1999年04月30日

ワールドユース準優勝

1999年4月に行なわれたワールドユース準優勝直後に書いた文章です。当時のユース代表選手の多数は、(A代表もユース代表も兼務していた)トルシェ氏の下、A代表に昇格。シドニー五輪、レバノンアジアカップ、地元コンフェデとタイトルマッチを経験し、2002年に突入しました。
今思えば、さらに2002年以降の彼らの成長、停滞を振り返るのが、非常に面白い事になっています。今後を含めた彼らの成長線を、いつか振り返る事(それもこれまで以上の歓喜付きで)を愉しみにしています。

(2007年7月12日)

1. はじめに
   
 あの79年、ディエゴ・マラドーナとラモン・ディアスのワールドユース日本大会。当時、日本はJSL選手(当時は高校出立てのサラリーマン)、大学生、高校生を長期間拘束すると言う狂的な強化を積みながらも、2分け1敗で1次リーグで散った(1敗はなんとあのスペインだった)。余談だが、当時日本ユース代表チーム監督だった松本育男氏(現フロンターレ監督)が与えられた準備時間(数ヶ月間選手を拘束した!)を聞いた時のトルシェ氏の表情を見たいものだ。
 あれから20年。時代は変わった。我々はワールドカップも経験した。井原に代わり日本史上最高の選手となりつつある中田は、世界でもトップレベルのMFになるべく地歩を築きつつある。ワールドユースに至っては、出場は当然で如何にベスト8を超えるかが議論される時代となった。プレイする選手たちのレベルも、回りを取り巻く人々の視点も、格段の高さまで上がりつつある。
 決勝前、あの20年前を思い出し、何としてもスペインにだけは勝って欲しいと思ったのだが(実は私はあの20年前のユース代表と同世代なのです)。中年にさしかかったサッカー馬鹿の思惑はさておき、本稿は、幾多の思い出と思い入れを込めながらの、私たちが所有する若者たちへの賛歌である。

2. 7試合と言う経験

 あのウルグアイに対する七転八倒のTV観戦を終えた明け方、仕事に向かうための仮眠の前に1人で祝杯を上げながら、つくづく思った。

「決勝進出と言うのは、大変な事業なんだ。」

 今大会、私たちは衛星中継を通して、全ての試合を楽しむことができた。カメルーン戦の失態から始まった日本の冒険は、つい最近までは対戦することさえままならなかった相手たちに対し、時に幸運に恵まれ、時に不運に襲われながら、自らの良さを出しながら遂に決勝まで辿りつくまで続いた。一つ一つを反芻して、改めて思った。このような紆余曲折の一つ一つが選手たちのみならず私たち全ての経験になるのではないか。

2.1.選手たちの失敗経験

<成功経験と失敗経験>
 決勝に残ったと言う結果はもちろん、世界の同年代の若者たちと自らが同レベルの能力を持つことを確信できたこと、ウルグアイやポルトガル相手に究極まで追い込まれながらも勝ったことなど、選手たちがこの7試合を通じて得た成功経験は得難いものだったろう。しかし、今大会彼らが味わった本当に価値のある経験は、再三再四、多くの失敗経験を積めたことではなかったろうか。
 サッカーに限らず、どのような世界でも最も重要で血となり肉となる経験は、失敗経験である。反省能力の高い人間ならば、自らの失敗は反面教師として、次へのステップに活かすことができる。ところが、困ったことに失敗経験と言うものは、その瞬間に経験のみならず全てを失ってしまいかねないと言う欠点を持つ。理想は致命的でない程度の小失敗を繰返し反省を重ねながら成長することだ。そして、そのためには成功を継続せねばならない。まさに今回のユース代表は見事に最高の経験を積むことができたのだ。

<カメルーン戦の悲劇>
 初戦のカメルーン戦の間抜けとしか言いようのない試合も、(決勝進出がわかっている)今としては気楽な思い出となった。
 飛び出しの判断ミスから1点目を失った南。一瞬の迷いが如何に高いものになるか彼は認識できたか。川口、楢崎と南はGKとしてのして年齢差は決して大きくない。川口が40近くまで君臨すれば、南の出番はないかもしれない。同じミスを繰返せば未来はない。
 同点になってから、押し上げきれなくなった酒井と遠藤。何故拾えなくなったのか。何故下がってしまったのか。次にブラックアフリカと闘う時、彼らは修正できるのか。
 そして再三の好機を活かしきれなかった高原、播戸、永井ら。半身抜け出しかけたGKとの1対1、頑健な黒人選手に身体を寄せられた時、如何に持ちこたえてGKを抜くか。世界での上位進出のために越えねばならない、頑健な黒人選手の壁を感じ取ったこと、最高の経験である。

<パウロ・コスタの悲劇>
 ポルトガル戦は、また別な経験が待っていた。前半の攻防はお互いのよさを出し合った素晴らしいものだった。ほぼ互角の戦闘能力同士の緊迫したゲームの中、僅かながら日本の攻撃ラインの個人能力が上回っていたことが、遠藤の先制ゴールにつながったと見た。
 その後の攻防も互角のチーム同士の典型、ポルトガルの猛攻、小笠原の展開力と小野のキープから日本の逆襲。本山のえぐりから飛び込んだ高原が敵GKを蹴り倒すまで、順調に試合は進んだ。余談ながら、あの場面の高原のイエローカードは、準決勝での小野のカードと異なり、主審の裁定に不満が残る。ゴールを狙うCFと守るGKの不運な交錯に過ぎないではないか。あの場面でFWにシュートを打つなと言うのか。
 素人GK、10人の相手、1−0のリード、フィールドに残されたポルトガルの10人の若者以外は皆、日本の楽勝を確信しただろう。しかし、サッカーである。試合は思っても見ない展開を見せることになった。おそらく、日本の精鋭たちはどうしてよいかわからなかっただろう。延長を含めた残りあの約50分間、彼らは地獄の淵を覗くことになる。
 テレビで見ている限り、選手たちが精神的に萎えてしまったのかと思った。しかし、そうではなかったことがPK戦でよくわかった。登場するキッカーたちは、全員見事な集中力と勝つ執念を見せてくれた。つまり、彼らは勝ちたいと言う精神力は残っていたが、ポルトガルのより強い執念に押し込まれ、どうしようもない50分間を過ごすことになったでだろう。最高の経験である。あのままポルトガルに負けたとしても、素晴らしい経験として後につながる経験になったはずだ。この日フィールドに立っていた彼ら、あるいはベンチにいた彼らは、何故この日押し込まれてしまったかを考えたことだろう。これからも機会があれば考えることだろう。その反省は次にこのような機会が訪れた時、局面の打開を計る礎となるに違いない。しかし、嬉しいことにサッカーの神は、この日は私たちに微笑んでくれた。この素晴らしい経験のみならず、次の経験を積ませる機会を私たちの若者に与えてくれたのである。
 この試合の終盤に素晴らしい精神力と個人技で日本守備陣を切り裂き、2度シュートをバーに当てたパウロ・コスタが、ペナルティスポットに向かった時、私は勝利を確信した。最高のプレイを見せた男がPKで涙を飲むのを何回見たことか。予想通り、この日のマンオブザマッチは悲嘆を仰ぎ、神は日本に勝利を与えたもうた。

<小野の悲劇>
 単調な攻めを繰返しチラベルトを破れなかったチームメートに忸怩する114分間、ブランのゴールが決まった時、ジダンは何を思ったのだろうか。
 あのホームのUAE戦、彼にとって生涯最もつらい90分間だったろう、自らの野望が自らの不在時に消えようとする時、井原は何を思ったのだろうか。

 小野はその経験をナイジェリアで積む事ができた。味方をフィールドに入れるための一瞬すら、彼には油断は許されないのである。テレビで見ている限り、あの神経質なレフェリに対して、あのような隙を見せた小野の責任は免れない。

<オズバルド・サンチェス氏だったと言う悲劇>
 アルゼンチンのオズバルド・サンチェス氏を私たちは決して忘れてはいけない。彼が主審として無能である事を常時主張し続けよう。ラモン・ディアス氏やアルディレス氏(あ!同じ名前だ)らの親日家に手を回し、彼の審判生命を終わらせたいくらいだ。
 ともあれ、サンチェス氏のお陰で、私たちの若者は、サッカーと言うものはただレフェリーのいい加減な笛だけで運命が決まってしまうこともあり得ると言う最高の経験を積めた。彼に感謝しよう、そして(繰り返すが)、彼を決して許さないようにしよう。

2.2.私の経験

 ウルグアイ戦の後、(会社に行かねばならぬが、とにかくここは一杯飲まねばと言う時)、思ったことは若者たちの経験だけではない。自分自身の経験である。
 今回、生中継でNHKが「これでもか、これでもか」と深夜のオタノシミを供給してくれた。NHKとあの若者達のお陰で、寝不足は当然として、私は厳しい大会を勝ち抜く日本代表を楽しむと言う経験を積む事ができた。
 7試合勝ち抜いて決勝に辿り着くまでの様々な紆余曲折。改めて思った。そもそも7試合勝ち抜くために、最も重要な要素は、「運」である。決勝トーナメント進出までは、まあ実力かもしれない。上述した「これ以上ない不運が交錯した」カメルーン戦の敗戦があっても、なお2勝したのだから(考えてみれば幸運なグループだった、韓国はポルトガル、ウルグアイ、マリだった)、まあ実力通りと言ってもいいだろう。しかし、その後の艱難辛苦は、「運(言い換えれば神の意志)」そのものではないか。ただし、その「運」を引き寄せることができたのも、全ては「実力」なのだ。
 例え監督が無能でも、優秀な選手と幸運が重なればアウダイールがGKとぶつかることもあるだろう。しかし、そこまでである。勝ち続けるためには、戦闘能力が優れていると言う「実力」が必要なのである。
 そして、「実力」がある私のチームが七転八倒しながら、勝ち進んでくれた。私は今まで何回もワールドカップを「傍観」してきた。イタリアが、アルゼンチンが、謀略と工夫の限りをつくして、世界最高の大会を勝ち進むのを何回と無く見てきた。彼らの駆け引きを楽しみ、論評してきた。しかし、それらは他人事である。
 しかし、遂に今回(テレビを通してだが)、私のチームがイタリアるのを、じっくりタノシム事ができた。他人事ではなく、己の問題として(もっともイタリアの場合、最後の1試合にもう一踏ん張りするエネルギーが残っているのだが)。
 と言うことで、今後私は悩むことになる。昨年のワールドカップは簡単だった。アルゼンチン戦を皮切りに2週間休めばよかった。しかし、次回からはそうはいかない。私の代表チームは、どこまで勝ち進むのだろう。私はいつ休暇を取ればよいのだろう...

3.トルシェ氏の創意工夫

 それにしても、改めてこのフランスから来た鬼才の能力を思い知らされた。アフリカ出発前、予防接種問題ですっかりプッツンきたこの男が、本当にナイジェリアに登場するか心配だった。カメルーン戦、彼がベンチに座っているのを見て、本当に安心した。
 とにかく、(性格的にかなりの欠陥を持っているのかもしれないが)この監督の、「監督としての能力」は本当に素晴らしい。改めてこの大会で、彼はその能力を見せ付けてくれた。

<決勝戦の崩壊>
 逆説的だが、決勝戦の惨敗を見て、私はトルシェ氏の能力を再認識した。

 日本の浅いDFラインをよく研究していたスペインは、2列目の選手が巧みな飛び出しを見せた。これらの突破を日本の3DFは止めることができなかった。残念なことに、彼らの1対1対応能力が決して高く無い事が示されてしまった。

 見方を変えれば、その選手たちにコンビネーションを教え込むことで、ここまで日本を導いたのである。今回のユースチームが、DFラインに有力な素材を欠いているのは、アジア予選の時から明らかだった。それに加えて、金古、市川の離脱、池田の選考不能、稲本の負傷と不運が重なった。それでも、最後の最後で破綻するまで凌ぎきった。
 恐れ入る監督の指導力ではないか。

<点を取る工夫>
 攻めに関しては、今回のユースチームはタレントが揃っていた。加えて、メキシコ戦の右から崩して裏を狙う攻めにしても、ウルグアイ戦の本山をフリーにするための巧みなポジションチェンジにしても、明らかにチームとして攻撃に意思統一が見られた。単に良好な選手を並べるだけでなく、もう一捻りあったのだ。
 しかも、監督から指示されて特定の時間帯にポジションチェンジをすると言うやり方ではなく、局面に応じて、本山の位置を変えて必ずその穴を他の選手が埋めると言う、実に凝った攻め方をしていた。トルシェ氏は基本的な約束事のみ叩き込み、後の動きは選手たちに任せていたのかもしれない。優秀な素材の育成としては、最高の方策でないか。

<疑問の采配>
 もっとも、疑問に思われる采配も見受けられたのもまた事実だ。
 ポルトガル戦、あそこまで選手たちが七転八倒していたのだが、交替枠が1人分残っていたにも係らず使わなかった。まさか、敗戦経験をつませようとしたとも思えないが。
 準決勝の後半立ち上がりの交替。ウラをつかれ始めていたから、4DFに変える事はよくわかったが、いきなり2人を変えたのは拙速でなかったか。もっとも、負傷もあったろうし、ポルトガル戦で悪くなかった稲本があんな不出来だとは思ってもいなかったろう。速やかに石川を投入したこと修正はお見事だった。稲本のこの不振により、決勝のスタメン起用は見送られ、完敗につながるのだが、これ自体はトルシェ氏の責任ではない。
 決勝の氏家の突然の起用。全員出場させることに意義があるのだろうか。それとも、あきらめていたのか、今後のことを考え、優勝を捨てたのか。それとも、さっさと点を取られたので、策を活かす時間がなかったのか。

4. シドニーへ

 かくして、上質な極めて上質な私たちの若者の旅は終わった。すると、シドニーである。
 しかしその前に、かくなる上は、2次予選で韓国またはイランと同じグループになり、ソウルかテヘランで、10万近い大観衆の前で、ホームチームをテクニックで完璧に屠るチームを見たい。
 シドニーでの決勝進出はその次の課題である。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 旧作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
これ、講釈師さんの数ある文章の中でも特に好きな文章です。2018年、セビリアの酒場での一杯にはぜひつきあわせてください。
Posted by 赤星 at 2007年07月14日 19:50
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