川淵前会長の(東京五輪に代表される選手としての活躍のほかの)貢献については、後藤健生氏が3点まとめている。私もこの3点については全くの同意見。80年代前半の指導層を含めた代表若返り、90年代初めのJリーグ創設、外国人プロ監督のオフト氏の招聘。後藤氏は、その3点の共通点を
いずれの協会幹部の意見に対して、堂々と自説を述べて認めさせてしまう強引さと表現している。
これをもう少し突っ込みたい。これら3点について、別種の共通点があるのだ。いずれも、当時としては難しい結論ではあったが、川淵氏が推進しようとした案件に対する反論はいずれも「時期尚早」ではないかと言う意見だったのだ。実際、当時の事を思い起こしても「いつかはやらなければならない事」なのは、心あるサッカー人には半ば常識だった。つまり、それらは「今やるのか、先送りして後でやるのか」と言う「2元論」だったのだ。そして、その「2元論」的問題を、川淵氏は独自の強引さによって見事に解決したのだ。
したがって、細かな瑕疵はどうしても残った。たとえば、代表の若返りについては、後日森監督自身が行き過ぎと判断し、碓井博行や田口光久らベテラン選手を呼び戻した事があった。Jリーグ推進は、各クラブの親会社と地域密着のルールがいささか曖昧で、開幕から15年経った今でもその悪影響は残っている(具体的な話については非常にややこしい話なので別な機会に)。しかし、こう言ったほころびが少々あったにしても、当時の川淵氏のこの3点の決断と実行は正しかった。誤解しないで欲しいが、ほころびが出てしまった事そのものも、難しい課題だった事の証左であり、氏は貢献を称えられこそ、責任を追う必要はなかろう。
しかし、川淵氏が協会会長に就任した後はどうだろう。以前指摘したように日本サッカー界の重要課題は未解決のまま惨憺たるありさまになってしまっている。今回の犬飼発言にも関連する「日程破綻問題」、今シーズンも幾多の問題が起こった「サポータ暴動問題」、さらには「審判権威問題」。そして、これらの重要問題に共通する特徴は、各種の利害が錯綜し、「二元論」では意思決定できない事にある。
そして、「二元論」を強引に解決する事は得意だった川淵氏は、これらのように錯綜した重要課題は全て放置して任期を終えた訳だ。困った事だ。
さらに言えばこれだけの難問が数年間放置されたと言う事は、川淵氏周囲の協会スタッフもこれらの問題の放置を容認した事になる。いくらなんでも、これらの問題が具体化している事に日本協会スタッフ諸兄が気がつかなかったとは思えない。つまり彼らはこれらの諸問題を顕在化させると、川淵会長に叱られるなり、排斥されるなり、降格されるなり実害があるから放置し続けたのだろう。つまり川淵会長の周囲にはイエスマンしかいなかったのだ。
「我那覇ドーピング濡れ衣問題」は、その問題そのものも深刻で悩ましいが、後の対応の無様さには目を覆わされる。これこそ「錯綜する問題」に対応できないトップが「引っ込みがつかなくなった事」で開き直っているのを、周囲が諌める事すらできない悲劇的状況である。
そして、そのイエスマンしか周囲にいない状態が、新会長になってからも継続しているのだろう。しかも新会長は、公選で選ばれたのではなく前会長の推薦と言うのだから...
我々はそのような現状下にいると言う認識を持ちながら、粛々と日本サッカー発展のために日々努力していく必要があると言う事なのだ。
【関連する記事】
中小企業だと会社がつぶれる必殺パターンですね。
一般の企業社会ですと、会社がひとつつぶれても、
他の会社が穴埋めをして社会全体は被害を受けない、
というか、より効率的になるって分けなのですが。
サッカー協会はひとつしかないからなあ。
川淵にしてみればどんな無茶苦茶な日程で選手がぶっ壊れたっていいんだよ。選手の代わりはいくらでもいる。でもサッカー協会は天下ってくる文科省の官僚や電通の連中の機嫌を損ねるわけにはいかない。代わりはいないからね。W杯だって代表に実力なんかなくても、電通の政治力でなんとでもなるんだし。
要するに「これからの日本サッカー界をどうやって守っていくか」っていう共通の命題が我々と川淵に突きつけられてそれに対する答えを出すとき、我々が考える最優先事項と川淵が考える最優先事項がまるっきり違う、ってことでしょ。
川淵さんにしてみれば、電通と文科省さえあればなんとかなる、っていうことなんでしょ。それがどこに出しても恥ずかしくない、将軍さ・・・おっと失礼、前会長さまの誇り高き、揺るぎのない永遠の信念だ。
この事件のもう一つの問題点は、問題発覚時に
Jクラブのチームドクターが連名で処分の取り消しを
求めたのに、JもJFAも黙殺したことなんですよね。
選手の命を預かるチームドクターは日々(ドーピングの
問題も含めて)勉強していて、彼らが「これを治療と
認められなければ選手の命を守れない」と判断して
抗議したのに聞く耳を持たない。現場の声が、JFAハウスの
10階だか11階だかに届かないような組織になっちゃって
いるんですよ、今のJFAは。
レッズサポの人が犬飼氏に対して、「あの人は知らないことを
武器にしている」なんて書き込まれていましたが、
レッズならそれでいいんですよ。あのクラブは
サポーターやらゴール裏のウルトラスやらの声を
職員が聞いて、それが社長にまで伝えられるシステムが
出来上がっているでしょうから。「知らないことが武器になる」
は一面の真実で、人間という生物が固定観念から自由になれない以上、
異分子が与える効果は無視できない。川淵氏が
犬飼氏を後継者に据えたのも、「サッカーをよく知らない
人だから」というのが理由の一つになっていると思います。
でも、それは現場の声が上まで風通しよく伝わる組織じゃなきゃ
通用しない。現場が見えなきゃ、素人の独りよがりに
過ぎませんから。ひょっとしたら、今頃犬飼氏も
「なんでみんな、俺に文句を言ってこないんだろう?」
と疑問に思っているのかもしれませんよ。
そういう状況なんだと思います。
前会長の影響力の下にまだあるせいか、会長になれば前会長のシステムにオートマティックに組み込まれるのか定かではないですが、上意下達のみで現場からのフィードバックを軽視するようになっているのでしょう。
その「弊害」が公に表面化しても、当然のことながら内部に自浄力がないので変わらない。
今どきメールアドレスもない組織ということが閉鎖性を端的に表していると思います。代表戦のスタッツも批判の材料になるのか提供を止め、当たり障りのない情報だけを公開して透明性があるように見せかけている。代表ビジネスを興行と考えているとは思えないお役所的な発想。収益の柱だというのに。
ただ現場に関わるサッカー関係者(特にジャーナリスト)やサポーターは以前と変わらず、批判の目をもってチェックすることが逆に大切なのかとは思いますが。