2007年12月07日

岡田氏代表監督就任

(ややわかりづらいところを書き換えました 2007年12月16日)

 岡田武史氏の代表監督就任が決定した。
 日本協会の判断を評価したい。 先日も述べたが、既に確保していた「最善の策」を失っただけに、誰を選択しても「次善の策」以上にはなり得ない。しかし、その中ではベストに近い選択だと思う(岡田氏には非常に失礼な表現になり大変申し訳ないが)。

 前回も述べたが、リーグ戦が終了している状況で2月に開幕するワールドカップ予選を戦わなければならないと言う状況。日本協会の選択肢は非常に限られたものだった。
 予選の勝ち抜きとワールドカップ本大会まで任せる(安定政権)と言う前提で、海外にいる適切な監督にコンタクトして、2月から采配を任すのは、欧州がシーズン中の現時点では非常に難しい。その監督が現在フリーだとしても、契約を詰めるのに1ヶ月以上はかかると見るべきだろう。それから耳学問で現実の代表選手のビデオを見たり面談し、さらには中村や高原や松井とも調整などしていたら、予選が始まってしまう。このような重大事を、そう性急に行なう訳にはいかない。したがって、海外からこのような安定政権向き監督を招聘するとしら、とりあえず暫定政権を組んで、予選をしのぎながら、ある所で政権禅譲と言うのが妥当なやり方になる。
 ところが、暫定政権を担うべき反町コーチが、五輪代表でどうしようもない失敗を繰り返してしまった現状がある。まさか、オシム氏が倒れると言う今回のような最悪に近い事態は例外的だが、短期的に監督が采配を取れないケースと言うのはたまにある事だ(例えば、ジーコ氏のご母堂が亡くなった時は、当時コーチングスタッフに入っていた山本氏が采配を振るった事がある)。今回のコーチングスタッフ結成時には、反町氏が、そのような状況で暫定的に指揮を執る事が想定されていたのだろうが、五輪であそこまで無様なチーム作りをされてしまっては、2月のタイ戦に反町暫定監督で臨む訳には行かないだろう(それと「五輪で頑張れ」は別な話、五輪とワールドカップ予選の重要度は全く違うのだ。ただし、「五輪の監督も代えろ」と言う意見はそれはそれで正論)。大熊氏が論外なのは言うまでもない。
 したがって、現状の日本サッカー界をよく知った別な暫定監督を探さなければならない。しかし、Jリーグの外国人監督に「暫定監督をしてくれ」と言っても、引き受ける人はいないだろう。リトバルスキー氏ならば引き受けるかもしれないが、残念ながらこちらが遠慮させていただく。すると、日本人となる。先日も述べたが、小林伸二氏、清水秀彦氏、桑原隆氏あたりならば、短期決戦にも対応できそうだし、条件次第では引き受けてくれる可能性もあっただろう(フリーではないが、鈴木淳氏、石崎信弘氏は、短期決戦型ではない)。ただ、これらの候補監督が、一般マスコミと言うか大衆から、支持されるかどうかと言うと、単に知名度と言う面でかなり微妙な選択肢となってしまう。マスコミの評価など実際の勝負には関係ないのだが、ただでさえ運営が混乱気味の代表チーム強化に障害はできるだけ避けたい(変な話になるが、欧州南米で実績がある外国人監督ならば、このような混乱は避けられよう)。小林伸二氏などは長期政権を任せてみたいと思わせる実績を持っていると思うのだが。
 唯一、一般マスコミ、大衆も支持してくれそうで短期政権を任せられそうな監督は、松本育夫氏くらいだろうか。この方なら、確かに「お家の危機」のために身を粉にして下さるだろう。1つの選択肢だったとは思う。少々怖いもの見たさを含め、松本氏率いる日本代表のワールドカップへの冒険を応援したい気持もあった。
 もっとも、安定政権を08年夏頃から起動させるのも容易ではない。プレイオフの関係で、予選が前倒しになり、08年秋から4次予選が始まると言う事だから、新監督はすぐに真剣勝負に立ち向かう事になる。適切な監督が見つかり、3次予選の最中にでも采配をスタートできれば、何とかなるかもしれないが、これは1つの危険な賭けになる。もし、適切な監督が短期間で見つからないと、暫定政権で凌いだこの数ヶ月が、2010年に向けて大きなロスになってしまう。現実的に、オフト氏、トルシェ氏、オシム氏と上々の成果を上げた監督でさえも、ある程度安定したチームを立ち上げるのには時間が必要だったのだ(言い換えると、そのような期間がないとよいチームは立ち上がらないと言う考え方もある)。
 そう考えると、現状の日本サッカー界をよく知る安定政権を、すぐさま立ち上げるのが現実的な手段となる。先ほど述べた一般マスコミ、大衆の指示を含めて考えると、候補者はシャムスカ氏、オリヴェイラ氏、西野朗氏、そして岡田武史氏だろう(この4氏に対し「暫定政権オファー」は失礼と言うものだろう)。前回候補として名を挙げたエンゲルス氏は「何故監督ではなくコーチが」と、クルピ氏は「なぜJ1昇格に失敗したJ2の監督が」とそれぞれ別な騒動を起こしてしまうと思われるので、現実的ではないと考えられる。
 まず、西野氏だが、氏を嫌いな私だが、最近の氏の監督振りが素晴らしい事は認める。かつての頑迷さが消え、攻撃的チームを柔軟に采配するのは見事なものだ。しかし大きな不安は毎年のように中心選手と揉め事を起こす事であり、そのリスクは避けるべきだと思う。氏の監督としての評価は、別に稿を改めて論じたい。
 シャムスカ氏とオリベイラ氏は、ブラジル、日本における実績は言う事なし。私自身、この2人へのオファーはあってよかったと思う。ただ両氏とも完全に「Jクラブからの強奪」になってしまう。もっとも、シーズンオフに入ろうとしている時期だけに、筋を通せば比較的問題は少ないのだが、以前オシム氏を招聘した時の手続や協会首脳の態度があまりに悪かったために、常識人の小野剛技術委員長としては動きづらいと判断したのかもしれない。また両氏は現状のクラブとの関係にいたく満足していると言う話は再三聞かれるので、オファーを受けてもらえない可能性もあるだろう。

 そうこう考えてくると、浮上してくるのは岡田氏の安定政権と言う事になる。氏を前向きに評価する理由はいくつでも挙げられる。
(1)97年フランス予選、予選真っ最中にチームを任され、短期で建て直し本大会出場を決めた。
(2)98年フランス大会にアルゼンチン、クロアチアに対し見事に抵抗するチームを作った事。いささか守備的なサッカーだったが、井原をスイーパに余らせながらコンパクトに最前線と最後尾を保持。堅牢な守備網を築き、ショートパスを主体に名波浩と中田英寿の才覚とチーム全体の技巧と俊敏性を活かすと言う日本の特長を活かした攻撃を見せた。
(3)2シーズンはかかったが、コンサドーレをJ1に昇格させた。
(4)マリノスでJ1を2連覇した。
(5)コンサドーレでは播戸、エメルソン、山瀬、今野を成長させた。またマリノスでは久保、中澤を、普通の日本代表選手から、まごう事なきアジアのトッププレイヤにランクアップさせた。以上より、選手の育成手腕も相当である。
(6)古河、日本代表でのプレイ振りは、知性的ながら粉骨砕身、勝利のために戦い抜いた。言動の多くが日本サッカー発展のためのもの。ドーハの悲劇直後の悲しげな表情はその典型。また代表監督になった以降も、日本協会のおかしな決め事には毅然として反論。名実ともに心の底から日本サッカー発展を祈る男のそれだった。

 無論、岡田氏が完璧な監督候補かどうかは別な話だ。フランス直前にカズを外した事は、今なお私は飲み込めていない。また、マリノス監督の後半2シーズンの不出来は誉められた内容ではなかった。しかし、完璧な監督候補などはそうはいないのだ。
 また、妙な岡田氏攻撃が散見されるのは残念だ。「早稲田古河出身なので川淵会長の意のままにうごくのではないか」などは、過去の岡田氏の言動を全く見ていない中傷に過ぎない。就任記者会見で「オシム氏と雑誌の座談会で語りたい」と発言したのは、「任された以上は全て私の責任で任せてもらう」と言う明確な意思表示だろう。フランスでジャマイカに敗れたのは残念ではあったが、既に2次トーナメント進出に失敗していた消化試合での敗戦を攻めるのはどうかと思う。まして、フランスで守備的に戦った事を否定するのは、単にサッカーを知らないとしか言いようがない。

 繰り返し岡田氏には失礼な言い方になるが、世界中を探せば岡田氏より優れた監督は相当数いる事だろう。しかし、オシム爺さんが不運な病に倒れた今、日本代表の采配を託すのに岡田氏より適任の監督は非常に少ない。

 このようにサッカーに関する理屈にならない理屈を並べ立てるのは大好きなのだが、今回はどうにも筆が進まなかった。それは、やはり爺さんの病気が引っ掛かっているのだと思う。爺さんが手塩にかけて強化したチームの南アフリカでの好成績を見られなくなった事はあまりに残念。そして、何より爺さんの元気な姿をまた見たい。
 幸い、病状回復は順調との報道がなされている。改めて、回復を祈ろう。

 岡田さん、2010年だ、98年の復讐戦を共に戦おう。
posted by 武藤文雄 at 23:40| Comment(5) | TrackBack(1) | 日本代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
98年のリベンジ、私も参加します。
あまりに多くのことがあったフランスへの旅でした。
私も講釈師殿と同じく、試合前のツールーズ駅前で泣き出した口です。

昨日、フェネルバチェサポの友人から、爺さんがよくなったんだってな、と嬉しそうに尋ねられました。「試合は?」との第一声までトルコでも報道されてた由。
改めて爺さんのご威光に感心。

で彼に「ミランが日本にいるんだけど」と尋ねたら、
「なにそれ?」
Posted by 海外組 at 2007年12月08日 23:07
> マリノス監督の後半2シーズンの不出来は
> 誉められた内容ではなかった。

マリノスファンなので、こちらの記憶が強く、最初は岡田監督…と思いましたが…。
が、改めていまの緊急事態を考えると、小野技術委員長の「岡田さんしかいない」になる気もしています。

> フランスで守備的に戦った事を否定するのは、
> 単にサッカーを知らないとしか言いようがない。

確かに、当時の日本代表と、当時のアルゼンチン、クロアチアの力関係考えれば、現実的な選択だったと思います。
特に、98年のクロアチア戦など、負けはしましたが06年に比べれば、よほどいい試合をしてた気が。

W杯次予選に向け、ポジティブシンキングで岡田監督に期待したいと思います。
Posted by 川崎市民 at 2007年12月08日 23:10
一つ一つ丁寧に、岡田武史氏が日本代表の新しい監督に就任することが、残された正しい道の1つであると論じておられます。とても読みやすくて、全くその通りだろうと思います。

私は松本育夫さんのくだりが好きですけど。

理屈ではわかります。

それでも「98年大会直前にカズをはずしたこと」を武藤さんも飲み込めていないようですが、私は飲み込むにはこの出来事が大きすぎて、岡田氏を丸ごと拒否してしまうのです。

そして「オシムさんのチームで南アフリカを見たかった」という無念さが先走って「さあ岡田さん、2010でフランスのリベンジだ」という気分にもどうしてもなれないのです。

日本代表を応援する、と考えれば器が小さいのではないかとも思いますが、サッカーのことで自分の感情と相反する行動をとっても仕方ないかなと。

2008年はおそらく「感情を込めずに代表を見る1年」になるんだろうなあと思ってます。
Posted by ブート at 2007年12月09日 06:25
ブートさんが とても品良く 私の気持ちを代弁してくださっているかのようで おもわず 初めての書き込みをしてしまいました。
私も カズをはずしたこと だけで 拒絶反応がおきてしまうのです。
Posted by 頑固者 at 2007年12月09日 20:26
とりあえず、いつになったら西野監督に対する論評を書いてくれるのですか?
以前より書きます書きますと言ってるが、一向にその気配が無い。

まさかとは思いますが、西野氏がガンバ大阪監督を辞任或いは解任されるような成績になるのを待って、叩く為だけの記事を書こうとしているのでしょうか?
Posted by at 2007年12月12日 20:55
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Weblog: りゅうちゃんミストラル
Tracked: 2007-12-09 06:51