2010年07月07日

ドイツ−スペイン戦を前に

 この両国の過去の因縁となると、先般の欧州選手権決勝を除くとあまり思いつかなかった。おそらく、スペイン代表チームの大きな大会では決定的な活躍が、案外と少ないからだろう。スペインは、ワールドカップのベスト4は60年ぶり、欧州選手権にしても2年前の優勝より前の上位進出は、64年の優勝、84年の準優勝くらいなのだ。
 と、書いていて思い出した試合がある。その84年大会(大会レギュレーションは8チームを2グループに分けて総当たり戦、上位2チームがたすきがけの準決勝)の1次リーグの試合だ。最終節で両国は対戦。その時点で、西ドイツ(ルムメニゲとかシュマッヒャーが中軸で、マテウス、ブレーメが若手)が1勝1分けに対し、アルコナーダ、カマーチョ、サンティリャーナなどがいたスペインが2分け。「まあ、また西ドイツが上がるのだろうな」と皆が思っていた。しかし、スペインが1−0で勝利。西ドイツは欧州のベスト4に入れなかったと言う事で、大騒ぎになり、ドアバル監督(80年欧州選手権優勝、82年ワールドカップ準優勝の実績があったのだが)は解任。「故国の危機」救済のために、あのベッケンバウアが監督に就任する事となる。まあ当時の西ドイツにとって、欧州のベスト4に入れないなんて、驚天動地の大惨事だったと言うことですね。
 スペインは、準決勝で、モアテン・オルセン主将が率い、若きミカエル・ラウドルップらがいるデンマークを死闘の末、PK戦で振り切る。しかし、決勝は全盛期のプラティニ率いるフランスに完敗した。この準優勝は、2年前の地元ワールドカップでの失態(ベスト4にも入れず、そう言えば2次リーグでスペインは西ドイツにやられて脱落したんだった)を取り戻す成果と言われた。そして、2年後のワールドカップも期待されたが、準々決勝でベルギーにPK負けに終わっている。

 などと昔をノンビリ振り返ったが、2年前の欧州選手権決勝のスペインは衝撃的だった。序盤戦は「うまいし、強いし、よいチームだよね」などと友人たちと感心していたが、一方で「どうせ、どこかで負けるだろう」とも言っていた。ところが、イタリアをPK戦で振り切ったあたりから、ガッと勢いがついて、とうとう決勝でドイツに完勝してしまったのは、記憶に新しい。スコアこそ1−0ながら、その内容差が驚異的だった。
 スペインのすごさは言うまでもなく、正確で速くて、さらに複雑なパス回し。既に言い古された話だが、通常あれだけ凝ったパスを回すと(いくら個々のパススピードが速くても)、手数がかかり敵は守備を固めてしまう。さらに凝り過ぎると、当然逆襲速攻の餌食にもまる。したがって、サッカーのセオリー的に、スペインのやり方は(見て愉しいと言う事は抜きにして)あまり奨励されるものではないのだ。しかし、スペインは、そのセオリーの上を行く各選手の技巧と判断力で、他を圧倒してきた。
 ただし、私は大会前、スペインの優勝は難しいのではないかと予想した。他国からのマークがあまりにきつい事、過去のワールドカップでの実績の少なさ、上記したスペインの強さそのものが危険と隣り合わせの事などがその理由だった。
 そしてスペインはいきなりスイスに足をすくわれる。スイスは、組織的な守備を武器にするチームだが、粘り強くスペインのパス回しに対抗。一発逆襲を活かして先制した以降は、スペインの焦りを誘い、見事に打ち破った。ところが、スペインのその後の立ち直りが見事。ホンジュラス、チリを丹念に破って1次リーグを突破。同タイプの隣国ポルトガルを終盤完全に技術で制圧して振り切る。そして、あの厄介なパラグアイに対しても、終了間際「正にスペイン!」と言うビューティフルゴールで下して、とうとう60年ぶりのベスト4を確保した。1点差の難しい試合で連勝を重ねると言うのは、美しいパスワークと同居する、丁寧でしっかりした組織守備が充実しているため。今のスペインは非常に充実したチームとなっている。フェルナンド・トーレスが不振、また2年前八面六臂の活躍を見せたマルコス・セナが不在と、戦力的にはやや落ちた感もあるが、それをカバーするだけ連携が成熟した感もある。そして、粘り強くここまで勝ち抜いて来た精神的成熟には、恐れ入りました、と言う思いも強い。
 これだけ美しいパスワークで敵を崩し切る攻撃と言うと、あのプラティニ時代のフランスを思い出す。そして、今のスペインは、あの時のフランスよりは、やや単調かもしれないが、フィールドを広く使う事のが実にうまく、あまりリズムがおかしくなる事がないのがよい。対して、プラティニ達のそれは、テンポの変化は見事だったが、時にパス回しが目的化する事があり、しばしばリズムがおかしくなる事があった。あのプラティニ軍団が、どうしてもワールドカップを取れなかったのも、そのあたりに要因があった。そして、ワールドカップの準決勝のたびにプラティニ達に立ち塞がったのが...

 しかし、今回のドイツは従来のドイツと全く趣を異にしたチームだ。中でも驚きはエジルの存在。
 80年代以降のドイツの中盤は、マテウス、バラックに代表される「強くて展開できる」MFが後方に控え、リトバルスキ、へスラー、トーンに代表される「ラストパスを出せる」MFが中盤後方に控える。そして、先日も述べたがフィッシャー、クリンスマン、フェラー、そしてクローゼに代表される「確実に点を取れる」ストライカが複数いる。彼らの前後左右を動き回る知的労働者が多数いるのは言うまでもない。
 ところが、今回のエジルは「ラストパス」も出せるが、「突破」も「展開」もこなせる万能型の攻撃創造主。もちろん、若いドイツ選手らしく走力も十分。この国としては、70年代のネッツァー、オベラートを思い起こさせる久々のタレントではなかろうか。
 そして、ラームを軸にしたチーム全体の組織化された守備、エジルを軸にした技巧に満ちた見事な長駆型速攻、クローゼ、ポドルスキー、トーマス・ミュラーの得点力。このドイツはこの国史上最強と伝説化された72年の代表チーム(ベッケンバウア、フォクツ、ネッツァー、ゲルト・ミュラー)に匹敵する可能性すら感じさせてくれる。ただ、後方から正確にフィードできるタレントがいないくらいか。
 1/16ファイナルでは、チームとしてまとまりを欠いたイングランドを粉砕。準々決勝では、「作戦はメッシ」であるが故に作戦に無理が出てくるアルゼンチンの奔放な攻撃を集中守備で何とか耐え、鮮やかな速攻で殲滅(ともあれ、ドイツが2点目を取るまでのこの試合は「歴史的名勝負」だった)。強豪への完勝ぶりは印象深い。

 この「久々の」すごいドイツの前に次に立ち塞がるのがスペイン。スペインはイングランドのように軽卒な組み立てからドイツの逆襲を許すような事はないだろう。またスペインはアルゼンチンのように、1人の選手を押さえれば攻撃が機能低下する訳でもない。トーマス・ミュラーの出場停止もあり、ドイツにとっては難しい試合になるはずだ。
 双方が互いの持ち味を出し合う試合を期待したい。
posted by 武藤文雄 at 22:53| Comment(3) | TrackBack(0) | 海外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
TLいつもフォローしてます。ドイツ−オランダなどでは特徴を消す試合になる可能性もありますが,スペイン−ドイツはアルゼンチン−ドイツに続いてお互いに我を通す試合になりそうで今から楽しみです。
Posted by EURO SELLER at 2010年07月08日 01:54
こうした「歴史」と「現在」を対比しながらの構成はホントに素晴らしいと思います。

2010年のチームの色や戦術は、突然現れたわけじゃなく、
綿々と続く大きな試合で工夫されて磨かれてきた結果なのですよね。

今回のスペインにシャンペン・サッカーの片鱗を見出す・・・。
あぁ、今日のお酒は格別なモノになりそうです(笑

出来れば『ミュラーとエジル』の揃ったドイツとの対決だったら・・・と「無いものねだり」を
してしまいそうですが、幸い、決勝は「守備を売り物」にしないチームの対決になりました。

2010年のワールドカップが終わってしまうのは残念ですが、素晴らしい試合になる様、
心から願っております。
Posted by 吉田@仙台 at 2010年07月09日 17:03
スペインがドイツに勝てたのは、
1)プレス合戦の中、スペインはドイツのプレスを潜り抜けるパスワークがあったけど、ドイツにはなかった事。
2)ボールポゼッションを高めながら得点できない展開に、スペインは焦らなかった。だけどプレスに掛けられない、シュートに持ち込めないドイツは焦っていた事。
3)コーナーキックにおいて、スペインは結局『得点場面』しか直接中へ放り込まなかった。それ以外は全てショートコーナーを用いて、ドイツの油断を誘った事。
 こうしてみると、勝つべくしてスペインは勝った気がします。トーナメントは全て1−0ですからね。何処のイタリア代表かと(笑)
Posted by 今さらですが at 2010年07月11日 19:43
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