2008年06月10日

長沼健氏逝去(上)

 長沼健氏が亡くなった第一報を、ワールドカップ予選のキックオフ直前に、しかも会場のアナウンスとオーロラビジョンで知る事と言うのは、結構な衝撃だった。氏について何か書きたいと思っていたのだが、中々まとめられずに1週間以上が経過してしまった。改めてご冥福を祈りつつ、いくつか述べてみたい。まず、今日は氏の偉大な業績の中で、今なおどうにも腑に落ちないことを。

 長沼氏は2回代表監督に就任している。1度目は東京、メキシコ五輪の栄光時代。銅メダル獲得後勇退。そして、後任の岡野俊一郎監督がミュンヘン五輪出場権獲得を逸して退任した後を受け、代表監督に復帰している。その第2期長沼政権の目標のモントリオール五輪だった。
 76年初頭に行われたモントリオール五輪最終予選、日本、韓国、イスラエルが,H&Aのリーグ戦で勝負を決める規定だった。しかし、当時の日本は武装極左ゲリラ(連合赤軍)がアラブゲリラと連携していた事もあり、イスラエルとのホームゲームの国内開催を諦めた。そのため、初戦の国立韓国戦が唯一のホームゲームとなり、この試合はどう考えても勝たなければならないものとなった。
 この試合、長沼氏は一種の奇策に出る。前年末から負傷欠場し、年が明けてからもほんの僅かしか準備試合にも出ていなかったベテランの森孝慈を久々に先発起用したのだ。無論、森はメキシコ五輪銅メダリスト、豊富な経験を誇る大スター、エース釜本とは早大時代のチームメートで信頼関係もあったのは確かだが、相当思い切った策ではあった。釜本との連携と言うならば、森に押し出される形で控えに回ったネルソン吉村もいたのだが。
 ところが、日本は開始早々にCK崩れから先制され、その後釜本を軸に押し気味に試合を進めるも後半半ば過ぎに逆襲から追加点を許し、0−2で完敗。森も必ずしもよいプレイを見せられず、長沼氏の策は裏目に出た。以降の試合、長沼氏は森をCBとして起用し続けるも、日本はソウルで韓国と引き分けたものの、イスラエルに2連敗し敗退する。
 今思えば、韓国、イスラエルとの戦闘能力差は大きく、それをカバーするためにも、大事な大一番で信頼するベテランに賭けるギャンブルを仕掛けた長沼氏の胆力を評価すべきかもしれない。そして、初戦敗戦以降も、森を本来とは異なるポジションでまで使い続けたのだから、長沼氏の森に対する信頼は絶大だったのだ。

 その後日談。選手として長沼氏の信頼が厚かった森氏は、長沼専務理事体制の81年には代表監督に就任する。指導者としての森氏は、現役末期から「将来の代表監督候補」と言われ、メキシコ五輪銅メダリストの中でも、もっとも指導者としての将来を嘱望されていた。そして、メキシコ五輪の先輩渡辺正代表監督が不運な病魔に倒れたのを受け、川渕三郎監督のつなぎの後に、森氏は若くして代表監督となったものだった。
 森氏率いる日本代表は、84年ロス五輪最終予選でタイのピヤポンに大破され4戦全敗の大惨敗を喫する。森氏は辞表を提出し、日本協会も各種の混乱があったものの、最終的には長沼氏を中心とする協会首脳は森氏を慰留する。そして翌85年メキシコW杯予選、森氏が修正したチームは快進撃を見せ、本大会まであと一歩まで迫る。この時点での森氏の手腕は非常に高く評価された。
 W杯予選敗退後、森氏は、長沼氏ら協会首脳に対し「韓国に勝つためには(韓国同様)プロ化が必要、自分をプロの監督として雇って欲しい」と提案した。しかし、長沼氏らはそれを認めず、森氏は野に下る。
 直後、JSLは選手のプロ契約を承認、国内のスター木村和司や、ブンデスリーガから帰国した奥寺康彦がプロ選手として公に契約するほど、時代はプロ化に流れつつあった。そのような時代の流れにも関わらず、満を持して代表監督に起用し、惨敗にも慰留し、ようやく成果を挙げつつあった森氏を、何ゆえ長沼氏は切らなければならなかったのだろうか。

 もし、ここで森氏が日本協会を去らなければ、日本のサッカー史はどうなっていたのだろうか。
 メキシコまであと一歩まで迫った日本代表は、最年長の主将の加藤久が当時まだ29歳。ほとんどの選手があと4年はプレイできそうな状態だった。そして、ドーハ世代の柱谷、堀池、井原らが登場しつつあった。森氏が彼らを率いて80年代後半を戦っていたら、アジアのサッカー界はどう変わっていたのだろうか。。
 さらに、そのまま森氏が代表監督を継続していれば、間違いなく氏は監督退任以降は日本協会の要職を務めた事だろう。そうなっていれば、今日の日本協会はどのような体制になっていたのだろうか。
posted by 武藤文雄 at 23:44| Comment(1) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
当時の日本は武装極左ゲリラは
連合赤軍× → 日本赤軍○ です。

なかなか興味深い「もし」ですね。

長沼さんも、今、こんな形で評価されたことに
苦笑しているかもしれません。

Posted by at 2008年06月12日 19:32
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