開始早々の事だった。キックオフから攻めこもうとした日本の攻撃をヨルダンがはね返し、やや落ち着かない時間帯。ハーフウェイライン手前でボールを受けた遠藤が、右斜め前方約15mの長谷部へ、鋭く球足の速いグラウンダのパスを通した。
タイミングといい、強さといい、抜群のパスだった。
これを受けた長谷部が前を向いた瞬間、日本の「フェスタ」が始まった。そして、私は今日の大勝を確信した。遠藤は必ずしもオマーン戦では本調子とは言えなかった。しかし、この長谷部へのパスを見て、「今日の遠藤は違う、あの全軍を支配する遠藤が帰ってきた」と確認できたからだ。
以降、遠藤のプレイは冴えわたる。
5分、右サイドから中央に鮮やかな動き出しでペナルティエリア中央に飛び出してきた岡崎にピタリとロブを合わせる。岡崎は落ち着いて胸でトラップし、振り向きざま強烈なボレーシュートを放つが、ヨルダンGKシャフィに見事なセービングで防がれてしまう。オマーン戦では、再三岡崎や香川がすり抜けを見せていたが、比較的短い距離のパスへの呼応だったり、速攻からで敵DFが揃っていない時だった。しかし、この場面は守備ラインがしっかり揃っている上、相当後方からのパスだっただけに、すごかった。この攻撃で、ヨルダン守備陣はプレスのかけどころ、ラインの置きどころが完全に混乱したのではないか(アジアカップで日本に対してうまく守れた事も、混乱を助長した可能性もある)。
その後、18分に前田がCKから先制して間もない21分の事だった。内田のチェーシングにより、右サイドから流れてきたボールを受けた遠藤(ハーフウェイラインとペナルティエリアの真ん中ぐらいにいた)が、いかにも遠藤らしい冷静さで、浮かすキックでペナルティエリア内にラストパス。そのコースとタイミングが絶妙だった。敵DFどうしの中間、そして走りこんでくる本田圭祐。空間的にも時間的にも(まあ言ってみれば4次元ですな)「正にピタリ」のパスだったからだ。後から映像を見てみると、センタバックの位置取りが中に絞り過ぎていて左バックとの距離が開き過ぎていたのを認識した上で、本田の適切なフリーランを判断して、ここしかないポイントに最適なタイミングでパスを落とした訳だ。そして、そのまま本田が見事に抜け出し流し込んで2点差(この本田のシュートについては後述)。
さらに、ヨルダン選手の退場などがあり、状況があれこれ錯綜した後の30分、遠藤はハーフウェイライン越えたあたりの左サイドで短いパスで組み立て、全体を左側に寄せておいて、右オープンで抜け出そうとした岡崎にロングパスを通した。岡崎の切り返し後のシュートは敵に当たり、本田が詰めて3点差。これは古典的ゲームメークの典型、短いパス回しで敵守備陣を同サイドに集めておいて、長いボールで逆サイドを突き、一気に崩したものだ。
今期のJリーグ、遠藤のプレイは必ずしもよいものではなく、オマーン戦もミスパスが目立つなど今一歩の出来だった。けれども、このヨルダン戦、上記したように再三再四実に美しいプレイを見せてくれた。おそらく、ピーキングを次の豪州戦に向けているのではなかろうか、本人は自分にとって初めてになる五輪も視野に入れているのかもしれないが。
試合はその後吉田麻也が負傷退場。ハーフタイムで、ザッケローニ氏に「負傷に注意」とのお達しが出たのだろう。各選手とも全く無理をしなくなった。また、中3日の敵地での豪州戦も気になり始めたのだろう。フリーランも極端に少なくなった。結果、ダラダラとした試合となり、PKとCKから2点を加えたにとどまった(「とどまった」って、いくら相手が少なくて、ホームだからって、セットプレイからだって、45分で、決して弱くないヨルダンから2点とったのだから、文句を言ってはバチが当たるのだが)。ただ後半の内容には、気になる点が2つあった。
まず怪我を怖れての事だろうが、皆最初に当たる時に腰が引け気味だった。だから当たりが遅くなり、ファウルを多く取られてしまった。このような試合で一番危ないのは、敵が自分が警戒していない後方からアプローチしてくる時(前半2点差になって以降、長友や香川がそのような「危ない」場面を招いていた)。だから、密集から強引に抜け出した場合などに敵の位置取りを把握する事はとても重要だ。しかし、だからと言って最初の当たりが弱いと、かえって後手に回ってしまう。次の相手はフィジカルを前面に押し出してくるのは間違いないのだから、修正は必須だ。
憲剛が投入された後、香川が憲剛に近づき過ぎたのはいかがか。遠藤を交えた3人の秀でた技巧によるパス回しは見ていておもしろいが、あまりに狭い範囲では崩し切れない。あのやり方をするならば、前田がより積極的に外に開くなり、意識的に長友が前進するなり、左サイドを使える別な強引な選手を入れるなりしないと機能しづらくなる。贅沢だな。
ハットトリックした本田だが、振りの速い左足シュートが完全に型になりつつあるのが嬉しい。上記した遠藤のパスを受けた得点は正にその一例。そして、先制直前にペナルティエリア右外で、左サイドの香川からのパスを受けて、ダイレクトのグラウンダシュートで狙った(シャフィに好捕された)のはすばらしかった。そう言えば、オマーン戦の後半も左サイド角度のないところから、同様のシュートを放っていた(僅かに枠外に外れた)。本田と言う選手は、その左足から放たれるキックが最高の魅力な訳だが、そこに落ち着いたボールキープや、堂々とした所作が加わり、圧倒的な存在感そのものが武器。そこに、このようなシュート能力が加わると、さらなる魅力が加わる事になる。
吉田麻也の負傷離脱は非常に心配。この日麻也に代って入った栗原は6点目を含め、高さは相当のレベルにある事を改めて見せてくれたが、やはり判断力に課題がある。後半開始早々、手を前に出す明らかな反則をしてしまい、チームのペースを崩した(その後、ヨルダンに複数本のシュートを許した、重要な試合ではこのような細かな点が問題になるのだ)。槙野は、準備試合で起用すると攻撃ばかりアピールし、肝心の守備がおろそかなので、全く信用できない。伊野波は守備者としては問題ないが、今野と並べてCB起用し、豪州と戦うとなると、高さの問題が...
新たな選手は補充されなかった。おそらくザッケローニ氏は今野と栗原で行くのだろうが、ちょっと心配。
遠藤はすばらしかったし、6点とっての快勝だし、とてもよかった。
ただ、敵にペースを与えないと言う意味では、オマーン戦の方が内容はよかった。もっとも選手達も人間だ、大差がつき、なお残り時間を整然と戦うのは難しかろう。完璧を目指しては行きたいが、目指しながらも、全てが思うに叶わないからおもしろいのだな。
2012年06月09日
この記事へのトラックバック
[Soccer][日本代表]
Excerpt: 遠藤復活: 武藤文雄のサッカー講釈
Weblog: caprinのヲタ更正日記
Tracked: 2012-06-09 21:45
僕は「爺の魔空間に引きずり込まれていくヨルダン代表」…という言葉を思い浮かべながらTV観戦しておりました
ここであえて、天邪鬼的な見方をしますが、遠藤という選手の持ち味が生きていたのは、もしかするとオマーン戦のほうなのかもしれないと思っています。自分自身の調子がイマイチであっても、チーム全体としてのパフォーマンスおよび試合の決済をプラスに持っていける選手が遠藤かと。だからどの監督でも「一度使ったら手放せない」のではないかと思ったり
次戦豪州戦、現地でのパワー注入よろしくお願いします!
確かに現時点の栗原に不安要素はあるけども、この選手が「使える」ようになればCBの層の薄さも改善されるし、むしろこのまま今野吉田以外が微妙な状況を続ける方が後々の不安要素だと思います。
栗原は能力は高いんだから、重要な試合で活躍して自信を得て大化けして欲しいです(と、何年か前からずっと思っているわけですが・・・)。
今の代表は最終予選すらそういったテスト機会と捉えていいくらい余裕がある、なんて言うと楽観論過ぎるかもしれないけど、そう思えるほど安定して強い代表だなと思いました。