2013年10月30日

忘れたいが忘れてはいけない過去2013

 また、この日がやってきた。あの信じ難くも悲しい事件。そして、その第一報が流れてから、早くも3.75ワールドカップが経過した事になる。

 時は流れた。
 先日愛読しているブログで、こんなエントリを読んだ。そうか、もう本件は遥か彼方昔の話で、当時を知らない若者が、多数サッカーを愉しんでくれているのだなと。これはこれで、嬉しい事だ。そして、そのような若い方々が、過去のあり得ない歴史を、拙作を通して知ってくれるならばありがたいと思う。忘れてしまいたい忌々しい出来事だったが、過ちを絶対に繰り返さないために絶対に忘れてはいけない事件だったのだから。
 先日、Jリーグ当局は、大変愚かな決断を行った。とは言え、どんな愚かな決断が行われても、クラブの存続さえあれば、我々はそこに集える。けれども、愛するクラブそのものが消滅してしまうと、もう何もない。選手、首脳陣、スタッフ、サポータ、そのようなクラブを愛する事で集うた人々に、何も残らないのだ。そのような残虐な意思決定を、私は憎む。許せない。だから、先日の愚か極まりない決断は、あの3.75ワールドカップ前の意思決定と比較すれば、格段にましである。

 とにかくフリューゲルスは消滅した。

 一方、横浜FCと言うクラブがある。これも以前述べたが、横浜FCは、横浜フリューゲルスではないし、後継クラブでもない。けれども、「横浜FCは、ある意味において明確にフリューゲルスと言うクラブの後継クラブ」である事は間違いない。フリューゲルスと横浜FCにつながりはない。けれども、フリューゲルス騒動の最中に生まれた横浜FCと言うクラブは、当時のフリューゲルス消滅騒動の影響もあり、超法規的措置でJFL参入を認められた。本来は地域リーグからスタートしなければならないのに。だから、私は「横浜FCは、ある意味において明確にフリューゲルスと言うクラブの後継クラブ」と言わざるを得ないと考えている。
 横浜FCは当時のフリューゲルス主将の山口素弘を監督に、J1復帰を狙っている。
 そして、吉田孝行が引退すると言う。吉田は大好きな選手の1人。若い頃、小柄ながら独特のタイミングのシュートの巧さでならしたこのタレント。幾多の経験を積み重ね、攻撃ラインで様々なシゴトができる名手となった。少々唐突だが、吉田の振る舞いで忘れ難いのが、このエントリ終盤の場面。本当に知的な選手だった。
 冒頭のリンクで述べたフリューゲルス最後の試合での決勝点。美しい得点だった。その吉田がピッチを去ろうとしている。私はあの美しい決勝点だけを覚えていたい。でも、それは許されない事だ。将来に渡り、日本サッカー界が再び致命的な過ちを犯さないように。私は1998年10月29日から99年1月1日に渡って行われた悲劇的事件を、絶対に忘れない。
posted by 武藤文雄 at 01:31| Comment(2) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今年もありがとうございました

昨日、三浦淳宏選手の引退試合が行われましたが、仕事で行けず悔しい思いをしています。バックスタンドで観戦している目の前をギュンギュン駆け上がっていくアツの姿が思い出されます

無回転で曲がりすぎるので誰も合わせられないCKも
楽しかったな〜。ありがとうアツ!
Posted by Dortmund06 at 2013年11月05日 20:08
久しぶりに三ツ沢に行きました。

ATSUというより吉田の引退試合とのことで観戦しました。私が選手にレターを出したのは吉田とカズだけでしょうか。カズには負けてるけど、長い現役でした。思ったような選手でした。
今後は指導者とのことですので更に頑張ってもらいたいです。
Posted by Yan at 2013年11月09日 00:29
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