本書は、精力的にJリーグを掘り下げる月刊誌が、巻頭から半分近くのページを費やして、ベガルタのシンボルとして活躍し、このオフに引退を決意した千葉直樹を特集したもの。
本特集の多くを執筆したのは、友人の板垣晴朗氏。氏はエルゴラッソのベガルタ番記者。元々は(もちろん、今もですが)語学堪能な碩学。昨夏には、エルゴラッソ誌上でドイツ滞在時代にも接点があったフィンケ氏に、ドイツ代表の改革などを含めた見事なインタビューを行い話題にもなった。自分が映像未見のベガルタ試合でも、氏の記事を読めば、おおむねチーム状況を確実に把握できると言う意味でも、非常に信頼できるライターだ。
私が本書を知ったのは、板垣氏からのメールだった。正直、実物を手に取るまで、何かの冗談だと思ったのは秘密だ。同誌が、単独クラブの特集を指向しているのは知っていたし、昨年もベガルタ特集を組んでくれたりはしていた。また、オフの出版だけに、引退選手に注目を集めるのも理解できなくはない。けれども、だからと言って千葉直樹にフォーカスする全国系の雑誌があってよいものなのかと。
私が仙台サポータだから、割り引いて読んでいただきたいのだが(そう、ことわらなくとも、皆さん割り引いてお読みになるだろうが)、この特集は雑誌のサッカー雑誌(あるいはスポーツ雑誌)の従来なかった可能性を広げ得るものだと思う。本誌のような月刊誌に限らず、サッカーマガジンやダイジェストのような週刊誌も、ナンバーのような2週間ごと発刊誌?も、サッカー批評のような季刊誌も、基本的には各号でフォーカスする特集を組んでくる。ただし、その特集のネタは、代表チームであったり、Jで特別な活躍をしているクラブであったり、圧倒的な能力を持つ選手であったり。
しかし、ベガルタ仙台と言う地方の小さなクラブ(小さいのは現時点だ、いつか大きくなってやる、と言う気持ちは置いておいてだが)一筋で戦って来た英雄の引退を、雑誌の特集として採り上げ、完全に読み物として成立させる事ができるとは、正直思ってもみなかった。実際、読んでもらいたいのだが、面白いのだよ、これが。
この選手は、仙台と言う都市に生まれ育ち、かつ他のサッカー少年よりも格段に運動能力に優れ、さらに自分を律して努力すると言う才能に恵まれた少年だった。そして、本人にとっては当たり前の努力を積み(その本人にとっての「当たり前」は、他者にとっては物凄い努力なのだが)、ユース世代時点で順調に優秀な選手に成長した。その時点で、その仙台に、たまたまプロフェッショナリズム化を推進する、やや人工的に作られたクラブがあり、普通に勧誘されてその一員となる。そして、その後のブランメル仙台、あるいはベガルタ仙台の、紆余曲折、七転八倒、艱難辛苦、絶望歓喜、弐萬熱狂、残留安堵、諸行無常の全てを、ピッチから経験する。そして、気がついてみたら、引退時にベガルタ仙台の象徴のみならず、日本サッカーにおいても貴重な人材になっていたと言う事だろう。
そのような「貴重な人材」の経歴をA4版、37ページで「これでもか、これでもか」と紹介する記事が続く。これが、おもしろくない訳がない。改めて千葉直樹の偉大さを再認識できると共に、上記したようなこの選手の「着実な成長」記録を堪能できる仕掛けとなっている。
ベガルタ仙台の我々にとって、唯一無二の存在である千葉直樹の「これでもか、これでもか」は、他クラブのサポータにも、日本代表のサポータにも、その他のスポーツ好きにも、間違いなく愉しめるコンテンツ足り得るはずだ。そして、我々にとって唯一無二の千葉直樹だが、皆さんにとって唯一無二の存在は、それぞれ存在するはず。サッカーを深く愉しむために、本特集のように、それぞれの唯一無二をじっくりと堪能できる機会があれば嬉しいではないか。サッカー雑誌にはまだまだ無限の可能性がありそうに思う。
できれば、千葉直樹が日本中のサッカー狂にとっての唯一無二であって欲しい気持ちもあるが、やはりそれは違う。千葉直樹は俺たちだけの唯一無二なのだ。
ついでに宣伝。ベガルタ仙台の市民後援会が毎シーズンオフに発行する、各期の総決算誌です。私も1ページコラムを書いています。ご興味があれば。