2018年06月24日

エカテリンブルグに向かう道で

 いきなり初戦で勝ち点3獲得と、理想的に大会をスタートできた。

 相手が10人になってしまったのが幸運だったのは間違いないが、その退場劇を生んだのは大迫の見事な個人技と、香川の落ち着いたシュートの賜物である。日本が適切な攻撃で、コロンビア守備網を破ったから、この幸運が舞い降りたのだ。

 また、後半の戦い方はとてもよかった。10人で後方に引いたコロンビアに対し、素早く左右にボールを回しながら、大迫の格段の引き出しのうまさを活かし、両サイドで数的優位を作り、幾度も好機を生むことができていた。人数が減ったチームに守備を固められて攻めあぐむことがよくあるが(典型例が、ブラジル大会のギリシャ戦)、この日の日本はとてもよかった。各選手の相互理解と体調は上々、よい状態で大会に入れたと言うことを素直に喜びたい。

 前半、中途半端な攻撃を試みてコロンビアの速攻に悩まされたことを非難する向きがあるようだ。確かにあのような状況では、後方でじっくりボールを回し、コロンビアを前に引き出せばよかっただろう。けれども、晴れのワールドカップの初戦で、いきなりPK退場で先制してしまったのだ。我らが代表選手達は機械ではなく人間である。そこまでリアリズムに走れなかったことを、私は否定しようとは思わない。

 また体調不良のハメスを投入した、敵将の失策を指摘する方もいるようだが、私はそうは思わない。あれだけ日本が攻勢をとっていたのだ、あれを放置したら、いつか失点していた可能性は高い。ペケルマン氏が、ネームバリューがある(さらに、日本にとっては4年前のトラウマもある)タレントを前線に起用し、日本が後方により気を使う状況を作ろうとしたことは、1つの考え方だったろう。氏が何もしなければしないでも、あの日本の勢いある攻撃をコロンビアが止め切れたとは思えない。

 ともあれ、日本は幸運をよく活かし(怪しげな判定のFKによる失点と言う不運もあったが)、初戦勝ち点3獲得と言うベストに近い結果を残すことができた。しかも、ほぼ90分間に渡り10人の相手と戦ったため、次戦の相手セネガルは、日本がどのように戦ってくるかの予想が非常に厄介な状況となっている。これらを含め、まずはめでたいことだな。


 昨晩は、エカテリンブルク近郊のチャリビンスクと言う町に泊まり、競技場に向かうバスの中。一本道の左右は、白樺の森か草原が果てしなく広がる。このあたりの白樺は、ロシアでも最も白く美しいことで有名とのこと。


ちょっと豆知識。

セネガル戦が行われるエカテリンブルグは、大昔は流刑地で、ロマノフ王朝最後の皇帝ニコライ2世一家が惨殺された都市とのこと。と言う事で、モスクワ行きのアエロフロート内で「最後のロシア皇帝(植田樹著)」と言う本を読んだ。絵に描いたような付け焼き刃w

エカテリンブルクはウラル山脈の東で、当時のロシア人からすればシベリアの一角。

 ソビエト革命政府が逮捕していた皇帝一家をエカテリンブルク近傍の地に送る決定をしたとのこと。その背景がすさまじい。帝政ロシア時代、歴代の皇帝により、多くの革命家や進歩的知識人が同地近郊に送られた。ニコライ2世もレーニンを含む多くの革命家をシベリア送りにしていたそうだ。

そして、ロシア革命の成功で、多くの革命家がシベリアから解放され、首都のペテログラードに帰ってきている。逆に、そこにニコライ2世一家を送り込むことそのものが、革命家たちの圧政者への報復だったとのこと。

 ロマノフ朝が滅びた要因の一つに、日露戦争があったことはよく知られている。その最後のツァーリ(皇帝)一家が流され惨殺された都市で、私達がアフリカの強豪とあいまみえる。このような地に、ニコニコと皆が集まり、サッカーと言う究極の娯楽を楽しもうとしている。

 歴史の雄大さと平和の尊さを感じずにはいられない。


 などと考えると、今晩の歓喜が一層のものになるのではないかと。

 いま私にできることは、長谷部とその仲間たちが全力を発揮してくれるべく、声を枯らすのみ。

 がんばりましょう。


posted by 武藤文雄 at 17:17| 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする