ワールドカップ3次予選、バーレーン戦で思わぬ敗戦を喫した日本代表。結果以上に内容の悪さが衝撃的だった。さすがにあれだけ酷い試合を見せられると、岡田武史監督の手腕が問われるのは仕方がないことだろう。ただ、岡田氏のチーム作り、采配について議論をしようとすると、前任のイビチャ・オシム氏との比較を避ける訳にはいかない。ところが、この2人を客観的に比較するのは案外と難しい。オシム氏の実績と言動の印象があまりに強く、一般のサッカー人は尊敬、神格化という観点のみから語ろうとするからだ。
今回、古沼貞雄氏に話を聞いたのは、そのような思いを解決するためだった。古沼氏が高校サッカー屈指の名伯楽であることは今さら言うまでもないが、オシム氏と個人的に親しく、自宅を訪問する仲であることは意外に知られていない。また古沼氏は岡田氏ともかなり親しく、岡田監督が年初に行った指宿合宿を訪問していたという。古沼氏であれば、オシム氏について臆することない言葉で語ってくれるのではないか、そして同じ視点で岡田氏との比較を論じてくれるのではないか。そのような思いで、私は古沼氏を訪問した。
古沼氏は1939年生まれ、オシム氏は1941年生まれ、同世代と言ってよい2人はどのように出会い、意気投合したのか。まずはそのあたりについて聞いてみた。ワールドカップの準々決勝でマラドーナのアルゼンチンを後一歩まで追い込んだ東欧の名将と、精力的に若年層のチームを指導してきた極東の名将は、お互い何に惹かれ合ったのだろう。
ジェフに来て「なかなかの監督さんだ、練習でも非常によく走らせる」とメディアでも評判なので、来日して3カ月くらいでしたかねえ、祖母井さんを通じて「練習風景を拝見させて欲しい」とお願いしたんです。
そのうち、一緒に食事をしたり、何回かオシムの自宅に訪問したりね。例えば、ジェフの試合が土曜日6時くらいに終わる。それで7時から来週の相手の試合のテレビ中継がある。するとオシムは(試合を終わった)選手たちに特にコメントもしないでテレビ観戦のために自宅に戻ってしまう。祖母井さんと僕が30分くらい遅れでお邪魔する。試合が終わると「古沼、飯行くぞ」と焼肉屋に行く。そうして12時過ぎまで食べて飲んで「じゃあな、俺はこれから帰ってまたサッカー見るよ」、あれからヨーロッパの試合を見るんですね。それで、明けた日曜日の2軍の試合に真っ赤な目をして来る。
人間性にすぐれたきめ細かな気配りができる男でね。やっぱり他の外国人監督とは違う。少し離れた場所から僕を見かけただけで「やあ古沼」と握手しに近づいてくる。ファンへのサインも嫌な顔ひとつしない。練習を最初に見に行った時も「そんな隅じゃなくて、もっと真ん中の見やすい場所に」と声をかけてくる。対談を頼むと、快く「おお、いいよ」なんて引き受けてくれる。サッカーにかけてはいろんな面で卓越した人だが、サッカーを抜きにすれば我々と同世代の気配りがきくただのいいオジサンなんですよ。
あのベンチでの鋭い眼光ではなく、目を細くして語り合う2人の老将の、焼肉屋でのサッカー談義。その姿を想像するのは何とも愉しいではないか。そして、そういった交流を通して、古沼氏はオシムの指導法、目指すサッカーについてどう見たのだろうか。
オシムの練習は「ああ、なるほどな」が随所にある。3人ずつ4色のビブスに分けての練習。視野、判断力、それに伴う技術、そういうものが要求される。それでオシムは、とにかく足を使え、ものを考えろ、ボールを動かせ、ダイレクトとか指示をしていき、それらがコンパクトなボール回しにつながる。オシムが来てからのジェフを見ていると、よく動く。ペナルティーエリアにクロスが入ってまずダイレクトで打とうとする、打てないとなるとワンタッチくらいで入れ直す。それをまたダイレクトで狙う、あるいは横に流すと後ろから来た選手が打つ。ただ、このようなサッカーもトレーニングも、僕は僕で、帝京で昔からやっていたものに近いと思いましたけどね。
オシムのサッカーはね、「攻撃的」というのではないと思う。「積極的」といったらいいのか。ボールゲームなのだから、ボールに対して関わり合いを持たなければならない。1つのボールに「積極的」に関わろうということ。今流のプレスをかけるには、待っていてはいけない。守るのだけれど、守るということに積極果敢に行かなければならない。守るためのアタック。攻めてくるのをゴール前で守るのではない。
例えばアルゼンチンあたりと(対戦)するとしても、「かないっこないからこうしろ」とは言わないと思う。やはり、タイトにボールをめぐって「この選手が持ったら近くにいる者が取りに行く。この選手を放すな、簡単に置いていかれたり、抜かれたりしたらダメだ」と。それでも、そういう中でズルズルにやられたら「相手が強い」ということで諦めるということになる。ジェフの時もそうだったでしょう。「今日は負けたな。でも内容は先週よりよかった。特にこの選手はよかった」。そういうものの考え方する男なんだよ。その代わり、だんだん悪くなっていると、非常に深刻に捉える。
たとえば、ジェフのトルコ合宿で、2日続けて4、5点取られてコテンパンにやられた時は、ガッカリして飯も食わなかった。それで次の日はガンガン練習させるのかなと思ったら、休みにしてしまった。オシムでも休むことあるのだなと(笑)。
30年以上前から、僕は日本人のサッカーを考えるとね。ブラジルなど南米とか見たときに、日本人がついていける技術じゃあないなと。さらにヨーロッパ、ポルトガルの技術優先、イタリアの戦術優先などあるけれど、どこをとっても体格で対抗できない。
その中で、ある程度食らいつける要素があるとすればね、90分間休みなく走り、早く球をさばき、とにかく数的優位を作る以外にない。だから、トレーニングでダイレクトの規制はよくかけた。最初の10分は好きなようにやれ、次の10分は2タッチ、最後の10分はできようができまいがダイレクトでやれ。そこで選手が2タッチすると「まったくダメだ」なんてね。生徒は「先生、無理だよ」とか言うけど、とにかくダイレクトでやれと。そういう、理論もない時代からダイレクトの強調をしていたんです。だからオシム流のサッカーそのものは新しいすごいものとは感じなかった。
こういう日本人の特長を活かすサッカー、僕がやってきたサッカーに近いものをオシムが持っていたということだったと思っています。
オシム氏の代表監督就任時の発言の「日本サッカーの日本化」。古沼氏が語る「日本サッカーが世界に伍する方法論」は、オシム発言の具体例と捉えることができるのかもしれない。東西の名将の狙いが同じ流れの中にあったことには、サッカーの奥深さを感じさせてくれる。
ふと思い出したのが83年度の高校選手権決勝、帝京−清水東。戦前は清水東優位が予想されたが、帝京が1−0で快勝した試合だ。帝京は、激しいチェック、豊富な活動量、早い球回しと、積極的な守備を80分間継続し、清水の中核の大榎克己と長谷川健太を押えた。そして、主将の平岡和徳が中盤でのドリブルから斜めやや外向きに出したミドルパスを、後方から走りこんだ前田治がダイレクトシュートで決勝点を決めた。当時から抜群の守備能力を誇っていた堀池巧が対応できない素早い攻撃だった。確かにスピードや精度に差があるが、あの帝京のサッカーは、オシム氏のサッカーに通じるものがある。
岡田武史という人について
一方で古沼氏は岡田監督をどう見ているか。過去の2人の交流と合わせ語ってもらった。
実は昨年、僕はある新聞に岡田監督を絶賛した記事を出したんですよ。日本のサッカーが、将来世界十傑を狙うというならば、やはり日本人の監督の手で日本人に向いたサッカーを考える必要があるのではないかと。そして誰がとなると、やはり岡田武史ではないかと。
なんで岡田監督かというと。あんなところ(フランスワールドカップ予選の真っ最中)で、加茂さんから(代表監督を)引き継いで、成功したんですから。今思えば奇跡ですよ。確かにフランスでは勝てなかった。しかしあれが日本の実力ですよ。岡田さんが監督やろうが、誰がやろうが。
それで札幌の監督になって2年目の春にたまたま夕食を一緒に食べたりした。すると色々聞いてくるんですよ、私もね「サッカーはまず守りだろう」なんて言ったりした。その夏に、私が所要で旭川に行った時、札幌から訪ねてきたりしてね。札幌の選手達が慢心してるって言うんだな。それで僕に聞くんだよ。「先生が札幌の監督ならどうする」なんて。いかに年下だって、こんな爺さんにねえ。今年の高校選手権で流通経済大柏を優勝させたら、岡田さんはすぐに電話くれてね、「優勝おめでとうございます。すごいね先生、いいチームだったね。どんな練習したんですか」。そういった気配りも嬉しいよね。
カズを切った時もそうだが、男気があるっていうのか、意志の強さ、責任感もある。そして、岡田さんは聞く耳を持っているんだ。そのような人間性というのは、日本人のコーチに、そうはいない。そして、そういう気配りはオシムと岡田さんの共通点だと思います。
バーレーン戦は、結果はもちろんだが、日本らしいパスワークがなく蹴り合いに終始した試合展開、終盤に相手選手が明らかに疲労していたのに付け込もうとしない淡白さ、失点時の目を覆いたくなるミスなど、大変残念な内容だった。古沼氏から見た敗因、岡田氏のチーム作りについて尋ねてみると。
あれは岡田サッカーの問題というよりも、チームのリズム感というかね、普段できることがこの試合に関してできなかったという試合だった。バーレーンは手間をかけないで、空いたスペースに蹴っておけ、そこに飛び込んでおけ、というやり方。もう少しバーレーンがつないでくれれば、中盤の選手にもう少しボールを集めてくれば、戦いようがある。ただ負けるとは思わなかった。今日は点は取れないなあ。日本でやれば、同じことをされても、1点や2点取れるだろう。そんな感じで見ていたのだけれども。
指宿合宿で岡田さんに「練習が少ないのではないか」と聞いたことがある。すると「シーズン前に預っている選手を負傷させるわけにはいかない」と。「監督を引き受けたからには、もう少しわがまま言っていいんじゃないのか」と言うと「僕もJの監督をしていたので難しい。確かに(もう少し多く練習を)やってみたい気もあるが」と言っていた。選手たちもシーズン初めで身体ができていないし、選手をふるいにかける合宿だったかもしれないが。
例えば高原の練習を見ていると、予想したよりもはるかに巧くなっている。ボール蹴ったり止めたり、もらい方など。でも、足が悪かったらしいが、歯を食いしばった練習をしていない。だから、この程度の練習でいいのかなと疑問も出てくる。もう少しスピードを要求するとか。負荷も難易度も足りないんですよ。
個人的考えだけど、ヨーロッパ的なトレーニングで本当に世界に通用する英雄的な日本人選手を輩出できるのか。日本流の方法は、やはり練習量だと思う。技術、体格に優れる南米、ヨーロッパが2、3時間努力するならば、日本人ならば4、5時間トレーニングする。少しでも近づこうとするならば。
やはりオシムは練習をさせていた。ジェフの選手が「休みをくれ」と文句を言ったら「だったら、早くお前が監督になれ」と一喝された話があるくらい。例えば、代表でもオシムは、午前9時から11時半まで練習。昼飯食べさせて休ませる。午後5時頃軽食を食べて、夜の7時から9時までまた練習。アウェーで飛行場について、そのまま汗を流したこともあった。オシムで選手たちはある程度慣れたのだから、岡田監督ももっとやってもいいと思う。
岡田氏に対する期待感に対し、トレーニング不足を厳しく指摘する古沼氏。負荷を与え、難易度の高いトレーニングの重要性を熱く語ってくれた。ただ、私は疑問を感じた。若い帝京の選手が厳しいトレーニングで伸びるのは理解できる。ジェフの選手が毎日オシム氏に鍛えられて成長するのもわかる。しかし、既に高い能力を持ち、経験を積んだ代表選手は、月に1回集まってのトレーニングでどのくらい成長するものなのだろうか、どのような能力が伸びるのだろうか。古沼氏は明確に答えてくれた。
だからね「進化を目指さなくていいのか」ということですよ、岡田さんに聞きたいことは。オシムに聞けば「そんなの当たり前じゃないか。人間ただ立ってていいことなんか1つもないよ」って言うよ。
選手でも指導者でも、肯定的に人の話を「ああそうか」と聞ける選手は伸びる。一方で、否定的に「こんなものか」とか「監督の言うことなんて」、どんな能力がある選手でもこれはダメ。「賢者は愚者に学ぶが、愚者は賢者に学ばない」と言うでしょう。日本代表クラスだとしても、監督やコーチに「こうしよう」と言われて「やってみようじゃないか」という選手はまだまだ成長できる。「なんだ、この監督」と反応する否定的な選手の先は知れたもの。代表戦でたとえまぐれで点とっても、進歩はない。
南アフリカに向けてはね、岡田監督が云々というよりも、まずは選手個々の問題だと思いますよ。もちろん、岡田さんは監督として責任を負っている。しかしね、選手1人1人が岡田という指導者の下に、どれだけ肯定的に全力を尽くせるか。選手の多くが「岡田さんの言うことがわからない」「自分のことを信用していないのではないか」などと考えていたら、それが最大の問題になる。選手たちが「ワールドカップに出たい」「日の丸をつけたい」「厳しい予選で戦いたい」と強く思い、岡田監督の下で一生懸命自分の財産を豊かにしようとする。そういう形での人の結束というのが一番大事なことでしょう。
もちろん、時間をかけてもっと練習した方がいいんじゃないかとは、老婆心ながら思う。相手がロングボールばかり蹴ってくるとか、激しいサッカーで削りにくるとか、そういう中でどうプレーするか。試合中のそれぞれの局面を打開するために必要とされるのは、攻守の早い切り替えであり、それを実現するための「組織の力」と「個の技術」の高さです。分かりやすく言うと、動き方、早い球離れ、パスワーク、センタリングの角度や精度、そして2人なり3人で形になったら、3度に1度は成功させる。こういう共通認識を作るトレーニングにね、うんと時間をかけて欲しい。さらに言えば、どんなに戦術が高度になっても、常に基本を忘れてはいけません。
強いチームには責務がある
古沼氏は選手の意識を問うている。特に印象的だったのは「肯定的」かどうかというくだり。長年サッカーを見ていて「ある程度経験を積んだ選手の成長」とは、具体的にどのようなことだろうかと考え続けてきた。「肯定的」という言葉を聞き、長年の疑問の一部が氷解したように思えた。レベルが上がる程、目標は厳しくなるし、上達の余地は小さくなってくる。それでも、目標を高く持ち、鍛錬し続けることが超一流への道なのだろう。
一方で、それだけのトレーニングを代表選手に課するためには、最近の日本サッカー界の問題である日程問題を避けては通れない。Jリーグやアジアチャンピオンズリーグと代表の準備の日程バッティングはこの数年来、限界に来ている。天皇杯後、わずか2週間の短いオフしか取れない選手もいる現状について尋ねた。
僕自身はそういうチームと協会のことは未経験で、現実にどうやっているか知らないから、言い難いところもある。ただ、毎週土曜日にリーグ戦、合間の水曜日に国際試合があるというのは過密でも何でもない。金銭的な問題はあるが、アジアチャンピオンズリーグが本当に賭ける価値がある大会ならば、出て行くチームは、そのシーズンは必要な人数を移籍などさせてまかなう。本当のサポーターならば、「(代表戦で)レギュラー選手がいないけれど、2番手の選手が代わりに出てくるから、なおさら応援しなければ」と、こう愉しめるはずだ。
そもそも、優勝したらアジアの大会に出るのだとわかっているのだから、文句を言うならば、日本のチャンピオンになって喜ぶべきじゃない。チャンピオンになった以上はいい選手が代表に取られることもある。強くなるとはそういうことでしょう。「Jリーグのチャンピオン」を取って喜ぶだけでは物足りないと思わなければ。
強いチームには責務があるんです。日本サッカー界は責務として自覚を持たないとアジアでも勝てなくなる。
一番は日本サッカー協会をはじめとするサッカーに携わるすべての人たち考え方でしょう。外国人に技術戦術を任せておいて、つまりそれはカネでしばっておいてということですよね、やはり「日本のサッカーはこういうものである」という考えがないと。日本の土壌で生まれた者が考えるべきことはあるはずです。それは「誰が監督では勝てない」という問題ではありません。
今出来ることを精一杯やり抜くこと。「この程度でいいや」ではなく「これだけの準備が最高級だろう」とやり抜くこと。「これまで通りにやった」では、日本サッカーは世界に取り残されてしまう。監督が、岡田さんだろうが、オシムだろうが、これが一番大事なんです。
「強いチームには責務がある」という言葉には少々感動させられた。代表にしてもクラブにしても、我々はアジアのトップで満足せず、南米やヨーロッパの列強に勝ちたいのだ。そのために、肯定的な気持ちで質の高いトレーニングを積み、一層の能力の向上を目指すのが代表選手の責務なのだろう。そして、私たち言論人やサポーターは、何をすべきなのかを考え抜いて行く事こそが責務なのではないか。
例えば、少々唐突だが、日本協会に対して、改めて中長期的な日程問題改革に取り組むことを主張し続けるのは重要に思う。古沼氏は「過密ではない」と語ったが、ここ数シーズンの異様な日程が、代表監督の強化を阻害し、クラブ側にも不満を残し、何より選手たちに負担をかけているのも、また確かなのだ。代表監督が憂いなく、負荷も難易度も高いトレーニングをするためにも、この問題は避けて通れない。具体的にも、J1チーム数の削減や、天皇杯日程の抜本的見直しなど、検討できる策はいくつかあるのだから。 そして岡田氏について。確かにバーレーン戦は結果も内容も酷いものだったが、一方でタイ戦や中国戦は見事な試合を見せてくれた。常に偉大な前任者と比較されるという厄介な立場で、いかに求心力を発揮し、選手達を成長させていくのか。
あの日のジョホールバル、山本浩アナウンサが語ったように、岡田氏が率いていたチームは「彼ら」ではなく「私たち」だった。そして「私たち」全てが、強者になりたいと願い戦った。あの精一杯の極限状況の中で、岡田氏は、チーム全体が積極的に機能する美しいサッカーを見せ、さらに結果を出してくれた。岡田氏の新たな責務は10年前にアジアレベルにおいて見せたあの手腕を、世界レベルで実現することなのだ。