2006年08月09日

石崎信弘

 私は現役時代のDF石崎信弘が大好きでした。丁寧に執拗に対戦相手にまとわりつく守備の巧さ。当時の東芝(現在のコンサドーレ札幌の前身)の試合を観る時は、石崎の守備を見ているだけでも90分間を愉しく過ごせたものです。
 エルゴラッソで選手石崎を語る機会を得られた事は、大変光栄だったと思っています。
(2009-01-02)



 石崎信弘は、見ていて本当に愉しい守備者だった。日本代表
に選ばれた事もなかったし、所属していた東芝(コンサドーレ
札幌の前身)も、石崎がプレイしていたシーズンのほとんどは
JSL2部に所属、石崎自身が1部でプレイしたのは3シーズ
ンに過ぎない(そのうち最終シーズンは、引退を決意しコーチ
兼主務になってから、チーム事情で現役復帰したのだから、実
質的には2シーズンと言う方が正しいかもしれない)。それで
も、石崎の実に頭がよく、粘り強さを武器とする守備振りを、
私は忘れる事ができない。
 守備の1対1の原則は、マークする相手とボールが共に視野
に入るポジションを取り続け、ボールが来たところでインタセ
プトを狙う、インタセプトが難しいならばボールを止める瞬間
を狙う、それもできなければ前を向かせないようにする、それ
も失敗して敵が前を向いたらばシュートを打たれたり抜かれた
りしないようにディレイする。書き下してしまうと当たり前の
事だが、石崎の守備ぶりは、正にこの教科書通りのものだった
。当たり前の事を当たり前に90分間継続し、常にマークする
FWよりも一歩先んじる事を狙う知性としつこさは絶品だった
。全盛期を2部のチームで過ごしたために、マスコミからそれ
ほど注目される事は少なかったが、石崎は80年代後半の日本
サッカー界を代表する守備者の1人と言っても過言ではなかっ
た。敵の攻撃が石崎のところで、水がスポンジに吸い取られる
ように止まってしまうのを見るのは、いつも感心させられたも
のだった。
 中でも忘れ難いのは、日産の元セレソンのCFレナトと石崎
との1対1の駆け引き。ゴール前で行われるレベルの高い攻め
手と守り手同士の1対1は、サッカー観戦の大きな愉しみの1
つ。その愉しさを味合わせてくれるのが、石崎対レナトの攻防
だった。レナトはレナトで様々な変化をつけたドリブルを見せ
、石崎はそれに対し知的で丹念な守備で対応する。この丁々発
止は、本当に面白い見世物だった。
 石崎は高校サッカーの名門広島県立工業高校出身。同級生に
は金田喜稔が、1年下には木村和司がいた。石崎が3年次には
、高校選手権で準決勝まで進出、吉田弘、石神良訓がいる静岡
工業に敗れたものの、サッカーどころ広島勢としては久々の好
成績を挙げた(ちなみに優勝は田嶋幸三がエースストライカだ
った浦和南)。当時の広島県工監督の松田輝幸監督は、69年
に日本で行われたFIFAコーチングスクール(メキシコ五輪
後に、アジアサッカー界のレベルアップのために、デッドマー
ル・クラマー氏の提言でアジア各国のコーチを集め、第1回が
日本で実施された)を受講し、講師のクラマー氏に絶賛された
実力を持つ優秀な若手コーチだった(他の受講者には、後に日
本代表監督を務める石井義信氏や加茂周氏、長く大阪商業大学
の監督を務め多くの名選手、名指導者を育成した上田亮三郎氏
らがいた)。金田、木村が松田氏の技巧的な指導から、あの美
しいドリブルを学んだ事はよく知られた話だが、同時に氏は石
崎のような優秀な守備者の育成にも成功していた事になる。極
端に言えば指導者としては、石崎氏はクラマー氏の孫弟子に当
たるとも言えるかもしれない。
 その後、石崎は東京農業大学を経て、当時JSL2部だった
東芝に加入する。石崎はJSL1部昇格を目指すチームの中核
として長く活躍、ついに88年に念願の1部昇格を果たす事に
なる。
 選手引退後の石崎氏が、山形、大分、川崎、清水、東京Vと
、幾多のクラブで指揮を執り、見事な実績を挙げてきているの
は、よく知られた話。そして、今期は柏を率いて、J2のトッ
プを快走させている。今期J2落ちした柏は、昨シーズン末に
はチーム運営が巧くいかず、チームはガタガタになっていた。
その柏を短期間で建て直した手腕は、改めて石崎氏の監督とし
ての評価を高めるものだ。石崎氏の作るチームは、常に知的な
守備網を敷き、敵の弱点を粘り強く突こうとする堅実なもの。
正に現役時代の守備者石崎のプレイ振りが、監督になっても見
事に反映されているものだ。
 不思議な事に石崎が活躍していた約20年前も、格段にサッ
カーが盛んになっている今日も、日本では守備者にとって最も
重要な能力である1対1の強さ、言い換えれば対敵動作の巧み
さを誇る選手の評価が低いように思える。先日のワールドカッ
プでも、守備面に大きな問題があった事は確かだが、その要因
を「体格」と言う単純な言葉でまとめてしまっては、本質を見
誤る事になりかねない。あのイタリアの鮮やかな守備振りと、
日本代表の守備力の差の本質が、「体格差」ではない事は明白
ではないか。1つ1つの守備場面を、知的に丹念に守り続ける
事の重要性を、日本サッカー界に定着させるためにも、石崎監
督にかかる期待は大きい。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 旧作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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