2018年12月31日

2018年10大ニュース

1位.ベルギー戦
 幾度も書いたけれど、「世界屈指の強豪とワールドカップで丁々発止することは、中学生時代からの夢だった。そして、夢は叶った。それは、あまりに甘美で絶望的な体験だったけれど。改めて、その場にいられたこと、その場にいられることを許してくれた方々に感謝したい。
 毎回毎回負ける度に確信するが、近づけば近づくほど、その差は明確となり具現化される。あのアディショナルタイムの惨劇、コンマ数秒の切り替える能力差を、クルトワとデ・ブライネに突き付けられた。我々が、将来に渡り、それに追いつき、ひっくり返すことができるかどうかはわからない。けれども、その差をここまで具体的にすることができたのだ。

2位.鹿島アントラーズアジア王者
日本のトップクラブ鹿島アントラーズが悲願のアジア制覇。JSL2部の住友金属時代からの、長きに渡る強化が、1つのピークを迎えたと言うことだろうか。しかも、リーグ3位、天皇杯、ルヴァンカップベスト4と、国内の大会でも上々の成績を収めたことも特筆すべきだろう。
少なくとも、クラブワールドカップでも、レアル・マドリードに本気で勝ちに行っていたのも、頼もしかった。最後、リーベル相手にボロボロになった試合も、年間60試合の末の結論。お見事な戦いでした。でも、UAEに三竿健斗と鈴木優磨は連れて行きたかったですね。

3位.レッズ、日程がクルクル変わる天皇杯を制覇
 自分にとって初めての天皇杯決勝。それはそれで究極の体験でした。それにしても、決勝のレッズの勝負強さ、阿部勇樹の老獪な守備には恐れ入りました。
 一方で、破綻する日程を放置する日本協会の無策ぶりが出た大会でもあった。アントラーズの大奮闘に伴う、信じ難い日程修正案のひどさ。Jの年マタギ開催など寝ぼけたこと言うのはやめて、真剣にアジア協会とも調整し、全うな日程案を作らなければいけない。

4位.川崎フロンターレ連覇
 ベスト11でも記述したが、「中村憲剛がいなくなったらどうなってしまうのか」と思われたクラブは、憲剛がいるうちに大クラブになってしまった。
 Jリーグは、当然ながら経済的に豊かなクラブに優秀な選手が集まるわけだが、トップ選手の多くが欧州に移籍してしまうため、どうしても戦闘能力差がつきづらい。その結果、今シーズンは未曾有の混戦となった。けれども、フロンターレは、他クラブを圧倒する戦闘能力を発揮し、終盤戦で飛び出し圧倒的強さで優勝した。
 中村憲剛が次に目指すのはACL。

5位.湘南ベルマーレ、ルヴァンカップ制覇
 ベルマーレが約20年ぶりにタイトルを獲得した。90年代メインスポンサだったフジタ工業が撤退した以降、経済的面で苦労に苦労を重ねたきたクラブが、゙貴裁氏と言う格段の監督を擁し、ついにタイトルを奪還。これは、明確な親会社を持たず、経済的に潤沢でないクラブすべてを勇気づける快挙だ。おめでとうございます。
 前身のフジタ工業時代に、70年代から80年代にかけて古前田充、今井敬三、カルバリオ、マリーニョらを擁し、複数回JSLと天皇杯を制した。そして、90年代、洪 明甫、ベッチーニョ、名良橋晃、岩本テル、中田英寿らを擁し天皇杯、アジアカップウィナーズカップを獲得したこの名門の復活劇はすばらしい。
 本音、天皇杯制覇をし損ねたベガルタサポータからすると、嫉妬の対象でしかないけれどね。

6位.冨安健洋と堂安律、欧州で着実にランクを上げる
 日本がワールドカップに初出場した1998年に生まれた、2人の若者は欧州で着実に地位を築いており、当然のようにアジアカップ代表にも選考された。この2人は、井原正巳や中田英寿が代表で地位を確立したのと、ほぼ同じタイミングで代表の経歴を積んでいることになる。この2人ならば、欧州で着実に経歴を積みメガクラブの中心選手まで駆け上がってくれて、我々をワールドカップベスト8以上に導いてくれるのではないかと期待も高まるのだが。たとえば、中村俊輔と長友佑都は総合能力と言う意味でそのレベルまで行ききれなかった。酒井宏樹はその域に達していると思うが、そのレベルに達した時は歳をとり過ぎていた。
 一方で、逸材はこの年齢で欧州に出る方がよいと言う、身も蓋もない現実に突き当たる。Jリーグの発展に対する明らかな背反。悩みは深いが、結構な悩みと前向きと捉えることにしようか。

7位.田島会長の絶望的政治センスのなさ
 ハリルホジッチ氏を解任しようと決断したのは、(私は賛同しないが)1つの理屈があったのだろう。しかし、解任するならば、しっかりと外部に説明する義務がある。もし、それが発表できないと言うならば、できる理屈を作ってからにしてほしい。その理屈を、自分で考えられないのは仕方がない。しかし、動かせる大枚があるのだから、広告代理店なり誰かに考えさせることはできるはずだ。そもそも、そのような理屈を準備しなければまずいと言う発想が出ないこと、あるいは周囲がそう助言しないことが、あまりに情けない。
 飽きもせずJの年マタギ開催を主張し、その結果現状の破綻する日程問題を完全に放置するのも、むべなるかな。

8位.アジア大会、五輪代表、決勝で韓国の前に散る
 他国はU23なのに当方は東京五輪向けチーム。Jリーグ開催中の開催ゆえ、1クラブから1人の選考限定。選手も直前のJを戦って疲労困憊。当然オーバエージもなし。明らかに他国と比較して不利なチーム構成。しかも、チーム数が多いため、中1日を含む狂的な日程。
 大会序盤は、「どうなることか」と言う低調なチームだったが、試合を続けるうちに、チーム力が向上。ベトナム、マレーシアのような、俊敏で技巧的なタレントを擁する東南アジア勢には苦戦したものの、逆にサウジ、UAEと言った中東勢は、戦術眼の高さで圧倒。
 決勝で、兵役解除を目指す孫興慜率いる韓国と対戦。 前半こそ個々の能力差で圧倒されたが、後半に入るやスローテンポにすることに成功、先方の疲労もあり互角の攻防として延長に持ち込む。しかし、延長で李承佑の絶妙な発想にやられた。悔しかったですな。大会後一部選手が「韓国のフィジカルにやられた」と言っていたのが気になる、やられたのは「李承佑の戦術眼」だったのだが。まあ、いいだろう、これからも李承佑は厄介な存在になるのだろう。
 余談、孫興慜は現状、日本のどの選手よりもランクの高いクラブの中心選手だ。車範恨と奥寺、朴智星と中村俊輔、正直言って韓国代表の大エースが、我々の英雄より少々だがランクの高いクラブの中心選手であることが残念。

9位.女子の強化が新しいフェースに入った
 女子ワールドユース(U20ワールドカップ)で、とうとう初優勝を勝ち取った日本女子代表。
 気づいてみれば、なでしこリーグの試合は、10年前よりも格段にレベルが上がっている。ほんの10年前、女子代表の選手には、左足でしっかりボールを蹴ることのできない選手もいた。インステップキックで30mクラスのパスを通せない選手もいた。しかし、ベレーザを軸にした今のなでしこリーグのレベルは格段に高いものになっている。関係者の努力のたまものだろう。
 一方で、世界のレベルも上がった。特に欧州各国はフィジカルに優れたタレントが多数登場している。だからこそ、日本は技巧を意識したサッカーにこだわるべきだろう。少なくともU20はそれに成功した。
 シニアなでしこの女神高倉麻子監督の下、短期的な強化の成功に期待したい。

 のだけれども、澤穂希が格段だったのは忘れてはいけない。そう簡単に世界一の奪還はできないとの自覚は忘れずに。

 
10位.大杉漣U氏逝去と高木美帆の金メダル
 2018年2月21日、大杉氏が亡くなった日、高木美帆がパシュートで金メダルを獲得した。その報せを聞いた時、大きな悲しみと、大きな喜びが、同時に訪れ、私は少なからず混乱し、しばらく頭の整理がつかなった。大杉氏は、徳島ヴォルティスの真摯なサポータであることはよく知られている。一方、高木は中学生までサッカーにも本格的に取り組んでおり、若年層代表にも選考される人材だった。
 大杉氏は、ご自身がプレイしていた縁からだろうが、生まれ育った徳島のクラブを心底愛し、貴重なプライベートな時間をヴォルティスに捧げていた。これは、Jリーグと言う玩具が、いかに日本の多くの土地に浸透しているかの現れなのだ。大杉氏のような公人ではないが、氏とヴォルティスの関係は、私とベガルタの関係と同じだ。若い頃、創造も及ばなかったJリーグの発展は、我々に最高の玩具を提供してくれている。
 高木をはじめとして、幼少の頃サッカーをやったトップアスリートは、鈴木桂治、桐生祥秀など枚挙にいとまない。サッカーと言う競技は、行うためのコストが非常に低く、自然に走り回ることを要求するし、ルールがわかりやすく遊びから入れることもあり、幼児や小学生には最適だ。高木のように素質に恵まれたわけではないが、彼女と同学齢の我が坊主も高校入学時にサッカーからラグビーに転向、それなりのレベルでプレイを続け、親バカを楽しませてくれた。日本中のサッカーおじさんやおばさんがあちらこちらで、子供たちがサッカーを窓口にスポーツを楽しむ環境が準備することが、日本のスポーツの発展に寄与するはずだ。
 もし、我々がワールドカップに優勝しようと言うならば、日本中にいっそうサッカーを浸透させるしかない。そのためには、目先の日本代表人気などに気をとらわれず、少しでも多くの方々にJリーグを楽しんでもらう必要がある。いたずらにサッカー少年少女を囲い込もうなどとせず、多数の子供をサッカーに浸らせ、適正を見て他競技で活躍する方がよければそれを勧める。そのような活動、つまり大杉漣氏のようなサポータと、高木美帆のようなアスリートを増やすこと、それらこそがサッカーの隆盛には重要なことではないのか。
posted by 武藤文雄 at 23:56| Comment(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年ベスト11

恒例のベスト11です。ワールドカップで上々の成績を収めた年の選定は楽しい作業ですね。柴崎岳と乾貴士については、本当に迷いました、ワールドカップであれだけ美しいロングパスを2本通してくれて、あれだけ美しいシュートを2本決めてくれたのですから。ただ、あれこれ考えたときに、この2人は今年の11人ではないのかと判断したものです。それについては、近々整理中です。

GK.権田修一
このポジションはいろいろ迷ったのだが、年間を通じて最も安定していたのは権田ではないかと考えた。若いころから日本を代表するGKになるのではないかと期待されていたものの、いくつかの不運に見舞われ続けもう29歳。アジアカップに向けて、定位置を確保できるか。私はベガルタサポータだからシュミットの定位置確保を期待しているが、レベルの高い争いは大歓迎だ。
DF.酒井宏樹
紛れもなく世界屈指の右サイドバックであることを、ワールドカップで見せてくれた。落ち着いた粘り強い守備能力と、効果的で変化あふれる攻め上がり、それに加えてGK川島のパントキックを高さで制圧したのも忘れ難い。この選手は、もう2歳若く欧州に出ていれば、いわゆるメガクラブの定位置まで行かれたのではなかろうか。
DF.冨安健洋
井原正巳、中澤佑二を凌駕する可能性を持つCB。守備能力の高さ、単純に跳ね返す強さと高さ、その能力を活かし自分の担当地域を抑え込む判断の妙、ロングパスの精度、持ち上がって展開する能力。富安(と同世代の堂安律)を見ていると、逸材はこの年齢で欧州に出る方がよいと言う、身も蓋もない現実に突き当たるのだが。まずはアジアカップ制覇を。
DF.昌子源
ワールドカップでの1試合ずつの成長、特にセネガル戦ニャンに苦戦しながもの、どんどんと対応能力が向上していくのには感動した。それがACL制覇時の冷静なプレイにつながったのではないか。そして、とうとう欧州に挑戦、富安とは異なるタイプのCBとして、読みとカバーリングの妙が充実していくことに期待したい。
DF.長友佑都
セネガル戦の1点目につながるトラップは、日本サッカー史に残る絶妙なボールコントロールだったのではないか。ロシアでは、ブラジルで見せられなかった知性の冴えを発揮してくれた。スピードが少しずつ衰えるかもしれないが、ポジションを上げるなどして、まだまだ活躍して欲しい。
MF.長谷部誠
サッカーで最も大事なのは、技巧でもフィジカルでもなく、知性だと言うことを、改めて示してくれたのがワールドカップでの長谷部だった。
MF.三竿健斗
ACL制覇の原動力であり、紛れもなく国内屈指のMF。クラブワールドカップにも三竿がいれば、状況は相当好転したのではなかろうか。短い時間帯ながら、マリ戦、ウクライナ戦で素晴らしいプレイを見せたものの、経験不足?から、ワールドカップの23人に入れなかったこのタレント。不運にも、今度はアジアカップを負傷で棒に振ってしまった。このポジションは同世代に、遠藤航、守田英正、大島僚太らがいるが、三竿の実績は彼らに勝るとも劣らない。
MF.中村憲剛
今なお国内最高峰のMFとしてJに君臨する。「憲剛が引退したら、フロンターレはどうなってしまうのか」との心配は、今は昔、憲剛は愛するクラブを、自らを中心に国内トップレベルの選手がズラリ揃う最強のクラブに成長させた。もはや憲剛の貢献はサッカーにとどまらない。京浜工業地帯、東京のベッドタウンとして発展してきた川崎と言う都市にアイデンティティを提供、サッカークラブがホームタウンにいかに貢献できるかまでを証明してくれた。
MF.原口元気
現在日本最高の選手と思うのだけど、どうして自分のクラブでも代表でも冷遇されているのだろうか。驚異的な上下動後にもう一仕事できる格段の脚力と技術。しかも、ワールドカップでは、本来の左サイドではなく右に起用されてのあの貢献だった。それにしても、森保監督の失礼とも言える控え扱いの中(いや、中島翔哉も素晴らしい選手ですけどね)、アジアカップでどこまでのプレイを見せてくれるか、おそらく一番頼りになる選手だと思うのだけれども。
MF.家長昭博
若いころから将来を嘱望されていた逸材が、とうとう最適な仕事場を見つけた感がある。それが、中村憲剛、大島僚太、小林悠などの豪華絢爛たる選手たちの間で、芸術を発揮しながらバランスをとる仕事だったとは。トリニータでの中盤後方の将軍、アルディージャでの前線で王様は、仮の姿だったのか。
FW.大迫勇也
ロシアワールドカップでの日本の躍進は、コロンビア戦の大迫のターンから始まった。あの1回のプレイで、日本は先制し、コロンビアは1人減り、他国はこのフォワードのマークに神経を使う事になった。最前線で格段のキープ、ターンしては鋭い技巧で前進。このワールドカップの活躍で、間違いなく日本サッカー史上最高のフォワードとなった。ただ、サポータは贅沢なもの、日本サッカー史上最高のストライカになって欲しいのです。50年前の背番号15のように。もう少し、ゴール前で肩の力を抜きさえすれば、大迫にはその地位が、我々にはアジア王者再臨が、それぞれ勝手についてくる。

ちなみに、吉田麻也は最後にクルトワの邪魔をしなかった年なので、選ぶのは麻也に失礼と考えたものです。
posted by 武藤文雄 at 19:23| Comment(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月23日

生まれて初めての天皇杯決勝体験

 サッカーに浸って40余年。生まれて初めて、自らがかかわる天皇杯決勝を体験させていただきました。ここまで、勝ち残ってくれた渡邉監督を軸とするスタッフたち、大岩一貴とその仲間たち、共に戦ったサポータ仲間たち、すべてのベガルタ関係者に感謝します。そして、すばらしい試合を演じてくれた、レッズ関係者にも感謝の言葉を捧げます。この雑文で、生涯でもそうない悔しさを存分に堪能することができた、夢のような2時間を振り返ります。

 敗れた。
 呆然としていた。
 妻に引きずられるように、スタジアムを出て、浦和美園駅に向かう。
 頭が整理できない状況での夜景。ちょっと、5ヶ月前のロストフ・ナ・ドヌを思い出した。
 60年近い人生で、たった5ヶ月の間に、ここまで濃密な経験を2回も味わうことができたのだ。
 ありがたいことだ。

 立ち上がり、ベガルタは左右からゆさぶりやや攻勢をとる。しかし、レッズ長沢に中盤から飛び出すフリーランで、左サイドをえぐられ(以降、左右はベガルタから見て)、興梠に決定機を許した以降、レッズペースに。そして、幾度か左サイドに人数をかける攻撃で崩され、CKを許す。そのCKをショートコーナでつながれてクロスを許し、野津田のヘディングでのクリアを、宇賀神に鮮やかなダイレクトのミドルシュートを決められ失点した。
 ベガルタは敵CKを、ゾーンディフェンスで守るが、それを研究している敵は、中央を固めたゾーンの外から狙ってくる。この場面では、宇賀神に「恐れ入りました」と言うしかない。ただ、贅沢を言えば、クリアした野津田は、まったくのフリーでヘディングできたのだから、ダイレクトシュートのリスクを考慮し、中央に返すのではなく、逆サイドのタッチ方向にボールを流してほしかったのだが。
 その後、レッズはベガルタの3DF大岩、板倉、平岡に、興梠、武藤、柏木の3人が厳しくフォアチェックをかけ、ベガルタの組み立てを阻止してくる。そのため、ベガルタは下りてきたアンカー椎橋なり、GKのシュミットなりが、前線にロングボールを入れ、トップのジャーメインを走らせることで、レッズを押し下げることを狙う。しかし、若いジャーメインは、挙動開始のタイミングを、老獪な阿部勇樹に完全に読まれ、正に絵に描いたように「完封」されてしまう。そのため、ベガルタは攻め手を失ってしまった。
 このようなときに一番常識的な対抗手段は、両サイドのCBが左右後方に引き、DFラインのボール回しにGKが加わって数的優位を作って、遅攻でペースを取り戻すことだ。しかし、このやり方をすると、両サイドMFも挙動点も後方に下がってしまう。これは、両翼を前線に張り出させ、チームとしてボールを握ろうとする、今シーズンのベガルタの狙いとは違う。
 そして、渡邉監督は今シーズンのやり方を継続した。平岡と板倉を高い位置に残し、椎橋、大岩、シュミットの3人から、奥埜と野津田に展開して前線で数的優位を作り、両翼の古林と中野をさらに前に展開する、ベガルタ本来のやり方を続けた。このやり方では、椎橋らにミスが出ると、一気に速攻から失点するリスクはある(そして、椎橋は今シーズン時々やらかしたこともあるのだが)。けれども、この日は椎橋が頑張ってくれた。レッズのフォアチェックを外し、中盤でしっかりとつなぎ、前線で石原が拠点を作り、両翼で数的優位を作り始めたのだ。阿部勇樹に完封されていたジャーメインも少しずつ、前を向く機会が増え始める。一方のレッズは、負傷上がりの選手が多いためか、無理な攻めをせず、全軍は引き気味の体勢をとり、決定機を与えてくれない。
 後半に入り、ベガルタペースが継続する。そして渡邉氏は、関口、阿部拓馬を相次いで起用し、圧倒的攻勢に出る。両サイドの関口、中野のところに拠点を作り、素早い集散で3対2、4対3を作り、サイドをえぐれるようになる。しかし、ベガルタが崩しかける度に、レッズ守備陣は、阿部勇樹と槙野の2人を中心に声を掛け合い、必死の修正を重ねる。阿部拓馬のミドルシュートはGK西川の正面を突き、フリーで抜け出した野津田はダイビング気味のヘディングをジャストミートできない。どうしても崩し切れない。
 崩し切れなかった要因は2つあった。1つは、両翼の攻防でレッズの宇賀神、橋岡の2人を破り切れなかったこと。左サイド中野のドリブル突破には定評があるが、ユース代表の中核でもある橋岡は、中野の得意の間合いを作らせぬように不用意な動きを行わず、瞬発力を活かして中野がはたくパスを狙って再三ボールを奪った。一方、右サイドの関口の変幻自在のフェイントに対し、宇賀神は我慢を重ね、裏だけは突かれないような位置取りを続けた。結果として、ベガルタは両翼を崩すのに時間がかかり、中央の阿部勇樹、槙野、岩波の強力3DFに余裕を与えてしまった。
 そして2つ目。この3DFに対して崩し切るだけの変化がなかった。石原も阿部拓馬もすばらしいFWだが、彼らにこの強力DFを破れるような変化を伴うラストパスは供給できなかった。もう1枚前線で変化加えたかったのだが、高さを期待し獲得したハーフナーはとうとう定位置をつかめなかった、ハモン・ロペスは移籍前クラブで天皇杯出場をしていたので出場できなかった。
 そして。アディショナルタイムにロシアの首都で奮戦する若者を思い出したのは秘密だ。ジャーメインの成長に期待したい。

 かくしてタイムアップ。日本一にはなれなかった。
 思い起こせば、今シーズンのベガルタを象徴する試合だったと思う。ゾーンで守るセットプレイの弱点を突かれて失点。以降、両翼を前に出してパスワークで崩すやり方を阻止する守備方式をとる敵に対し、我慢を重ね自分たちのペースにするのに成功。幾度も好機を作りながら、崩し切れなかった。
 負けたのは悔しいが、ここまで積み上げてきたサッカーの質は非常に高いもので、存分に誇り得るものだったと思う。だからこそ、勝ちたかった。日本一の座をつかみ、ACLに再度挑戦したかった。悔しい。
 とはいえ、渡邉監督には感謝の言葉しかない。氏がチームを引き継いだ時は、手倉森監督の卓越した手腕でACLまで出場したチームはすっかり老齢化していた。そこから、若手選手を育成することを軸に丹念に強化を重ね、ここまでのチームを作り上げたのだ。そして、西村は北の大国に旅立ち、シュミットはA代表に定着しつつある。
 ただし、ここまでチームが仕上がってくると、そこからの上積みの強化は容易ではない。選手個々の質の向上など、現場の強化にはとどまらず、チームとしての経営規模拡大がなければ実現できない要素が重要になってくる。いよいよ、ベガルタの経営陣の奮起が必要になる。
 決勝戦翌日、ベガルタは早々に渡邉氏との再契約を発表した。翌シーズンに向けて、ベガルタ経営陣は、まず最も重要な仕事から初めてくれた。しかし、勝負はここからである。

 すばらしい決勝戦だった。
 ピッチ上の両軍の攻防のレベルもすばらしかったは、上記の通り。それに加えて、スタジアムの雰囲気は、また格段のものだった。
 一部で、「レッズがホームグラウンドでプレイできたので不公平」と言う報道を目にしたが、まったくピントがずれた見方だ。この日は諸事情で、ゴール裏ではなく、ベガルタ寄りのバックスタンドの2階席で参戦したのだが、私の周囲にはレッズのサポータは、ほとんどいなかった。当然ながら、チケッティングは、非常に公平に行われたからだろう。そして、ベガルタサポータの応援は、声量こそ物量差で劣勢だったかもしれないが、チャントの変化や、次々に繰り出す応援歌の変化は、レッズに何ら遜色のないものだった。あれで、「アウェイで不利だった」などとは、選手たちは決して口にしないだろう。
 そもそも、諸事情で現状は、中立の大型スタジアムがないのだから、たまたまそこをホームとするクラブと決勝で戦うことはやむを得ない。豊田や吹田でやるよりは、多くのベガルタサポータが参戦できる埼玉での開催は、むしろ幸運だったと考えるべきだろう。いや、そもそも準決勝のモンテディオ戦が、ユアテック開催だったことだけでも、我々にとっては相当は幸運だった。
 そのような状況下でもレッズのサポータたちには感心させられたは否定しない。特に後半半ば、ベガルタが圧倒的にな攻勢に立った時間帯、ゴール裏を中心とした「We are Reds!」は、苦しむレッズ守備陣を、さぞや勇気づけたことだろう。
 また、後半、シュミット、大岩、椎橋が後方から丁寧につなぎ持ち出そうとする度に、後方のレッズサポータが、すさまじい音量でブーイングする迫力は中々だった。しかし、シュミットらが、それに一切動じず、丁寧なつなぎから組み立てる姿は感動的だった。そして、反対側のゴール側の声援に引き出されるようにベガルタは猛攻を繰り出したのだが。ベガルタが「ベガルタ、センダイ!」と「センダイ、レッツゴー!」と2種類のチャントを持っているのは、非常に有効なのだと、当たり前のことを再発見したりした。

 磐田の夕焼け空の下で茫然としたのは、ほんの10年前のことだ。J1を制覇し損ねて茫然としたたのは、ほんの6年前のことだ。ACLで2次ラウンドに進出し損ねて茫然としたのは、ほんの5年半前のことだ。そして、もう1つ。
 ベガルタは、たったの10年間に、私にこんな素敵な体験を4回も積ませてくれた。

 ロストフと埼玉。我ながら、おめでたい人生だと思います。ありがとうございました。
posted by 武藤文雄 at 22:55| Comment(1) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする