62歳の私だが、人生の半分近くJリーグがある生活を続けていたことになる。いや、物心ついた後と言う視点ならば、もう半分以上だな。
気がついて見れば、全国ほとんどの地域でプロフェッショナルのサッカークラブが存在。日本中の仲間が毎週末、病膏肓w愛するクラブの上下動を堪能する事態とあいなった。言い換えれば、何より楽しいサッカーと言う娯楽が、日本中に広がり多くの地域の人々の週末の楽しみになったと言うことだな。若い方々には理解できないかもしれないが、90年代以前日本にはそのような娯楽がまったく存在しなかったのだ。プロ野球や相撲は、地方都市への娯楽提供と言う視点は全く欠落していた。Jリーグが、日本の文化すべてを大きく変えたと言っても、言い過ぎではない。このあたりは過去も随分語ったきたし、今後も語っていくつもりだ。
そして、我がベガルタ仙台は明日の敵地町田戦が開幕。飲みながらSNS見ていると、全世界のベガルタサポータの友人たちが、みな町田に集結するみたいだ。友との再会、圧倒的に強化された愛するクラブ、町田の方々のホスピタリティ。もうワクワク感が最高で堪えられない。妻と「よし、明日は鶴川駅から1時間歩くぞ!」などと盛り上がるのも楽しい。
しかも多くのクラブはこの金曜土曜で開幕試合体験済み、多くの友人が既に初戦を戦い、己のクラブの歓喜と痛恨を嬉しそうに語ってくれているから、単純にうらやましい。
ああ、我慢できない。
考えてみれば、こんな緊張感はあのクロアチア戦以来ではないか。あのPK戦後、一歩一歩階段を上がって競技場を去る時の胸の張り裂けそうな思い。
Jリーグ30周年視点で考えて見れば、日本代表も、J開幕前年の92年アジアカップ制覇以降、常にアジア屈指の強豪となったわけだ。そして、W杯でも上下動はあったものの着実に地位を築いてきた。そして、ドーハでは、世界のどんな強豪とも互角に戦うことができた。だからこそ、あのクロアチア戦の悔しさは癒えることはないのだけれども。
もちろんJリーグができず、大昔のJSLが継続していても、日本代表がアジア予選でモタモタしていも、私はサッカーを存分に楽しんでいたことだろう。勝とうが負けようが、サッカーは最高だからだ。
でも、サッカーを楽しむ友が多数いてくれて、世界中の仲間に自分のクラブと代表チームをポジティブに自慢できるに越したことはない。
何回でも何回でも言う。
こんなステキな人生を楽しむことができるなんて、若い頃想像すらできなかった。
ともあれ、まずは突然金満クラブとなった町田を叩き潰すのだ!