2009年07月27日

中村俊輔の移籍について

 中村俊輔のエスパニョール入りについて考えてみた。
 当初、帰国(以前所属していたマリノス移籍)が有力と報道されていたが、最終的にエスパニョール行きが決まった形となった。決定に至る過程については、様々な憶測報道が流れたが、これは「人事と言うものは結論が出るまではどうなるかわからない」と言う古くからの常識でが繰り返されたと言う事だろう。

 本件について、2点感想。

 1つ目は、その抜群の実績に改めて感心した事。
 奥寺康彦の欧州経験は前史と語るべきかもしれない。そして、94年のカズのジェノア加入を皮切りに、98年の中田英寿のペルージャ入り以降、多くの日本の選手が欧州のクラブへ移籍した。
 そして、それらの選手の中で間違いなく中村俊輔は最高の実績を残している。レッジーナ3シーズン、セルチック4シーズンとほぼレギュラとして活躍、出場試合数が少なかったのは負傷がちだったレッジーナの2シーズン目くらいか。セルチックでは、国内リーグ3連覇に貢献し、欧州チャンピオンズリーグで活躍。06−07年シーズンには、セルチックの国内タイトル総制覇に貢献すると共に、スコットランドの国内個人タイトルの多くを獲得した(1国の個人タイトルを独占すると言うのは、世界いずれのリーグでも極めて難しい事なのは言うまでもない)。
 少なくとも欧州のクラブでの継続的なフル出場に近い活躍と言う視点からは、日本選手でこれ以上の実績を残した選手はいない。しいて言えば、奥寺が比較するだけ長期的に活躍したとも言えるが、中村は完全に攻撃の中心選手として機能していたのに対し、奥寺は攻守に渡る貴重な補佐役と言う立場だった。
 いや、東アジアと言う視点からも、車範根以来と言ってもよいかもしれない。もちろん朴智星もすばらしい実績を残しているが、所属クラブが強過ぎて案外と出場試合数は少ない。中村と朴のどちらがよい選手かを比較するのは愉しい酒の肴だが、出場試合数については中村が勝っている。
 そして、そのような欧州で継続的実績を残した選手が、まだトッププレイヤのうちに、日本に帰ってくる事そのもの(結局帰ってこなかったのだが)が、1つの歴史だと思っていたのだ。

 2つ目は、その進路の選択肢について。
 中村にオファーを出したのは、エスパニョール、マリノス、セルチックと言ったところだったらしい(中東のクラブがオファーを出したとの情報も流れた)。中村のような、欧州でもトップレベルの活躍をした選手の選択肢が、現所属のスコットランドのトップクラブ、スペインの中堅クラブ、かつて所属したJのクラブだった事そのものが、まず面白い。そして、結果的に中村がエスパニョールを選んだと言う事は、逆説的だがJのクラブもこれら欧州の名門クラブと対等に比較されたと考えられる。
 日本選手にせよ、外国籍選手にせよ、今後一層このような形態で、欧州のトップクラブとJクラブが対等に比較される機会が増えるのは、それはそれで結構な事だと思う。

 中村の高精度な技巧と真摯なサッカーに対する姿勢は、やはり日本屈指と言うよりはアジア屈指。現地の報道を見る限りでも、今なお欧州でも高く評価されている攻撃創造主の1人だ。体重が軽いためか、よい体勢でボールを受ける必要があるのと、爆発的な瞬発力にかけるため最終ラインでの突破が苦しいところはあるものの、パスのタイミングと精度は抜群。さらに節制を重ねているのだろう、30歳を越えても活動量は豊富だし、守備も粘り強い(最近のセルチックでも代表でも、味方がボールを奪われた直後の切り替えの早さには再三感心させられる)。そして、前を向いてボールを持てば、常に「何か」期待させてくれる存在だ。
 エスパニョールでのトレーニングの映像なども流れ始めた。俊輔が日本代表を率い、来年の南アフリカで好成績を挙げようというからには、エスパニョールでの中心選手として機能する事は必須事項。5年ぶりの地中海クラブでの大活躍を期待したい。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(5) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そろそろガンバ西野監督について続きを!
Posted by at 2009年07月28日 01:15
スコットランドは場所が欧州なだけで、レベルは。。。中田・奥寺と比べるべくもない。
Posted by ken at 2009年07月28日 21:59
↑ 何でキャリア後半はずっと長椅子暖め器だった奴の名前出すのかね。

武藤さんが、あくまで、断固として「サッカー講釈師」であって、「サッカーに付随する“物語”講釈師」ではないことを示す素晴らしいエントリーだというのに。

以外にも、プロの世界は後者がほとんど。「物語」を批判しているつもりで、実はその語り部に堕している高等遊民が幅を利かせていたりする。

その「物語」に安易に溺れる人間が安易に名前を出すのが(以下略)
Posted by 五反田西口 at 2009年07月28日 23:10
>↑ 何でキャリア後半はずっと長椅子暖め器だった奴の名前出すのかね。

サッカー講釈師が本文に名前だしてるからじゃないの?
Posted by at 2009年07月29日 01:23
 中村俊輔選手へのオファーは他にプレミア、ブンデス、など合わせて10数クラブほどあったことは俊輔選手自身が公式サイトで語ってます。
 その中から最終的に残ったのが武藤さんが言われてる3チームです。
 マリノスが、欧州のトップクラブと比較できたのかは疑問です(笑)
 俊輔は古巣への思いだけで低条件を受け入れようとしてたのですからね〜(苦笑)
 何より選手としての自分をもっとも必要としてくれるチームを選択するというスタンスを変えなかった俊輔選手らしい移籍だったと思ってます。
 日本のために、また世界に飛び出し始めた若い選手たちのために、そして俊輔選手自身のために活躍を願うばかりです。
 
Posted by a at 2009年07月29日 09:30
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