2011年07月11日

北京からの上積み

 ドイツは立ち上がりから、すさまじいプレスに来た。イングランドもそうだったが、日本のすばやいパス回しを止める事を狙っているのは明らかだった。あれだけ、前から来られれば、いくら日本でも簡単に中盤を抜け出す事は難しい。そうやって押し込まれてしまうと、宮間も大野も挙動開始点が後方に下がってしまい、どうにも好機を作れない。
 さらに主審の判定にも日本は苦しんだ。日本もドイツも、お互いにひるまずにボールを確保しようとする。結果として、身体をぶつけ合う戦いが、あちらこちらで行われる。当然、多くの場面で体重の軽い日本選手が転倒する。ここまでは仕方がないのだが、今日の主審はそのためだろうが、日本選手が倒れても、基本的にはファウルをとらず、一方ドイツ選手が倒れると日本選手のファウルをとる、と言う原則で行動していた。イングランド戦の、手を使用して相手を押さえても構わないと言う新ルールの適用も困ったものだったが、こちらはこちらで悩ましいものだった。
 実に苦しい試合だった。
 けれども。そうやって思うように攻める事ができず、審判の判定にも悩まされながらも、彼女たちは、したたかに冷静に丁寧に戦い続けた。ドイツのプレスに負けずに、当方もプレスを仕掛け、執拗に敵にまとわりついて、中盤で自由にさせない。ドイツはドイツで、まともに中盤を抜け出す事ができなかった。時にセットプレイから危ない場面があったが、その時は各選手がとにかく身体を当てて、完全に自由なプレイを阻止する。だから、ドイツもフリーでシュートはできなかった。

 正に陰々滅々、「サッカーの魅力、ここに極まれり」と言う試合だった。

 後半半ば過ぎだっただったろうか。試合の様相が変わり始めた。ドイツの選手の反応が、次第に鈍くなってきたのだ。考えてみれば当然だ。ドイツだってあれだけのプレスをかけ続ければ、疲れてくるものなのだ。さらに、日本が前線からよく追いかけるのはいつもの事だが、ドイツのあのチェイシングは正に日本対策、不慣れな事をしている方の疲労蓄積が多いのは当然の事だった。
 それでもドイツの守備は大したものだった。交代出場した丸山や岩渕を含め、宮間や澤や永里の特長をよく理解し、ひたすら日本のよさをつぶす姿勢はさすがとしか、言い様がない。
 また後半終了間際、全員で心を1つにして、苦しいながら押し上げ、日本を押し込んだのもすごかった。正にゲルマン魂の極み、男の代表があのような状況で、アディショナルタイムに、無理矢理点を奪って勝つ場面を何回見せられた事か。しかし、この日は相手が悪かったのだが。

 丸山のシュートについて。
 その瞬間は当方も早朝歓喜絶叫状態で、川上直子さんの「カリナ、カリナ、カリナ、カリナ〜〜〜!」など全く耳に入らない程に興奮していた。しかし一方で、ボールがサイドネットを揺らすまで、「これは入る」とは全く思えなかったのが正直なところだ。それは角度が浅く、敵DFのスライディングも間に合いそうだったからだ。
 VTRでよく見ると、丸山は外に開いた姿勢から、よく踏み込んでファーサイドを狙いすまして、インサイドでボールを捉え、しかも敵DFに当たらないようにややボールを浮かしてシュートを放っている。何という難易度の高さだろうか。あれを決めるために、丸山が積み重ねてきた反復練習の回数を想像するだけで、信じ難い思いにとらわれる。
 この得点は「その場面」の劇的さによるものだけではなく、「その技術」の高さからも、長く日本サッカー史に刻まれるものとなるだろう。もちろん、澤の芸術的なダイレクトのスルーパスのタイミングと精度と共に。

 岩清水、熊谷、阪口、澤の守備の中央の4人の対人守備と、ボールを奪ってからの丁寧なプレイも取り上げない訳にはいかない。大柄な相手に、何らひるむことなく競りかけ、常に見事な駆け引きでボールをはね返し、奪い取った。そして、ボールを奪うや、多くの場合はいやらしいショートパスを回して、ドイツの前線選手を引き出し(これが敵の疲労を誘った事は上記した通り)、時には精度の高いロングボールを入れた。特に大会序盤は、やや雑なつなぎやフィードが目立った熊谷のパスが改善されていたのが愉快だった。まだ20歳の熊谷は、この厳しい究極のタイトルマッチで経験を積み、着実にステップアップをしているのだ。余談ながら、この4人がそれぞれ1枚ずつイエローカードを食らった事が、彼女たちのプロフェッショナリズムを示していた。

 この日、できが今一歩だった永里と岩渕。若くて伸び盛りのこの2人は、ドイツの厳しい守備の前に沈黙した。いや、厳しいだけではない、周到な事前調査による準備も相当なレベルのものがあった。さすがドイツだ。
 そして、重要なのは、この2人は、北京五輪からの完全な上積みだった事だ(もちろん、永里は北京でも定位置をつかんでいたが、ドイツで経験を積む事により、格段にたくましさを増している)。
 ドイツはこの日本の若い兵器を完全に押さえ、さらに上記したように徹底したチェイシングで日本の中盤のパスワークも殺した。北京五輪でのドイツのやり方は違っていた。ある程度、日本に攻めさせ、最終ラインの強さで守り、日本が疲労したところで、体格のよさを前面に出した攻撃で、得点を奪った。つまり、ドイツは北京の時とは異なり、日本のよさを徹底的に消そうとする戦いをしてきた。双方の戦闘能力差が、北京の時よりも小さなものになっていたからだ。そして、そのドイツの作戦は、ほとんど成功、日本は特に攻撃面でのよさを出せなかった。
 しかし、結果的にそのやり方は、各選手の体力を奪っていった。そして、終盤攻め切れず、最後の最後で澤の妙技から抜け出した丸山の完璧なシュートへと。これがサッカーなのだろう。

 準決勝の相手はスウェーデン。決して楽な戦いにはならないだろう。ドイツ戦で苦しみながら失敗経験を積む事ができた永里と岩渕に期待したい。
 そして、日本協会小倉会長にお願いしたい。おそるべき精神力を持つ彼女たちに、さらに奮起の材料を渡したい。青天井のボーナスの約束を。 
posted by 武藤文雄 at 23:50| Comment(8) | TrackBack(0) | 女子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
講釈、お待ちしておりました!
文章の端々から、誇らしさを感じました。

自分も同じく早朝歓喜(声を殺して)絶叫状態でした。
負けると思っていたので…。
おかげで録画できず、信じなかった自分を恥じているところであります。

両SBも素晴らしく、また監督の采配もよかったですね。

残念なのが審判です。
スウェーデン戦で、イングランド戦の審判が出てきたら…と思うと戦々恐々です。

アメリカvsブラジルも審判のジャッジがおかしかったですし、何とか改善して欲しいものですね。
選手達が素晴らしいだけに。
Posted by むさきち at 2011年07月13日 01:47
それにしても男女で審判の能力差が開き過ぎですよね
普段男子サッカーで微妙な判定に「なんでだよ〜」とか愚痴ることも多いけど
女子サッカーに比べればだいぶマシだったんですね
Posted by とめ at 2011年07月13日 03:54
準決勝、あのイングランド戦の審判らしいですよ・・・。
Posted by ぐりっそむ at 2011年07月13日 05:47
ボーナスも弾んでほしいけど、前にどなたかコメントしてましたが本気で女子W杯招致に本腰入れて欲しい。さすがにこれは韓国も横槍入れてこれないだろうし。

丸山ってなんか石川直宏とイメージがかぶります。石川がW杯出てたらこんな感じで活躍するんだろうなあって勝手に妄想。

まあでもほんとよくやったけど、やっぱりドイツ強かったですね。体の強さだけじゃなくて横綱相撲が取れる強さというか。一番差を感じたのが相手からボールを奪った後の球出しの精度の高さ。チームとしての意識統一もあったとも思いますが、奪った後の逆襲の速さはドイツのほうが怖かった。日本の場合は運動量と粘りでことごとく相手からボールを奪おうとするんだけど「奪う」のが最終目標になってしまっている感じで、奪う数は多いけどもそこから逆襲に持ち込むパターンが少ないのが気になる。逆に言うと逆襲の形を作りこむ事に成功したら横綱になれるのかなって感じです。

それでも小結が勝つ事もあるわけで。日本も今は横綱を目指している通過点だと思ってるんですが、まだまだがっぷりよつに組んで勝てる強さを手に入れるのは時間がかかるんだろうなあ。

そういう意味では武藤さんの予言どーり6試合ガチンコ勝負できる事になったのは少し時間短縮になるんでしょうねえ。
Posted by coffee at 2011年07月13日 07:15
武藤さんの講釈を読んで、感動の余韻が倍増しました(笑)。
愛情に溢れた見事な講釈ありがとうございます。

余談ですが、試合直後のインタビューで丸山が「岩渕からいいパスが来た」と言っていたのが印象的でした。パスを出したのが澤だと知らなかったんですね。岩渕がボールをトラップした時点で、もう丸山は裏を狙って走り出していましたからね。
Posted by くろも at 2011年07月13日 09:39
> 日本選手が倒れても、基本的にはファウルをとらず、一方ドイツ選手が倒れると日本選手のファウルをとる、と言う原則で行動していた。

私には審判は絶対買収されてるとさえ思いましたよ・・・。
あれがただのレベルの低さによるものならばあまりにも酷すぎる。犯罪的と言っても良い程に。
Posted by kt at 2011年07月13日 10:10
グループリーグAのアメリカvsスウェーデン戦は日本&中国の審判セットでした。

敗れたアメリカの新聞やネット上で?・・・日本の審判にやられた!なんて言われてたんですかね?

実際はどうかわかりませんが?W杯という舞台に立つために彼女達も選手同様に頑張り、努力してきたと私は確信しています。

確かに100の笛のうち?・・・あれ?と言うシーンはあったかもしれませんが?

私はどこの国の審判もリスペクトしています。FIFAが女子の主要大会は女子審判でやると決定しています。

歴史が浅い女子サッカー=女子審判もまだまだこれからだと思っています。

Jで活躍する日本女子審判の誕生も待ち望んでいます。時間がかかるかもしれませんが、その日を我々はじっくり待つべきなのではないでしょうか?

第1回大会当時と比べれば?女子審判のレベルは、格段に上がっています。

男子のW杯でも世界屈指の審判が選ばれています。でも、あれ?は多々あります。

審判は、勝負事に多大な影響を及ぼすわけですが?女子の大会をウェッブ・西村・イルマトフが担当すれば良いと言うものではないと私は思います。
Posted by 4級審判 at 2011年07月13日 16:47
素晴らしかった!
澤さんの勝ち越しゴール、思い出すだけで泣きそうです
(まだ泣くな、まだ泣くなよ、俺)

武藤さんの彼女たちへの賛歌、楽しみにしています

(ところで、パブリックビューイング、どこかでやらないんでしょうかね? オープン会場がまずければ、横浜か埼玉のアリーナあたりで)
Posted by dortmund06 at 2011年07月14日 14:10
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