2011年12月30日

書評「監督ザッケローニの本質」

 年の瀬ゆえ、私が今年国内で出版されたサッカー本では、間違いなくベストと思っている同書について。
 イタリア在住の片野道朗氏がアントニオ・フィンコ氏と共著した本書は、正に表題どおり、ザッケローニ氏が一体どのような監督なのかを知るのに最適に一冊である。氏の監督としての経歴を丹念に描写した上で、それに関係した選手、フロント、同僚のコーチングスタッフらのインタビューを加え、ザッケローニ氏のインタビューで終える構成となっている。フィンコ氏はザッケローニ氏との親交が深いイタリアテレビ局の記者との事だが、インタビューの多くをフィンコ氏が担当し、片野氏がそれらの翻訳とザッケローニ氏の経歴を述べる本文を担当する役割分担で、この本は作られている。

 ザッケローニ氏のプロ監督としての経歴は84年に始まる。両親がホテルを経営する故郷の町チェゼナティコの同名のクラブが、セリエC2(実質4部リーグ)から降格の危機に瀕していた際にザッケローニ氏を監督として抜擢したのだ。当時、氏は30歳だった(就任時は同クラブのU15の監督をしていたと言う、強引に日本にたとえてみると、地域リーグなり県リーグでそこそこサッカーが上手だった若者が、地元の中学生を指導し成果を挙げていたイメージか)。以降、2010年にユベントスの監督を解任されるまでの26年間(つまり、日本代表監督に就任するまで)を、本書は丹念に追っている。
 全く無名の状態から始まった氏の地味ながら着実なキャリアアップ、そして98−99年シーズンのミランでの栄光、その後「場」に恵まれなかった苦悩。これらの氏の実績を、本書は淡々と描写してくれる。そして、それに関与したイタリアのサッカー人達へのインタビューが、その描写を分厚いものにしている。これらによって、まず第一に当然ながら、我らが代表監督の足跡も的確に理解できる。それに加えて、イタリアサッカー界の構造(具体的にはセリエAを頂点とするピラミッド構造、クラブ会長とコーチングスタッフと選手達の関係などだが)も理解できるのだ。特に氏がセリエC2、C1あたりからのキャリアアップを目指している頃の実態を、日本サッカー界の地域リーグあたりと比較しながら読むと非常に勉強になる。
 一連のインタビューも愉しい。中でも、氏をかつて解任した各クラブの会長のインタビューは、皆大いに笑えるものだ。いずれの会長達も、ビジネスで成功した上でサッカークラブの会長に就任したのだろうが、こらえ性がなく現場に干渉しては失敗している。そして、その言い訳が言い訳になってないのが、何とも愛らしいのだ。また、アルベルティーニ、ペルッツィ、トルド、そしてデルピエロら、超一流選手達が我らが監督を讃えているのは、何とも嬉しい。

 さらに、本書を読んで改めて感じたのが、氏との出会いの幸運。
 06年、10年とワールドカップが終わる度に、自国の代表監督を夢見て身体を空けていた氏が、結局その任に就けなかった事に大いなる失望を抱いていた事。しかし、そのおかげで、我々が氏を獲得できた事。これらを、我々は本書から読み取る事ができる。
 言うまでもなく、氏は就任以降、アルゼンチンに勝利し、アジアカップを獲得し、韓国を粉砕するなど、圧倒的な実績を挙げて来た。それだけでも、もちろん私は氏が最高クラスの監督である事を理解している。それに加えて、本書を読む事で、この男が、26年間に渡り、実に几帳面で生真面目に監督と言う仕事に取り組んで来た事、さらに日本サッカーを、自らの判断で心底リスペクトしてくれている事を理解できた。
 氏の日本サッカー評のいくつかを抜粋する。
 日本で仕事を始めた時にも、日本にはCFがいない、点が取れるストライカーが育っていないのが問題だ、と聞かされたが、実際に見てみたらまったくそんなことはなかった。前田はJリーグで2年続けて得点王を取っているし、チュンソン(李)もいいストライカーだ。視察を始めて2試合目が広島の試合だったのだが、彼は股抜きを5回も見せて、チップキックでゴールを決めた。よほど強いパーソナリティがなければできない芸当だろう?
 それと、日本はうまくいっている時はいいけれど、一旦失点したりリードされたりするとすぐ落胆してしまう、反発力がないとも聞かされた。でもアジアカップではほとんど全試合、困難に陥りながらそれをはね返して勝った。(中略)どれもすばらしい反発力の賜物だ。
 日本にはファンタジア(創造性)がない?なぜそう思うのか私には理解できない。Jリーグには創造性を備えた選手がたくさんいるじゃないか。日本人はあらゆる分野で創造性を発揮しているのに、どうしてサッカーだけそうでないというんだろうか?日本人は非常に正確できちんとしているが、同時に創造性にもあふれている。国際的な建築家がたくさん生まれているのもその一例だろう。
   
 ザッケローニ氏は、全く偏見を持たずに、我が国に降り立ち、自らの目で日本サッカー界を見始めた。そして、自らの判断により、日本サッカーを再評価し、世界の中に位置づけようとしている。だからこそ、改めて「氏に『ブラジル行き、そしてブラジルでの歓喜と絶望』を託して、よかった」と思えてくるのだ。

posted by 武藤文雄 at 11:19| Comment(1) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>ザッケローニ氏は、全く偏見を持たずに…自らの目で日本サッカー界を…

ドイツ大会後、南ア大会後という条件の違いこそあれ、ザッケローニ氏とは真逆のことをつらつら述べていたオシム爺さんは、いったい何なのでしょうねw
Posted by 田村修一&長束恭行ざまぁw at 2011年12月31日 08:20
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