知的な位置取りと、守備ラインの裏に飛び出す瞬間のボール扱いの正確さと、一瞬のスピードの速さですり抜ける。これらの一連の動作で得点を重ねてきた多産系のストライカ。さすがに30代後半となり、一瞬のスピードが衰えてきたことで、思うように点が取れなくなったと言うことだろうか。引退はしかたがないことなのかもしれない。
私はこの小柄なストライカが大好きだった。何よりも、いかにも知的な得点の奪い方が好きだったのだ。もちろん、若く伸び盛りの時期にベガルタに在籍、毎週のように成長を重ねてくれたこともあるけれど。
一方で、敵として迎えるにこれほど恐ろしいストライカもいなかった。守備ラインがきっちり揃っていたとしても、ほんのわずかの隙を見つけて、ささっと点をとってしまうのだから。
寿人にとっても、サンフレッチェと言うクラブにとっても、そして我々寿人びいきのサッカー狂にとっても、寿人が全盛期にサンフレッチェと言うクラブに在籍できたことは幸せなことだった。東洋工業時代からの伝統を持ち、若年層選手育成の独自方式を立ち上げ、必ずしも潤沢な経済状況でないにもかかわらず常に強いチームを作るサンフレッチェ。このクラブだからこそ、このストライカを軸にチームは作り込まれた。もし寿人が、もっと潤沢な資金を持つクラブに所属していたらどうなっていたことだろうか。おそらく同じポジションにレベルの近いストライカーが補強され、寿人を中心としたチームが作られなかった可能性がある。
このストライカーが点をとるためには、チーム全体がこのストライカに点を取らせると言う意識を持つことが重要なのだ。
もちろん。
ベガルタサポータサポーターとしては今でも思う。サンフレッチェと優勝を争った2012年シーズン、佐藤寿人がいなければ、いや佐藤寿人がもう少し凡庸なストライカーであれば、私たちは夢のタイトルを獲得できたのではないかと。
思うに任せないから人生もサッカーも楽しいのだけれども。
寿人の映像を初めて見たのは、ユース代表の頃だった。瞬間的なスピードで一瞬のうちに守備ライン後方に抜け出し、ピタリとボールが止まる。パオロ・ロッシとか、ロマーリオとか。一瞬のうちに抜け出すことができても、とうとうボールが止まらなかった武田修宏を思い出しながら、期待は高まった。過去日本サッカー界で、そのスピードと技術を同時に実現したのは寿人を除けば、70年代に活躍した日立の松永章くらいではなかろうか。もちろん小柄でも、寿人と同年代の田中達也とか大久保嘉人とか、格段の個人技があればまた違うストライカ像が実現できようが。
ベガルタとともにJ2に落ちた2004年シーズン、寿人を見るのは楽しかった。すり抜けとともに瞬間的なボール扱いがどんどん向上するのを楽しめたからだ。そして、サンフレッチェに移籍し、J1の厳しいプレッシャーの中で鍛えられる中で、敵の複数のディフェンダーの間や裏をうまく突く位置取りもどんどんうまくなっていった。
当然、私は寿人が代表で活躍するのを夢見ていた。けれども寿人はあまり日本代表では活躍できなかった。要因は2つあると見ている。
日本代表には、寿人とタイプは異なるが、より若く同じように動き回る岡崎慎司と言う得点力に秀でたストライカがいたこと。正直言って、寿人と岡崎を同じチームにおいても機能するとは思えない。寿人と同年代のFW前田遼一ならば、岡崎にスペースを与えることができたのだが。
そして、寿人と言う、この異能の点取り屋の特性そのもの。このストライカは、チーム全体が己に得点をとらせるべく機能することで、その才覚を発揮できる選手だったのだ。言い換えると、寿人はスタメンで起用され、他の10人が寿人に点をとるよう尽力することが必要だったのだ。寿人の全盛期の代表監督の岡田氏もザッケローニ氏も、そのようなチーム作りを行わなかった。たまに起用されるとしても、スーパーサブとして試合の終盤に点を取るような仕事を要求した。
ちょっとほろ苦い思い出もある。南アフリカ大会予選、敵地バーレーン戦。大差でリードしているにもかかわらず、終盤起用された寿人の軽率なプレイ(点をとりに行ってしまった)で、日本代表は苦戦を強いられたこともあった。寿人としては、代表の短い出場時間で結果(つまり自らの得点)を出したかったのだろうが。だからこそ、岡崎が不在の試合で寿人を使ってほしかったこともあった。
贅沢は言うまい。若い頃大成を期待した素質豊かなFWが、愛するクラブで経験を積み成長の礎をつかみ、トップレベルのストライカとなり多くの美しい得点を見せてくれた。さらに言えば、私たちがたった1回つかみかけたリーグ制覇の夢まで刈り取ってくれた。これほどの愛憎を味合わせてくれた男に、これ以上何を望むと言うのか。
寿人の得点の一つ一つの得点を思い出し、寿人が積み上げた努力を推測し、反芻する。これからの人生の大いなる楽しみでもある。
あのトップスピードでの正確なボール扱いを、別な若者でまた見たいと思うのは、年寄りの欲目なのだろうか。
佐藤寿人氏が、素晴らしい指導者になってくれることを期待するものである。
ありがとうございました