2011年02月28日

(書評)プロ野球 最強のベストナイン 小野俊哉著

 たまにはサッカー以外の本。シーズンオフなので野球の本を語るのもおもしろいと思っていたのだが、グズグズしているうちに、シーズン開幕が近づいて来て、慌てて紹介する次第。
 本書は、1936年に日本職業野球連盟が発足した以降の、日本のプロ野球のベスト9を選ぼうと言う野心的な試みを述べたもの。1番打者から順番に、その打順に要求される能力を満足する選手を選び、下位打線には残ったポジションの選手を当てはめている。指名打者制を採用して野手を9人選考し、投手は10年刻みのいわゆるdecadeごとに1人ずつ選んでいる。

 選考の仕方は様々なデータを駆使した上で、最後は「野球が好きでたまらない」と言う風情の著者の主観で決定されるのだが、この主観による決定がおもしろい。データ面では、たとえば1番は最高の得点を稼ぐ打者と言う事で、「通算得点」、「10試合当たりの得点」、「出塁率+生還率(出塁後にホームに帰ってくる比率)」などを比較。2番はつなぎの能力と言う事で、「犠打+盗塁+塁打+四死球」で評価。等と打順ごとに要求される仕様を変えている。
 誰もが予想する通り、議論の余地なく選んでいるのが、3番ファースト王貞治と8番キャッチャー野村克也(野村自身は8番と言う事で文句を言うかもしれないが)。中でも、王の評価は、様々な側面からのデータで圧倒される。言うまでもなく、世界最高の本塁打王、打点もアーロン、ルースに次ぐ世界3位。しかし、筆者は王を、それらの目立つ記録のみならず、他のデータ面からも高く評価している。
 その王に続く4番の選考がまたおもしろい。筆者は4番に対する期待は「どれだけ打点を稼いでくれるか。ただその1点に尽きるでしょう」と断定する。そして、通算打点最高記録保持者の王よりも、別な視点で打点を最も稼いだ選手を4番に選考している。このあたりのデータと、筆者主観の並立が、この本を魅力的にしている。そして、ネタバレになってしまうが、その4番は長嶋茂雄ではない。そして、「何ゆえ長嶋が史上最高の4番足り得る程打点を稼げなかったか」の解題が、中々の傑作。
 また、基本的には打撃、走塁の攻撃能力での選考となっているが、守備面での貢献も考慮に加えられている。その守備面の評価だが、「守備率」では守備範囲の狭い選手に有利になるので、「守備機会(捕殺+刺殺+失策)」での比較を重視している。興味深いのは、この守備機会で評価すると、今売り出し中の若手スタアが極めて高い評価となる事。この若手選手はまだまだ、史上最強のベストナインに入る程の実績はないのだが、この守備面の評価からだけでも(バッティングでも評価されている選手なのだが)、歴史的名手となる可能性があるのだと再認識した。

 投手編は上記した通り、decadeごとの選考。50年代に関しては議論の余地なく稲尾和久な訳だが、その稲尾が右肩を痛めてからの分析がおもしろい。そして、その分析は以降の年代でも、極めて重要になってくる。同様に「権藤、権藤、雨、権藤」に対する新解釈と、90年代以降のローテーション制の比較も示唆に富む。70年代のベスト投手選考としての、江夏豊、鈴木啓示、山田久志の比較も実に愉しい。そして、00年代最高と評価される現役の若手大エースが、より多くの実績を持つ大リーグで活躍する先輩よりも高い評価なのも、説得力がある。

 もちろん、この手の本に付き物の疑問が多い。日本史に残る安打製造機を2人比較しながら曖昧な評価で終えてしまっている事。ショートストップの選考は「いくら何でも違うだろう」と突っ込みたくなる人選。そして、無理に「抑えのエース」を選ぼうとして(当然ながら抑え投手の記録が充実しているのは、つい最近)、ベストナインに「う〜ん」と言う最近の選手が並んでしまっている事(皆、立派な選手なのですが、他のレジェンドと比べるとねえ)。これによって、上記した00年代のエースとして選考されたスーパースタアの価値が下がってしまった。

 で、問題は、サッカーでこのような本が望めるかどうかと言う事。サッカーと野球の相違は2つ。
 1つ目は、80年代までと、それ以降で、日本サッカー界の世界における相対位置があまりに違い過ぎるために、過去の名手をベストイレブンに入れ込むのが中々難しい事。たとえば、釜本邦茂は別格としても、落合弘や前田秀樹や加藤久を、現在の日本代表選手達とどのように比較すべきなのか。このような選考は遊びだからこそ、説得力ある遊びをいかに行うか、難しいところだ。
 2つ目は、野球と異なり、データで語り切れない事が多過ぎる事。たとえば、同じ高校出身の同じポジションの堀池巧と内田篤人の比較をデータで行えるものなのか。ただ、この分野は、まだまだ開拓の余地もあるようにも思う。たとえば、野球における「守備機会」的な評価を、サッカーでも発案できないだろうか。 
 などと他人事のように語ってはいけないな。自分で努力して書けばよいのだ。

posted by 武藤文雄 at 23:30| Comment(4) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
どうも。いつも楽しく拝読させてもらっている通りすがりです。

最後によく気づいてくれました(笑)
そうです、日本サッカーを40年つぶさに見てきて、記憶にちゃんと留めている人こそ「日本のベストイレブン」を書くのにふさわしいでしょう。後藤健生との対談形式も面白いと思います。

本の上梓を楽しみにしています。いやけっこう本気で。
Posted by at 2011年03月01日 06:17
上の方に一票。
2011年サッカー関連書籍の白眉まちがいなし。
ぜひお願いします。
Posted by soku at 2011年03月01日 19:16
サッカーの難しい所は同じ4-3-3でも釜本さんの時代と
現代では各ポジションの役割がガラっと変わってしまっている
事じゃないかと。野球では仕事内容が昔と今で大きく
変わってないから50年単位での比較が出来るわけで。
小野氏の著作での「抑えのエース」と似たような事が
GK以外の全てのポジションで起こるんじゃないかなぁ。

海外の好事家にもオールタイムベストを作ろうとした
人がいるんじゃないかと思いますが、どうやってるんでしょうね。
Posted by masuda at 2011年03月01日 21:49
いつも楽しく拝読させていただいております。
重箱の隅をつつくようで恐縮ですが、
ピッチャーのローテーション制や分業システムが
確立したのは70年代の後半から80年代にかけて
ではなかったでしょうか?
Posted by もんもん at 2011年03月02日 17:07
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