2009年10月29日

忘れたいが、忘れてはいけない過去2009

 また今年もこの日がやってきた。昨年は異国滞在中だったために、本件について書く事ができなかったが、毎年この日はあのクラブについて思い起こし、2度とあのような悲しい出来事は起こって欲しくない考える事はとても大切だと思っている。

 あれから11年が経った。当然ながら多くの選手が現役を去った、それでも当時の主力選手だった楢崎誠剛を筆頭に、、三浦淳宏、吉田孝行、波戸康広らは今なおJのトッププレイヤとして君臨している。以前も語ったが、あのクラブの「ある意味において明確な後継クラブ」と言わざるを得ない横浜FCはJ1での戦いも経験した。さらに、そこでは山口素弘がプレイし、そのクラブを最後に彼はスパイクを脱いだ。あのクラブでキャリアをスタートした遠藤保仁は、丹念に自らを磨き日本最高の選手と評価されるに至った。いや、他にもあのクラブ出身のサッカー人は、加茂周、ズデンコ・ベルデニック、反町康治、ゲルト・エンゲルス、田口禎則、岩井厚裕、前田浩二、大島秀夫、氏家英行ら、日本サッカーを色々な立場で支えているのは言うまでもない。

 11年の月日を経て、Jリーグは当時考えられない程、日本の隅々に根を張る事に成功した。いや、「Jリーグ」と言う表記は適切ではないな。先日の松本山雅が浦和レッズに勝利した事そのものが、日本サッカーが分厚くなっている事の証左なのだ。
 しかし、一方で厳しい現実もある。ヴェルディの迷走は、経営の失敗そのものかもしれないが、この名門クラブに消失の危機がある事はやはり残念だ。そのほかにも、FC岐阜をはじめ、Jでも相当経営が苦しいクラブの話は枚挙に暇ない。日本経済の冷え込み、ネットの発達によるマスコミの急激な構造変動(広告ビジネスの大きな転換を含み)など、サッカー界は世情に左右されるのは仕方がない事だ。しかし、ステークホルダであるサポータの厚みさえあれば、ほとんどの危機を乗り越える事ができるはずだ。そして、それがサッカーなのだ。経営が苦しくなり、キャッシュが回らなくなり優秀な選手を確保できずに下位リーグに陥落しても、クラブが存続すれば夢は続く。
 ところが、あのクラブの消滅は、分厚いサポータがいながら、「サッカーを理解しない」企業の論理を、「サッカー側」が誤って認めてしまった事態だった。だからこそ、あの痛恨の失敗を忘れてはいけない。
 繰り返すが、あのような悲劇を再発させぬように、あのクラブの事は絶対に忘れてはならないのだ。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(2) | TrackBack(1) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
横浜FCが「あのクラブ」と決別する意向なのがよくわかりません。
Fが取り戻せないとか、ファン層の変化とか理由はありますが
設立の意志はあのクラブにあるわけで、決別する必要は無いと思います。
経営のゴタゴタを理念排除にまで持っていくのはなんだかなあ。

緑は読売クラブOBが助けようとしてるのに好感を持っています。
小見さんが出て行ったあたりから、古いOBと疎遠になっていたので
何か芯の無い感じがしてたんですが、良い方へ変るんじゃないかと期待してます。
Posted by at 2009年10月30日 12:33
>クラブが存続すれば夢は続く。

ヴァンフォーレ甲府の原型が、親会社を持たない、一高校OBのクラブだったことを思い出しました。
どんな形でも、クラブが存在してさえいれば、さまざまな条件が整う瞬間が、いつかまた訪れるかも知れない。どんなに可能性は小さくても、存続する限りゼロではない、ということですね。
Posted by 念仏の鉄 at 2009年10月31日 10:42
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Tracked: 2009-11-01 01:13