2012年11月07日

柴崎岳の「ボールを止める」技術

 2012年、ナビスコカップ決勝戦。この試合が、「柴崎岳の決勝戦」と記憶される事に異論を唱える方はいないと思う。そして、問題は「柴崎岳のはじまり」となるのかどうかと言う事にも。
 それにしても、あの柴崎の2得点に至る「ボールを止める」技術の繊細さを講釈するのは愉しい。また、少年指導に携わる立場からも、あの2つの「ボールを止める技術」が全国放送され、幾度もテレビニュースで流された事が嬉しい。

 少し試合にも触れておこう。勝負の分かれ目は、非常にわかりやすい試合だった。
 大前、高木の自慢の若手両ウィングを軸に積極的に攻勢をとったエスパルスだが、両翼からのクロスが単調で、ことごとく岩政にはね返され続けた。そして、勝負どころで、ドゥトラ、増田を投入したアントラーズが、鋭いカウンタを見せ、柴崎岳が鮮やかな個人技で2得点を決め、突き放した。
 エスパルスの攻撃が単調に終始した最大の要因は主将の杉山浩太の出場停止による不在。後半起用されたベテラン小林大悟は、意欲的にペナルティエリアに進出していたが、むしろ村松と並ぶ後方で溜めを作り、大前と高木が突破しやすい空間を作った方がよいのではと思ったのだが。
 一方、アントラーズですばらしかったのは、岩政だ。昌子の抜擢や、本田拓也の起用(柴崎を本来のボランチではなくサイドで起用した事を含め)が、あまりうまく行ったとは思えない。実際、エスパルスに攻勢を許したからだ。しかし、岩政の守備は完璧に近かった。
 的確な位置取りで、少々単調なエスパルスの攻撃を120分間に渡り、ハンマーのようにはね返し続けた。ある意味では柴崎以上の貢献と言えるのではないか。岩政は、元々空中戦は強い選手だったが、きめ細かな位置どりの修正に課題があった。しかし、ここ最近の岩政は、30歳を超えてその課題を克服した感がある。この日観戦していたザッケローニ氏が、吉田麻也のバックアップに岩政ではなく、栗原を選考し続ける事を不思議に思う。

 さて、柴崎に戻ろう。

 よく「サッカーの基本はボールを止める、蹴る」と言う方が多い。では「ボールを止める」とは、具体的にどう言う事だろうか。
 子供にサッカーを教え始める。
 自分に向かってころがってきたボールを「止める」ためにはどうするか。身体の力(特に肩の力)を抜く。来たボールをよく見る。ボールに触る瞬間に、微妙に足を引くなり、地面と足の間にはさむなりの感覚を覚えてもらう。
 そうこうするうちに、ボールの勢いは殺せるようになるが、それだと足下に入り過ぎ、次にボールを簡単に蹴る事ができない。そのために、自分のちょっと斜め前にボールを置くように工夫させる。
 次に敵の妨害を加える。そうなると、事前に回りを見て、敵をスクリーンしたり、敵から遠いところにボールを置く必要が出てくる。さらに、攻撃の方向を向く制限をつけると、あらかじめ身体の向きを適切にするために準備が必要になる。そして、それをよりトップスピードに近い状態でやらせると、よほど前もって考え、周囲を見ておく必要が出てくる。加えて...
 要は、「ボールを止める」とは、進みたい方向、敵との相対関係などを考慮しながら、次のプレイに最適な場所にボールを運ぶ事なのだ。それを成功させるためには、相当錯綜する判断と作業を一瞬のうちに行わなければならない。「ボールを止める」技術の上達とは、それらを一瞬の判断でまとめ上げる能力(早く始め、速く済ませるの両面で)の向上と言い換えられる。

 まず1点目。右サイドを前進したドゥトラの戻し気味のパスを受ける、後方から長駆する柴崎。トップスピードながら、中央からカバーに入った李記帝が全く届かないところに、正確に「ボールを止めた」。李記帝のファウル。もちろん、ペナルティキックだが、得点機会阻止と言う意味では、赤紙が出てもおかしくなかった。
 そして2点目。増田のサイドチェンジを右サイドで受けた西が、後方から長駆する柴崎に短く速い縦パス。柴崎に対応するのは、J屈指のセンタバック、ヨン・ア・ピン。柴崎は、トップスピードでヨン・ア・ピンに正対しながら、ヨン・ア・ピンの後方に「ボールを止めた」。アッと言う間に、ヨン・ア・ピンは置き去りにされた。柴崎に残されたシゴトは、自分の意図通りに「止めたボール」を、サイドネットに向かって蹴り込むだけだった。
 言うまでもなく、この難しいタイトルマッチの決勝で、これだけ高度な技術を、2回見せてくれたとすれば、それは偶然ではない。高校時代から将来を嘱望されてきたタレントが、このビッグゲームで、正に必然的な最高レベルの技巧の冴えを見せてくれたのだ。
 
 我々は、遠藤保仁も、中村憲剛も、香川真司も保有している。しかも、彼らの系譜を継ぐ、ハイレベルの技巧を駆使できるタレントが、さらに登場している。
 誠に結構な事態である。
posted by 武藤文雄 at 01:04| Comment(4) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
もう一回録画見てみよう
岩政がどれだけフィードを成功させたか
どれだけラインを下げているか

そんなわかりきったストロングポイント絶賛してるのは酒井のフィジカルとクロスだけ見てポジショニングとボール奪取技術を見ていないニワカと一緒

1トップの韓国人は磐田戦でも仙台戦でも競り合いはボロ負けだったよ
岩政が勝つのは当然

Posted by at 2012年11月07日 09:29
素人です。
二点めは偶然ないし、トラップミスにも見えますが、そうではないのですか?
Posted by at 2012年11月08日 21:31
ボールをトラップする際、接触する足を引くのは完全な間違いだとする意見もあるようですがどう考えられますか?
http://c60.blog.shinobi.jp/Entry/610/
Posted by はね at 2012年11月09日 00:27
あれはトラップミスだとだからという人を見かけますが、たしかにピンポイントで狙った場所に置けたわけじゃないと思うが、イメージ通りのプレーであった事はたしか。

じゃないと、あのボールにスムーズに追いつきDFを置き去りにする事はできないから。

トラップミスだから偶然のプレーと言ってしまうのは、あまりに短絡的で浅すぎる。
Posted by mako at 2013年01月01日 16:33
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