一方で、地元で行われる五輪に向けて、ワールドカップを経験を積む大会と、割り切ったと言う考え方もある(私はその考えには反対だが)。しかもこの五輪に向けては予選もない。さらにワールドカップ後は、昨年3月に米国で行われた国際大会では全敗したところでCOVID-19禍で強化が困難になった。今年に入り、親善試合での強化が行われたが、日本に呼んだ国々の戦闘能力が非常に低く評価のしようがない試合が続いた。もちろん、18年のアジアカップ(兼ワールドカップ予選)、アジア大会、19年の東アジア選手権のアジアの3タイトルを獲得したことに言及しておかないと公平さを欠くかもしれないが。
結果として、高倉氏の監督としての評価は、目標の五輪本大会でしか判断できないことになってしまった。そして、カナダとの初戦、大変残念な試合だった。
誤解されては困るが、カナダは決して弱い相手ではなかった。連続銅メダルを獲得している実績もあり、引き分けたことは決して残念なことではない。しかも後述するが、開始早々の失点やPK失敗もありながら、エース岩渕の得点で追いついた結果は悪くなかった。
カナダのCBのブキャナンは1対1の対応が見事だったし(彼女が固めるペナルティエリア内、日本はとうとう崩せなかった)、右バックのローレンスの球際の強さと前進も効果的、ボランチのクインは頑健で配球も上手、そして大ベテランのシンクレアの優雅なプレイは健在(代表300試合、187点目とのこと)、先制点時の低いクロスへの合わせ方の見事なこと。
カナダはよいチームだったけれども、日本の内容がひどすぎた。およそ組織的な攻撃は見られず、選手の個人能力に頼るばかり。初戦での緊張感とか、コンディションをこれから上げていくのではとか、悪いなりに勝ち点1とか、そのような議論ではなく、各選手が攻撃時に連係をまったく作ろうとしないのだから(そして、少なくとも国内クラブ所属選手は、自分のクラブの試合で様々な連係を見せてくれているのだから)、これは監督の責任だろう。
従来から、高倉氏の監督としての能力に疑問を向ける意見は多かった(上記の通り、私も疑問に思っていた)。そして、よりによって目標とする大会が始まって、その問題が誰の目にも明らかになってしまったことになる。
試合を振り返ろう。
立ち上がりの失点、カナダの激しいプレスに押し込まれ、ハーフウェイラインを越えられない時間帯だった。連続して左右のオープンに鋭く正確な縦パスが入り、簡単に裏を取られる。そして2回目(日本から見て)左を完全にえぐられて、巧みな位置取りからシンクレアに決められてしまった。
こんな鋭い攻撃を継続されたらどうしようもない、これは何点取られるかわからない、と心配したのだが、カナダはそこまでは強くなかった。この先制直前の鋭い連続縦パスは、やや偶然だった模様。失点後、日本が落ち着いた以降は危ない場面はなかった。試合後、高倉氏や選手たちが「立ち上がりがよくなかった」と語っていたようだが、あれは相手を褒めるしかない。
前半の日本、失点後は落ち着いてボールを回す。しかし、ハーフウェイラインを越えても、最後の30m以降に工夫がなく、ほとんど崩せない。岩渕が前を向けば好機となりかけるが頻度が非常に少ない。これでは、長谷川なり中島なりが、どこかで相当無理をしないと苦しい印象があった。
後半立ち上がり、菅澤に代えて田中を投入。このチームでの菅澤は、いつも中央で味方の縦パスを待つ役割で、浦和でのように奔放に動いたり、強引に裏をとるような動きが少ない。しかし、エースとして最前線を任せている菅澤を、何か不完全燃焼のまま前半で見切る采配には驚いた。上位進出を目指そうと言うからには、エースストライカ候補の扱いには、神経を使うべきに思うのだが。
後半開始早々、左サイドでうまく裏を突いた長谷川が、DFラインとGKの間にボールを入れ、田中が走り込み、敵GKラビに倒される。テレビ桟敷で見ていても明らかなPK。しかし主審は田中の反則をとり驚いたが、VARでPKとなった。ここで、田中との交錯で負傷したラビへの治療で数分時間が空く。ところが驚いたことに、PKキッカーの田中はその間数分間にわたり時間が空いたにもかかわらず、それをずっと待って何もせず待つのみ、チームメートとボールを蹴って感覚を維持することすらしない。そして、つらそうな表情でゴールライン上にポジションをとったラビに対峙した田中はいきなりPKを蹴って失敗してしまう。自分をリラックスさせたり、キックの感触を確認する、田中が当たり前のことができないことはショックだった。重要な初戦での緊張だろうか。それにしても、主将の熊谷も、ベテランの岩渕も、そのあたりの常識を理解していないのだろうか。もちろん、そのような指示もできないベンチは論外なのだが。
その後も日本は中々有効な攻撃ができないし、守備もおぼつかない。
敵にボールを奪われると、中盤の4人がそこで奪い返そうとせず、DF4人と4-4のラインを作り直すことばかり意識しているからだ。ボールを奪われた後、日本の選手は敵の配置を考えずに、自分の都合でライン再生しか考えない。そのため、カナダのパスの精度がそれほど高くなくても、簡単に前線の起点となる選手につながれてしまうのだ。幸いに大ベテランのシンクレアが交替したため、危ない場面はあったが、守り切ることができた。そりゃ、8人のラインを早々に築けば、第一波をしのげば守れる。
しかし、そのような守備をしていれば、90分を通して最終ラインの押し上げが遅くなるのは当然のこと。その結果、最後の30mまで前進しても、後方からDFが押し上げたり、オーバラップを仕掛けたりしないから、パスコースが増えない。タッチ沿いに展開しても、ボランチか流れてくるFWしか選択できないから、ブキャナンに簡単に読まれてしまう。それでも岩渕や長谷川など、個人技に優れた選手は勇気をもって仕掛けるが、組織力皆無で個人能力頼みの貧困な攻撃となる。
こんな非組織的な日本代表は、未だかつて見たことがない。
まあ、それでも縦パス一本で裏を突いて、同点弾を決めてしまう岩渕は凄かったですけれど。
これだけ非組織的なサッカーでも、難敵カナダ相手にそこそこ好機を得たのだから、各選手の個人能力は中々のものだと、改めて理解できた。1970年代から少しずつ普及してきた日本の女子サッカー。かつての選手達の献身と努力で知的で技巧的なチームが世界制覇して10年が経った。あの世界制覇により、さらに女子サッカーの普及、強化が進み、若年層大会での好成績は当たり前のこととなった。今日も非組織的な残念なサッカーだったが、その悪環境下、熊谷と岩渕のリードの下、いずれの選手も見事な個人能力を見せてくれた。知性と経験はさておき、各選手の単純な技巧とフィジカルは10年前を上回るものがあるかもしれない。
そして、この女子サッカーの黎明期の80年代から90年代にかけて、選手高倉麻子はたぐいまれな努力で、この苦しい期間を支えてくれた。間違いなく、日本サッカーのレジェンドの1人なのだ。そして高倉氏は早々にS級ライセンスを獲得し、2回の若年層ワールドカップで好成績を上げている。その高倉氏を、栄光に包まれた佐々木則夫氏の後任に抜擢した日本協会の気持ちはわからなくもない。
それはよくわかっているが、選手や若年層チームの監督としての能力と、大人の代表チームの監督としての能力はまったく異なる。残念ながら、高倉氏は大人の代表チームを指揮し、チームに組織力を植え付ける能力には恵まれていないようだ。
とは言え大会は始まってしまった。今からできることは限られよう。それでも、地元での貴重な五輪。WEリーグ開幕を控え、女子サッカーの人気を高める絶好機。いかに選手達の能力をフルに発揮させる環境を作れるか。不運なことに日本協会の女子委員長の今井純子氏は、必ずしも技術畑の人ではない。田嶋会長や反町技術委員長が、男子の戦いをフォローしながら、いかに女子代表にも目を配れるか。難しい舵取りが要求されそうだ。