2024年01月16日

フィリップ、やはり22年前あなたは間違えた

 私たちが、W杯ベスト4に最も近づいた瞬間はいつか。
 2022年カタールでのクロアチア戦?、2018年ロシアでのベルギー戦?、でも準々決勝ではセレソンが待ち構えていた。2010年南アフリカでのパラグアイ戦?、でも準々決勝ではスペインが待ち構えていた。そう、一番ベスト4に近づいたのは2002年我が故郷宮城県でトルコに敗れた時だった。もし、トルコに勝っていれば、準々決勝はセネガル。当時私たちが、トルコ、セネガルに連勝するのは、簡単ではないが相応の確率で実現可能だったのではないか。フィリップが妙な策に走り、アレックスや西澤を起用しなければ。と、22年間に渡り思い続けてきた。このような、実現不可能な「if」に愚痴を語るのは、サッカーの至高の楽しみの一つであるのは、言うまでもない。
 そして、昨日のベトナム戦、22年ぶりの再会を果たしたフィリップが作り上げたベトナムの鮮やかな抵抗を、圧倒的戦闘力で粉砕した喜びとともに、22年前に思いを馳せることができた。そう、「フィリップ、やはり、あなたは間違えていた」と。

 開始早々、ベトナムが難しい相手であることはすぐに理解できた。
 日本陣にボールが入ると、5DFが整然とラインを上げる。いわゆる5-4-1の陣形だが、5DFの押上げがすばやいので、4人のMFは左右のバランスをとりながら、全線までプレスをかけることができる。そのため、谷口彰悟と板倉滉の両CBは自由に縦パスができない。ベトナムDFを押し下げるべく、前線の選手が裏をとりスペースを空けようとすると、こまめにラインを修正するので容易ではない。
 それでも、谷口が敵プレスが甘くなったところで前進してベトナムの陣形を崩し、フィードを受けた中村敬斗が中央に引きつけたところで、左オープンに上がった伊藤洋輝がフリーとなり、CKを獲得。ベトナムGKがそのCK処理を誤り、こぼれを菅原由勢が強シュート、こぼれを南野拓実が冷静に詰めて先制に成功。
 これで楽になると思ったが、そこからセットプレイで2失点してしまった。
 同点弾を生んだCKの提供経緯、谷口がウェイティングしたところを後方から菅原がはさんだが、ちょっとした連係不備から許したもの。そのCKから、ニアで方向を変えた一撃が、かなり偶然にネットを揺らした。もっとも、ニアサイドの日本の守備を空けるベトナムの工夫は鮮やかなものであり、正に「やられた」と言う一撃だった。
 逆転されたFKを奪われた場面、日本の浅いラインをベトナムが突こうとしたところで、やや偶然にこぼれ球が裏に流れ、慌てた菅原のスライディングがファウルになったもの(私はこの場面、赤がでなくて安堵した、見方によってはDOGSOと言われてもしかたがなかったから)。そのFKをゾーンDFの外側から入り込むファーサイドの長身DFにピタリ合わせれ折り返され、GK鈴木彩艶のファンブルを詰められた。ゾーン守備の大外から折り返されたところで勝負アリだった。
 2失点とも、ゾーンで守る日本のセットプレイの弱点を鮮やかに突かれたもの。最初のキックに対する彩艶の判断の拙さや、各選手の瞬間的な判断の緩慢さには不満はあるが、いずれも先方のキック精度と、全軍の意思統一は見事だった。
 いや、セットプレイだけではない。元々、ベトナムやタイやマレーシア、東南アジア諸国の選手のボール扱いはすばらしい。ところが、往々にして各選手のその精妙なボール扱いは、局地戦でのボール扱いの優位にしか使われないことが多かった。しかし、今回のベトナム選手たちはいずれも、日本の厳しいプレスに対し、第1波を技巧で外した後、しっかりとスクリーンして身体を入れ、日本の第2波を許さない。さらに、同サイドでのボール保持ではなく、常に反対サイドへの展開を意識するから、局地戦ではなく、チーム全体での前進なりボール保持につなげることができる。フィリップは、伝統的なベトナム各選手のボール保持能力を、局地戦ではなくチーム全体での前進につなげるところまで指導の落とし込みに成功したのだ。

 ものの見事に逆転されてしまったわけで「これは困った」と思ったのだが、それは杞憂だった。
 日本は慌てずボールを回し、まずはペースを取り戻す。そして前半40分以降、ベトナムのコンパクトなDFとMFの間に、狡猾に伊東純也と南野が入り込み、後方からの正確なフィードを格段のボール扱いで受け、猛攻をしかける。ベトナムDF陣は、ゾーンをよく絞り中央圧縮でしのぐが、そのクリアを情け容赦なく遠藤航と守田英正が拾い連続攻撃。
 加えて日本のシュートがものすごかった。
 南野の同点弾は、再三揺さぶった後、遠藤航のパスを受け完璧なボールコントロールから、狙い澄ましたインサイドキック。トップスピードで走り込んでの実に美しいトラップ、香川真司の全盛期、いやちょっとベベットを思い出したりして。
 中村敬斗の逆転弾。日本が同点に追いついたのが、45分だったのが、アディショナルタイムは6分。これはベトナムにとっては厳しい。日本が勢いに乗り猛攻を継続できたからだ。そして、南野の展開を受けて敵DFを外した超弩級弾。サイドを崩して自分のシュート力が一番発揮される場所に持ち出す感覚は、リバウドかデルピエロか。
 加えて重要なことは、南野にしても、中村敬斗にしても、このチームではレギュラ、第1選択肢ではないと言うことだ。三笘や久保建英や堂安律の方が、このチームでは、南野と中村敬斗よりも格段の実績を誇っている。もちろん、私たちの最大のエース伊東純也は圧倒的に輝いているのだし。
 後半、落ち着いた日本は丁寧にボールをつなぎ、前半のような危ない場面を作らせない。後半から起用された上田綺世、終盤から登場した堂安、久保が少しずつ機能し、堂安→久保→上田綺世でとどめの一撃。堂安と久保の個人技の精度はもちろんだが、上田綺世の右インステップの低く鋭い弾道は、釜本邦茂御大を思い出しますね。

 でね。
 フィリップ。あなたが、今回作ってきたチームはすばらしいものがあった。組織守備、セットプレイ、中盤からの前進。22年前、約四半世紀前、あなたが私たちに教授してくれて歓喜を味合わせてくれたチーム戦術の妙。
 でもね。
 私たちは、その見事なチーム戦術を粉々に打ち砕くことができた。全選手の戦術眼、精度の高い技術。あなたが築いた組織力を完全に凌駕する戦闘能力。
 で22年前ね。
 あなたは、なぜトルコ戦で、あんな妙な作戦を行ったのか。22年前の私たちにとってのトルコは、昨日のあなたにとっての私たちほど、どうしようもない差はなかった。昨日の前半40分以降の猛攻と、後半のボールキープを見て、私は改めて22年前のトルコと私たちの差を確信できた。22年前、あなたは間違ったのだ。策を弄さずに、普段のメンバでトルコと戦うべきだったのだ。繰り返します。22年前のトルコは、今の私たちのように強くなかったじゃないですか。

 と、言いながらも、あなたとの4年間は本当に楽しかった。
 そして、あなたのおかげもあり、私たちはたったの22年間でここまで到達することができた。世界中、どんな相手が出てきても怖くはない。繰り返すが、たったの22年間で
 フィリップ。改めて、四半世紀前の楽しかった日々に感謝したい。そして、あなたとの楽しかった日々が、私たちにとって進歩の礎となったのは間違いない。あなたのおかげもあり、私たちはここまで来ることができた。
 本当にありがとうございました。

 次はW杯本大会で戦いましょう。
 米加墨大会。2次ラウンド、また戦えることを楽しみにしています。今回以上にボコボコに粉砕してやるけれども。
posted by 武藤文雄 at 00:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年01月07日

元日タイ戦、新しい選手の日本代表への挑戦について

 新年早々、能登半島地震とそれに伴う津波、羽田空港での航空機事故と、言葉にならない事態が連続発生。地震と津波については、被害にあった方々にお見舞い申し上げるとともに、今なお被災地で苦闘している方々の無事と、現地で救援や支援にあたっているプロフェッショナルの方々の成果を念じるしかありません。航空機事故については、何より旅客機の全員の無事に安堵し関係者の卓越した手腕に敬意を表します。一方で当該事故が地震の被災者支援目的の海上保安庁機の関与とのこと、一層やりきれない思いに襲われます。改めて、命を落とされた方々のご冥福を祈りたいと思います。

 遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 今年は、もう少し作文の頻度を上げていきたいと思っているのですが。

 元日の日本対タイ戦を見て、最近の日本代表のように戦闘能力が相当充実していると、若手の代表デビューと言うものは難しいものだと考えさせられた。年初は、そのあたりを講釈したい。
 タイ代表は、アントラーズで格段の成果を挙げた石井正忠氏を監督に招聘(いや、あのレアル・マドリードを追い込んだ試合は興奮しましたよね)。近年充実の度合いが増す国内リーグの勢いの下、アジアカップでの上位進出、米加墨W杯の初出場を目指しての強化試合と言う位置付けになる。森保氏は、欧州のレギュラ格の選手があまり集められない状況下、若い選手にA代表出場の経験を提供しようとし、スタメンのうち3人は初めてのA代表。本日のお題でもある代表デビューの選手を多く並べた前半は、各選手の経験不足とタイDF陣の粘り強い守備もあり、0-0で終了。しかし、後半起用された堂安律が落ち着いたボール保持で圧倒的な存在感を発揮、次々と得点を奪い、終わってみれば5-0の快勝となった。

 スタメンを振り返る。現状のレギュラと言えそうな選手は、鈴木彩艶と伊東純也くらい(もっとも、決定的な選手がいないGKの鈴木と、超大エースの伊東純也を同列に語ってよいのかは、さておき)。後は中盤後方に起用された田中碧が純レギュラ。いわゆる2、3番手を争う、毎熊晟矢、町田浩樹、森下龍矢、佐野海舟、細谷真大に加え、初代表の藤井陽也、奥抜侃志、伊藤涼太郎が並んだ(田中碧のアジアカップ不選考については別に語りたいとは思う)。
 立ち上がりに、伊藤涼太郎が佐野海舟(だと思った)の縦パスを受け、見事なターンから落ち着いたシュートを狙うも、僅かに枠を捉えられず。これが入っていれば、状況は随分違ったことだろうが、タイの粘り強い守備に手こずっているうちに、日本は攻めあぐむ。大エースの伊東純也が幾度も見事な受けやフリーランを見せ、後方からの縦パスを受けて好機を作るが、あまりに攻撃が右サイドに偏重し過ぎて単調となる。こうなると、左からも攻めたいが、奥抜と森下の連係が悪く形にならない。それならば、前線で溜めを作りたいところだが、伊藤涼太郎はどうしても「見える成果」を出したかったのだろう、ラストパスを狙いすぎて、一層攻撃が単調になり、前半は0-0で終了。
 後半立ち上がり、奥抜と伊藤涼太郎に代え、中村敬斗と堂安を起用。堂安の起用は状況を飛躍的に改善した。堂安が、伊東純也と巧みにポジションを入れ替えながら、落ち着いて前線でボール保持し溜めを作る。それだけで、2.5列目の田中碧と佐野が前線に進出しやすくなり、パスの受け手が増え、攻撃に変化が生まれた。加えて、タイ守備陣も、前半からあれだけ連続的に守備を強いられてきたのだから疲弊。日本は完全に崩せるようになり、終わってみれば5-0の快勝。
 もちろん、堂安の存在感発揮のほかにもよいことは多数あった。細谷が前線でよくボールを引き出した、中村敬斗が相変わらず敵ゴール前で鼻が利くことを示した、佐野が相変わらずよくボールに触り有益なことを示した、など。終盤起用された南野拓実が、幾度も決定機を外しながら、最後の最後に帳尻を合せたのもご愛嬌だった(この南野の久々の得点が、アジアカップでのよいきっかけになることを切に望みたい)。

 さて、今日のお題の初代表選手のデビューについて。
 この日スタメンに起用された3人の他に、川村拓夢と三浦颯太が初代表としてデビューした。
 CBにスタメン起用された藤井は無難なプレイ。タイの散発的速攻を丹念につぶした。と言っても、日本が押し込みながらもバランスを崩さない戦いをしていたので、苦労して守備をする場面はほとんどなかった。
 守備的MFで後半から起用された川村拓夢は、菅原由勢のさすがとしか言いようのない短距離突破からの好クロスから得点を決めることに成功した。また、比較的短い時間帯だったが、落ち着いてよくボールを回して機能した。得点というわかりやすい成果を出すと本人の経歴にA代表1得点と言う記録が残るのは非常にめでたいことだ。
 同じく後半から、左DFに起用された三浦颯太も安定したボール扱いと押上げで攻撃を支えるとともに、少々間延びし始めた日本の中盤プレスをかいくぐったタイのボール回しにも的確に対応した。
 ただ、藤井にしても川村にしても三浦にしても、代表選手としての評価は、今後の活躍次第と言う事になるだろう。この日はあくまでもデビューして無難なプレイを見せてくれたところまでしか評価できない。
 一方で前線にスタメン起用された高速ドリブルが武器の奥抜と古典的な攻撃創造主の伊藤涼太郎。2人は上記した通り、空回り感したまま前半終了。後半立ち上がりに交代されてしまった。多くの人が思ったではないか。後半奥抜か伊藤涼太郎を残し、堂安と伊東純也と一緒にプレイさせれば、もっと得点やチャンスメークという具体的な成果が出たのではないか。あるいは、前半から堂安と伊東純也を並べ、奥抜か伊藤涼太郎のいずれかを起用していれば、彼らはもっと持ち味を発揮できたのではないか。経験が足りないタレントを複数並べるよりは、経験豊富な中核選手たちと若いタレントを使う方が、よい成果が期待できたのではないか。
 この2人のような攻撃タレントは、相手の戦闘能力が少々低かろうが、具体的成果を発揮してくれれば、本人の自信ともなるし、周囲のチームメートもそれを活かせばよいと共通認識ができるはず。例えば、このタイ戦でも中村敬斗は南野のシュートをGKがこぼすのをしっかりと詰め、点を決めてくれたが、トルコ戦、カナダ戦、タイ戦とこれだけ鼻が利いて枠を揺らす場面を見せてもらえれば、「何かを持っている」感が漂い、他のチームメートも「使いどころ」を理解できる、奥抜も伊藤涼太郎も、このタイ戦で中村敬斗のような「きっかけ」を掴んでくれればよかったのだが。
 この日デビューを飾った5人にとって厳しいのは、現在の日本代表は既に30人程度のラージグループが既に確立していることだ。したがって、彼らが次に起用されるチャンスがいつ来るのかどうかわからない。それでも、この5人にA代表としての経験を積ませたのは(1試合でも代表経験があれば、市場価値も少しは上がるだろうし)、森保氏のせめての親心と考えるべきか。考えてみれば、これだけ潤沢なタレントを抱えている森保氏なのだから、未経験な選手たちには「場」を提供するのが精一杯と言うことかもしれない。
 ただし、代表チームには常に新陳代謝が必要なことも間違いない。目先にアジアカップというタイトルマッチが控えているので、どうしても新しい選手の起用機会は限られる。しかし、代表の目標はあくまでも2年半後のワールドカップ制覇。新しく野心的な選手の登場は大歓迎のはず。後方の3人は、ともにJリーガ、J1で圧倒的な存在感を発揮すれば、森保氏のメガネに叶う機会が得られるかもしれない。一方で前線の2人は欧州でプレイしているわけだが、現地で評価され欧州のトップクラブで活躍する機会を得ることができなければ、常時代表に選考されるのは難しいかもしれない。もちろん、Jリーガの3人も見事なプレイを継続して見せてくれれば、欧州に活躍の場を移してしまうのかもしれないけれど。
 代表の中核への近道が、どこにあるのか、こればかりは誰にもわからない。

 数年前には、想像もできなかった潤沢なタレントを抱える日本代表。元日のタイトルマッチを見て、改めて代表チームの新陳代謝の難しさ、おもしろさを、考えた次第。
posted by 武藤文雄 at 23:37| Comment(0) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする