2011年07月30日

森孝慈氏逝去について

 森孝慈氏が亡くなったとの報を聞いたのは、女子代表が合衆国と戦う直前だった。
 別に陳腐な事を言いたくはないが、日本サッカーに対して格段の貢献をした勇者が世を去ったのと、あの色鮮やかな決勝戦が、前後した事に何とも言えぬ想いを持ったのは、私だけではないのではないか。

 すぐに追悼の文章を書こうと思ったのだが、女子の決勝をまとめるのにも数日かかる状態で、すっかりタイミングを逸してしまった。たとえば今週火曜日発売のサッカーマガジンには、武智幸徳氏がいかにも氏らしい情緒豊かな文章を寄せている。これは必見だ。
 ともあれ、私なりに森氏について、述べたいと思う。

 60年代から80年代の日本サッカーを振り返ると、重要な節目のほとんどに森氏がいたのだ。

 ローマ五輪予選に敗れた日本は、4年後に控えた五輪予選に向けてクラマー氏を招聘。そこからの長期集中強化がメキシコ五輪の成功を生んだ事、そこで特定選手に集中し過ぎた事が70年代の低空飛行を導いた事は、よく知られた話だ。そして、メキシコ五輪代表の最若年世代が、早稲田の同級生でもあった釜本と森だった。
 したがい、森は(釜本と共に)、選手として60年代の栄光と、70年代の絶望の、両方を経験している。特に私が真剣にサッカーを見始めた70年代初頭、抜群の経験を誇る釜本と森は常に代表の中核。大杉山、宮本輝、横山、小城とメキシコ戦士が代表を去っていく中、この2人は代表において、圧倒的な存在感を発揮。残念ながら、かつてのように勝てなくなったチームで、誇り高いプレイを見せてくれた。森が敵との競り合いに打ち勝った後に、中盤後方から繰り出す、釜本に合わせる早くて速いロングバスは魅力的だった。でも勝てなかった。肝心のタイトルマッチでは、豪州、韓国、マレーシアと言った強豪には勝てなかったのだ。
 まあそれはそれとして、釜本はご承知のように「俺は絶望など知らない」お方だから...

 そして80年代序盤、少年サッカーの普及から、ようやく日本中から技巧に長けた若者があふれ出るようになり、代表が少しずつアジアで勝てるようになった時期。森氏は代表監督に就任し、その若者たち(つまり加藤久、金田喜稔、木村和司、水沼貴史ら)を率いる事になる。そして、あのピヤポンに粉砕された84年ロス五輪予選では、タイトルマッチの難しさにやられる弱々しい日本代表を見せてしまった。しかし、あの最後の最後まで行った85年メキシコ予選では、絶対にあきらめずにクールに戦い切る日本代表を見せてくれた。
 今思えば、あの2つの大会には、代表チームのタイトルマッチの全てがあった。技巧にすぐれた選手をそろえ、前評判では本大会出場有力と外国報道からも評価されながら、スカウティングの甘さからズタズタに崩されて初戦を惨敗し、その後修正できなかったロス五輪予選。加藤久、宮内聡と言う日本サッカー史に残る「戦える選手」と、木村和司と言う不世出の天才と、原博実と言う職人中の職人を組み合わせ(いや、その他にも松木安太郎、都並敏史、水沼貴史、西村昭宏、松井清隆など、語り始めればキリがないのだが)を起用し、タフにタフに戦い抜いて最終予選に勝ち残った精神的強さを軸にしたメキシコ予選。そして、戦闘能力差あった韓国に、必死の抵抗を見せるも完敗した事そのもの。
 そして、韓国に完敗した事で、氏はプロフェッショナリズムで先行する韓国に追いつくために、サッカー界のプロ化を主張。正に先駆的自らのプロ契約を要求し、時の協会首脳(つまり、長沼氏と岡野氏)に切られて野に下る。

 森氏は、Jリーグ黎明時に出身母体の三菱転じたレッズの監督に就任。福田正博をアジアのトッププレイヤに育て上げ、92年天皇杯とナビスコカップで好成績を上げる。ただし、肝心のJリーグでは、福田がJ開幕直前のワールドカップ1次予選で無理をし過ぎて体調を崩した事もあり、思うような成績を挙げられなかった。

 長沼氏が亡くなった時に、こんな文章を書いた。森氏は長沼、岡野両氏にとって、切り札中の切り札だった。なぜ、両氏は森氏を切ったのか。結果、森氏は90年代以降、日本協会で力を発揮する事はなかった。

 90年代以降の日本サッカーは、80年代以前には全く想像できなかったほど、とてもても幸せな世界だった。それでも想いは残る。森氏が60年代から80年代にかけて蓄積した豊富な経験を直接的に活かして、日本サッカー界(あるいは日本代表と言う狭い世界でもよいから)に直接貢献する道を選択してくれていれば。もっと、もっと、幸せな日々を歩めたのではないかと。

 いや、贅沢を言ってはいけない。
 現役時代に釜本に悠然と通した高精度ロングパス、監督としての苦悩と栄光。
 我々は、いざと言う時に頼りになる、あまりに重要な人物を失ってしまった。心より、ご冥福を祈ります。
posted by 武藤文雄 at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック