2008年02月28日

鈴木啓太、年間最優秀選手獲得

 各方面で報道されているが(例えばこれ)、鈴木啓太が年間最優秀選手(いわゆるフットボーラー・オブ・ザ・イヤー)を獲得した。啓太は、この他に昨シーズンはサッカーマガジンのクリスタルアウォードを獲得している(JリーグMVPは同僚のポンテに譲ったが)。
 昨シーズンのレッズ、代表での八面六臂の大活躍を考えれば当然の受賞だろう。以前も述べたが、日本の最優秀選手にとどまらず、アジアの最優秀選手として表象して欲しかった程の活躍振りだったのだから。

 啓太の活躍を称えつつ、今日はこの今まであまり議論される事の少なかった年間最優秀選手について少し考えて見たい。だいぶ前に述べた事があるが、この手の表彰は「優秀」な選手を選ぶのか「殊勲」の選手を選ぶのか、選考者の好みや考え方もまちまちだし、結構難しいものがある。
 そして、この年間最優秀選手と言うタイトルは日本では最も古く権威があるものとされている。歴代の受賞者はこちら(手元にこれ以外資料がなかったので、Wikipediaを用いた、少なくとも私の記憶レベルでは間違いはないと思うのだが)。こうやって眺めると、結構バランスの取れた選考をしているのがわかる。最近の受賞者の顔ぶれを見ても、それなりに納得できる選手が並んでいるではないか。
 無論、いささか疑問の残る選考が行なわれたシーズンも少なくないし、当然選ばれて然るべき選手が選ばれていないケースもある。選ばれていない事例としては、森孝滋、奥寺康彦、加藤久、井原正巳らが挙げられるが、彼らは選ばれるべき活躍をしたシーズン(つまりプレイも充実し、タイトルを獲得したシーズン)にそれ以上にマスコミ的に目立つ選手がいたために、選考されなかった訳だ。
 しかし、一方で見事な選考が行なわれたシーズンもある。例えば、79年の今井敬三は、分厚い守備でJSLと天皇杯を制覇したフジタの守備の中核でもあり、代表でも堅実な活躍をしていた選手で、このような選手がしっかりと評価された。87年の森下申一もゴールキーパとしては初めての選考だったが、JSLを非常に少ない失点で優勝したヤマハの中核としての活躍が評価されての受賞だった。このような選手の活躍が、このような個人タイトルとして残る事には大きな価値があると思う。
 そのような意味では、啓太の今回の表彰についても、過去の歴史を掘り下げた報道があればよいのにと思うのは私だけだろうか。

 70年代半ばくらいだっただろうか、牛木氏が昔サッカーマガジンにこの表彰を始めた時の経緯を書かれていた事がある。当時、少しでもサッカー界を盛り上げようとして、牛木氏を初めとする若い新聞記者たちがこの年間最優秀選手と言うタイトルを企画したそうだ。その時に心がけたのは「誰もが文句が言えないくらい活躍した選手がいるシーズンに始める」事だったとの事。そのような配慮をする事で、タイトルに権威をつけようとしたとの事である。
 と言う事で、改めて第1回の受賞者を見ると、このタイトルの深みを一層感じていただけるのではないか。
posted by 武藤文雄 at 23:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
歴代受賞者を見て感慨深いものがありますね。
たとえば1972年の野村六彦(日立製作所)。
その2年後の74年の5月頃と記憶してますが,初めて地元で開催されたJSLの試合を見に行きました。カードは日立製作所VSトヨタ自工。たしか日立の圧勝だったと記憶してます。(5点差以上ついた。)当時12歳のサッカー少年だった私は,初めて目の当たりにした国内最高峰のプレーに感動しました。当時はスタジアムなどなく,芝生の運動公園にピッチを作り,その廻りにロープを張っただけ。最前列に陣取った私は目の前で選手のキック見ることができました。
そして試合後,日立の松永選手と野村選手にプログラムの余白にサインをもらいました。当時は野村選手がそんなにすごい選手とは知りませんでしたが,このような賞をもらっていたんですね。なつかしく思い出しました。
Posted by toshi at 2008年02月29日 15:52
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