2018年07月02日

ベルギー戦を前に

 6回連続出場、3回目の2次ラウンド進出成功。

3度の2次ラウンド進出は、アジア史上初めてのはずで、何とも誇らしい。サッカーに浸り切って40余年、私達はとうとうここまで来たのだ。

だからこそ、このベルギー戦は勝たなければならない。何としてもベスト8に進出すると言う、新たな成功体験を積むのだ。当たり前の話だが、ベスト8に進出するためには、ベスト16にまで到達するのが必要だ。そして、その必要条件を満たすまでが、いかに大変かと言うことを、我々は存分に経験している。そして、今回はその大変なことの実現に成功したのだ。この好機を活かさずしてどうするのだ。


確かにベルギーは強かろう。けれども、1次ラウンドを見た限りでは、各選手が圧倒的な個人能力の高さを誇るが、その連動性は十分にはしあがっていないように思えた。

いつものことだが、各選手が丁寧に位置取りを修正し続け、身体を張り、粘り強く対応することで、敵に提供する好機の数を減らすこと。柴崎に前を向かせる工夫を重ね、大迫が受けやすい状況を作り、乾と長友、原口と酒井宏樹を連動させること。これらをやり続ければ、活路は必ず開けるはずだ。

また、歴史的にベルギーとの相性はよいのだ。記憶頼りだが、敗れたのは昨年が初めてのはず。岡田氏の時はキリンカップで大差で、ザッケローニ氏の時には敵地で、それぞれ勝利している。もちろん、当時とはメンバが随分と異なるが、歴史的に見ても、我々の欧州国との相性は、南米よりは悪くないのだ。


ポーランド戦の終盤の戦い方が議論となっていると言う。これはこれで、けっこうなことだ。我々の論点はただ一つで、「セネガルが同点とするリスクをどう見たか」と言うことのみだ。私は現場にいて、セネガルの試合はスコア以外は何もわからず、西野氏の判断の是非をどうこう言える立場ではなかった。しかし、西野氏はしっかりと結果をつかんだ。現場の責任者が、己のリスクを掛け、その賭けに勝ったのだ。見事なものではないか。

ただ、我々サッカー狂とは異なる方々が、異なる視点でものを語るのは理解できなくはない。彼らは、我々と異なり、サッカー狂ではないのだから、「これでは面白くない」とか「このやり方が公正なのか」など、我々とは異なる視点からの意見もあるのだろう。多様な意見があるからこそ、世の中はおもしろいのだ。そして、ワールドカップと言う世界最高のお祭りは、このような多様なものの見方をする方をたくさん集めることができる。結構なことではないか。

彼らが、この機会にサッカーと言う底なし沼の魅力を持つ娯楽に触れてくれればそれでよい。そのうち何人かは、この底なし沼にはまってくれるかもしれないし。


また、大会直前の監督人事についても触れておこう。

私はあの更迭劇は、何ら合理性はなかったものと考えている。だからと言って、ここまでの西野氏の手腕を否定するのはおかしいだろう。確かに、ポーランド戦終盤、他力本願に追い込まれたのは、残念だった。けれども、いくつかの幸運をしっかりつかみ、不運を丹念にはね返し、西野氏はここまで我々を導いてくれた。これ以上、西野氏に何を望むのか。

以前よりしつこく述べて来たように、私は西野氏が大嫌いだ。だからこそ、この2次ラウンド進出と言う偉業を成し遂げてくれたことに対し、心より土下座し、感謝の念を捧げたいと思っている。この土下座行為については、大会後じっくりと作文したい。


ロストフ・ナ・ドヌと言う都市は、ドン川がアゾフ海に流れ込む河口近くの湿地帯。ロシアと言うよりは、地中海世界を思わす、キラキラした輝きにあふれる都市だ。

この美しい都市で、我々は偉業を達成する。そのスタジアムの片隅にいられることに、興奮を禁じ得ない。私は今から、長谷部とその仲間たちと共に戦い、歴史の一員となる。

posted by 武藤文雄 at 23:24| Comment(9) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする