阿久悠氏が亡くなったと言う。
「う〜ん」とうなって、いくつかの関連サイトを見に行き、氏が作詞した曲を再確認した。
笑って許して、また逢う日まで、ピンポンパン体操、あの鐘を鳴らすのはあなた、ミュンヘンへの道、どうにもとまらない、せんせい、狙いうち、ジョニーへの伝言、ウルトラマンタロウ、絹の靴下、街の灯り、わたしの青い鳥、個人授業、みずいろの手紙、五番街のマリーへ、宇宙戦艦ヤマト、乙女のワルツ、ロマンス、時の過ぎゆくままに、北の宿から、嫁に来ないか、青春時代、ペッパー警部、ふり向くな君は美しい、津軽海峡・冬景色、勝手にしやがれ、思秋期、UFO、サムライ、二十歳前、狼なんか怖くない、たそがれマイラブ、ブルースカイブルー、LOVE(抱きしめたい)、舟唄、雨の慕情、No1、もしもピアノが弾けたなら、色つきの女でいてくれよ、居酒屋、熱き心に
凄い。
一連の曲は70年代初頭から80年代半ば(私が10代から20代半ばの頃)にかけての曲。若い頃大好きだった女性歌手の曲を多く手がけていたので、一層思い入れが深いのかもしれないが。もっとも、若い方々からすれば、一連の曲を書き出しても、何の事やらわからないかもしれないけれどね(坊主は「UFO」だけは知っていた)。
歌謡曲の作詞家が誰かなんて、曲を聞いているときも歌っているときも、ほとんど気にしないものだ。阿久悠氏が亡くなり、氏の作詞リストを見て「この曲も氏が手がけていたのか」と驚く曲が多い。こう並べてみて改めてこの人はある種の天才だったのだと思った。そう、この人の業績は、並べる事で大変な迫力を増すのだ。
それにしても、ピンポンパン体操と、狙いうちと、ジョニーへの伝言と、ふり向くな君は美しいと、狼なんか怖くないと、舟歌と、それぞれの歌詞が、同じ頭脳から出てきた事を考えるのは愉しい(ピンポンパン体操とふり向くな君は美しいは類似系かもしれないな)。まさにポリバレント(ちょっと違うか)。
この人がいなかったら、私のカラオケライフはどんなに寂しいものになっていた事だろう。こんな陳腐なお礼は甚だ失礼かもしれないけれど。心から冥福をお祈りします。
2007年08月02日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック