2020年03月08日

大野忍引退。


 もう先月の話となるが、大野忍の引退が報道された。
 女子選手では、一番好きな選手だった。男女含めて、日本サッカー界が育んだ最高の知性派選手と呼んでも過言ではないと思っている。

 元々、大野は格段の得点力を誇る純正のストライカだった。技巧も確かだが、何よりすばらしいのは、その狡猾な位置取りと駆け引きの巧みさだった。
 ところが、当時の代表監督佐々木則夫氏は、大野を中盤に起用することが多かった。中盤に起用された大野は、一番肝心な敵ゴール前で息切れし、再三決定機を外すことが多かった。あの2011年初戦でニュージーランドを振り切った試合後に、私は佐々木氏の大野の中盤起用に疑問を呈した。
そう言う意味で鍵を握るのは、大野だと思う。大野は、開始早々敵陣でボールを奪うや、美しいロブのパスで永里の得点をアシストしたのは見事だった。けれども、その後幾度も好機をつかみながら、ことごとくシュートを枠に飛ばすの失敗。これは、小柄で必ずしもフィジカルに恵まれているとは言えない(本来最前線でプレイする)大野が、相当後方から疾走する事で最後のフィニッシュまで体力が残っていないと言う事だと思う。
 しかし、私の視点はあまりに狭く、佐々木氏は正しかった。あの決勝戦の前半、アメリカ合衆国が澤穂希と阪口夢穂のボランチ2人に強烈なブレスをかけてきたことで、日本は完全に押し込まれる。しかし、大野が強引かつコース取りが絶妙なドリブルで、幾度も単身攻め込むことで、日本は苦境を脱した。
ここで苦境を救ったのは大野だった。他の中盤の3人が、合衆国のプレスに押し込まれる中、忠実に守備をこなしつつ、幾度も前進し好機を演出した。判断のよい素早い前進と、正確なファーストタッチと、加速のよいドリブルを駆使して。安藤に通したスルーパスが、もう数10センチ内側に通っていたら、日本は前半に先制できるところだった。もちろん、合衆国の守備陣の網が、その数10センチを許してくれなかったのだが。この大野の奮闘があったからこそ、合衆国の序盤の猛攻は、30分過ぎにとだえた。最も得点が期待できる大野の中盤起用には再三疑問を述べてきたが、佐々木監督の慧眼に脱帽。これはワールドカップの決勝戦、大野のプレイに78年のアルディレス、94年のジーニョを思い出した。
 サッカーの常識では、点をとれる選手に「いかに点をとらせるか」がメインの課題となる。しかも、中盤には澤穂希と宮間あやと言う飛び切りのタレントがいたのだ。しかし、佐々木氏はこの2人を抱えながらも、格段のストライカだった大野の知性と言う格段の能力を、得点以外の機能に活用し、世界一を我々に提供してくれた。それにしても、あの大野の単身ドリブル。今でも目をつぶれば思い出がよみがえってくる。
 こうなってくると、大野の知性を楽しむのは最高だ。例えば、世界制覇直後の皇后杯決勝。この試合の後半、大野が几帳面に味方守備ラインの後方を埋めるのを見ているのだけで、最高だった。

 世界一を獲得したのだ。そして、大野のプレイは見るのは、本当に楽しかったのだ。澤穂希と言う完璧なサッカー選手、宮間あやと言う究極の技巧派、この2人と同時代に、ここまで知性に優れたタレントが出た幸運に、感謝すべきなのだろう。
 冒頭にも述べたが、男子選手を含め、ここまで知性を感じさせてくれる選手は、そうはいない。いや、男子選手の場合は、肉体的な強さ、格段の技巧、屈しない精神力など、別な要素を知性でまとめることとなる。大野のように、その知性が圧倒的に前面に出るタレントが登場することそのものが、女子サッカーの特徴なのかもしれないな。
 でも、ほんのちょっと思うよね。世界のトップレベルとなった日本代表で、ストライカとしての大野忍が丁々発止するのを見たかったかなと。そう言う叶わなかった思いを考えるのがまた楽しい。

 大野は指導者の道を志し、INACの首都圏の育成世代の指導者からキャリアを積んでいくとのことだ。あれだけの知性的なプレイを見せてくれた選手だ。格段の指導者になってくれることを期待したい。それもトップレベルの選手を、さらに高めることのできる指導者になってほしい。たとえば、堂安律や相馬勇紀の域に達した選手を、さらにもう一段、いや二段、三段さらに高めるような指導者に。
 あの知性あふれるプレイを思い起こせば、ついついそのような期待を抱いてしまうのは、私だけだろうか。
posted by 武藤文雄 at 00:30| Comment(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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