2004年01月13日

しつこく平山を考える

 昔と異なり、時間的な制約もあり、思うように高校選手権をじっくりと愉しむ事ができなくなってきている。とは言え、いくつかのチームを愉しむ事はできた。筑陽、滝川ニの切れ味鋭い個人技集約サッカー(両チームともMFからの持ち出しを個人能力で行うのに感嘆)、ベガルタ入りする大河内の守備力と正確なキック(萬代の方はニュース映像すら見られず残念)、宮内氏率いる新概念のチーム成立の出入り激しい試合(甥子さんにも期待したい)等々。そして中でも、1月2日の日記で講釈した立正大淞南の「勝利への執念」は、大変な発見だった。



 と、私のような不熱心なサッカー狂でも、愉しみを多数発見できる大会だったが、例によってマスコミは平山一色。例年だとそのような報道に「おいおい」と言いたくなるのだが、さすがに今年だけは仕方が無いかなとも想う。スケールの大きい選手が平山とカレン、増嶋だけだったかどうかはさておき、優勝チームのエースストライカがここまで派手な活躍をしたのだから。



 昨日も吹いたように、私も平山の活躍には浮かれている。昨年は長身を利した空中戦での得点がほとんど。一方、準決勝までの得点は見事なトラップとボールコントロールで、敵を外しつつ強いインステップキックが蹴れるポイントにボールを完璧に置くパタン(しかも、左右両足!)。決勝の6点目も同じ形、ただしこの6点目は、敵DFに正対状態で平山が「来る」事が十分に読まれている状態から、フェイントとスピードで抜き去ったのだから、単純な個人技の高さは素晴らしい。

 ところが、決勝の2点目は全く異なるパタン。逆襲から自らのドリブルを起点として、左に展開、その瞬間展開方向に向けダッシュしマーカをボールサイドに引き付け、マーカがドリブラを見た瞬間に右方向に向きを変え(マーカの視野から消える)、センタリングに対応する時はフリーとなっていた。おそらく、左に展開する直前から、平山には「どのようにして得点するか」のイメージが完璧にできていたのだろう。この選手は、個人能力が高いだけではなく、得点を生み出す創造性も具備しているのだ!(確かにワールドユースのエジプト戦の得点も、谷澤のスルーパスを受ける前から、イメージが出来ていた)



 気になったのは、6−0になってから2回決定機を逸した事。1度目は、右サイドからのセンタリングを無人のゴールに押し込もうとしたが、体勢がやや悪くてしっかりミートできず、シュートは枠を捉えるが、DFにかき出される。2度目は、味方とのパスワークでGKまで抜き去り、完全にフリーになりながら、カバー(と言うより捨て身のブロックしてきた)敵DFにぶつけた。

 ここまで、ゴール前で実に冷静なプレイを見せていた平山とは思えない凡プレイだった。6点目のゴールでの個人技に満足しきっていて気が抜けたのか、それともフリー過ぎる状態は苦手なのか。
posted by 武藤文雄 at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 若年層 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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