まったく理解できない懲罰だ。
日本サッカー100年の歴史でも、稀に見る愚かな意思決定ではないか。不運な規約解釈のミスがあり、しかし一切実害がなかったにもかかわらず、貴重なリーグ戦の1試合の結果を無理やり変えてしまう、世紀の愚行でないか。さすがに浦和レッズも異議申し立てを
行ったとのことだが、当然のことと思う。以下、本件について整理してみた。
6月20日の浦和対湘南戦(浦和が2-3で敗戦)で、浦和が出場資格の無い選手を不正出場させてことにより、日本協会の懲罰規定により、0-3の敗戦とする懲罰を受けたとのことだ。
一度決まった試合の結果を覆すと言う国内のトップレベルの試合では、ほとんど聞いたことのない厳しい罰則適用である。しかも、この罰則適用は、浦和だけではなく他のJ1クラブすべてに影響を及ぼす大事件だ。
この罰則適用を聞いて、最初は浦和がよほどひどい不正を行ったのかと驚いた。しかし、詳細を調べると不正どころか、ルールの解釈を過って認識したとしか思えない手続きミス。そして、
重要なことは実害は一切ないことだ。このミスによる被害者はいない。対戦相手の湘南が迷惑を受けたり、当の浦和が有利になったこともない。
ミスとは言え、ルール違反を犯した浦和に何がしかの罰則が適用されるのは理解できる。けれども、試合結果を覆すと言う適用はどういうことなのか。試合結果が覆ることで、(得点者などの個人成績は残ると言うが)死力を尽くして戦った両軍の試合結果が反故となり、リーグ戦を戦っているすべてのチームに影響を与えることになる。
およそ、サッカー的見地から理解できない懲罰である。
まずJリーグの
ニュースリリースを抜粋する。
(1)指定公式検査において陰性判定を得ていない選手を本件試合に出場させた。なお、当該選手は、エントリー資格認定委員会への申請を行えばエントリー資格の認定を受けることが可能であったことがうかがわれるが、当該申請を行われなかった。
(2) 一方で、以下を考慮すると酌量すべき事情がある。、
@ 同クラブが自ら今回の事象をJリーグへ報告した
A 申請を欠いていたことについて悪意はなく、手続き上のミスであった
B 当該選手はU-24日本代表活動において検査義務を全うしている
(3) 以上より、「JFA懲罰規程〔別紙1〕3-3」により、浦和に対して対象試合を3対0の負け試合扱いの処分を科すとともに、懲罰を一部軽減し、「出場した選手」である当該選手への処分は行わず、「出場させた者」にあたる同クラブに対してけん責処分を科すものとする。
本懲罰の論拠となった罰則規定「JFA懲罰規程〔別紙1〕3-3」は以下の通り(全文掲載、
こちらから閲覧可能)
出場資格の無い選手の公式試合への不正出場(未遂を含む)
出場させた者:処分決定日から1ヶ月間の出場停止
出場した選手(本協会の登録選手の場合のみ):処分決定日から1ヶ月間の出場停止
チーム:得点を3対0として負け試合扱いとする(ただし、すでに獲得された得失点差の方が大きい 場合には、大きい方を有効とする)。なお、得点又は勝ち点の減点又は無効処分については、年度 当初の競技会規程で別途定めることができる。
大変厳しい罰則である(この罰則の厳しさについては、文末で他の罰則との比較を
付録3で述べる)。これは、試合に出てはいけない選手が起用された場合に適用されるので、その試合を「無かったこと」にする罰則なのだ。付随して当該選手が1か月の出場停止。理解が難しいのは「出場させた者」の1か月の出場停止、最初私はこの条文を読んだ時「出場させた者」が具体的にピンと来なかったし、今でもよく理解できていない。これについては、文末の
付録1で補足する。
では、「出てはいけなかった」とは、どのような事態が想定しているのだろうか。具体的には、警告累積や退場などによる出場停止や登録手続き未完了のケースだろう。現実的にプロフェッショナルの世界であり得るかどうかはさておき、万が一このような事態となった場合にこの厳しい(試合を「無かったこと」にする)罰則が準備されているわけだ。確かに出場停止の選手を、(たとえ間違ってでも)出場させてしまったら、試合を「無かったこと」にするのは納得できなくもない。
ただし、今回のケースは出場停止や登録手続き未完了ではない。疫病禍下での安全性確保のために、厳重な検査を合格した選手でなければプレイできないと言う新ルール
「各試合に対して予め指定された検査(指定公式検査)において陰性判定を得ていること」と言う規定への違反なのだ(
Jリーグ戦試合実施要項、13条3-1号を武藤が意訳)。
そして、その指定公式検査を受けられなかった選手のために
認定委員会制度と言うのがあり、@陽性判定者の制限解除、A公式検査と別な検査の結果、Bその他特段の事情、の3つのケースの事情を斟酌し、試合出場可能かを検討してもらう救済措置が準備されている(同3条を武藤が意訳)。
もう1点。規律委員会についても整理しておこう。規律委員会は、日本協会の
司法機関組織運営規則で規定されるが、抜粋しておく。
第3条 規律委員会は、本規則等に対する違反行為のうち、競技及び競技会に関するものについて調査、審議し、懲罰を決定する。
(規律委員会の組織及び委員)
第4条 規律委員会は、委員長及び若干名の委員をもって構成する。
2 委員長は法律家(弁護士、検察官、裁判官、法律学の教授・准教授又はそれに準ずる者)でなければならない。
3 委員は、サッカーに関する経験と知識又は学識経験を有する者で、公正な判断をすることができる者とする。
4 委員長及び委員は、評議員会の決議によって選任する。
5 委員長及び委員は、本協会の評議員、理事、監事、職員又は各種委員会、裁定委員会若しくは不服申立委員会の委員長若しくは委員を兼ねることができない。(以下略)
規律委員会は日本協会やJリーグの諸機関から独立した存在なのだ。現状の規律委員会の詳細については、文末の
付録2で述べる。
以上回りくどく記述してきたが、浦和レッズの指定公式検査を受けていないU24代表帰りの選手(代表で必要な検査実施済みで、COVID-19リスクは指定公式検査で陰性だった選手と同じ)について、上記認定委員会申請を怠った。結果として、当該選手は出場資格のないまま対湘南戦に出場してしまった。
後日その件に気がついた浦和がJリーグ当局にその件を自己申告。そのため規律委員会で懲罰が決定したと言う流れだ。
そして、@浦和が自己申告、A悪意はなく手続き上のミス、B当該選手はU-24で検査義務を全うしている、と言う事情を酌量し、選手には罰なし、クラブには譴責、ただし試合は3対0、と言う判断となった、と言うことだ。
冒頭でも述べたが、私はこの規律委員会の決定は間違っていると思っている。
重要なのは、この手続き上のミスにより、疫病を広げてしまうリスクが高まっていないと言うことだ。本質的には当該選手は
出てはいけない選手ではなかった。U24で適正な検査受領済みだったのだから。つまり結果論だが、この試合は「無かったこと」にする必要はない。浦和レッズは不適切な試合準備活動を行ってしまったが、相手クラブの湘南にも、第三者にも誰にも迷惑はかけなかったのだ。
そもそも、ルールや規定とは何のためにあるのか。サッカーと言う競技が公正に行われるためだろう。そして、今回のケースでは試合が公正に行われた。
もう1つ。今回については、ミスがあったが幸運や偶然の助けにより、リスクが高まらなかったわけではない。手続き上のミスはあったが、浦和は疫病を広げることはないことを理解したうえで、試合の準備を進めていた。
それなのに、どうして厳しい処罰をしなければならないのか。規律委員会は酌量すべき事情があったと言いながら、一番肝心なサッカーの試合に手を付ける処罰を選択しているのだ。そして、得失点差に手をつけた以上、この懲罰は浦和、湘南と言う2クラブのみではなく、すべてのJクラブに影響するものとなってしまっている。浦和が誰にも迷惑をかけないミスをした結果、すべてのクラブに迷惑がかかってしまっているのだ。正に本末転倒。
もちろん、「ルールがあるのだから、それに乗っ取って処罰されるべき、ルール上無効試合やむなし」と言う意見があるかもしれない。確かに、上記した通り、「出場資格の無い選手の公式試合への不正出場させたチームは、得点を3対0として負け試合扱いとする」と言うルールがあるのだから。
しかし、一方でJリーグ当局は「@自己申告、A悪意なく手続き上のミス、BU24検査で実害なし、から酌量する事情あり」と明言している。したがって、ルールよりは軽減された罰則適用されることになった。罰則が軽減されるならば、試合結果をいじると言う他クラブへの影響を与える重い懲罰も軽減すればよいではないか。
さらに極端なことを言えば、試合を「無かったこと」にする必要はないのだから、どうしても浦和レッズに厳しい懲罰を与えたいならば、試合結果は尊重し、シーズンを通しての勝ち点や得失点差をマイナスするとか、多額の罰金を請求するとかならば、まだ理解できなくはない。ただし、誤解しないでほしいが、以下述べるように、私は今回のケースでは浦和に対し厳しい罰則適用は不要と考えている。
そもそも、浦和の「手続き上のミス」は、どのくらい問題があったのだろうか。同時期に、A代表とU24代表で、Jリーグから多くの選手が招集された。また、約3か月前にもW杯予選、韓国、アルゼンチンとの強化試合のために招集が行われた。おそらく、浦和以外のすべてのクラブは、これらの国際試合後のJの試合で適切な対応を行っていたのだろう。そう言う意味で、浦和の今回のミスは稚拙と言わざるを得ない。ただし、あくまでも稚拙なのであり、悪質ではない。
一方で、代表チームに呼ばれ、クラブの指定公式検査を受けなかった場合への対応は、素人目には非常にややこしい(そもそも今回の懲罰で、酌量している段階で、ややこしいことを当局側が認めていることになる)。そもそも、選手を招集する立場の日本協会は、各クラブに適切なJリーグ試合への対処方法を伝達していたのか、と問いたくなるではないか。
また、今回のケースは浦和の自己申告とのことだが、言い換えれば試合前にJリーグ当局は、試合を「無かったこと」にするクラスの違反に気がつかなかったわけだ。これはこれで、Jリーグ当局は猛省すべきだし、再発防止を考えるべきではないのか。それらへの言及がまったくないと、うがった見方をしたくなる。もしかして、浦和が自己申告しなければ、Jリーグ当局は気がつく仕組みを持っておらず、未来永劫気がつかなったのではないかと。
以上クドクド述べてきたように、J当局の発表で「悪意はなかった」と断定しているのだから、問題は浦和と言うクラブの事務方の、稚拙具合と言うことになる。そして、その稚拙具合が相当だとしても、試合結果をくつがえすほどのこととは、とても思えない。
常識的には、クラブに戒告なり譴責をするレベルの話にしか思えないのだが。
もちろん、我々が知らない何かがあり、どうしても厳しい処罰が必要だった可能性を否定はしない。しかし、もしそのようなことがあったのならば、Jリーグ当局はその旨をリリースで発表すべきだろう。
さらに言えば、この試合浦和が負けていなかったとしたら、同じ裁定がくだされただろうか。いや、もしいずれかのクラブが同じ手続きミスを犯し、J当局が気がつかず、試合が行われそのクラブが勝つか引き分けるかして、試合後そのクラブがミスに気がつき自己申告したとしよう。同じ裁定(そのクラブの0対3の負け)が下されるのだろうか。
結果としては3対2で終わった試合を3対0にすると言う一見小さな懲罰に思えるかもしれない。けれども、2つのクラブ、関係者が必死に取り組んだサッカーの試合を反故にするような違反行為だろうか。私にはとてもそうは思えない。
冒頭にも述べたが、日本サッカー100年の歴史でも、稀に見る愚かな意思決定、およそ、サッカー的見地から理解できない懲罰である。付録1 「出場させた者」とは誰のことなのか 私は上記の通り、最初「出場させた者」とはよくわからず、監督だろうかと思ったりしていた。ところが、冒頭で述べたJ当局のリリースによると、「出場させた者」は当該クラブとのこと。つまり、浦和レッズは1か月の出場停止になるところを、酌量されて譴責処分にとどまったと解釈するしかない。ところが、同じ条文内に「出場させた者」の他に「チーム」対象の処罰があり、チームとしての浦和レッズは0-3の敗戦扱いを受けることになったわけだ。当該クラブとチームは別と言う解釈も成り立たないわけではないが、その場合1か月の出場停止とは、どんな罰なのか。サッカー的にはどう考えても、1か月の出場停止は、1試合を0-3の負けにされるより格段に厳しい罰則となる。
正直言って、私にこの条文が、よく理解できないのだ(私が法律の素人だから理解できないのかもしれないが)。誰か正しい解釈を教えてください。
付録2 現状の規律委員会 現状の
規律委員会は下記メンバで構成されている。
委員長 中島肇氏 弁護士
委員 高山崇彦氏 弁護士
委員 大野辰巳氏 元国際審判員
委員 大下国忠氏 一般社団法人山口県サッカー協会 規律委員長
委員 石井茂己氏 Jリーグ規律委員長
中島氏と高山氏は裁判官出身の弁護士。大野氏は90年代活躍した元国際審判員。大下氏は調べた限りでは、山口県の消防学校の校長経験者とのこと、推定だが教員出身のサッカー関係者だろうか。そして、石井氏は70年代古河(現ジェフ)で活躍した日本代表選手、大柄で粘り強い守備と攻撃参加でが巧みだった(まったく本質ではないが、石井氏は我が故郷仙台出身、私などからすると尊敬する故郷出身の名選手だ)。
本文でクドクドと講釈を垂れたように、本懲罰は間違っていると思っている。しかし、規律委員会が自信を持って行った決定だと言うならば、大野氏、大下氏、石井氏のサッカー人のいずれかが、中島氏、高山氏の弁護士同席の下、記者会見でも行うべきではないのか。
故郷の大先輩で、かつての日本代表の名選手にこのような苦言を呈するのは、残念なのだが。
付録3 懲罰の種類について 上記した懲罰規定の第4条 〔懲罰の種類〕第2項に、加盟チームに対する懲罰種類がリスト化されている。このように書かれている以上、数字が大きくなるほど、厳しい罰則と言う意味だと思われる。そして、3対0の没収試合と言うのは(9)番目にあたる、(3)罰金や(8)得点または勝ち点の減点または無効より厳しい懲罰である。そして、これより厳しい懲罰は(10)無観客試合、(11)中立地試合開催(ホームゲーム召し上げ)、(12)一定期間出場停止など、すさまじい懲罰が並ぶ。今回の判決はそのくらい厳しいものであることを、付記しておく。
加盟チームに対する懲罰の種類は次のとおりとする。
(1)戒告:書面をもって戒める
(2)譴責:始末書をとり、将来を戒める
(3)罰金:一定の金額を本協会に納付させる(詳細略)
(4)没収:取得した不正な利益を剥奪し、本協会に帰属させる
(5)賞の返還:賞として獲得した全ての利益(賞金、記念品、トロフィー等)を返還させる
(6)再試合
(7)試合結果の無効(事情により再戦を命ずる)
(8)得点又は勝ち点の減点又は無効
(9)得点を3対0として試合を没収(ただし、すでに獲得された得失点差の方が大きい場合には、大きい方を有効とする)
(10)観衆のいない試合の開催
(11)中立地における試合の開催
(12)一定数、一定期間、無期限又は永久的な公式試合の出場停止
(13)一定期間、無期限又は永久的な公的業務の全部又は一部の停止
(14)下位ディビジョンへの降格
(15)競技会への参加資格の剥奪
(16)新たな選手の登録禁止
(17)除名:本協会の登録を抹消する
(なお、戒告や譴責などの内容については道同条1項の「選手に対する懲罰」から武藤が転記している)