重苦しい報せばかりの昨今、ベガルタが発表したニュースリリースには、多くの人が勇気をもらう事ができたはず。藤澤恭史朗、正にあっぱれとしか語りようのない男の中の男である。
しかし、藤澤はサッカー選手としては、まだまだ見習の立場にしか過ぎない。その立場の選手が、マスコミ的な話題にさらされるのは、決して望ましい事ではない。それでも、ベガルタが公式発表したのは、あまりに藤澤の活躍が水際立っており、いつか話題になるのは間違いないための対策なのだろう。
とは言え、これだけの活躍をした若者を、可能な限り最大限に称える事は考えてよいとも思う。そこで、私が提案したいのは、3月29日に森島スタジアムで行われるチャリティゲームの準備として行われる代表合宿に、藤澤を帯同させる事だ。1人ではさすがに辛かろうから、チームメートも同行させよう。
そして、そこで長谷部や遠藤や長友や岡崎や本田圭佑が、いかほどのレベルにあるのか、いかほどの節制をしているのか、いかほどの努力をしているのか、いかほどサッカーを突き詰めているのか、それらを直接見る機会を提供するのだ。
プロフェッショナル見習いの若者にとって、この経験はどんなに実り豊かなものになるだろうか。藤澤は、ベガルタのプロフェッショナル達と触れ合う機会は、過去もあっただろうし、これからもあるだろう。そして、私はベガルタサポータとして、我々の選手達のプロフェッショナリズムは、相当レベルが高い事はよくわかっているつもりだ。しかし、それらのプロフェッショナルの中で選ばれた超エリートが、どのようにサッカーに取り組んでいるか、そして彼らが揃った時のトレーニングのレベルがいかに高いか。
それに参加する権利を、希有な経験、社会貢献をした若者に与える。そして、以降は一切採り上げない。まして、大観衆前での表彰などは一切不要。あとは、藤澤がプロ選手になった時に「美しいエピソード」と語られる事を期待するのみである。
2011年03月24日
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藤澤恭史朗 写真
Excerpt: 藤澤恭史朗に代表合宿帯同権を 昨今、ベガルタが発表した ニュースリリース には、多くの人が勇気をもらう事ができたはず。藤澤恭史朗、正にあっぱれとしか語りようのない男の中の男である。 しかし、藤澤はサッ..
Weblog: また会いましょう
Tracked: 2011-03-25 19:53
公(おおやけ)にまた殊更特別にサッカー選手としてのご褒美を用意することは必要ないのではなかろうか。
地域社会がその気高き行為をごく自然な感情で賞賛するだけでいいと思う。
被災経験のない方には分からないかもしれませんが
今はそれどころじゃありません。
おそらく、ご親戚にご不幸があったと思います。
今はそっとしておいて下さい。
サッカー界からそれに対する何らかのご褒美をあげること
にはまったく異論ありません。
が、いま武藤さんの案をやると、マスゴミが拾ういい材料に
なるだろうし、リテラシーのない、祭り好きが騒ぎ出しそう
ですね。
なにかするにしても、すべてが落ち着いてからでいいと
思います。
数年後、数十年後の事を考えたらあまり賛成できませんな。
どういう選手なのか実際のプレイも見たことも無ければ、選手としてのスペックも解らないのに。
無駄に妄想を掻き立ててる馬鹿がそこかしこで暴走してますしね。
表舞台の舞台袖に立たせるだけでフラッシュの雨あられ、といった状況は想定しうるだけに。
今はそっとしといてやるのが吉かと。
この報道で彼はある意味特別な選手になったと思います。
その彼を招待選手として練習に参加させるのは意味のある事と思います。
即招待したげて欲しかったですね。
あなたらしくないのでは?
上位コメントの4名の方と同意見です。
もし藤澤選手を代表合宿に呼んだら、
話題になりますが、
藤澤選手の助けた親子にも、
迷惑になるのでは?
ベガルタユースだからって、
武藤さんの私情が入ってますよね?
もし他のユースの選手だったら、
同じことを提案するのでしょうか?
藤澤恭史朗君はその時に自分が出来る事を迷わず行ったって事でしょう でも彼はまだ15歳です
広く知らしめても戸惑う事だけだと思います 彼の将来を見守る事だけ今は出来ませんが、選手として応援出来たらと思ってます 批判しか出来ない方不幸ですね 書かれた事は武藤さんの気持ちです 熱い気持ちも察せられない貴方はどうなんでしょうね 所詮他人事なんでしょう
ベガルタjr.ユースだけじゃなく、
宮城だけじゃなく、
福島・岩手も含めたサッカー少年たちのもとへ
遠藤や本田や長友らが直接出向く機会が必ずあるはずだから、
その時まで待ったほうが良い。
すべてのサッカー少年が藤澤君ほど派手ではなくとも、
地域のために活躍しているのだろうから。
幸か不幸か、マスコミも彼のことはさほど大きく取り上げていないので、
危惧するような事は起こりづらいのではないかと思います。
絶望に喘ぐ人たちなんてテレビの向こうでしかないわな。
なんでもいいから多少の間違いでもいいから、彼らの明るい話題を作ってやってよ。
そこは割りと落ち着いていて、辛抱強く毎日をこなしているように見えました。みんな家族や親戚や友人をなくした人たちです。
やはり高齢者が多いのですが、あのおじいちゃんおばあちゃん達にちょっとした明るい話題を届けるのは悪いことではないように思いました。