と言う事で反町氏についてだが。結論を先に述べておく。
五輪代表監督としての反町氏は、何ら評価のできない失敗だった。しかし、アルビレックス時代の実績は消え去るものではない。是非こそ、捲土重来を図って欲しい。
反町氏の五輪代表監督振りを振り返ると、何とも重苦しい気分になってしまう。
確かに、日本協会のサポートに残念な事は多かった。破綻しきった日程を改善すらする気がない協会首脳。そして、その破綻日程下において五輪代表強化の優先順位が低かった事は、止めとなるオーバエージ問題より前にも散見されていた。アジア大会のメンバ規制然り、ワールドユースメンバを2次予選前に融合させる絶好機だった中国トーナメントよりオールスターを優先させる判断然り。ただでさえ破綻している日本サッカー界の日程下では、ワールドカップ予選とJリーグとACLを除く試合への対応は事実上困難になっているのだ。
けれども、そのような日本協会のバックアップ不足は深刻ではあったものの、反町氏は準備の過程で不可解な施策を連発し自ら墓穴を掘った感が強い。何よりも悲しい事に、反町氏は2年間に渡り、これだけのタレント集団を率いていながら、ただの1度も「お見事!」と言う試合を見せてはくれなかった。確かに、2次予選の敵地ベトナム戦、準備試合のアンゴラ戦、豪州戦などは「よい試合」ではあったけれど。
本大会までにベストメンバを固めないと言う独特のやり方で散々の評価だった前任の山本氏ですらもアジア大会の一連の試合、五輪最終予選の敵地UAE戦、親善試合の韓国戦など、見事な試合を見せてくれた事があった。
史上最低の代表監督と言われる横山謙三氏でさえ、(内容面はさておき)イタリアワールドカップ予選の国立北朝鮮戦の逆転勝利(水沼のスーパーボレーと終了間際の自殺点)のように胸のすく試合を見せてくれた事がある。何より、横山氏には井原を抜擢したと言う実績もあった(誰が監督をしても抜擢していただろうと言う突っ込みはさておき)。
けれども、反町氏は...
まず予選突破まで。
反町氏は突っ込みどころ満載の采配を振るってくれた。最も強化に役立ちそうな敵地韓国戦で2軍対応、わざわざ水野と本田圭の前に3トップを起用し蓋をする愚策、この世代で最高レベルの実績を挙げている谷口の軽視、消化試合の国立マレーシア戦で無意味な3軍対応、機能しない固定メンバへの拘泥(たとえば本大会1年前、せめて1次予選勝抜き後の敵地香港戦で豊田を試していれば...)等々。
それでも、水本、青山直を軸に堅固な守備ラインを形成。退場で10人になった国立カタール戦の終盤の綱渡り(興奮はしました)、よいペースで試合を進めながらこれ以上の不運は考えられないような敗戦を喫した敵地カタール戦を経て、最終国立サウジ戦では意図不明の中途半端な守備戦法による危機一髪など、たっぷり我々を愉しませてくれた上で予選突破に成功した。
続いて本大会まで。年が明けた08年に入り、反町氏には次々と難しい問題が襲いかかった。
まず、予選段階の中心選手にトラブルが次々と起こる。柏木、家長が負傷で長期離脱、水野、平山、若森島もチーム事情で出場機会が減り調子を崩す(水本の行ったり来たりもその範疇に加えてもよいかもしれない)など、チーム作りを根底から見直す事態が発生した。一方で、内田、安田、長友、香川、吉田、森重、金崎など、反町氏のチームではそれほど出場機会のなかった新しい選手の活躍が目立ち始める。もっとも、若年層の代表チーム作りの難しさはここにある。どうしても若い選手にはムラがあるから調子を落す選手が出てくるし、一方で逆に伸びてくる選手もいる。
さらに2月早々からワールドカップ予選が始まり、岡田氏は従来この世代でA代表に選考されていた水本や本田圭に加え、内田、安田、長友、香川らを抜擢する。結果的に反町氏はこれらの中核となる選手を、準備段階で思ったように使えなくなった。しかし、これは仕方がない事だ。むしろ過去の五輪監督が恵まれていたのが異例だったのだ。アトランタの時は全く意味不明の五輪優先でA代表監督の加茂氏は前園、城らの優先選考権がなかった。シドニーの時はワールドカップ予選そのものがなかったし、トルシェ氏が双方の監督を兼任していた。アテネの際は、ジーコ氏は固定メンバに拘泥すると共に、山本氏も永田のようにジーコ氏が評価する選手を軽視するなど、アトランタ時代以上に強化が分離されていた。今回のようにオシム氏なり岡田氏が、五輪代表の中核となりそうな選手を五輪前から招集する方が当たり前であり、A代表と選手選考のバッティングもまた、若年層代表チーム作りの難しさなのだ。
ワールドカップ予選とJリーグの兼ね合いから準備試合の数も限られたものだったが、アンゴラ戦、トゥーロン国際での上位進出、カメルーン戦とそれなりのサッカーを披露した。谷口の復帰(しつこいがこの選手は自クラブの実績はこの世代でナンバーワンと言っても過言ではなく、予選段階で軽視する理由がわからなかった)、細貝の成長(さすがに拡大トヨタカップでミランと戦った選手は経験値が違う)など中盤で「戦える」選手が増え、吉田、森重の台頭でチームの強みだった守備もさらに強化されてきた。一方で、予選時の攻撃の中核の水野の不振、家長、柏木の不在は、ただでさえFWの層が薄い事と合わせ、悩ましい問題だった。
逆に考えれば、層が薄いポジションをオーバエージで補強すれば問題は解決し、それなりのチームで本大会を迎える雰囲気も出てきた。そして、反町氏が選んだ大久保と遠藤は、「得点力」と「中盤の変化」の問題解決と言う意味では極めて妥当な人選だった。オーバエージ問題の不手際は日本協会側の問題だが、一方でこの2人がダメとなった時点で、どうして反町氏はあきらめてしまったのか。チームに大きな改善の必要性があるからのオーバエージだったのだから、大久保に代えて佐藤寿人、遠藤に代えて中村憲剛、小笠原あたりの招集に何故拘泥しなかったのだろうか。
結果的に、2年の歳月が費やされたにもかかわらず、とうとう得点を取るための共通意識を身につける事なく、このチームは終わりを遂げた。
こうして振り返ると、予選突破前後で反町氏の苦闘ぶりの色合いが異なる事に気がつく。
予選段階までは、反町氏は、よりどりみどりの豊富な選手層に対し、自らの独自的な選手選考、配置を試みた。しかし、その試みの多くは奇策で、それらに次々と失敗する事で貴重な機会と時間を失い、結果的にチーム作りが遅れ、自ら苦しんだように思えた。やりたい事があり過ぎて、意欲が空回りしたとでも言おうか。これは現場の指導者、采配を振るう立場での苦闘だった。
一方、予選より後は、次々と出てくる障害への対応で追われ、逆に反町氏はやりたい事はほとんどやれずに五輪本大会を終えた感が強い。五輪本大会敗退後の、あまり潔いとは言えない一連の発言も、幾多の障害の対応策を見出せなかった混乱とも見て取れる。こちらは、現場の管理者、チームマネージメントでの苦闘と言うべきか。
では日本協会の監督選考が間違っていたのだろうか。結果が出なかった以上はその指摘は正しいのだが、少なくとも私は、氏の就任時は全くそうは思わなかった。現役時代の選手反町は大好きだった。そして、アルビレックスの監督として、一介の地方のクラブをJ1に昇格させ、さらに定着させる基盤を作った反町氏を高く評価していたし、将来はA代表監督と期待していた。したがい、五輪代表監督就任時には多いに喜んだものだった。これは私の見る目がなかっただけかもしれないが、Jリーグで秀でた若い監督を、若年層代表チームに抜擢する発想は、決して悪いものとは思えない。現実的に考えても、アフリカで実績を挙げていたトルシェ氏はさておき、西野氏や山本氏よりは、上記で厳しく批判した指導面でもチームマネージメント面でも。反町氏には格段の実績があったのだ。
「だから外国人監督でなければ」と言う理屈を否定はしない。しかし、トルシェ氏時代のような的確な監督選考と強化プランの提供は決して容易ではない。氏にはユース代表、五輪代表、そして地元開催のA代表と全権を任せる事ができた(しかも段階的にチームを把握する時間すら提供できた)。さらに当時は今日ほど日程も破綻していなかった。J1のチーム数も少なかったし、ACLはアジアクラブ選手権時代で今ほど試合数はなかった。そして、何より氏は有能だったし、当時の日本にピタリと合った監督だった(トルシェ氏と我々の出会いについては、当時の日本のサッカーの状況を正確に把握していたアルセーヌ・ベンゲル氏の推薦があったのが大きかったのではないか)。しかし、外国人監督には、選手の把握、生活面でのフォロー、アジア独特の難しさへの対応などリスクが大きい事を忘れてはいけない。赫々たる実績のある指導者がJのクラブで失敗する事例も少なくないのだ。まして現実的に五輪代表監督に海外から招聘した監督に納得できる強化日程を現状の破綻日程下で提供できるのかも微妙なところだ。繰り返すが、トルシェ氏が優秀だったのであり、外国人指導者が皆優秀な訳ではない。それならば、日本のサッカーを熟知したJで実績ある日本人監督と言うのも1つの発想なのだ(だったのだ)。
また、我々と同格のライバルと言える豪州や韓国は、今大会自国の監督で大会に臨み、我々よりはマシな成績を残した。彼らと比較し、我々は適切な自国指導者の育成が巧く行っていないのだろうか。
それらを考慮して、反町氏にオシム爺さんのA代表コーチを兼任させた策が、爺さんが倒れた事で頓挫したのも確かなのだが。
日本協会は、いや我々は、そこまで考えた反省を行うべきではないか。Jリーグで秀でた実績を挙げた監督が失敗してしまったと言う反省を。そして、以降我々はどうすべきなのか。少なくとも、「優秀な外国人指導者を招聘しよう」だけでは正しい解とは言えないだろう。
そして反町氏。
結果的に氏の五輪代表監督としての冒険は失敗だった。しかし、それはそれで経験である。氏はJリーグで堂々たる実績を残したから、五輪代表監督として闘う事ができたのだ。アルビレックスでの成功経験、今回の失敗経験、それらを活かし捲土重来して欲しい。具体的にはJでの再挑戦である。
我々は優秀な日本人リーダを求めており、氏は今なおその貴重な候補者なのだから。
2008年09月14日
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人格攻撃にまで発展する。
日本人の悪いところですね。
(サッカー監督なら世界中同じか・・・)
功績は必ずあるのですから。ジーコにも(笑)。
しかし反町さんのこのチームでの功績となると
かなり甘い僕でも考えてしまいますね。
はっきり言えば思いつきません。
まぁしかしこの経験をばねにして伸びて欲しいですね。
選手もスタッフも。
過去にも五輪後消える選手というのが必ず存在しています。
これが一人でも少なくらるよう見守っていきたいです。
そして反町さん。
今回の愚行を跳ね返すくらいの実績を上げてまた戻ってくれば良いのです。
どうか下らない解説者にだけはならないでほしいです。
期待してますよ。w
あれだけ決定的なチャンス(それもただの決定機ではなく「超」がつくほどの決定機)をチームとして幾つも作りながら勝てないとは。
もちろん、そういう選手を選んだのは反町氏自身なのですがね。
それに関連して、オーバーエイジ召集問題。
武藤さんも言っておられるように、なぜ遠藤・大久保以外の選手を召集しなかったのか(できなかったのか)。
例えばトルシエ氏なら、Jリーグの全てのクラブを敵に回してでも召集を強行に主張し、あるいはマスコミを使って誰々を呼びたいんだと周囲に主張したことでしょう。
反町氏は非常に人格的に優れた方であり、Jクラブの苦しみが分かっているから無理強いは出来なかったのではないでしょうか。
アジア大会の件もそうですし、あるいは神戸へ大久保の召集をわざわざお願いに出向いたことからもそれが感じられます。(そもそもこんな事を代表監督にさせるとは本当に酷い話です)
しかしながら、五輪代表監督の仕事は五輪代表を強くすることであり、Jリーグの利益を考えるなど二の次、三の次であってしかるべきです。
現在の日本サッカー界は、まだ日本人を代表監督に据えるには環境が整っていないのではないでしょうか。
無茶言わんでくださいよ。大久保が拒否した段階で
この辺の選手も無理です。理由なんて、「神戸が拒否するなら
うちも出さない」で充分。協会に勝ち目はないです。
無理強いしたらCASに提訴するクラブも現れただろうし、
時間はどんどんなくなっていく。あの時点での事態収拾策としては
「一人も呼ばない」は最善だと思いますよ。
今まで協会はJクラブをないがしろにして散々恨みを買ってるわけですから。
代表人気が低迷して各クラブが代表に寄りかからなくて済むように
なった時点で言う事聞かなくなるのは目に見えていたことです。
「身から出た錆」ってものでしょう。憲剛?犬養会長にあんな失礼なこと
言われてから1年経ってないんですよ。本人が出たいといっても拒否でしょう。
あの辺はトレーナー系の監督が多いので良いです。
オシムやベンゲルが日本贔屓にしてくれてるんだから
紹介してもらえばそんなにハズレは引かないでしょう。
まあ、これはA代表にして欲しいことだけれど。
五輪はU23である以上、そんなに比重は高くできないですね。
日本人監督で良いと思いますが、堅守カウンター系の監督ではなく
攻撃好きな人にして欲しいです。
攻撃は選手に丸投げな日本人監督はもういいです。
>
>期待してますよ。w
自分でやれよwww
しかし、今は、
優秀な日本人のリーダーを求めている事は、変わりませんが、氏は、候補者では絶対に、ありません。解説者としてもごめんこうむりたいです。
反町さんの新潟での成功はブラジル人なしにはあり得ませんでした。今回のオリンピックチームをつくるのは、新潟より遥かに難しい仕事だったと思います。私はFWに関しては大久保が出てもあまり変わらなかったと思います。(単純に彼の実績から考えただけです)。「軸になるFWなしでチームを作る」という日本サッカーが抱える問題を解けなかったのだと思います。その意味で、最後に出てきた谷口を裏ポストに使ったチームは興味深かったと思います。点は取れないけれど、体の強い鈴木を重用したトルシエに似ています。続きをJで見てみたいものです。
ひどいな。
どーする!
ネタずれすみません。
ついでに「弾丸ツアー同行」の誤報も重ねてお詫びをm(_ _)m
得がたい経験をムダにせず、日本のフットボールを
レベルアップさせる力を持った指導者になって欲しいものです。
さて、一部報道でオシム爺が「若い世代をやりたい」とコメントした様子。
ムリはきかないとは思いますが、オシムに誰か一人付けて、ノウハウを吸収させるのも
一手かと妄想しております。
東欧系の監督の下でコーチしたことのある指導者なら、素養はあるかと・・・。
現ベガルタのテグさんは確かベルデニックの時のコーチでしたので、噂の誰かさんが
就任の暁には、その手もあるかと(笑)
小難しい理屈を、現場に反映させるための「プロセス&コーチングテクニック」。
内向きだけでなく「外向き」まで考え抜かれた『言葉』の重要性。
オシムがピッチに立てなくなるまでに、日本に置いていって欲しいことは沢山沢山
あるように思います。
とのことですが、長友を世間に知らしめ、プロ入りのきっかけを
作っただけでも、意味があったのでは無いかと思いますが、如何でしょう。
曲がりなりにも、あっという間にA代表入りした選手ですが、
あの試合が無ければ、普通の大学生だったかもしれません。
それはおそらく岡田監督も例外ではないと。
まあ岡田氏の場合日本人監督の中では段違いの実績ではあるんですが。