2007年08月03日

酒井友之の移籍

 レッズのMF酒井友之がヴィッセルに移籍した。
 
 この選手は、高校時代にジェフでトップチームにデビュー、豊富な活動量、正確な技術、落ち着いた展開、バランスの取れたMFとして将来を嘱望された。
 ナイジェリアワールドユースの予選のアジアユース大会。当時の清雲監督は、中盤を稲本、酒井、小野、本山で固定。中田浩二、遠藤、小笠原は控えに回り、ほとんど出場機会はなかった。この時点で酒井の評価は彼らよりも高かったのだ。ナイジェリア本大会で清雲氏に代わってこのユースチームの采配を任されたトルシェ氏は、氏独特のフラット3の3−5−2システムに優秀なタレントを次々に当てはめる。中田浩二は左DF、遠藤は1ボランチ、小野はいわゆるゲームメーカ、本山は左MF、小笠原は攻撃MF、そして酒井は右サイドMFに回った(この大会稲本は不調で控え)。酒井のサイドでの起用は、最初驚かされたが、献身的な上下動、正確な右足でのクロス、ドリブルでの1対1の仕掛けもそれなりにこなし、時には中に絞って遠藤の守備をフォロー、実に見事なサイドMF振り。特に準々決勝メキシコ戦の開始早々には、逆サイドの本山に見事なクロスをピタリと合わせたのはいいプレイだった。
 余談、以前から何度か書いているが、私は86−87年シーズンアジアチャンピオンズカップを制した清雲監督の手腕を極めて高く評価しており、80年代日本最高の監督だと思っている、が、かくも結果が出た後となっては、アジアユースでの清雲氏の采配はやはり拙かったと言うしかないだろう。

 ナイジェリアユースの選手達は、そのままシドニー五輪に向けたチームに組み込まれた。トルシェ氏は、当初復調した稲本と遠藤をドイスボランチに、さらに右MFには明神を起用し、酒井はベンチを暖める事になった。
 順調に予選を勝ち進んだ日本は、最終予選の国立カザフ戦1試合を残して引き分ければシドニー本大会出場権を得る状態になっていた。中田と中村を軸に序盤から押し気味に進めた日本だが、前半半ばの敵FK時に宮本が敵のフェイクに引っ掛かりオフサイドトラップを賭け損ねて先制を許した。その後、宮本と遠藤がパニック状態に陥り、日本はピンチの連続となる。トルシェ氏はこの苦境時、前半から遠藤に代えて酒井を投入、酒井を右サイドに明神をボランチに移す。これでチームがすっかり落ち着いた。そして酒井は、時間差をおいて後半アタマから左サイドに起用された本山と共に、両翼から執拗に突破を狙う。かくして疲労したカザフ守備陣は終盤ガタガタに崩れ日本は3−1で快勝する。以降酒井はシドニー五輪代表のレギュラを獲得。一方遠藤はこの試合後は控えに甘んじ、シドニーの最終メンバにも入れない事になった。
 シドニー本大会でも酒井は順調に活躍。右サイドMFとしてほぼフル出場した。唯一、1次リーグ2試合目のスロバキア戦のみは、スタメンをオーバエージの三浦淳に譲った。しかし、この試合の後半0−0のところで、酒井は柳沢に代わって起用された(三浦淳は左サイドに、左サイドの中村がトップ下に、トップ下の中田が高原と2トップを組む)。前半からペースを掴んでいた日本は、この交代以降さらに圧力を強め、中田、稲本の連続得点でリード、終盤1点差にされたが危なげなく逃げ切った。この試合は、酒井の重要性を如実に示したものだった。
 準々決勝の合衆国戦、酒井はますます好調。幾度か右サイドを巧く抜け出し好機も演出。この試合あたりから、右サイドを縦に抜け出す型をつかみかけたように思えた。試合も日本は2−1でリードしロスタイムを迎える。合衆国FWの強引なドリブル突破を酒井は見事なスライディングタックルで止めた。「よしこれで準決勝進出」と皆が思った瞬間、主審がPKを宣した。まあ日本人の私から見ればミスジャッジとしか言いようの無い判定(つまり合衆国から見れば当然のPKと言う事になるのだろうが)、酒井は非常に不運だった。その後のPK戦、中田のPK失敗で日本は敗れた。

 このシドニー五輪以降、トルシェ氏は多くの選手をA代表に引き上げる。しかし、酒井には声はかからなかった(厳密に言うと、この年の12月に行われた国立韓国戦で酒井はA代表に召集され、後半明神に代わって起用されている、この韓国戦は現時点まで酒井が出場した唯一のA代表試合になる、トルシェ氏は酒井には期待していたのだろう)。
 その後、酒井はジェフからグランパスに移籍。グランパスでもそれなりの活躍を見せたが、代表入りするほどの活躍は見せられず。さらにレッズに移籍した以降も、悪くないプレイ振りなのだが、長谷部、啓太と言ったより若い有力なMFが台頭するにつれ、出場機会は激減。起用されれば、よいプレイを見せるだけに、何かもったいない気がしていのだが。

 結局、酒井と言う選手は、あのシドニー五輪準々決勝ロスタイムの不可解な判定で、運命が狂ってしまったと言う事なのだろうか。

 その酒井がヴィッセルに移籍する。よい移籍だと思う。もっとも、ヴィッセルにはボッティと言う非常によいボランチがおり、さらに金泰ヨン、田中のような優秀な若手、さらに純マーカスが加入している。酒井が確実に定位置を確保できる保証はない。そう言った刺激も酒井にとっては、そう悪いものではあるまい。是非定位置を確保し、あのバランスの取れたプレイを愉しみたいところだ。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(3) | TrackBack(0) | Jリーグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ちょうど昨日カザフ戦のビデオを見返してました。
遠藤のパニックと酒井の重要さは武藤さんと同じように感じました。
全員のボールをもらうための動きやトラップの丁寧さ、どのポジションの選手もビルドアップの起点になれるという凄さ、やはりこの時代は素晴らしかったと言うことなのでしょうか。
酒井には是非神戸でポジションを奪って大活躍してもらいたいですね。
Posted by at 2007年08月05日 02:25
ボッティは本来トップ下の選手なんですが、ボランチに使おうと思っていたアツが使えず、若手はまだ不安定で、しかたなくボランチをやっています。ボランチをやるのは初めてだそうです。
したがって、酒井がゲームを90分やれるスタミナが戻って、うちの戦術になじんでくれば、おそらくボッティを1列前で使い、酒井がボランチとしてスタメンになる可能性が高いです。
先日のU-22との練習試合を観る限りは、60分くらいでスタミナ切れでしたし、その当たりの様子を見ながらの起用になるかと思います。私も期待しています。
Posted by 神戸サポ at 2007年08月05日 14:20
あの時点では、遠藤より酒井は格上の選手だった。
グランパスは遠藤ではなく、酒井をチョイスした。
グランパスの酒井は若年寄のようなプレイに終始した。
そして、スタメン争いに破れレッズに移籍した。
運動量さえあれば、もっとやれた選手だったと思う。


Posted by 天邪鬼 at 2007年08月05日 23:30
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック