ベガルタはセレッソに敗れた。まだ映像を見る事ができていないので、どうこうは言えないのだが。
敵地ゆえ引き分けに持ち込んでくれていれば嬉しいところだったのだが、そう甘くはないと言う事だろう。難敵とのアウェイゲームで、中盤のメンバを攻撃的に組み替えたのは疑問だが、中2日はベテランの永井には難しいと言う判断だったのかもしれない(こうなると、富田の調整遅れが痛くなるのだが、まあそれはそれ)。しかし、無得点→オウンゴール→PK→CKと、得点がステップアップしている印象もあるし(笑...笑っていいのか?!)、ホーム1試合敵地3試合で勝ち点6なのだからまあ1勝1分けペースとも言えるし、由紀彦、飛弾が機能したとの事だし、そう悲観する事なく見守っていくべきであろう。
で、今日はベガルタに絡む全く別な話。
先日のユアテックのアビスパ戦、試合後友人と夜に待ち合わせて飲む約束をしたので、一時実家に戻る事にした。と言う事で、地下鉄で実家に向かう。地下鉄の中は黄色い僚友達が大量にいるからスタジアム同様の非日常空間が継続している。
閑話休題。考えてみれば、過去(大量に観客が入るようになった以降)ユアテックの試合後って、(1)地下鉄で仙台駅に直行し新幹線で居住地に帰る(2)スタジアムの周辺で飲む(3)地下鉄で仙台の繁華街に出て飲む(4)自家用車で実家に帰る、と言う4パタンしかなかった。したがい、不思議に感じるが、地下鉄を使って実家に帰るのは初めてのことだったのだ。
話題戻ります。私の実家は地下鉄の駅から歩いて20分ほどのところにある。非日常空間の地下鉄を降りて、地上に出るとそこには日常空間があった。しかも、地下鉄の駅から実家までの道は、小学校、中学校時代9年間に渡っての通学路でもある。中学卒業以降32年の月日が経っているから、周辺の景観はいくばくか変わっているものの(大体、当時は地下鉄などはなかったのだが)、私にとってこれ以上はないと言う日常空間なのだ。
ところが、その日常空間に外乱があった。私と同じ駅で降りた黄色い服を着た人間が何人かいたのだ。9年間通い慣れた道を、見知らぬサポータ仲間が歩いていた訳。そもそも、サッカーのサポータの服装と言うものは、ある種異様なものがある。私を含めたいい年齢の人間が、原色を主体にした着衣を身に着けているのだから。
しかし、その原色の人間たちが、私にとっての日常空間に完全に溶け込んでいるのだ。皆が(私もだが)、原色の着衣をごく自然に着て、街を歩き各自の家に向かっている。そして、その現状が完全に普通のものとして定着している。誰も原色の我々を異様なものとして捉えていない。
やはりJリーグって凄い。とにもかくにも、「スポーツを観に行く、応援する」と言う文化を、完全に日本に持ち込んだのだから。サッカーの地域密着政策が、野球にも刺激を与え、バスケットもプロリーグができた。
こう言う幸せは、浸っていると中々気がつかない。たまたま故郷でそれを再認識できたと言う事なのだが
2008年03月23日
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でもJRはちょっと厳しい。
泉中央から乗り換えなしで移動だと気兼ねなく着ていられるのかも。
普段着でも手荷物で御同類はわかりますけどね(笑)
仙石線はこれから臙脂が跋扈するシーズンです。
ちなみに永井は足の故障だったらしいですね。
1ヶ月ほど前からよく拝見しております。
東京在住で、ベガルタを応援するようになって6年ほど経ちますが、正直今年はちょっとヤル気が萎えてます。。。
1つは、あの事件が自分の中で収まらないこと。(すみません、心が狭いもので。)
2つ目は、我が故郷の誇り、萬代がいなくなってしまった。
寿人が移籍した後、初めて試合を見たとき、断幕もない、コールもない、「ああ、本当に彼はいなくなってしまったんだなあ。」と、ぽっかり心に穴が開いてしまいました。
今、まさに同じ気持ちです。
寿人が代表に入れたとき、やっと「あの時移籍して本当に良かったね。」と心から思いました。
萬代に対してもそう思える日が必ず来ると信じてます。
3つ目は、そんな今でも大好きな寿人の「1年でJ1復帰」を応援したいから。
ベガルタはどう変わろうと50年後も愛していると思います。
でも、寿人の夢は今年しか叶えられません。
広島人の友達と熱く応援しています。
ベガルタと一緒にJ1に戻れたら一番ハッピーですね。