2019年02月04日

アジア王者でないことには、耐えられないのだけれども

 まずは想いを語らせていただく。
 92年の地元大会で初戴冠して以降、2度も続けてアジア王者になり損ねる事態など、想定もしていなかった。我々は常にアジア最強であるし、あるべきだと確信している。それだけに、8年間の長きにわたり、アジア王者の地位から外れることへの衝撃は大きい。
 一方で、私はサッカーを心底愛している。そして、愛しているが故に、サッカーは常に理不尽さがつきまとい、「常に」がいかに難しいかは理解しているつもりだ。いや、この理不尽さがあるが故に、愛しているのだろうとも思う。
 そして、カタールに苦杯し、アジア王者を逸した悔しさは、7ヶ月前にロストフ・ナ・ドヌで味わったそれとは、また別なものだ。様々な悔しさに切歯扼腕できるのだから、サポータはやめられない。

 さて、決勝のカタール戦。序盤にエース、アリに見事なオーバヘッドシュートを決められ、開始早々から難しい試合となった。そして、この日の勝負の最大のポイントは、その後の時間帯、日本が漫然と攻めに出ていき、カタールの見事な速攻から2点差とされたことにあった。
 後半、2点差がついたこともあり、最終ラインを5DFで固めるカタール。それに対し、両翼を押し上げて猛攻をしかける。カタールの最終ラインが堅牢だったこと、2点差の焦りからかゴールラインから離れた場所からの単調なクロスが多かったこともあり、中々崩し切れない。しかし、大迫と南野の技術は格段で、狭いスペースでもターンできる。そのため、少しずつ日本の圧力が奏功し、カタールのラインが崩れ始める。そして62分に武藤を投入し圧力を高め、とうとう69分に南野が決め、1点差に。
 さらに日本は圧力を高め、残り時間での逆転も可能とすら思え始めた。しかし、カタールの速攻から与えたCKから、麻也が少々不運なハンド(敵のヘディングシュートが麻也の手に当たって方向が変わったのだから、これはハンドと判定されてもやむなし)。PKからまた2点差とされてしまった。
 ここで森保氏は、塩谷に代えて伊東を投入。この采配は完全な誤りだった。中盤でボールをよく拾っていた塩谷がいなくなり、カタールにボールキープを許すことになったからだ。伊東を投入するとしたら、堂安と代えるべきだったのではないか。突き放され苦しくなったのは確かだったが、それまでの時間帯は圧倒的に押し込んでいたのだから。さらに、準決勝からのインタバルが短かった影響もあっただろうが、カタールの中盤選手の足は止まりかけていた。前線に重心を置いた布陣は、結果的に日本の攻撃力を弱めてしまった。それでも日本選手たちはあきらめず、攻撃をしかけたが、そのまま2点差でのタイムアップとなった。

 上記したが、この日何より悔やまれるのは、先制を許した後、必ずしも前線からの守備が機能せず、思うような崩しができない状況で、漫然と前に出ていき、早々に2点差とされてしまったこと。思うように、ボールを奪えていない状況だったのだし、いっそ無理せず引いてしまって後方を固めるのも一手段だったはず。
 この大会、準決勝までの日本は、前半はもたつき気味の試合が多かった。前半に先制したのは、オマーン戦とサウジ戦のみ。他の試合では、前半は丁寧に守り、後半序盤にギアを入れてリードするのが基本のやり方だった。特に、準々決勝のベトナム戦、準決勝のイラン戦は、このやり方が非常にうまく行き、危ない場面は最終ラインでの連係ミスくらいだった。見世物としてのおもしろさはさておき、引いて守った際の日本の最終ラインの強さは相当なものだったのだ。
 W杯終了後、ほとんど強化の時間もなく、さらに国内選手がオフで行われる大会。森保氏には同情するところが多数ある。しかも、ロシア大会は、直前に意味不明の監督更迭劇が行われ、極めて短期的なチーム作りが行われた。したがって、今大会のようにイランやサウジのように、W杯に出場したチームで、そのままアジアカップに臨むことは難しかった。なので、森保氏は麻也、長友、酒井、原口、大迫と言った経験豊富な選手に、冨安、遠藤航、南野、堂安、(結果的に大会直前に離脱したが)中島と言った比較的経験の浅い選手を組み合わせたチームで、大会に臨んだ。そして、各選手の個人能力の高さで丁寧に守備を固め、勝負どころで各選手の個人技やアイデアで得点を決める。ライバル国の報道で「アジアの西ドイツ」と、お褒めの言葉をいただいたとの噂も聞いた。
 だから、このカタール戦も、先制されてしまったのは仕方がないが、前半は我慢すべきだった。カタールは、この大会に合わせて長期の準備を行ってきたわけだし、チームとしての連係が充実していることはこれまでの戦いぶりを見ていれば明らか。一方で、日程は中3日で当方が有利だったし、何より両国の国際実績は格段に勝っている。たとえリードを許したとしても、我慢してプレッシャをかけ続ければ、先方を精神的に追い込むことはできたはず。そして、90分間で追いつき、120分間で勝ち切ることを考えればよかったと思うのだが。実際、後半はあそこまで押しこむことができたのだし。
 同様に、上記の通り、1対3と突き放された時に、まだ10分も時間が残っているのに、塩谷に代えて伊東を起用し、中盤を薄くして無理攻めに出たのも疑問だった。

 この決勝戦、試合前から判明していた最大の問題は、中盤後方の選手の控えがいなかったことだ。元々、昨シーズン終盤に三竿が負傷、そして大会直前に守田が負傷で離脱。この時点で日本はオフになっており、Jリーガを呼ぶのは非常に難しく、UAEでプレイする塩谷を招集。さらにウズベク戦で青山が負傷し帰国。そして、準決勝のイラン戦では遠藤航が負傷し、とうとうこのポジションには、柴崎と塩谷の2人だけになってしまった。残念なことに、他のポジションの選手で、ここに起用できそうなのは冨安くらい(実際、遠藤航の体調が整っていなかった初戦のトルクメ戦で冨安が中盤でプレイしていたわけだが)。しかし、大会が進むにつれて、冨安はCBでチームの柱になってしまい、中盤での起用は考えづらくなっていた。
 もしかしたら、森保氏にも、選手たちにも、ここに控えがいないことから、120分間での勝負を避けたい思いが、潜在的にあったのかもしれない。

 唐突であるが、この負けっぷりで、ロシアの準々決勝、ブラジル対ベルギーを思い出したのは、傲慢と言うものか。あの試合、ブラジルは前半のベルギーの見事な組織攻撃に2失点。後半、圧倒的に押し込み、創意工夫を重ねたものの、どうしても追いつくことはできなかった(ネイマールがもう少し倒れなければ状況はずいぶん違ったかもしれないがw)。
 森保氏は限られた準備期間でよくやったと思う。やはり、この大事なアジアのタイトルマッチが、W杯の半年後、それも東アジア諸国の貴重なオフに行われることそのものを改革しないと、どうしようもない。これは日本協会首脳の仕事である。それでも、この悪環境下、上記の通り、若い選手に経験を積ませつつ、上位に進出、決勝でも、采配の拙さは感じられたものの、一時はカタールをサンドバック状態には追い詰めかけたのだから。
 ただ、氏が自ら状況を悪くしたこともいくつかあったのではないか。例えば交代の遅さ。多くの試合での交代は75分以降。フレッシュな選手不在なこともあり、スタメンから戦っている各選手の消耗を倍加させた印象が強い。大迫、遠藤航、そして離脱した青山についても、交代策をうまく使って消耗を減らしていれば、活躍の時間は増えたのではないかと、言いたくなる。
 また、直前の準備試合での北川の使い方のまずさも小言を唱えたくなる。特にベネズエラ戦やキルギス戦で、大迫や南野と一緒にプレイする時間を増やしておけば、もう少し連係も向上していたのではないか。
 決勝で堂安と心中したのも議論が分かれそう。私は、堂安が大好きで、欧州チャンピオンズリーグの常連クラブの中心選手になって欲しい、そしてその可能性は十分にあると思っている。なので、最後まで堂安に拘泥し、経験を積ませたことに賛同する。ただ、森保氏が五輪代表監督を兼任している以上、アジアカップより五輪を重視したのではないかと言われても仕方がない。

 カタールは中々のチームだったし、UAE、サウジと言ったアラブ諸国も、しっかりボールを保持し速攻に頼らないサッカーを見せた。ベトナムやタイも、伝統的な引き技を主体としたボールコントロールを、局地戦からビッチ全体に拡げることに成功していた。イラクの映像は見られなかったが、ウズベクは相変わらず技巧的な選手を多数輩出していた。もちろん、イランも韓国も豪州も、相当な戦闘能力を持っていた。
 中国を除いて、アジアのレベルが上がったものだと感心する。そして、我々がW杯を制覇するためには、アジアのレベルアップは必須なのだから、大いに結構なことだ。そのアジアの列強たちの中で、我々の存在感は相当なものだった。勝てなかったのは、悔しくて仕方がないが、上記の通りアジアカップの日程そのものが間違えているのだ。真の勝負は2022年の本大会での上位進出なのだし。

 以上、単なる負け惜しみでした。くそぅ。
posted by 武藤文雄 at 00:01| Comment(3) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする