オフサイドポジションにいたラウールが敵GKのファンブルを拾って(この瞬間オフサイドだった訳だ)センタリング、ロッベンがダイレクトで決めたもの。ところが、オフサイドにもかかわらず、皆で喜んでいるうちにヘタフェがプレイを再開し、見事に得点を決めてしまった。
私もそうだが、多くの方々が93年のアントラーズ戦での、レッズの福田の得点直後の失態を思い出した事だろう。ただ、この2つのプレイの大きな相違がある。15年前のレッズのそれは「正式な得点」の後だったのに対し、今回のレアル・マドリードは「反則により得点が認められなかった」後である事だ。得点後のキックオフ時は、得点したチームの選手は皆自陣に入っていなければならないのだが、当時のレッズは間違いなくその状態で大喜びしていた。そのような危険な状態を放置し、アントラーズにその隙を疲れた訳だ。つまり、レッズは喜ぶにしても、自陣より外で喜ぶとか、あるいは冷静な選手がセンターサークルに入ってキックオフをさせなければよかったのだが。一方で、今回のロッベン直後は、オフサイドでのノーゴール直後だけに、レアルの選手達がどこにいようが、ヘタフェはプレイを再開できたはず。唯一の可能性は間接FKの近くに立ち警告覚悟で妨害する事くらいだろうが、よほど良い位置にいる選手が鋭く切り換えないと難しいように思う。つまり、間抜け振りは五十歩百歩かもしれないが、今回のレアル側は一部の選手が得点と勘違いして大喜びしてしまった時点で、既に決定的な危機を迎えていた訳だ。そう言う意味ではグティが「4歳児並みのミスだ」と反省していたらしいが、このミスはいずれのチームにも襲いかかる怖れはある。そして一般論では、衝撃はレアルのケースの方が大きいかも。レッズのケースは1−0が1−1になっただけだが、こちらは1−0のつもりが0−1だからな。
とは言え、15年前は懐かしいな。当時はアントラーズの実質監督ジーコのブラジル風の抜け目無さに感心させられたものだ。そして、その抜け目無さは「マリーシア」と言うポルトガル語と共に日本サッカー界に定着して行く事になる。ああ、あの頃はジーコも真剣に取り組んでくれていたのだなと。
そして、ロッベンと異なり見事な得点を「決めた」福田。あの頃、福田はもがいていた。と言うのは、Jリーグ開幕直前に行われたワールドカップ1次予選で体調を崩したままリーグに入っていたからだ。当時の福田はまごう事なきオフト氏率いる日本代表の攻撃の中核。ダブルセントラルで行われた予選のUAEでの最終戦前、東京の直接対決で勝ちさらにバーレーン、スリランカから大量得点を奪う事に成功していた日本は、6点差で負けなければ2次予選出場を決めていた。その試合直前に福田は風邪で体調を崩していた。ところが、オフト氏は無理に福田を出場させてしまった。
結果として、福田はボロボロの体調のまま、週2試合、延長PKありと言う狂的な日程のJリーグに参加する事になった。結果、レッズは開幕から連戦連敗を続けていた。このアントラーズ戦はそのような状況下で迎えた試合だった。そして、実に久しぶりに福田が強烈なドリブル突破から先制点を決め、チーム全体が歓喜に浸っていた直後に本件は起こった訳だ。その精神的ダメージは極めて大きく、(上記のように)単に1−0が1−1にと言うものではなかった。
以下、余談の戯れ言。その後も福田は体調維持に苦しみ、その影響は秋口まで続き、ドーハに旅立つ事になる。当時のオフト氏の手腕は素晴らしいものだったとは思う。思いはするが、あの敵地UAE戦で福田に無理をさせた事が、オフト氏の最大のミスだったのではないかと、この15年間思い続けているのだが。
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> オフト氏の最大のミスだったのではないかと、この15年間思い続けているのだが。
同じ選手をいかなる場合でも使い続けた弊害は、福田をスランプに追い込んだのみではなく、左バックの控えも作ることができませんでした。
でもオフトは福田に絶大な信頼を置き続けたのでしょうね。レッズ時代、本来のポジションではない中盤の真ん中に、要として、引退間近の福田を起用してましたからね。
もう、15年前か。
あのレッズの水色ユニ、どこにいったんだろう?
2位バルサは上向きで、もう、ほぼレアルと並んだといっていいのでは。
蛇足ながら、バーミンガムに残り数秒で追いつかれたアーセナルも同じことが言える。
福田ってつくづくネタに満ちた選手だったんだなぁ…
UAEラウンドにおいて、「最も良くない試合」を演じてしまった相手です。