2015年12月30日

澤去りし後

 澤穂希引退。

 引退を宣言し、最後の大会として選択した皇后杯で、堂々の優勝。それも決勝戦の終盤に、決勝点を決めてしまうのだから恐れ入る。スーパースタアの所以と言えばそれまでだが、引退を決意してもなおその個人能力が他を圧していると言うことだろう。実際問題として、今大会中盤奥深くで敵の攻撃を刈り取る妙技と落ち着いた展開は、今なお格段のものがあった。準決勝、ベガルタはアイナックに敗れたのだが、澤の存在は忌々しさは格段。数日前の横浜国際で堪能したマスケラーノの読みの冴えを思い起こした。
 個人能力は未だ他を圧しているものの、澤が引退を決意したのは、ひとえにモチベーションの問題なのだろう。引退記者会見で、「心と体が一致してトップレベルで戦うことがだんだん難しくなったと感じたから」と語ったと報道された。アスリートとして考え得る最大限の栄光を手にした澤だからこその思いと言うことか。例えば王貞治、山下泰裕、千代の富士と言った方々が、引退時に類似の発言をしていたのを思い出した。
 その状況で、最後と選んだ大会に、見事に合わせ、結果を出すのですからねえ。長い間、本当にありがとうございました。

 で、今日のお題。
 澤去りし後の、日本女子サッカーは、どうなるのだろうか。

 とても不安なのだ。
 不安なのは、澤とその仲間達の実績があまりに素晴らしかったこと、そのものだ。それにより、一般マスコミが世界一、あるいはそれに準ずる成績を当然と考えてしまうのではないか。そして、それに至らない時に非常に低い評価を与えるのみならず、罵詈雑言を飛ばすのではないか。あるいは、まったく無視をしてくるのではないか。それを、どうこう不安視しても仕方がないのかもけれども。

 澤の日本代表の経歴を振り返ると、3つの時代に分けられる。
 まず、1990年代。澤が10代後半から20代前半で、木岡、野田、高倉、大部、大竹姉妹ら、澤より年長の選手が活躍していた時代だ。当時は、中国や北朝鮮に勝てることはほとんどなく、世界大会に出ても欧州勢に歯が立たなかった。一方で当時のLリーグは、Jリーグバブルの影響もあり、海外のトッププレイヤが続々と参加していた奇妙な時代でもあった。
 2000年代前半。澤は20代後半。酒井(加藤)、三井(宮本)、川上、小林、荒川ら、澤と同世代の選手が中軸の時代。澤より年長選手としては磯ア(池田)が活躍した。この時代になり、ようやく北朝鮮や中国と互角の戦いができるようになり、世界大会でも他地域の代表国に勝てるようになってきた(たとえばこの試合)。単に強くなっただけではなく、小柄な選手達が素早いパスワークで丁寧に攻め込み、組織守備で粘り強く守る、いわゆる「なでしこのスタイル」を、世界で発揮できるようになってきた。アテネ五輪でのスウェーデン戦の完勝は忘れ難いものがある。
 そして2000年代後半以降、澤より若い世代が台頭。宮間、大野、岩清水、川澄、阪口、熊谷、永里(大儀見)らが、澤を軸に戦うおなじみの時代である。分水嶺は2006年の東アジア選手権で、中国に完勝した試合だった。以降、日本はアジアで紛れもない最強国となった。そして2008年北京五輪では、再度地元中国に完勝し、ベスト4を獲得。さらに2011年の歓喜獲得(そしてこの妙技)につながっていく。さらに素晴らしいのは、「世界一」獲得後の、世界大会でも強国の地位を継続したことだ。トップになることそのものはとても難しいことだ。しかし、その地位を維持することは、もっと難しいことなのは言うまでもない。そして、澤とその仲間達は、それを実現し、今日に至っているのだ。

 繰り返すが、なでしこジャパンが、アジアで「トップレベル」と言ってより地位を確保したのは、2004年から2006年あたり。それから、たったの数年で澤とその仲間達は世界一を獲得し、さらにその地位を4年間維持し続けているのだ。これを快挙と言わずして、何と言おうか。そして、この快挙の輝きはあまりにもまぶし過ぎる。
 もちろん、この約10年間で、日本の女子サッカーのレベルは格段に向上した。10年前、北朝鮮や中国に苦戦していた時代、左足でしっかりボールを蹴ることのできる代表選手は少なかった。しかし、今のなでしこリーグの強豪チームならば、いずれの選手もボールを受ける際に、しっかりと敵陣を向いて左右両足でボールをさばくことができる。若年層の代表チームを見ても、技巧や体幹に優れた選手が多数輩出されているのも確かだ。さらに多くの関係者の地道な努力もあり、長年の懸念となっていた中学世代のサッカー環境も、少しずつ改善されている。
 けれども、だからと言って、なでしこジャパンが、現状の世界トップの地位を維持できるかどうかは、わからない。むしろ、一連の女子ワールドカップや五輪の盛況により、多くの国が強化を推進していることを考えると、容易ではなかろう。例えば、アジアのライバルを考えても、豪州、北朝鮮、中国は、常に体格のよい選手を並べてくる。韓国は、世界屈指のスタアになり得る池笑然を持つ。つまり、アジア予選でさえ、相当厳しい戦いになる。そして、欧州勢。先日のオランダへの苦杯は記憶に新しいが、たとえばイングランドが今年の痛恨を忘れるとは思えない。もはや、難敵は合衆国、ドイツ、フランスだけではない。
 しかも、サッカーと言う競技は極めて不条理。戦闘能力が高く、駆け引きに長けていても、勝てるとは限らない。男のアルゼンチン代表は、ワールドカップの度に、世界屈指のチームを送り込んでくるが、昨年決勝に進出したのは、実に24年振りだったのだ。

 そして、もう澤はいない。
 宮間たちが、いかに努力しても、思うような成績が挙げられない時代が来るかもしれない(常に最高の努力を見せてくれる、宮間達に甚だ失礼なことを語っているのはわかっているのだけれども)。冒頭に述べたが、もしそうなってしまったときに、一般マスコミがどのような態度に出てくることか。
 だから。サッカー狂を自負する我々は、冷静にありたい。彼女たちがすばらしいプレイを見せてくれれば感嘆し、よくないプレイを見せたときには批判をする。そして、目先の結果に一喜一憂せずに、重要な大会の結果を大事に見守る。そして、努力する選手達に尊敬を忘れない。
 そのような対応こそが、澤穂希と言う希代のスーパースタアに対する、最大限の感謝につながるのではなかろうか。
posted by 武藤文雄 at 21:58| Comment(4) | TrackBack(0) | 女子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本稿を読んでちょっと感動してしまいました。
今後も冷静でありつつ、乱暴な意見には冷静に淡々と反論していきたいと思います。
Posted by むさきち at 2015年12月30日 22:30
サッカーという競技の特性だとすればどうしようもないことだと思います。例えば”マジックマジャール”後のハンガリーの可能性もあるでしょう。でも日本の国力を含めたサッカーのポテンシャル・可能性を考えれば女子サッカーは今後も輝いてくれると信じたいです・・・!
Posted by at 2015年12月30日 23:45
4種の女の子の関しては、複数登録OK(女子チーム、自分のチーム)でいいんじゃないの?と思います.
神奈川の状況はわかりませんが。
Posted by naname at 2015年12月30日 23:57
年代別WCですが、U-17で、2010準優勝、2014優勝(しかも圧倒的強さで)、U-20でも2008でドイツ、カナダに勝利、2012で3位と結果出してきてますし、私は楽しみです。2016のオリンピックは厳しいかもしれないが、2016 U-20, 2019 WC, 2020 オリンピックは楽しみです。
Posted by at 2015年12月31日 10:54
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