2015年09月19日

クラマーさん、ありがとうございました

 デッドマール・クラマー氏逝去。
 いつかこのような日が来るのはわかっていたし、90歳での逝去と言えば、天寿を全うされたと言う事だろう。心からご冥福をお祈りします。そして、ありがとうございました。

 ともあれ、自分なりの想いを書かなければなるまい。

 コーチとしての日本サッカーに提供していただけた直接的貢献は言うまでもない。東京五輪準備段階からメキシコ五輪まで、断続的に日本代表長沼監督を補佐する形態で指導、メキシコ五輪銅メダル、あるいは釜本邦茂。
 その技術指導の見事さは、直接指導された方に語ってもらうほうがよかろう。

 まずこの方から。
(前略)社会人、大学生が対象だったが、(中略)山城高校から二村、長岡、ぼくの三人が、特別参加した。(中略)
 「そこの大きいの。ちょっと出て来て」
 集団の中からぼくが引っ張り出された。
 ポーンとボールを投げてよこす。ヘディングだ。威力のないボールが少しそれて返っていく。
 クラマーさんが今度はやる。びっくりするほど加速されたボールが、投げたぼくの手元へ”バシッ”と戻ってきた。
 トラップ、トップスピードのボール扱い。うまくいかない。小さな男は、見事にやってのけていった。
「この男のようにしちゃいかん」
 まるで、悪いほうの見本にさせられて、ぼくはがっくりするとともに
”何てすごい人なんや、こんなすごい人がいるんか”
 驚きを、どうすることもできなかった。
 ボールをもらい、トラップして、くるり振り返ってパスを出す。
「いかん、いかん、ロスが多過ぎる。こうやるんだ」
 すごい早さで、正確に、クラマーさんは何でもやってのけた。
(釜本邦茂著、「ゴールの軌跡」より)


 次にこの方。
 ユース代表の合宿地、デュイスブルグのスポーツ学校へ行くと、DFBのコーチ、クラマーが受付でわたしを待っていた。(中略)
 クラマーはわたしにサッカーの戦術をくわしく講義してくれた最初のコーチだった。黒板に向かい、白ぼくで線を引き、一人ひとりの選手の動きを書いた。どうやったらプレーヤーがフリーなポジションを作れるかを説明した。ボールを持っていないときの、プレーの重要性を強調した。
 クラマーの講義は、わたしには目新しいものではなかった。というのは、それがわたしがいつもやっていた方法だったし、自然で合理的なプレーのやり方だったからである。
 ただ、わたしにはクラマーの話し方は印象的だった。彼は非常に具体的に話したので、彼の言葉はわたしの頭の中にしっかりときざみこまれた。
(フランツ・ベッケンバウアー著、鈴木武士訳、「わたしにライバルはいない」より)


 もっとも。クラマー氏が日本サッカー界に残してくれた功績は、上記の直接的なものより、これから述べる間接的なものが大きいのではなかろうか。東京五輪後の5提言はあまりに有名だ。
1. 国際試合の経験を数多く積むこと。
2. 高校から日本代表チームまで、それぞれ2名のコーチを置くこと。
3. コーチ制度を導入すること。
4. リーグ戦を開催すること。
5. 芝生のグラウンドを数多くつくること。

 考えてみると、この50年間に渡り、日本サッカー界はこの提言の実現を粛々と目指し、今日の繁栄を得たように思えてくる。そして、我々はドイツのようなサッカー大国にある程度は近づく事ができた。しかし、こうやって近づく事ができればできるほど、明確で具体的な差が見えてくる。
 1975年にクラマー氏は、ベッケンバウアやゲルト・ミュラーを擁しバイエルンミュンヘンを率い、欧州チャンピオンズカップ(チャンピオンズリーグの前進)を制した。その折に「人生最高の瞬間ではないか」と問われ、「最高の瞬間は日本がメキシコ五輪で銅メダルを獲得したときです。私は、あれほど死力を尽くして戦った選手たちを見たことがない。」と語ってくれたと言う。40年前の当時、日本代表がドイツ代表(当時は西ドイツですな)と、互角に近い戦いができるとか、多くの日本人選手がブンデスリーガで中心選手として活躍するなど、誰も想像できなかった。確かに我々は接近する事には成功したのだ。
 けれども、日本代表がドイツ代表と互角の戦いを演じ、(例えばバイエルンミュンヘンのような)欧州の本当のトップレベルのクラブで日本人が大黒柱として活躍するためには、まだ「何か」が足りない。この「何か」を埋めるためには、我々はクラマー氏の教えを追うのみならず、我々独自の手段を考え抜き、行わなければならないのではないか。
 氏の訃報を聞き、そんな事を考えた。

 ただし、氏の提言を乗り越える際にも、氏の教えは有効だ。氏は、銅メダル獲得直後に「試合で勝った者には友人が集まってくる。新しい友人もできる。本当に友人が必要なのは、敗れたときであり敗れたほうである。私は敗れた者を訪れよう。」と語ったと言う。これは人生にとっての箴言なのは間違いないが、サッカーに絞って考得たときに、あまりに重い意味を持つ。勝った時の友人のいかに多い事か。
 優れた師を持てた事を誇りに思い、粛々とサッカーを愉しんでいきたい。繰り返します。ありがとうございました。
posted by 武藤文雄 at 17:52| Comment(1) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今回のエントリ感動しました。
世代も違う、関係ない自分でもこうやって先達の教えを聴くことが
出来ることが本当にありがたいです。
Posted by shanc at 2015年09月20日 20:31
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