1996年04月01日

加茂監督について

 フランス予選直前と最中に、多くの人が「加茂批判」を繰り広げましたが、私は80年代(いわゆる日産の全盛期)から加茂氏の監督としての手腕、実績に疑問を呈してきました。「腐ったミカン事件」で加茂氏留任が決まった頃に、それらの思いをまとめた文章です。
 ただし、氏は監督としてはイマイチだったにせよ、日本サッカー史に記録されるべき貢献(プロフェッショナリズムの先駆的導入、木村、名波のコンバート)をした偉大な人物である事は、忘れてはいけないと思います。
(2007年7月24日)

1. はじめに

 94年W杯決勝のことだった。
ロマリオとベベトの巧みな攻め上がりがイタリアゴールを襲った。テレビ観戦をしていた私は、(画面外の)バレジの位置を推測した。バレジとのつき合いは長い。さしものバレジもこの攻め上がりへの対応はきついのでは、と思った瞬間、突然ベベトが不自然な止まり方をし、直後画面にバレジが登場し、ボールを奪ってしまった。テレビでは何が起こったかわからない。その瞬間、解説の加茂氏が叫んだ。
「テレビを見ている方(仕事をさぼってUSAに来ない不真面目な奴ら)にはわからなかったかもしれませんが、今のバレジの読みは本当にすごかったですよ。」
私は唸った。
「仰せの通り、あなたのように仕事(フリューゲルズの監督)をさぼらないと、今のバレジの動きはわかりませんよ。USAに行かない私が悪いんですよ。」
 私はこの人を、解説者としては絶品だと思っている。では監督としてはいかがか。

 アトランタ五輪やW杯招致運動にすっかり霞んだ感のある日本代表チーム。本稿では、半年程前に留任問題でマスコミを賑わした日本代表チームの監督加茂氏について、代表監督就任前後の実績を評価し、氏の日本代表監督としての妥当性を論ずることを目的とする。

2. 日本代表チームのクラスと評価基準

 日本では、監督の力量の評価基準が非常に不明瞭に取り扱われてきた。勝てばその監督が名将であると評価されるのは当然かもしれないが、優秀な選手を多数所有していて優勝するのと、人材不足をやりくりしてそこそこ勝つのとで、監督としてどちらが優秀か。確かに、そのような評価基準を定量化し、適切に評価するのは非常に難しい。しかし、難しいからと言って、「勝てば官軍」では評論にならない。
 一つの方法としては、監督就任時に与えられる資源(選手の能力や強化の環境)を明確化しておいて、評価基準を決めておく方法が考えられる。半年前の加茂氏留任時の混乱は、その評価基準が不明確だったことが、一因となった。
 具体的な評価基準の設定については、最近の国際試合の成績を参考にするのが一番適切であろう。そこで、最近のアジアの3大タイトルマッチの成績を別表にまとめた。
 3大会ともベスト8(W杯予選はベスト6)に進出しているのは、サウジと日本だけ。これにW杯3回連続出場の韓国を加えてアジア3強と呼んで構うまい。事実、ドーハにおいて、勝負の駆け引きの点を除いて、アジア最強の戦闘能力を示したオフトのチームは記憶に新しく、当時の選手が現在も代表の中軸を担っている。この3チームに続くのが、中国、ウズベク、イラク、イランと言ったところだろうが、トータルな実績において日本がアジアのトップ3にあることは間違いない。
 加えて、アンダー23、ユースクラスも最近ではアジアでかなりの好成績を収めている。またクラブレベルでもアジアカップウィナーズカップは連戦連勝、チャンピオンズカップに至っては、2軍を送り込んでもベスト4〜8の常連になってしまっている。 繰り返すが、日本は間違いなく、アジアのトップにある。 それでは、アジアのトップの代表チームの評価基準とは何になるか。まず、アジアのチームにはほとんど勝つことが最低条件となろう。続いて、欧州、南米の中堅国と勝ったり負けたりとそこそこに闘うこと。そして、最強国(ブラジル、ドイツ、イタリアクラス)には、負けるにしても、それなりの抵抗をすること。試合の結果の評価基準としてはそのあたりだろう。 加えて、明確な目標として、フランスへは必ず行くことと言う条件があり、その準備が具体的に進んでいるかと言うことが重要である。具体的には、フランス大会予選で使える選手を確実に開拓しているかが挙げられよう。

別表
  アジア杯 W杯予選 アジア大会
日本 1位 3位 ベスト8
韓国 1次リーグ 2位 4位
北朝鮮 ベスト8 6位 不参加
中国 3位 1次リーグ 2位
タイ ベスト8 1次リーグ 1次リーグ
ウズベク 不参加 不参加 1位
トルクメ 不参加 不参加 ベスト8
イラク 不参加 4位 不参加
UAE 4位 1次リーグ ベスト8
クウェート 不参加 1次リーグ 3位
サウジ 2位 1位 ベスト8
カタール ベスト8 1次リーグ 1次リーグ
イラン ベスト8 5位 1次リーグ

3. 加茂氏の代表監督就任前の実績

3.1. その功績

 とにかく、10年以上前の時点で、加茂氏は、日本のトップリーグのプロの監督だった、これは今考えても、きわめて高く評価すべきである。 1980年代初頭頃から、JSLのトッププレイヤたちは実質的にはプロプレイヤの扱いを受け始めていたが、監督は基本的には皆アマチュアだった。しかし、加茂氏はプロフェッショナルの監督として、日産を率いていた。それだけでも、十分に高い評価を受ける権利はある。
 監督としての最大の実績は、シャープな右ウィングだった木村和司をMFに転向させ、そのパス能力をフルに引き出したことにある。(アイデアそのものは当時の代表監督森氏のものとの説もあるが、JSLにて加茂氏が木村をMFに転向させ、 83−84年シーズンの天皇杯を初制覇したのは、紛れもない事実である。)そして、それ以降約10年に渡って、私たちは木村のスルーパスを楽しむことができた。
 天皇杯の勝利数も多い。83−84年「釜本邦茂最後の試合」、85−86年「木村和司の天皇杯」、 88−89年「水沼の延長ゴール」、93−94年「前園のドリブル突破」と4度の天皇杯制覇の実績がある。短期決戦の戦い方のうまさは評価に値しよう。特に88−89年大会は短期的に日程を消化するスケジュールだったが、負傷がちの木村と水沼を巧みに交代出場を交えて起用した上での、見事な優勝だった。
 前園を抜擢し、トッププレイヤーにしたのも評価されていい。特に93−94年の天皇杯決勝、鹿島に押されっぱなしのゲームで、すばらしいスピードドリブルでPKを奪い流れを一気に引き寄せた場面は、「ドーハ」直後だったこともあり、フランスへの明るい希望を感じたものだった。

3.2.問題点

 しかし、加茂氏には問題点もあまりに多い。不思議なことに、日本のサッカーマスコミはその問題点にほとんど触れない。私ははっきり指摘する。
 加茂氏は、木村和司を抱えながらJSLに一度しか優勝していない。 88−89年シーズンである。木村和司をMFに転向させ、水沼貴史を入手した83−84シーズン以降、6年の歳月を使い、ただの一度なのである。当時の日産の戦闘能力は、JSLでも飛び抜けていた。両選手の他、オスカーを所有し、他の選手もA代表か学生選抜のエースクラス。それでも1度しかリーグ戦を優勝していないのである。その戦闘能力を擁して、 1度のリーグ制覇と言うのは、戦績として大いに問題がある。
 またフリューゲルズでの実績についても、決して、ほめられたものではない。と言うよりは、非難されてしかるべしである。巷では、弱小チームのフリューゲルズを天皇杯制覇云々と讃えられているが、これこそ噴飯ものである。加茂氏が就任する前、当時の全日空は名将塩沢氏に率いられ、リーグでも読売、日産に次ぐ順位を挙げ、優勝候補の一角であった。メンバー的にも守備ラインに岩井、大嶽、田口、攻撃ラインに反町、山口、前田など現在でもJリーグの中軸で活躍する日本人プレイヤを多数保有し、しかも常時、南米の一流選手(ホルヘ、モネールなど)を補強してもらえたチームを最下位クラスへ落としたのである。フリューゲルズは弱小チームだったのではなく、加茂氏就任後に弱小化したのである。
 その後も、このチームは補強に積極的で、エズー、前園など超一流の素材が次々に入団しているが、加茂氏が采配を振るっていたとき、優勝した天皇杯以外さしたる成果を残すことはできていない。

4. 就任後の実績

4.1. ベストメンバーを組ませてもらっていないこと

 過去の実績に対して、問題点を指摘してきた。それでは、代表に就任してからはいかがか。その前に、まず、何故かあまり多くの人が指摘していないが、加茂氏が世界にも例のない気の毒な代表監督だったことを指摘する。
 加茂氏は、前園を使えない代表監督だった。
 加茂氏は、1年間の間ただの一度だけパラグアイ戦のみは、自在な選択範囲が与えられた(ダイナスティに関して、加茂氏が前園以外のアンダー23の選手の選択権が与えられたのが不明だが、この大会は相手が相手だっただけに、評価の対象外とすべきであろう)が、それ以外の試合は、アンダー23の選手を選考することを許されなかった。これは尋常ではない事態である。しかも、繰り返しになるが、国内最高の攻撃的MFがその選択範囲外にいたのである。ただし、唯一の機会だったパラグアイ戦はベテランのモチベーションが低く、凡戦に終始し、終盤アンダー23の両雄である前園と城が並んだわずかの時間だけ、圧倒的な攻勢にたったのは皮肉だった。

4.2. 功績

 ではその功績面を検討する。まず、結果から見ると、戦績は決して悪くない。いや、すばらしい。アジアのチームには負けていないし、コスタリカ、エクアドル、ポーランドに完勝。スウェーデンに2回、スコットランドにも引き分けている。負けた相手は、ブラジル、アルゼンチン、ナイジェリア、パラグアイ、イングランド、オーストラリアだけ。あまり文句を言うと逆に「何か文句あるか」と言われてもおかしくない。まあ、韓国のアンダー23同然のチームとの2引き分けとか、最強国への素直な敗戦など、揚げ足を取ればキリないが、結果は立派なものとしか言いようがない。
 もう一つ、フランスへの人材発掘もそれなりに進んでいる。
 相馬は左サイドバックとして、完全にレギュラーに定着した。ただし、相馬はまだ単独突破直後のクロスの精度に課題がある。加えて、今後服部あるいは三浦と言う強力なライバルとの戦いを勝ち抜かねばならない。
 森島を本来のポジションではない右サイドのMFで起用したのも、実績である。自らの体をはりながら、高度なボールテクニックを駆使する森島は、カズと前園のよいパートナーになり得る。ただし、森島をMFに起用すると、シュートレンジまでの走行距離がかなり長くなり、シュートの精度が落ちる問題点は残されている。森島は未だA代表で得点を挙げていないし、攻撃ラインには、カズ、前園、高木、城らライバルがたくさんいる。
 もちろん柳本の起用も加茂氏の実績である。ただし、彼はポジションが決まっていない。その肉体能力に疑いの余地はなく、加茂氏は(そして多くのファンも)ダイナスティカップでの右サイドの突破の印象が強いためか、アウトサイドが適切と考えているようだが、私はそうは思えない。少なくとも、現状では角度のあるクロスの精度に問題があり、その対人能力を考えるとCBが適切と考えるのだが。加藤久も決して大きくなかったことを忘れてはいけない。

4.3. 問題点

 先程来、実績は立派と誉めては見たが、本当に立派かというと実はかなり心もとない。
 まず、皆が大いに讃えるあのイングランド戦を詳細に検討してみよう。なるほど、柱谷が前川を踏みつけなければ、引き分けられたことは確かかもしれないが、私の見るところ、試合内容は決して誉められたものではなかった。
 前半は、山口の好パスから中山が単独突破した場面を除けば、イングランドの厳しい中盤のプレッシャを抜けられず、日本にまともな攻め込みのチャンスはなかった。相馬が強力な右ウィングのアンダートンを持て余しており、そこの修正を行って後半に備えるのが常識的なところだが、加茂氏は(いつものように)何の修正も行わず、そこから失点を許す。
 日本のゴールは、なるほどすばらしかった。しかし、井原とカズですよ。うまく決まれば、どんな相手からも点を取るのはあたりまえではないですか。イングランドからしたらただの交通事故であり、完璧に守っていたゲームをマラドーナやファンバステンとかに点を取られたようなものである。これは、単に最も能力が高い二人がその能力を発揮しただけの話であり、日本人としては誇りに思えるゴールであるが、加茂氏が何かしたわけではないのである。もちろん、その直後、勝負どころを心得た日本選手たちが一気に攻勢に立ちカズのシュートがポストに当たった(掠めた)のは確かで、日本選手の成熟を示すものだった。しかし、カズのシュートがはずれた時点でこの日のもう1点の可能性がなくなったのも(わかる人には)確かだったのである。加茂氏は、それにもかかわらず、黒崎と福田を投入し、井原と柱谷の仕事を困難にした上で、運命の柱谷と前川の交錯を迎えるのである。なるほど、勝負には運不運はつきものであるが、あの日の敗戦は、加茂氏が自ら招いたものである。
 インタコンチネンタルカップは(その準備期間の無さから)触れないのが親切というものかもしれないが、いくらアルゼンチンとナイジェリアだからと言ってあそこまで、やられてよいものではなかろう。ラモス、都並の選考に関しては議論にすら及ばない。
 ホームでのブラジルへの惨敗も情けなかった。最初から「このゲームはラモスのマスタべーションのための試合」と宣言できないのも気の毒だったが、だからと言ってあの相手にまともに攻めに行ってしまっては言葉がない。
 一部の選手の起用法にも疑問がある。チームの軸として山口に相当の期待をかけているが、彼は守備的MFの位置から攻め上がったときに威力を発揮する選手である。しかし、彼を一人だけボランチとして起用すると、守備能力と展開力に難があるため、サイドバックも上がりずらくなるし、守りから攻めへの切り替えがかなり遅くなってしまう。中盤の最後尾ではなくもう一つ前で使わなければ、せっかくの山口の持ち味は全く活かされなくなってしまう。
 岡野についても疑問が残る。正確なボールキープをベースにする今の代表チームの中で、ボールコントロールに難があり、前方にオープンスペースを必要とする岡野にいったい何をさせるつもりなのだろうか。
 とにかくこの監督は、大向こう受けする選手を並べ、ファン(とマスコミ)に揚げ足を取られないようにするのがうまい。インタコンチネンタルカップのメンバ編成はまさにこれである。吉田光や勝矢をはずして不満を記述するマスコミはないが、ラモスや都並をはずせば、何か一言言われる。岡野を起用すれば、フィールド内の選手はつらい思いをするかもしれないが、スタンドのサポータは喜ぶ。そのような感覚は抜群である。
 その割に選手の本当の得意技を見極め、適材適所に並べるという発想が見受けられない。私の見るところ、加茂氏は良好な選手を無難に並べているだけにしか思えないのである。
 むしろ、この人は監督ではなくその上のジェネラルマネージャに適していると思う。有為な人材をとにかく集めることに関しては間違いなく実績がある。しかし、それをどう使うかと言うところに問題があるのである。日産時代もこの人の能力は、会社と交渉して良好な選手を獲得するときに最大に発揮されていたが、それらの選手を用いて結果を出すことに関して問題が多かったことは前述の通りである。
 では、フランスに行くのが困難かと言うと決してそんなことはない。選手の個人能力はアジアの中では、極めて高くなっており、無難に強力な選手を並べれば、強力なチームはとにかくできあがる。その無難さが加茂氏の特徴である。しかし、問題は確率である。加茂氏の実績、能力は上記に詳述してきた。ベンゲルやネルシーニョの起用に比べて、フランス出場の確率が低くなったことだけは間違いない。

5. 結論に代えて

 ここ5年間の日本サッカー界を見ていると、今35歳の私が天寿を全うするまでの数十年間に、日本代表チームが1度はW杯優勝可能戦力を持つことができ、W杯の準決勝に進出し、ブラジルやイタリアと策略の限りを尽くして戦う日が来ると言った日が本当に来るのではないかと思えうことがある。それほど、今日の日本サッカー界のレベルは急上昇している。だからこそ、日本サッカー界は冷静に現状を認識し、速やかに実力相応なレベル(すなわち常時W杯に出場しベスト16から8を狙うレベル)に我が身を置き、たえずその上を目指す学習を開始する必要があると思う。
 このような状況において、選手の能力(そしてその良好な選手を育成した底辺)により、フランス大会に漫然と初出場をしてしまうことは、本当によいことなのだろうか。
 しかし、私はフランス大会予選において、韓国やサウジに対して、身を粉にして闘う井原とカズ、そして前園らに必死の声援を送るであろう。そして、本大会の1次リーグ最終戦で、欧州、南米の中堅国に引き分けきれず、フランスと代表チームを去る井原とカズの後ろ姿を見つめながら、ベンゲルとネルシーニョを思うことになるような気がしてならない。
 90年代半ばに発生した代表監督人事の混乱が、単に日本サッカーの進歩を遅らせただけなのか、膿を吐き出すことによる進歩の序章なのかは、歴史が証明するのを待たねばならない。果たして、2018年、優勝候補筆頭のイタリアと闘う準決勝前夜、セビリアの酒場にて葡萄酒を飲みながら、90年代半ばに思いをはせることができるだろうか。
posted by 武藤文雄 at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 旧作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック