2008年08月25日

精神力以前で負けた事を忘れてはいけない 五輪代表ピッチ上の問題(上)

 女子代表の限界近くまで出し切った惜敗振りが、あまりに颯爽としていたので、一層男への風当たりが強い。確かに、今回の反町氏が率いた五輪代表については不満が多い。その根本要因は先日述べたように、オーバエージ不在と言う日本協会の真剣さの欠如にあった。
 ただし、根本要因がダメだったと言ってしまうと議論はそれで完了してしまう。ピッチ上の問題点はそれでそれで検討し、反省すべきではあろう。と言う事で遅ればせながら、そのあたりについて何回かに分けて講釈を垂れてみたい。
 
 一連の五輪代表批判で気になるのは、「戦う姿勢の欠如」とか「走りが足りない」とか、あまりに精神論に偏った批判が多い事だ。上記した女子との対比が一層その印象を高めているのかもしれない。しかし、私は今回の五輪代表のピッチ上の不首尾を、単に精神論で片付けるのは非常に危険だと思っている。

 例えば合衆国戦。この試合は、後半立ち上がりの勝負どころを巧く突かれた事に尽きる。前半は高温多湿で動けない敵を圧倒しながら決めきれず。初戦で手堅く行こうとし過ぎたドイスボランチが慎重すぎたのが痛かった。そして後半、先制されてからは焦りから攻めが上滑り。終盤、パワープレイで攻めかけ、突破しても最後のラストパスに精度を欠き、明らかなPKを取ってもらえない不運もあり、攻め切れなかったもの。
 敗因は判断力の欠如であり、さらには崩し切れない技巧や工夫の不足だった。

 例えばナイジェリア戦。この試合では、後半非常に強い相手に対して、勝ちたい気持ちが出過ぎて前掛りになってしまったのが致命的だった。誤解されては困るが、点を取るために前に出るのはまちがっていない(前に出ないと合衆国戦のように腰が引けた戦い方になってしまう)。しかし、サイドバックとボランチが揃ってズルズルと前に出るのは避けるべきだし、前に出てボールを受けられないと見たらすぐに後方に下がるべく(非常に過酷だが)執拗に上下動を繰り返す必要があるのだ。しかし、失点の場面は皆が揃って前に行ってしまった。今大会よく頑張っていた細貝と谷口にあれ以上要求するのは酷かもしれないが、(反町氏がどう評価していたかはさておき)事実上2人がチームの中核だったのだから、ナイジェリアに一矢報いるためには、細貝と谷口がより激しい上下動を行うしかなかったのだ。
 また確かに勝ちたい試合ではあったが、最悪引き分けでも「生き残れる」と言う試合で、あの強い相手に皆で前に行き過ぎ逆襲のスペースを提供してしまったのは、若さの現われとも言えるだろう。
 そして、ナイジェリアの速攻は、スピードと言い、技巧の冴えと言い、選手相互の意思統一と言い、実に見事。当方のストロングポイントである、CBとGKの良さを完全に上回っていた。1点目の時の2トップが水本と森重をスクリーンした身体の使い方、2点目よくコースを切った西川のさらに上を行くシュート力。「恐れ入りました」の世界であった。
 敵GKのミスをから1点差にする事に成功したが、それが精一杯だった。
 敗因は、相手の戦闘能力が1枚上だった事と、若さを露呈した攻め急ぎだった。

 既に敗退が決まっていたオランダ戦だけは、前2試合とは状況が違った。どうしても勝ち点3が欲しいオランダは守備を厚くして、逆襲速攻から確実に勝利を狙ってきた。ところが、日本はそんなに弱いチームではなく、互角の攻防が継続した。オランダも暑さによる消耗を恐れたのかもしれないが、作戦的には失敗と言える内容だった。ところが勝負は思わぬところでついてしまった。
 主審が、前半豊田と谷口が倒されたPKを取らなかったくせに、本田圭の間抜けな反則だけはしっかりと笛を吹いてきたのだ(生真面目な南米の主審は、往々にして両チームの過去の実績から「決めてかかったような判定」をするものだ、例外は2002年ね(笑))。まあ、PKを取られてもおかしくない愚行だったのは確かだが。このPKの他には西川が脅かされたのは、僅かにマッカイが後方からの何でもないボールを振り向きながら枠近くに飛ばしてきた場面くらいだった。
 もっとも、先制されてからの日本は、分厚く守るオランダの牙城をおびやかす程の技巧も判断も、ほとんど見せられなかったが。確かにこの試合の終盤は「戦う姿勢が欠如」していたように思う。
 いささか蛇足だが、今大会見事な敢闘精神でチームを引き締めた岡崎が、全く主審の判定基準を読む事ができず、ルーズボールになる度に反則を取られて、再三再四ボールを失ったのは、この試合においては相当痛かった。岡崎の「戦う姿勢」は素晴らしかったし、この姿勢を継続すれば、将来的に大化けする可能性が十分あるタレントだが、主審の癖を理解する判断力は身につけてもらわなければならない。
 敗因は軽率な本田圭のプレイであり、守備を固められた状態で敵を崩す技巧や発想の不足だった。唯一この試合だけが、終盤「勝利への熱意」の欠如が顕著だった。まあ、既に敗退が決まっていて、チームメートが自爆的な反則を行い、かつ主審が当方の反則だけ取る、と言った状況が重なって、「なお勝利のために献身せよ」と言うのは無理な注文だろう。

 以上、簡単に今回の日本の3試合を振り返ったが、1次リーグ敗退を決めた最初の2試合の敗因は「相手よりも判断が悪かった事」による失点、「相手より工夫が足りなかった事」による攻撃力不足だったと見る。「相手より頑張らなかった事」ではない。繰り返すが、精神力の問題以前の問題があったにもかかわらず、精神論に議論を持ち込むのは、敗因を見誤る事になる。
 ただし、「判断」や「工夫」の欠如はあったにしても、フラストレーションを感じさせる戦い方だった事も確かだった。特に個人の戦闘能力にそれほど差があるように見えなかった合衆国戦は、それが顕著だった。それについては明日以降。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(14) | TrackBack(0) | 五輪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>「走りが足りない」とか、あまりに精神論に偏った批判が多い事だ

あのう・・・。
「走り」=精神論,って図式が古すぎるとおもうんですが・・・。
Posted by at 2008年08月26日 01:09
>崩し切れない技巧や工夫の不足だった。
>技巧も判断も、ほとんど見せられなかったが。
>守備を固められた状態で敵を崩す技巧や発想の不足だった。

「技巧」が何を指す言葉なのかは分かりませんが、要は相手よりサッカーがヘタだったから負けた、というだけの話ですよね。
Posted by at 2008年08月26日 04:44
日本チームは、空回りしている感じでしたね。
チームコンディションが整っていないようにも見えました。連携も悪かった。

以前このチームは選手間の会話がないという指摘が城彰二が指摘したことがありましたが、
箇々の選手は自分のやりたいことはあったが、選手同士で何がしたいのかわかっていないようなチームのようでした。

アメリカ戦で、圧倒したとおっしゃっていますが、
私は、ボールを持たされているように見えましたし。
ゴール前で腰の引けた選手たちの挙動は見てられませんでした。

日本は、攻撃が意識にありすぎて、引き分け狙いがないということはなぜなのでしょうか。
アメリカ戦ナイジェリア戦引分け出来る力はあったように思うのですが。

精神論で片付けるのは簡単ですが、
日本の戦術の不徹底と自己認識(何が出来て何が出来ないか)の欠如、チームとしての意識統一が出来なかったことが1次リーグ敗退の結果になったと思います。
Posted by ゲルトが好き at 2008年08月26日 06:39
日本チームが今回どう戦ったの検証は各論あるかと思います。
・・・が、結果は予選全負け。

「世界水準と日本」という相対的な観点から見れば
オーバーエイジの問題はあると思いますが、谷間の世代だとか
この間の旧ワールドユースも「スーパー」な感じは無く、グズグズ感を拭いきれません。

ワールドユースで準優勝した世代があったのに、
そこから「のびしろ」が無いのはなぜですかね?

サッカーの世界はそんなにも移り変わりが激しいのでしょうか?
あの頃は特別だったのでしょうか?
トルシエから二世代、もしかして、日本のサッカーって世界から取り残されているのでは?

武藤様が何度も言及されているので、協会云々はさておき、今回のチームは
戦い方どうこうの前に、「反町さんレベルの指導者ではまだ役不足であった」と考えます。

ユース準優勝世代と地域の選手育成レベルはそう変わっていないと思います。
(子供のレベルが落ちたと検証できる方がいれば、ぜひお話を伺いたいものです)
であれば、同じレベルの選手を集められたにも関わらず、結果が出たのは、やり方に好き嫌いは
あったのでしょうが、トルシエの功績は大きいと考えます。

・・・そのレベルが「谷間」にまで落ちたのはなぜ?選手のせい?
やはり監督を日本人にした(任せた)のが早かったのだと考えざるを得ません。

武藤様のエントリを読めば読むほど、この思いが募ります。

選手が結果を出せないのは指導者のせい。言い切って、結果をもたらしてくれる
指導ノウハウを持った監督の若いカテゴリへの就任を望みます。
Posted by 吉田@仙台 at 2008年08月26日 12:03
女子代表が「頑張って」「走って」いるように見えるというのは、
実は「チームとして熟成している」というだけなんですよね。

NZ戦で小島さんが指摘していたように、厳密には「走っている」のではなく、
「前へ進んでいる」のが正しい。守備が薄くなるリスクを恐れずに
前へ出られるのは、「ここでキープして前へ出せばゴールを決めてくれる」
「ここに走りこめばパスを出してもらえる」という確信があるから。
要するに一つ前のエントリで武藤師がアルゼンチンを評価した
「チームとしての意思統一」が女子代表では出来ていたという事ですな。
最大の違いはリケルメがいないことか。ああいう才能はないから、
みんな走っているわけさ。

もっと言えば、「このサッカーをやりきれば天下を取れる」という自信。
実際にあと少しでメダルが取れたんだから、それは過信ではない。

男子の場合は女子のような自信を持てないまま、本大会に
突入してしまったということでしょう。自信がないから
怖くて前に出られない。出られないから運動量が少なく見える。
それで負けるから、ますます自信がなくなる。負のスパイラルで
3試合が終わってしまった感じ。

監督の仕事ってのは「コレで勝てる!」と選手に自信を
付けさせることなんで、反町さんは失敗したといわざるを得ません。
でもねぇ……女子は上田さんの時代から6年がかりで強化して、
やっとここまで来たわけで、同じことを反町さんに
2年間でやれというのも酷な気がします。しかも、アジア大会に
ベストメンバーで臨めなかったり、強化の足を引っ張られ
まくったわけですから。

アルゼンチンも準備期間が少なかったと思いますが、
それでもなでしこと同じか下手すりゃ上回るコンビネーションを
見せたのは、要は個々の能力が高いんですよ。サッカーをよく分かっているから、
短時間の練習でも合わせられる。日本はその点劣るんですから、
時間が必要なんです。時間が足りなきゃ誰がやっても同じで、
トルシエだったら途中で怒って帰っちゃうんじゃないかな。
今後はどうやって時間をひねり出すのか、強化を諦めて
「参加することに意義がある」でいくのか……と、結局は協会の問題に
行き着くのですな。
Posted by masuda at 2008年08月26日 13:08
月並みな言い方ですが結局
「決めるときに決められなかったから負けた」
大会だったと僕は思いますよ。

米国戦ではあのトリックコーナー、本田のヘット、李のヘット、PK臭い2つのプレー。
4つの決定機があったことになります。
逆に米国は決まった1つだけ。
サッカーなんで決められることは仕方無い。
それより日本が上記のうち1つでも決めてれば・・・

もちろん米国に勝ってればナイジェリア、オランダ戦も全く別の戦い方になっているだろうしね。
チームの雰囲気も全く違うだろうし。
いや、そもそもナイジェリア戦の前半の安田の突破からの谷口が決まってれば・・・

また月並みですが初戦が全てだったのでしょう。


「決めるときに決めるチームが勝つ」
「決める時に決めないと流れが相手に行く」

サッカーでのあるあるネタが起こっただけ。


じゃあどうしたら決まるようになるのか?ですが・・・

これを考えるといつも僕は国民性の問題にまで広がってしまいます。自身の経験からも・・・


まぁとりあえずJFAのストライカ育成プロジェクトに今は期待しています。
Posted by GK20 at 2008年08月26日 16:53
予選全敗で終わりましたね。
要はチームの完成度があまりに低くかったわけでしょう?指導力不足が原因じゃないでしょうか。チームとして決まり事もないのに個々人が勝手に闇雲に走り回るわけにもいかないし。

個々の選手の質で負けているのは昔から分かり切ったこと。選手の質で負けているからこそ、これまでもアジア外の国には分が悪かったわけで。それをいまさら言ってはいけないでしょう。
そんな日本だからこそ、指導者の選定は他国以上にこだわらなければいけないと思うんです。

協会は今大会をどう総括するんでしょう。やっぱり06年のときみたいにうやむやになるのかな?
Posted by タム at 2008年08月26日 19:01
A代表でも思うんですけど、どうも日本代表のサッカーって、
両SBの攻撃参加を相当必要としていて、それがないと攻撃の形を作れないという感じがします。
全体のラインの位置とSBのポジションの取り方はもっと高めていく必要があるんじゃないかなと思います。
Posted by at 2008年08月26日 19:42
中盤に明神と小笠原を連れて行けば無問題だった。
(少なくとも米国には負けなかった)
チームの完成度というより、反町の監督としての完成度がなかっただけ。
いい加減に、日本人の監督はダメダメということを協会は認めなければならない。
とりあえず、あの戦力でJ上位でいるシャムスカの元で修行したら・・・。
Posted by 天邪鬼 at 2008年08月26日 22:33
私も、シドニー五輪世代と地域の選手育成レベルは変わっていないと思います。

彼らがゴールデンジェネレーションと呼ばれる程、才能豊かな選手が出現したのは、小野という天才の存在と2002年W杯招致活動の一環として、数多くの海外遠征を行い、選手自身も遠征での結果がW杯招致活動の影響があることを自覚しながら試合をしていたことだと思います。

北京五輪での中国の躍進や日本の国体開催県が毎回、大会で好成績を収めているのを、もっと強化資金を投入し、優秀な指導者を招聘し、海外での試合を増やさないと・・・。

ワールドユースが大熊監督、五輪が反町監督、指導者に恵まれない北京五輪世代は、指導者に恵まれないですね・・・。
Posted by ぎっぐす at 2008年08月27日 22:06
>じゃあどうしたら決まるようになるのか?ですが・・・
>これを考えるといつも僕は国民性の問題にまで広がってしまいます。自身の経験からも・・・

ここは「ピッチ上の問題」について語るエントリーのはずだ。
「国民性」云々はやめてほしい。オカルトだから。
それが真実なら、未だにサッカーは冷や飯食いでなければならない。
Posted by 五反田西口 at 2008年08月28日 01:44
 U-20のチームも決して強化時間に恵まれたわけでも、優秀な外国人指導者に恵まれたわけでもありませんでしたが、「チームとしての意思統一」が出来ていた良いチームだったと思います。
 それは、丁度その年代の選手が「監督の言う事を素直に聞く」年代であったことがよかったのかもしれませんが、監督の力も大きかったのではないでしょうか。

 明確なコンセプトのないまま、中心選手を次々と取替え、最終的には今までの選考を無視するような選抜。これで「チームとしての意思統一」をしろと言う方が無理なのでは。
Posted by kagura at 2008年08月28日 09:37
監督責任は100%確実ですが、2勝か3敗しかない戦術ひとつで大会に臨んでいる以上、むこうに転んでしまったようです。
すくなくとも、ベストメンバーで臨んでないのだから、しかたないですね。

趨勢も、すこし相手を褒めすぎでは。
ナイジェリアの仕留めどころはミランのようにすごいが、三カ国とも、名前ほど褒めるような内容では無かったです。むしろ、あんなグズグズの相手に、日本が、まともに組めなかったこと自体、問題視すべきで、協会の言う「個の差」だったなんて、評価レベルの低さを証左しているようなもの。

豪や韓国なら、日本のいた組で突破していたかもしれないですよ。わからないけど。


Posted by 徒然 at 2008年08月28日 17:49
日本人監督はダメだ。
協会の監督選考に問題がある。
いっそのことオシムさんに日本サッカー協会会長になってもらえば、かなり日本サッカーのレベルが上がると思う。
Posted by いさはや at 2008年08月30日 17:57
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