事に当たったわけだ。それ以降、レッズが押し込む時間帯が続いた。

 後半に入ってもレッズペースが続く。
 ところが、ガンバの速攻から後半初めて許したコーナキックから、ガンバに突き放されてしまう。この場面は、完全な槙野の失態。ガンバ今野に妨害され、マンマークしていたパトリックに完全に振り切られてしまった。マンマークの駆け引きで、攻撃側の選手が他の選手を利用してマークを振り切ろうとするのは、いわゆる基本技。これだけのビッグゲームで、このような初歩的な駆け引きで得点が生まれてしまうとは。
 槙野と言う選手は、センタバックとしての能力は日本屈指のものがあると思っている。この日の前半も、パトリックや倉田の飛び出しに対し、落ち着いた粘り強い対応でしっかり止めていた。けれども、どうして肝心な場面で、「抜けて」しまうのだろうか。
 
 リードしたガンバは、宇佐美とパトリックをトップに残した4-4-2に切り替え、守備を固める。
 ここでペトロビッチ氏は不可解な采配を行う。武藤と梅崎に代え、ズラタンと関根を起用したのだ。これは攻撃の圧力を高める効果はあったが、変化は少なくしてしまう。実際、前半梅崎が中央に絞って作ったスペースに森脇が進出、逆サイドの宇賀神を狙う攻撃は効果的だった。李と武藤が中央にいれば、高いクロスと、低く速いクロスと、複数の選択肢があり得るが、ズラタンと李ならば、高いボールしか選べなくなる。さらに宇賀神に代えて高木を起用。レッズの攻撃の最大の強みの1つは、宇賀神が外に引き出しておいて、槙野が進出してくるやり方になるが、若い高木にはこのような仕掛けは難しい。何より、常に敵が困るいやらしい選択を考える宇賀神がピッチからいなくなってしまった。
 結果的に、レッズの攻撃は若い関根と高木が、両翼から個人技の限りを尽くして突破を狙い、それにレッズの強力な3トップが飛び込むだけの単調な展開となった。いや、後半半ば過ぎからは、槙野も最前線に進出。言わば2-2-6のフォーメーションで、強引に押し込む展開となった。
 ガンバの中央は強い。東口と丹羽と金正也が、関根と高木のクロスをはね返し続け、試合はそのまま終了した。確かに、あれだけクロスを上げ続ければ、結果的に好機を作ることはできる。けれども、レッズ本来の魅力である、変化あるパスワークによる崩しはほとんど見られなかった。
 むしろ、トップに残った遠藤の妙技と、「明神2号」を思わせる井手口の刈り取りが目立ち、決定機はガンバの方が多い展開が続き、試合終了。ガンバの歓喜とあいなった。

 どうして、ペトロビッチ氏は、後半序盤にリードされただけで、自ら大事に育て上げた、鮮やかなパスワークによる攻撃を放棄してしまったのだろうか。
 好調時のレッズの攻撃の変化は鮮やかだ、たとえ柏木が不在だとしても。興梠がちょっとしたキープで作ったスペースに、武藤や梅崎が絡む。森脇のサイドチェンジからの宇賀神の個人技。宇賀神と槙野の連係による崩し。そして美しい阿部の展開。
 このような変化あふれるパスワークがあるからこそ、関根や高木の個人技が効果を発揮する。ズラタンや李のシュート力も活きる。 
 これらの輝きは、すべてペトロビッチ氏が作り上げたものだ。それなのに、ペトロビッチ氏は、大事な試合で、大事な勝負になる度に、その輝きを自ら放棄してしまう。
 上記した槙野の失態も深刻な問題に思える。ペトロビッチ氏は、槙野がサンフレッチェでトップデビューした折からの師匠。槙野も28歳になった。それでも、この甘さはなくならない。槙野自身の問題もあるが、それを許すペトロビッチ氏の問題も大きいのではないか。
 まあ、いいんです。私はレッズサポータではないですから。

 ともあれ。新年早々、内容も豊富で、色々思索可能な試合を堪能させていただきました。
 ここは1つ、近々行われる五輪予選で、井手口が輝き、我々に歓喜を提供してくれることを。
posted by 武藤文雄 at 00:31| Comment(5) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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