埼玉スタジアム豪州戦。24年ぶりに我々に帰ってきたこのヒリヒリ感。何があっても、同格の相手から勝ち点3獲得が必須のワールドカップ予選。
1993年10月25日カタールドーハはカリファスタジアムでの韓国戦(1-0で快勝しUSAへのチケットを確保したように思えたのだが…)、あるいは1997年10月26日国立競技場でのUAE戦(1-1で引き分け、自力でのフランス大会出場権は消えてしまったが、当のUAEがその後ウズベキスタンと引き分け、日本は生き返りジョホールバルへと…)。ここまで追い込まれ、ヒリヒリする予選は四半世紀振りではないか。
私は試合直後に、当然田嶋会長は森保氏を更迭すると思っていた。あるいは森保氏が自ら辞任すると思っていた。けれども、今のところ、そのような動きはないようだ。
おかげさまで、我々は豪州戦で最高のエンタテインメントを楽しむことができる。すべては、森保氏と、森保氏をクビにしない田嶋幸三氏のおかげである。
それにしても、森保氏の学習しない能力には感心する。
このサウジ戦、高温多湿の敵地戦ゆえ難しい試合となることは自明だった。守備重視の試合をしたのは正しい選択だったと思う。長友も酒井も無理に前に上がらず、落ち着いて試合を進めた。序盤のセットプレイで許したピンチを除けば、ほとんどサウジに好機を与えない。前半半ばで主審の癖をつかみ、自陣近い場所でのファウルもあまり取られなかった。各選手の知性の顕われと言えるだろう。
しかし、後半序盤から柴崎の不振は明らかだった。幾度もボールを奪われ、サウジに好機を提供し続ける。体調の問題もあるだろうし、年齢的な問題もあるだろうし、最近のプレイ環境から強度が落ちている可能性もある。何より、ロシアで見せてくれた世界屈指の射程の長いパスは、もうほとんど見せてくれなくなっている。ともあれ、守備的に戦う試合で、柴崎に拘泥する理由がわからなかった。ボール奪取力と言う意味では守田が、飛ばすパスでの展開では田中碧が(いや田中碧の方がプレイ強度も柴崎より高いな)、明らかに柴崎を上回る。もちろん、柴崎の豊富な経験は守田や田中碧を凌駕するところはあるのだが。
そして…
驚いたのは失点直後の交代劇だ。すぐに柴崎に代えて守田の投入。失点直前に守備能力に長けた守田の交代を準備していたのだろう。これは引き分けでも構わない展開だったのでおかしくはない。しかし、リードされてしまったのだ。状況は変わったのだ。点を取りにいかなければならないのだ。ここは田中碧だろう。
森保氏は、局面の修正能力が低いだけではない。一度決めた交代が、状況が変わったのにかかわらず修正できないのだ。五輪でも類似の下手くそな采配を見たのを思い出した。
完勝した中国戦に指摘した通りのことが再現されただけだ。執拗だが繰り返す。
選手の体調を見極められないこと、選手交代について計画性がないこと、勝っている試合のクローズが稚拙なこと。そして、五輪での最大の失敗である選手の消耗対応を反省していないこと。要は森保氏は、1試合ずつ丁寧に勝ち切る用兵が決定的にお粗末なのだ。
失点以降も各選手は知恵の限りを尽くして崩しを狙った。しかし、守田、遠藤航、原口、古橋、阿道、大迫では崩すパスや変化をつけるタレントに欠けた。落ち着いたキープも叶わなかった。試合終了直後、DAZNが田中碧を映していたのは、高額の放映権料を支払ったこの企業からの、せめてもの森保氏に対するイヤミだろう。
森保氏は監督として全面的に無能なわけではない。
選手を見る目はあり、丹念に準備してチームの選手層を厚くしてきた。また、このサウジ戦各選手にリスクを避けた試合を指示する判断力は持っている。
けれども、選手の個性の組み合わせ、選手の体調の見極め、試合の機微を見た判断、そう言った能力が格段に低いのだ。これは今更、私が指摘するまでもなく、五輪からこのワールドカップ予選までのこの3ヶ月の真剣勝負で、田嶋氏を除くすべての人々に明らかになっている。ここまで明確になると、選手達にも森保氏の欠陥が明確に伝わってしまっていることだろう。
10月12日、埼玉スタジアム2002、19時10分キックオフ、日本対豪州。
日本サッカー史上最高級の選手達。
そして彼らはまったく信頼できない監督と共に勝ち点3を獲得しなければならない。もちろん、我々サポータは全力を尽くし、選手達を支えなければならない。この疫病禍下、声は出せなくても、選手達を支えなければならない。繰り返すが、何があっても、選手達を支えなければならない。
もう2度とこんなヒリヒリ感を味わう機会はないと思っていた。
サッカーを愛していてよかった。