2005年10月28日

思い出は美しすぎて

 ロスタイムに失点し、2−2で試合が終わった後、ゴール裏にいた我々は、他の試合の結果を知らなかった。同じドーハ市内の他会場で行われていた、サウジ−イラン戦、韓国−北朝鮮戦、いずれかの試合が引き分けに終わっていれば、我々が合衆国に行く事ができる。したがって、主審が終了の笛を鳴らした時点で、我々は絶望はしていなかった。しかし、眼前で選手たちは悲嘆にくれている。ダメなのか。それでも、我々は一縷の望みを感じていた。記者席にいた師匠が、大きな身振りで×を示すのを、見るまでは。



 その約50分前、ハーフタイムの事だ。一緒に観戦していた大先輩(東京オリンピックから代表を応援し、メキシコ五輪でのベスト4入りを予想したと言う伝説の持ち主)と、語り合っていた。私が言った「時計がこのまま後45分進んだならば、ワールドカップと言うものに行かれるんですよね。」経験豊富な大先輩ですら認めた。「無事、このまま進んでくれればね。そうなるように、さあ、応援しよう。」

 私は、あまりに若く経験不足だったのだ。

 

 イラクの猛攻。そして名手アーマン・ナディの美しい得点で同点。さらに追加点をも奪われた。しかし、主審はこのゴールをやや不可解な判定で認めず。同点のまま試合は継続。

 そして中山。時計は進む。終了直前、福田の強烈なシュートが僅かに枠を外れる。この時点では、ちょっと悔しいだけだった。

 しばしば終了間際にセンタリングを上げた武田の責任と言う論評が多いが、間違ってはいけない。武田のセンタリング、それをはね返したイラクの逆襲。森保がその攻撃を見事なタックルで防ぎ、ラモスにつなぐ。ラモスは左サイドで走り出したカズを狙ったパス、しかし短くカットされる。そこから、イラクの逆襲。ニアサイドに飛んだシュートを松永がCKに逃げる。そして...



 試合終了後の記憶はほとんど無い。呆然としていたのだ。

 1つだけ。

 皆があまりの悲しさを味わっていた。しかし、その表現方法は人それぞれ異なる。

 一部の若者たちは、早くも未来に向き合おうとしていた。「フランスへ行こう」と歌いだしたのだ。前を向く事ができるのは若者の特権だ。

 一方、過去の惨状を思い起こし、「またダメだった」と言う絶望に押し潰されそうな年長者たちの一群。若者たちが「フランスへ行こう」を歌い出したとき、怒りが爆発した。

 お互いの口汚い罵り合い。そもそも、ほんの1年前のアジアカップ初戴冠の時は、90分間立って応援するサポータなど、せいぜい100人程度だったのだ。それが、Jリーグ効果もあり、たったの1年で数万人になり、ドーハにも1000人以上の人々が来ていた。応援の方法論だって、まともに確立しておらず、世代間の対立などがあり、スタンドは一体感とは程遠いものだった。

 自慢させていただく。その罵り合いを諌めたのは私だ。何の事は無い、静かに呆然とした感覚でいたかったからなのだが。



 ドーハのホテルでは、宿泊客専用のバーがあり、外国人には酒精を飲ませてくれる。しかし、絶対的に酒精の量は少なく、自棄酒には至らない。実は審判団が同じホテルに泊まっており、バーにやってきた。サッカー狂会創設者が突然、審判に殴りかかりそうになるのを、慌てて羽交い絞めにして止める。



 翌朝空港で。師匠は、復帰したマラドーナが登場するプレイオフを観に豪州行きの便に乗る。羨望の想いを抱きつつ私は言った。「でも、昨日の試合よりも、心が揺さ振られる試合は、もう見られないよね。」2人で苦笑いしていたら、「いい事言うじゃないか」と肩を叩いてくださる方がいた。Y新聞のU記者だった。ちょっと嬉しかった。もっとも、私は間違えていた。4年後、ジョホールバルと言う都市で、もっと心を揺さ振られる試合を観ることになる。



 帰国後、日本中が悲しみに浸っていた。

 改めてサッカーの素晴らしさを知った。人が死んだ訳でも傷ついた訳でも無い。生活に困る程にカネを失った訳でも無い。それでも、これだけ悲しい想いを味わう事ができる。
posted by 武藤文雄 at 23:47| Comment(4) | TrackBack(0) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
NHKの放送が、東京のスタジオに戻ってきた時、女性のアシスタント(アナウンサーだったかも)だけが、番組の進行を進めようとしていましたね。本人には悪気はないのですが、あきらかに彼女の中には、FOOTBALLの血はながれていませんでしたね。
Posted by TACCI at 2005年10月29日 15:54
自分的にこの話題にコメントできるには、もう12年は必要だろうな。やっぱり武藤さんは大人ですね。
Posted by Unknown at 2005年10月30日 00:28
ああ、12年たったのですね。<br />
そういやあの夜、電話で号泣した相手は当時婚約中の前妻だったんだなあ・・・なんて無用なことを思い出しました。<br />
二重にほろ苦い思い出です。<br />
Posted by えっと今回は匿名で。 at 2005年10月30日 10:07
改めてサッカーの素晴らしさを知った。人が死んだ訳でも傷ついた訳でも無い。生活に困る程にカネを失った訳でも無い。それでも、これだけ悲しい想いを味わう事ができる。<br />
<br />
<br />
↑涙が出ました。。。<br />
サッカーってすばらしい。<br />
チャンスは4年に一度。もっと世界最高峰の大会を頻繁に見たい気もするが、この4年に一度しか回ってこないチャンスを巡ってドラマが起きる。<br />
これからもすばらしいドラマをよろしく、サッカー小僧たち。<br />
Posted by Rudy at 2006年05月17日 22:40
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